『続 ふくふく家族』 by おかねともこ

『続 ふくふく家族』 by おかねともこ

京都市長選の予定候補・福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。
2018府知事選のときの「ふくふく家族」同様、リラックスしてお楽しみください。

Amebaでブログを始めよう!

部屋の水栽培のヒヤシンスは、花の盛りが過ぎてしまった。案外あっけないものだった。ちょっと縮れた紫の花びら。残念だけど、終わってしまった。

でも側には同じく水栽培のチューリップたちが、にょきにょきと天を指してスタンバイしている。黄緑の芽。まだまだ茎も花もこれから。でもわくわくするには十分な未来の約束。

  

選挙は残念だった。

その一言。

一夜明けて

その残念な結果が新聞に載っている。

ホントなんだな。

 

今すぐにでも市政を担って大きな働きができそうな力持ちの候補者。

夫は無念だろう。すごくすごく頑張ったから。

 

たくさんの人がすごく頑張った

「必死のパッチ」選挙。

 

つなぐ京都で人々はつながった。

 

小学生のチビは昨夜、事務所からの帰り

「お祭りが終わるのサミシイわぁ」

と言っていた。

 

そう、

選挙は暮らしをよくする祭り。

みんなといっしょに

楽しい祭り。

 

この選挙の結果が何かいいことに

つながりますように。

 

選挙活動はできないまでも、できることで頑張った高校生の娘が言う。

 

「何か自分にご褒美しない?」

「いいね。何がいいかな」

「コスメ買いたい」

「ええんちゃう?お母さんには何がいいと思う?」

「花いっぱい買う?」

「庭にチューリップ50球植えてあるで。今年は他のも植えてある」

「ヒュー」

  

北向の庭に植えた球根たち。

まだ庭は空っぽ。

でも今朝はよく見ると

チューリップの芽が顔を出している。

小さい小さい芽。

 

50球植えたチューリップが今年の顔をしてきっと綺麗に咲き乱れる。暖かくなったら。

他にも少し違う花の球根を植えたから

今年は庭が殊更に楽しみ。

 

「庭にぶわ~っと花が溢れる?楽しみやな」

娘が笑う。

 

女二人、湯舟に浸かりながら、昨夜は春の庭に花が咲くのを想像していた。

頑張ったお父さんはやっぱり居間の床にワックスをかけていた。(つまり床で寝ていた!笑) 

 

 

 

残念な気持ち

悔しい気持ち

無理には気持ちに蓋はしない。

 

でも庭に植えた球根は

きっと芽を出して

花を咲かせる。

 

時間が逆戻りすることはない。

今いるところから

常に前に。

花は次々と咲くのです。

 

節分。節を分ける。

鬼は外福は内。

 

景気よく豆まきをして

とりもなおさず福を呼ぼう。

  

そして明日は立春。

春が立つ。

  

いよいよ春。

 

仲間がたくさんできた

嬉しい春。

 

 

 

                                  完

 

 

 

 (今日の夕飯は春を思わす食材にしよう)

 

つなぐ京都の事務所の向かいのスーパーで夕飯の買い物をする。500円以上の買い物で駐車場代が一時間半ただになる。だから車で40分ぐらいかけて事務所に来るとここで買い物をする。

 

店内はどことなく春めいている。袋入りの節分の豆が積まれていて鬼のお面やお多福のお面が愉快な空気を醸し出しているし、切り花コーナーの花も彩りが増している気がする。

 

なんとなく「進路」に沿って移動する。

 

はっさく。相方が好きなミカン。甘さ酸っぱさがバランスよく、むきやすい。私はミカンならイヨカンもデコポンもなんでも大好き。でも今日は毎日元気に頑張っている相方に彼イチオシのはっさく¥398を買って帰ろう。

 

菜の花¥258。からしマヨネーズあえにしよう。

 

かぶら¥198。シンプルにオリーブオイルで焼いて塩を振る。

 

ロールキャベツ¥398。昨日の残りのお鍋に入れて食べよう。

 

それと選挙の勝利の前祝い。真鯛の塩焼き。アラみたいなのが ¥298。チンして食べよう。熱燗もつけようかねえ。

 

菜の花のからしマヨネーズあえは

「これぞ春の一品」という感じで、つくるとひそかに盛り上がる。ああ、春が来たんだと思う。

春の食卓を意識して買うとわくわくしてくる。

 

今日は雨のぱらつく寒い日だけど、春がすぐそこまで来ているのは、毎日少しずつ気配で感じている。

 

子どもたちは時おり思い出したように

「選挙、どうかなあ」

「お父さん、市長さんになれるかなあ」

と言う。

 

「さあ、どうかなあ」

そのあとが続かない。宙ぶらりんなところで気持ちが引っ掛かる。

 

「なれたらいいよね。お父さん、最高の候補者やしな!」

うなづきあう。

 

小学生のチビは言う。

「お父さん市長さんになれたら、ボクも中学校で給食もらえるかな」

「かなあ。まず市長さんにならなあかんなあ」

 

チビは上目使いに言う。

「お父さん市長さんになれたら

新しい自転車買ってくれる?もう今の自転車チッコイねん」

 

「笑。 お父さん市長さんにならんでも自転車は買うたげるよ」

 

 

子どもたちもお父さんを応援しているけれど、やっぱり11月からこっち、何かあると

「ごめん。選挙終わったらな」

と我慢させてしまっていることがいくつか。

 

そういう意味で早く選挙終わってほしい。

それから節分の豆まき。

そして春へ向けて季節は大股で動く。

 

今夜はひとあし先に春を食して

ひとあし先にお祝いをしよう。

 

春の芽吹きをいただいて

また明日からのエネルギーに。

選挙は最後の最後までわからない。

あともうひと頑張りのエネルギーに。

 

春をみんなで楽しめるように。

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

 

「ダンナさんは一言で言うとどんな人ですか?」

と聞かれたら

 

「悲壮感のない人」

 

そういうおおらかなイメージがまず浮かんでくる。

 

「せかず急がず、この子はもう!」

と、つい先だって亡くなった彼のお母さんもよく呆れていた。彼がどんな時も悠長に構えているので。

 

お義母さんは対極のせっかちな人で、「今と思えば今」な人だった。例えば、お母さんが亡くなる5年も前に渡された「遺言書」。お義母さんはまだまだピンピンしていた。お義母さんは夫にその封筒を渡し、彼から私にも見せるように言った。

それからほとんど毎日、近所に住んでいたからちょこちょこ出会うお義母さんに

「もう遺言書見たか」と

聞かれる。しんき 草太郎からは何も見せられてないので

「まだふくちゃんが持ってるー」

と言うしかない。

10日ばかりそれが続くとお義母さんはとうとう業を煮やして、日曜の朝、うちにやって来て、夫に

「あんた!はよう見せなはれ!」

夫は「しゃあないな」と頭をかきながら、問題の封筒を出してきて私に手渡す。果たして読んでみると、まったく何の緊急性もない手紙だった、ということもあった。

 

彼はのんびりしている。実際彼がせわしなくしているのをあまり見たことがない。

 

その雰囲気は、さしずめ赤穂のご家老大石内蔵助が、いったい何を考えているんだか、なかなか重い腰を上げない大物のご登場という感じで、気の急く人はハラハラいらいらする。

 

でもこの、どっしり構えたゆる~い感じ、悲壮感のない感じは、あたふたしがちな周りの人を安心させる好ましい波動を生み出す。

 

この選挙戦、候補者である夫は誰よりものっしり落ち着いているように見えた。風邪をひくことも声を枯らすこともなく、いつも余裕と元気いっぱい、宣伝カーに飛び乗っていた。

 

ある時は宣伝中にマイクの音が出ないというハプニングがあっても、彼は慌てることなく、自声で実に半時間、街頭で訴え続けた。マイクも要らないような大きな声で、ビラを撒きながら道行く人に語りかけていた。

 

声がのびやかな人は性格ものびやかなんだろうか。性格がのびやかだと声がのびやかになるんだろうか。

 

彼と話していると

「大丈夫。何とかなる。あわてないあわてない。ひと休みひと休み」

と大舟に乗った気持ちになるから不思議だ。

 

 

選挙戦も本当に最後まで来た。

 

そろそろ、とんがった声をあげて名前を連呼する候補者も出てきそうだが、我らが市民の候補者はそういった悲壮感とは無縁だ。

ふくちゃんは市民の後押しを自信に変えて、相変わらず訴えるべき政策をあちこちで語り、制限時間いっぱい冷たい風の中を走り抜ける。

 

たくさんの人がふくちゃんの政策に賛同し、彼といっしょにマニフェストを練り上げた。「宝石箱のような」マニフェストを手にふくちゃんは市政に挑戦する。

 

悲壮感がなくったって

きっと緊張はしているだろう。

責任は重大だから。

 

たくさんの市民の願いを集めて

市民の暮らしを応援する市政に舵をきれるかーこの戦いは善戦ではダメなのだ。

 

悲壮感なくとも、ここ数日相方はそこここで気迫の訴えをしている。

流れてくる動画を見る私のそばで子どもたちはゲームをしていたり、テレビを見ていたり。でも

 

「お父さん、通ってほしいな」

時々チビがつぶやく。

 

悲壮感のないお父さんのおかげで

あまり目立ってピリピリもしない

一見「普通の」生活。でもやはりこれは非日常。子どもらだって緊張状態にあるだろう。

 

家族はこの「非日常」に終わりが来るのを知っているけど、いつまでも走っていたいような、やっぱり早く結果を知りたいような。その時にはため息ではなく、歓喜の声をあげる用意をしながら、イヤイヤイヤとまたニュートラルに戻る。

そうやって

揺れつつ

揺れつつ

過ごしたこの3ヶ月。

 

泣いても笑っても日曜日には決着がつく。

 

明くる3日は節分だから

「鬼は外福は内」

と元気よく

市民の暮らしを必死のパッチで応援する人に市庁舎の内に入ってもらいましょう!

 

お友だちのお寿司やさんから恵方巻を届けてもらう段取りなどして、節分は確実に近づいている。

こんなに複雑な気持ちで節分のことを意識したことはない。

 

鬼は外福は内

 

どうかいい結果が出ますように。

 

鬼は外福は内

 

福は内、なんだよ!

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

つなぐ京都の事務所は、地下鉄二条駅前の、ここらじゃ名の知れたラーメン屋「天一」の北隣にあるビル。選挙期間中このビル丸ごとが事務所。知事選の時も同じ建物だったから、複雑にくっつけられた建物の中で、階を上下するのに一旦外に出る階段があったり、不思議な感じの中二階があったりにも慣れて、迷子になることもなかった今回。

 

私が事務所に行くのはたまにだけど、事務所で働いている人たちは、今回は、最初から「仲間」で、それに加えて毎日たくさん新たなボランティアスタッフが出入りしているように見受けられる。つなぐ京都では人々が縁を日々つないでいる。

 

私が行くと、顔を覚えてくれているスタッフに歓迎される。ふくちゃんの似顔絵や皆からの寄せ書きが賑やかに壁に飾られている部屋で、電話でお願いしておいたポスターやビラをもらったり、時には今日のように、相方がもらった差し入れの品を渡されたりする。(今夜はシューマイ!感謝)

 

市民の共闘がいよいよ具現化されるようになったという意味で、知事選とこの市長選はしっかりとつながり、関わる人々の絆が太く強くなっているのを、この事務所に足を踏み入れると肌で感じられると思う。その感覚は何も二条の事務所に限らず、市内一円につくられた地域ごとのつなぐ京都の事務所で感じられることだろう。

「ポスター貼りたいんですけど」

「チラシありますか」

「電話かけします」

「何かお手伝いすることありませんか」

毎日そう言って事務所にやってくる人が何人もいる。

全国から支援に来てくれる人もたくさん!

選挙に慣れた人も、まったく初めての人も入り雑じって、つなぐ京都を盛り上げる。市民の市長実現のために働いてくれる。

 

候補者が事務所スタッフと一緒に、たくさんの市民の思いを織り込んで何度も改訂した「マニフェスト」。これを「宝石の箱」と呼んだ人もある。「市民がつくり上げた市民のマニフェスト」とふくちゃんが言う。

 

この「宝のマニフェスト」を引っ提げて市政改革を唱える候補者の説得的な演説を聴いていると、もうこの壮大な事業は始まっているかのように思える。きっとやってくれそうだから。公約実現の根拠はしっかりしている。あとは本当に始めるばかりの事業。

 

本当にできるのか?

予算はあると聞いている。数字はすべて市の財政局の確認がとってあると。要はお金の使い方。やる気の問題!

 

ふくちゃん市長が実現したら

そこからがすべての始まり。

市民のための政治はそこからみんなでつくっていく。

 

忙しくなる。ふくちゃんだけでなく、市民が。

願いを持ち寄って市政をつくっていく。

 

「わくわくするような政治を

京都からつくっていきましょ」

 

相方がマイクを持って言っていた。

 

そうだ。そのために

私にできること、もっとないか?

 

これまでのところ、実際わくわくする選挙キャンペーンだった。

それは前哨戦。

 

このわくわくを市政づくりの本番につなげるために

あとひと踏ん張りふた踏ん張り。

 

ふくちゃんとつなぐ京都の政策を実現するために、私たちは勝たねばならぬ。

勝って願いをつながねばならぬ。

 

そう、つなぐ京都なのだ。

 

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily 

オッサンという言葉に嫌悪感を持たれる人もあるかもしれないが、「どっから見ても普通のオッサン」と相方は自分のことを言う。

 

性別、年齢的には確かに間違いなくオッサン。

「庶民感覚を持った本当の庶民」という意味で「普通」のオッサン。

「オッサン」では失礼だから「オッチャン」とするが、しかしこの「オッチャン」はただ者ではない。

 

子どもたちに

「お父さんって普通のオッチャンなん?」

と聞いてみると

「家にいるときはけっこう普通のオッチャン、でも働き方がスーパー。全然普通じゃない」とのこと。

確かにあんなに人前でしゃべりまくれる人、あんまりそこらにいない。スーパー。

 

このオッチャンの感性はみずみずしく爽やか。かつての高校球児は40年後も変わらず爽やかに口角を上げて笑う。

ここに「爽やかなオッサンという形容矛盾」が生まれる。

 

京都市長選2020

まっとうな市政をめざして爽やかな普通のオッサンが、立つ。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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頸と腰が悪くて、夕方になると脚がカアカアする。神経が触っているのだ。もう何年も。でもこの間は夕方を待たずにカアカアして、しかも痛みもあった。

 

不安になりやすいネガティブ女子。真っ先に思い浮かんだのは山口百恵ちゃんだ。小さいとき夕方の再放送枠で見たドラマ「赤い衝撃」だったかなんだったかで、百恵ちゃんは事故で三浦友和さん演じる刑事の撃った弾丸に背中を撃たれて下半身不随、車椅子の人となる。「背骨はこわい」と幼い私の頭には強烈にインプットされた。

 

日頃あまり日当たりのよくない家に引きこもっているから骨の強度も心許ない。日に当たってビタミンDを作らねば。牛乳だけ飲んでてもダメなのだ。不安になって、持病の腰の滑り症が出る度にお世話になる整形のお医者さんに診てもらう。

 

「圧迫骨折しそうですか?」

「イヤイヤ、あなたの年でそんなに簡単に潰れてもらっちゃ困るんですよ。でもとにかく頸と腰の牽引に通ってください」

「えー、私引きこもってるんですけど」

「いや、してもらった方がいいと思いますよ。道中、日にも当たるじゃないですか」

「はあ」

 

心配する割りには治る努力を惜しむネガティブ女子。

 

夫は例のごとく

「不安になりすぎや。心配しすぎ!」

と楽観的だ。でも頸と腰の神経が触っているのよ。「赤い衝撃」なんよ。なんで怖くないのか逆に聞きたい。

 

「百恵ちゃんやん!」

そう言うと彼は

「背中撃たれたんかい!」

いやぁ、撃たれてないけど。

 

彼と言えば、相方は、何年か前にソファのひじ掛けに頭を引っかけて一晩寝ていて、朝起きて、首に激痛が走り、借金でなく文字通り首が回らなくなった。

その時も困ってはいたが、彼は別段不安そうには見えなかった。怖くないのか?私はその時彼が車椅子生活になることを想定して、頭の中を様々なシミュレーションが駆け巡った。

 

仕事はどうなるのだ?どうやって通勤するのだ?事務所は車椅子いけるのか?そもそも仕事できるのか?わが家もどうやってバリアフリーにしよう?またやはりO工務店さんに頼むのか、ローンはどうするのか、とか。

 

かなり心配した。

けっきょく彼は何日か湿布を貼ったら治ったけれど。私一人肝を冷やしていた。

 

 牽引。電動のアンマ椅子のような腰の牽引機は至福の時。

首を吊られながらじっと床を見る頸の牽引機は思索の時。

 

めんどくさいなと思いながらも自転車で病院に来るときに日に当たるのがうれしい。

やっぱり通うのはいいことでしょう。

 

前に、数ヵ月姿勢をよくしていただけで骨の問題が改善されていた実績があるので、今回も「正しい姿勢強化月間」として意識的に頑張っている。今後もずっとか。

 

まだ骨は潰れていないそうなので自棄にならずに頑張ろうと思う。この一週間は骨と一緒に心配で胸が潰れそうだった。背骨はこわいんだよ。赤い衝撃なんだよ。

 

こうやって少しずつ、思うに任せなくなっていく体に、納得しながらお婆ちゃんになっていくんだね。私の場合はいちいち「赤い衝撃」だ「青い疑惑」だと大騒ぎしながら。

 

年をとって生きているのって大変。

毎日「快適でない」時間が増えていく。

 

長く生きているのが嬉しいご褒美になるような

何かいいことないかなあ。

敬老乗車証?

少しでも重い足腰が軽やかになるように。

映画の割引?

いつまでも文化的であれ。

 

やはりお年寄りに優しい社会になってほしい。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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ふくちゃんと言えば「必死のパッチ」と浮かぶぐらい、今回の選挙で相方はこのフレーズを愛用している。先日は左京区百万遍の街頭宣伝で共産党の志位さんまでも「必死のパッチ」と言っていた。関西固有のこの言い回しもついに全国ネットになったのか?()

 

「必死のパッチ」とはどんなパッチか()詳しくは知らないけど、「必死である」ことを強調するとき、私たちのところでは小さい時から必ず「パッチ」がついてきた。「必死」とセットの謎の「パッチ」。語呂もいいし、意味などそんなに考えず、私たちはいつも「必死のパッチ」だった。

 

今回、候補者がマイクを持って「必死のパッチ」とあちこちで言うから、パッチって何だろうと思って辞書を引いた人もあるらしい。私もさっきこのエッセイを書くのに一応引いてみたが、将棋の言葉が語源だとかいろいろ書いてある。4050代が使う言葉、いわゆる死語だとか。

 

その「死語」を見事に復活させ、全国ネットにまで乗せてしまったのが我らがオッサン候補者ふくちゃんだ。私は彼の最初の「必死のパッチ」を耳にした時、思わず吹いてしまった。「なんてローカルな!笑」

それにとても懐かしく思った。小学生男子たちがツバキを飛ばしながら自分の武勇伝をしゃべっているような遠い記憶がよみがえったから。確かに「必死のパッチ」は死語と言える。死語だった。3ヶ月前までは。今ではいろいろな人がこの懐かしのパッチを使っている。今年上半期の流行語大賞にならないだろうか?

選挙、ますます盛り上げていこう!

 

ふくちゃんの言葉は人の心をつかむ。本人は「ただ普通にしゃべってるだけ」と言うが、彼のスピーチは面白い、わかりやすいと定評がある。そこここに言葉のセンスが光る。不死鳥の復活を見せた「必死のパッチ」もそのひとつだ。後の世の人がこの京都市長選2020を振り返って「必死のパッチ」選挙と呼ぶかも知れぬ。

かつてない市民の共闘が大きく形になっている選挙。それはおそらく歴史に残る社会運動のうねり。

そして「必死のパッチ」の復活。

そういう意味でもこれは歴史に残る選挙だろう。

 

 

写真は、相方がどこかでいただいてきた書き初め「必死のパッチ」。どなたかわからないので紹介できないが、わが家の居間に貼らせてもらっている。

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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「夫が選挙に出ればブロッコリーに花が咲く」という「風桶」の話を知事選挙の時のブログ「ふくふく家族」のうちの一話に書いた。今回はその続編と言える「風桶バナ」パート2を。

 

知事選のあとにコープの宅配で届いた眼鏡のズレ防止のゴム。これはまったく優れもの!

それまでずっと眼鏡がズリ落ちて「鼻眼鏡」だった。お婆ちゃんみたいに見えていた。遠慮のない親戚には笑われた。慎み深いその他の方は黙っておられたが。

 

私も眼鏡がずり落ちるのが気にならないわけではなく、何度も眼鏡屋さんに調節してもらったのだが次の日からズリズリ。お婆ちゃん。

 

それが直径1センチにも満たないコープの小さなゴムの輪2つで  タターン!

眼鏡がずれない。びくともしない。

眼鏡ってこんなに上の方で止まるモノなんだ!と感動さえした。

 

この小さなゴムのお陰で私の見てくれは10年ぐらい若返る。えー。じゃあ私30歳なの?いやんーいや、ちがうちがう。50歳なのに60ぐらいに見えてたのがマイナス10で元通り。

つまり変わらないって。

 

知事選では相方は得票率44.1%ーいいところまで行った。

でも、このゴムの輪のこと、もっと早くに知っていたら、相方の票はあと20票は伸びていたかもしれない。そのこころは。

 

ゴムを使う→鼻眼鏡問題が解消される→京都新聞の夕刊「候補者の妻特集」の写真の写りが少しましになる→「福山のこの奥さんどんくさそうやからN脇さんに入れとこ」という人が20人くらい抑えられる→福山の票が伸びる。

 

ん?まてまて。

そもそも「奥さん」で候補者のこと見るってどうよ?奥さん関係ないやん。

私の鼻眼鏡で京都の未来が左右されたらあかんやろ。選挙は政策。

でも世の中いろんな人がいるからな。

 

しかし、そもそもなんで取材の時、眼鏡とらんかったんか。ないほうが若く見える。

なくても字は読めるし運転もできる。

乱視が鬱陶しいからかけている。

 

取材の時、記者さんに

「スマホでブログ打ってる格好してください」

と言われたから、嘘ついたらダメだと思って「普段通りの格好」したんだよね。

 

もう選挙は終わったのに何を今さら。しかも今度は市長選!あれ?いつの間に。

 

でも

私はその新聞の記事が出てから

夫が

「あの写真はよくなかったよなあ」

と言ったのがかなり残念だった。

 

眼鏡のズレ止めゴムを手にしていたら

選挙の結果まではやっぱり何ともならなかっただろうけど

夫にがっかりされて私ががっかりするという

二段階ジャンプのがっかりは防げただろう。

 

もしかしてプロのカメラマンに撮ってもらって綺麗に写っていたら

私のことを少し見直した相方が

「ちょっと今度二人で将軍塚行ってみる?」

なんて言ってたかもしれない。

 

風が吹けば桶屋がもうかる。

わが家では、夫が選挙に出ればブロッコリーに花が咲く。そして新たに

眼鏡がとまればデートが増える。

 

んー。無理がある。

か~な~り、無理がある。

 

前回シリーズから「風が吹けば」

http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily/37/

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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女性であれば経験がおありの方は多いと思う。PMS(PreMenstral Syndrome)ー生理前症候群。月経の前に起こるさまざまな体の不調。頭痛、腹痛。怒りっぽくなったり落ち込んだりもある。

 

私はたいてい子どもに些細なことで不思議なくらいにガーっと怒ってしまって、あとで考えたらPMSだったというようなことが多い。人によって程度も症状も違うと思う。私は身体的症状より精神的な不安定さの方が多いようだ。満月の時なんか特にそれは増幅されるような気がする。わぉーん。

 

夫とは若いとき、この忌まわしきPMSが元で喧嘩になったことが何度もある。あとで思うと

「なんであんな言い方したんだろう」

と自分でも不思議。

一度発せられた言葉は心に残る。

後悔しても後の祭り。

 

最近は子どもらにカリカリしてしまうと、カレンダーをチェックして

「あんたたち、お母さんはたぶんPMSやから気ぃつけや」

と注意換気。

自分のことだけど、制御不能の他人事のように思われるのだ。

 

子どもに

PMSって何の頭文字なん?」

と聞かれて

PreMenstral Syndrome。月経前症候群。でもお母さんは、Pプリン M めっちゃ S好き、やな」

とまたまた冗談で答えて以来、わが家ではこの「お母さんが謎に不調」のPMS期はみんなで

「今、お母さんプリンめっちゃ好きやねん。やさしくしてね」

で意味が通じる。

 

夫は私が時おり「プリンめっちゃ好き」なのが何故なのか、知らないかもしれない。

私が説明しても話がまどろっこしくて

面倒になってしまうのか

「はあはあ」

と聞いているのかいないのか。

「どうせまたわけのわからんこと言ってる」

と流されている気がする。

 

プリンめっちゃ好き

 

命を生み出す性ゆえに不都合なことは多々あるけれど、みんなの理解が深まれば平和な時間は増えると思う。人類の半分は月に一度遠吠えしたくなるのだから、幼い頃からの性教育は人類の平和のために絶対必要だと思う。

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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二人で初めて映画を見に行った時、私は彼のきめ細やかさに感動した。

 

何故だったかわからないが、私たちは菓子パンを持っていて、映画が始まる前に食べようとしていた。でもその菓子パンは、デートのお供には全く不向きな、白い砂糖の塊(アイシング?)がべったり上に塗ってあるもので、お行儀よく食べようとしても、たちまち私は両手がベタベタになってしまった。

途方に暮れていたら、彼が席を立って、しばらくして戻ってきた。手には水で絞ったハンカチを持っていた。

 

野球のハンカチ王子の出現よりもっと前のことだ。私は(偏見かもしれないが)まず男の人がハンカチを持ち歩いていることに新鮮な感動を覚えた。(私はハンカチ不携帯のことがよくある!)

 

そしてそのハンカチを水道で絞って来るという。なんという行き届き加減!

 

そんなことで感動するなんて、よほど私の人間関係は貧しいものだったのかもしれないが、とにかく彼は私から高得点をゲットした。

 

そのことはよく覚えているが、その時、何の映画を見たのかは思い出せない。

 

あれから30年近く。

私もハンカチは携帯するようになり、夫がハンカチを持っていても特に驚かない。でもヨソで子どもが何かをこぼしたとき、夫がスッとハンカチを出して拭いてやっていると、あの映画館でのことが脳裏によみがえり、ベタベタだった手の感覚まで思い出す。

 

あれに懲りて、アイシングベタベタの菓子パンは食べてないけれど、スーパーでそんなパンを見かけると、知り合って間もない頃の新鮮な気持ちが胸に流れる。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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