「天理教」は宗教か、真実の教えか -3ページ目

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

教祖が執筆された『おふできさ』は人類に公開された最初の天啓録であり、だれもが読める日本語だ。しかし、その神意には時代と共にさらに明らかにされるべき普遍的な原理が隠されている。

 

 明治2(1869)年から『おふできさ』が執筆されてはじめ、この歌は第1号のものである。

 

このたびハやしきのそふじすきやかに

 したゝてみせるこれをみてくれ      (1-29)

 

[この度は屋敷の掃除すきやかに したてて見せるこれを見てくれ]

 

 「この度」とは、1869年の時点だけでなく、現在の2025年にも相当する真理が込められているとすれば、それは恐るべきほどに現在にも相当する意味内容を含んでいると言わざるをえない。  

 

 屋敷とは地場屋敷であり、存命の教祖がおられる地場を意味する。奈良県天理市の天理教の教会本部が立てられている神苑一帯、親里やかたの中、さらに詰所などがその屋敷を取り囲んでいるというのが屋敷のイメージであろう。

 

 屋敷はすきやかにされるべき場所であり、人が想像する以上に、ピカピカの屋敷が想定されている。形ではない、心の清浄さ、美しさ、誠の心が、神の心を信じる信徒集団が想定されている。 

 

 おさしづにも「鏡屋敷」(M28.5.12)にある通り、言行一致の信仰心が問われている。

 

 地場が治まらねば世界が治まらない。 

 

 今の世界の戦争も異常気象も、地場の汚れや人間一条を映している。

 

 さて、地場屋敷をきれいにするのは誰か。

 

 具体的な順序として、教祖の言うことを第一に聞かねばならないのは、教祖の長男の秀司さんであった。

 

 そのお方は、教祖の言う事、すなわち神様の言葉に対して、余り素直ではなかった。母親を通じて神が発言をしていても、老母が何か言っているのかと。 お筆先の表紙に「老母」と書いたのは秀司さんである。  

 

 教祖と苦労を共にして、もっとも身近にいた秀司さんであるが、老母を利用している無形の神という実在にまで信心が徹底していたとは言えない。 

  

 ここに形を超えた無形の神への信仰心というアポリアがある。 

 

 

そふじさいすきやかしたる事ならハ

 しりてはなしてはなしするなり      (1-30)

[掃除さいすきやかしたる事ならば 知りて話して話するなり]

 

これまでのざんねんなるハなにの事

 あしのちんばが一のさんねん       (1-31)

[これまでの残念なるは何の事 足のちんばが一の残念]

 

このあしハやまいとゆうているけれど

 やまいでハない神のりいふく       (1-32)

[この足は病と言うているけれど 病ではない神の立腹]

 

りいふくも一寸の事でハないほどに

 つもりかさなりゆへの事なり       (1-33)

[立腹も一寸の事ではないほどに 積もり重なりゆえの事なり]

 

りいふくもなにゆへなるどゆうならハ

 あくじがのかんゆへの事なり       (1-34)

[立腹も何故なると言うならば 悪事がのかん故の事なり]

 

 屋敷のトップである、秀司さんには「足のちんば」があった。「ちんば」とは足が不自由でひきずって歩くような恰好だったが、これは差別用語で今は使われない、当時の関西方面の方言である。 

 

 「足のちんば」は何を意味していたのか? 

 

 神様のある想いがあり、それがあらゆる形に現れているが、この「ちんば」は神の残念を意味しているという。このようなことが書き残されて、筆記されたことは、史実でもあり、本人がどのように悟ったかが問われる。また神の「残念」だけでなく、さらに「立腹」という強い表現も出てきている。

 

 秀司さんの心はどこまでも自由であり、神様に対して十分に逆らい続けているのである。

 

 大正3年12月31日に、突如出直された初代真柱の中山新治郎(真之亮)様は、茨木基敬さんのことばを神の詞として受け入れず、早すぎる出直しであった。 その「辞世二首」が新聞にも出ておりました。

 

 岩よりも固き心を結び合せて 道に盡せよ斯道の人

 

 通のため盡す心は唯一つ 己が誠の外なかりけり

 

  信仰一筋の尊い精神が伝わってきます。教祖在世時から養子として中山家にはいり、激動の明治期を教団形成に注いだ人生でした。

 

 秀司さんは生れ変わって、二代真柱様となる。中山家中心の神学を戦後に作った中山正善さんは、飯降家を格下扱いにして、本席の啓示を低く扱う。昭和初期の講習会では「おさしづ」の重要性を管長として語っていたが、まだ本席様のぬくもりが残っていて、筆取り人が生きていたからです。しかし、二代目の啓示者としての扱いを十分にしたとはいえない。また茨木家の三代目とも交流があったが、茨木基敬様の啓示を認めることもなかった。そして二代真柱様は早死にされた。

 

 三代目の真柱、中山善衛様には神がかりが現象が掛かってきたことがあったようだが、本人はそれに蓋をしたらしい。啓示者になるべき魂の持主として地場に昭和7年7月7日に再生されたが、この魂の摂理については、教える人がいないので、本人には自覚もなかった。

 高齢のため真柱の職を自ら引退して、真柱が普通の人間的行動を示す先例を残してしまった。高齢者の引退ブームとなった。天理教の世俗化をさらに推し進めた。

 

 そして4代目の今の真柱様は、まさに「足のちんば」のお姿となり、中山家の歴代の因縁をそのまま引きずっておられる。そのお姿は、「悪事がのかん」ことの証であり、存命の教祖のおことばを素直に聞けないことを『おふできさ』は預言しているのである。

 

 真柱とは独立した理ではない。「裏は鍛冶屋に表は大工」というセットでこそ生きてくる組織の要である。だれもそれを諭すものがいない。   

 

 足元に偉大な理をみる。

 

 届かぬながら、この究極の真理を公開の理のもと、探究して参ります。

 

 

 

合掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一節が21回唱えられたあと、つぎに来るのが、以下の第二節です。

 

(第二節)
ちよとはなし
かみのいふこと きいてくれ
あしきのことは いはんでな
このよの ぢいとてんとを かたどりて
ふうふを こしらへ きたるでな
これハ このよの はじめだし
なむてんりわうのみこと

 

 第1節が天理王命の御守護に対する喜び、感謝に精神が集中するという、人から神への祈願であったとすれば、第二節は、神から人への語り掛けの側面が強い。

 

 神は人に初めてその思惑を教祖を通じて天保9年から開示された。だれも信じないなか、神からの問い掛けに教祖は得心し、日々の御守護を精一杯に感じ取られ、50年の雛形の道を通られた。

 神の声を聞こえたのは教祖唯一人であるなか、夫も子供たちには聞こえるわけではないので、ただ言われるままに、ハイハイと素直に聞けるものではない。そこにかしもの・かりものの自由用を見せら、目に見えない神の働き、守護の姿を段々に理解するようになってくる。

 

 神は悪しきではないと明言され、第一節における「悪しきはらい」の意味が重層的に敷衍される。 

 

 神が云う、神が語り掛ける、そのような語る、「啓示する神」が自己顕現された。

 

 啓示であり、天啓ともいう。シャーマン、巫女とも預言者という宗教用語があるが、類似した宗教現象だと思われるが、教祖を通じて初めて創造神が、お言葉を伝え始めたのである。

 

 そのご啓示は本席様へ継承されたことは、歴史的にある程度教団によって正式に教義となっている。しかし、本ブログで開示しているように、茨木さんなど裏の道として、歴代の機械とよばれる天啓者たちによって永遠に語り続けて今に至る。 

 

 神が語る根本的なお話は、元の理であり、人間は一列に神の子供として創造されてきたという、全く新しいお話である。創造神は啓典宗教にもすでに説かれていて、世界各地の民族の神話伝承の中にも創造神は出てくる。日本の古事記にも創造神らしき神は語られ、やおよろずの神々が語られている。古事記の原型とされる「ほつまつたへ」の伝承にも、口承的な伝承として神々のストーリーが語らえている。 

 

 そうしたあらゆる世界の啓示宗教、民間伝承などの神話を超えて、神が直接、教祖を通じて、元の神、実の神であるところの天理王命こそが人類の親であることが語りかけてくるのである。

 

 天地を創造して、人間の夫婦を創造してきたというのである。  

 

 空間概念、時間概念は、創造のグランドデザインのアイデアの中からでてきた、宇宙創成のプラットフォームである。 

 

 その創造は、天保9年から遡ること、9億9万9999年とされるが、これもシンボリックな表現であり、実際の宇宙の起源、ビッグバンは科学的には40億年以上前のことらしい。

 

 そうした、空間、時間を超えて、当初の神の思惑を今現在の私たちが認識することが大切であり、それが、「今がこの世の始まり」という以下のおふでさきにある通りである。

いまゝでも今がこのよのはじまりと
ゆうてあれどもなんの事やら
 (第七号35)

 
 元の理は過去のことではなく、今現在のこと、人間創造が永遠の始原から始まり、今に至り、未来に続くことを語っている。それが第二節の意義である。
 
 南無天理王命と、ここで、「南無」という伝統的な宗教用語が利用されている。ここには伝統宗教で使われていた既存の概念の上に新しい理を添えているというこの神の姿がある。
 
 神が初めて現れたが、そこに至るまではあまたの宗教の教祖、祖師がいて、その上に新たな教えが開示されたのである。
 
「南無」阿弥陀仏があり、「南無」妙法蓮華経があり、繰り返し唱えることは無いが、禅宗の「南無」釈迦牟尼仏というフレーズもある。
 
 南無とは、梵語(サンスクリット語)のnamas、namoを漢字にした音写語で、「ーーに帰依する」という意味だとされる。
 
 キリスト教のアーメンもヘブライ語で、誠に、確かに、その通りだという信心の決意を意味てしている。
 
 イスラームとは、アラビア語で神に絶対的帰依するという動詞的な意味である。 
 
 南無天理王命とは、イスラム教の「アラー、アクバル」(「神は偉大なり」)という唱え文句に匹敵する絶対的帰依の表現である。
 
 イスラム教の聖地はメッカであり、メッカへの巡礼はハッジとして尊ばれる。遠いとこからは一生に一度しかいけない、村の代表者が聖地ていく。 
 一方の、この道では、奈良県天理市の地場・甘露台という特定の聖地を信仰の対象とする。 地場の理が親の心であり、啓示の源泉である。地場という特定の地点は空間上の特異点であり、その地に神殿が建築された。だがその壮麗な神殿が神の心を意味すると考えたら、とんでもない。地場から発する神の心は空間を超えて、一人一人の人間の心の魂を目覚めさせる契機となる。それ故、地場の心とは日本を超え、地球上のあらゆる地点で、参り所ができて、信仰は実践できるのである。  
 
 

 

 

「みかぐらうた」(第一節から第三節)


(第一節)
あしきをはらうて たすけたまへ
てんりわうのみこと       [21回]


(第二節)
ちよとはなし
かみのいふこと きいてくれ
あしきのことは いはんでな
このよの ぢいとてんとを かたどりて
ふうふを こしらへ きたるでな
これハ このよの はじめだし
なむてんりわうのみこと

 

(第三節)
あしきをはらうて たすけせきこむ
いちれつすまして かんろだい  [3回×3]

 

<みかぐらうたの神意>

 天理教の教会で朝夕の礼拝の時に必ず唱えられる「みかぐら歌」。座り勤めをする際に手を振りながら、第一節のこの神言を繰り返し唱える。それが儀礼化、マンネリ化していたら、単なる宗教儀礼に堕してしまう。

 善と悪の2つの対立する価値観があるとして、善とは続く理であり、悪とは持続性がない理と定義できる。天理教における悪理とは、「我さえよければ、今さえよければ」という利己主義、短期的思考の悪弊を意味している。

 これは対照的に、本当の幸福、Well-Beingとは、善理の心そのものから来る。善理とは神の心のそのもので、広大無辺の神の心とは、親心そのものである。空間も時間も超えた超越的存在でありながら、人間の肉体を守護し、宇宙を支配する存在である。その大きなる存在を知れば、人間の心は喜び、誠の心となり、心は澄んでくる、謙虚にならざるをえなくなる。

 

 悪理とは、八つの埃(ほこり)という倫理教説を具体的に意味していて、以下の八つの心が悪しき理を代表している。

 

1. 欲しい

2. 惜しい

3. 憎い

4. 可愛い

5. 恨み

6. 腹立ち

7. 欲

8. 高慢

 

 これらは、神を知らず、神の貸し物借り物の世界を理解せず、心通りの守護という真理を知らずに、人間心だけに依存する通常の人間思案の心使いを意味する。

 それらはすべて悪しき心使いなのである。悪しき心使いは、逆に人間が本当に自由な陽気暮らしをする可能性を阻んでいるのである。

 

 神の心をしらねば、誰もが普通に使ってしまう人間心は汚れた心である。汚れていることすら自覚がないのが人間心であり、基準や標準としての神の心を知らないと、また信じないと人間心はいつまでも続く。

 

世界の平和より自国中心主義、覇権主義が世界政治のトレンドとなっているが、これは神様の心とは正反対の動きである。 

 

 どんな人間にも悪しき心使いは埃となって、魂の汚れとして蓄積されている。その汚れを自覚的に払う作業が、朝夕のお勤めの際に唱えられるのである。

 喜べない心、澄んでいない心を神様の前に懺悔して、感謝・報恩の心で、より美しい心に、神の心に近づくように祈念するのが「あしきをはらうて(悪しきを払うて)」の趣旨である。

 そして、神の自由用されるかしものかりものの世界であることが段々にわかって、深く自覚したら、喜びの心を同時にお供えすることとが出来る。

 自由の心で、世のため人のため利他的に真の自己実現をすることに人間世界の喜びがある。

 

「たすけたまへ(救けたまへ)」とは、人間が、魂の親である神様に全面的帰依することを自己告白している局面である。人間の肉体は神からの借り物であり、神の守護なしには一息もできなくなるのである。「生きている」という神秘な現象は神様から人間への最大の賜物であり、人間は神様の子供なのである。神様は親であり、人類等しく愛されている。

 

「てんりわうのみこと」とは特定の神名である。天理王命という神名は教祖を通じて天保九年に世界で初めて顕現した唯一の至高の創造神である。既存のあまたの宗教や信条があるなかで、全く新しい神が啓示を通じて顕現したのである。『おふでさき』を通じて、その神は、「月日」「かみ」「をや」などとも呼称されいてるが、言葉(ことば)を通じて顕現する神である。ヘブライ語でもアラム語でもアラビア語でも中国語でもなく、日本語を通じて神は顕現された。 

 

 特定の神名なので、特定の宗教教団の神名となって制度的には成立している。しかし、それは人間世界での仮の姿であり、この神は地球も宇宙もすべてを創造した至高の唯一の永遠の神であることを自己開示している。

 汎神論的なビジョンのもと、この世は神の体だともいう。見えて来る利益(りやく)、すなわち生かされいてる人間の守護のあり方そのものが神の力を示しているのである。

 

 神の心を知り、神があらゆることを自由用されていること、その日々の守護に感謝して、いつまでも自由な陽気暮らしのスピリットで永遠の道を生きる。 日々に無時に生きている、生かされている。その神秘に対して、人間はただただ深甚の感謝の念を捧げる。それが第一節に込められた神意だと悟ります。

 

                 <合掌>

   

 

 

 龍は伝説上の生き物か空想上の生き物と考えられていますが、その龍神様と語れる人が本当にいて、驚きました。お名前は、表題の通り、秀雲様です。 以下のサイトをご覧ください。 また波動も感じることができることが書かれていました。

 

 対談:宇都宮 秀雲氏×中西研二「先人の知恵を生かし、自然に合わせて生きる」 – NPO法人JOYヒーリングの会

 

 

 仏像作りの技術的なことだけに満足せず、シャカの生誕地のインドに武者修行(4380日)に出られて、草を食べて、土を掘って寝る生活を続けてこられたそうです。インターネットなど、HPなどによる紹介は、「自然派仏師」を継承する立場からしないとのことです。ご本人から許可を得てないので、恐れ多いですが、歴史家として記録にして残したいと思います。

 HPはないですが、関係先が以下のギャラリーを公開していました。

天然石パワーストーンと波動龍などの仏像・彫像を販売しています【ギャラリー龍】|GALLERY

 

 アジア各地で巨大像原型造形の設計も招待されて行ってきました。アジア各地に門下生は486名で芸術家活動の支援、福祉自立支援活動も行っていると奥様の名刺にありました。  

 

 茨城県牛久市の牛久大仏の原型造形にも関わったとのことです。高さ120メートルでギネスにも登録されている世界一高いブッダです。

 

 私は、茨城県に24年間も住んでいて、前任校ではアメリカ人の留学生の観光案内もしました。

 

 牛久市あたりをバスで通った時、牛久大仏をたまたま見たアメリカから来た留学生が、"Super Scarely"と叫んだことを覚えています。 

 

 インバウンドの海外旅行者はさらに増えるでしょう。 大仏の体内はお釈迦様の生涯をたどる展示物もあり、4・5階には何と!仏舎利(釈尊のご遺骨)もありました。親鸞聖人が教行信証を書かれたのは常陸國稲田であり、今の茨城県笠間市です。浄土真宗東本願寺派東本学寺が宗門を上げて、この大仏を建立されたそうです。

 

  牛久大仏概要|牛久大仏

 

 大仏師のご紹介で、インドからスジャータの78代目の子孫の方ともお会いできました。 餓死しかけた釈迦を救ったスジャータとは実在の女性だったようで、お釈迦さまも実在の仏教の創始者なのですね。

 

マイクをもつダルさん(スジャータの78代目の子孫)、その右が大仏師・秀雲様

@長野県南佐久郡佐久穂町余事 2025年5月5日 やすらぎの里開所式にて

 

 

一つ 広い世界のうちなれば 助けるところがままあろう

 

 

 この道が広がる以前に、この道が遅れているので、救済場所はまだまだ必要なのです。 

 

 

 

 

 

 

 以前書いたものを、増補しました。

 

 おふでさき9-6に関する、解説から、実は、最新の神様の御詞(おことば)も引用しておりました。

 

 その内容をさらに増補しました。

 

 本ブログの中での新しいカテゴリーとして「平成時代のをやの歌綴り」として初公開させて頂きます。

 

 

 

 

別間に集う、わずかな人衆への神様の大きな思惑が語れています。

 

しかし、この言葉を信じる万人に開かれた神様の言語化であり、本ブログにふれる各人の魂がいかに受け取るかで、各人の魂の運命が開かれていくはずです。

 

その目的は地場の掃除、地場の立て替えに大きな焦点がありますが、人類を救済することに本願があることに変わりはありません。

 

神の世界は広いつながり。 

 

本稿は、Y先生からお招きを受けた桜神宮での花見の集いから刺激受けて書きました。

 

 

 

『おふでさき』第15号は明治13年に書かれたもので、その年3月には大阪で米騒動があった。令和の米価急騰、米不足を彷彿させるものであり、存命の教祖の今なるの思惑から教えて頂いたこと書かせてもらいます。 

 

いまゝてハ四十三ねんいせんから あしをなやめたこれがしんはい(15-24)

(今までは四十三年以前から 足を悩めたこれが心配)

 

 従前の解説では、「足のちんばが一の残念」(1-31)と同様に、この足は特定の人物として、秀司さんの足が意味されていた。否。より普遍的にこの足は、人間一人一人の足を意味している。足は人間が進むべき方向、心の道を示している。43年以前とは、天保9年の立教の日まで、人類は本来の人間としての歩み方を知らなかった。しかし、この度、教祖を通じて本真実が明かされ、陽気暮らしの本通を通る心の道が初めて明らかにされた。

 神様は元始まり以来、人間世界の創造を続けてこられてきたが、誰も神の思惑を知らずにきたし、そのことを神様はずっと心配してきた。しかし約束の年限が来て、ようやく教祖を社(やしろ)として天下ることが出来たのである。これがこの道の始まりであり、人類の救済史的なターニングポイントが天保九年の中山家の屋敷で起きたのであった。

 

 神様が表に現れるという本真実(天啓の永遠性、教祖存命の理)の永遠性が心に治まることで、人類は救済の真理に触れて、心を開放されるのである。

 

このたびハなんでもかでもこれをはな もとのとふりにしてかやすでな (15-25)

(この度は何でもかでもこれをばな 元の通りにして返すでな)

このはなしなにを月日がゆうたとて  どんな事てもそむきなきよふ (15-26)

(この話何を月日が言うたとて どんな事でも背きなきよう)

これからのをやのたのみハこればかり  ほかなる事わなにもゆハんで (15-27)

(これからの神《をや》の頼みはこればかり 他なる事は何も言わんで)

この事をなにをたのむとをもうかな  つとめ一ぢよの事ばかりやで (15-28)

(この事を何を頼むと思うかな つとめ一条の事ばかりやで)

このつとめこれがこのよのはぢまりや  これさいかのた事であるなら (15-29)

(このつとめこれがこの世の始まりや これさい叶うた事であるなら)

 

「元の通りにして返すでな」とは、秀司の足を元通りにするという特定の個人を意味してはいない。より普遍的に、元始まりの神様の思惑通りの人間観を明らかにするという大宣言なのである。陽気暮らしのできる、元々の神の思惑の人間に戻ってほしいという思惑が込められているのである。もともとの神の思惑を知らずに、人間心一杯の欲のまみれた人間には、この神の思惑は余りにも美しく、誰も信じるものはいない。

 神は悪しきは言わない。どうか神の言うことを信じて欲しいという神(をや)の懇願が語られる。

 

 そして、陽気暮らしのできる人間とは、「つとめ一条」という一語に集約される、驚くべき真理がここで開示されるのである。

 

つとめとは人間創造であり、人間救済であり、人間の陽気暮らし世界の源泉となることが意図されているのである。

 そのつとめとは、かぐらづとめや十二下りという形のつとめ(形式的な儀礼)ができるよりも、そのつとめる心のつとめにより重点がある。日々の心作り、心磨き、心の通り方が本当のつとめである。 

 

 人間心でつとめても神様は受け取らない。日々のつとめには、心のつとめがあり、その上で、月次祭があり、地場のかぐらづとめがあるのである。

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 本席様の刻限御話に以下のものがある。 刻限話は人間の意思とは関係なく、神様の側から、決められた時刻に重大な思惑を明らかにするもので、伺いのさしづよりも重要度が高い。夜中でも、刻限の御用があった。神の館、神の屋敷としての地場に神意が発動していた時代である。神様は人間に何かを伝えたい、心に治めて欲しいことがあり、啓示が下される。  前後の脈絡や背景が分からないと、今では不明なものが多いが、聞いていた人たちは、すぐに分かった何かなのである。  

 

明治26年1月13日 夜2時45分

 

刻限御話

さあ/\/\/\一つの話、一寸掛かり掛けた。どういう事、もうこれだん/\広くの処、一寸暫くの処、あちらも狭い、こちらも狭い。取り寄せ。狭い/\所からよう/\取り広めた所、変えて事情一つ多くの中、やれ/\という。よう/\の日一寸移りた。日々の処多くの中の思やん、今まで内々思やん。これからは世界の思やんと立て替える。一戸一つの思やんは堅いようなものなれど弱いもの。一番世界の理から治めたら、どんな事でも治まるとも分からん。まあ一年で出来ようか、三年で出来ようか。一段仕上げて又一つ仕上げて二段と言う。分からんから皆道を失うて了う。これさえ/\とうまい事ばかり思うからどうもならん。大きいもの早く欲し、道筋取られて了た。年限知らんからどうもならん。この残念さ何とも知れん。世界多くの中、だん/\入り込んで一寸始め掛けた。内々に一つ事情、世界事情、広い心さえあればどんな道も付いて来る。話を砕いて持って行く。小さいからどんなに成るとも知れたものは無い。見えん先から知らしたる。何でもないと思うからそれまでのもの。一重二重積んだ、これまでというものは存命の間は頼り、一人又一つ事情をこれ一年の間に了うた。それより一時事情又一人、それより考えばどんな事でもはい/\、この理結構であります、この道分からんから曇る。一寸曇れば何にも分からん、始められん。晴れん心にもろ/\がどうもならん。これ一つ何でも晴らさにゃならん。世界一遍に晴らそうと思えど、あちらから雲が出る、こちらから雲が出る。今までの処存命の間、一々一つの事情委せ置いたる。ふでさきにも出てある。十二下りの理にも出てある、十二下り出て居る。この事情からはい/\、この事情から聞き分け。たゞ一度の道じゃあろまい。通りたら分かる。三年これまで楽しんだる、世界明らかと言うであろう。遠慮気兼は要らんと言うたる。頼み置いたる一つの理、十二下り一人の身体より治め来たる処、誰が頼りであるか、一人の目当てに入り込んだる、中々大切、誰が大切、いかなる処も仕上げた。入り込んだる身体というは、若き者であろうか、学者であろうか、智者であろうか、よう聞き分け。この道始め掛けたる、草生えの中から始め掛け、どんな事も出てある。もうこれ心さえ曇りが無いと思う。曇りさえ無くば何も怖わき恐ろしいは無い。もう一段一寸掛かり掛ける。一度にも仕上げる。一時の理一時は一代、一つさあ、一代も一年、一年も一代、これ事情にて悟ってくれ。これまでよりだん/\思やんしてみよう。嘘は無い。嘘は一つも言うてない。これ事情にて、互い/\の心を治めてくれるよう。

 

以下のサイトから引用

 

 

 

 この刻限話は、この道が教祖一人(存命の間)から始まった歴史的経緯と意義を改めて説いたもので、人間思案の誤解や曇りがある中、きれいな道を作っていくことが、容易ではないことを明らかにしている。

  「おふでさき」そして「十二下りの理」とはどちらも、神様の思惑を言語化したものであり、人間が求める本真実が開示されている。

  手踊りの地歌である「十二下り」が、3回も引用されている刻限話で、神意が十二下りに込められていることに大きな諭しがあるようです。

 

 今後の「おさしづ」の勉強のために記録に残します。

 

 以下のツールをご作成の方に感謝申し上げます。

 

 

 

 2020年8月に投稿した記事が、結構読まれていたようなので、改めて改訂しました。

 

 

 

 

 大工の理とは、機械(啓示者)の意味であることを、掘り下げました。

 

 みかぐら歌12下り目の大工も同様な意味があり、地場には神の機械(啓示者)が永遠に必要な存在であることを匂いとして初めて公開しました。

 

 今後、12下りの意味を明らかにしたいと思います。

 

 

十二下り目 

「一ッ いちにだいくのうかがひに なにかのこともまかせおく」

 

「十ド このたびいちれつに だいくのにんもそろひきた」

 

 世界の救済には、大工の人衆が複数必要である。神の詞(ことば)で鍛えられた魂の持主が必要です。

 

 教祖存命の理を体現する大工の理によって、地場は世界から慕われる構想がここにはあります。

 

 2025年、道の建て替えが始まります。

 

 

 

 

 

 

おふでさき12号に以下のお歌があります。

 

このしんをまことしんぢつしてみせる これみたならばみなとくしんせ (12-159)

(この真を誠真実して見せる これ見たならば 皆得心せ)

 

 人間の誠の心が深化発展し、その人の心を受け取って神様が守護してみせていく。心通りの守護という人間の日々の人生の出来事すべては、神様の守護であり、人の心を受け取って見せている。それを見せている神がいること、神の心が守護に添っていることを得心しなさいという、神様からの命令調のお歌である。 

 

 善も悪も同じように見せているが、なるべく悪は受け取らず、善はすぐにでも見せたいのが親心である。神様は親心一杯であり、あらゆることを見せているのである。

 

 人はその与えを神様の守護と感じれば良いが、自分の手柄だとか強欲を出したりすれば、それは長続きしない。 

 今、大国が自己都合の強欲を丸出しにしているが、このような国柄は衰退の大きな証となるだろうフランスの歴史家は見ている。

 

 悪しき理は、心の汚れを反省させるために見せている。避けられない人間関係の中から、悪口雑言、罵声を謂れれる。すべて、我が魂を磨くための与えである。 

 米価や野菜の高騰でも、飢えるほどでもない。戦禍に苦しむキーフの市民に比較しても、日本人ははるかに守護されている。ありがたい、もったいない日々である。

 

どのよふな事をするのもみな月日 なにをゆうのもみな月日やで (12-160)

[どのような事をするのも皆月日 何を言うのも皆月日やで]

 

 月日とは親神様の別称であり、日々の出来事、自然現象など形の世界は神様が支配され、守護されていることを何度も何度も説かれている。 

 

 科学の発展も、AIの発達も人間の文明の力なのではない。文化文明の発展も神様の守護によって、いかなることも生起しているのである。そして、この神様の思惑を伝えているのは、教祖(おやさま)であり、歴史的教祖が御身を隠されても、教祖存命の理は永遠と続くことが暗示されている。 

 

 神は永遠であり、語る人は代わっても、永遠に語り続ける。その語る人は本席様であり、歴代の00様である。 

 

  00とは、機械とよばれる神格者であるが、その概念は今の世俗化した天理教団にはない。 教団という形を超えて、人の心は自由であり、存命の教祖が、今も、『おふでさき』を通じて、永遠に、現代的に語りかけておられる。特定の宗教団体の中だけでなく、世界のあらゆるところで、神様の守護が満ち溢れている。  

 

    

 

 

『おふでさき』第六号十九~二十一に以下のお歌がある。

 

 それからはハどのよな事もたん/乀と 神のをもわくみなときゝかす  十九

 にち/乀に神の心わせゑたとて 人ぢう十人そろいなけねば      二十

 十人のなかに三人かたうでわ 火水風ともしりぞくとしれ       二十一

 どのような事でも神のする事や これをやまいとさらにをもうな    二十二

 

 第6号は、明治7年12月よりと、内扉に書かれてあり、また、第7号は、明治八年弐月と内扉に書かれてあり、その頃に教祖(おやさま)がご執筆されたものである。

 

 ここで、とくに21番目のお歌がで、「3人片腕」とは誰かについて、以下のような解釈が従来なされてきました。

 

東若井の松尾市兵衛

明治12年1月17日、45歳出直し

竜田の乾勘兵衛

 

大西の北野勘兵衛

中山秀司

明治14年4月8日、61歳出直し

中山まつゑ

明治15年11月10日、32歳出直し、

山澤良助

明治16年6月19日、53歳出直し

 

 

 こうした先人の解釈は、事後的にそうだったかも知れませんが、神意はもっと別のところにあるそうです。

 

 「火水風ともしりぞくとしれ」とは、人の出直しを意味するのではなく、神様の巨大な守護を意味しているのです。

 

 例えば、カリフォルニアのLA周辺の山火事を止めますよ。能登半島の洪水を止めますよ、またこの2月の暴風を止めますよというような巨大な天災、天変地異が治まることを預言しているらしいのです。 

 

 その治まる理由は、3人の片腕といわれる人衆たちの磨かれた、治まった心に神様がご褒美として、与える守護なのです。

 

 その3人とは、誠の中の誠の精神をもった人たちであります。

 

 十柱の中でも元の道具主8人の魂の中の3人かもしれないし、磨き抜かれた普通のどじょうの魂かもしれません。

 

 歴史にを残す宗教家、優れた偉人の魂が生まれ変わって、地場に寄せられています。神が見定めつけた3人の魂の心に乗って、大きな守護を見る変革の年となるかもしれません。

 

 自分がその一人になるという気概をもって、この3年千日の後半、教祖の年祭を意義あるものにしたいものです。

 

 「2025年、日本は再び蘇る兆しを見せるであろう。2050年になったら列強は日本の底力を認めざるを得なくなるであろう.」

  (森信三の言葉、『致知』2025年2月号、p.6)

 

 楽しみな巳年です。