世の中、有名ブランドモノとそのコピー品との戦いが、丁々発止な「モグラたたきゲーム」のごとく世界中で起きている。金銭目的でコピーを作って儲けるという行動は犯罪行為であり、それは論外なのだが、どうやらコピーするという行為そのものは、脳神経細胞的に云うと人類が文明を発達させた大きな要因のひとつらしいのだ。
これは理解しやすい。子供は大人の行動を模倣して成長するものだし、アートにしてもスポーツにしても、着手当初はお手本やサンプルといったものをコピーすることから取り組む。しかし、コピーすることが何故成長を促すのか。それを科学的に解明することは、大変興味深いことだ。
人類史を鑑みると、類人猿であるオーストラロピテクスの出現が400万年前のことで、その後ネアンデルタール人に進化する途中の30万年前に、突然我々現世人であるホモサピエンスが現れているのだが、その系統発生的な進化譜はいいとして、 なぜこんなに短い時間、即ち数万年の間にこれほど文明が発達したのかということは、極めて大きな謎だ。
しかも驚くことに脳の大きさは30万年前から殆ど変わっていないという。つまり、彼らは現在の人類とほぼ同等の脳容積を持ちながらも、長いこと「猿よりはマシ」的な生活を送り続けていたということになる。その間、十分に肥大化した脳はいったい何をしていたのだろうか。
そう考えると、人類が文明を創造した過程には、人間を形成する部品表や設計図、回路図といったハードウェア的な要素、それらを機能させるためのソフトウェア、更に経験や知識といったファームウェアなど書き込まれたメモリを胚胎した遺伝子による情報伝達以外に何か理由があり、それらを活性化させたなんらかの「きっかけ」があるはずだ。確か、1960年代の名作映画「2001年宇宙の旅 - Space Odyssey」では、そのトリガーがモノリスという「物体」として表されていたと思うが、いずれにせよ、トリガーによって活性化する何かが人類の脳の中で育っていたことは確かなのだろう。
自然選択は、潜在しているだけの要素に対しては作用しないという。つまり、選択が開始された時点で起動していなければその対象とはならないということ。従って、その「何か」はいにしえの時代から既に育っていたということなのか。或いは選択で捨てられることがなかったから、ずっと生き延びたということか?
トリガーとなった事件についてはともかく(ひょっとすると宇宙人の仕業かもしれないし)、その「何か」とはいったい何か。
カリフォルニア州立大学サンディエゴ校で神経科学研究所の所長を務めるラマチャンドラン博士は、著書「脳のなかの天使」で、 それを脳神経細胞「ミラーニューロン」として詳細に紹介している。
博士によると、人類はこのミラーニューロン神経細胞により、他人の為す行動や行為を見ると、あたかも自分が体験している様に脳細胞が活性化すると説く。しかも、いわゆる疑似体験ではなく、本当に感じるということらしい。これによって、他人の経験がダイレクトに伝わることになり、親から子に対しても、遺伝子という縛りを超えて経験や知識を伝えることが可能になるという。確かに、経験や知識が遺伝子に情報として刻まれるには、進化の速度を考えると時間が短すぎるかもしれない。言い換えれば、脳の配線は産まれた後であっても遺伝子情報を超えて変わるということでもある。
人は映画やドラマを見たり、或いは小説などを読んで感動する。その感動が大きければ大きいほど、自分の実体験のごとく記憶に刷り込まれ、以降の言動や行動を大きく変える様な影響もをあたえることがしばしばある。しかし、それらは飽くまでも「疑似体験」であり、本当に体験した事とは異なる。小生の誤解ではなければ、博士はその差異について、疑似体験のときは、「これは疑似体験である」という信号も同時に発信されるために、実体験とは異なった情報として脳に取り込まれるという。一方、ミラーニューロンによる体験は、まさしく実体験として脳に刻まれるらしい。
博士はミラーニューロンについて、著書の中で「テレパシーのようなもの」と述べている。因みにテレパシーとは、ある人の心の内容が言語・表情・身振りなどによらず、空間を媒体として直接に他の人の心に伝達されることと定義されており、超心理学としてオカルトっぽく扱われることが多く、ここしばらくなりを潜めていたが、近年MRI(磁気共鳴画像法)と脳波測定を行った実験などから、その存在を100%否定することはできないとされているようだ。
テレパシーはともかく、ミラーニューロンにより、他者の行動を見たときに自分が行動しているが如く、脳細胞が活性化するということは、他者の視点から世界を見るという能力ともなるわけで、他者の行動を予測したり、或いは制御操作することも可能になるということなのだそうだ。
文明の発祥は、おそらく火を使うことや道具を作り、用いることから始まったと考えられるが、その行動が遺伝子レベルまでプログラミングされるには、人類の歴史からいうと短すぎるだろう。それよりも、他人の経験を本人の体験として体得することによって知識となるという方が、てっとり早い。しかも、お互いの行動を見ることによって方法手段やアイデアがブラッシュアップしていくこともあるだろうし、自然と社会という組織が出来上がってくることにもなるわけだ。
このステキな能力が脳の中で長いこと潜伏した後に活性化した瞬間について、博士は著書の中で「相転移の様なもの」 だと説明している。因みに相転移とは、個体から液体に変わる様なことを示す用語で、例えば水は-10℃の氷も-9℃の氷も、或いは-1℃の氷も形としてはなんの差もないが、0°を越すと突然溶解が始まり、個体から液体へと変身することはよく知られている。この様に物質が外的原因(この場合はエネルギーの注入)によって相が変化することを相転移と言うのだが、人類がミラーニューロンを活性化した瞬間というのは、これに似た現象だと説明している。
赤子は母親が微笑みかけると、微笑み返す。赤子は自分の顔を知らないし、顔の筋肉を動かすことでどのような表情になるかなど、知る術もない。つまり微笑返しは学習による獲得的なものではなく、生得的なものなのだ。
先に述べた「トリガーとなった事件」についても、脳の中でミラーニューロンが活性化されつつあった状況でトリガーがかかったために、瞬く間に伝心していった、と考えると理解しやすい。考えてみれば、トリガーは人類だけの前に現れたわけではなく、霊長目を含め、あらゆる生物の前で公平に生じている。それを瞬時に体験として伝達することが出来る種が人類だった、と言うことだけに過ぎないわけだ。
こういう能力が活性化するということを考えると、転じて「コピーする」という行為も、実はこのミラーニューロンのなせる業と思えてくる。つまり、ルールを逸脱しない限り、コピー品を作ることは文化文明の発達に絶対必要な行動であって、それによって今日の社会が築かれたといってもおかしくない気がする。
コピーするという行為行動は、社会を健全に運営する上で厭忌される違法行為でない限り、決して悪くないわけだ。