集英社ナツイチ企画  - AKB48による読書感想文公開 | プロムナード

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小生、小説というのは若い頃に読んだ井上靖とか、突然読み始めた大藪晴彦あたりが最後で、その後に読んだ本といえば、電子技術書か科学雑誌ばかり。。。

そんな小生に対し、たまには読んでみれば?という集英社の企画はステキだった。ナツイチ、AKB48のメンバーに課題作を読ませ、感想文を公開すると云う企画。

そこで、

大島優子さんの課題となっている
田中慎弥氏の「共喰い」を読んでみた。




まぁ、小生の感想文なんかここに書いても「全く意味がない」ので書かないけど、優子さんの感想文がWebにあったので、コピペしておく。


■大島優子 

共喰いを読んで 

 まず私は、この本の題名について考えてみた。今まで見たことがない「共喰い」は「食」だと思っていた。 

 元々の意味は、ある個体が同種の他の個体を食べることや共倒れすることも共食いと呼ばれている。 この「喰」は、くらう、楽しみの為の食事ではなく、生存の為の食事を意味するので、 登場人物の生きようとする生命力を表す為に使ったのではないかと私は考えた。 

 この本を読み終えて、登場人物の心情や言動から「喰い」が「悔い」に変わった。なぜならば、何かしらの悔いを一人ずつから感じたからである。 

 父親・円は、自らのインモラルな性を持ち、同じ血を引き継いだ息子の心の葛藤に気付かず、 かつて愛した女性に復讐されるほど傷つけたことを悔いるだろうと思った。 
 遠馬の産みの母・仁子は、自ら身の危険を感じて離れたことで、周りにいた人が危険にさらされた。その事を悔いていると思った。 

 遠馬は、社に行かなかった事、父親と母親を見殺しにする事、そして自分の生活を滞っている川辺と同様に何も変えられなかった事など、 全ての事に悔いていると思った。この三人の登場人物は、共悔いをして、共倒れした気がした。 

 この本には多くの情景描写が登場する。川は淀んでいて、閉鎖的な空気感と主人公・遠馬の心の中を表している。 川の様子が解りやすく、私の頭の中で絵が浮かび、あれよあれよとページをめくっていた。 鳥居の存在は、唯一神聖な物として登場し、驚きの結末にはその意味を根強く印象づけている。 決して明るい作品ではないけれど、剥き出しになった人間臭さは嫌ではなく、むしろ独特の世界感にひきこまれていった。 私は、後悔しないように足下の石を拾い、川を渡り、夢に向かって喰らいついていきたいと思った。

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小生が読んで感じたこととは異なる見方、考え方を知ることができたということ、やはり楽しい。