プロムナード -32ページ目

プロムナード

古いこと、新しいこと
いつでも、どこでも
思いつくまま、気の向くまま


いつものことだが、100均にはホントに教材として使えるスバラシイものがある。

今回、分解してみたのは、100均ショップのうちのセリアにあったアンプ。


使用方法としては、小信号出力のオーディオ機器、例えばMP3プレーヤとかケータイとかスマホの様なものは、そのままスピーカにつないでも出力される音は小さなものとなるが、このアンプを通じれば大きな音で再生できるというもの。要するに、いわゆるアンプそのもの。なお、単四乾電池(2本必要)は同梱されていない。

ということで、まずはアンプとしての「実力」を見てみた。

とはいえ、さすがに100円モノ。HiFiな音というわけにはいかないのは当たり前なのだが、出力としては100円として考えると納得のいく音量となっている。高域がだいぶ減衰しているものの、低音の再生も悪くない。難点を言えばホワイトノイズが乗っていること。まぁ、これも100円だからと考えれば、ふつうに使う分には問題ないだろう。

さて、分解してみると、紙エポキシ基板にカラー抵抗や電解コンデンサと共にICが乗っている。これは、オペアンプが2つ搭載されたTDA2822Mというデバイスだ。2つということは、通常、RLのステレオとして使うためということだろう。部品の装着など、見ての通り手作り感で満ちている(^^

因みに単価は安いところで80円ぐらい、Digikeyでは138円らしい。

更に回路図に落としてみた。

回路的には、BTL構成のアンプ。BTLだから電圧が低くてもゲインが取れる仕組みだ。BTLというのは、簡単に言うと2つのアンプを使い、片側の位相を反転させたものと正位相の両方で負荷を駆動するというもの。これによって電圧が2倍となり、電流も2倍となるので、電力としては4倍となる。また、BTLではノイズなどが相殺されることもあって便利な構成なため、よく使われる方式だ。

これ、誰がいつどういうシチュエーションで使うのかよくわからないが、100円で買えるアンプとしては思ったよりも出来が良い。

というか、これ、アンプの勉強をするための教材としては秀逸だと思う。


世の中、有名ブランドモノとそのコピー品との戦いが、丁々発止な「モグラたたきゲーム」のごとく世界中で起きている。金銭目的でコピーを作って儲けるという行動は犯罪行為であり、それは論外なのだが、どうやらコピーするという行為そのものは、脳神経細胞的に云うと人類が文明を発達させた大きな要因のひとつらしいのだ。

これは理解しやすい。子供は大人の行動を模倣して成長するものだし、アートにしてもスポーツにしても、着手当初はお手本やサンプルといったものをコピーすることから取り組む。しかし、コピーすることが何故成長を促すのか。それを科学的に解明することは、大変興味深いことだ。

人類史を鑑みると、類人猿であるオーストラロピテクスの出現が400万年前のことで、その後ネアンデルタール人に進化する途中の30万年前に、突然我々現世人であるホモサピエンスが現れているのだが、その系統発生的な進化譜はいいとして、なぜこんなに短い時間、即ち数万年の間にこれほど文明が発達したのかということは、極めて大きな謎だ。

しかも驚くことに脳の大きさは30万年前から殆ど変わっていないという。つまり、彼らは現在の人類とほぼ同等の脳容積を持ちながらも、長いこと「猿よりはマシ」的な生活を送り続けていたということになる。

その間、十分に肥大化した脳はいったい何をしていたのだろうか。

そう考えると、人類が文明を創造した過程には、人間を形成する部品表や設計図、回路図といったハードウェア的な要素、それらを機能させるためのソフトウェア、更に経験や知識といったファームウェアなど書き込まれたメモリを胚胎した遺伝子による情報伝達以外に何か理由があり、それらを活性化させたなんらかの「きっかけ」があるはずだ。確か、1960年代の名作映画「2001年宇宙の旅 - Space Odyssey」では、そのトリガーがモノリスという「物体」として表されていたと思うが、いずれにせよ、トリガーによって活性化する何かが人類の脳の中で育っていたことは確かなのだろう。

自然選択は、潜在しているだけの要素に対しては作用しないという。つまり、選択が開始された時点で起動していなければその対象とはならないということ。従って、その「何か」はいにしえの時代から既に育っていたということなのか。或いは選択で捨てられることがなかったから、ずっと生き延びたということか?

トリガーとなった事件についてはともかく(ひょっとすると宇宙人の仕業かもしれないし)、その「何か」とはいったい何か。

カリフォルニア州立大学サンディエゴ校で神経科学研究所の所長を務めるラマチャンドラン博士は、著書「脳のなかの天使」で、それを脳神経細胞「ミラーニューロン」として詳細に紹介している。


博士によると、人類はこのミラーニューロン神経細胞により、他人の為す行動や行為を見ると、あたかも自分が体験している様に脳細胞が活性化すると説く。しかも、いわゆる疑似体験ではなく、本当に感じるということらしい。これによって、他人の経験がダイレクトに伝わることになり、親から子に対しても、遺伝子という縛りを超えて経験や知識を伝えることが可能になるという。確かに、経験や知識が遺伝子に情報として刻まれるには、進化の速度を考えると時間が短すぎるかもしれない。言い換えれば、

脳の配線は産まれた後であっても遺伝子情報を超えて変わるということでもある。

人は映画やドラマを見たり、或いは小説などを読んで感動する。その感動が大きければ大きいほど、自分の実体験のごとく記憶に刷り込まれ、以降の言動や行動を大きく変える様な影響もをあたえることがしばしばある。しかし、それらは飽くまでも「疑似体験」であり、本当に体験した事とは異なる。小生の誤解ではなければ、博士はその差異について、疑似体験のときは、「これは疑似体験である」という信号も同時に発信されるために、実体験とは異なった情報として脳に取り込まれるという。一方、ミラーニューロンによる体験は、まさしく実体験として脳に刻まれるらしい。 

博士はミラーニューロンについて、著書の中で「テレパシーのようなもの」と述べている。因みにテレパシーとは、ある人の心の内容が言語・表情・身振りなどによらず、空間を媒体として直接に他の人の心に伝達されることと定義されており、超心理学としてオカルトっぽく扱われることが多く、ここしばらくなりを潜めていたが、近年MRI(磁気共鳴画像法)と脳波測定を行った実験などから、その存在を100%否定することはできないとされているようだ。

テレパシーはともかく、ミラーニューロンにより、他者の行動を見たときに自分が行動しているが如く、脳細胞が活性化するということは、他者の視点から世界を見るという能力ともなるわけで、他者の行動を予測したり、或いは制御操作することも可能になるということなのだそうだ。

文明の発祥は、おそらく火を使うことや道具を作り、用いることから始まったと考えられるが、その行動が遺伝子レベルまでプログラミングされるには、人類の歴史からいうと短すぎるだろう。それよりも、他人の経験を本人の体験として体得することによって知識となるという方が、てっとり早い。しかも、お互いの行動を見ることによって方法手段やアイデアがブラッシュアップしていくこともあるだろうし、自然と社会という組織が出来上がってくることにもなるわけだ。 

このステキな能力が脳の中で長いこと潜伏した後に活性化した瞬間について、博士は著書の中で「相転移の様なもの」だと説明している。因みに相転移とは、個体から液体に変わる様なことを示す用語で、例えば水は-10℃の氷も-9℃の氷も、或いは-1℃の氷も形としてはなんの差もないが、0°を越すと突然溶解が始まり、個体から液体へと変身することはよく知られている。この様に物質が外的原因(この場合はエネルギーの注入)によって相が変化することを相転移と言うのだが、人類がミラーニューロンを活性化した瞬間というのは、これに似た現象だと説明している。

赤子は母親が微笑みかけると、微笑み返す。赤子は自分の顔を知らないし、顔の筋肉を動かすことでどのような表情になるかなど、知る術もない。つまり微笑返しは学習による獲得的なものではなく、生得的なものなのだ。

先に述べた「トリガーとなった事件」についても、脳の中でミラーニューロンが活性化されつつあった状況でトリガーがかかったために、瞬く間に伝心していった、と考えると理解しやすい。考えてみれば、トリガーは人類だけの前に現れたわけではなく、霊長目を含め、あらゆる生物の前で公平に生じている。それを瞬時に体験として伝達することが出来る種が人類だった、と言うことだけに過ぎないわけだ。

こういう能力が活性化するということを考えると、転じて「コピーする」という行為も、実はこのミラーニューロンのなせる業と思えてくる。つまり、ルールを逸脱しない限り、コピー品を作ることは文化文明の発達に絶対必要な行動であって、それによって今日の社会が築かれたといってもおかしくない気がする。

コピーするという行為行動は、社会を健全に運営する上で厭忌される違法行為でない限り、決して悪くないわけだ。
 クソ暑い日が続くわけだが。

とはいえ、小生は夏の方が圧倒的に好きなので不満ではない。そもそも人類史を見ても、猿人たちは亜熱帯~熱帯近くで進化していることがわかっている。つまり、人類は基本的に亜熱帯程度で生活する動物なのだと、小生は考えている。

体温に近い風を浴びながらバイクで疾走するのも気持ちいい。尤も、半日近く走って帰宅してシャワーを浴びる時に体重を計ると、およそ1-1.5kgぐらい下がるのだが。。。

ところで先日、「AKB48の楽曲のうち、どれがいいか」という話があった。聞けば700~800曲ぐらい、それこそ数えるのも面倒な数にもなっているし、聞くときの気分によっても異なってくる質問だ。しかし、

小生はその中でも「桜の栞」は隠れた名曲の一つだと思っている。


桜をテーマにした曲はたくさんあるし、AKB48は毎春に必ず桜が題目となる。桜の栞は、残念ながらAKB的にはさほど取り上げられていないのだが、あの曲が発表された時の衝撃は今でも記憶に新しい。また、当時テレビ放映されていた「マジすか学園」のエンドロールとの相性がベストマッチで、極めて印象的だった。

この「桜の栞」は、ピアノと弦楽器のみをバックとしてコーラスで歌い上げるという、それまでのAKB楽曲の延長からは想像できない「予定調和のぶっこわし」であったために、そのインパクトは強烈であった。少なくともAKBの様な大所帯でなければ出来ないパフォーマンスでもあり、ある意味、反則技のようなものだったといってもよいかもしれない。何しろその前作がRiver!だったからそのギャップは著しい(ひょっとすると、ネライどおりなのかもしれない)

大所帯といえば、今を去ること10年以上前、モーニング娘。が大所帯を武器として宝塚的な構成で「Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~」という曲を披露したことがあったが、大人数ならではという意味では劇団的なアプローチでもあり、更にまた桜の栞の様な大合唱団という試みもあることを証明した。

桜の栞が発表されてから丸三年以上が経つ。今後同様なチャレンジが再び行われるかどうかはともかく、「アイドルグループによる多角的なチャレンジのひとつ」として残しておきたい作品の一つでもある。

このクソ暑いさなか、さわやかな歌声に耳を傾けるのも良い。



アキバでまたまた面白いおもちゃを発見した。

Electromagnetic Radiation Detector(電磁波検出器) 900円也。いわゆる電界強度計だ。


通常この手の商品は、プロ用の高い機器だと10万円以上するシロモノなのだが、アマチュア無線関係に従事している人はBCIとかTVIなどを出さないようにと、数万円程度のものなら持っているようだ。

小生の場合は間違いなく遊び半分なので、900円で十分。ということで早速調達。

以前から大変興味のある送電線直下での電界を計ってみることにした。


ところでこの製品、製品名の記載やペラもんの取説は付属されているものの、そもそもメーカー名がない(^^;
っが、生産国は中国となっているので、まぁ、中国製ハイテク「面白グッズ」といった位置づけとみて差し支えないだろう。因みに取説は中国語と英語のみとなっている。

仕様をみると、50Hzから2GHzまで測定できるとなっている。マジすか。。。

ということで早速通電してみた。家の中で計ってみると、100Vの電源コードに反応がある。ちゃんと仕事しているようだ。また、ファックスなどの開口部では、高い値が表示された。ところが、テレビなどは製造メーカーが不要輻射、いわゆるEMIの抑制に精魂こめて取り組んでいることもあって、くだんの機器ではほとんど検出できないのだ。お見事。

あと、いわずもがな電磁波が出まくりなケータイにも反応がない。まぁ、つまり高周波には鈍感というところか。尤も、小生の使用目的は送電線の電磁界を測定してみたいという趣旨なので、高周波領域での測定可否は不問とする(^^;

ところでこの機器、実は計測された値に単位がない。

表示部はおろか、マニュアルのどこにも計測されたデータの単位が書かれていない。なので、計ったデータが一体何なのかわからないのだ、相当にフシギでステキな製品でもある。


尚、この機器にはブザーが内蔵されていて、ある一定以上の値を超えると警告音がなるようになっている。先に書いたように何の値なのかはわからないわけだが。

それはそれで便利なのだが、屋外、特に人がいるようなところで使用する場合、なんとなく挙動不審に思われて通報されそうな気がしないでもない(十分に挙動不審なのだが。。。)。そこで、蓋を開けてブザーのオンオフ用スイッチを付けた。これで、電磁波がひしめいている場所、ホールとか駅などでも人目を気にしないで測定ができる様になった。

ところで、断っておくが、電磁波については経産省による(電気設備に関する 技術基準を定める省令で「人が普通に立ち入ることができる場所で送電線下の地上1mにおいて3キロボルト/メートル以下」といった規定があるので、測定についてはもっぱら興味本位だけでの行動である。従って、この程度の機器で測定した結果を以って電力政策をあれこれと批評をする気はない。

測定した値を事実としてここにメモっておくだけ。

さてそれでは準備万端、早速近場にある送電線の鉄塔、そして変電所へと向かった。

つづく



100均の太陽電池付LEDキーホルダ。店頭販売もされているが、展示会のノベルティなどでも配布されている。

この商品、白色LED三灯が装備されていて結構明るいし、可搬性は抜群。また、常時明るいところに置いておけば太陽電池で充電されるために、常に充電状態としてのLEDランプとなる優れモノである。

しかし、実際には、どうも故障が多い様な気がするのだ。ちなみに拙宅には全部で6個ほどの本製品が窓際に置いてあるのだが、動くものはその半分。残りはいつのまにか点灯しなくなっている。

一方、鞄に着けた2個、つまり太陽光や照明に晒していない2個については今でも健在なのだ。つまり、どうやら充電に問題がありそうだと考え、不具合をきたした子を分解してみた。

これが同商品の回路図だ。ご覧の様に極めてシンプルな構成となっている。ここで特記すべきは、究極のコストダウンのためにLEDに対する電流制御用抵抗を用いていないこと、また充電池から太陽電池へ逆バイアスがかからない様にショットキーダイオードが挿入されていることなどがあるが、充電池としてリチウムイオン充電池を用いていることが最大のポイントだ。

回路図に落とす段階で太陽電池の性能をチェック。太陽電池としてはアモフファス型の薄膜シリコン太陽電池なので、太陽光でも蛍光灯化でも発電するデバイス。取り外して測定していないためVocは未計測だが、回路の中でVopとしては、約3V程度が出力されていた。

 


充電池は、LIR2032というリチウムイオンのボタン電池。通常よく使われているCR2032と同じ形状(直径2.0㎝、厚み3.2mm)のボタン型の充電池だ。ただし、この充電池は国内で殆ど流通されていないのが難点。

ところで、ここで一つの杞憂が起きた。リチウムイオン電池じゃないですか、この充電池。。。

リチウムイオンって結構扱いがシビアであり、過充電になると破裂したりすることがある充電池としても知られているよね??

小生、この商品を炎天下の車のダッシュボード上へ置きっぱなしにしておいたこともしばしば。

考えてみれば、かなり危険なことをしていたようだ。


とはいえ、この程度のリチウムイオン電池であれば、あまり気にする必要がないのかもしれないが、リチウムイオンである以上、潜在的に危険因子を胚胎しているわけだから、リスクに対しては先んじて対応しておいた方がよさそうだ。

この手の商品、格安中の格安なので、過充電防止回路はもとより、そもそも保護回路などは入っていないから、過充電については十分に気を配っておく必要がありそうだ。特にこの製品の場合、充電ソースが太陽電池なので可視光線が入光する限り、相手が過充電状態かどうかに関係なく、音も立てずひたすら静かに充電し続ける。

ということで、太陽電池搭載で充電可能な機器を使用するに当たっては、過充電に対して十分な注意が必要。それは取扱説明書に書かれているとは思うが、本品のようなノベルティで配られる場合など、取説なんかないのがアタリマエだから、

取扱いに当たっては、十分な配慮が必要だと思われる。


30年以上前のことになるが、那覇空港で買った「幸福の木」という直径3㎝長さ10㎝ぐらいの木の幹を水栽培したところ、根と芽が出てすくすくと伸びた。

その後、鉢に植え替えて適当に水やりをしていたら、どうやら居心地は悪くなかった様で、どんどんと伸びていき、ついには天井に近い高さまで伸びてしまった。そこで、対策について図書館で調べたところ、初夏に幹をぶった切れば、それぞれが勝手に育つ、つまり挿し木で増やすことができるということがわかり、幾つかの幹に分けて水に付けておいたら、それぞれから根と芽が出てきた。

すごい生命力だ。

実際、その後もぶった切った幹から育った子供(?)も多くいて、嫁いだ子も多くいる。

これはドラセナという種類の観葉植物で、基本的には強い植物の様だ。ただし、ドラセナにはたくさんの種類があるようで、蝶と岩石には強い小生なのだが植物には疎いので、ドラセナのうちのどれなのか、実は今でもわかっていないのだ。

それはともかく、我が家の一員として十分な存在感を以って今でも部屋の一角を占めている。

「良く育っている」とか云われるのだが、実際は殆ど放任状態。土が乾いたら水をやる程度で、肥料も温度管理も何もしていない。その分たくましくなったと勝手に理解しているのだが、何とか生きながら得ているようだ。

考えてみれば、プラナリアの再生能力と共に大変興味深い自然の力だと思う。プラナリアにもクローンを作り出す能力があるそうだが、ドラセナの場合は再生能力というより、まさしくクローンだろう。つまり挿し木によって育った子は子供というより自分自身の分身なわけだ。


ことし、また幹をぶった切って水につけておいたところ、水に浸している方が膨らみ、写真の様に上の方から再び芽が出てきた。

このクローン生成メカニズムは解明されているのだろうか?

身近なところに不思議なことがたくさんある。

篠田麻里子さんの電撃的卒業発表から1週間が経ったわけだが、久しぶりに「上からマリコ」を聴いてみたら、どんだけヒントがあったのかとぶっ飛んだ次第。。。

以下、「布石だらけ」の歌詞から。

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自由奔放で、次の行動が 僕にも読めない。サディスティックな奴め!

「何でいきなり? 」 「君は本気なのか?」

Joke なのか?

心 揺らされて ドキッとするんだ。ワガママな奴め!

「なんで今なの? 」 「なんでこの場所で?」 

君は本気なのか?

上から麻里子様

―――
なんて具合に、あの場所でいきなり発表し、本気で卒業しちゃうんだね。

自由奔放でわがままな奴だけど、幸多かれ!!


旧国鉄時代の旧信越本線の横川駅と軽井沢駅の間はかつて碓氷線と呼ばれ、1893年の開通以来、1963年(昭和38年)に粘着式での信越本線碓氷峠が開通するまでは「アプト式」と呼ばれるピニオンギヤとラックレールの上を、ゆっくりと汽車や電車が走っていた。

小生が子供の頃、ウチの親戚が軽井沢に別荘を持っていたので軽井沢へはよく連れて行ってもらったのだが、いつも車での移動だったために碓氷線については車の中から見るだけだっだのであまり記憶はないのだが、下の写真にある第三橋梁という通称「めがね橋」だけは、夜の碓氷峠を走行する車の中から見上げたその姿について鮮明な記憶がある。

碓氷線第三橋梁(メガネ橋)

当時は高速道路はおろか、中仙道のバイパスすらなかった時代だったから、旧中仙道をひたすら軽井沢へ向かって走るしかなかった。従って、碓氷峠に差し掛かる頃には日も暮れていて、つまり闇の碓氷峠を通過していたワケだ。

であるから峠そのものの記憶はそれほどあるわけではないのだが、一方、闇の中で満月の光を浴びているめがね橋はあまりにも崇高で、当時はこれが鉄道の陸橋とは理解していなかったために、ある種、何か空恐ろしい建造物のように感じさせたものだった。といっても怖いと思ったわけではない。

なんというか、巨大な力で引き付けられる様な、そんな感じといったらいいだろうか。とにかく子供心には鮮烈な印象として心に残っていて、その場面の絵を描けといわれれば月光に浮かぶ橋の姿を正確に描けると思う。尤も、絵心ないから描けないけど。

その後、軽井沢やその先に行く時には、必ずこの旧碓氷峠を通ってめがね橋に挨拶をしてから通過しているが、一つだけどうしても解せないことがあった。それは、自分の記憶では、このめがね橋とは別にもう一つの橋があって、その橋を真上に見上げた記憶も鮮明にあるのだが、その後何度碓氷峠を通っても記憶と合致するその橋がどこにも無いのだ。めがね橋との記憶違いか?いや違う。めがね橋は旧碓氷峠車道とは少し離れているので、真上に見上げることはないから、どう考えても眼鏡橋じゃない。これは長い間の謎だった。

その謎は近年になってようやく解けた。

旧碓氷峠車道は、当時の車道と現在の車道が一部異なっており、かつて橋梁の下を通っていた道が今は廃道となっていて、新たに作られた道が現在の旧道となっていたのである。このことが分かり、早速その道を見に行ったのだが、既に完全に荒れ果てていて、当時の面影はないものの橋そのものは今でも残っており、その下を車が走っていた形跡が僅かながら確認できた。この橋の下を潜っていたのである。

謎は解けた。まさに溜飲の思い。それがこの写真だ。碓氷峠の自動車道が橋の下を走っている。しかし50年放置されれば、自然に帰している。

左下の写真を見ると、橋のアーチ上部に高さ制限を示す黄色い警告表示が確認できる。つまり自動車道であったことが判る。


 

   自然に帰った中尾橋拱橋と、かつての中尾橋拱橋


しかし、自然の回復力とは凄いものだ。人間が作った道など、ほんの数十年で完全に野生に戻ってしまう。アスファルトの様な人造物であっても、どこかに亀裂が入れば、エントロピーの増大が如く破砕は不可逆的に進行し、やがて土に埋もれる。

それに比べてレンガ造りの橋梁はなんと丈夫なことか。風雪や地震に耐えながら、110余年を経た今でもその勇姿は健在だ。こんなものを作った明治時代の土木技術には驚くばかりだ。

第三橋梁は小生にとって、いわゆるモノリスである。
自分だったら、「こんな慈悲深いことなんかゼッタイ云えないし、思いつかない」と思い知らされた。

彼女に限らないが、AKB48のメンバーには、自分の順位が下がったり評価対象から逸脱したことについて、ファンに対して詫びる子がたくさんいる。一方、ファンもその評価結果は自分達の力不足が災いしたからだと詫びるのだ。

こういった「相手を慮る」という精神は美しく、潔い。ある意味、日本的でもある。

きょうびの若い衆は云々などと嘆く諸氏も多いが、憂うことなかれ。日本精神のDNAはきちんと受け継がれていると考える。

こういう子たちが、通常の評価方法とは異なる方法できちんと評価されるスキームが出来ないものだろうか。。。。

  
これ等の写真は、過去の握手会で自分の列に並ぶ人の少なさをファンにわびる姿(週間AKBより)。
今回の総選挙とは別です。



以下は総選挙直後の大家志津香さんのブログより。

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やっぱり圏外かーーーい!笑

はい、総選挙終わりました。改めてみなさんがお昼ご飯や、買いたかった新作の服、もしかしたら握手代、たくさんの楽しみを我慢して投票してくださった票、ほんとにほんとにありがとうございました!!!!! 

そして、その貴重な票に陽の目を見せてあげることができなくてすみません。

 今回は立候補制になって別に出ないなら出ないでいい状況で、私は圏外もありえる状態だったんですが、AKBである以上は立候補すべきと思って立候補しました。 

圏外ではありましたが立候補したことは後悔してません。それは立候補しなかったら経験出来ない幸せを経験したから。

握手会で選挙の事を考えてわたしの為に涙を流してくれる人がいたこと 
7万人のサイリウムが輝く夜を目の当たりにした事 
ミラクル9の収録の帰りに エレベーターの前で たくさんのスタッフさん達に頑張れ!といってもらえたこと。
ぐりぐりくりぃむでドッキリをかけられた事
宮崎美子さんが 初めて投票やってみたの。楽屋のみんなと4票いれたからねと言ってくれた事

 
もっともっとたくさんあります。

こんな事は立候補しないと経験しなかった幸せだから。
 

正直立候補した時は圏外になったら立候補とかした意味ないしやだなーと思ったんですが、立候補したことによって経験できた幸せを考えると
 本当に意味の無いことなんてないなーと思いました。立候補してほんとうによかったです。

そしてどんどん夜に近づいてくるにつれて
 野外である日産スタジアムには 照明につられた虫達が集まってきました。わたしはもうランクインする可能性は絶対なくなった16位~の発表が始まったくらいに、虫がわたしの顔にとまりました。 

虫なりの慰めと受けとりました。ありがとう。
 

そして指原1位が発表された時には、盛大な打ち上げ花火が ランクイン出来なかったメンバーの待機場所の頭上であがりました。
 地球には重力がありますから 灰が降ってきました。

最後に盛大な紙吹雪と受けとりました。ありがとう。
 

ファンの方には感謝してもしきれません。
 本当に本当にありがとうございます。 

わたしでよければこれからも応援してください。
 みなさんだいすきです! 

応援してくださったすべての方に感謝をします!
 

ありがとうございました!!  

ーーーーー

ううむ。。。

他にも、これまでは順位が付いていたにも拘らず、今回の総選挙で圏外となった子もたくさんいる。本心としては、筆舌に尽くしがたいほどの屈辱感でいっぱいだったことと思う。それが当たり前だ。しかし、結果を真摯に受けとめ、反省し、自己を鼓舞させるべくポジティブに昇華させようと健気に振る舞う。一方、運営側からは、
無念に没してしまうことや、その感情だけを表に出すことはご法度、という教育を受けていることも想像に難くない。いきおい、アイドルというジャンルで活動する以上は、「ファンに、落胆する姿を見せてはいけない」というコンプライアンスを順守しているということなのだろう。

しかし、ファンもバカではない。健気に元気を見せる姿が本当の姿であるとは誰も信じまい。

元来、AKB48は、「メンバーとファンが、共通した時間軸にて共通の体験や意識を通じて共に成長していく」という新しいビジネスモデルがもたらした「社会現象」でもあるわけだから、冒頭に述べた様に「別の評価方法」はないものか、と思う。


福島原発事故で、日本の原発は50基となった。

現在稼働しているのは関西電力の大飯原発3号機、4号機(1.18GW)の2基のみであるが、この2基とも今年の夏に定期点検に入るため、再び日本中で稼働原発のない期間が訪れる。今夏、どの様な夏になるかはわからないものの、一昨年の関東に続き、今度は関西が未曾有の電力危機に瀕するという可能性も否めない。

写真は東京電力の西群馬幹線という送電線で、新潟県の柏崎の刈羽原発から都心へと電力を供給する極めて重要な送電網の一つであり、我国の誇る100万ボルト送電技術の粋だ。実際には最近まで50万ボルトで運用されていたのだが、刈羽が停止しているために、現在は呆然とたたずむのみの送電線鉄塔となっている。


因みに、原発を所有する各国で一基も稼働していない国はないという。先進国を含め、様々な国で、実はそれほど原発への依存は強いのだ。

よって、いま考えるべき、或いはなすべきことは、

この危なくて仕方がない「ならず者」をしっかりと管理し、次世代のエネルギー生成技術が生まれ定着するまで、力づくでも手なづけることしかない。

「子供には良い物だけを残し、悪いものは墓へ持ち込むのが親」
いい言葉だ。後世にはいいものだけを残したい。

マジでそうは思うのだけれど、自然界は良いものと悪いものが平均値を基準としてバランスされているから、つまり、物理的にアイソスタシーとして平均されているから、「人類に良いもの」を取り出せば「人類に悪いもの」も同時に取り出されるということも理解しておく必要がある。

既に文化文明がここまで進んでしまっている以上、火のない生活に逆行することは不可能だから、いまさら原発に頼らないエネルギー源だけですべてをまかなうことも不可能だろう。むしろ、原発の産出エネルギー分を火力に転換する方が、大気汚染という「業」の、人類を含むすべての地球生命体に対する悪影響の方がよっぽど大きいかもしれない。

地球温暖化の問題をCO2へと展開させたことは、実は政治的な企みだったと言うことがバレてから殆ど論じられなくなってほっとしているが、原発の代わりにどんどん石炭を炊けばいいとなると、CO2問題よりも大気汚染のほうが問題となるだろう。


よく聞く話として、「原発が停止していても電力不足になっていないじゃないか」というが、その分、化石燃料が山の様に炊かれていることを忘れてはならない。まして昨今の様に円安が進めば化石燃料費も高騰し、電力料金が上がって再び不景気となることだって否めない。

我国の将来的な電力予測がどうなっているのかは判らないが、しかし、これ以上原発を増やす必要は全くないとは思う。それよりも、とにかく事故を起こした原発をどう管理するか、それに対して最大限の努力を払うべきであって、それが将来に対する最も大きな課題だ。

ヒステリックになって、あるいはセンチメントになって原発反対を唱えるよりも、そのパワーを「起きてしまった問題」への解決に振り替えるべき。今や魔女扱いとなってしまった原子力技術者を呼び戻すべきだ。日本がそうなることを世界は望んでいるし、日本は最もそれに近い位置にいる。

ところが、ここしばらく、汚染水漏洩などの諸問題が発覚しているが、これなんぞ少しも難しくないシミュレーションで未然に防げる事故だったと思う。リスク管理に関する意思欠落も甚だしい。また、昨年11月、もんじゅで1万点近い機器の点検漏れが発覚し、今年5月に原子力規制委員会がもんじゅの運転再開準備の停止を命令してからも、東海村の加速器実験施設で放射性物質の漏洩事故を起こし、規制委への報告も遅延したという体たらくが報道されたことも記憶に新しい。

お隣の韓国では、23基中の10基が停止しているという。その理由は、最近トラブルが頻発しているために政府が稼働を停止して点検を行ったところ、品質管理基準がねつ造されたケーブルが使用されていることが分かったからだそうだ。

原価やランニングコストを低減させるために品質を低下させる。やっていはいけないことだが、競争という大命題の前に、秘密裡にそういう対応がされている。

結局、人が災いしているのだ。

こういった問題外の失策が今後も起きると思うと情けない。ここでピシッと管理ができれば、我国の管理能力の株も上がるというもの。

結局図らずも露呈したことは、技術大国としての我国であっても、予測能力や危機管理意識や対応能力が絶対的に足りないということだ。科学技術云々の問題ではない。であれば、依怙地にならずに危機管理に長けた他国の識者の意見や提言を受け入れ、咀嚼して実践しないと、取り返しのつかない事態となる。

とにかく、エネルギーと食料が自給できない国は他国に隷従するか滅ぶ。それだけは絶対避けたい。