こんにちは、しゅんすけです。
今日は うつしよ(現世) というお話です。
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さて…
今日は、一枚の写真からお話を始めたいと思います。
この写真をみて、どこに目がいって、何を思ったのか?を自分を観察してみてください。
さて…
どこに目が行きましたか?
そして、何を思いましたか?
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人間しゅんすけさんは
「取っ手が内向きになっていること」
に目がいって
「これじゃあ、(自分がとる時に)取りにくそうだな」
と思いました。
これが人間しゅんすけさんにとっての現世(うつしよ)でした。
人によっては、違うことを思った方もいるでしょう。
例えば
「色んな飲み物があるな」とか
「ブラックコーヒーがいいな」とか
「木目の丸い台が可愛いな」とか
「これじゃあ、(自分以外の誰かががとる時に)取りにくそうだな」とかです。
これを現世(うつしよ)と捉えている方もいるでしょう。
人間しゅんすけさん的に言えば
「本人が思ったこと」を現世(うつしよ)
と捉えています。
だから
肉眼では、みんな同じ一枚の写真を見ていても
心眼では、違う現世(うつしよ)を見ている…
という感じです。
「色んな飲み物があるな」も現世だし
「ブラックコーヒーがいいな」も現世だし
「木目の丸い台が可愛いな」も現世です。
スピリチュアル的に言えば、一人一宇宙、と言ってもいいです。
みんな違って、みんないい、と言ってもいいです。
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話を人間しゅんすけさんの場合に戻しましょう。
「これじゃあ、(自分がとる時に)取りにくそうだな」
と思ったことに対して、心理学的?な解釈をしてみましょう。
心のどこかで、喉が渇いていると感じているから、自分が飲むことを想定して
「これじゃあ、(自分がとる時に)取りにくそうだな」
と思ったのかもしれません。
もしくは、心のどこかで、自己中をしているから他の人がどうなろうと知ったこっちゃない、という信念があるから
「これじゃあ、(自分がとる時に)取りにくそうだな」
と思ったのかもしれません。
解釈は、無数にできます。
どんな思いを抱いたのか?(つまり、どんな現世を作ったのか?)は、確実に、本人の心(深層心理)を反映している
ということです。
現世、一人一宇宙、みんな違ってみんないい
というのは
何を思ったのか?はあなたの深層心理が現れているのだよ、どれもいいんだよ、自由なんだよ
ということです。
これが基本ルールです。
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今回は一枚の写真ですが、みなさんは毎日、色んな景色を見ているでしょう?
そして、(数え切れないほど)色んなことを思っているはずです。
1分前に思ったことは過去世(かこせ)
今、思ったことは現世(げんせ)
1分後に思っことは未来世(みらいせ)
何を見て、どんなことを思っても、その瞬間に完結です。
それを本当に、心の底から思えているのであれば、どんな瞬間も、なにごともなかったように、生きていけるでしょう。
わかってほしい、共感してほしい
と深層心理で思っていれば
相手に伝わらないことを引きづるかもしれません。
そんな体験が積み重なれば
自分のせいだと思ったり
どうせ伝わらない、わかってもらえない
と失望や無力感が増えていくかもしれません。
とはいっても…
もともと、みんな違う現世(うつしよ)を作っているこの世界で
わかってもらう、共感してもらう
というのは、奇跡のようなことです。
相手に伝わらない、とか
どうせムリなんだ、とか
思ったのならば
そう思った自分の現世(うつしよ)を認めてあげてください。
相手に伝わらない、と思ったのならば
その深層心理に目を向けてみてください。
きっと
「相手に伝わならない」と思ったのならば
「相手に伝えたい」と思ったはずです。
そんな深層心理に気づいたら
そっかー、私は伝わって欲しいと思ってたんだな
と認めてあげてください。
それで、現世(うつしよ)は完結します。
ちゃんと完結できれば、相手の現世(うつしよ)をコントロールしようとせず、自由にさせてあげることもできるでしょう。
自分が何を思ってもいい
相手が何を思ってもいい
違ってもいい、同じでもいい
伝わらなくてもいい、伝わってもいい
現世、一人一宇宙、みんな違ってみんないい
というのは
何を思ったのか?は一人ひとりの深層心理が現れているのだよ、どれもいいんだよ、自由なんだよ
ということなのですから。
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このように、現世(うつしよ)をヒントにして自分(の深層心理)を知っていけば…
自分という根源には「何もない」ことがわかります。
それが腑に落ちれば、悟りです。
悟りに至れば…
まるで映画の世界の外から、映画の世界を見て楽しむように…
現世(うつしよ)の外から、すべての現世(うつしよ)を慈しみ、楽しむようになっているでしょう。
その時、あなたがいるのは、永久不変の常世(とこよ)です。
絶対不変の神域から、千変万化の現世(うつしよ)をみて、楽しんでいるのです。