こんにちは、Megumiです。
今日は、「毒親」というものについて
私の実体験と学んだ知識を織り交ぜ、個人的な意見を書こうと思います。
私が「毒親」から解放され、
心の自由を手に入れた考え方も書いてありますので、
今苦しんでいる方の何かのきっかけになれば幸いです。
恐らく、この記事を読んでくださっている方は
「毒親」というものがどういうものなのかよくご存じだと思います。
私が個人的に解釈している「毒親」とは
「その子(その人)のありのままの姿を認めず、自由を奪う親」
を言います。
私は以前、
外部からの情報から自分の親を「毒親」だと判断し
精神的に苦しい状態が長く続きました。
結論から申しますと、
この世界に『毒親』なんていません。
また、
自分の親を「毒親」として認識している限り、
自分が抱えている苦しみから解放されることは難しいです。
では、実際に自分にとって良くない影響を与えた(あるいは、与えている)
親をどう認識すればいいのでしょう?
私の体験から言えることは、
親を「私と同じように、強烈なネガティブを抱えたままでいる人」
と、認識してみてください。
無理!という方は、
どうぞその自分の中に生まれた感情を大事にしてください。
何に対してどんな感情を持つかは、すべての人に平等に与えられた自由です。
そして、その感情を手放す自由も持っていることも、すべての人に例外なく与えられた自由です。
私個人の話になりますが、
私は以前、実の母、実の父、そして母の再婚相手を
「私」という人間を狂わせた「毒親」だと思っていました。
憎みました。
恨みました。
強い殺意も抱いていました。
その苦しい感情から解放されるために彼らを「許す」ということは
とても難しかったです。
しかし、現在、私は彼らに対して1ミリも悪意は抱いていません。
一人の人として尊重し、自然に交流することができています。
何の苦しみも抱いていません。
私が苦しみから解放されたのは
「毒親を許したから」ではありません。
「彼らも、私と同じ、『ただネガティブを抱えている人』だと気づいたから」
です。
そして、
「私がひとりの人として尊重されるべき人間であると同じように、彼らもひとりの人として尊重されるべき人間である、ということに心から気づいたから」
です。
これらのことに気づいた瞬間、心と身体が楽になり、
私自身がとてもクリアになりました。
彼らは、「自分と同じように、自分ではどうにも出来ない強烈なネガティブな感情を持っているだけ」の人です。
強い劣等感があるのかもしれない。
強い寂しさがあるのかもしれない。
強い恐怖があるのかもしれない。
強い悲しみがあるのかもしれない。
強い無価値感(私には価値がない)があるのかもしれない。
誰よりも、愛されたいのかもしれない。
もちろん、「だから」あなた自身を、あなたの人生を、
犠牲にしていい、仕方ない、許してあげて、などと
私は言いたいわけではありません。
私がお伝えしたいことは、
「私の親は毒親だから」「今、私はこんなに苦しいんだ」
と、自分の心と親を結びつけてほしくないということです。
もちろん、あなたの今の苦しみ、過去の苦しみは本物であり、真実です。
その苦しみをあなたに与えたのも親でした。
ただ、そのことだけに目を向けるのではなく、
「私も親も、それぞれが独立した別個の存在であり、
私は私として、親は親としてきっちり境界線をひくことができる」
という見方もあると、知ってください。
それは、親を「捨てる」ということではありません。
自分と親との間に境界線をひいて(私は私であり、親は親である、ということ)
親をだたひとりの人として、認めてあげてください。
認め0.5割、怒り9.5割でもいいです。
「私は、独立したひとりの人であり、どんな感情を抱いてもいい自由が私にはある」
と、本来のあなたを信じてみてください。
今現在、まさに自分の親から強い影響を受けている方は
なかなか自分と親の間に境界線を引くことは難しいかもしれません。
「親」という存在は、それだけ「子供」にとって特別な存在なのです。
「毒親」という見方をし、それによって自分の精神が守り保たれるなら
それはあなたに必要なことであり、してはいけないことではありません。
けれどいつだって、私達には別の選択肢が用意されているということ。
今すぐにその選択ができなくても、必ずその選択が出来る時期がやって来る
と言うことを、頭の隅に留めて置いてください。
「もう遅い」という言葉は当てはまりません。
「あなたが」そうしたいと思い、決断した瞬間が
それを行なう適齢時期です。
あなたが幸せでありますように