私が聞き及んでいるところでは、蒸気機関のそもそもの利用目的は製鉄ではなかったそうです。

石炭を掘り進むにつれ、イギリスでは次第に炭坑が深くなっていきました。

地面に穴を深く掘ると地下水が漏れ出してきます。

例えば地下鉄の駅舎や線路は、常に地下水と戦っています。漏れ出してくる水をポンプでくみ出しているのです。

最初のうちは家畜に滑車を引かせて水をくみ出していたイギリスの炭坑でしたが、深く掘るにつれ次第にくみ出すのが困難になってきました。

そこへ水をくみ出す自動機械が登場したわけです。

蒸気機関が炭坑以外 - 製鉄所や紡績工場や船舶や機関車 - で使われるようになってから、社会はがらっと変わりました。

自然の制約を自動機械が打ち破り始めたのです。

この現象は現在では「産業革命」と呼ばれています。

私に言わせれば、「エネルギー利用革命」です。

硫黄が混じることを防ぐため、「反射炉」と呼ばれる、燃焼炉と溶解炉を別室にする製鉄炉が発明されました。それまでは鉱石を溶かすその炉中で木炭を燃やしていましたが、燃焼と溶解と空間を分けることにより硫黄の混入を防ぐことができるようになりました。(後に石灰石で不純物を除く高炉が発明され、それに取って代わられました)

「コークスで製鉄する」ことには、硫黄が混じることのほかに、もう一つ壁がありました。

コークスを発火させるためには石炭より高い温度が要求されます。ですから、炉に吹き込む空気を以前より多くしてやり、たくさんの酸素と反応できるようにさせてやる必要が生じました。

ところが、なかなか水車の力や人力で吹き込む量を増やせなかったのです。

そこへ、(全く別の目的で)蒸気機関が発明され、製鉄用の炉へ空気を吹き込む動力源として利用されました。

こうしてイングランドでは製鉄が発展し、質の良い鉄を大量生産できるようになりました。これが長期的に国力の増大に大いに与って力があったことは言うまでもありません。

こういう根本的なところで差がついたため、最終的にイングランドはオランダから海上の覇権を奪い取ることができたのです。
石炭の利用はシナで最も早く始まった、と私は聞いています。唐代に始まったと読んだ記憶があります。

ヨーロッパではもっとずっと遅かったようです。

しかし、これを工業的に大規模に利用することに最初に成功したのはヨーロッパ人、特にイギリス人でした。イギリスは石炭が豊富でした。(現在は、"Peak Coal" とでも呼びたくなるような現象が起こっています。石炭の産出量が減り、輸入国になりつつあります)

これはエネルギーの話というより政治の話っぽくなってしまいますが、私から見れば、イギリスとその旧植民地が現在の世界で幅をきかせているのは、石炭と石油の埋蔵資源およびその利用方法の開発を他者より先に支配してきたからです。

エネルギーの話は同時に政治の話であり、経済の話であり、軍事の話であり、みなさんの日常生活の話なのです。政治や経済を支えるインフラですから。単に科学技術の話だけではありません。

レーガン大統領が、確か1986年だったと思いますが、アメリカが重視する分野について演説したことがあります。

食糧(穀物を中心とした農産物)、エネルギー、情報、に関するものでした。

こういうのを見ると、その後に起こったIT革命の進展なんかを思い起こすと、アングロサクソン系社会で育った人たち(の中のエリートたち)が「何が世の中のキモか」よく理解していることが分かりますね。

そういうことですよ。

さて、イギリスで起こった変化は2種類あります。

一つ目はコークスの利用です。

石炭を燃やすと、煤がたくさんでます。中世末期以降に森林が枯渇したとき、たまたま石炭を多く産するイングランドでは、庶民たちに石炭の利用が奨励されました。しかし彼らは使いたがりませんでした。従来どおり薪を使いたがりました。

家の中に煤がたまりますからね。

日常生活よりも深刻だったのは製鉄・金属精錬でした。

昔は薪を蒸し焼きにしてつくった木炭を燃やして製鉄していたわけです。

しかし薪がいよいよ貴重になると、製鉄に石炭を使わざるを得なくなりました。ところが、石炭には硫黄が含まれています。

石炭で製鉄すると鉄に硫黄が混じって弱い製品になってしまいます。

困っていたところへ、誰かが石炭を蒸し焼きにすることを考え付きました。木材を蒸し焼きにして木炭を製造しますが、それと同じ発想ですね。

蒸し焼きにすると硫黄やタールなどが浸みだしてきます。

そうして出来たコークスは、煤が少なくなりました。が、それでもまだ、硫黄が多少混じります。

それでも、煤や硫黄の少ない、しかも重量あたりの炭素比率が蒸し焼きにしていない普通の石炭より高い、強い火力を得られる燃料としてのコークスが得られました。石炭の大規模な利用が可能になる第一の条件が揃ったのです。
長い間、人間はバイオマスを燃やし、調理や暖房に利用してきました。

・木材(薪。木の枝や樹皮も含む)
・木の葉、草
・木炭(木材を蒸し焼きにしたもの)
・家畜の糞

幼少の頃、自宅の近所に落ちていた松葉を集めて焚き火をし、さつま芋を焼いたことがあります。松葉は油を含む優れたバイオマスでした。^^

私が書いているもう一つのブログ New Sinology では、「胡と漢」と題して、北東~中央アジアの騎馬民とシナ農耕社会との相克の歴史を書いています。そこではいちいち書いてませんが、遊牧民は家畜の糞を燃料として常用している人たちです。よく燃えるそうですよ。

ついでに言うと、糞を火にくべたその手でご飯を食べてるんですけどね。^^; からからに乾燥していて平気なんだそうです。

バイオマスを燃料としている限り、地上の植生の限界に人間は縛られ続けます。

木を伐採し過ぎて森が消滅したり、家畜が草を食い尽くしたりして、少しずつ人間は自然に追い詰められていきました。

そこへ登場したのが石炭の利用だったわけです。
ガソリンエンジン - というより化石燃料系液体燃料を使う内燃機関一般 - は、以下の利点を持っています。

(1) 燃料の扱いが簡便である。

(2) エネルギー密度が高いので小型軽量かつ強力なシステムを作れる。

それから、科学雑誌でもどこかの研究機関の報告でも新聞でも言われていないことですが、私の考えでは、

(3) 「燃焼(爆発)」という、人間にとって理解しやすく扱いやすい化学反応を利用している。

ということも利点の一つです。「開発が容易だった」という意味において。

まず3番目から話をしましょうか。

人間が火を利用し始めたのがいつごろか私には知識がありません。おそらく何万年か前でしょう。

とにかく、文字が発明されて以後 - 歴史家が「歴史時代」と呼ぶようになって以後 - は、人間は常に火を利用してきました。


例えば、電動モーターを使って動く車 - 電気自動車 - と、ガソリンエンジンを使って動く車 - ガソリン車 - とを比較してみましょう。

もちろん、電気自動車には利点がいくつもあります。

ガソリン車に比べて騒音が小さいですね。

排気ガスは全く出ません。

小刻みな動きを自在に制御するのは、ガソリンエンジンより電動モーターの方が圧倒的に優れています。将来もし車庫入れを自動化するシステムが開発されたとしたら、電気推進式の車の方が導入しやすいでしょうね。

低速作動時でもエネルギー消費効率が悪化しにくいのも電動モーターの特徴です。この性質を利用して、ハイブリッドカーは低速時は電動モーターで走り、高速走行時はガソリンエンジンで走ります。

それでもやっぱり、ガソリンエンジンは便利なんです。

「石油の類まれなる便利さは一体どこから来るのか?」について考えましょう。

このシリーズ「遠い将来」の(4)から(8)をもう一度見てください。

何か感じませんか?

私は繰り返し繰り返し、「 ~ を運ぶ/動かす過程で石油を消費する」と書きました。

そうです。

何かを動かすための動力源であること、これです。

これが便利さの源の一つなのです。

では、その次の記事です。


日本経済新聞朝刊 11月11日(土) p5

(Quote)
国産バイオ燃料普及へ工程表 政府、年度内に

政府は十日、国産バイオ燃料の普及促進のための関係府省による局長級会合「バイオマス・ニッポン総合戦略推進会議」を開き、今年度中に中長期的な工程表を作ることで合意した。バイオエタノールを一〇%混合した燃料に対応した自動車の安全性に関する技術指針を年度末をメドに作成。ガソリン消費量の一割の目標達成へ条件を整備するが、コスト面の問題や数値目標を巡り、作業は難航しそうだ。

同日の局長級会合は安倍晋三首相の指示を受け、年間ガソリン消費量の一割に当たる六百万キロリットルへの国産バイオ燃料の普及を目指して開いた。

六百万キロリットルという数値目標を巡っては、経済産業省が「政府目標ではない」との見解を示していた。会合では数値目標に関する具体的な議論は無く、目標を指示する農水省などとの対立をひとまず回避した格好だ。 (Unquote)


バイオマス・ニッポンというプロジェクトは農林水産省が以前から推進してきたプロジェクトです。このブログでもブックマークしています。

そこで関係省庁が集まる最初の会議が行われたわけですね。
http://www.aspo-ireland.org/newsletter/Newsletter71.pdf

11月に発行された ASPO Newsletter #71 に面白いことが載っています。

こういう技術的な情報は重要ですね。


4ページの2段落目(ベネズエラ):

→ (オリノコ川流域に埋蔵されている)タールサンドは瀝青の層が深すぎる地点にあるために、カナダのタールサンドのような露天掘りができない。よって、一本の油井の周囲に五本の井戸を掘削し、蒸気を注入し、中央の井戸から流動化したタールを回収する。

オリノコタールは自噴しないってことです。

自噴しないと、油を回収するのに大量にエネルギーを消費するようになります。

いくらサウジアラビア並みの埋蔵量がある、といっても、これでは同列には比べられません。

もちろん、油の質(重いか軽いか)も重要な差です。

が、それだけでなく、「サウジアラビアにあるような、穴掘れば勝手に噴いてくる油田」がいかに有利な油田かを考慮しなければならないわけです。

そういう有利な油田は先に掘ってきてしまっているわけです。後に残されるものほど、不利な油田になる傾向があるわけです。


6ページの5段落目(ノルウェー):

→ 需要を満たそうとして天然ガスの回収を増やしすぎるのは(採掘している石油会社にとって)危険。油田からの油の回収を増やすために油田に再注入する天然ガスの量が減ってしまう。(ガスより価値の高い液体燃料の得られる量が減ってしまう)

→ ノルウェーでは、産出した天然ガスの6割が(単なる廃棄処分として)燃やされるか、油田に再注入されているか、油田・ガス田が操業するための燃料として使用されるか、のいずれかに充てられている。(残り4割が、都市ガス・産業用ガス・LNG用として外部へ販売されている、という意味)

→ 従って、(天然ガスの産出量を見るときは)グロスの量(地下から出てきた産出総量)なのかネットの量(上記のような産油地帯での消費量を除いた、外部へ販売可能な純産出量)なのかに注意する必要がある。


いやいや~。勉強になりました。

#174で、「長期的にはエタノールがETBEに勝つのでは?」と書きました。その理由を述べておきましょう。

ETBEの製造には2種類の原料を必要とします。エタノールとイソブテンです。

イソブテンは石油を精製して得ます。

ということは、ETBEは「石油価格変動・供給不足の有無」の影響をエタノールよりずっと強く受けるということです。

石油が更に高騰すれば、イソブテンも高騰し、ETBEも高騰するでしょう。

また、イソブテンを使用する分だけ、バイオエタノールより二酸化炭素排出削減効果が小さくなります。

これではなんだか、何のために代替燃料を導入するのか分からなくなってしまいますね。

こう考えてくると、ガソリンの代替燃料としては、エタノールの方が長期的には優れているのではないか、と私には思えるわけです。