9月です。奇数月の第三土曜日の夜には袋井市のライブ喫茶マムゼルにて、フリーダムフォーク集会の開催が予定されています。前回の7月の要領で9月もやってみたいと思います。

二次会の飛び入りコーナーはしばらくお休みです。出演希望の方は《○月に歌いたいよ》と連絡くださいね。


第171回フリーダムフォーク集会
【日時】2020年9月19日(土)19時半開演
【場所】ライブカフェ mamselle
袋井市堀越1802-1 TEL 0538-42-6440
http://mamselle.sakura.ne.jp/
【料金】music charge 500円
【出演】
一次会(本編)演奏時間一組20分(転換時間抜き)
・きたよし
・砂風金
・ぷらっとほーむ
・NEW MOON
・大川忠人
・マシス

9月フリーダムに出たいよー、と連絡くださった皆さん、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

当日会場には消毒薬やマスク、使い捨てマイクカバーを用意します。小まめな手洗いとマスク着用をみんなで心がけましょう。参加予定の皆さんは体調に気をつけて、不調の時は無理して来ちゃダメですよ。



先日、CD屋さんで近年僕がとても気にいってるレモン・ツイッグスの新譜を手に入れました。
音だけ聴けばまるで70年代で、こんな音楽がいま堂々とCD屋の新譜コーナーに置いてあるのが珍妙です。年寄りミュージシャンじゃなくて若者が今まさにこれを作ってんのか、と思うだに、面白い。

そういえば90年代にレニー・クラヴィッツが登場した時も、なんという懐かしい音楽やってんだい、って時代錯誤感に喜んだものでしたが、レモン・ツイッグスのブライアンとマイケルのダダリオ兄弟は、二人とも10代でデビューして、お兄さんのブライアンだってまだ24歳?そんなに若いのに、こんな音楽の遺伝子をどうやって取り込んだのだろう。

音楽誌のレビューでは、それこそクイーンやビーチボーイズ、Tレックスの影響を挙げてますが、僕がレモン・ツイッグスを聴いた時に頭に浮かんだのはスパークスです。スパークスも兄弟ユニットとして活動してるから余計似てます。あとトッド・ラングレン。それとやはりブライアン・ウィルソンですね。こういう転調に変拍子を盛り込んだ変態ポップスは大好物です。音もチープで良いです。

前作の2ndアルバムはコンセプトアルバムで、それこそキンクスの一連の作品のように楽しめたけど、今作は1stのようにただただ楽しい。「大衆のための歌」なんてアルバムタイトルも人をくった感じで微笑ましいです。ただ、ジャケットは三枚の中でもダントツでダサいですね。

レモン・ツイッグスは二人とも曲を書いて、これまでのアルバムもほとんど全ての楽器を自分たちで演奏している才人。オアシスのようにケンカ別れせずに末永く音楽を作っていって欲しいものです。


台風が来てます。空の雲もずいぶん高くなった気がします。今年の夏はこのまま終わってしまうようです。夏に何をした?何もしてない。いや、何もしてないことはない。僕んちはほぼほぼ例年通りの夏だけど、今年は、何かしたくても出来ない夏、で、なんとなく窮屈な感じでした。


実は今週末の日曜日、掛川で配信のイベントにお誘いをもらってます。
↑このお店も名前がフリーダムなので紛らわしいですが、掛川フリーダムでの配信が6日、袋井市マムゼルでのフリーダムフォーク集会が19日、両方でマシスは久しぶりに歌います。配信の方が先ですね。Facebookで見れるそうなので、もし良かったらチェックしてみてください。


配信といえば

以前、緊急事態で自粛ムード真っ只中のころ、フリーダムでも無観客の配信の形でやったら?という案をもらったことがありましたが、僕に三つ四つ五つ思うところがあって、うやむやにさせてもらいました。

ここに理由の全てを事細かには書きませんが、ひとつは、無観客の配信は安全ですよ、とは言えないこと。本っ当に神経質に安全性を問うなら、家から出て誰かに会う時点でもうアウトで、そうなると自宅での個人配信、あるいはリモート中継で集まるって形しかない訳です。

他にもいくつか理由はありますが、フリーダムフォーク集会の生配信については今のところ考えていません。
(いま配信による音楽活動の手段を模索してアクションを起こしてる方には敬意を表します)

それを踏んだ上で、今回の掛川での配信は、マシスへの出演要請をいただいて、検討した結果、出させてもらうこととしました。これはフリーダムを7月にやれて、9月も予定してることが大きいです。今回の人を集めて行う配信も、フリーダムフォーク集会も、環境と対策の傾向とよく似ていて、踏み切りやすかったのです。

僕んちでも、やはり家族が若干神経質になっていて、マシスが動くにもそこは気を遣わなければいけなくて、自分からフラッと無責任には行動し難い。必要としてもらって、お声かけ頂けたことに、何とか応えたいと思います。十分に気をつけて頑張ってきます。


前日記でも書きましたが、先週末に二曲、新しい歌を作りまして、今回は前に載せた「ゆりかご ほうき星」に続く新曲、「記念碑」の歌詞を紹介させてください。

この歌、忘れもしない2018年の暮れ、奥山会長より浜北プレ葉ウォークでのインストアライブにお声かけ頂きまして、連絡をもらった数分後にメロディがツルっと浮かんだのです。あのプレ葉のイベントステージに自分が立って、客席を見ながらどんなメロディを歌う?ってイメージしたら一瞬で浮かんだから、何がきっかけで歌ができるかわかりません。

結局、歌詞を作るのが間に合わず、プレ葉では歌えなかったのですが、ようやくです。「ゆりかごほうき星」ほどではないけど、時間をかけて作ることが叶いました。

「記念碑」の内容が《ふるさと賛歌》っぽくなったのは照れくさいですが、たまたまです。
「記念碑」

ただそこに人がいて
古い町が動き出す
炉に火をくべるように
朝陽は戻ってくる

彼女が思うこと
古い町で望むこと
植樹は緑と未来を創るのよ

簡単なこと 難しいよ
単純なこと 複雑だよ
高い壁 登るにも
長い旅 続けるにも
いろいろあるよ
いろいろあるよ
本当のこと 話そうよ
慣れるまで 大変だけど
今までも やってきたでしょ

木を植える人がいて
土を焼く人がいる
若い人は若い人で
いろいろと考えている

石に名を刻むような
偉い人を奉るより
記念碑は
町に生きる人にとって
町そのもの

簡単なこと 難しいよ
単純なこと 複雑だよ
新しい道ができて
新しい人が増えて
様々に 様変わり
浮かされて そのあとは
懐かしいだけじゃない
価値観を提示するんだ

にぎやかに 町中が
淋しさを 忘れたら
思い出は石になり
この町のどこかに
飾られるだろう

ただそこに人がいて
古い町が動き出す
炉に火をくべるように
朝陽は戻ってくる


2018/12
~2020/08/23/18:26
~2020/08/27/0:04



前の日記にて《出来た》と書いたのに、実は今日に至るまでに何度も手を入れてた。作った翌日に冷静に読み返すと、ついつい直したくなる不思議(既発の「ゆりかご ほうき星」も性懲りもなくちょこちょこ手が入ってます)。

人様の目に触れる前に徹底的に直して、ちゃんと納得してから出せばいいのに、と自分でも思うのですけど、

作った直後は嬉しくて、早く誰かに見てもらいたくなるのですね。


今作「記念碑」は、いつも作ってる歌詞より直接的な言いまわしを増やしてあるので、メッセージくさい歌に聞こえそうで、これが嫌味に聞こえないといいなと思います。


マシス
今日はわりと涼しかった。雷が近かったせいかもしれません。我が家の二階、テレビを置いた一室がエアコン不調とあって、暑い日中に寄り付きたくない部屋だったのですけど、今日はその部屋で一日寝転がっていられた。おかげで、というか歌が作れました。

ギターを胸に抱えたまま寝転がって、作った歌詞が歌ってみてピッタリくるか、違和感ないかどうか確認、ダメなら直すの繰り返し。声に出すのって大事です。夜中だとこれが出来ない。気がつけばその姿勢でウトウト昼寝もしてた。

思えば、夏休み。空いた時間に歌詞がいっぱい書けそうな予感がしてたのに、結果、休みの間にはひとつも完成せず、この週末になって二曲、なんとかゴールテープを切ったのです。そのうちの一曲が「ゆりかご ほうき星」。

本当のとこ、これは真っ先に作れそうだ、と思っていた別の歌(「物語を待っている」というタイトル)があるところでパタッと筆が止まり、夏休みはそこで終わっちゃって、「ゆりかご ほうき星」は一番ゴールから遠いと思ってたけど、結果として、これの方が早く完成。で、勢いでもう一曲、「記念碑」の歌詞も手をつけてたら、こちらもゴールしてくれた。勢い大事。もう一曲の「記念碑」の歌詞は次の日記に挙げます

「ゆりかご ほうき星」

ゆりかご ほうき星
蝶番の外れた
木枠の青空に
遠眼鏡をかけるよ

入り江は深緑
透過度をかくそうとして
日差しを閉じ込めた
パノラマの夏休み

一歩下がって
そろい踏みの足
もっとそばで
そろい踏みの足
そろい踏みの足
そろい踏みの足
そろい踏みの足で
ずっと

ささやかなる道
いつくしみあえたらいいのに
ささやかなる道
いつくしみあえたらいいのに

砂時計が傾くたび
私たちは個と個で
ぶつかりあう
したいことをして
消える

ささやかなる道
いつくしみあえたらいいのに

ささやかなる道
いつくしみあうべきなのに

ささやかなる道
いつくしみあえますように


ゆりかご ほうき星
遠眼鏡の青空


2009.11.28 11:59
~2020.03.17 2:09
~2020.08.23 14:22

この歌は、題材としては2009年より持っていたもので、完成まで11年かかったことになります。途中、何度も言葉を書き直して、メロディも原型と変わって、当初から残ってるのはタイトルの《ゆりかご ほうき星》と《そろい踏みの足》だけ。

なんでこんな歌を作ろうと思ったか、もう初期衝動すら思い出せない。たぶん、こんな言葉のチョイスは僕しかないだろうって歌を作りたかったかと思うけど、それをちゃんと聴いた人が口ずさめる愛嬌ある歌にするのに苦労しました。自分が30代の時に出た宿題が50歳になってようやく終わった気分。出来て良かった。長かったなぁ。




娘の短い夏休みもぼちぼち終わり。小国神社でかき氷を一緒に食べたくらいで、特にどこに出かけることも出来なかった夏休み。可哀想だなと思います。こんなのは今年限りがいいですね。
ティラミスのが娘の注文したやつ
値段高い。
僕のは金平糖が埋まってました。氷ふわふわで美味かったけど、すげー量があってベロが冷えた。


マシス

友部正人さんのニューアルバムが9月11日に出るそうな。嬉しくなって予約しました。本当なら店頭で手にしたいけど、こんなご時世なので今回は通販で注文。
1   あの声を聞いて振り返る     
2   一月一日午後一時(高橋さん)           
3   モスラ      
4   ただそれだけのこと             
5   ニューヨークの憂鬱                 
6   ブルース           
7   バレンタインデー                 
8   電車の中では何もしない              
9   船長坂  
10  空の鰯  

曲名を見てたら、半分くらいはライブですでに聴いたことがあるな、と記憶が蘇ってきました。友部さんは新曲をレコーディング前にライブでガンガンやってくれるので、カッコいい曲を聴くと、次のアルバムは良さそうだぞ、と楽しみになるのです。とっても良いプロモーションです。

時事ネタソング「ただそれだけのこと」はブルース・スプリングスティーンの「アメリカン・スキン(41shot)」を思わせるようなシリアスな歌だった。今、こういう歌を歌う人は日本では友部さんしかいません。以前「日本に地震があったのに」をライブで初めて聴いてぶっ飛んだように、「ただそれだけのこと」のタイトルを思わず噛み締めてしまう。

「一月一日午後一時(高橋さん)」も、ライブで聴いた時にじんわり泣かせてもらったので、アルバムで聴けるのは嬉しい。挽歌は悲しいものだけれど、大好きだった人を失う悲しみは、歌にすることでいくぶんか癒されるのでしょう。

アルバムを聴く前から感想を書いてたら、実際に聴いた時に書くことが無くなりそうなので、もうやめます。

友部さんにはレコ初ツアーでエスケリータ68に来て欲しい(内定はしてるらしい裏情報)。コロナで大変な昨今ですけど、友部さんに会えるまでに何とか、終息せずとも、ちょっとでも世の中の風通しがよくなっててくれたら、と切に願います。


エスケリータ68といえば、クラウドファインディングで買ったTシャツが無事に手元に来ました。後藤さんちゃんと届きましたよ。
すでに部屋着にガンガン使ってます。エスケリータ頑張れ。


ちなみに今日はアルパカセブンスのTシャツを着てました。
娘がこのTシャツの柄を見て、《(身体)超柔らかいじゃん》とケラケラ笑ってました。前屈運動と思ったか。


来月9月は奇数月、第三土曜日の夜には袋井市のライブ喫茶マムゼルにて、フリーダムフォーク集会の開催が予定されています。今のところ、やる方向で準備させてもらってます。もちろん、コロナの情勢次第では、いきなり中止、なんてことも(嫌だけど)あるかも知れません。その辺りは何卒ご理解くださいませ。
第171回フリーダムフォーク集会
【日時】2020年9月19日(土)19時半開演
【場所】ライブカフェ mamselle
袋井市堀越1802-1 TEL 0538-42-6440
http://mamselle.sakura.ne.jp/
【料金】music charge 500円
【出演】
一次会(本編)演奏時間一組20分(転換時間抜き)
・きたよし
・砂風金
・ぷらっとほーむ
・NEW MOON
・大川忠人
・マシス

9月フリーダムに出たいよー、と連絡をくださった皆さん、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

二次会の飛び入りコーナーは当面なしとさせていただきます。7月の時の要領で、途中に室内換気のための休憩を挟みます。消毒薬やマスクも用意します。


僕も今回、久しぶりにマムゼルで歌わせてもらう予定。

腰の調子がようやく回復してきて、やっと大きな声を出しても腰に響かなくなった。靴下を顔をしかめずに履けるって素晴らしい。健康の喜びを噛みしめております。歌える喜び万歳。


マシス

パスティーシュとは《模倣》の意の言葉のようですが、近年では二次創作の通称としても使われているようです。

調べると、一口にパスティーシュ、と言っても、パロディ(風刺、批判が込められている)、エピゴーネン(猿真似、パクり)、オマージュ(元作品に敬意、元ネタのエッセンスを血肉としている)と、内訳はいろいろあるようで。僕にはパロディ、エピゴーネン、オマージュの三つの方が、言葉としてはパスティーシュより馴染みがあります。

特にエピゴーネンって言葉は、悪い意味でよく聞きますね。あいつはしょせん誰それのエピゴーネンだ、みたいに。小説でもマンガでも《これ、○○じゃん》って思うのはありますし、誰とは言わないけど音楽でもあります。

他の優れた作品から影響を受ける、ってのはごく自然なことで、一概に似てることが悪というのではないだろう、とは思いたい。そこにはやはりオマージュ精神があるかないか、ということです。影響をちゃんと自分の血肉として作品に昇華し、作品から先人へのリスペクトと独自の新しさを感じさせる、そこまでのものを出せるか。パクりとの違いはそこしかないと思う。


パスティーシュの話を枕にさせてもらいましたが、日曜日に買ってきた本を読み終えた、という話をしたかったのです。大好きな作家、島田荘司の文庫新刊『新しい十五匹のネズミのフライ』(なんてすっとんきょうなタイトルでしょう!)。

パスティーシュ物といえばシャーロック・ホームズ。この本は日本の最高のミステリー作家、島田荘司が書いたホームズ物のパスティーシュ本で、もちろん面白くないわけがない。
表紙絵も最高ですね。僕はホームズのファンなので、余計に贔屓に思っちゃうところもありますが、これ、ホームズ・パロディとして本当によく出来ています。パスティーシュうんぬんを置いても、抜群に面白い読物で、聖典(コナン・ドイルのオリジナル作品をファンはこう呼ぶ)を読んだことのある人には一層楽しめる仕掛けが至るところに施されてます。

ありがちなホームズ物のパスティーシュって、聖典のキャラクターの格好よさをそのまま拝借して、要は、コナン・ドイル亡き今、読むことの永遠に叶わないホームズの新作!といった体裁の内容がマァほとんどで。それは確かにファンが読みたいと願ってやまないホームズ物ではあるのです。

が、シャーロック・ホームズ物の研究者としても名高い島田荘司はやることが一味違う。聖典の弱点(論理的に間違ってる部分)をしっかり指摘して、かつ本当はこうだったんでしょ、と仮説を挙げた形になってる。そこまで重箱の隅をつつかなくても、もうやめてあげてー、と言いたくなるほど、ホームズ物語の矛盾点を理詰めで消していってる。当然それは聖典への愛溢れるゆえの仕事で、決して聖典を馬鹿にしてるわけではないのです。そこは目くじら立ててはいけません(立てる人もいるかも)。

なので、本作のホームズはぶっちゃけあまり格好よくない。そこが難と言えば難。快刀乱麻で謎を解くシャーロック・ホームズの万能感、無敵感が薄れてしまって、ホームズが何かしでかすたびに読者が心配になる(そこは愛嬌ある)。その代わり、ワトソンの描写には聖典よりはるかに突っ込んで書かれていて、サブタイトルの《ワトソンの冒険》の通り、知ではホームズに及ばないまでも、その人間味たっぷりの言動行動で事件に向かうワトソンの姿に魅せられます。

(本書を読み終えて、ふと島田荘司の大作『龍牙亭事件』を思い出しました。あれも御手洗潔がほとんど出てこなくて、いつもワトソン役に徹していた石岡君がメインの物語でしたっけ)

超人なホームズを求めてるファンには本書は違和感あるかもしれませんが、文体は素晴らしくコナン・ドイルの世界を写していて浸れますし、何よりも、タイトルの《新しい十五匹のネズミのフライ》、という不思議な言葉の謎を追ってクライマックスに向かうストーリーには、読み手はドキドキさせらっぱなし。ページを捲る手が止まらないこと間違いなしです。


余談ですが、本書を書店で購入した際、レジで《カバーはお付けしますか?》と聞かれ、《お願いします》と答えると、店員さん3秒ほど間をおいて再び、《ドラえもんでも、いいですか?》と聞いてきました。

ドラえもん?と思って店員さんの手元を見たら、本当にドラえもん柄のカバーで↓思わず《ドラえもんで!》と答えてました


ちなみに、この本↓も連休中に読んだもの。皆川博子の『写楽』。これも文庫新刊です。帯の《幻の長編》に惹かれて衝動買い。
そういえば、島田荘司も謎の絵師《写楽》の正体を追った小説を書いてます。どちらも面白いですよ。


前日記に書いた通り、腰を痛めてまして、朝から晩まで家で音楽を聴きながら本を読んでいます。食料品とか生活品の買い出し以外はおとなしくしてて、腰の養生には良い休みです。だいぶよくなりました。でも、こんなペースで読んでたら本が足りなくなるばかり。また買い出しのついでに本屋に寄らねば。



マシス











蛇足余談追記。エピゴーネンの話。

誰とは言わないと書きましたが、さだまさしの某エッセイのエピソードの一つを、オリジナルソングとして、まるで自分のことのように歌詞にして歌ってる方がいます。全部ではなくて、終盤の泣かせるところの内容が丸パクりなのです。いや、歌にするのは別にいい。歌う前に一言《さだまさしのエッセイからインスパイアされました》とあれば、なかなか素敵な試みをするなと思えたでしょう。それを断らずに、僕のおばあちゃんのエピソードを歌にしました、って歌っちゃうのは、さだまさしファンとしては、すこーし覚めてしまいます。聞けばわかっちゃうのにね。

でも、その歌を聴いて客席で涙する方もいたりして、歌に罪はないのかなーとも思う。感動してる人に水をさすようなことを言うのは野暮なのでしょう。蛇足余談。

夏休みです。少し前に僕は軽くぎっくり腰をやりまして(またかと言われそう)、いいタイミングで休みに入ってくれてホッとしてます。椅子に長時間座ってるのがいま特に辛いのですけど、僕は立ち仕事が多いので、立って歩き回ってる方が腰に負担が少なく、なんとかこの一週間を乗り切りました。


今日、馴染みの鍼医さんに行って施術してもらい、腰をかばって無理してた筋肉をほぐしてもらいました。予約が取れて良かった。仕事に行かずにのんびりできるのは、なんとありがたいことか。

例年と変わりないインドアな夏休み予定の我が家ですが、コロナの影響で毎年恒例の娘とのカラオケはナシ。娘は《カラオケ行きたい》とつまらなさそうですが、カラオケボックスはさすがに今はダメだなー、と言ってなだめてます。

神経質が過ぎるかもしれないですけど、カラオケボックスは前にどこの誰が入ったか分からない密室なので、そこは慎重になろう、早くカラオケ行けるようになりたいねーと家族で話してます。

昨年の夏休みは確か、県外の本屋のイベントで遊んでました。今は県外にもちょっと遊びに行く気になれない。海の家すら開いてないし、実際、言い出せばキリなくどこに行くにもおっかないので、夏らしいイベントは例年に増してないです。今年はそういうものと思うしかない。休みは休み。楽しみます。

休み前に、職場より《県外に行く予定のあるもの、県外の人に会う予定のあるものは上長に申告しろ》と達しがあったくらいですから。なかなかピリピリと神経質ムードで。ピリピリしてるのはイヤですね。


ちなみに、今日レンタル屋でDVDの映画とコミックレンタルのマンガを借りてきた。で、帰り道に奮発してモスバーガーでシェイクを買いましょう、と提案したら、娘が《やったー》と飛び上がって喜んでくれた。こういう安上がりな幸せを心から満喫できるって良いことですよ。


音楽は部屋とカーステで楽しむ。ブルーイの新譜は口当たり爽やかなAORで、夏にピッタリだと思いました。
ブルーイの本作に関しては全く予備知識ゼロのジャケット買い。名前とジャケットから想像するだに、ビートの強い黒っぽい音楽なのかと思えば、これが真っ白な印象の爽やかなAORでビックリ。拍子抜けしたけど、こういう爽やかな音も嫌いじゃない。ブルーイは普段ギタリストということで、ボーカリストとしては特に目立つ個性があるわけでないけど、黒人がみんなソウルフルにねちっこく歌うわけじゃない。これくらい淡白な歌唱はかえって好感を持ちます。


高橋徹也の1stアルバムも夏にピッタリ。これは本当にご機嫌なアルバムなのです。1stからえげつないほどに才能がほとばしってます。
コード進行が変態で美メロディなJポップ。次作『夜に生きるもの』と性質が違う傑作。


休みになったら読もうと思っていた夢枕貘の小説を、この一週間で読んでしまって、休みの楽しみがひとつ減ってしまいました。
「沙門空海 唐の国にて鬼と宴す」は数年前に映画にもなった小説で、中古で一冊百円で買っておいたものです。全四巻、完成までに足掛け18年かかったという、トータルで二千頁を越える大長編なのですが、読み始めたらあっという間でした。あまりに面白くて止まんなくなって、正味三日で読了。さすが貘。映画の評判は賛否ありましたが、小説は面白かった。

遣唐使として唐に来ていた空海の冒険を描いた小説で、貘の「陰陽師」シリーズが好きな方にはおすすめです。と言うか、内容はほぼほぼ陰陽師です。空海を安倍晴明に、橘逸成を源博雅に置き代えたら陰陽師として成立しそうなくらい、口調やキャラクターの性格が似てます。

もう一冊、読みたい小説は残してあるので、空海を読み終えても慌てることはないのですが、一週間の休みにストック一冊は若干不安です。休み中に本屋へ補充に行く必要があるかもしれません。



とってつけたようですが、マシスは作りかけの歌をせっせと書いてます。書けないのは相変わらず歌詞で、同時進行で三~四曲くらい平行作業。相変わらずの状態ですが、今はちょうど書けそうな気分なので、せっせと夜昼なくやってる。その点でもこの休みはありがたい。連休中にどれか完成したらいいな。

歌うイベントは減っても、歌を作ることでワクワクしていられます。今作ってるのなんて、これはステージで演ったら聴いた人どんな顔するだろう、と思うと楽しくてたまらない。コロナ渦でも心の平穏をなんとか保てているのは、歌作りのルーティーンを奪われてないから。それは本当に幸運なことだと思います。ステージに出ないうちにやっておきたいことはいっぱいあって、もて余す暇なんて全くないのです


録画したテレビの音楽番組を観てたら、アーティストが選ぶジャニーズNo1ソングのコーナー、って特集がありました。椎名林檎が少年隊の「stripe blue」を挙げてたのはオッと思った。東山紀之が言った《近藤真彦というビッグバンがなかったらその後のジャニーズはない》という意見も面白かったです。番組で紹介された歌は少しでしたが、もっともっとたくさんの人の意見を聞いてみたいと思う企画でした。

もし僕が選ぶなら?僕はジャニーズソングに定価でお金を出したことこそないですけど、この時代に日本人として生まれ育った以上は、ジャニーズアイドルの歌はテレビで日常として耳にしてきたので、好きな歌はもちろんあります。テレビで見て知ったものがほとんどですが。

今の気分で、例えばマッチだったら「ミッドナイト・ステーション」、トシちゃんなら「原宿キッス」(サビ前のメロディが超絶難しい)、よっちゃんなら「にくめないのがニクいのサ」(The Good-Bye大好き)、世代としたら、たのきんトリオがドストライクなのです。

今の僕のお気に入りは、KinKi Kidsの「swan song」。もし僕がカラオケに誘われたら必ず「swan song」を歌います。弾き語りのステージではやろうと思ったことないけど、何かの機会があったら歌ってみたい。

(訂正!定価でジャニーズ買ったことない、と先ほど書きましたが、The Good-ByeのCDは定価で買ってました)

社会人になってからはジャニーズソングとも縁が薄くなりましたが、先ほど挙げたKinKiの「swan song」は中古でCD探して買ったくらい好き。SMAPの「オレンジ」も好きでした。V6の「Take me higher」は弾き語りで何度か歌わせてもらいましたっけ。


それと、ある時無性に聴きたくなって買った田原俊彦のベストも中古で探してゲットしてました。

田原俊彦をテレビで観ていた頃って、僕もまだ十代で、トシちゃんのアイドルアイドルした歌を、ともすれば失笑混じりに当時は受け止めていた気がしますが、今あらためてこれらの歌を聴くと、どれもめちゃくちゃ良くって、全曲車でCDに合わせてつい熱唱してしまうのです。宮下智の筆による楽曲(「ハッとして!good」「ブギ浮きI LOVE YOU」「ニンジン娘」など)なんてどれも洒落てて本当に素晴らしい。



番組ではメドレーで「stripe blue」「ジェットコースター・ロマンス」「ハイティーン・ブギ」を関ジャニが歌ってた。山下達郎の歌が二曲も入ってます。先のアンケートではやはり達郎作曲の「硝子の少年」も選ばれてました。達郎は良い歌をたくさん提供しています。


そんな山下達郎の初の動画配信を、無事に自宅で観賞することができました。
通常のコンサート同様、開演前から客入れの音楽が流れて、放送3分前にはブーってブザー音と共に場内アナウンス(放送(開演)に先立ちましてお客様にお願いが~)まで作って流す凝りよう。本当に山下達郎のコンサートに来てるみたいでニヤリとしました。

で、無事に90分間。配信トラブルもなく、素晴らしい音楽と映像を堪能させてもらいました。本当に音が素晴らしかった。横で聴いていた連れ合いがその音の良さに感心してました。
肝心の内容は割愛させていただきます。すでに誰かがネットに書いてるかもしれないけど、ここには書けません。これはチケット代を払った人の特権だし、エチケットだと思うので。でも、先に書いたジャニーズへの提供曲の演奏シーンも流れました。動画見ながら思わず身体が揺れちゃいました。眼福耳福。本当にご機嫌な90分間でした。

白状すると、こっそりタブレットの様子をガラケーで○○しちゃったけど(何がエチケットだスミマセン)、もちろんこんなとこには載せません。動画の違法コピーやら厳しく対処するということですので、個人の思い出として眺めてニヤニヤします。

それに、そういうことする時間より肉眼でしっかり今この瞬間を観ておきたいって気持ちの方が強かったから、一瞬で止めてライブに集中熱中しました。これは実際のライブコンサートでもそう思います。海外のコンサートとか、みんなスマホ掲げて撮影してるけど、その貴重な瞬間をその目で、耳で、全身で体感しなきゃもったいないって思わないのかしら。

せっかく会場にいるならスマホを置いて全集中すべきですよ。後に思い出を残すこと考えてどうすんの?その動画を配信して再生数を稼ぐことが目的?そんなん邪念ですよ邪念。



世の情勢は、コロナ感染者の風当たりがまた強くなってきています。7月にフリーダムをやれたのが運が良かったみたいに思えるほど。
せっかく再始動の雰囲気が見えた音楽イベントも、8月のものでいくつか中止のアナウンスを見受けました。9月のフリーダムフォーク集会も決して他人事ではなくて、ギリギリまで状況を伺った上で、お店やスタッフ、演者と相談しつつ開催の有無を判断させていただきます。参加表明をいただいた演者さんにはスミマセンが、何卒ご理解とご協力のほどをよろしくお願いいたします。



この状況において、あまりにも危機感のない心根を態度に出す輩にはカチンときますが、かといって極端に神経質になりすぎるのもいかがかとも思う。我が家ですと、連れ合いとかお袋が少しだけそのケがあります。

誰でも無症状で感染者になりうる可能性があるから、心配するのも無理ないところ、怖がってばかりでは何も出来ません。もともとインドアな家族なのでめったなことないけれど、外に出る時は気をつけるしかない。


マシス

 

 

楽しい連休中、我が家の庭は川状態。山からの雨水が流れ込んで来てしまって、非常に珍しい異常事態にビックリです。
玄関から車までの間に、越すに越せない河が横たわってしまった(深さは水溜まりくらいですけど)。一昨年の夏の豪雨ん時もこんなことなかったのに。笑い事ではないけど、車に行くまで長靴が必要なんて状況がストレンジ過ぎる。
雨が止んだら土を持って来て盛っとかないといかんぞ、と親父が言ってます。めんどくさい。
水は庭を横断してまっすぐ家の横の川に流れ込んでます。雨が止めば水はすぐにはけることでしょう。土砂が残ったらその片付けもめんどいな。


雨、雨、雨、で、外に出るのも難儀する連休でしたが、家でのんびりゴロゴロも僕は楽しかった。日曜日は朝から地域の川の清掃に駆り出される予定でしたけど、この雨のお蔭で延期になった。おかげで身体は休めました。

外出できない分、せめてもの休み気分を、と、ピザ取って食べたりしてました。たまに食べるとジャンクな食べ物ってめちゃめちゃ美味しいですね。ジャンクな食べ物ってのは特別感があります。

で、夜にはこの週末にやっていた配信ライブをいくつか観たりもしました。どれもチラと観たくらいでしたけど、行けなかった浜松の様子を家で楽しませて頂きました。大変な状況の中、皆さんお疲れ様でした。


動画配信ってのは、それでなければならないものをやってるには素晴らしく面白いと思う。でも、生で観れないライブの代用アイテム、って使い方ですと、やはり生の方がいいよなってなるし、配信で家で観れて得したーなんて手軽に納得されちゃうのは悔しいって想いも(正直なところ)あります。

それに、無料配信でいつでも観れるなんてのは、僕みたいに片手間に観るやつもいるし、どうせタダだしって思われちゃう。こういうのは複雑ですね。タダで観てた当人の僕が言うのもなんですが、コロナで人が集まりにくい今、何とか音楽を発信しようという想いはよくわかる反面、音楽を無秩序にばらまいて価値を下げちゃいけないだろって気持ちも募ってくる。

力のあるミュージシャンの音楽配信はどんなコンテンツでも有料であってほしいな、と僕は思います。ネットだとコピーされて勝手にYouTubeあげられたりとか問題になってるけど、そういうのからミュージシャン個人の作品を守る確かな術があってほしい。


仮にもし、僕がライブ配信に誘われたら、そこは有料無料関係なく喜んで出させていただきます。マシスを必要としてもらえるなら、そこに出るのは全く抵抗ない。でも、マシス個人としてライブ動画の配信活動に取り組むかは、今までもやってないし(好意であげていただいたYouTubeはありますが)、これからも今のところナシだと考えています。


連れ合いはこの日曜日にずっと、大好きなアーティストの生配信に張り付いてらっしゃった。それは少額ですが有料配信だったようです。

《私は(配信時間中は)家にいないものと思って》

と宣言して部屋に引きこもってました。潔かったです。

(チラと画面を覗きこんだら、アーティストの背面に視聴してるファンの顔を映し出して、時にファンの一人一人に喋りかけたりすることをやってた。これはファンは嬉しいでしょうね。コミュニケーションが一方通行でなくて面白い)


実は僕も一枚、安からぬ配信チケットをこの度購入してしまいました。
ラジオで本人が言ってましたが、今まで映画館とライブハウス以外には一切ライブ映像を公表してこなかった山下達郎です。達郎のライブこそ、チケット買って会場に行かなければ絶対に観れないもの、という価値があって、それゆえにこの配信にはプレミアものです。

かつて、テレビ出演を拒んでいた拓郎や陽水、浜田省吾や佐野元春にも《実際にライブ会場に足を運ばなければ、動く姿を観れない》という価値がありました。でも、みんないまではライブ映像をBlu-rayで売っていて、ファンはそれを買っていつでも楽しめます。なんならテレビ出演した過去映像もYouTubeやニコ動で観れる。動く姿を観たい!というファンの飢餓は昔のそれと絶対に違う気がしますね。もちろんファンは今後も生でライブを観たいと思うでしょうけれど。

山下達郎のファンはずーっとそれに餓えているのです。だからこそ毎回ライブのチケットが争奪戦になる(ライブパフォーマンスが圧倒的に素晴らしいってのが一番の理由ですが)。今回そこそこ高額の配信チケットを僕が買ったのも、これは見逃せないと思ったから。

当日はタブレットの前に正座待機して映像観賞することになりそうです。見逃し配信なしその日その時間しか観れない一回こっきりの体験。これは正にライブです。ライブ映像の有料配信ってこういうものって気がします。


《実際にライブ会場に足を運ばなければ、動く姿が観れない》、これって存外大事なことと思います。ビデオもネットもある便利な世の中ですが、そうなる前って、ライブに行けた喜びはひとしおだったなって懐かしい気持ちになってます。


マシス


追記。角松敏生もこの週末に初の有料配信をしたそうです。角松も山下達郎と同様、アーカイブでの見逃し配信をやらないようにしたかったらしいのですが、配信の担当者に説得されたとか。要は、アーカイブとはクレーム対策の目的で残してるんですって。何らかの受信トラブルで完全な放送が観れなかった人のための見逃し配信、ということらしい。《トラブルは受信環境の問題だろ!》と角松は配信中に吠えてたようです。そりゃそうでしょうけど、お金払って観れなかった人は文句も言いたくなるってものですよね。
先日、半年ぶりに再開したフリーダムフォーク集会にて、トリを勤めた弾夢弦気さんが、なんとステージ通してマスク着用のまま熱唱するという荒業を披露なされました。観てる側も度肝を抜かれましたが、ご本人にとっても初の試みだったらしいです。
マスクして練習はしたけど(車で歌ってみたり)、でも人前で歌うのはまた違う、とステージ後に仰ってました。やってみるとそれは呼吸が苦しいとのこと。さもありなん。

偶然にも、この日のトップに演奏してくれた【ぷらっとほーむ】のボーカルの女性も、《マスクして歌った方がいいですか?》と開始前に僕に聞いてきてくださった。やはり皆さん、コロナの影響下で歌うってことで、心配してくれたのでしょう。(マスクなしで歌ってくださればいいですよ、とその時はお返事しました)

実は、フリーダムの数時間前、我が家に夢華さんが来てラフレシアの練習をしていたのですが、奇しくも弦気さんと同様に、二人してマスク着用で練習してたらしい。問題は息を吸うときにマスクが口に張り付くんだそうで、私は布マスクがいい、私は市販の紙マスクの方が、などと言ってるのを聞いて、面白いなと思いました。

確かに、歌う側でそれが出きるなら、効果的な飛沫対策となります。マスクなんかしてたら満足に歌えないんじゃ?って思うけど、もしそれを求められた時に出来るなら、出来ないよりいい、ということで、ちょっと僕も考えてみました。

マスクをして1ステージのパフォーマンスが完遂出来るか?慣れでなんとかなるものなら、練習しかない。もしかして、着けたまま歌えるマスク、なんてのが売ってるんじゃ?と思って検索してみたら、ホントに作って売ってる人がいた。あるんだ。でも、それが自分に合うかわかんない。マスクにも個人差というか、どれがベストかは使ってみないと何とも言えないものです。


歌うことを意識してみると、市販のいろいろなマスクにもいい感じのはありました。手作り布マスクの中にも、これはわりと大丈夫、ってのがあった。
↑ちなみに、フリーダムの時に僕がつけていた炭次郎のマスクでは全く歌えません。でも、ステージで着けるのなら、機能性プラス見てくれも大事だと思う。

まぁ、これは難しいお題です。狼男のMAN WITH A MISSIONだって、歌う人は口のとこを○○ーっと○○して歌うんだから。いかにマスクで歌うのが難しいか。ホームセンターでひとつ、運動しながら出来るマスクってのを試しに買ってみた。まだ開封してないけど、どんなものでしょうね。


フリーダムが終わってホッとして、のんびり村上春樹の新刊を読了しました。
タイトル通り、収録された短編すべて一人称(僕、わたしの視点)で書かれています。そのせいか、主人公が村上春樹本人じゃないか、と思わせぶる話もあり、私小説かエッセイを読んでるような読後感を覚えます。実際の体験談にとんでもない嘘をぶっ込んで来たか、と思いながら読むのも楽しい。もちろん、全部フィクションであっても問題はないわけです。


フリーダムフォーク集会を再開出来て(世の状況を見るだに油断はならないのですが)、僕自身もようやくちょっと動けるようになったかな、という気持ちでいます。だからといって実際にホイホイ動くわけじゃないけど。

3月5月とフリーダムに出演依頼した演者さんにごめんなさいと断った手前、中止を決断した当人がよそのイベントで歌ってる、なんてのはケジメとしてあり得ないわけで。何をするにも、すべて《フリーダムを再開してから》と思っていました。

もちろん、再開したからって、わーっと遊び歩ける状況じゃないけど、《だってフリーダムもやりましたし》って言えるのは、ずいぶん心が軽く感じられる。嬉しい。

しかし、マスクを一回検索しただけで、マスクの広告がばんばん来るようになった。自分のせいですがゲッソリします。





袋井市のライブ喫茶マムゼルにて、およそ半年ぶりとなるフリーダムフォーク集会が開催されました。コロナ騒ぎで3月5月と中止が続いた中、感染対策を試行錯誤しつつのイベント再開です。終わってとりあえずホッとしました。
前もってお知らせした通り、飛び入りコーナーはしばらくお休みです。一次会枠で少し多めの6組エントリーしていただきました。

会場には消毒液にマスク、除菌シートも準備。

ステージ前のスペースは飛沫予防のためテーブルを空けて、参加者も席に余裕を持って座ってもらいました。

↓ちなみに、座れないテーブルにはこのポップを立ててありました(マシス作)。会場で撮った写真は失敗したので、帰ってから撮影。


瓦版にも、お知らせを掲載。
めんどくさいことを書いてます。読み返すとクドイ。反省。

そんなこんなしながら、定刻19時半をちょっと遅れてフリーダムスタート。この日の主役の演者さん写真は以下の通り

【ぷらっとほーむ】
フリーダム初エントリーの二人組。昭和歌謡を楽しく演奏してくださいました。

【菅原真代】
吉幾三が作ったという沖縄音階の楽曲がとても素敵でした。「童神」も大好きな歌で聴けて嬉しかった。

【小栗祐司朗】
こちらも初参加。カラフルCOMCOMのギタリスト小栗さんがソロで出てくれました。ストレイテナーにオアシスにオリジナル曲と選曲が新鮮!

【てぃあーず】
動画配信にも意欲的に取り組んでらっしゃる、てぃあーずのお二人。自粛中に作ったという新曲二曲がどちらも大変良い曲で感動しました。

【砂風金】
二次会飛び入りコーナーでも常連の砂風金さん。お馴染み「景子」熱唱!風、かぐや姫の名曲もバッチリ決めてくれました。

【弾夢弦気】
なんとマスク着用のまま熱唱(!?)。マスク越しでもヴォーカルのパワフルなこと。織田哲郎のナンバーでトリを飾ってくれました。


従来のイベント時より、30分ほど早めに終了。皆さんありがとうございました。生の演奏を聴けるのってやはり良いですね。それに参加者の皆さんがとても協力的で助かりました。探りながらの始動でしたが、どうだったでしょう。

途中で休憩を入れて、室内の換気をこころみた。


一組が終わるたびに、使用したマイクカバーを交換。
マイクカバーは使い捨てです。除菌シートでマイクスタンドも拭いてます。イベント終了後はテーブルやピアノも拭きました。

しばらくはこんな感じでイベントをやってみようかと思います。こうしたらどうよ、って意見があったら教えてください。

次回は9月19日開催です。5~6組の出演者で予定してます。参加希望者はマシスまで連絡くださいませ。すでに名乗りもいただいてますが、まだ大丈夫です。何月に出たいよって希望を言ってもらえたら予定を組みます。僕からも声をかけさせていただきますので、ご協力くださいね。

(先着順ですが、必ずしも希望通りにならない場合もあります。その時は相談させてください)


東京で過去最大の感染者が出たなどと、油断のならない状況ではあります。今後のイベントも状況を伺いながら対策対応をしていきます。安全第一決して無理せず、ですが、《やれる方法》を探っていきます。泉谷しげるも言ってましたが、状況の回復をただ待ってたら一年後二年後も同じことかも知れないので。

あんまり堅苦しくやるのはどうかなーと思いつつ、今回は楽しくやれたと思うので、開催できて良かったです。久しぶりに音楽仲間と会えていっぱい喋れて嬉しかった。とりあえず一歩。なんとか一歩。今後もご協力のほどよろしくお願いいたします。



マシス