【(先生、トイレ)フィリピン滞在記253】
【(先生、トイレ)フィリピン滞在記253】「先生、トイレに行ってもいいですか」授業中に生徒が発言する。いきなり言われる。説明の途中に言われる。タイミングも何もない。授業の終わりに言う生徒もいる。「先生!」大きな声でいきなり言われる。最初はビックリした。日本ではあまり経験がない発言。残念ながら質問は少ない。一回の授業で2回ほどある。これは文化の違いと気がついた。 (日本語を学ぶ生徒)フィリピンの文化。個人の快適さや自由が重視される。トイレ行くことは自然な生理現象。それで、授業中でも遠慮なく行動する。ほとんどのフィリピン人はクリスチャン。それも関係しているらしい。他者に寛容であるカトリック教。個人の快適さの理解を促す。交通渋滞のひどいフィリピン。交差点に信号があまりない。渋滞になるわけだ。スキマがあれば車は入る。人も車の間を横断する。スキマがあれば早く進みたいわけだ。寛容と言えば寛容だ。日本で同じことをしたら事故だ。あるいは喧嘩になるであろう。日本の教室ではどうか。日本では規律や集団が重視される。トイレに行くことは個人的な行動だ。あるいは集団の授業を妨げる。そのため恥ずかしいと感じる生徒が多い。そのため我慢する生徒が多い。フィリピンの学校ではイジメが少ない。個人の快適さが大切。しかも多様性に寛容。そのため集団の圧力があまりない。ただ寛容だけだと集団が持たない。厳しさがないとだらける。この兼ね合いが難しい。フリピン人先生の授業が聞こえてきた。授業の終わりが近い時間だ。「先生、トイレに行ってもいいですか」フリピン人先生が言う。「もうすぐ授業は終わります」「我慢できませんか」授業が妨害されるという思いである。「わかりました。我慢します」集団の規律と個人の寛容。この兼ね合いはとても難しい。