【(愛するから愛される)フィリピン滞在記238】
「あなたの一番好きな言葉は何ですか」
会話での質問だ。
「愛(love)です」
ここからが難しい。
「どうしてですか」
いろいろな解答がある。
「家族を愛していますから」
「愛は大切ですから」
こんな解答もある。
「愛すると愛されますから」
求めるのではなく、与える。
与えるから与えられる。
究極の愛の形だ。
これは中学の時、担任から聞いた言葉だ。
向井先生という40代の先生。
先生は心臓を患っていた。
教室にたどり着くのも大変だった。
寿命が長くないことを自覚されていた。
生き方が真剣だった。
中学生でもよくわかった。
言葉に重みがあった。
命がけの愛情だった。
半世紀以上も前。
それでもよく覚えている。
生きていればお話がしたい先生だ。
先生の愛をお返し出来るかわからないが。
教育は教える行為だ。
先生が生徒に知識を伝える。
伝えられた生徒は知識を入れる。
生徒は知識を使って発信する。
先生からすると知識が返ってくる。
あるいは生徒から教えられる。
出力するから帰ってくる。
先生の愛がこもっているとさらに良い。
先生にも愛が帰ってくる。
生徒は愛を帰そうとする。
数学を学ぶときも同じ。
教師は愛を込めて教える。
数学はこんなに面白い。
面白さを返したいと思う。
そんな愛は最強だ。
日本語教師はどうか。
生徒たちに愛を込めて教える。
苦手な子にも愛を送る。
継続すれば大丈夫だよと。
教える技術が下手な私のような教師。
それでも彼らは返してくれる。
こちらも真剣に教え方を研究する。
(卒業式)
本来の教育かもしれない。
与えて与えられる関係が続く。
理想の教育だ。
受け身ではなく主体的。
呼吸も吐くから吸う。
愛するから愛される。