MARISA(color-code)オフィシャルブログ「わたしの標本」Powered by Ameba
  • 22Oct
    • 自分にやさしく。

      ブログにくるコメント、いつも密かに楽しみにしています。ありがとうございます。実は読んでるよ〜、とか、意外な人からも言われるので、ちょっと、しっかりしようとおもいました。コメント返しとかも、アメンバー限定にして、今度やろうかな。何かを続けることも才能ですよね、と最近とあるインタビュアーさんに言われました。本当にそうだとおもう。わかっちゃいるのだけど、わたしのブログの編集ページには、書こうとしてやめた真っ白な下書きがいくつも残っている。続けることのむずかしさは、しみじみと感じている。息をするように書いていた文が、なかなか書けなくなったのにはきっと理由があって、わたしはなんとなくそれをわかってるんだ。わたしには、ずいぶん友達がふえた。大学で授業を受ける時、ダンスのレッスンまでの待ち時間、おばば様がつくる晩御飯を 待つ間、わたしには ひとりでいる時間ばかりがあったようにおもう。いつもひとりで、ぜんぜんさみしくなくて、すごく 居心地がよかった。自分はとっても 聞き上手で、よく自分にインタビューをした。情熱大陸宛ら、妄想の中でわたしは 何者にもなれた。color-codeのなかで、メンバーに体当たりでぶつかられたりぶつかったり、向き合っていくうちに、わたしは変わったとおもう。自分でもわかるくらい。聞き上手なインタビュアーはそのうちに、身を潜めるようになった。あるとき、わたしは文を書くことが義務になったように感じ、それはわたしから溢れ出る言葉じゃなくなって、岩の隙間から生える草とか蜘蛛の巣についたしずくとかそういうだいすきなものを見る時間も減って、よくない方に変わっていった。好きだったものが義務になった途端、苦しい重荷になってしまうのは何事にもいえることだ。そういう意味で芸能人や歌手はとても難しい。好きなことを、仕事にすることは、自分の首を絞めるのと紙一重でもあるといえよう。気づかぬうちにそれはすすむ。自分のなかで自分にパワハラをしていたりする。もっと自由にやっていいのに。やっても、だれも怒らないし、怒るほど、人の人生に介入する責務を自ら負ってくれるような人とは、話せばきっとわかりあえるのだから。知らぬ間に、ニコニコしながら苦しくなってしまうひとがいるのも、わかる。間一髪で厳しいメンバーに救われた、わたしがここに居る。だから、もうだめだ、というときに、自分で自分を見つめてみて、身を守って全てを捨てることができたら、そんな勇気を持てたのなら、きっとやり直せる。なんでもできる。わたしはまた あふれることばを、みつけたい。弱気で内気なインタビュアーを掬い出してあげなければいけない。花もビルも空も、よーくみつめなきゃね。まりさ

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  • 29Sep
    • 秋の夜長にオススメの本(とか)

      ツイッターでも聞いてくれてたりして、秋なので、おすすめの本でもつらつらと並べてみようかと思います。1. キッチン 吉本ばななよしもとばななさんというと馬鹿にするひとがたまにいますが、そういう人と自分を隔絶するためにもこの本は必須でした。わたしは昔からよしもとばななさんのかく文がすごくすきです。はじまりは『海のふた』という本でしたねぇ、なつかしい。たしかわたしはまだ高校生でした。みかげちゃんという主人公は、幾度となく自分と重なります。なぜなら、彼女も祖母を大切にしているから。境遇は違えど、みかげちゃんが、わたしのおばあちゃんに対する感情を丁寧に 的確に。ことばにかいてくれているんです。これは脳みそのつくりのはなしかもしれませんが、わたしの脳みそはよしもとばななさんの文がいちばん、情景を描きやすいみたいで、揺れる柳、濡れた石畳、崖に立って眺める星のうつくしさ、そういうものがMVみたいに再現できる。みんなはどうかな。2.彼女がその名を知らない鳥たち 沼田まほかる映画を見て衝撃を受けた作品。わたしにしては珍しく、ミステリー作品を読みました。映画をみてから小説をよんだのですが、これほどまでに小説の良さを完全に再現できたのは、阿部サダヲさんのおかげなんでしょうか。とにかくすごい、醜くて、それが人間らしいのに、なぜか神々しい。きったなくていやらしくて、でも愛ってそんなもんで、神はこういうところに宿るんではないかなって。とにかくわたしは心を揺さぶられました。これに限っては小説でも映画でも、先に手をつけるのはどちらでもいいと思います。3.わたしが・棄てた・女 遠藤周作薄汚くてやらしくて、でも神さま。ということで思い出しました。秋って透明で、おもってたよりもやさしくて、そんでもってものすごく、短くて、苦しいものではなかったですか?寒そうにとぶ最期のトンボに、本当に神様が乗っているの?言っときますけどわたしはクリスチャンではないですよ。ただ、キリスト教文学からたくさんのことを学びました。この本も、大学のキリスト教文学の授業で出会いました。遠藤周作といえば『沈黙』がマーティン・スコセッシ監督で実写化されましたが、あれには正直 がっかりしました。汚さが、全然足りない。汚ければ好きというわけでは全然ないのだけど、あの作品は 汚くなきゃダメなんです。窪塚さん 顔綺麗すぎるし。その沈黙や『海と毒薬』(老人と海って書いてました、失敬)などの名作の陰に隠れていますが、遠藤周作はたくさんのキリスト教文学を遺しています。その中の一つ、えげつなく切なく じんわりとかなしみをのこす作品だったとおもっているのがこの『わたしが・棄てた・女』です。ぐっちゃぐちゃにもてあそんで棄てても、神は、見捨てないのか?沈黙しているのか?そう、キリスト教の神様は、絶対に見捨てないんだそうです。何か目に見えないものにすがりたいという人間古来の心理から生まれた、神さま。無心論者と言われる日本のみなさんは、今日びその話題を、どう思うんでしょうか。4.マザー! 映画ですすみません。神さまつながりでどうしても紹介したくなっちゃったので。描写が過激すぎて日本で公開されることのなかった映画が、アマゾンプライム様々にきてくれました。話題になっていたのですぐ見ました。すごく、あたらしい感想を持ちました。《ものすごく心を揺さぶられた、でももう二度と見たくない》気に入った映画や本を繰り返し見る私が、こんなことを思うのはすごく不思議な感覚でした。キリスト教を知っていればいるほど、内容への理解が深まります。神は、拒まない、自分を尊ぶ者たちを決して、見捨てない、全て受け入れてくれる。罪を犯すものも、禁忌を犯すものも、ゆるしてくれる。だから神さまなんですけど、なんだかそのこと、どこか《おかしい》《不公平だ》と思いませんか?と、問いかけられてるようなきがする。そういう意味で、欧米ではきっと問題作ですよね。日本の多くの人はある意味フラットに見れるので、内容が理解できたら妙に腑に落ちるのではないでしょうか。5.通りすがりのあなた はあちゅう殺伐としたところで、ほんわかした本を一冊くらいね、のこしておきましょ。ほら、放っておくとすぐ暗い方にいきたがります。はあちゅうさんの文体はどこかよしもとばななさんに近いものがある、とわたしはおもいます。さりげない日常を、気をつけて見なかったら気がつかないような小さなことに、意味を持たせます。美しさを見出します。そう、ちょうど、前々回のブログで書いた、ツイッターのことににている。わたしにも、あなたにもきっとある「通りすがっただけの人」とのストーリー。やはり共感を生む、ということが、人と人とのつながりを一番に生み出してくれるんだなあ。みつを。あっさりと読めてしまうのに、軽すぎないのでぜひ。6.本日は、お日柄もよく 原田マハ結婚式のスピーチ原稿の書き方がよくわかる。堅苦しい空気に呑まれて、長ったらしく内容の薄い退屈なスピーチをしがちな結婚式。本当に伝えたい思いをちゃんと伝えるには。それが、小説を通して描かれています。原田マハさんの人物描写がとてもすき。西加奈子さんの人物描写もすき。最近続々と、数少ない友人が結婚するんです。めでたい。うれしいけど、それだけじゃない気持ちを、ちゃんと表現したいから、もう一回読もう。まりさ

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  • 27Sep
    • RECのたのしみ

      レコーディングでした。あたらしい曲を歌うとき、いつも、はじめてのレコーディングのことをおもいだします。VERBALさんていうすごい人(お恥ずかしいことに当時はバーバルさんのことも知らなかったのでした)のもとで、見よう見まねで歌を録りました。EDMの音楽に出会ったこともない陰キャオタクだったので、リズムの取り方もひどいもんで、他の二人がほんとうに立派に見えて、帰ってから、自分の歌パートがすごく少なかったことに気づいても、「仕方ない、下手だもん」って心底おもって諦めてました。でもそのあとから、知らないもんは仕方ない、これから知ればいい。だけど、せめて知ろうとすること、勉強して自分のものにすることを怠ったらその時点でもうこんなことは辞めたほうがいい。時間の無駄だ。そう思ってEDM、テクノ、ハウス、ヒップホップ、R&B、いろいろ聴いて、おっかなびっくりクラブにも行ってみたりして、自分の中に取り入れていこうとしたときに、はじめて自分の好きな音楽とか得意なものが、わかるようになったのでした。どんなものも一回、誠実に取り組むこと、自分の中に取り入れてから、選別をすること。それでもまだ、下手っぴなんですけどね。(๑˃̵ᴗ˂̵)曲に、歌詞に、音楽に、向き合うことに終わりはないとかんじます。はたしてユーミンは、どんな景色をみているんだろう。あとよく思い出すのは、レコーディングで待ってるとき、静かにしなきゃいけない状況下で、ななみんとSnow?かなんかで顔を面白い顔にして笑いはじめたら止まらなくなったこと。笑っちゃいけないって思えば思うほど、面白くて、声を殺して腹がよじれるほど笑った。まだ全然みんな打ち解けてなくて、でもこの人たちとはこれから長い付き合いになりそうだ、という予感がしていたころ。ななみんはイケイケな感じがしていて最初こわくて、ゲラゲラ笑いながらも、わたしはどこか顔色を伺っていた(ような気がする)。4年経って、今日は、歌どり中のななみんを、小窓からどうにかして笑かそうと、まこちゃんと奮闘したけど、チラリともこっちを見てくれなかった。全然気付かない!!ななみんやっぱ、めっちゃ真面目!!がんばれー!と、小窓のガラスにはぁー!って息を吐いて曇らして、ハートを描いたり古典的な愛情表現をしたけど、気付いてもらえなくて、われわれは すごすごと自分の持ち場に戻った。あとから聞いたら、「気付いてたけど、無視した」…………………つ、ツンデレだあ………ななみんがこわくなくなったこと、まこちゃんのほうが(なにをするかわからなくて)こわくなったこと、それが、この四年での変化といえよう。ニューシングル と 超ワンマン超ワンマンのチケット先行は今月までです。宜しくおねがいしますね。まりさ

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  • 13Sep
    • 人の名前がたくさんでてきます。

      SNS、ことツイッターが、わたしの時間を蝕んでいるということは、とうに知っている。坂本龍一さんが以前なにかのインタビューで、世界中の動向を見切れるわけがないのに、リミットがないから延々とスクロールして見れて、インプットだけに時間を取られちゃう。だからアウトプットするならインプットの時間を減らすんだとおっしゃってて、はい…となりました。わたしは多分、みんなが何気なく、なんでもない日常を丁寧に紡ぐ行為がものすごく好きなのだ。人間の、人間らしさがすき。少しダメで、だらしなくて、欲に弱い「アダムとイヴみ」があればあるほど面白くなってしまう。ツイッターにおいては、呟くことは瑣末であればあるだけ、いい。だいじなのはその瑣末なことを、どれほど美しい瞬間として正しいことばで他者に共有できるか、ということだ。そして、そういうのが好きな人は結構多い。ツイッターのアイコンを、白背景にドライフラワーが一輪、もしくは下手ウマで味がある線画の似顔絵、あるいは青とか素敵なムラサキ一色、HNを「、」とか「。」とかにしてるようなツイッタラー(極論です) がよくバズるけれど あれは、なんでもない日常の中の心がホワッとした瞬間とか誰もが経験するような小さな胸の痛み、そういう瑣末だけれど尊い瞬間みたいなのを、じょうずな言葉で丁寧に紡いでフォロワーに想像をさせるからだ。みんな糸井重里であり、みんなよしもとばななだ。ツイッターというのは人々の叡智のかたまりなので日々進化しており、「丁寧に日常を紡ぐ系」は一人フォローすると芋づる式におススメされてそのまま100人くらい似たような感性の人が現れてフォローしてしまう。この人は写真から可愛いひとなのがわかる、とか、この人の旦那さんはきっと素敵なひとだ、とか、この人の言葉は好き、とか、この捉え方好き、という目線で、わたしは日々ツイッターの140字に目を凝らす。ことツイッターにおいてだけだけれど、素敵な文を書く人は、ミニマムで無駄がない素敵な部屋に住んでいるし、なんだかどうしようもなくおしゃれな弁当箱を使ってるのはなんでだろう?ぎゅうにゅう@gyuunyuu_umai自分で言って笑っちゃう https://t.co/2AKktDTj9r2018年09月07日 01:14はくる@silonicahttps://t.co/aENB6euFLL2018年09月11日 20:10おススメのアカウントさんをすこし紹介。これはきっとわたしの好みであり、ちょっとした偏見かもしれないけれど、本をよく読む人なのは間違いないだろうとおもう。わたしがすきなツイッタラーさんは小説家でいうと、(敬称略)よしもとばなな、島本理生、三浦しをん、原田マハ、西加奈子、恩田陸、桜木紫乃あたり。たまーに、星新一、石田衣良。森見登美彦はちがう。東野圭吾もちがう。沼田まほかるもすきだけどちがう。日常紡ぐ系ツイッタラーではない。生活@cqleheng今日も呼吸と瞬きしかせず大変偉かった2018年09月12日 23:06変わり種。ツイートもエッセイもいつも腹抱えて笑わせてもらってるお方。しげみ@m_____e_____g女はすぐ彼氏ができたらインスタに男を匂わす写真やストーリーズを沢山載せ始めるし、喧嘩したら真っ暗な部屋の天井の動画に意味深な言葉を載せるし、体重は食べる量が増えたらその分増えるのに給料は基本給が増えたら引かれる税金も増えて結果的に手取りは全然変わらないだろ?アホみたいな顔して。2018年09月07日 23:16わたしはというと、ほんわかした日常を愛する一方で社会や人間への毒も持つという性格ゆえ、つい社会風刺とか自虐とかしたくなってしまうのだけど。ほら、高学歴アイドルが政治思想とか自分の意見をはっきり言ったら生意気な!とか影響力がある人なんだからそういうのは…みたいな不穏な空気が日本にはあるじゃないですか。わたしはそれ、そのうち淘汰されたらいいなぁとおもいます。みなまで言うな。多様性の尊重。賢い人ほど、間違いを認めた時の撤回も早い。そういうクソリパーの心理も含め、稲川淳二ばりに醜いな〜汚いな〜怖いな〜といいながら、えぐみをもったまま懸命に生きる人間を見ることがやめられないのが、わたしです。同じような人います??もしいたら、沼田まほかるの『彼女がその名を知らない鳥たち』という本を全力でススメます。映画も阿部サダヲさんと蒼井優さんで実写化されたものがもうレンタルできるんですが、わたしの好きな邦画ランキング1位を奪取した映画です。これほどまで映画と原作が一致する作品も珍しいとおもうので、映画でも小説でも構いません。彼女がその名を知らない鳥たち400円Amazon彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)741円Amazonこれを観ても、しばらく人間について考えてしみじみしていました。ほんとうに、人間らしさというものをかわいがる行為に終わりはなく、「にんげんだもの」といえばわたしか相田みつをかというくらいだ。意味がわからなくなってきた。このあたりで。にんげんだもの1,625円Amazonまりさ

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  • 02Sep
    • パーマの匂いと脳みそ

      脳は、たのしかった思い出とかなしかった思い出の、どちらを残しておくのだろう。諸説ある。人によるという説もある。かなしい思い出はかなしいから、消去しちゃうという、脳やさしい説と、かなしいことをくりかえさないために、かなしい思い出を優先的に残す、脳キビシイ説もある。わたしは、どちらかというと、かなしかった思い出の方がたくさん残っている、脳キビシイ説派だ。あれ、たのしかったよなぁということは、たとえばあとから写真で見て認識した、絵として残ってるのに対し、かなしい思い出は、かなしさと苦しさと、胸の中にリアルに込み上げてくる辛さまでセットで付いてくる。その時の匂いや音というおまけ付きで。脳みそにも、興味あり。最近ゆるりとパーマをかけたのです。パーマは水に濡れると復活します。ブローすると伸びてしまうので、頭皮だけ乾かしたらあとは あまり乾かさないのがポイント。頭が濡れると パーマ液の匂いも復活します。その独特のパーマ液の匂いが彼女の匂いによく似ている。先日虹の橋を渡った、我が家の家族、ミニーちゃんです。彼女は、意外なほど小さくて かたい 頭とか、伸びるとうずを巻く金色の毛とか、情けないくらい 短いしっぽとか、ザラザラした肉球とか、どこもかしこもこんな匂いがした。匂いとともに、わたしが彼女をものすごくかわいがったときのこと、、、よりも、冷たくあたったときの後悔ばかりを思い出す。脳みそよ、きみは ほんとうに キビシイ。小学生のわたしは、お友達に借りた漫画をミニーに噛み砕かれて、申し訳なくて腹が立って、渾身の力でその金色の背中を ぶん殴ったことがある。あ、イタタ、、胸が痛い。若かった。バカだった。痛かった。ぶった手のひらがじんじんした。これより もっと強い痛みが、わたしの半分くらいの体しかないミニーの背中に、ある。そう思ったら、気持ちがぐちゃぐちゃになって大泣きをした。たぶん、わたしが人生で初めて感じた "自責の念" だと思う。そんなわたしの過ちを、ミニーはあっさりと 忘れてくれた。いや、忘れたふりをしてたの?どうなの?思春期に一日中パソコンに向かい、部屋から出てこなくなったわたしを、心配して ドアの前でいつもクンクン 鳴いていた。歳をとって 鳴かなくなってからも、何時間に一回か、カツカツカツ、と爪がフローリングを歩く音がドアの前にきて、ドアの隙間からスンスンスン、と匂いを嗅いで、少し待って、またカツカツと去っていった。そのさみしい音を、全部 わたしは知っていたのに。とにかくミニーは、わたしよりずっと 深く、やさしい心をもってあいしてくれていた。そして、わたしよりずっとずっと早く歳をとって追い越していって、先に死んでしまった。パーマの匂いをかぐたびに、ぶんぶんと荒ぶる きみの ちんけなしっぽを、ふわふわの金色の毛の匂いを、うるさい吠え声を、思い出して、苦しい思い出と幸せなきもちがよみがえる。あいさせてくれて、ありがとう。わたしのキビシイ脳みそは、忘れっぽいわたしにこうして定期的に苦しい思い出を運んできて、過ちを繰り返さないことを要求する。涙はいくらでも出る。ミニーはまだ、思い出の中にいて、教訓としては 生々しすぎる。抱きしめたとき 鼻に入る 細い毛の感触まで、思い出せるんだもの。まりさ

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  • 23Aug
    • こっそりとお知らせ

      みなさんのおかげで、いつもはcolor-codeのアイドルやらせてもらってますけれども、この度、久しぶりにダンサーとして、ショーに出演します。----------------『MaxBlonde Shin Hata Hair show』Date2018/08.28/火曜日Time開場 午後12:00開演 午後1:00〜3:00Place 埼玉会館Ticket ¥3,000お問い合わせ/チケット申し込みTEL、FAX 048-542-3549----------------ニューヨークファッションウィークでヘアメイクをやられているMaxBlondeの波多さんと、今回御縁があり、モデルとダンサーとして、出演させていただきます。ご存知の方いるかわかりませんが、color-codeになる前は、大学に通いながらジャズダンスばかりやっていて、たまにお仕事でバックダンサーをやったりしていました。久しぶりなんです、踊りだけで見せるの。正直かなり わくわくしている。ノンバーバル、わたしの下手くそな言葉がないことで、より伝わるものがあるから、踊るのが好きで好きで。飛び散る汗はわたしの涙だったり、喜びだったり、苦しさだったり。ほんの数分、4分ないくらいの曲で、何を伝えられるかな。今回、ダンサーのREMONちゃんに振り付け協力してもらってます。彼女の振り付け、かっこいいんだわこれが…わたしがやり切れればのはなしだけど。さて!頑張るのでもしよかったら来てください。埼玉会館へ。まりさ

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  • 14Aug
    • お盆パワー

      お盆休みです。毎年この季節、田舎にあるわたしの実家に、血の繋がりのないような親戚、友達までがうわーっとあつまる。それだけ聞くと、法事とかの堅っ苦しい感じがするけれど、それがぜんぜん そうでもない。正しくいえば、昔はそうだったが、いまはそうでもない。わたしの実家を東京のLAとメンバーに言わしめる所以は、海まで徒歩でいける距離にあり、ヤシの木みたいな木や草花を、土があるところにめちゃくちゃに母が勝手に植えたりしていることや、アメ車の販売を生業にしているから、雰囲気がやや日本離れしているところにあるとおもう。もともとは父方の家族が住む古い日本家屋の母屋を中心に、広大な庭と畑があった。そこを綺麗に均して、趣深い大きな門や長いことそこにあったろう立派な松の木を引っこ抜いて、一人息子がドカンと平屋の一軒家を建てた。それが我が家だ。だから、祖父の楽しみである盆栽やら植木やらに囲まれた大きな日本家屋の横に、LAが広がっている。LAとはロサンゼルスだ。行ったことはない。一人になった祖父はいまだに矍鑠としてカッコいい。その祖父にくっついてお墓にお先祖さんを迎えにいってきた。実に数年ぶりのお墓まいりだった。いとことかお友達とか、みんなが付いてきて賑やかなお墓まいり。きっと お先祖もびっくり。「誰!??」ってなってるとおもう。でも、賑やかだから 提灯がなくてもきっと迷わず付いてこれてるはず。みんなが集まったのでバーベキューをした。お墓まいりをしたお墓に入っていない人の話もした。ゲラゲラ笑いながら故人の思い出話をする。もう会えないのだけどね、という寂しさのかけらが こころにささっていたのは わたしだけだろうか。お先祖さんがそうさせるのか、アレコレ思い出すことが多い。いまになってわかる愛情の大きさとか不器用さとか、亡くなってもまだ私にいろんなことを教えてくれるね、と、部屋に飾った大きな写真に言う。あの時ごめんね、の一言が 言えたらどんなにいいだろう。たとえお盆で帰ってきてても、わたしからは見ることができないし、もう届かない、伝えられない、恩返しもできない、だから楽になれないこの辛さが、わたしの業の深さを示してるね、繰り返さないように気をつけますね。また写真に言う。そういえば神様は蝶々とか虫とかこういうのに乗ってくるってきいたことがある。久しぶりに捕まえたクワガタは小さくてびっくりした。このクワガタには誰がのってたんだろう。きゅうりの馬じゃなくてクワガタに乗ってきそうなのは、、セミの抜け殻をあつめてたじいちゃんに違いない。じぃじの好きな津軽海峡冬景色、昨日スナックでやたら上手に歌えたんだけど、じぃじの仕業かね?家には食べ物が溢れてる。お盆、食べすぎだ。今日から気合いを入れて、オーディションざんまいなのだ。お先祖さんよ、パワーを頼む。まりさ

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  • 09Aug
    • 徒然なるままに、カオス

      病院の待合室があんまり寒かったもんで、外に出てモワッとした熱気に包まれたとき、自然と「あったか〜い」と声が出た。芯までキンキンに冷えた身体が 妙に重たい。見知らぬ街を のんびりと 歩く。駅の方まで自分の方向感覚を 信じて、地図は見なかった。わたしはもうすでに ひと仕事終えたような気持ちだったけど、街はまだ目覚めたばかりで、街はゴミ収集車が行き交い 生臭い。さぁ、どうしようか。ぼんやりとした頭のなかには、その問いがずっと浮かんではいた。なぜか気分は、この今年の気候も相まってか、東南アジアを あてどなく 旅する バックパッカーのようで、そう思うと、いまからなんでも好きなことをやってやろう、と思った。なんとなくごみの匂いがまじった熱気がこもる 商店街を、旅人として歩く。みつけたコンビニでお気に入りのプリンを1つ買って、また歩く。家に帰る前に たべてやる、そう決めた。電車を途中で降りて、ビッグシティ東京にも じつはいくつもある、人がだれもいない無人駅のベンチに座って、ゆっくりゆっくり プリンを食べた。対岸のホームにも 見事に人がいない。まだ身体が冷えている。冷房のついた待合室が一応あるけれど、外の光が差すベンチを選んだ。午前中の日差しと熱気が、冷たいわたしを じんわりとあたためてくれて、とてもおだやかな気持ちになる。わたししかいない2つの駅のホームを囲むように 好き勝手に雑草が生えていて、温室の中みたいだ。ふと、この瞬間のことをわたしはしばらく忘れないんじゃないか、という気がした。なんてことない一日の、生ぬるく蒸し暑い日差しの明るさが わたしの心をぐんと まもってくれた この瞬間を。さて、どうしたもんか。時間は朝の10時だった。電車を降りて歩いていたら、もう一個プリンを買ってしまった。これはまずい、すこしバグっている証拠だ。同じものを二個買ってしまったり、ジュースばかりのんだり、もう亡くなった愛犬を思い出して泣いたりしたら、だいたいどこかにバグが発生している。自分で自分のようすがおかしいと 客観できるので、そこまでひどくはないとわかるが、はて、どうしよう。あれ、まだ10時か、とか、ついこの前まで15歳だったのに もう25歳だったり、あると思っていた時間が なかったり、時間の感覚はときどき かなしいくらい 変になる。昨日の夜、マンションの前でセミファイナルだったセミは、今朝同じ場所で ファイナルを迎えていて むなしかった。灯がついてるうちのドアの前で、夜通し泣いていたのは きみか?生まれてきた目的は 達成できたかしら? アーアー川の流れのようにーー、わたしはゆらゆらと、ときにはラフティングばりに、あるときは子を孕んだ鮭のように、川をながれるように生きるというのがモットーなのだ。そして、たいせつなものは 目にみえない、だいじなのは本質で、流行の服を着なくちゃとか、痩せないと美しくないとか、そういう市場のマーケティングホロコーストから自分自身を守るために、本を読んだり歴史を勉強したりする。だいすきな歌を うたう。なんのはなしかって?わたし、バグっているときは、常に、さてどうしよう、ああどうしよう、と、目的語なしに 無意味に悩んでいるんです。あーもういやだ、どうしようどうしよう。なにを?え?あれ、なんだったっけ。。。あー、わかんない。わかんないけど、なんだか、いやだ。こうして、"生産性のない"(もはや流行語ですね)問いは、自ら頭の中にカオスを生み出します。良いことなし。だから、こういうときに今の現状を書き出して、起こっている問題とか課題を明確にして一個いっこ潰していく。カオスからの脱却。←イマココ文字通り混沌の限りなので、コッソリと公開します。まりさ

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  • 06Aug
    • 全ては母の手の内に

      ワンプレートになってるお皿に あこがれがあります。よくちいさいこどものごはんでつかってる、アレ。わたしの家庭は、父は穏やかでのんびりしているし母はとにかく自由人なので、家族が食卓に揃ってごはんを食べるという慣習がなく、しかも誰もそれを悲観することのない、文字通り自由でやさしい家庭でした。我が家では 食事は 家族団欒の場ではなく、「生きるために、お腹が空いたら食べればいい。空いてないならそれは 今はいらないってことだから」と祖母がそもそも言ってたっけ、とにかく生命をつなぐための欲求にすぎないのでした。なので、お腹が空いたと両親どちらかに言うと、その誰かが作ってくれたり、近所のおいしいおそばやさんか 中華屋さんに出前をとってくれたり、なにもなければ じゃあ コンビニいく?わーい!!というかんじ。娘のために、誰かがいつでもニーズに応えてくれるのでした。家族の食事のあり方はほんと家庭それぞれなので、何が正しいというのは、ないと思っています。わたしはこの育ち方にすごく感謝してるし、ものすごく楽しく生きてきました。おともだちのなかには、19時に全員が揃ってから食べる!だったり、自分と弟は19時、お母さんは20時、お父さんは帰りがおそいので21時、と決まってるところもあった。そういうのを聞くと、ルールというのは あると有難いこともあるけれど、なきゃいけないものじゃないし、守るかどうかも 自分で考えて決めていい。そんなふうに 子どもながら実感する家庭でした。しかしこの歳になって、あの頃なかったもののなかで、唯一 わたしがあこがれていた(と最近気付いたw)ものがありました。それが、あのワンプレートのお皿。一枚のお皿のなかでメイン、おかず二個とかを分けて いれる部屋にわかれているアレは、兄弟が二人とか三人とかいる家庭にあったようでした。給食のように「これが、あなたが今日食べるものたちです」とはっきり明確に示して 主菜と副菜が置かれるので誰もがバランス良く食べれるのと、作る側もそこに置くおかずの数を最低作ればいいとわかる。主菜を作ってみてから、ああ今日は緑がちょっと足りないから右のお部屋にはお浸しでもいれようかとか。じゃあ左の部屋にはタンパク質と野菜が合わさったものがいいなとか。この子は最近部活で体がムキムキになってきたから、お肉大目にしようとか。こっちの子はこのお野菜きらいだから少なめに、小さめに切っていれてあげようとか。何この、家族全員の栄養管理を一人が行ってる感!!!!自分で選ばず考えずとも、知らぬ間にあなたは バランス良い食事を摂れちゃってるんですよ。さては、母の手の内で転がされてるな!?と、なぜかテンションが上がる。大人になって、じぶんでごはんをつくるようになって、あこがれのワンプレートを買ってみました。自分の栄養を自分で管理するんだ。そう思うと、バランスよく食べるとか一切考えてこなかったな〜カロリーメイトとか麦チョコばかり食べてたな〜という思いが飽和して、最近は栄養を調べて丁寧に料理を作るのがすごく楽しいんです。時間を図って茹でて、丁寧に湯切りをして、味を染み込ませるために火を止めてすこし寝かせたり、時間に余裕があるときはそうやって一個一個の工程を丁寧にやると、心が落ち着いていきます。出来上がりに2時間くらいかかるのだけど。w大皿に盛られた料理を 家族でつつくも をかし、自分の食べる量を明確に示す ワンプレートも、さらなり。エリンギの肉巻きと小松菜のナムル、さつまいものバター醤油煮で、奥の小鉢に自家製なめたけがあります。あとお味噌汁とご飯。案の定、ご飯食べすぎました。このワンプレートのお皿のおかげで、料理がまた楽しくなるなあ!というマイブームのおはなし。まりさ

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  • 26Jul
    • 夏休みがない大人の、夏休みの日課

      NHKラジオでやってる、夏休み子ども科学電話相談を聞くのが日課になっている。朝の8時から、ニュースや音楽を挟みながら11時45分まで、毎日、20日間やっているこの番組。電話をかけてくる子どもたちは、こちらがハッとさせられるほど純粋で、私たちにとって至極当たり前のこと、ものごとの根本とされていることさえを覆すような質問を投げかけてくる。そんな質問に対して、その分野に特化した物知りの先生たちが優しく 丁寧に答えてくれる。大人のわたしが聞いてもなるほど〜となることばかり、まったく、何にも知らなくても歳だけは取れると実感する。4歳でダイオウイカを釣りたいんですけど、と質問してくる子は、ダイオウイカが18メートルあるとか、イカが大好物でよく食べることは勉強をして知ってるけど、自分の身長は1メートルもない。大きくなったら潜水艦にのって、深海の研究をしようね、ダイオウイカを釣ろう!と語りかける、魚のことを何十年かけて勉強してきた先生の声を聞いてると、私は気付けば ボロボロ泣いている。なんだこの 果てしない、底抜けの優しさのある空間は。小さな子どもが、なにを心に残して大人になるかは本当に予測ができない。わたしも、3歳の頃は週に1回ディズニーランドに連れて行ってもらっていたらしいが 悲しいくらい 記憶にない。そのころなにが好きだったかも、どんなものに興味を持っていたかも明確には記憶にない。わたし自身がそんなんだから、物心のついていない小さな時に高いお金をかけて 海外旅行や ディズニーランドに連れて行っても結局なにも覚えていないし無駄なのではないかと、思っていた。わたしも電話相談して聞いてみたいくらい。だけど、4歳でダイオウイカを釣りたいという子どもにとって、この科学電話相談は絶対に無駄ではない気がする。知りたいと求める者に、全力で答えるプロフェッショナル、という態勢は必ず彼らの未来を切り開くとおもう。「どうせ覚えていないんだから」とか「こんな小さい子にわかるもんか」とか、そういう怠慢な態度は決してとらない。どの先生も、純粋な質問に対してほんとうに唸って、そうやって興味を持ったことを褒め、尊重して、易しい言葉を選んでしっかり答える。知らないことを決してバカにしたり見下したりしない、相手を立派なひとりの人間として見て、質問に向き合う姿勢が すごく 尊い。この涙は、ONE PIECEのルフィとシャンクスのあの伝説のシーンを見ている感覚に近い気がする。あれを見て泣かない人はいないとおもうけど、わたしからしたらそんな感じ。そう思うとわたしも、自宅のプールでホースから出る水をずっと眺めている写真が残っている。大人の今でも、水にすごく惹かれる。ディズニーランドのエレクトリカルパレードの音楽を聴くと絶対的に元気になる。小さい頃に受けた恩恵は、記憶で覚えていなくても、身体に染み込んでいるんだろうなあ。4歳の彼が、いつかトライトンに乗って ダイオウイカを釣れますように。さ、明日も聞こう。子供達と科学者たちの、ピュアな心に浄化されよう。まりさ

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