ミニチャンプス 1/43 アルファ タウリ AT02 フォーミュラ1 2021 2台セット #10 ガスリー + #22 角田裕毅 111台限定Minichamps 1:43 Alpha Tauri AT02 formula 1 2021 2-Car Set #10 Gasly & #22 Yuki Tsunoda Limitation 111 pcs.
楽天市場
49,500円
スーパーフォーミュラ2021最終戦JAF-GP
大嶋和也選手/NTT Communications ROOKIE
山本尚貴TCS NAKAJIMA RACING
昨年12月6~7日に行われたスーパーフォーミュラ・ライツ鈴鹿合同テスト。
7日はスーパーフォーミュラのテストがあり「ライツも走るのはラッキー♪」と思っていた。コーナー回って色々な角度から撮影しようとワクワクしていた。
―が、当日は冷たい雨に打たれて寒くて寒くて、ライツの走行1本目を最後まで観る事無くサーキットを後にしてしまった。
ライツはセッションによって走行ドライバーが異なったりしていた。
朝から第二コーナースタンド下で撮影して、帰りがけにメインスタンド上段からストレート走行を撮影したのだった。
元から雨でシューズがぐっちゃぐちゃになることは想定していたので、車に戻るや靴下と靴を履き替えた。最初から長靴にしておけばよかった。
2021年最後のサーキットだった。
小高一斗選手/TOM’S
今回のテスト2日間とも総合トップタイムをマーク。
太田格之進選手/TODA RACING
今田信宏選手/B-MAX ENGINEERING
マシンカラーが鮮やかで、雨でも目立っていた。
元嶋成弥選手/ルーニースポーツ
堤優威選手/ルーニースポーツ
野中誠太選手/RS FINE
2日目2番手タイムを出していた。
平良響選手/TOM’S
2日目3番手タイムだった。
古谷悠河選手/TOM’S
小出峻選手/B-MAX RACING TEAM
木村偉織選手/B-MAX RACING TEAM
菅波冬悟選手/B-MAX RACING TEAM
平木玲次選手/HELM MOTORSPORTS
平木湧也選手/HELM MOTORSPORTS
昨年7月に平手晃平選手が立ち上げた有料会員参加型のクラブ活動『平手晃平と「車で遊ぼう!」』。
オンライン・メンバー、イベント・メンバー、レース・メンバーの3コースある。
この限定10名のレース・メンバーが『Project Z』として中古のフェアレディZ(Z33)をレース仕様にチューン。メンテナンスにもメンバーが参加しているそうだ。
目標に設定されたのがFuji-1GP 2022年新春大会。
レッスンを受けて選抜された4名と平手選手が4時間の耐久レースに挑む。
ドライバーやスタッフに指導する平手選手部長
Twitterでも進捗状況が報告され、前日までマシンの調整が行われていた。
ピット内の小部屋に機材が用意され、全国のメンバーに向けネット配信もされていた。
予選開始。マシンチェックを含めて平手部長が出陣
チームは予選クラス3番手を獲得。
お昼休みに平手選手にサインを入れて頂いた2019年と2020年の写真
平手選手は社会活動もされているのでとても好感が持てるので注目してきた。
レッスンを受けてきたとはいえ参戦ドライバーは素人さんである。先ずは安全第一を考えなくてはならない。
それを踏まえドライバーを含めチームメンバーにレースを楽しんでもらいたいはず。ワンメイクレースではなくマシン性能差もあり、参加ドライバーの腕もまちまちなのでかなり怖い。平手部長の気遣いは相当なものだろう。
マシンも単にパワーを上げるのでは運転し辛くなる。車の楽しさを感じて欲しい事が第一なので、足回りやブレーキをメインに強化していると推測される。
4時間の耐久レース中にトラブルが出ないようにメンテナンスするチューニングショップADVANCEの技も素晴らしい。
ローリングのスタートからメンバー員がドライブ
3度の赤旗中断がある荒れたレース展開ながらノーミスで着実にドライバー交代してゆく。
レース終盤になると気温が下がってタイヤも冷えてくる。スピンする車も増えてきた。
マシンコンディションが一番悪くなる最終ドライバーに平手部長が登場
67台中、総合40位 クラス4位で無事にチェッカー
クラブ員が待ち受ける中、チェッカーを受けた平手部長がピットに戻ってくる
マシンを降りてヘルメットを脱いだ平手部長。喜びと安堵の笑顔
「第一期生はこれで一区切りつきます。車の楽しさをいき、いずれはスーパー耐久に参戦できればと思っています」
締めの話をする平手部長の目が潤む。感極まって泣き出すメンバーも。
それを見てドルフィンももらい泣きしそうになった。0からスタートしてチームを組んでレースを完走する-みんなで力を合わせて事を成し遂げる感激はよく分かる。
平手部長、クラブ員の皆さん、お疲れ様でした。これからの『平手晃平と「車で遊ぼう!」』の活動発展を期待しています。
年末年始に出勤したので、日程を遅らせて連休をもらって帰省してきた。
帰省ついでに16年ぶりに富士スピードウェイに行くことした。
この日はFuji-1 GP 2022年新春大会が開催される(以降「富士1GP」)ので、FISCOで開催された'77年F1日本GPを一緒に観戦した友人と観戦に行くことにした。
彼と一緒に行く富士スピードウェイは何十年ぶりだろうか? 未だに2輪4輪ともにドルフィンよりも詳しい。
学生時代の夏休みは「暇だからFISCO行こうか」なんて出かけて行ったりしたのが懐かしい。
旧メインゲート奥にドでかいホテルが建っていた!
富士スピードウェイは大阪に引っ越す前に行ったきり。トヨタによって新しく生まれ変わっていた。
その時から16年。サーキット内外は大きく様変わりしていた。
サーキット近くにあったメンテナンスガレージやファクトリー…「大御神レース村」が無くなっているではないか! バッファローやNOVA、ムーンクラフト他の建物が撤去され、造成地になっている。
あのガレージは一体どこに? そしてこの造成地は何になるのか?
頻繁に富士スピードウェイに行かれている方にとっては少しづつ様変わりしていっているのだろうが、久しぶりだと驚くことばかりだ。
最終シケイン奥にはROOKIE RACINGのこれまたデカイ建物が建造中。こんなに大きな建物って何?
1月の御殿場なので防寒対策を万全にしてきた。帰省荷物の半分は防寒着だ。
―が、運良く日曜日は良い天気で気温も高く、防寒着の大半は出番が無かった。帰省した期間でも一番暖かかった。日差しが眩しいほどでサングラスも必要だった。
現在のメインゲート
JAF会員割引で入場
今回は平手晃平選手が主宰する『平手晃平と「車で遊ぼう!」』のレースチームが参戦。
限定10名の会員さんの中からレッスンを受けて選抜された4名が平手選手と出場するらしい。TwitterやFacebookで進捗状況が報告されていた。
平手晃平と「車で遊ぼう!」PROJECT Z
平手選手と話すのは大会セーフティーアドバイザーの加藤寛規選手
加藤選手に2020、2021年のスーパーGT300の写真にサインを頂いた
年号を入れて下さったのが嬉しい!
パドックを歩いていると「あれ?」と思うドライバーが。マスクをしていても分かる端正な顔立ちはリアライズ日産自動車大学校 GT-RでGT300に参戦している藤波清斗選手だ!
参戦するの知らず、何も用意していなかった~。
これは#56も注目だ!
935Racing×RushFactoryのR35 GT-Rで走る藤波選手
さて富士1GPだが、レギュレーションが今一つ理解できていなかった。
4時間耐久というところまでは分かるのだが、エントリーリストを見るとドライバー名が無い。同じゼッケンで複数台のマシンが記載されていた。
どうやら同じゼッケンなら選手によってマシン(同じクラスの車両)を変更しても良いみたいなのだ。慣れたマイカーで走れるということか。ピットはおろかパドックまで走行するらしき車両でひしめいている。
ただ、見ていると走り終えた車両はパドックに入って来る。次の車はピットから出て行く。どのように交代しているのかが分からない。
富士は直線が長いだけあってストレートが速い! 鈴鹿のストレートどころではない!
スーパーGT300クラスのHitotsuyama Audi R8 LMSからマツダ・ロードスターやロータス・エキシージ、ホンダ・オデッセイと車両格差が広い。レース専用車もあればナンバー付きもある。ストレートの速度差が大きい。きっとドライバーの技量もまちまちだろう。これはちょっと怖い。
午前中の予選でスターティンググリッドが決定。
朝一番とお昼頃には別の走行会が行われていたものだから、パドックは車でいっぱいだった。
スターティンググリッド
グリッド上での記念撮影が許されている
フォーメーションラップスタート。グリッドに着くマシンだけでもかなりの台数
スタートはピット上で観ていた
https://twitter.com/dolphin2_4/status/1480010963793637383?s=20
だが、観戦していると❝ハイスペックマシン=速い訳ではない❞ことが良く分かる。❝いかに車の性能を引き出しているか❞がサーキットでの速さなのだ。
3.5ℓスーパーチャージャー? ロータス・エキシージめっちゃ速い
パドックからシケインを観たりしていたが遠かったのでヘアピンに移動。
ヘアピンは昔と変わらない❝土手席❞だが、ランオフエリアが広くコースまでの距離は遠かった。
ヘアピン。昔のJAXタワーとか無くなっているんだよなぁ
この頃に一度目の赤旗で中断。
結局、レース中3度の赤旗中断があった。炎上したマシンも。救急ヘリが飛んだけどドライバーは大丈夫だったのだろうか?
車で最終シケインに移動。ここは腕の差が出て面白い。遅い車に引っかかると大渋滞が起こる。
トイレも近くにあるので助かる。トイレの日陰にはまだ雪が積もっていた。
シケインの奥にROOKY RACINGの巨大施設が建造中
金網が高くて写真が撮りにくい。大口径の望遠なら金網を飛ばして撮れるだろうが、コンデジではAFの光が金網にひっかかってしまう。
鈴鹿の逆バンクでもやっているように、手前の金網からコンデジのレンズを出し、奥の金網にあるプレス用の切込み窓に合わせて撮る。
カラフルなカラーリングのフォルクスワーゲン・ビートルが面白い。❝ビートルがR35 GT-Rを煽っている❞のだ。
もちろんノーマルではない。エアロパーツを付けてロールバーも張り巡らされたレース用だ。エンジンも乗せ換えているはず。ビートルはあんな音で走らない!
ゴール近くなったのでパドックに戻る。
ピット内にあるタイミングモニターでは細かすぎてどこがトップなのか全然分からない。
4時間を過ぎてゴール…なのだが、車両が多すぎてどのマシンがトップチェッカーを受けたのか分からない。
各チームの関係者がサインボードエリアに出てゴールするマシンを待ち受ける。良いシーンだ。
後でリザルトを見ると#902のGIRODISC-CREF with KMC 902が優勝したらしい。
#902 991CUP CAR
車の異種格闘技戦のようで面白かった。台数も多かったのでコース上に空きが出なくて退屈する暇が無かった。
何より久しぶりに地元のレース友と観戦に行けた事が嬉しい。お互い元気でまた一緒に観戦に行きたいものだ。
富士に沈む夕日はFISCOの頃と変わらず美しい
ウイリアムズFW08B/フォード
ターボエンジン全盛期の1982年、ターボエンジンを持たなかったウイリアムズがとった策はウイングカー+6輪だった。
潤沢なアラブマネーをバックに、従来型ウイリアムズFW08の後部に4輪駆動のフロントサイズのタイヤを組み込んだウイリアムズFW08Bを開発した。
軽量が命のレーシングカーにあって、レギュレーションの最低重量よりも100㎏も重い仕上がりながらそれを補う速さがテストで記録されたらしい。また、四駆のトラクションでスタートも速かったそうだ。
「久々の6輪F1登場か⁉」とワクワクしたが、FIAがウイングカー禁止とタイヤは4輪までとのレギュレーションを発したため、その両者を持つFW08Bはお蔵入りになってしまった。
現存し、グッドウッドフェスティバルでも走っているので、サウンド・オブ・エンジンに来てくれないかな~と期待していたのだが…。
ミニチャンプスから1/43ミニカーが発売されると知るや速攻予約してしまった。
全長が長く“幻”のマシンということでケースも通常のものよりも大きなものになっている。マーチ6輪同様、場所取りなミニカーだ。
このケースだが、台紙とピッタリくっついてしまっていてケースが開けられないのだ。無理に開こうとするならば台紙が破けてしまうだろう。―という訳で購入後一度もケースを開けていない。写真を撮るにもケースの外からだ。
コパスカー・フィッティパルディF6/フォード
昨年末、最後に入手したミニカー。
1979年南アフリカGPに投入されたフィッティパルディ初のウイングカー。元F1ワールドチャンピオンのエマーソン・フィッティパルディ選手が1戦のみドライブ。
ロータス79形状のウイングカーよりもマシン後部にダウンフォースの作用点を置きたかったため、サイドポンツーンを後部に移動させている。
大失敗作として知られるF6だが、シャープなノーズに後部よりのサイドポンツーンは戦闘機のようでカッコイイ! コパスカー・カラーも鮮やかで美しい。
スパーク1/43ミニカーで、かつてのモーター誌で分からなかった細部まで知ることができた。
サイドポンツーンの上面が極端に低い位置にあるのでグランドエフェクトを得るための跳ね上がりが緩やかになってしまっている。これではダウンフォースは得にくいだろう。
昔はコンピューターによるシミュレーションはおろか、風洞実験室を独自で持つF1チームは少なかったのでスケールモデルや実走しないと本当の所は分からなかった。それがまた独特なデザインのマシンが登場して面白かった。
カウーゼンWK1/フォード
各チームがウイングカーを続々とデビューさせていた1979年に新進チームのカウーゼンが送り出したウイングカーF1。
独自のアイデアが盛り込まれていて、ロータス78に端を発した“通常のウイングカー”はサイドポンツーン上面にラジエーターのエアアウトレットが大きく口を開いている。
しかし、カウーゼンWK1のボディ上面はおろか側面にもアウトレットは無く、ボディ全体がウイング形状をしている。めっちゃスッキリしていてカッコイイ。モーター誌に掲載されていた写真を見て一目惚れしてしまった。
雑誌に掲載されていた構造図によると、リアタイヤ前のサイドポンツーン下側に配置されていた。ベンチュリー効果で流速が速まった空気がラジエーターに当たる“仕組み”になっていた。高速排出しなくてはいけない気流を乱していたことだろう。
実践に投入される事無く終わってしまったマイナーマシンなのでミニカー化は無いかも…と諦めかけていた時に国際貿易オリジナルCPモデルが発売。
しかし、16,000円もの価格には参った。高額・少量販売だからといってアイドロンのように手作りで丁寧に作り上げられているのではない。イタリアからの輸入品らしいが、イタリア人、仕事荒いぞ!
ノーズには“バリ”が残るし、コクピットの内側にも“ヨレ”っぽいのが見える。剥き出しエンジンのトラペットの“網目”もいい加減なのか塗料で埋もれてしまったのか…。
リアウイングと翼端版の継ぎ目は接着剤が見えているし、ボディから伸びるリアウイング2枚目は左右傾いて歪んでいる。
デカールも剥がれかかっていたので、付属のタバコデカールを貼る時に修繕した。
それでも好きなマシンを手に入れられて嬉しいのだった。
アロウズA2/フォード
1978年にウイングカー・ロータス79が大活躍したので各チームはこぞって独自にグラウンドエフェクトを使ったダウンフォース獲得方法を模索し、奇抜なマシンが多数登場した。
’79年シーズン後半に登場し8戦走行した中、マス選手が2度6位に入りポイントを稼いでいる。チームメイトのリカルド・パトレーゼ選手はノーポイントに終わった。
完全な失敗作というほどでもなかったが、優勝を狙えるマシンでもなかった。マス選手の腕でポイントを取れたようなもの。
フロントサスペンション上部から始まるウイング部分。当時のF1レギュレーションでこの部分の規定ボディ幅を超えていたと思うのだが、どのような解釈になっていたのだろう?
ミニカーを見ると肝心のマシン底部の跳ね上がり部分が狭いので、これでは十分なダウンフォースは発生できなかったはず。
ミニカーを集め始めた頃にミニチャンプス1/43でヨッヘン・マス選手のミニカーが発売になったので静岡のミニカーショップで購入した。 ヨッヘン・マス選手は後にWEC/ロスマンズ・ポルシェ956のドライバーとして活躍。’83年WEC JAPANでお会いしてサインを頂くことができた。
ミニカーに乗っているヨッヘン・マス選手はシンプソンのヘルメットを被っていて、口元にスリットが入っている。
御殿場レーシングパレスに展示されていたアロウズA2
まさか日本で見られるとは思っていなかったので歓喜の声を上げてしまったくらいだ。
ロープが張られて近くまでは寄れず、撮影できる角度も多方面からとはいかなかった。フィルムカメラ時代だったので多くの写真は撮れなかった。
ボディに使用されていたアルミやグラスファイバーの質感が❝古さ❞を物語っていた。
ブラバムBT46B/アルファロメオ
ロータス79のウイングカーとしてのダウンフォース獲得とは別アプローチをしたブラバムBT46B。
「ラジエーター冷却」名目でリアに巨大ファンを取り付け、マシン底部の空気を強制排出させて負気圧を作り出してダウンフォースを生み出した。ファンカーとして有名なマシンだ。
1978年のスゥエーデンGPで#1ニキ・ラウダ選手のドライブでデビュー戦優勝している。
この時のレースは日本でもTV放送され、観た記憶がある。コーナーリングはロータス79に匹敵する安定感があった。コースアウトした#2ジョン・ワトソン選手がコース復帰する際に物凄い土煙を上げていた。あの時代にビデオがあったら残しておいたのに…。
レース後に他チームからの抗議で使用禁止になり1戦のみの実践となった。
スポーツカーノーズだったBT46からウイングノーズになり、スタイルもカッコイイ。
サイドポンツーンからリアエンドまで全く隙間無くスカートが取り付けられていて車体と路面間を塞いでいた。
ミニカーコレクションを始めた当初から探し求めてきたマシン。ミニチャンプスのミニカーは既にプレミア価格になっていて街のミニカーショップでは“万”を越えた価格になっていた。そんな折、15年位前にネットオークションRBM製1/43ミニカーを手頃価格で落札できた時は嬉しかった。
4年前にレーグコレクションから発売された1/43ミニカーも入手。RBAよりも細部ディティールが細かく、RBAでは省略されていたサイドスカートもしっかり作り込まれている。
しかし、最初に手にした時ほどの気持ちの高揚・ワクワク感が無かった。残念な事に既に1台持っていることで安心感が生まれてしまっていたり“探し出して”手にする喜びが無くなってしまっていたのかもしれない。
F1マシンコレクションでもリリースされたがパスした。
フェラーリ312T2/6輪
タイレルP34の実戦投入成功から、F1は車輪を小さく、そして多くして空気抵抗を減らし且つ接地力を高めようとする動きが活発化した。
フェラーリも1976年末に巨大な後輪の代わりに前輪を横ダブルに置いた6輪F1をワールド・チャンピオンの帝王、ニキ・ラウダ選手がテストした。
どうにもこうにも走り辛かったようで実戦投入される事は無かった。車体も4輪車に戻されたらしく現存はしていないようだ。まさに幻の6輪車。
2011年にマテルから発売された1/43ミニカーを購入。
一年くらい後に公式フェラーリF1コレクションからもリリース。「同じミニカーは2台持たない」がポリシーだったが購入してしまった。
フェラーリF1コレクションの方は廉価版なので細部の作りは簡略化されているものの、メインになるリアタイヤはマテルよりも内側に入っていて実車に近い。