WGP&鈴鹿8耐 伝説のロードレーサーがこんなにも 鈴鹿50th
イタリアGPで自力2位を勝ち取ったペレス選手。対照的に上位の脱落で辛くもポイント獲得できた可夢偉選手。見ていてフラストレーションがたまるレースだった。
そこで今日になって大手古本店で『バリバリ伝説』全日本250cc最終戦編を立ち読んだ。カルロス・サンダーとの激闘の末に優勝するグン。
WGP250ccチャンピオンを獲得した原田選手やWGP鈴鹿500㏄クラスで勝利したノリックを思い出し「彼らもこうだったな」―と、立ち読みしながら涙するヘンなオヤジがそこにいた。
これでだいぶフラストレーションは解消できたのだった。
そこで―
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.10
レジェンド・レーサー編

2007年に27年ぶり鈴鹿8耐優勝を飾ったヨシムラ・スズキGSX-R1000。
『ふたり鷹』で沢渡鷹も鈴鹿8耐を走らせた(撮影用参加)モリワキモンスター・カワサキKZ1000。
ドルフィンが8耐を観戦に行った年からT.T.F1は750cc規定になったため、1000ccクラスが走るところは見たことが無かった。
鈴鹿8耐史上最も劇的だったレーサー、テック21ヤマハYZF750。
'93鈴鹿8耐優勝のカワサキZXR-7。
チームイクザワ、無限、ムーンクラフトのパッケージで誕生したレーサー、ホンダCBX750F ホワイトブルⅡ。'85年鈴鹿8耐参戦。
Ⅰ型は童夢と組み、カーボンフレームのレーサーだった。
WGPチャンピオンとなったウエイン・レイニー選手の'92年型ヤマハYZR500。
体調不良で来日キャンセルとなったレイニー氏。会いたかったな。
WGPチャンピオンとなったケビン・シュワンツ選手の'94年型スズキRGVγ500。
「チャンピオンになったからゼッケン「1」付けるけど「34」だった気持ちは忘れない」的ゼッケン。
1993年に原田哲也選手がWGP250ccチャンピオンに輝いたヤマハTZ250M。
ドルフィンがロードレースを見始めて初めての日本人世界チャンピオン誕生。あのシーズンは観ていて燃えたなー。
1993年WGP250ccクラス世界チャンピオン 原田哲也選手
チャンピオン獲得時の「31」を入れて下さった。嬉し~!
ヨシムラの歴代8耐レーサー
ワイン・ガードナー選手が駆ったホンダRVF750。新車のように綺麗だった。
「ワールド・グランプリ―時空を超えたレジェンドとの再開」で走行準備する岡田忠之選手。今回サインをもらいそびれた~。
水谷勝選手とスズキRG500。
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Gr.A32GT-RとスーパーGT35GT-R夢の競演 Gr.Cカー爆走 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.9
「世界に通ずる鈴鹿1000Km」のイベントでは長い歴史がある鈴鹿1000キロレースを走ったマシンが登場した。
Gr.A R32カルソニックGT-RとスーパーGT R35ザナヴィNISMO GT-Rが青と赤・夢の競演(Gr.Aでは鈴鹿1000キロは走っていないはず)。
富士で開催されるNISMOフェスティバル以外ではそう機会が無いのではなかろうか。
車両外観は変更できないGr.Aと、外観は市販車両に“似せた”スーパーGTマシンの差が良く分かる。車高が低いと思っていたGr.Aマシンよりもさらに低く横にワイドなスーパーGTマシン。
青いカルソニックのレーシングスーツを着た星野一義選手がR32カルソニックGT-Rをドライブ。
鈴鹿サーキットを走るカルソニックGT-Rを観ると、GR.Aラストになる'93年夏の鈴鹿500キロを観戦に行った時の事を思い出す。楽しかったなぁ。
参戦マシンが淘汰されて車種が限定されながらもGr.Aレースは面白かった。
「パボォォ~ン!!」と野太い排気音でストレートを疾走。
外観は変更不可でも爆発的人気だったGr.Aは、ベース車両が魅力的だったのだなとつくづく感じる。各チーム毎のチューニングができたのも魅力の一つだった。
ザナヴィNISMO GT-Rをドライブするのは本山哲選手。
走行したR35GT-Rは、先の鈴鹿1000キロの時にキッズ乗車体験に使用されていた展示車両と思われる。走行可能だったとは。
星野一義氏 やっぱりレーシングスーツの方が似合う
ニッサンR92CPとマツダ787B、2台のGr.Cカー登場に会場の熱気も沸騰。
メーカーが異なる複数のCカーが一緒に走る機会もそう無い事だ。
やっぱりGTカーとでは排気音とスピード感が違う。
Gr.Cカー最強と言っても過言ではないニッサンR92CP。
ドライブしたのは長谷見昌弘選手。
車両展示された車体はローラ製のニッサン90CK。
春のファン感謝デーではコース上展示車両は、周囲に人が集まり過ぎて写真を撮るどころではなかったので、今回のピットウオークでは「走らないで下さい!」とアナウンスされながらも競歩以上ランニング未満でダッシュ。人が集まる前に写真撮影―。
と、考えていたがプレス関係者達が記念撮影していて良いポジションがとれなかった。一般開放されたらプレスはどいて欲しいな(怒)。
ピットビル2階の「鈴鹿50周年タイムマシン展示」にあったニッサンR88C。
マーチ87Gシャシーに日産製カウル+エンジンを乗せている。
カウリングにポルシェ956の影響が見られるところから、マーチカウルに戻した仕様と考えられる。
1970年の日本オールスターで総合優勝したいすゞベレットR6スパイダー。
ローラT70 MkIII
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マツダ787B No55、ミスター・ルマン寺田陽次郎氏のドライブで走る 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.8

「世界に通ずる鈴鹿1000Km」では、日本車で唯一ル・マン24時間レースを制したマツダ787B No55が“ミスター・ルマン”寺田陽次郎氏のドライブで鈴鹿の東コースを走った。
展示している787B No55は御殿場オートパレス等で見たことはあっても、サーキット走行する姿を見たのは初めてだ。
日本の誉の登場に会場も一層アツくなった。
「日本人ミニカーファンなら1台は持っておきたいマシン」ではあるが、ドルフィンはトミカやドリンク付属ミニカーでしか持っていない。
1/43スケールとなると高価になってしまうので京商1/64ビーズコレクションで欲しかったのだが、発売当時は「ネット通販で買う」という事など頭に無く、発売後に街の大手家電量販店キッズランドに行くも既に完売状態だった…。
以後、小スケールのリアルタイプ・ミニカーは発売されていないのが残念だ。
走行実車を見たら1/43スケールで欲しくなってしまったなぁ。
優勝20周年記念となる2011年のル・マンでレース開始前にデモランが行われた。その為にフルレストアが行われたらしい。
公開走行、しかもサーキットでの走行が見られるのは貴重。ドルフィンが見られるのもこれが最初で最後かもしれない。
ル・マンを制した1991年当時はTV地上波でル・マンが放送されていた。
ゴールが放送される「第3部」は番組が始まるとマツダ787Bがトップに立っていた。日本車が遂にル・マンで優勝する―。「無事にチェッカーを受けてくれ!」とハラハラする思いでTVを見ていた興奮が蘇ってきた。
30年ぶりくらいに寺田氏にサインを頂いた。「MAZDA787B」と入れて下さった。
お年を召しても尚Cカーを走らせるほど健在の寺田氏。
氏の姿を見つけて集まってくるファンも“そこそこ”の年齢の男性達だった。サインをもらいながら「若い人が見たら『ジイさんに群がるオッサン達』なんだろうな…」と思っていたのだった。
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ナニーニ選手のDTMアルファ155V6TIがあった! 鈴鹿50thアニバーサリー
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.7

アニバーサリーデーには多種多様なマシンが来ていた。中でもピットで発見したDTMアルファ・ロメオ155V6TI ナニーニ車があった事だ。事前に「予定マシン」としてアナウンスされていなかっただけに一番驚かされた。
高知にある四国自動車博物館に展示されていると知り、見に行こうかと夜行バスや格安航空チケットの運行状況を調べたほどだった。
それが鈴鹿で見ることができたのだから嬉しくて嬉しくて仕方ない。写真を撮りまくってしまった。
ゲスト来場したA・ナニーニ氏はこのマシンをドライブするのではないかと思ったが、そうではなかった。
アルファ155自体は展示だけだったようだ。
DTMは日本で開催されていないので、TVでしか見られなかった憧れのスーパーマシンだ。
直線的だがBMWほどキッチリとした箱ではなくスポーティーで格好が良いスタイルだ。ロータス79、スカイライン・シルエットに次いで好きなレーシングカーと言えよう。
しかも、大好きなナニーニ車とあれば気分も高揚しまくるというものだ。見られてヨカッタ~!
シートとウインドウにネームが入る
スポンサーロゴが規則性に並んだサイドスカートや上向きエキパイ…。カッコイイ~♪
リアについたプレートのロゴから四国自動車博物館に展示されていた車両と考えられる。
グランプリスクエアに展示されていたトヨタ2000GTも四国自動車博物館に展示されている車両。今回のイベントのために同博物館所蔵車両が何台か来ていたのかもしれない。
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星野一義F2ノバ532Pを駆る 黒い稲妻マーチ742 右京ローラT90 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.6
「鈴鹿フォーミュラ列伝」で星野一義選手のドライブによるノバ532の走行が実現した。
今回見たかったマシンの1台だ。
ロータスのようにワイドなサイドポンツーン、センター支柱ではなくF1ウルフWR1のような翼端板をパイプで支えるリアウイング。エンジン部までカバーしたフルカウル―。ヨーロッパから持ち込まれたF2と違ってダントツのカッコ良さだった。今見てもそれは変わらない。
様々なイベントで展示・走行が行われているそうだが、ドルフィンは1977年のJAF GPで見た以来35年ぶりだ。
1/43ミニカーも発売になることになっていたが、未だ発売されていない。早くリリースして欲しいものだ。
コクピット向かって左側に星野選手のサインが入っている。
走行可能でかつ綺麗な状態での保存は素晴らしい。
さすがに星野選手のドライブは他のオーナーさんがドライブするマシンとは明らかにコーナー進入速度が異なっていた。
1977年JAF富士グランプリでのノバ532/星野一義選手
事前に「走行予定マシン」に名を連ねていたマーチ742だが、まさか「黒い稲妻」と呼ばれていた桑島正美選手のマシンとは驚いた。
まるで新車のように綺麗な状態で、尚驚かされた。1974年製車両だからおおよそ40年前のマシンとは思えない。
黒いマーチだったので「もしや?」と思いコクピットサイドを見ると桑島選手のネームが入っていた。
エンジンカウルが階段状スリットになっていて排熱するようになっている。
JAF GPの際に頂いた桑島選手のサイン
片山右京選手が全日本F3000チャンピオンを奪取したローラT90-50。
オリジナルのローラ90と異なり、右京車はベネトン風コクピットサイドのエア導入口は小さく、エンジンカウルも角っぽく改良されている。
ドルフィンとしてはオリジナル・デザインの方が好きだ。ローラ90は歴代F3000&Fニッポンのマシンの中で一番好きだ。ミニカーを出してほしいくらいだ。
インディ帰りの高木虎之助選手がFニッポンに参戦した時のマシン、ローラB351。
ヤマハ・エンジンを搭載して全日本F2で無限ホンダと対決したマーチ852/ヤマハ。
あの頃のヤマハは強かった。
残念ながら土曜日には走行していなかったと思う。エンジンはヤマハを積んでいたのだろうか?
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ケニーvsフレディ再現 時空を超えたWGP~夢中で観ていたあの頃 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.5
「ワールドグランプリ―時空を超えたレジェンドとの再開」では、元グランプリライダー達による夢の競演が行われた。
バイクブームにも後押しされ、ロードレースを夢中で観ていたあの頃を思い出す…。
鈴鹿8耐に金~日と連泊で行っても当時はクアガーデンも無く、遊園地のプールで汗を流し、その後、髪ゴワゴワの無精ヒゲぼうぼうで観戦していた事―。
日焼けで体が紫になって荷物も持てなかった事―。
初めて開催されたWGPに乗用車1台に6人詰め込んで(←おい!)観戦に出かけた事―。
妙に感慨深くこのイベントを見てしまった。
メインはケニー・ロバーツ氏とフレディ・スペンサー氏のレーサー走行。
日本では観られなかった正真正銘、夢の共演だ。
どのライダーも直線で体を伏せるのに“おなかが窮屈”そうだった(苦笑)。
それでも50~60歳台になってもレーサーでコーナーに進入できるのはスゴイ!! さすがはレジェンド・ライダー。
ヤマハのスタッフからの拍手を受けて帰還するケニー氏。
彼のライディングしたレーサーであって欲しかった。体調不良で来日できなかったレイニー氏に代わっての事かな?
鈴鹿サーキットのHPでスペンサー氏のコメント動画が掲載されていた。
スペンサー氏が「みんな鈴鹿に来いよ!」と呼びかけるが、この動画を見た何人が「おまえもな!」―とツッコミを入れたことだろう?
デイトナ、イモラ、鈴鹿8耐、マン島TTと名だたるレースで優勝。WGPにも参戦したグレーム・クロスビー氏。
ヨシムラGSXでの走行前に遭遇、サインを頂いた。鈴鹿8耐時にも清水国明さんと一緒にいるところを見かけたりしたが、サインを頂くのはこれが初めて。
グレーム・クロスビー氏のサイン。ゼッケン「12」を入れてくれた
カワサキのワークスライダーとして250ccと350ccのワールドチャンピオンを獲得したコーク・バリントン氏。
時代的に、映像も含めてバリントン氏が走る姿を見るのはこれが初めて。
春のファン感謝デーではスペンサー車でのライディングだったが、今回は自分のレーサー、○スマンズ・ホンダNSR500での走行となったワイン・ガードナー氏。
日本での人気は健在。
走行前、エディー・ローソン氏と談笑するガードナー氏。
そういえばローソン氏は走らなかったなぁ。残念。
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星野vs中嶋3度目のF1対決 井沢・塚越マクラーレン、小暮BARで走行 鈴鹿50th
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vol.4
今回は午後一の「鈴鹿F1レジェンド」と夕方の「永遠のライバル対決」「受け継がれるライバルたち」の2回も走行を見ることができて嬉しかった。走らせる側も出血大サービスと言ったところだ。
3度目となりプレミアム感が薄れてきてしまった「永遠のライバル対決! 星野・中嶋最終決着」。
それでもやっぱり面白い。
“お約束”の完全フライングで星野選手が先行。フィニッシュはほぼ同時。
ロータス100T/中嶋悟選手
Gr.A カルソニックGT-Rドライブ時はカルソニック・ブルーのスーツだった星野氏。F1走行ではF3000で仕様していたキ○ビンのスーツにホンダのロゴを入れて。
インタビーで「F1対決は楽しい」と答えていた両氏。満足そうな笑みに観客の満足度も増すというもの。「マクラーレン・ホンダの競演―受け継がれるライバルたち」では、マクラーレンMP4/4を伊沢拓也選手が、マクラーレンMP4/5を塚越広大選手がドライブした。
2台ともチャンピオンを獲得した伝説のF1マシンだ。
さすがに現役国内トップドライバーだけあって「スタートが上手い!」と感じた。2台並んでストレートを走り抜ける様に“本当にF1GPを見ている”気になってしまう。
走行後のトークでは「今回は東コースでしたが、2台のマクラーレンでシケイン通りたかった」(爆)と、会場を沸かせてくれた。
午前中の「鈴鹿F1レジェンド」ではホンダのF1参戦期別に走行が行われた。
第3期では'06年ホンダRA106を小暮卓史選手がドライブした。
2コーナー~S字にかけてのアクセルワークは見事。流石現役。
F1走行した国内トップドライバー達。彼らが本当にF1GPでマシンを走らせる姿を見たくなってしまった。
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26年目の帰還 ありがとうTECH21YAMAHA ケニーとエディー 鈴鹿50thアニバ
鈴鹿サーキット50thアニバーサリデー Vol.3
鈴鹿に発つ前日になって閃いた。「アレを着けていこう」
―アレとは'86年鈴鹿8耐の際に無料配布された「テック21応援ゼッケン」だ。
テック21ヤマハに乗ったケニー・ロバーツ氏とエディー・ローソン氏もゲストに来ることだし―
思い立って納戸にしまってあった郡(こおり)の中から引っ張り出してきたのだ。
「分かる人に分かれば面白い」と。
テック21のゼッケンを着けてヤマハのピットを覗いていると、スタッフの方がこの上なく喜んで下さった。
8耐優勝時の監督さんも喜んで下さった。
なんとテック21チームスタッフシャツ(復刻版)をくださったのだ!! これには感動・感激・感謝。速攻着替えたのだった。
TECH21 YMMAHA YZF750 '85
ケニー・ロバーツ選手と平忠彦選手が組んだ伝説のレーサー
平忠彦選手がエディー・ローソン選手と組んで悲願の8耐優勝を遂げたレーサー
今回の目標のもうひとつは「ケニー・ロバーツ氏に8耐時の写真にサインをして頂く」事だった。写真もナニーニ選手のものと2枚しか用意してこなかった。
'85年8耐時に遭遇してもサインを断られ'87のヤマハ・チャンピオンカーニバルでもサインを頂くチャンスが無かっただけに「今度こそは!」と思いも強い。歳取って人間も丸くなっている事だろう。
午前中に行われた「WGPトークショー」に登場したキング・ケニー・ロバーツ氏とステディ・エディ・ローソン氏。
ガードが厳しい2人だけに“出待ち”で僅かなチャンスをモノにするしかない
海外ゲストライダー・サイン会時
左からフレディ・スペンサー、コーク・バリントン、ケニー・ロバーツ、エディーローソン、ワイン・ガードナー、グレーム・クロスビーの各氏
激しいサイン争奪戦を制して念願のケニー氏のサインGETォォォ~ッ!!
ネガが劣化していて写真が変色してしまっていた
目標達成の余韻に浸り「そろそろピット側に戻ろう」とパドックトンネルをくぐる。
パドックにある「タイムトリップ」エリアに僅かな人だかりが見えた。「なんだろう?」と覗いてみて目ン玉ブッ飛びそうになった。
さっきまで動けぬほど多くの人に囲まれていたケニー&エディーの2人がのんびり「タイムトリップ」エリアを見学しているではないか!!
改めてサインを頂こうと近づく。が、ガードしているスタッフが制してくる。
ところが、テック21のゼッケンとシャツを見てケニー氏が足を止めてくれてサインして下さった。
ローソン氏も同じく。
テック21ゼッケン&シャツの威力は絶大だった。
もう感激~!!
エディー・ローソン氏のサイン
土曜日1日鈴鹿にいたが、テック21ゼッケンを着けている人は見かけなかった。
「おっ!?」という感じで見てる人はいたが「これ、俺も持ってる」とか「あの時もらったなぁ」とか話しかけてくれる人もいなかったのはチョット残念。
当時、何千、何万ものゼッケンが配られたが、26年経って再び鈴鹿に戻って来たのはこの1枚だけだったかと思うと愛おしく感じる。
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ナニーニが亜久里ラルースF1をドライブ サインGET 鈴鹿50thアニバーサリー
鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデー Vo.2
アニバーサリーデーのゲストに一番早く決定したアレッサンドロ・ナニーニ氏。ドルフィンが好きなドライバーだ。
'89年F1日本GPで優勝。ITC鈴鹿に参戦。'96年鈴鹿1000キロでも優勝。日本でも人気が高く、鈴鹿ゆかりのドライバーだ。
鈴木亜久里氏とのサイン会で久しぶりに日本のファンの前に姿を現した。
あちゃ~ッ! 太って髪も薄くなっている~ッ!!
亜久里氏にも「最初見かけた時は分からなかったよ。誰かのお父さんかと思った(笑)」とジョークを飛ばされる始末。現在は会社社長なのだから良い貫禄。
息子さんも呼ばれて出てきたが、シャイですぐに奥に隠れてしまった。
ナニーニ氏が亜久里選手が日本GPで3位を獲得したラルース/ランボルギーニをドライブ。
レーシングスーツもパツンパツンだ。
右手が不自由であっても、近代マシンのようにパドル・シフトではなくシーケンシャル・シフトのF1マシンを操縦してしまうたりはさすがだ。
16年ぶりに彼の走りを見ることができて嬉しかった。やっぱり今でも彼はヒーローだ。
それにしても日本にもクラシック・フォーミュラ・レースに参加している“動く”ベネトンB188があると思うのだが、用意できなかったのだろうか?
オーナーさんもナニーニ氏がドライブするとなれば喜んで貸してくれるだろうに…。
今回、アニバーサリーデーの目標のひとつは「ナニーニ選手に写真にサインをして頂く」事だった。
当ブログのタイトル画にもしているナニーニ選手がドライブするベネトンB189の写真。ITCアルファの写真にはサインをして頂いたが、お気に入りのこの写真にサインを入れてもらった事が無かったのだ。
写真店でプリントしてもらうと、ネガが劣化していて変色してしまっていた。ネガはきちんと保管していたのに…。当時プリントした写真の方が色鮮やかに残っている。
トークショーの出待ちでなんとかサインを入れて頂く事に成功。用意していた金ペンで入れて欲しかったが贅沢はよそう。
もし“次の機会”があるならば、今回のラルースをドライブしている写真にサインを入れて頂こうか?
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