美しさに圧倒されるランボルギーニ・ガヤルドRG3#86 京商ランボルギーニ4
スーパーGT2010年シーズンのGT300クラスに参戦していたランボルギーニ・ガヤルドRG-3。ガヤルドGT3をベースにスーパーGT参戦用として製造された車両だ。
観戦に行った鈴鹿GTサマースペシャルにも3台のRG-3が出走。ランボ・ファンを楽しませてくれた。
グリーンカラーの#86はフォーミュラ・ニッポンもドライブした山西康司選手と関口雄飛選手がドライブ。最終戦で3位表彰台をGET。シーズン9位となった。
友人N氏のデジタル一眼レフカメラを下請けし、フィルムカメラの頃から使用していた望遠レンズと組み合わせてこのレースから写真を撮り始めた。
レンズ口径が小さく本体とレンズの組み合わせが悪いのか、フィルムの頃のように色鮮やかには獲れず白っぽい写真になってしまった。設定を変えても直らず今でも白っぽく写ってしまうのが難。
写真を撮りながらレース観戦すると楽しいということが再確認できた。
京商1/64ミニカー「ランボルギーニ4」には「3」に引き続いてレーシング仕様マシンがラインナップしてくれた。人気の集中は明白なので「1台でもGETできれば御の字」と思っていたが、配置表どおりのケースだったため#86と#88を購入することができた。
F1観戦を控え資金的に「1台で我慢」したいところだったが、細かく美しいカラーリングに欲が出てしまった。
ボンネットからルーフにかけてメッキ調鏡面仕上げがとても綺麗だ。ルーフ部には小さくドライバー名が入っているから凄い。
ボンネットとルーフエンドのランボルギーニのエンブレムもファンにはたまらない。テールの縦に並ぶスポンサーロゴの細かさに圧倒される。
フトントタイヤ前のエアアウトレットのスリットも成型されていて、造形も細かい。数年前ならビーズコレクションとして売られてもおかしくない出来ではないだろうか?
ホワイトカラーの#87 9月のNCCRでゲストドライバーの井入宏之選手と坂本拓也選手のコンビ
残念ながら#87はGETできなかった。
カルワザ専用モデルでテスト車両が販売されていたが、コクピットのシートこそ着色されているが外装にはスポンサーロゴが無い。これは通常販売版の方が費用かかっているのではないだろうか?
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JGTC第1号マシン カルソニック・スカイラインGT-R R32 IMSAチャンレンジ
第人気を誇っていたGr.Aツーリングカーレースが終了し’94年から全日本GT選手権がスタートするにあたり、日産自動車が第一号マシンとして作り上げたのがカルソニック・スカイラインGT-R R32だ。
Gr.Aの市販車そのままのスタイルに見慣れてしまっていたので、巨大ウイングとエアロに「暴走族車か?」と思ってしまったくらいだ。今見たら“おとなしい”ものだが(笑)。
デビュー戦は'93年3月のIMSA GTチャレンジin富士。
アメリカIMSAのマシンを招聘し日本のJSS車両と一緒にレースをさせた一戦。開催2年目となるこの大会にはIMSA・GTS&GTU、JSS、JGTの4クラスの混走だった。
カルソニックGT-Rは四輪駆動だったので雨天レースを快走。デビュー・ウインを飾った。
「カルソニックGT-R」だがドライバーは星野一義選手ではない。Gr.Aで星野選手と組んでいた影山正彦選手だ。
エブロ1/43「レジェンドJGTC」シリーズのミニカー。鈴鹿1000キロ仕様も出ているが、もちろんIMSA富士仕様を選んだ。
8月のスーパーGT・鈴鹿1000キロ予選を観に行った際、グランプリスクエアのショップで“アウトレット品”として2,000円で購入した。
デビューを観戦したので欲しいミニカーだったが、星野選手がドライバーではなかったので「そのうちに…」と先延ばしにしていたのが良かった。
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生物的なコンセプトカー ランボルギーニ・セストエレメント 京商ランボルギーニ4
2010年に発表されたコンセプトカー、ランボルギーニ・セスト エレメント。車重を軽くし最高速よりも操縦性を追求した車。
この度、サーキット専用車として20台が生産されることになったらしい。フェラーリFXXのような感じになるのだろうか。
確かに、公道ではこれだけ性能を追求した車を走らせるのは無理だろう。公道なら他のランボでも十分だろう。
ランボ従来車デザインの流れを汲みつつも、どこか生物的な感じがする。特にリアルーフに開けられた“穴”がそうだ。この赤い縁取りのある穴から白い蒸気が「シュコーッ…」と息のように吹き出てきそうな気がしないだろうか?
ほとんど後方視界が無い(GTマシンのようにバックモニター?)のは「後ろを見る必要なし」の乱暴さがランボらしい。
京商1/64ミニカー「ランボルギーニ4」の中でも欲しかった1台。コンセプトカーまでラインナップに加えるとは ネタが尽きた ファンにとって嬉しいことだ。
やはりショーカーであるガンメタに赤いポイントのカラーはエキゾチックで良い。“穴”や給油口等細部まで塗装されて実車の魅力が伝わってくる。
前衛的なコクピットの橋渡ししたような構造も再現されている。着色されていないのが残念なほどだ。
丸みを帯びたデザインが多くなったフェラーリに対し、角々しいランボのデザインはスーパーカーの王道だ。ウエッヂタイプが主流のスーパーカー・ブーム世代にはそう感じる。
いつかは走っている姿を見たいものだ。
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台座付きが嬉しい アサヒ・ワンダ「GT-R歴代名車コレクション」日産R35GT-R
アサヒ・ワンダ缶コーヒー2本に1台付いてくるダイキャスト製プルバックカー「GT-R歴代名車コレクション」。
ダイキャスト製リアルタイプの1/72プルバックカーであり、さらに台座付きというところが嬉しい。
GT-Rのミニカーはやり尽くした感があるが、この台座“台座無し1/64ミニカー”取り付けに使えないだろうか?―という考えが浮かんだ。ダブったとはいえ500円もする京商1/64ミニカーの台座を使うよりは安上がりだ。
実際、見てみると1/72スケールということもあって台座は小さい。同じ1/72サイズのリアルXの台座くらいと考えていたら大間違いだった。これでは1/64ミニカーの取り付けは不可能だ。

背景はスーパーGTで頂いたGT-Rステッカー
市販車のミニカーを持っていない最新R35日産GT-Rのみ購入。
ダイキャスト製ということもあって持つとズッシリとくる重みが心地良い。ライトはトミカ風銀塗りだが、造形はなかなか細かい。ガンメタの塗料も実車の雰囲気を出している。
大事なエンブレムの「GT-R」ロゴはしっかりと描かれている。
ホイールも“抜け”ている。プルバック機能が無ければもっと車高を落とせたのではないだろうか。
台座流用できるなら他の車両も購入検討していたが、それも不可となったので今回はこれにて終了。
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日本人初ポールを獲ったVKダラーラ佐藤琢磨車'11 だいぶ安くなっていた
'11年インディカー・シリーズで日本人初ポール・ポジションを獲得した佐藤琢磨選手。シリーズでは3位表彰台を獲得。F1&インディカーで表彰台に上った初めての日本人ドライバーとなった。あとはル・マンか!?
'12年シーズンは首位快走するもクラッシュする事が度々。待望の優勝はおあずけになった。
インディ500で優勝をかけた最終ラップのバトルに敗れたのは、惜しくて惜しくてたまらない。
F1への復帰が望めない今、インディでの優勝が待ち望まれる。
3月の鈴鹿ファン感謝デーで
佐藤琢磨選手はドルフィンがF1を見ていなかった時期にF1活動を行っていた。'06年日本GPを観戦だけだ。3月の鈴鹿ファン感謝デーで走りを見、トークショーで生顔を初めて見た。
嫁はんの友人はカナダにホームステイ中、観戦に出かけたF1カナダGPで琢磨選手を見かけ「たくちゃ~ん!!」と叫んだら、来てくれてサインをもらったそうだ。羨ましい。
佐藤琢磨選手が'11年に駆ったVKレーシング・ダラーラ/ホンダの1/64ミニカー。
ミニカー型は'10年と全く同じながら「パナソニック」や開催最終年となる「インディ・ジャパン」のロゴが増えている。
同型でほぼ同じカラーの'10年ダラーラのミニカーを持っていたが、日本人初ポール獲得の記念マシンというので入手しておきたい1台だった。何より定価1,300円くらいする商品が、8月のスーパーGTの際には500円で売られていたので“お買い得”だったからだ。
このシリーズは毎年リリースされているの。あと一歩でインディ500を落としてしまったが、このマシンのミニカーも安くなったら入手しようと考えている。
台座の無いミニカーなのでマジョレットの1/64レッドブル同様、ダブった京商1/64ミニカーの台座を流用して備え付けたいと考えている。
荒々しさも継承されたランボルギーニ・アヴェンタドール 京商ランボルギーニ4
2011年から販売されたランボルギーニの新V12フラッグシップ、ランボルギーニ・アヴェンタドールLP700-4。
「全てが新設計」と言われたが、初めて写真を見た時は「ムルシエラゴやレヴェントンと変わらない」感じがした。果たしてデザイン上はレヴェントンに似せてあったそうだ。
永遠のライバルであるフェラーリとは一線を画したワルっぽいような荒々しい感じが伝わってくるデザインだ。そこがランボの魅力なのだ。
京商1/64ミニカー「ランボルギーニ4」にラインナップされた。
―が、既にコーヒー2缶に1台付いてくるプルバック・カーとトミカでアヴェンタドールを入手していたので、今回入手するかどうか悩んだ。F1日本GP観戦直前での発売。資金的に苦しいのだ。
配置表どおりのケースだった事もあり、精密に作られた京商ミニカーを入手することにした。
プルバックカーがイメージカラーのオレンジ車だったので、ランボのショールームやNCCRで見た黒ボディが欲しかった。
ところが、黒のアヴェンタが入っているケースではなかった。そこで赤のアベンタにしたのだった。ランボは赤いミニカーでそろえているからだ。
プルバックカーも良くできていたが、ディスプレイモデルとしての京商ミニカーはその上をいく。“おまけ”と500円の差だ。
細部塗装や段々になっているリアウインドウ(実車は“縦”部分が無く横板のみ)からエンジンも覗ける。
前傾サイドミラーやリア・ディフューザー部分も細かく作られている。
実車・最新モデルにはリアウイング付きも出ている。
ランボルギーニは派生モデルが多いので“1車種1台”目標のミニカー集めもどこまで容認したら良いのやら…。
あれ? タイヤ扁平してね?
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だんじり祭り 祭りに対するおもいって…
激しく走る岸和田だんじりが全国的に有名だが、大阪各地にもだんじり祭りは存在する。
試し曳きの金曜日から町中に囃子が響く。
土曜日の宮入りは荘厳な雰囲気を持つが、夜ともなると煌々とした提灯の明かりの山車(だんじり)にヤンキー紛いの兄ちゃんたちが乗りこんで騒ぎまくる。
見物人もヤンキー(元・現)が多い。この町にこんなにも若者がいたのか?―と思うほどだ。この日ばかりと路上喫煙しまくり。危なっかしくて仕方ない。
ドルフィンは神輿(みこし)文化圏生まれだ。実家は商店街にあったので、祭りも商店街集客のため。夏休みなると子供たちは太鼓や踊りの練習に召集されていた。
祭りは「する」側、「見せる」側だった。
今住んでいる地域の山車は曳き手とは別に後にくっついて昼とも夜ともゾロゾロ歩く見物人が多い。後ろについて歩いているだけで面白いのだろうか?
祭りとしてテンションが高まるのは分かるが、この感覚だけは未だ理解できないのだ。
これも「発電ミニカー」だ アウディ・アヴス・クワトロ BOSSアウディコレクション
バブル景気真っ盛りの1991年の東京モーターショーで発表されたコンセプトカー、アウディ・アヴス・クワトロ。
宇宙刑事ギャバンのようにツヤピカの総アルミ製ボディに載せたW12気筒エンジンと四輪駆動とユニークなスタイル。特にルーフにある巨大なNACAダクトには目がいく。

サントリーBOSSコーヒー2缶に1台付いてくるフリクション・ミニカー。
前方に押して動力を貯めて手を離すとライトを点灯させながら走行するスグレものだ。これも今話題の「発電するミニカー」である。こんなシステムが“オマケ”で付けれるなんて凄い生産技術だ。
さすがに実車のようにメッキ調仕上げにはコストがかかってしまうので、普通に銀色塗装だ。京商1/64ミニカーのスーパーGT車両のルーフで使用されたメッキ調だったらさぞかし格好良かっただろう。
特にアウディ好きでもないので、ブラインドBOXミニカーだったら絶対に手を出していない。
いつまでもミステリアスなランボルギーニ・イオタ 京商ランボルギーニ4
ドルフィンが一番好きなスーパーカーであるランボルギーニ・イオタのミニカーは「イオタSVJ」「イオタSVR」「J」「ミウラ/イオタ」と種類が多い。その全てがイオタであってイオタではないのだから面白い。正真正銘のイオタはもう無いのだから。
そのミステリアスさも魅力の一つ。
「ROSSO」誌が徹底調査した『イオタ白書』はイオタのファンとしては読み応えがあった。
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この『イオタ白書』に出てくるランボルギーニ社が大破したオリジナルを作り直した“公認”様のイオタが、京商1/64ミニカー「ランボルギーニ4」にラインナップされているミウラ/イオタのシルバーではないだろうか。
スタイルは大方イオタなのだが、フトントタイヤ後部のエアアウトレットが“網”ではなく、排出口が形成されている(表現的に難しい)のが大きな特徴。
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彼のいないサーキット ~チョットしんみりとした話
ドルフィンには昔からレースを一緒に見てきた友人が3人いる。
レースの思い出=彼らとの思い出とも言えよう。
鈴木亜久里選手が3位表彰台に上がった'90年のF1日本GP観戦の際、駐車場で隣り合わせた事から仲良くなって一緒にレースを観に行くようになったのがその中の一人・N氏。
奇しくも小林可夢偉選手が3位表彰台に上がった今年のF1日本GPを前に彼が脳梗塞で倒れてしまった。
金曜日にF1観戦した翌日、鈴鹿土産を持って彼の見舞いに行って来た。
ドルフィンの父も脳梗塞で倒れたので、どのような状態にあるかは想像できた。果たして彼の状態は想像の範疇にあった。
分かっていてもやっぱりショックだ。
星野一義選手とトヨタを愛したN氏。
鈴鹿をはじめ富士、岡山、オーポリまで愛車・86→アルテッツァを飛ばして観戦に行っていたほどのレース好きだ。
泊まりでレース観戦に行った時のアフターレース。ショップ巡りをした後、温泉の露天風呂に浸かりながらおしゃべり。行きつけの喫茶店で食事しながらまたおしゃべり。実に楽しい日々だった。
F1パシフィックGP観戦の際、湯郷温泉に入りに行った事は思い出深い。
レース時以外にも会ったりしたが、圧倒的にサーキットでの時間の方が長い。
ドルフィンがレースを観に行かなくなった時期も彼はサーキットに通い続けていた。
決してイケメンではないがキャラクターの良さで、すぐに友人ができていた。
ここ何年かは毎回日帰りしていたドルフィンだが「来年の鈴鹿GTはパドックパス買って泊まりで観戦しよう。じゃあまた」と言葉を交わして分かれたのだが…。
ドルフィンがサーキットに行っても彼はもういない。だが父と違い若いので回復も期待できる。
あと2人の友人―。一人は現地観戦に行くほどまでではなくなり、もう一人は継いだ会社が倒産して消息不明。
自分を取り巻く環境が厳しくなる、そんな歳になってしまったのか…。
'93F1日本GP~鈴鹿サーキットランド入口で
これも「鈴鹿アルバム」に投稿したかった
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