今年の鈴鹿8耐を制したのは 634ハルク・プロ
2013年鈴鹿8時間耐久オートバイレースを制したのはMuSASHi RTハルク・プロだった。
予選2番手ながらスタートで3番手に後退。その後撒き返して2番手に。2時間経過後に首位FCCの転倒によりトップに立つとそのままリードを広げる。
ゴール間近の雨でもスリックのまま走行を続け214周を走覇して優勝。チームとして2010年以来2勝目。
24歳にして鈴鹿8耐2勝目。この先どこまで勝ち星を挙げることになるのか?
WSBでの骨折をおして鈴鹿8耐初優勝。
若干20歳にして初挑戦の鈴鹿8耐で予選2番手のタイムを出し初優勝。
一躍名を轟かせた。
「強敵」と書いて「とも」と読む―シュワンツの予選に泣いた &鈴鹿8耐予選TOP3
鈴鹿サーキット配信動画で鈴鹿8耐土曜日の「TOP10トライアル」を観た。
直前までの雨の影響で1台ずつのタイムアタックから40分間の予選方式に変更された。
Team KAGAYAMAのケビン・シュワンツ選手がマシンに乗り込んだ時、サーキットアナウンサーのピエール北川さんのトーンが変わった。
シュワンツ選手はWGP時代の強敵、ウエイン・レイニー選手のヘルメットを被っていたからだ。
スズキのシュワンツ選手とヤマハのレイニー選手は何年もの間WGPでチャンピオン争いを繰り広げた最大のライバル同士にして、お互いを尊敬しあう仲であることは有名。
レイニー選手が事故で引退してからはモチベーションが保てずシュワンツ選手も引退した。
そして今年の鈴鹿8耐で復帰。「レイニー選手も一緒に」という思いがあったのだろう。
しかも、アライ・ヘルメット契約のシュワンツ選手が、ショウエイ・ヘルメットを被るのだ。単に「ヘルメットが違う」だけでは済まされない。
プロが個人的わがままを叶えるためにはどれほどの努力をしたのだろうか? それを了解した両ヘルメットメーカーの器の大きさも素晴らしい。
レイニー選手とともにタイム・アタックするシュワンツ選手の姿に涙した。本当に。
そしてレイニー選手が加わったTeam KAGAYAMAは本当の意味でドリームチームとなった。
テスト時と異なり、チーム・カガヤマのツナギを着るシュワンツ選手
土曜日観戦に行けていても涙と興奮で写真ブレブレになっていただろうな…。
長蛇の列ができたが、先のテスト時に撮影した写真にサインを入れて頂けた!
今回の目標半分達成!!
予選TOP3
ポール・ポジション
ヤマハのエース中須賀克行選手が昨年自身が出したポールタイムよりも速い2分6秒817を記録。
予選2番手
津田拓也選手が2分6秒960を記録。
予選3番手
なんとサードライダーであるマイケル・バン・デ・マーク選手が最初にアタック。2分7秒260を記録した。
夏よりアツイ 鈴鹿4耐
土曜日は鈴鹿4時間耐久ロードレース決勝が行われたのを鈴鹿サーキットの動画配信で観戦した。
「4耐」と言えば『バリバリ伝説』でも『ふたり鷹』でも主人公が経験する重要なレース。
“昔”はノービスで2スト400㏄TT・F3だったが、今の4耐って4スト600ccになっていると知って驚いた。排気量だけなら“昔”のTT・F1/750㏄に近いではないか!
午後スタートで夕方チェッカーだったが、現在では8耐のTOP10トライアルがあるので午前9時スタートになっていた。
初音ミクレーシング×重音テト「TEAMネギドリル!」
初めて4耐を観戦した時は大雨。観戦していた2コーナーでは転倒が相次ぐ迫力あるレースだった。
清水国明さんの國武舞も参戦していた頃だ。
優勝した#27と最後まで首位争いした#11
ラスト50分で首位を走る#27ASTRA HONDAが転倒。#11CLUB PLUSONEがトップに。
最終ピットインを引き延ばした#27が再び首位に。
しかし、#11猛追し、周回遅れ集団を利用して#27を抜く。
2位差を広げた残り5分というところで#11が無念のガス欠でストップ―という波乱の展開。
鈴鹿4耐はいつの時代もドラマチックだ。
インドネシアのASTRAが優勝したことで、3年連続アジアンチームの優勝となった。
2位#45と3位#45
2位にはTEAM青春MotoPodが入る。第2ライダーの井上選手は17歳というから驚きだ。
3位もマレーシアのBoonSiewHondaが入る。
「見たことないロゴだな」と思っていたら、Kabutoという日本のヘルメットメーカーだった。
ロードサイクルのヘルメットから始まり、近年はレース用フルフェイスヘルメットも展開しているらしい。
地元Jリーグでドルフィンも応援している清水エスパルスがスポンサードしているエスパルスドリームレーシング。
日曜日に行く方のために 鈴鹿8耐 シュワンツ弁当&グッズ編
まだ間に合う、日曜日に鈴鹿8耐観戦に行かれる方のために―
コカ・コーラ ゼロ イベントブースでもらえるステッカー。日付と大会回数が入っているので記念になる。
イベントブース横にはコンセプトバイク(いつも園内に飾られているゼロ・カラーのヤツ)に乗車・記念撮影ができる。
グランプリ広場のツインリンクもてぎ・ブースでもレプソル・カラーのレーサーに乗車しレースクイーンのお姉さんと一緒に記念撮影できた。
F1開催時にも販売されていた選手プロデュースランチBOX。1,500円とやや高めの値段設定。
しかし、F1の時に、他の場内グルメもそこそこの値段なのに量が少なく、結局2つくらい買ってしまう事を考えるとランチBOXはお買い得かも―と考えて、今回初めて購入してみた。
てっきり紙BOXかと思っていたら、プラ製のお重箱だった。「それなら日本GPの可夢偉BOX買っとけばよかった~」と残念な思い。しかし、あの時は早々に売り切れ状態だったから…。
「ケビン・シュワンツ選手がプロデュースした特別弁当」―ということになっている。
一段目は金糸卵と肉そぼろ。肉そぼろの上にはヤキトリが2片。二段目はミートボール、牛焼き肉、スパイシーチキン、スパゲッティ。アメリカンらしく肉・肉のオンパレード。夏場の弁当だけあって濃い目の味付けで傷みにくくしてある。
「さすがシュワンツ、日本人の弁当にも精通しているな」―などとは誰も思っていないハズ。「今度出す弁当を『プロデュース』って事でいいかな?」「いいよ~」くらいなものだろう。
ボリュームあって「残して後で食べたいな」と思っても、それは腐るからNG~ッ!! 一気に食べてしまうしかない。
さらにお重箱を持って帰るなら、食後は洗っておかないと後から臭って大変なことになるので要注意だ。
今年のF1日本GPは日本人ドライバーが出ないので、誰プロデュースの弁当になるのだろう?
帰宅し再度自分で洗って置いておくと「これが毎回、たまっていくんじゃないでしょうね? 自分で管理してよ」と嫁はん。読まれていた…・
今大会、大人気のチーム・カガヤマ。この3人でチームを組むのは恐らく最初で最後になるかもしれない。
そのプレミアム感もプラスされてグッズブースは金曜日から列ができていた。狙い目は朝一番しかない。
Tシャツやタオル、キャップ、どれも欲しくなってしまう。
これほどまで脳天パーになって買いまくりたくなるのは、Gr.A最終年のチーム国光グッズ以来だ。
だが、あの頃と違って小遣い制限がある現在ではブレーキがかかってステッカーのみに我慢した(場所取らず)。
鈴鹿8耐金曜日 行ってきましたー速報ー
23年ぶりに真夏の祭典・第36回鈴鹿8時間耐久オートバイレース金曜日に行ってきました。
休みの都合があるのと、金曜日なら遊園地入園券だけで=ファン感でもらった年1回タダ券―で入れるからなのだ。
その代わりトークショー等イベントは無く、キャンギャルのおねえさんの出勤も少ない。
朝、着いた時に驚いたのは観客の少なさ。
かつて25万人を集めていたBIGイベントとは思えない静けさ。コーナーなどテスト日よりチョット人数増えたくらいだ。
本当に好きな人達が来ているんだな。
でも「人気の少ない祭」ってのは少々寂しい気もする。まあ、金曜日だからかもしれない。
テスト日と違って公式予選なので速度も上がるし、他車とのバトルもある。
大きく傾けながら旋回するコーナーはバイクレースの醍醐味だ。
パドックには4耐出場チームのテントがびっしり。昔はこんな景色じゃなかった気がする…。
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23年ぶりに8耐観戦!
21年ぶりに8耐参戦するケビン・シュワンツ選手の上をいく28年ぶりの8耐観戦(金曜日だけ)。
3月の鈴鹿ファン感謝デーで、元カワサキ・ライダーの塚本昭一氏がサインを頂いた時に「今年の8耐は面白くなるから観に来てね」と言われていた。
トップチームの均衡がとれてきて首位争いが激しくなりそうな事はもちろんのこと、シュワンツ選手の参戦もライダーの情報として知っていたのかもしれない。
休日の都合や宿泊場所も無いので金曜日だけでもフルに観戦しようと思っていたのだが、サーキットからの帰りバスの臨時便が出るのは土曜日からということで金曜日のナイトランが観られない! ショック!!
3月のファン感謝デーのナイトラン
スーパーGTのピットウォークは“人にぶつかるだけ”の空間なので入る意味無しだが、テスト日の観客数から考えて「8耐金曜日なら人数少ないだろう」と踏んでピットウォーク券も購入した。キャンギャルも土曜日から出勤だろうから、ソレ目当ての人達もいないに違いない。
灼熱の鈴鹿へ―
楽しみである。
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ベネトン最後の1台 アレジ選手のベネトンB196 ミニカー&ステッカー
ベネトン・ミニカー&ステッカー⑦
シューマイケル選手がフェラーリに移籍した後、フェラーリにいた2人のドライバーがそっくりそのままベネトンに移ってきた。ジャン・アレジ選手とゲルハルト・ベルガー選手だ。
2人とも好きなドライバーではあったが、ベルガー選手は'91年日本GPでセナ選手とともに「スタート後、先に1コーナーを制した者が先にゴールする約束」という八百長試合をやってから印象が良くない。
ベネトンのミニカーもアレジ選手のマシンを選ぶのは当然だった。
ベネトンB196/ルノーは前年型B195よりボディの白パートが多くなり、決して「ベネトンらしい綺麗さ」があるカラーリングとは言い難い。
しかし、上から見た時にボディ上部にレインボーカラーが大きく描かれている部分は華やかだ。

ミニカーはB195同様、1/43ミニチャンプス・ジュニアをオークションで落札した。
シーズン前のショーカーだったためサイドポンツーン前のバージボードは付いていない。
ケースが紙製なのとドライバーフィギャの“ボディ”がONIX並にちゃちなので安価になっている。
ミニカーと一緒に写っているステッカーは1996年/B186のイラストだが、バージボード有無の違いが有り、ルノーやタバコ屋のロゴにも差がある。
下のものは日本GPの時に配られていたものだが、上のシーズン序盤仕様のものの入手経路は覚えていない。
ベルガー選手の写真なのだが、F1雑誌の’96年F1日本GP写真コンテストに入選した事がある。
撮影した写真をパソコンに撮り込んで水彩画調に加工してプリントアウトしたものを送った。
パソコンが普及したのはウインドウズ95発売以降。恐らくパソコン加工した写真をコンテストに用いた最初の投稿者ではなだろうか?
翌年かそのまた次の年くらいから「パソコン加工部門」ができた。
使用したソフトが残っていないので同じものではないが―
こんな感じ
B196以降のベネトンF1マシンのミニカーは持っていない。マシンのカラーリングとともに成績も精彩を欠いていたからだ。
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勝手にしろと叫んで吠えた 京商「よろしくメカドック」探しの旅 配置一部
BGMはSTR!X/「よろしくチューニング」で―
買って箱開けたら吠えた What different!
見たくもない袋には ギュッとダブったモノが詰ってる
言えてることはひとつね 「欲しい 車種だけ」
ごめんだね 俺には フルコンプする金がない
ブラインドは酔う気なトイ・ウエーブ
気分は敗!オーバー予算
ヤケになる やばいね俺の 選ぶ勘を惑わせる
残ってろよ 手付かずケース
よろしく俺に 配置表
シャッフルするな
よろしく俺に 配置表
京商1/64ミニカー「よろしくメカドック」コレクションが発売された。
やはり目指すはCR-XとセリカXX。
カスタムとはいえ今更やり尽くされたケンメリRやZ、800や2000GTはいらないだろう。それだけに競争率が高い。
先の2台だけ抜かれたケースだけが残っている可能性が「大」である。
週末は鈴鹿8耐なので2,000円の手持ちで出発。「2台で済ますはずならそれ以上は必要なし!」と背水の陣だ。
いつものサークルKサンクスに行く。「おぉ! 手付かずだ!! しかも2ケースある」
CR-Xは軽くセリカXXは一番重い―との情報もあるので箱を持って確認する。なんと2ケース重量配分が違う。配置パターンは2種類以上あることになる。
一種類しか配置パターンを入手できなかったので、それ合っている軽い箱を引き抜いてレジへ。ヨタ8という場合もあり得るので緊張する。
開封するとズバリCR-Xだった。一番欲しいものが最初に出て安堵の思い。
続いてセリカXX当てに移る。ところが、一番重いはずの箱は配置パターンと異なるのだ。これは“列が異なる”パターンか?
さあ、どうする? やばいね俺の選ぶ勘を惑わせる状態だ。
しかし、列が移動しているだけなら最悪ナベさんの240ZGになるはずだ。思い切って配置表どおりの箱を抜く。
セリカXXだ。配置表どおりのケースで良かった。
皆さんが知りたい場所だけの配置
奥
/
/CR-X
XX/
手前
―という結果だった。「勝手にしろ!」と吠えずに済んで一安心。
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V2達成したシューマッハ選手のベネトンB195 好きになった菅生戦 ミニカー&ステッカー
ベネトン・ミニカー&ステッカー⑥
ベネトンを応援していても流石に'91~'93年までのキャ○ルがメインスポンサーを張った時代のカラーリングは好きになれない。黄と緑だけなど、枯れかかっている木の葉のようではないか。
シューマッハ選手のフィギャが乗っているミニカーならまだしも、それ以外で入手しようとは思わないほどだ。
'94年からのマイル○セブンがメインスポンサーになってからも黄が青になっただけで、以前のような美しさを感じられなかった。
しかし、ベネトンB195/ルノーになると白・水色・青に黄が加わり、車体後部にベネトンのレインボーカラーが入るようになって色合いが爽やかになり改善された。
'95年F1パシフィックGP
ミニカーを集め始めた頃、マイケル・シューマッハ選手が乗ったベネトンのミニカーが欲しくてオークションで探した。その当時、シューマイケル選手はフェラーリで王座を獲得していた。
彼の人気は高くてとても許容範囲の価格で購入できる品など見つかるはずもなかった。
根気強く探していると、あまり高額にならないミニカーがあった。ミニチャンプス・ジュニアの1/43
ベネトンB195/ルノーのミニカーだ。
通常モデルと違い、ケースが紙とセロハンでできている。ケースを簡素にして価格を抑えたシリーズなのだろう。ケースくらいなら入れ替えればいい―と入札に参加。GETした次第だ。
ドルフィンが持つシューマイケル選手が乗っている唯一のミニカーとなった。
やはりシューマイケル選手の肖像権使用料がよほど高額なのだろう。近年ではドライバー・フィギャを乗せないミニカーも発売されている。そういう意味では貴重なミニカーだ。
ステッカーはベネトンB194時代のもの。シューマイケル選手の初タイトルを獲得記念に購入した。
一番最初に買ったベネトンステッカーのように、メタル調(コチラは光沢あり)仕上げなところも気に入っていた。
ミニカーは近年になってミニチャンプスのケースを入手。オリジナル台座を作って置き換えして飾っている。
'95年F1日本GP
シューマイケル選手はF1デビュー前にも日本でレースする機会が幾度かあった。
富士でのインターナショナルF3リーグやオーポリでのWSPC、そして菅生のF3000だ。
ピット裏で姿を見かけたがサインをもらうには至らなかった。「次もあるだろうから」とその時は思ったが「次」は二度と来なかった…。
本来は2戦は全日本F3000に参戦する予定だったが、乗ったラルトの性能が低く“経歴に傷が付く”事になりそうなのでキャンセルしたらしい。
'91年全日本F3000菅生で
菅生でのレースで、初めてのコース、初めてのマシンに乗りながらも(しかもローラやレイナードよりも性能が劣るラルトで)2位GET。
しかも、2番手争いをしている2台を一気に抜ききった見事さ。セオリー無視の走行ラインで目の覚めるようなオーバーテイク。このシーンを観た時に「F1で優勝する―チャンピオンになれるドライバーはこういう選手なんだろうな」と強く感じたものだ。
この時からシューマッハ選手が好きになった。
V2達成。レース終了後にはグランドスタンド近くまで来て喜びをファンと分かち合ったシューマイケル選手。
この年以後、日本GPでは勝者がレース終了後にピットウォールに立って“優勝報告”するようになったと思う。
ヒル選手が嫁はんとキスするシーンも感動的だった。
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