V2達成したシューマッハ選手のベネトンB195 好きになった菅生戦 ミニカー&ステッカー
ベネトン・ミニカー&ステッカー⑥
ベネトンを応援していても流石に'91~'93年までのキャ○ルがメインスポンサーを張った時代のカラーリングは好きになれない。黄と緑だけなど、枯れかかっている木の葉のようではないか。
シューマッハ選手のフィギャが乗っているミニカーならまだしも、それ以外で入手しようとは思わないほどだ。
'94年からのマイル○セブンがメインスポンサーになってからも黄が青になっただけで、以前のような美しさを感じられなかった。
しかし、ベネトンB195/ルノーになると白・水色・青に黄が加わり、車体後部にベネトンのレインボーカラーが入るようになって色合いが爽やかになり改善された。
'95年F1パシフィックGP
ミニカーを集め始めた頃、マイケル・シューマッハ選手が乗ったベネトンのミニカーが欲しくてオークションで探した。その当時、シューマイケル選手はフェラーリで王座を獲得していた。
彼の人気は高くてとても許容範囲の価格で購入できる品など見つかるはずもなかった。
根気強く探していると、あまり高額にならないミニカーがあった。ミニチャンプス・ジュニアの1/43
ベネトンB195/ルノーのミニカーだ。
通常モデルと違い、ケースが紙とセロハンでできている。ケースを簡素にして価格を抑えたシリーズなのだろう。ケースくらいなら入れ替えればいい―と入札に参加。GETした次第だ。
ドルフィンが持つシューマイケル選手が乗っている唯一のミニカーとなった。
やはりシューマイケル選手の肖像権使用料がよほど高額なのだろう。近年ではドライバー・フィギャを乗せないミニカーも発売されている。そういう意味では貴重なミニカーだ。
ステッカーはベネトンB194時代のもの。シューマイケル選手の初タイトルを獲得記念に購入した。
一番最初に買ったベネトンステッカーのように、メタル調(コチラは光沢あり)仕上げなところも気に入っていた。
ミニカーは近年になってミニチャンプスのケースを入手。オリジナル台座を作って置き換えして飾っている。
'95年F1日本GP
シューマイケル選手はF1デビュー前にも日本でレースする機会が幾度かあった。
富士でのインターナショナルF3リーグやオーポリでのWSPC、そして菅生のF3000だ。
ピット裏で姿を見かけたがサインをもらうには至らなかった。「次もあるだろうから」とその時は思ったが「次」は二度と来なかった…。
本来は2戦は全日本F3000に参戦する予定だったが、乗ったラルトの性能が低く“経歴に傷が付く”事になりそうなのでキャンセルしたらしい。
'91年全日本F3000菅生で
菅生でのレースで、初めてのコース、初めてのマシンに乗りながらも(しかもローラやレイナードよりも性能が劣るラルトで)2位GET。
しかも、2番手争いをしている2台を一気に抜ききった見事さ。セオリー無視の走行ラインで目の覚めるようなオーバーテイク。このシーンを観た時に「F1で優勝する―チャンピオンになれるドライバーはこういう選手なんだろうな」と強く感じたものだ。
この時からシューマッハ選手が好きになった。
V2達成。レース終了後にはグランドスタンド近くまで来て喜びをファンと分かち合ったシューマイケル選手。
この年以後、日本GPでは勝者がレース終了後にピットウォールに立って“優勝報告”するようになったと思う。
ヒル選手が嫁はんとキスするシーンも感動的だった。
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