ミニカーラックへの道50 8㍉ビデオラック改造棚に中板増設
ミニカーラックへの道50
8㍉ビデオラックを改造した「バイクミニカー」&「台座無しミニカー」用ラックも手狭になってきた。
そこで中板を増設して置けるスペースを広げる策をとることにした。
―とは言っても天地幅には制限がある。本来8㍉ビデオが4段入るラックは、上下2段で分ける中央部に固定された中板が入る。
今まではこの上下区画で3段にしていたところを4段に増やすのだ。
4段にして京商「鈴鹿8耐バイク コレクション」が入るかを確認する。中板の厚みを差し引いてギリギリ入る上下高だったのはラッキーだ。
中板は左右の端に“足”板をかませて設置しているので、“足”板をカット。新たな中板と足板を作る。
こうして1段増設する事ができた↓。
「SONY」のロゴが入る8㍉ビデオラック
増えた最上段にはドリンク付きバイクミニカーを置いた。
中央から下はそのままエフトイズ「ヨシムラ バイク」とチャンピオンバイクを置いている。“足”板が左右にかませている分、ギリギリチャンピオンバイクが4台入らないのが難。
今までそのミニカーを置いていたスペースにはトミカのような台座無しミニカーを置くスペースができた。
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「スカ」ではない意外に秀作だった タイレル008 京商「ティレルF1」
6輪F1マシンのタイレルP34で2シーズンを経過した後に送り出したのがelfタイレル008/フォードだった。
4輪に戻っただけでは収まらず、前進翼のフロント。薄くて幅の無いサイドポンツーン等かなり独創的なデザインのマシンになっている。
雑誌で初めて見た時は「やっちまった感」が濃厚に漂っていた。タイレルのマシンには多々ある。
ところが、ところがである。パトリック・デパイユ選手がモナコGPで優勝してしまうのである。他のグランプリならまだしも、伝統のモナコで勝ったマシンなのである。駄作な訳が無いのだ。
京商1/64「ティレルF1」ミニカーでラインナップされた中で世間一般では「スカ」的な扱いを受けているタイレル008。
だが、富士のF1日本GPを観てF1やレースに夢中になっていた1978年のマシンである。こんな機会でなくては入手できないので、逆に好都合だった。
P34でデパイユ選手のマシンを選んだので、008はゼッケン「3」ディディエ・ピローニ車を選んだ。
リアのタイヤ前にあるラジエーターのフィンは無く“仕切り”状のものが縦に入っている。
テールのメカ露出部分は簡略化されていて、後ろから見ると1/2以下の価格であるトミカ並なのが悲しい。
ボディの奇妙な形状をダイキャストで上手く表現している。―が「ティレル」に留まらず、F1ミニカーは表面の半分くらいはプラ製。「ダイキャスト ミニカー」と言うには大袈裟すぎる気がする。
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春を告げる近畿版ミッレ・ミリア「ラ・フェスタ・プリマヴェラ」先導はLFAにポルシェ
近畿に春を告げる(?)クラシックカーのイベント「ラ・フェスタ・プリマヴェラ」が4月18日に名古屋市・熱田神宮をスタート。
三重県・伊勢→和歌山県・那智勝浦→奈良・橿原神宮→大阪府・大阪市役所→三重県・鈴鹿サーキット→京都・ウエスティンホテルを4日間で走破するラリーを展開した。本日、21日にゴールしている。
「ラ・フェスタ・プリマヴェラ」は東京を起点とする「ラ・フェスタ・ミッレ・ミリア」の近畿版。
古いもので1925年製、“一番新しい”車でも1968年製。ハンパ無いほどのクラシックカーだ。トヨタ2000GTなど「まだまだ若造」なのだ。
ドルフィンは日曜日に近場の橿原神宮に写真を撮りに行く事にした。
土曜日は生憎の雨―というか、今年、ドルフィンが観に行ったイベントは皆雨。雨男と化してしまった。
「近場」ではあるものの観光名所である橿原神宮に行くのは初めて。いつも近鉄で鈴鹿に行く途中、乗り換える駅なのである。
初めての場所で写真を撮る時は「どんな感じになるのだろう?」といろいろとイメージしてみる。
駅に付いた頃からポツリポツリと雨が降り出す。
先日のNCCRではカッパを忘れてしまったので、今回はカッパと折り畳み傘を用意して行った。
橿原神宮には大会の旗を持った観戦客が集まっている。観光地なのでもっと一般観光客が多いかなと思っていたが、雨天のためか意外に少なかった。
先導車は日本の近代スーパーカー、トヨタLF-A。
昨年の「プリマヴェラ」で初めて走るLF-Aを見たが、その時は白車体だった。毎年異なったFL-Aが投入されるのだろうか?

橿原神宮の大鳥居の前を通過
参加車は橿原神宮駐車場に一旦停まるが、トイレ休憩程度のもの。ここはチェックポイントであって昼食休憩所ではなかった。
昼食休憩所だと割と長時間、マシンの写真を撮る余裕があったのだが。さらには今回の目標であるラリードライバー・篠塚建次郎選手と堺正章/マチャアキにサインを頂く事もできたのだが…。
駐車場内に設置された計測区間で超ショートSSが行われた後に次なるポイントに出発して行った。

ポルシェ911カブリオレもマーシャルカー
本来は橿原神宮で撮影した後、帰って写真整理をする予定だった。
しかし、雨で良い写真が撮れなかったので、大阪でのチェックポイントである大阪市役所まで追いかけることにした。
最後尾はポルシェ・カイエン
重要文化財に指定されている大阪市中央公会堂の前を通ってくれたら「絵」になったのだが、ルートには入っていなかった。
大阪市役所にも多くの観客が集まっていた。

日本銀行大阪支店の石造り建造物とクラシックカー
新天地を求めたライコネン シトロエンC4WRC 隔週刊ラリーカーコレクションVol.15
フェラーリ・ドライバーとして2007年のワールドチャンピオンとなったキミ・ライコネン選手。
しかし、2009年からWRCにスポット参戦をはじめ、翌年にはF1から身を引いて新たな挑戦の場をWRCへと求めた。
F1ドライバーが、しかもチャンピオン獲得者がWRCに完全参戦するとあって注目度は高かった。
さらにはチャンピオンチームのシトロエンのワークスマシンにレッドブルがメイン・スポンサーとなったのだから期待の高さがうかがえる。
当時、ドルフィンはモータースポーツをあまり見ていない時期だった。自動車雑誌は買い物ついでに立ち読みする程度。それでもF1チャンピオンのWRC参戦は知っていたし「どこまでやれるのか?」という興味はあった。
F1チャンピオンのナイジェル・マンセル選手がCART参戦初年度にしてチャンピオンを奪取したのとは状況が違う。

隔週刊「ラリーカーコレクションVol.15」のixo製1/43ミニカーはライコネン選手のレッドブル・シトロエンC4WRC。WRC連覇中の王者、セバスチャン・ローブ選手と同じマシン、同じスポンサーだ。
ライコネン選手のマシンはシルバー部分が多い。このミニカーはとても綺麗に着色されている。
シート位置が市販車より後部に移されているので、サイドミラーの位置は左右で異なる。車内にはロールバーが張られて、ルーフにアンテナが2本立つ。
リアシート部にはスペアタイヤが乗せられている。スペアタイヤにもピレリのロゴがマーキングされているものの、ホイールにはロゴやセンターロックの墨入れは成されていない。
スタイルはS2000規定の後継機DS3WRCに比べておとなしい。
CM'Sラリーカーコレクションでローブ選手の2008年型レッドブル・シトロエンC4WRCのミニカーを持っていたが、やはり“ライコネン選手のマシン”というところが魅力的だったので書店取り寄せ。ようやく到着した次第。
2シーズン参戦して最高5位で、「存在感を見せつけた」とはとても言い難いがWRCを面白くしてくれたはずだ。
何かの雑誌には「WRCを経験したことでファンサービスが良くなった」とも書かれいた。自分で「アイスマン」と言うほど、そんなに愛想悪かったのだろうか?
ドルフィンも好きなジェームス・ハント選手のレプリカヘルメットを被ってモナコGPに出走したりと面白い選手だと思うのだが…??
桜とマシンとくまモンと ~NCCR葛城 全車総覧終了
苦しいシーズンこそ応援のし甲斐がある 片山右京タイレル023/ヤマハ 京商ティレル
片山右京選手がF1参戦3シーズン目で5ポイントを獲得し(旧ポント制※)、予選5番手獲得や決勝でも2番手走行するなど活躍した'94年。翌年のさらなる飛躍が期待された。
当然タイレル023/ヤマハは秀作だった前年マシン022の進化版として、右京選手の腕を充分に発揮できる車になってくれるものと思っていた。
だが現実は「あぁっと!右京がぁ、右京が止まっているゥゥゥゥゥッ!!」のアナウンサーの悲鳴がTVから聞こえてくるグランプリばかりだった。
(※)現在と同じポイント制なら右京選手は毎年ポイントを獲得していたことになる。しかし、制度は制度である。右京選手はGP通算5ポイントに変わりない。
右京選手はヨーロッパのフォーミュラ・ルノーで揉まれてきた経緯があり、今までの日本国内だけで闘ってきたドライバーと異なる―いわば第二世代の選手だった。ドルフィンと同世代ということもあり「自分たちの代表」のような親近感があった。
マシントラブルでリタイアが続けば、一層応援のし甲斐があった。強い選手、強いチームを応援するのは面白くない。
タイレル023はチームメイトのミカ・サロ選手の関係で携帯電話会社ノキアがメインとなり、右京選手の日本のタバコ屋や韓国航空等がスポンサーに名を連ね、“色味”のあるマシンとなった。
京商1/64「ティレルF1」ミニカーにラインナップされたタイレル023はサイドポンツーン側面にエアアウトレットがある仕様。日本&パシフィックGPの仕様とは異なっている。
リアウイングはドライバー識別の黄色が入っているだけ。日本ではフォンドメタルのロゴが入っていた。
日本GP仕様で作っていたら“後々”楽だろうが「また使い回しか」と言われないために敢えて違う仕様にしたのかもしれない。
自主規制で日本のタバコ銘柄は入っていないので、これはまたデカールを貼らねばなるまい。
背景は'94年・タイレル022時代のステッカー
このマシンでポイントを獲得したミカ・サロ選手のマシンでも不満ではなかったが、ミニカーを1台も持っていない右京選手のマシンを選び抜いた。最初に引き当てたので「ホッ」とした感じだった。
初めて持つ右京選手のミニカーだ。
ワイドトレッドでフロントサスが細く長い。京商「フェラーリF1」で同時期のマシンはフロントサスが組み立て中に折れてしまったことがあったが、近年発売される京商のF1ミニカーは「折れ防止」のためか(?)サスが太い作りになっている。
ハイドロサスになっているので、サスのアームが少々複雑に作られている。
リアウイング左右にある小型ウイングは「何か付いている」状態で、ほとんどウイング形状になっていない。
F1引退後も内外のレースで活躍してくれた右京選手。
昨年のスーパーGT鈴鹿1000㌔でのトークショーで久しぶりに“生”で姿を拝見した。登山や自転車の活動もされているが、やはり右京選手はサーキットにいて欲しい。
パシフィックGPイベントのF1ドライバーズバンドに参加した右京選手
右京選手が最も活躍した'94年のマシン・タイレル022が今回の京商ミニカーのラインナップから外されたのが解せない。
マクラーレンMP4/4やMP4/13が「マクラーレンF1」でラインナップされず「セナ・コレ」や「鈴鹿レジェンド」でミニカー化された前例をなぞるならば、「鈴鹿レジェンド・日本人ドライバー編」を展開し、その時にミニカー化させるつもりではないだろうか?
中嶋悟選手のマシンはすでに全車1/64になっているので、初回はコレでしょう。期待大。
佐藤琢磨選手のマシンもいくつかはビーズコレクションで出ているので金型はあるはず。
その時はドライバーフィギャも乗せて欲しいものだ。風流・桜と跳ね馬 NCCR葛城 フェラーリ軍団編
クラシックカーと欧州車によるラリーイベント・NCCR葛城には例年より台数が少なかったがフェラーリ・クラブ・オブ・ジャパンも参加。やはりスーパーカー軍団は華やかで盛り上がる。
フェラーリ・クラブの出走は最後の方だったので桜との撮影ポイント到着に間に合った。
しかし、雹から雨に変わり傘を片手にシャッターを切る事になってしまった。加えて寒さも厳しかった。
桜とスーパーカーの組み合わせは風流だ。
フェラーリF355ベルリネッタ
リトラクタブルライトを上げての走行はスーパーカーの醍醐味
フェラーリ512TR(1995年)
フェラーリF430スクーデリア(2009年)
フロントスポイラーやサイドスカートを取り付けている。
フェラーリ360スパイダー(2002年)
フェラーリ612スカリエッティ(2005年)
フェラーリF430スクーデリア(2009年)
フェラーリF430 F1ベルリネッタ(2008年)
フェラーリ612セッサンタ(2007年)
フェラーリ創立60周年記念車で世界限定60台。
タイレルの代名詞6輪・elfタイレルP34シェクター車「抜かれたい方を示せ」
タイレルと言えばelfタイレルP34/フォードのイメージが強い。史上稀な「6輪車」はミニカー、ラジコン、プラモのモデル系玩具を筆頭に様々な商品に使用されたので、認知度が非常に高いのだ。友人もP34のラジコンを持っていた。
当時のレーシングカーは「空気抵抗を少なくする」事に技術を注いでいた。フロントタイヤの空気抵抗を減少させ、小型4輪にする事で接地面積の確保をした。
'76年型P34の特徴は6輪だけではない。オープン・コクピットなのに“窓”があるのだ。これはフロントタイヤの様子を見るためのもの。
’76年F1inJapanで初めて見たタイレルP34 (赤矢印)
コンパクトカメラで撮影。“流し撮り”というものを知らなかったので、完全にブレブレ写真
F1inJAPAN決勝レース前にタイレルのエースドライバーであるジョディ・シェクター選手は、旧型のタイレル007を購入して参戦した星野一義選手に「抜かれたい方の手を上げて決めろ。安全に抜いてやる」(※)と言った。プライド高いF1ドライバーがレース後進国・日本のドライバーを甘く見ていたのだ。
ところが、大雨と地元の利を生かした星野選手はシェクター選手を抜いて一時3番手まで浮上。レース後、シェクター選手は自分の言葉を詫びる。素直に相手の実力を認められる器の大きな一面も見られる。さすがは後のワールドチャンピオン。
(※)池沢センセはこのエピソードを漫画『サーキットの狼』の中で流用。後々シェクター選手の言葉と混同されることになった。ドルフィンも実際にシェクター選手の言葉を聞いた訳ではないので参考文献から抜粋した。
背景にある「elf」ステッカーはドルフィンが持っている中で最も古いもので、'76年F1inJapanの時に「JAFブース」(だったと思う)でロータス77のステッカーとJAFMATEとセットでもらったもの
デビュー4戦目にして1‐2フィニッシュ。4輪以外のマシンの優勝は史上唯一。2位は2台で8回と、初年度は大活躍した。
翌シーズンには活躍したマシンの特徴をマネたマシンが登場するのが常なのだが、6輪車は現れなかった。他チームは4輪マシンに優位性を感じていたのだろう。
2年目にはグッドイヤーのタイヤ開発が遅れて前後のバランスが悪くなったそうだが、もし、いくつかのチームが同型6輪車を投入してきたなら、タイヤ開発はもっと進んでいたのかもしれない。
'84年スポーツカーフェスティバルではデパイユ車を高橋国光選手がドライブした
RBA製1/43ミニカーのタイレルP34ゼッケン「3」ジョディ・シェクター車を持っていたので、 京商1/64「ティレルF1ミニカー」ではゼッケン「4」のパトリック・デパイユ選手のマシンが欲しかった。
サイズが異なっても全く同じマシンよりゼッケン違いで「チーム完成!」としたかった。
デパイユ車狙いで行ったのだが、配置表とズレがあってシェクター車になってしまった。
'76年型タイレルP34はエンジン部が露出している。ミニカーでも樹脂成形ではあるが細密に作られている。特にエンジンやフロントサスペンションは色合いも含めてなかりリアルだ。
スポーツカーノーズ先端にある5本の棒も造形・着色されえいる。RBA製では1/43スケールであるのにもかかわらず省略されていたのだ。
“窓”はトミカのように銀色処理になっている。
実車のリアウイングは2枚の支柱で支えられているが、耐久性と造形の関係からかミニカーでは2枚の間は埋まっている。
「ティレルF1ミニカー」のタイトル写真に使用されているように、良い造形である。惜しむらくは着色に粗さが感じられる。
6輪マシンが走るところをもう一度見たいものだ。
来年5月に開催が予定されている鈴鹿サーキットのヒストリック・イベント(ファン感謝デーの時に開催が発表された)でタイレルP34を走らせて欲しいものだ。
コスプレ?リアル蓮花ちゃん参戦 NCCR葛城 高級外国車のゲストチーム編
例年9月開催だったNCCR葛城だが、今年は4月に開催。
各外国車ディーラーの協力もあって、ここ数年でゲストチームが増加。ゲストチーム間の順位争い(クラス別のようなもの)もあって盛り上がりを見せている。
フェラーリ458スパイダー チーム・フェラーリ大阪
スーパー耐久で活躍する井入宏之選手がゲストドライバー。
スタート前はオープンにしていたものの、直前の雨でクローズドに。ルーフの開閉を見ることができた。
NUTEC トヨタFT86 チームNUTEC
スーパー耐久で活躍する谷川達也選手がゲストドライバー。谷川選手の走りを見るのはJTCC以来。
車両はNUTEC Racingのデモカーらしい。
竹の内峠を走る86とアウトランダー
アウディR8 V10クーペ チームROSSO
三菱OUTLANDER PHEV チームOUTLANDER PHEV
アウディには『ROSSO』誌の西山編集長とROSSOガールが乗り込む。
葛城師のキャラクター蓮花ちゃん(2012年NCCR葛城にて)
ベントレー・ミュルサンヌ チーム・ベントレー大阪
ドライバーは全日本ジムカーナ・チャンピオンの川脇一晃選手。

レクサスCT200h チーム・レクサス大阪中央・豊中・東大阪・貝塚






















































