CLUB24-にいよんー -145ページ目

シュワンツ選手が復帰した鈴鹿8耐2013年 金曜日の写真で優勝~3位

 ケビン・シュワンツ選手が復帰したことで23年ぶりに鈴鹿8耐観戦出かけた2013年。

 休日の関係で現地に行けたのは金曜日のみにして土曜日は休息し、日曜日は出勤だった記憶がある。家で写真整理しながら鈴鹿サーキット配信動画で観ていたような…?

 

優勝MuSASHi RTハルク・プロ/CBR1000RR

高橋巧選手

 

ピットウォークでのレオン・ハスラム選手とマイケル・ヴァン・デル・マーク選手

 テスト日に初めてレオン選手にお会いできた。「あのロン・ハスラム選手の息子かぁ~。濃い顔立ちだなぁ」と思った。

 マイケル選手は背が高いイケメンだった。

 ワールドスーパーバイクや英スーパーバイクから招聘されているとか詳しい情報は知らなかった。

 

レオン・ハスラム選手

 

マイケル・ヴァン・デル・マーク選手

 

2位ヨシムラスズキレーシングチーム/GSX-R1000

津田拓也選手

 

ジョシュ・ブルックス選手

 

青木宣篤選手

 青木三兄弟の長兄で元GPライダー。

 テスト日に初めてお会いしした。丁寧に対応して下さり「さすがはGPライダー」と感心したものだった。

 

3位Team KAGAYAMA/GSX-R1000

加賀山就臣選手

 ドリームチームを企画・編成し3位表彰台は見事。話題性だけではなかった。

 

芳賀紀行選手

 午前中の走行で逆バンクでクラッシュ。体へのダメージは少なかったようだ。

 午後からの走行では8耐スペシャル・カラーのヘルメットで走行。

 決勝では脱水症状になるまで周回を負担して走行した。

 

ケビン・シュワンツ選手

 予選ではサプライズで強敵(とも)ウェイン・レイニー選手のヘルメットを被って走行。

 アライとショウエイ、互いの契約ヘルメットメーカーを超えての想いに感激した。涙が出た。

 プロが個人的わがままを叶えるためにはどれほどの努力をしたのだろうか? それを了解した両ヘルメットメーカーの器の大きさも素晴らしい。

 決勝の走行は1スティントくらいだっただろうか。

 

ピットウォークでのシュワンツ選手

 ピットウォークに入り、真っ先にTeam KAGAYAMAピット前に向かった。

 待っていても誰も選手が出てくる気配が無く、残り時間を考えて他のチームを巡ることにした。

 一周して帰ってみるとシュワンツ選手がサイン会を行っていて長蛇の列ができていた~っ! しかも締め切られていた。なんてこった!

 

もちろん購入。ケビン・シュワンツ弁当~ッ!

 まだミニカーラックの上に飾っている。

 

ピットウォーク待ち時間に昼食

 食後はお手洗いで重箱を軽く洗って持ち帰った。

 

 GPスクエアのスズキブース横に出展していたTeam KAGAYAMAのグッズショップ

 8耐「本戦」の華やかな雰囲気と、シュワンツ選手の復帰が「この1戦のみ」という限定性があってテンションが高まり、グッズを色々と買いそうになってしまった。同じ状態になったのは、Gr.A最終戦INTER TECでのチー国グッズがそうだった。

 迷った挙句、ステッカーを2枚購入。

 

翌年の鈴鹿8耐テストの際に加賀山選手、芳賀選手、シュワンツ選手にサインを入れて頂いたステッカー

 

モリワキ祭の時にシュワンツ氏にサインを入れて頂いたステッカー

 シュワンツ選手の選手としての走りを再び観る事ができて感激した。

 

 

 


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23年ぶりの鈴鹿8耐―2013年は金曜日のみ ジョナサン・レイ選手はTSRから

ジョナサン・レイ選手/F.C.C. TSR Honda/CBR1000RR

 今やワールドスーパーバイク5連覇の最速ライダー

 全大会・2012年に秋吉耕佑選手、岡田忠之選手と組んで8耐優勝を遂げている。

 テストの段階から地元の友人に「ジョナサン・レイ選手にもサインもらっておいたらいいよ」と教えてもらっていたが、全く会えなかった。

 顔は分からなかったが、レッドブルのツナギを着ていたので「あの選手か」と目星はついていたのだが…。

 

清成龍一選手/F.C.C. TSR Honda/CBR1000RR

 ワールドスーパーバイク、英スーパーバイク、アジアロードレースと、海外を拠点に活動していたので名前は知っていたが、ピットウォークで初めて顔を見た。

 

 ケビン・シュワンツ選手が選手復帰するということで観戦に出かけた2013年の鈴鹿8耐

 最後に観戦したのが1990年。以後は東京に引っ越したため、なかなか鈴鹿まで足を延ばせないでいた。実に23年ぶりだ。

 とは言っても平日休みなので観戦は金曜日1日のみ。

 

 早朝、近鉄特急を使って白子まで行くと8時過ぎに到着する。

 当時はデジタル一眼レフ+スチールカメラの望遠レンズの組み合わせで撮影。

 本体とレンズのマッチングが良くなくて明るさがうまく調整できなかった。

 走行写真以外はコンデジ撮影。

 

鈴鹿クイーンのお姉さん

 金曜日はまだ人が少なかったが、楽しみにしていた「BASE8耐」が土曜日からと知ってガッカリ。

 

MotoGP宣伝ブース ストーナー選手のRC211Vにまたがって、もてぎエンジェルのお姉さんと一緒に写真が撮れた

 

『バリバリ伝説』企画展が開催

 各メーカーの8耐参戦マシンも展示。

 

中須賀克行選手/MONSTER ENERGY YAMAHA -YART/YZF-R1

 まだファクトリーチームが無かったため、EWC参戦チームであるYARTヤマハのライダーとして参戦。

 今年の野佐根選手のような状態。

 

ジョシュ・ウォーターズ選手/MONSTER ENERGY YAMAHA -YART/YZF-R1

 

ブロック・パークス選手/MONSTER ENERGY YAMAHA -YART/YZF-R1

 

出口修選手/エヴァRT初号機シナジーフォースTRICK☆STAR/ZX-10R

 

伊藤真一選手/TOHO Racing with MORIWAKI/CBR1000RR

 '90年代にロードレースを観戦強いた時の新星だった伊藤真一選手がまだ走ってくれていて嬉しい!

 モリワキが単体ではなくトーホーレーシングと組んで参戦していた。

 

玉田誠選手/Honda Team Asia/CBR1000RR

 元日本人MotoGPライダーの玉田選手も走ってくれていた。

 ピットウォークで初めてお会い出来て感激。

 

まだ太っていない💦(笑)

 

 

KTM HAMAGUCHI BAKUON RACING/RC8R

 ファン感謝デーに痛バイクを展示してあったので『ばくおん!』の存在は知っていたが、まだコミックスを読んだことはなかった。

 バイクにプリントされている羽音ちゃんは何故ドカヘルなのだろう? あのドカヘルのイメージで最初は暴走族漫画かと思ってしまった。

 ファン感の展示で初めてKTMというバイクメーカーを知ったのだった。

 

ラベレッツアスピード&くまモン/ドゥカティ1199Panigale

 「うわっ! くまモンが走ってる!!」と驚いた。

 

 

 


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外出できない時は家でミニカーラック棚板づくり ミニカーラックへの道56

ミニカーラックへの道56

 サーキットどころか外出も自粛しているので、この機会にミニカーラックに手を入れようとここ2週間くらいかけて棚板づくりをしていた。

 まあ、ホームセンターには行かなくてはならないのだが。

 

 シリーズ通し番号を確認するために過去のブログを見ると、ちょうど1年前に更新していた。

 屋外でノコを引いたりペンキを塗ったりするので春が一番作業しやすいのだ。

 夏から秋は暑いし蚊が飛んでくる。

 冬になると寒くてできない。

 特に今はレース観戦に行かないので板やペンキ、透明ペット材を購入する資金がある

 ミニカーラックに差し込む棚板は一年前から工夫も進化も無く同じサイズで制作。

 下段に少しでも光が入るように板の先端部分にはペット材のシートを取り付ける。

 それだけだと重量で湾曲してしまうので支える横棒を加えた形状だ。

 

裏面

 裏面はビスに引っかけてもズレないようにしている。短い棒が前後のビスの間に入るのだ。

 ミニカーをぎっしりおいてしまったらペンキを塗る必要が無いのではないか?―と思われるだろが、板の劣化防止のためには表面をペンキ塗りする事が必要なのだ。

 

 板のカット、組み立て、ペンキ塗り、透明材接着をチョコチョコやって二週間。

 今回作った棚板6枚を使って一部入れ替えをしてみた。

 ミニカー入れ替えの際は「レンズ拭き」でホコリを取り除く。

 

最上段がワールドチャンピオン、サイン入りミニカー・コーナー

その下からベネトン・コーナーが始まる

 

ベネトン・コーナーの下に京商1/64を中心にジャンル&メーカー別に並べる

 京商「サーキットの狼」「よろしくメカドック」もここに置く。

 

一番下にはサイズが大きいケーシー・ストーナー選手サイン入りホンダ211Vと、柳川明選手、渡辺一樹選手サイン入りカワサキH2R

 京商1/64ミニカーのポルシェやBMWの近くに置いていたイエーガーマイスターのミニボトル。棚板の間隔を狭めたために置けなくなったため一番下に移動。

 

 新しい棚板と入れ替わりに外に出した旧型は、使えるパーツは残して次に作る際に流用する。

 どこかの棚板はまだ初代の板が使われているかもしれない。

 

 

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ケビン・シュワンツ選手復帰で観に行った 2013年鈴鹿8耐テスト

 元WGP500チャンピオン、ケビン・シュワンツ氏2013年鈴鹿8耐で選手復帰する! という衝撃ニュースが伝わった。

 WGPを一番熱心に観ていた時代の好きな選手なだけに「これは観に行くしかない!」と動かされた。

 

 2012年の鈴鹿サーキット50thアニバーサリーを控え、大々的に開催された3月のファン感謝デー。ゲストとして久しぶりに鈴鹿サーキットに登場したケビン・シュワンツ氏とワイン・ガードナー氏。嬉しかった~。

 この時、加賀山就臣選手とトークショーを行ったシュワンツ氏。この時から「8耐出場」が動き始めたと後述している。

 

2012年鈴鹿ファン感謝デー この時から復帰が動いた

 

 7月上旬に行われる8耐テストにシュワンツ選手が参加される。平日休みだったのでチ「ャンス!」とばかりに観戦に出かけた。

 当時はまだ往復の交通に近鉄特急を使っていた。

 

8耐ラッピングの自販機にビックリ!

 1990年の鈴鹿8耐を最後にロードレースから遠ざかっていたので、選手の世代は完全に交代してほとんど知らない選手ばかり。

 かろうじて鈴鹿8耐はチェックしていたのでトップ選手の極々一部しか知らなかった。テストに行っても❝シュワンツ選手だけ❞が目当てと言っても過言ではなかった

 

Team KAGAYAMA/スズキGSX-R1000

 加賀山就臣選手はケビン・シュワンツ選手だけでなく、ヤマハで走っていた強敵(とも芳賀紀行選手も加えたドリームチームを編成。この年一番の話題になった。

 その作戦のおかげでドルフィンは8耐…ロードレースに再び熱を上げるようになったのだ。

 

ケビン・シュワンツ選手

 当然ながら選手復帰で走るのを観るのとデモランを観るのとは違う。本来の戦う姿なのだ。熱の伝わり方が違って来る。

 シュワンツ選手の歳を重ねているのに過酷な夏の8耐を走ろうとする挑戦者魂はリスペクトに値する

 

 久しぶりにロードレースを観て、ほとんど転倒しているような深いバンク角になっていた事に驚愕したが、シュワンツ選手は割りとリーンウイズ・タイプ。「あぁ、こういうコーナーリングだったな」と懐かしく感じた

 ドルフィンも含め多くのファン(おっさんばかり・笑)がシュワンツ選手がピット裏に現れるのを待っていた。

 前年のファン感でチャンピオンバイクのミニカーにサインを頂いている方を見かけて「これはいい!」と、この時はドルフィンもチャンピオンバイクにサインを入れて頂いた。感激だ。

 初めてチャンピオンバイク・ミニカーにサインを入れて頂いた選手になった。

 

加賀山就臣選手

 ヨシムラで鈴鹿8耐を制したので知っている選手のひとりだった。

 2011年のファン感の際に初めてお会い出来てサインを頂いた。

 

バイクから降りると杖をついて歩いていて痛々しかった

 

芳賀紀行選手

 8耐優勝。そしてワールドスーパーバイクで走っている選手ということは知っていたが、この時は顔がよく分からなかった。

 

 


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オーバルの面白さが分かったCART バドワイザー500 パパは?叔父ちゃんは来てないの?

 新造されたツインリンクもてぎで日本初開催となったCART「バドワイザー500」

 「500」はインディ500のような「マイル」ではなく「キロ」なので、インディより短い。

 

 友人が当選したチケットを3人で「金」「土」「日」とシェアする作戦。平日休みのドルフィンは金曜日に観戦に行った。

 木曜日の夜に到着し、愛車はホンダS-MXだったので車中泊も楽々。

 レース写真はスチールの一眼レフカメラで撮影したが、雑感はコンパクト・デジカメ「コダックDC210ズーム」で撮影していた。まだ110万画素しかなかった。

 それでも当時は要領が大きい記憶媒体が無かったので、画像を小さくして保存して残していたのをようやく発見できた。

 

決勝日のエキシビションで行われるプロペラ飛行機の練習・コンデジで撮影

 ストレートの上を低空飛行している。

旋回飛行 これは一眼+望遠

「Budweiser」と描く練習?

 決勝はTV放送を録画して観た―と思う。

 実際に走りを観てしまうと決勝も観たくなってしまう。

 

 オーバルは楕円をグルグル回っているだけのように思えるが、4つあるターンの使い方・走り方が違うので面白い。これは実際に観てみないと、TVのような❝追う画面❞では分かりづらいと感じた。

 もてぎは第3ターンがパッシングポイント。

 

マイケル・アンドレッティ選手/ニューマン・ハース・レーシング/スゥイフト007.i /フォード

 F1では成功しなかったがCARTシリーズではチャンピオンを獲得。

 マイケルもいいが、ドルフィンとしては「パパはいないか! パパはいないか⁉」マリオ・アンドレッティ氏の姿を求めて目を凝らしてピットを見ていたが、姿を見つけられなかった。来日していなかったようだ。

 現在はアンドレッティ・オートスポーツのオーナーで、佐藤琢磨選手がインディ500を制覇した時のチームだ。

 

クリスチャン・フィッティパルディ選手/ニューマン・ハース・レーシング/スゥイフト007.i /フォード

 元F1ドライバー。日本GPの際にサインを頂いた事もあるので「良い成績を取って欲しい」と願っていた。

 クリスチャンもいいが「叔父ちゃんは来ていないか! 叔父ちゃんは来ていないか⁉」と、前年まで走っていたエマーソン・フィッティパルディ氏姿を求めて目を凝らしてピットを見ていたが—以下同文。

 

ジミー・バッサー選手/TARGETチップ・ガナッシ/レイナード 98i/ホンダ

 

アンドレ・リベイロ選手/マールボロ・チーム・ペンスキー/ペンスキーPC27-98/メルセデス 

 

ヒロ松下/アルシエロ=ウエルズ・レーシング/レイナード 98i /トヨタ

 インデイライトから参戦し、CARTにステップアップ。長年アメリカンレースを走り続けてきた。インディ500を走った初めての日本人選手。

 松下選手もずっと雑誌でしか活躍を見られなかったひとりだ。

 

ピットでのヒロ松下選手

 

松田秀士選手/デラ・ペンナ・モータースポーツ/スウィフト 009.c /フォード

 同年のJGTCテストの時に写真にサインを入れて頂いた。

 シティターボⅡレースで「転倒虫」と呼ばれていた(義兄・ビートたけしさんの『スポーツ大将』でだったかな?)松田選手がこうしてCARTを走っている―感慨深いものがあった。

 

ピットでの松田選手

 

パトリック・カーペンティア選手/フォーサイス・レーシング/レイナード 98i /メルセデス

 

J.J.レート選手/ホーガン・レーシング/レイナード 98i /メルセデス

 F1日本GP、鈴鹿1000㌔で走りを観てきたJ.J.をCARTでも観られた!

 CART参戦はこの年限り。

 鈴鹿のイベントで呼んで欲しい。

 

ピットでのJ.J.レート選手

 

マウリシオ・グージェルミン選手/パックウエスト・レーシング・グループ/レイナード 98i /メルセデス

 F1レイトンハウスでも走っていたグージェルミン選手。

 チームメイトはやはり元F1ドライバーのマーク・ブランデル選手だった。

 

ツインリンクもてぎに行った記念に買った絵ハガキ

 記念になるものがこれくらいしか無かったので。使って2枚しか残っていない。

 

 

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初めてのCART 初めてのツインリンクもてぎ バドワイザー500

 ホンダがエンジン供給していたCARTシリーズ

 ロードとオーバルの二種コースがら成る「ツインリンクもてぎ」完成の翌年1998年にCARTシリーズ第2戦が「バドワイザー500」として日本で初めて開催された。

 

 観たかったレースがいよいよ日本開催の運びとなったが、当時は平日休みだったのでどうしようかと悩んでいた。

 そんな時に友人が「チケット当たったんだけど、日曜日しか行けないから金曜日行く?」と絶好の話を持ち掛けてくれた。

 ドルフィンの金曜日、もう一人の友人が土曜日・予選、当てた本人が日曜日・決勝―という形でチケットをシェアすること話がまとまった。

 

チケットの使用しなかった部分

 チケットは郵送で受け取り、観戦後に埼玉の友人宅に届ける手順。静岡から初めてのもてぎに向けて、愛車・ホンダSMXで夕方から出発。

 東名高速~首都高~常磐自動車道を走る。当時でもカーナビは付けていなかったので自動車MAPが頼り。

 常磐道を降りてからはサーキットまでの案内板が頼り。サーキットに向かう車が何台かいてもよさそうだが全くおらず夜間単独走行。

 どう走ったのか分からないまま到着(笑)。

 ゲートを抜けて内部駐車場で夜をあかす。駐車場には多くの車が停まっていた。

 明るくなってみるとサーキットに近い位置で車を停められていた。

 

当時持っていたデジカメで撮影

 初めてのサーキットはワクワクする。しかも完成して1年と経っていない最新サーキットだ。

 トイレや洗顔がてら付近を探検。食事はどうしていたのだろう? 覚えていない。

 金曜日なのでお客さんもまばらだ。とりあえずはチケットで入れるエリアに行ってみる。第4ターンを立ち上がったところだったはず。

 

写真4枚でオーバル全景を撮影した半分

 F1のように海外レースの雰囲気が漂って気持ちが昂る

 最前列は金網のすぐ先がコースだ。コンクリートウォールの上に位置するが、インディ500で見るような激突クラッシュの時にお客さんは大丈夫なのだろうか?

 

 走行が始まる。

 これだけコースに近いのだから爆音もさぞかし耳を引きちぎられるほどだろう。と思っていた。

 ―が、想像に反して静かだった。肩透かしを食らったようだった。シュゥゥゥ~ンという感じで通り過ぎてゆく。

 コースに近いので風圧もかかってくるのではないかと思ったが、全然無かった。

 

全ドライバー記念撮影―後ろからになってしまった

 せっかくなのでターン1方面にまで足を延ばした。

 途中でレース系アパレルの叩き売りをしていて、そこでベネトンフォーミュラ1のベンチコートが安かったので購入。今でも着ている。

 

 ターン1からはピットアウトの迫力あるシーンが正面で見られる。従来のサーキットではこの構図では観る事はできない。

 

 インディシリーズも誘致せず、東日本大震災で亀裂が出たとかのスーパースピード・オーバル。MotoGPやスーパーGTのようなBIGレース開催時に駐車場として使われているシーンを見ると、勿体なくて涙が出る

 

 オープンホイールのマシンが3ワイドで走る迫力あるシーンが観られ、絶叫せずにはいられない。

 

ターン1で3ワイド!

 TV放送されたシリーズを観てきたので、ある程度は選手やチーム名は把握していた。

 もう1年誘致が早ければ、エマーソン・フィッティパルディ選手が走っていたのになぁ。

 

CART界のウイリアムズ/ホンダ、チップ・ガナッシ

 

チャンピオン 

アレッサンドロ・ザナルディ選手/TARGETチップ・ガナッシ/レイナード 98i/ホンダ

 F1では不遇だったがCARTシリーズでは圧倒的な強さを見せていた。

 大事故後はパラリンピックの車椅子マラソンに出場し金メダルを獲得。その不屈の精神、挑戦者魂は人間としてリスペクトできる

 スーパーGTとDTMの交流戦にも出場した。観戦しに行きお会いしたかった。

 

もてぎ戦優勝

エイドリアン・フェルナンデス選手/パトリック・レーシング/レイナード 98i /フォード

 

アル・アンサーJr.選手/マールボロ・チーム・ペンスキー/ペンスキーPC27-98/メルセデス 

 

 TVや雑誌でしか見ることができなかったBIGネームの走りを観られて興奮しっぱなし。

 

ジル・ド・フェラン選手/ウォーカー・レーシング/レイナード 98i/ホンダ

 

グレッグ・ムーア選手/フォーサイス・レーシング/レイナード 98i /メルセデス

ターン3でクラッシュ

 

ポール・トレーシー選手/チームKOOLグリーン/レイナード 98i/ホンダ

 

 

 

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フェラーリ、ランボ、ポルシェが参戦 1994年全日本GT選手権 外国車と1~3位

 1994年に全日本GT選手権が発足。開幕戦が富士スピードウェイで開催された。

 自動車メーカーが力を入れたJTCCとは裏腹に、GT選手権はプライベーターが市販車から車を作り上げてサーキットに持ち込んでいた。

 スーパーカーがレースをしてくれるのは、スーパーカーブームを受けて育った身としてはとても嬉しかった。

 

太田哲也/鈴木恵一 組/タイサンADVAN F40

 世界のレースで活躍していたF40。日本の公式戦ではGT選手権が初。

 F40参戦は大きな話題だった。

 日本のフェラーリ使い・太田哲也選手がドライブ。

 

アンソニー・レイド/茂木和男 組/タイサン・アドバン962C

 純粋レーシングカーながら「ロードゴーイングカーがあるからGTマシンとも言える」とか何とか無理矢理な特別措置で参戦。

 ウェイトハンデは300Kgもあったがポールポジションを獲得。

 

和田孝夫/池沢さとし 組/レインX・アート・カウンタック

 世界で初めてレースに参戦したカウンタック。

 カウンタック25thアニバーサリーをGT参戦のために改造。開幕戦は足回り以外はほぼノーマル状態。

 「ランボルギーニはレース用パーツが無くて毎戦テストだった」と池沢選手は後述している。

 それでもランボルギーニが、カウンタックがサーキットを走ってくれる事はリアル『サーキットの狼』で感激モノだ。

 観ている側からも「すぐにいなくなってしまうだろうから、早く写真を撮っておかねば」という感じだった。

 

マウロ・マルティニ選手/acomポルシェ911

 

小幡栄/上原英郎 組/KORG KEGANIポルシェ

 「GT2」マシン。開幕戦クラス優勝。

 小幡選手は「GT2」シリーズチャンピオンを獲得する。

 

 

優勝:影山正彦選手/カルソニックスカイライン

 

2位:袖山誠一/山路慎一 組/コクピット館林スカイライン

 

3位:太田哲也/鈴木恵一 組/タイサンADVAN F40

 

 

 

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一生の思い出 '76 F1 in JAPAN スーパーカー目当てでレース初観戦

古い写真、しかもブレブレばかりです。悪しからず。

 1976年に開催された「 F1 in JAPAN」がレース初観戦。

 

 純粋に「F1を観たい!」と思ったのではなく「東洋で初めて開催される大きな自動車イベントなら❝いい車❞(当時はまだスーパーカーの呼称が無かった)に乗った人が来るだろう」と、スーパーカー観たさに出かけたのだった。

 スーパーカーショーもまだ行われておらず、雑誌の広告に載っている首都圏の外車ディーラーには行けないし❝近場❞で観られる手段の一つだった。

 

 何より「子供は何人でも1,000円」の料金が良かった。

 隣に住む同級生と彼の弟、弟の友人の計5人で出かけた。ーなのでF1を200円で観られた事になる。そりゃ赤字大会になるわ!

 

チケットも五等分した

 同じ県内東部ではあるが、子供同士だけで御殿場までレース観戦に行くなど親の反対が無いわけではなかった。ーが、押し切ってしまった。

 

 誰も行ったことが無い場所に大雑把な時間計画の元、早朝に出発。朝から雨だったのでカッパは着ていた気がする。

 国鉄・沼津駅から御殿場線に乗り換えて御殿場駅まで。そこかバスに乗る予定だった。

 ところが発着場はバス待ちの人であふれかえっていて、バスもいつ来るか分からない状態。それならタクシーで―と、直接タクシー会社事務所まで行ったものの、これまたいつ車が戻ってくるか分からない状態。

 「行ける所まで歩いて行こう」と歩き出した。これが若さか…。

 歩き出してみて分かった。御殿場市内にまで続く大大渋滞だった。

 道は分からずとも渋滞している車沿いに歩いて行けばいい。目的地までの距離を知らないからできたのかもしれない。

 

 渋滞している列の中に『サーキットの狼』に出てくるようなスポーツカーはいないものかと探しながら歩き続ける。

 ハコスカやケンメリのGT-Rは当時でも珍しかった。が、外見的特徴が無いのでエンブレムだけ付け替えているかもしれない。ハコスカGT-Rに乗っていたお兄さんに「本当にGT-Rですか?」と聞くと、「本物だよぉ」とニヤニヤしながら答えていたのを覚えている。あの笑いは…?

 歩き進みながら持って来たおにぎり🍙を食べたり、ガソリンスタンドでトイレ借りたりした。靴の中は既に濡れてぐちゃぐちゃ。それでも尚、渋滞している車よりも速いペースだった。

 富士霊園に続くゴルフ場横の直線に入るくらいでようやく車が流れ出した。

 

 ようやく目的地・富士スピードウェイに到着した。何時間かかったのか分からない。

 ところがサーキットのゲートをくぐってからがまた長い。走っている爆音は聞こえてくるのだが、全然コースが見えて来ないのだ。

 

背景や雰囲気もお楽しみください

 ようやく最終コーナー脇にたどり着いた。高橋徹選手の事故以来、現在では観戦ができないエリアだ。

 生まれてこのかた、聞いたことが無いほどの爆音を上げて走るF1マシン。水しぶきとともに一瞬で通り過ぎる速さ。「なんだこれは⁉」

 
 知っているドライバーはチャンピオン争いをしている「ラウダ」と「ハント」くらい。6輪車も走っているので探した。「6輪タイレル」なので「6輪タイヤル」と覚えた。
 日本人も走っているようだが良くわからない。
 
左がアンドレッティ選手/ロータス77 右端にタイレルP34
 コンパクトカメラに36枚フィルム1本のみ。流し撮りなど知らない。現像してビックリ。みんなブレブレ(笑)。
 戻れるものなら予選日からデジカメ持ってパドックパス(当時価格で3万円)買って観戦に行きたい!
 後に'76年、’77年のF1のネガは友人に貸したところ紛失されてしまって再プリントできないものもある。
 
アルトゥーロ・メルツァリオ選手/ウイリアムズFW05
 走行が一旦終了すると、他に観戦場所は無いものかと手分けして探しに行ったが、人が多くて結局は最終コーナーをベースにすることにした。
 駐車場もスポーツカーが停まっていないかとチェック。
 

 グランドスタンド裏まで行ってみた。
 近年のようなイベントは無かったが、グランドスタンド下のグッズショップは魅惑的だった。
 JAFがテントでブースを出していて、そこでアンケートに答えて「JAFMate」誌とロータスのステッカーを頂いた。

 

最終コーナー内側の駐車場に停まっていたコルヴェット

 後から雑誌を読むとスタートが何時間かおしたらしいのだが、タイムスケジュールなど良くわかっていなかったので、走っていない時はウロウロしてスポーツカーを探したり友人とお喋りしていた。

 

開会セレモニーのハーレー編隊走行 気が付けば流し撮り

 レースがスタート。単独ではなく集団となると爆音が増大。鼓膜が引き裂かれそうだ。

 ところが、スタートしたと思ったら、また停まっている。「あれ?」 思えばフォーメーションラップだったのだ(笑)。

 

長谷見昌弘選手/コジマKE007

 レース展開など良く分からない。爆音の合間かすかに場内放送が聞こえる程度。

 でも観ているだけで面白い。引き込まれる魅力があった。

  

 スタート後、しばらくして場内が異様な騒めきに包み込まれた。

 どうやって知ったか覚えていない。場内アナウンスか近くで観ていた方からか…。チャンピオン争いをしていた「ラウダ」がリタイアしたらしいのだ。

 

「四輪の神3」のひとりと崇めるニキ・ラウダ選手/フェラーリ312T2の写真もこの1枚限り

 

ヨッヘン・マス選手/マクラーレンM23

 

「四輪神3」の二人、マリオ・アンドレッティ選手/ロータス77ジェームス・ハント選手/マクラーレンM23

 

ビットリオ・ブランビラ選手/マーチ761

 

チャンピオン獲得に向けて走るジェームス・ハント選手/マクラーレンM23

 レース終盤には雨が上がり、パドックに向かう道の脇にある土手から観た。

 霧が晴れて1コーナーの先にある山々が見え始めていた。

 ストレートをカッ飛んでいくマシン。木霊する排気音。美しい光景として記憶に刻まれている。

 

 いつの間にかレースが終わったらしい。

 優勝は「アンドレッティ」でチャンピオンは「ハント」らしいと友人が教えてくれた。

 大会は終わったが、我々はこれで終わりではない。まだ帰りがある。

 レース終了時間がおしたため❝バスの最終❞が終わってしまっていた。レース最後までバスは待っていてくれなかったのだ。なんということだ。

 交通手段を持たない子供にとって大ピンチ。

 

 ここでメンバーの一人が「親戚が須走で民宿をやっているから連絡してみる」と提案してくれた。「須走」がどの辺りなのか分からないが。

 次は電話機探しだ。メインゲート脇にあったか、事務所で借りたかは覚えていない。

 なんとか連絡が取れて親戚の方が民宿のバンで迎えに来てくれた。その頃には空は暗くなっていた。暗い空。車のライト。迎えに来てもらった安心感を覚えている。

 

 一旦、須走の民宿に寄せてもらい暖を取り木の葉丼もご馳走になった。みんな家に連絡を入れた。TVで好きだった『円盤戦争バンキッド』を観たので、そう遅い時間ではなかったと思う。

 民宿の方が家まで送って下さった。本当に感謝している。後から親がお礼をしてくれていたと思う。

 

 こうして長く刺激的な、そしてドルフィンをモータースポーツに引きずり込む—人生を変えた1日が終わったのだった。

 あの日、F1を観に行っていなかったら、スーパーカーブームの終焉とともに車好きも終わっていたかもしれない。

 

 

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全日本GT選手権 最初の大会1994年「富士GTレース」国産車編

 Gr.AマシンによるJTC(全日本ツーリングカー選手権)が終了し、1994年から全日本格式のハコレースはJTCC全日本GT選手権の二つが始まった。

 日産、トヨタ、ホンダ、マツダ等のメーカーが力を入れたのはJTCC。

 GT選手権はプライベーターが行き場が無くなったGr.AやJSSマシンを転用する場のような感じだった。

 パワー差でGr.A系が「GT1」、JSS系が「GT2」としてクラス別けされた。

 

ピットウォークのチケットがあるのに写真が残っていない!?

 スーパーシルエットから始まって、Gr.AやJSSが好きだったので、4ドアセダンのプリメーラやコロナのレースよりもGT選手権に魅かれた。「やっぱりスカイラインが走らないと面白くないでしょ!」と。

 前年開催の「IMSA GTチャレンジ」GTマシン1号車のカルソニック・スカイラインやシルビアを観たので、その進化系も観ておきたく、当時住んでいた東京から観戦に行った。

 

スターティンググリッド

 発足1年目だったので、レースは二人で交代してもピットイン義務を果たせば一人で走っても良かった。

 Gr.Cカーであるポルシェ962Cも台数確保の特別措置でハンデを負って参加していた。

 ギッチギチに絞めつけられているより、この❝ごった煮❞感というか❝ゆるさ❞が逆に面白かった

 

スタート

 

影山正彦選手/カルソニックスカイライン

 「カルソニックスカイライン」に星野一義選手が乗っていないのはとても違和感があった。

 影山選手は全日本GT選手権の初代チャンピオンに輝く。

 

鈴木利男選手/ZEXELスカイライン

 

長谷見昌弘選手/ユニシアジェックススカイライン

 確か長谷見選手のマシンは前年までのGr.Aを長谷見モータースポーツでGT仕様に改造したマシンだったはず。なのにGr.AのユニシアジェックスR32 GT-Rが現存してるのは何故だろう?

 

袖山誠一/山路慎一 組/コクピット館林スカイライン

 

飯田章/山田英二 組/ジョンソンスカイライン

 開幕戦はGr.Aのような外観。シーズン途中でオーバーフェンダーに巨大ウイングが付いた❝GT❞仕様になった。

 

影山正美選手/FEDEX NISSAN GT-Z

 IMSAっぽいカラーリングだが、まだこの時は市販Zからの改造だったと思う。

 

服部尚貴/大井貴之 組/CCIあめんぼうシルビア

 ムーンクラフトが制作・メンテナンスしていた。

 

石橋義三/青柳裕易 組/欧州車販売の外国屋スカイライン

 「GT2」マシン。開幕戦では2位。第3戦富士では優勝している。

 JSSで使用していたR31GTS-Rからの転用。

 

福山英朗選手/BLITZスープラ

 

望月英弘/石川朗 組/グレコレーシングスープラ

 

白鳥哲次/早川篤 組/ミューズオイル OW RX-7

 JSSから転用した「GT2」マシン。

 

 

 

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ヤマハワークスライダーが集結 ’87ヤマハ・チャンピオンシップ・カーニバル

 鈴鹿8耐でのヤマハファクトリーでの活動が休止することになった。

 新型コロナ終息後の世界不況を見越しての事だろう。リーマンショック後に相次いで自動車メーカーがワークス活動から撤退していったようだ。

 ロードレースも盛り上がって来ていたところなのに…。

 再びワークス活動を始める時、自分はサーキットに行ける状況にあるだろうか?

 

 ’86年の暮れだったろうか、行きつけのバイク屋さんで「これ行ってきたら」とチケットを頂いたのが「ヤマハ チャンピオンシップ カーニバル’87」だった。

 ドルフィンが8耐に行ってレース好きだと知っていたし、8耐で撮影したケニー・ロバーツ選手の写真をパネルにしえお店に飾ってもらったりしていたので下さったのだろう。

 2枚頂いたので友人とともに行った。

 ’87年1月末に名古屋国際ホテルのホールにヤマハの国内外ワークスライダーが集合するのだから夢のようである。

 東京をはじめとして地方都市でも同じようなイベントが行われたのだろうか?

 

 こんなBIGなイベントなのにお客さんが意外に少なかった記憶がある。

 ホールには’85~’86年を戦って来たヤマハのレーサーやオフロードのマシンが所狭しと展示されていた。グッズショップもあった。

 

 イベント最大のお楽しみ、WGPライダーによるトークショー

 チケットにか名前が載っていたが、チャンピオン、エディー・ローソン選手は不参加だった。

 

ケニー・ロバーツ監督

 神様、ケニー・ロバーツ監督だ!

 ’85年鈴鹿8耐でホテルに帰る時に姿をお見かけし、’86年8耐、富士スーパースプリントでその姿を追いかけて来た。こうして数メートル先におられるッ!

 カメラを構える手が震える。なんと神々しいお姿。直に生声を聞いたのはこれが初めて。

 

 今ならこれほどのメンバーが集まれば抽選かじゃんけん大会でサイン会に参加-となるだろうが、この日はサイン会等は行われなかった。いや、むしろグッズショップでサイン色紙を売っていたくらいだ。

 写真撮影はOK。

 

平忠彦選手

 他の全日本ライダーがヤマハのジャンパーを着ていたのに、平選手は自前(?)のジャケット。❝別格❞感が満ち溢れていた。

 さすが男前だ!

 平選手を間近で拝見したのは初めて。それまでは鈴鹿のスタンドからピットに出て来ている時に見たほどの距離があった。

 

全日本ロードレースでチャンピオンを獲得した平忠彦選手のヤマハYZR500

 

'86年サンマリノGPで優勝した平忠彦選手のMarlboro YZR250

 

’86年鈴鹿8耐を走った平忠彦/クリスチャン・サロン組のTECH21YZF750

 

マイク・ボールドウィン選手

 

’86年鈴鹿8耐を走ったケニー・ロバーツ/マイク・ボールドウィン組のLuckyStrike YZR750

 

ランディ・マモラ選手のLuckyStrike YZR500

 ランディ・マモラ選手はチケットに名前が載っていなかったので参加されていなくても致し方ない。

 

エディー・ローソン選手のMarlboro YZR500

 

カルロス・ラバード選手

 250ccクラスチャンピオン。

 

カルロス・ラバード選手のHausBergmann YZR250

 

クリスチャン・サロン選手

 ゴロワーズ・ヤマハと言ったらこの方!

 

クリスチャン・サロン選手のGauloises YZR500

 

ボルドール24時間にクリスチャン・サロン/ジャック・コルヌー/ティエリー・エスピ組で参戦したGauloises YZF750

 

マーチン・ウィマー選手とクリスチャン・サロン選手

 ウィマー選手はGP250ccクラスに参戦。この年-’87年の鈴鹿8耐には負傷した平選手に代わって参戦し優勝を遂げている。

 

河崎裕之選手、上野真一選手、片山信二選手ら全日本ライダーも登壇した。

 

 

 今はこのような企画は絶対不可能だろうな。

 もし開催されたらチケット高くても行きたい!

 

ラッキーストライクのお姉さん♥

 

TECH21のお姉さん♥

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