’84WEC JAPAN 優勝へは遠い国産勢 日産編
’84年EWC JAPAN。
「ル・マン優勝」を掲げてマシンづくりを行って来た国産勢だったが、ル・マンはおろか母国開催のEWC JAPANですらポルシェ956に大きく水をあけられてしまった。
速いマシン=カッコイイマシンなのだが、Gr.Cカーを代表すると言っても過言ではないポルシェ956の格好良さに対して国産勢のスタイルはとてもじゃないが及ばない。
大会や雑誌ではポルシェ勢と国産勢の対決を煽っていたが、ドライバーの腕を除いても素人目に「とてもこのマシンでは太刀打ちできない」と感じてしまうのだ。
17位:長谷見昌弘/都平健二 組/ニッサンスカイラインターボCトミカ
前年のスカイラインRSを模したフロントエンジンのCカーから変更された。結果はともあれRSの方が好きだったのだが…。
ルマンガレージ製造のルマンLM04C車体に日産直4ターボを搭載。
日産三台の中で唯一完走。
コンビニで再販された「トミカ長谷見昌弘スカイラインコレクション」
星野一義/萩原光 組/ニッサンシルビアターボCニチラ
前年のマーチ83Gシャシーを継続使用。
全日本戦を含めて一度も完走できなかった。
柳田春人/和田孝夫 組/ニッサンフェアレディZ・Cコカコーラ/キヤノン
前年から引き続きルマンLM03Cシャシーを使用。
1000㌔の長丁場だけにクラッシュも至る所で続出だった。
後ろの#16は日本人最上位、C2クラス優勝の長坂尚樹/鈴木恵一 組のホルツMI-C
既に停まっているマシンにスピンして激突
事故処理中のセーフティーカーラン
FISCOセーフティーカーはZ31型フェアレディZ
トミカのFISCOセーフティーカーZ
可変ポジション/ヤマハ・モルフォ ’89名古屋モーターフェスティバル2輪編
1989年の東京モーターショーの地方版、ナゴヤ・モーターフェスティバルに行った。
当時は大阪に住んでいたのだが、名古屋市に居た彼女とのデートを兼ねていた。前回(’87年)も名古屋に行って会場も分かっていたし、レーシングマシンの展示台数も多かった事もある。
愛車トヨタ・スターレット・ターボSスーパーリミテッドを飛ばして往復していた。
ヤマハ・モルフォ(MORPHO)
’89年ショーの最大の目的はヤマハが送り出したコンセプトバイクのモルフォ。
過去2回はスズキがファルコラスティコやヌーダといったコンセプトバイクを発表したが、この年はヤマハが未来型バイクを発表した。
片持ちセンター・ハブステアリングを持つ。リアは両持ち。
最大の特徴はハンドル部分が持ち上がりポジションが可変できる事だ。ライトはボディサイドに取り付けられている。
可変機能が無くてもカッコイイデザインだ。
リアも鈴鹿8耐のYZF750で片持ちを使ったのだから、そのまま片持ちにしても良かったような…。
ホンダNR
レースでは使用されていた加工が難しい楕円ピストン750ccエンジンを市販車に使用する事でも話題になった。
レーサーレプリカとは異なるがレーシングなスタイルで見る者を引き付ける魅力があった。
バブル景気の真っ只中で520万円の価格で販売された。
数年後、実家近くのバイクショップにナンバー登録車が置いてあって驚いた。
ホンダNSR500 エディ・ローソン選手WGP500ccチャンピオン獲得車
ホンダNSR250 アルフォンソ・ポンス選手WGP250ccチャンピオン獲得車
ケビン・シュワンツ選手のスズキRGV-γ500
カワサキZXR-7
哀惜・石原プロ~ 警察車両を逸脱した マシンRS1
隣街にオープンしたオートバックスに、撮影が終わった西部警察特殊捜査車両4台がキャンペーンでやってきた。
オートバックスは『西部警察』放送スポンサーだった。「PARTⅢ」オープニングでは鳩村刑事がGSX1100カタナに乗りオートバックスの看板前でポーズを決めている。
長年見たかったマシンが近場にやってくると広告かTVのスポットCMかで情報を得て胸躍らせたのだった。
ドルフィンはホンダMVX250で、友人はヤマハRZ250で走って見に行った。マシンのコクピットに座っている服装から冬場だったと思われる。
マシンRS1
日産スカイラインRSターボをベースにした西部署特殊捜査車両軍団の❝攻撃車❞に位置付けられたエースマシン。ゴテゴテしいがエースとしての威厳と格好良さがある。
特殊ハイテク装備に加え、警察では使用不可能なマシンガンまで装備してしまった超架空マシンと化した。
せっかく装備されたマシンガンだが登場回と桜島ロケ編の2回しか使用していない。
どうせなら「PARTⅠ」福岡ロケ編や北海道ロケ編のように爆撃してくる犯人車を追うような状況でバリバリ撃ち反撃しまくってほしかった。
車内コンピューターやマシンガンを再現したアオシマ・ダイキャストムービーコレクションの1/43ミニカーと実車の比較。
初代のマシンXから比べると整然とした作りになっている。当時はそれがカッコ良く見えたが、時間を経過してみるとマシンXの雑味がある内装の方が味があって良い気がする。
乗員は1名。運転中に一人でこれらの機器を操作するのはかなり困難な気がする…。
マシンガンは手動で角度調節ができるらしい。
急加速装置・アフターバーナーを装備しているが、使用されたのは登場回のみ。
マシンXの頃は他の車両に対して「先に行くぞ」と大門団長が飛ばして行くシーンがあったが、RS軍団になってからはハトのカタナを先頭に、団長のSUPER Z、そしてRS軍団という走行フォーメーションを取っていてRS1のみが先行することは無かった。
オートバックスのオープン記念で大門軍団の俳優さんのサイン色紙が当たる抽選会に応募した。
ハガキで当選通知が届いた。平尾一兵役・峰竜太さんのサイン色紙が当たり、後日受け取りに行ったのだった。当たるとは思っていなかったので、嬉しかった。
内部再現されたダイキャストムービーコレクションが出る前に発売されていたアオシマ・スカイネット版1/43ミニカーはマシンガンすら取り付けられていなかった。
マシンガンは発射口がモールドで表現されているだけ
20年近く前に、静岡県中東部のおもちゃ屋さん巡りをしていて沼津の商店街にあるおもちゃ屋さんで「RS3」とともに発見。
車内の作り込みが無く、マシンガンも無かったので(RS3はサーチライト&ビデオカメラが取り付けられていた)少しは購入に悩んだ。しかし、せっかく西部警察車両を集めるチャンスであり、「RS1」はこの店でしか確認していなかったので、予算の都合をつけてから購入に行った。
’84年WEC JAPAN F1経験&ル・マン優勝の猛者ぞろいプライベート・ポルシェ勢
’84年WEC JAPANはポルシェ956がプライベーターに引き渡されて2年目。内外から956使用プライベーターが多く参戦してきた。
海外プライベーターは元F1ドライバーやル・マン24時間レース優勝ドライバーが名を連ねていた。日本でF1が開催されていない時期だったので、憧れのドライバーが走る姿を見ることができるのでとても楽しみだった。
ポスター絵を使ったステッカー
チケット売り場等に貼られていたものと推測される
鈴鹿でF1日本GPが開催されるようになると、秋にBIGレースを2つも観戦できる予算は無いのでWEC JAPANは観に行かなくなってしまった。
スターティンググリッド
C1、C2、GTX、GTUクラスが混走。国内戦ではここまで多くの台数が走らないので、台数の多さもまた魅力だった。
ワークス・ポルシェは#3を予備にエントリー
カメラマンがカメラをノーズに置いている。いいのか?
後ろのガレージにあるS30型Zのペースカーにも目が行く。
4位:アンリ・ペスカローロ/ステファン・ヨハンソン組/Joest PORSCHE
ペスカローロ選手は’70年代にF1に参戦。ル・マン総合三連覇を成した。’84年もル・マン4勝目を挙げている。
ヨハンソン選手は、ホンダがスピリットと組んでF1復帰した際のドライバーとして有名。この年は全日本F2にフル参戦の傍らF1やスポーツカー選手権でも精力的に走っていた。
フロントにウイングを立てる仕様にしていた。
このウイングはポルシェ956の美しさを損なうので好きではない。
ステファン・ヨハンソン選手(左)、アンリ・ペスカローロ選手(右)
5位:マイク・サックウェル/マンフレッド・ウインケルホック/伊太利屋 PORSCHE Porsche
F1最年少出走記録を持つサックウェル選手。J・パーマー選手に続きF2ラルト/ホンダでチャンピオンを獲得。鈴鹿JAF GPにも来日した。
映画『ウイニングラン』でも使用されているF2ニュル戦での空中回転が有名になったウインケルホック選手。F1生活も4シーズンに渡った。
マンフレッド・ウインケルホック選手(左)、マイク・サックウェル選手(右)
9位:ジョナサン・パーマー/ヤン・ラマース組/CANON PORSCHE956
パーマー選手はF2ラルト/ホンダでチャンピオンを獲得。鈴鹿JAF GPでも走った。’84年から6シーズンに渡りF1フル参戦。WEC JAPANにはF1スコール・バンディット・チームのスーツにCanonのロゴを加えていた。
ラマース選手はF1後に’87年全日本F2や’91年F3000にフル参戦することになる。まだこの時は全日本で走ってくれることになるとは思っていなかった。
Canonポルシェもフロントにウイングを立てていた。
ヤン・ラマース選手(左)、ジョナサン・パーマー選手(右)
小口千景/米山二郎 組/フロム・エー・ポルシェ956
高千穂遥・著『夏・風・ライダー』この時期に読みたい本
嫁はんが古本屋で見つけて来た角川文庫『夏・風・ライダー』上下巻。
著者は『クラッシャージョウ』シリーズ、『ダーティーペア』シリーズの高千穂遥氏。’80年代にアニメ化されたので原作も読んだものだ。
タイトルから薄々感じられるように「鈴鹿4時間耐久オートバイレース」をテーマに描かれている。夏場の暑いときに読みたい作品だ。
文庫の発行が「昭和61年3月」だったのでそれ以前の世界だろうとは思っていたが、「下巻」の終わりに時代が1982年の鈴鹿4耐と書かれてあった。ドルフィンが初めて鈴鹿8耐観戦に行く2年前だ。
読んでいて懐かしさを感じた。
序盤はスローペースで今一つな感じだった。当時の風潮そのままに描いたからか、飲酒運転を臭わせる描写があるのも不快ではあった。
しかし、レース活動が描かれるようになるとノッてくる。レースは鈴鹿と筑波サーキットだ。
’82年の鈴鹿パドック。赤矢印が当時のドライバーズサロン
'80年代の鈴鹿サーキットも知っているのに、読んで頭に浮かぶサーキットの映像は現在のもの(笑)。
鈴鹿サーキットやホテルは幾度かの改修が行われているので設備が全く異なる。
’91年に当時の鈴鹿サーキットホテルにも泊った事があるので、当時のイメージが分かる。二段ベッドが何台か入っている部屋で「高校時代の寮みたいだ」と思ったものだ。
’80年代当時に撮影した鈴鹿サーキットの写真を貼り付けておくので参考に―
’84年鈴鹿8耐 選手宣誓
隣り合わせの町にある2つのオートバイショップを中心に話が進む。
ショップ、お客さんの町の店主、ライダー…。❝ご町内チーム❞が初めて鈴鹿4耐に挑む。
タイトルからライダーメインかと思いきや、話は次第に2つのショップのオーナー兼メカニックが主人公ではないかと思わせるほど比重が高まる。
大人たちが本気で夢の実現に向かう。
「下巻」の「解説」で国武舞・清水國明さんも書いているのだが、オクワキ、ヨシナガ、と❝元❞が分かる名チューナーや、実在の選手名をチョット変えただけのキャラクターが登場するので楽しい。
2つのチームにはイラストレーター、翻訳家といったメディアで仕事をするスタッフが付いている。その縁から両チームはそれぞれ別の雑誌で❝挑戦記❞が掲載されるようになる。
確かに、メディアに取り上げられればアマチュアチームであっても感情移入するし、レースで応援したくなる。「国武舞」とかもそうだった。
逆に天邪鬼なドルフィンは「チームシンスケ」は最初「芸能人のお遊びチーム」だと思って写真すら撮らなかった。が、年々本気さが伝わって来て見る目が変わったのだった。
月刊『PLAYBOX』誌の編集者として登場する飯島氏。アニメ『かくしごと』を見ていたせいか、頭の中で動いているキャラクターは『かくしごと』の十丸院さんなのだ。
いや、劇中の飯島氏は若くて有能な方なんですけどね…。
それぞれのチームの挑戦記を掲載していた『バイク・ガイ』誌、『PLAYBOX』誌とも4耐の結果についてどのように掲載したのだろう?
各誌のライター、カメラマン、そして編集の腕次第かぁ。
当時は午後スタートで夕焼けの中のゴールだった。それがまた感動的。
ピット2階にも上がれるようになっている
作品中でもそうなのだが’82年当時はキャンギャルは存在していない。チームのヘルパーさんやショップの女性販売員さんがチーム名やスポンサーロゴの入ったシャツや水着を着ていたのがメディアに取り上げられて人気が高まったのがキャンギャルの起源だと思っている。
当時の8耐は『バリバリ伝説』のあいちゃんやみいちゃんのようにTチャツやビキニにショートパンツのような服装が多かった。現在ではこんな格好する方もいなくなり寂しいのだが…。
余談だがドルフィンは
レースクイーン ー レースの主催者やサーキットが決める表彰式を彩る女性
キャンギャル - スポンサーが広報のために用意する女性
と、区別して考えている。
ピットの中に二輪があるが、こんな感じだったんだろうな
作品の時代から40年。ライダーの底辺は広がったように見られるが(ポケバイ、ミニバイク、スクール等)、社会的地位は変わっていない。
鈴鹿4耐もレギュレーションが変更されたりしているが、メーカーの息がかかった一部を除けば精神ややっている事は変わっていないと思う。
メーカー系アジアチームなどはチームとしてはシステムが成り立っているが、選手は❝成績が生活に直結❞しているのでガツガツ感は日本人以上かもしれない。
チームの数、選手の数、スタッフの数だけドラマがある。一期一会の戦いがある。
作品のメイン・ライダーカップルの雰囲気を感じる2人
このお兄さんたちもどこかでレース活動に区切りをつけたのだろうな…
鈴鹿4耐は基本アマチュアなので、一層ドラマチックなのだろう。
今年は開催されないが、来年は開催されることを願っている。
哀惜・石原プロ~ 小暮課長のガゼール・オープン & 一話限定サイドカー
『西部警察』第一話から登場した小暮謙三課長の愛車・日産ガゼール・オープン仕様。
番組開始前から装甲車・レディーバードとともに紹介されていた。ガゼール自体好きな車だったので、オープンカーにした特殊車が劇中で走る姿を見るのが楽しみだった。
元は劇中車ではなく、木暮課長役・石原裕次郎さんの愛車として特注したと聞く。
ナンバープレートは何度か変更されている。第一話では劇中用ではなく公道で走れるそのままのプレートを付けていたのではないだろうか?
『西部警察』初期のOPで、ガゼールのカットに続き、ウイスキー&タバコの上に拳銃がスッと入り込む短いカットがとてもカッコ良かった。大人の雰囲気があった。
ガゼールは静岡県中・東部のおもちゃ屋さん4店で在庫を発見したので、購入は焦らなかった。1店はプレミア価格を付けていたので、他の3店で購入を検討したのだった。
アオシマ・スカイネット版の1/43ミニカーはウインドウが黒で内装は作られていないが、ガゼールはオープンカーなので内装まで造形されている。そこがいいところだ。
ただ、内装全体の色が❝青過ぎる❞。実車は青みを帯びたグレーなのだが…。
ガゼールはノーマルで唯一特殊な装備と言えるのは、当時では非常に珍しかった自動車電話。白で目立つように作られている。
オープニングでも使用さている小暮課長が飛び乗るシーンはカッコイイ。
それとともに、手を入れて直しているものの❝スーツの上着の後ろ部分が折れてしまっている❞と気になってしまう(笑)。
缶コーヒー付属1/100ミニカー
数年前に缶コーヒーの付属ミニカーとして西部署特殊車両6台が付いた。
1月1日放送の特番『燃える勇者たち』名古屋/長島ロケ帰りの車両搬送車と遭遇。
初めて見る西部警察特殊捜査車両で感激した。
RS1&2は下段に積まれていて観られなかった。
「燃える勇者たち」は派手な爆破シーンは無く、石原裕次郎さんと勝新太郎さんの対決を中心に描かれている。丹波哲郎さん、倉田保昭さん、財津一郎さんもゲスト出演された俳優豪華版だった。
『燃える勇者たち』でのみ使用されたサイドカー
運転はもちろん鳩村刑事。サイドには平尾刑事や山形刑事が乗っていた。特にサイドを生かした描写は無く、以降には登場しなかった。もったいない!
現在では残されていないようだが、どうなってしまったのだろう? どこかが引き取ってひっそりと残っているのかもしれない。
年に一度の世界戦 '84WEC JAPAN ワークス・ポルシェ圧勝
まだF1日本GPが鈴鹿で開催される前、世界耐久選手権・WEC JAPANはF1やル・マン24時間経験ドライバー、海外チーム、海外のマシンがやって来る唯一の世界選手権だった。
秋のWEC JAPANはとても楽しみだった。
観戦2度目になる1984年の大会は、グランドスタンド券を購入した。スタート前のドライバー紹介やグリッドに着いたマシンをじっくり観られるからだ。
初観戦の時は車で前夜入りしたが、この年は…覚えていない。たぶん、土曜日に静岡の実家に行き、当日の朝に出発。国鉄とバスを乗り継いでサーキット入り。友人とは現地待ち合わせしたのだろう。帰りは夜行の大垣行きに乗って名古屋まで帰ったはず。資金が少ないので交通費は極力抑えたいのだ。
前年のWECで購入したマールボロのシャツを着て上着を羽織って行ったと思う。
感激した初観戦に比べたらどうしても記憶が薄くなってしまっている。
レースクイーンのお姉さん❤
イベントブース等は当時はまだ無かったが、グランドスタンドからはスタート前進行が見られるので時間を持て余す事は無かった。
決勝 ローリング~スタート
シリーズ戦なので海外からC1、C2クラスのマシンが大挙して来日。
優勝:ステファン・ベロフ/ジョン・ワトソン組/ロスマンズ・ポルシェ956
ベロフ選手はポールポジションも獲得。WEC JAPAN二連勝。
’84年からチーム入りしたのは前年までF1で走っていたジョン・ワトソン選手。’76&77年富士F1も走っているベテラン。『赤いペガサス』モナコ編にも登場している。
ジョン・ワトソン選手(左)、ステファン・ベロフ選手(右)
富士F1を走ったドライバーを再び観る事ができて嬉しかった。
ワトソン選手からベロフ選手へのドライバー交代
2位:ジャッキー・イクス/ヨッヘン・マス組/ロスマンズ・ポルシェ956
スタート以降、安定して1-2体勢を築いて走っていたが、2番手の状況を覆すことはできなかった。
優勝の#2に32秒差をつけられてはいるがワークス勢は圧倒的強さだった。
ヨッヘン・マス選手(左)、ジャッキー・イクス選手(右)
3位:バーン・シュパン/ハンス・J・スタック組/ISEKI PORSCHE 956
シュパン選手のチームメイトは元F1ドライバーのハンス・スタック選手。
前年に続いてプライベート・ポルシェ勢トップの3位。
バーン・シュパン選手(左)、ハンス・スタック選手(右)
#2ロスマンズ・ポルシェがトップでチェッカー
当時はまだコース脇でチェッカーフラッグを振っていた。
表彰式
これだけ近くで表彰式を観ているのにもかかわらず、この年は全くサインをもらっていない。ワトソン選手やイクス選手、スタック選手がいたのに…。
記憶が無いのだが、車で観戦に行った前年と違い公共交通機関を使用していたので帰りの臨時バスの最終に間に合わなくなるので惜しみつつも慌てて帰ったのかもしれない。
哀惜・石原プロ~ 覆面パト・マシンRS2 & 2003年六本木ヒルズmiu「西部警察2003展」
『西部警察』の西部署特殊捜査車両の1台、マシンRS2。
ターボモデルが追加された最新鋭のスカイラインRSターボをベースにしている。
RS軍団の中では情報収集機能が装備されているマシンとして位置づけられている。
刑事ドラマではお馴染みの「電話局員に扮して電話線をいじって盗聴する」必要も無く、特車サファリよりも小型化された電話盗聴機や全周波送受信機はもちろん、遠くの音声を受信して発生源の形態をCG処理して投影する装置もある。
劇中では一度も使用されていないが、トランクには四連装特殊弾発射装置が取り付けられている。照明弾か催涙弾を発射して使って欲しかった。派手な絵面になったことだろう。
あくまでもメカはダミーで機能設定だ。
ターボ車ながら❝速さ❞を表現したシーンは無いところが勿体ない。
パトライトはフロントスポイラー内、後部ウインドウ内リアトレイ、そして緊急時にはボディサイドに反転して左右に現れる。エアロパーツが派手ではあるが3台の中では唯一、ノーマル車の面影を残した覆面パトカーだ。
RS1、3と違ってルールに巨大パトランプが無い。これはサンルーフを付けているから。
劇中ではサンルーフを空けてそこから銃撃するシーンがしばしば見られた。RS2の機能の中で一番使われたのが❝サンルーフ❞だったとは…。
サンルーフから上体を出しやすいように後部座席は取り払われ、コクピットの床は鉄板敷きになっている。
マシンRS2のミニカーに関しては、内部メカが地味でもある事からアオシマ・スカイネット版しか持っていない。
外観の特徴であるボディ側面のパトライトは取り付けられている。
リアからルーフに伸びる長いアンテナは無い。
あまりにアンテナが長いので湾曲させて先端をルーフに取り付けているのだが、これがデザイン的にとても良い。爆破のある激しいシーンでは留め金が外れてアンテナが天に向けて伸びてしまっている場面もある。
見た目は市販車の面影を残しているので、ドルフィン的には一番格好良い。
ファンの方が自作するカスタムカーでも一番似せやすい。
2003年、所用で東京に出たので、できたばかりの六本木ヒルズを見に行った。
ちょうど六本木ヒルズmiuで『西部警察2003』展が開催されていた。
そこにマシンRS2が展示されていた。20年ぶりの対面。持って行っていたコンパクトデジカメで撮影。
連続ドラマとして企画されていた『西部警察2003』だったが、撮影中の事故により一旦はお蔵入りになった。熱望する声に応えて単発の『西部警察SPECIAL』として放送された。
ロータス・エリーゼ
マシンRS2と並べて展示。
コンピューターや兵器武装はしていないが、インパクトがあるスポーツカーを軍団車両として登用する精神は受け継がれていた。
ロータス・エリーゼも西部署警察車両として登場するはずだったようだが『SPECIAL』では使用されなかった。
『西部警察』台本
大門団長と鳩村刑事が使用したサングラス
使用された銃
「石原軍団」伝説のラーメン































































































































