’98JGTC富士テスト 外国車勢とGT300 最後の片山義美選手
1998年JGTC富士テスト。
500クラスも300クラスも多様なマシンが参戦していて面白かった。
和田久/古谷直広 組/ウェディングディアブロ GT-1
JLOCは二台体制でディアブロを走らせていた。
山田洋二/岡田秀樹 組/綜警PORSCHE
松田秀士/水野文則 組/STPタイサン バイパー
松田選手にサインを入れて頂いた。
GT300
小林正吾/余郷敦 組/ナインテン・ポルシェ
この年は決勝に行っていないので、前年に貰ったのかも…??
山路慎一/松本晴彦 組/RE雨宮マツモトキヨシRX-7
マーク・ポーター/片山義美 組/オークラRX7
長年マツダ契約のドライバーとして活躍してきた片山義美選手がJGTCに2戦復帰。
ドルフィンが片山選手の走りを観たのはこれが最後になった。最初にお会いしたのは1979年3月の富士だった。
中谷明彦/原貴彦 組/テイボン・トランピオ・FTO
小林且雄/玉本秀幸 組/クスコ スバル・インプレッサ
中嶋選手凱旋、亜久里選手F1デビュー 盛り上がりを見せた’88年F1日本GP
1988年F1日本GPには中嶋悟選手に加え、急遽、全日本F3000チャンピオン・鈴木亜久里選手がF1デビューすることになって一層の盛り上がりを見せた。
あのサーキットが熱するようなファンの盛り上がりはなかなか感じられるものではない。「伝説」は単にレース内容だけでなく、やはりファンの盛り上がりあっての事なのだと思う。
木曜日の晩に車で鈴鹿に向かう道中も「亜久里選手F1デビュー戦が見られる」とテンション高まった。
ホンダエンジン使用ドライバーのヘルメットステッカー
7位:中嶋悟選手/ロータス100T/ホンダRA168E
マシンの脆弱さもあって開幕戦の6位入賞がシーズン唯一のポイントになってしまった。
それだけに地元入賞の期待が大きかった。
TV撮影用の大きなカメラを積んで走る中嶋選手
スタートでエンジンストールしながらも再スタート。一瞬出遅れたので、追突されやしないかとヒヤリとした。
ポイントには届かなかったものの7位フィニッシュしてサーキットをアツくさせてくれた。
「あと1台、あと1台~ッ!」とハラハラドキドキしながら応援していた。
ネルソン・ピケ選手/ロータス100T/ホンダRA168E
3度のチャンピオン経験者でありながらも3度の3位表彰台が最高位だった。
同じエンジン搭載のマクラーレンとのシャシー性能差が表れてしまった。
ピケ選手もサウンド・オブ・エンジンのゲストに来てくれないだろうか?
ロータスのマネージャー、ピーター・ウォー氏
ブリヂストン・イメージガール 河口リカさん
ブリヂストンのお姉さん♥
鈴木亜久里選手/ラルース・ローラLC88/フォードDFZ
2017年鈴鹿1000㌔の際に亜久里監督にサインを入れて頂いた。
初めて亜久里氏にサインを頂いたのはフォーミュラ・ニッポン開幕前レセプションの時だった。
ヤニック・ダルマス選手の代わりとして急遽参戦が決定。
ぶっつけ本番の走行で、決勝中にも何度かスピン。
最終コーナーの丘から見ているとシケインでもスピン。そこにトップのプロスト選手が来たため最終コーナーからの立ち上がりが鈍くなった。逆にベストな加速のカペリ選手。おかげでストレートで一瞬、マクラーレンを抜いてレイトンハウス・マーチがトップに立てたのだ。
予選後、ホテルに帰るため亜久里選手がパドックトンネルからグランドスタンド裏に現れた。F1ドライバーとなった亜久里選手の登場に周囲は騒然。
多くのファンがサインを求めたが「今はもうできないよ。F3000の時に来てくれればよかったのに」と言っていた。この生意気さがしばらく嫌だった。
グランドスタンド裏に現れた亜久里選手。 初めての生亜久里選手
9位:フィリップ・アリオー選手/ラルース・ローラLC88/フォードDFZ
8シーズンに渡りF1を走った。
’90年代はスポーツカーレースに参戦しル・マンも3度3位に入っている。
フィリップ・アリオー選手のサイン
ダンロップのお姉さん♥
展示車
本田宗一郎氏も涙 セナ選手、鈴鹿でチャンピオン決定 ’88年F1日本GP
多くを語るに不要なほど今や伝説となった1988年F1日本GP。鈴鹿開催2年目だ。
F1ブームも加熱。プラチナチケットと化していた。ドルフィンは2年連続指定券はハズレ。ようやく一般観戦券だけは入手できたのだった。

大阪から車で行って金曜日から観戦。車は青少年センターに駐車。風呂は無いが水道が使えたので、10月の夜に行水したものだ。
東京からの友人はバスツアーで土・日観戦だった。
決勝日 最終コーナーからシケイン席
前年同様に最終コーナーの土手で観戦。巨大モニターも設置されているし、ストレートも見られるのでレースを把握するのに良い。
セナ選手がトップでチェッカーを受けるところも見られた。
優勝:アイルトン・セナ選手/マクラーレンMP4/4/ホンダRA168E
予選後、サーキットで知り合った方と遊園地ゲート近くのレストランで食事をしていると、窓の外をセナ選手が歩いてた。ホテルに帰るようだ。後ろにファンが何十人と列を成してついて行っていた。
窓越しだがセナ選手に1メートルも無く接近できた唯一の時。
そして窓越しが故に追いかけられなかった…。
アイルトン・セナ選手初タイトル獲得記念ステッカー
この年はマクラーレン2台が16戦中15勝した。
チャンピオン決定戦となった日本GPでもセナ選手、プロスト選手ともに真っ向勝負だったので良いレースだった。
ホンダエンジン使用ドライバーのヘルメットステッカー
2位:アラン・プロスト選手/マクラーレンMP4/4/ホンダRA168E
当時、ホンダのディーラー等で配られていた優勝記念ステッカー
知り合いから譲り受けたもの。
好景気の後押しがありステッカー等のグッズもバンバン作って配っていた時代。
マクラーレン総帥、ロン・デニス氏のサイン
決勝日前夜にパドック通路からグランドスタンドを上がって来られた際に頂いた。
マールボロのお姉さん♥ 同じ方だがミニスカとパンツ
帽子を被らずに色っぽい表情を見せてくれた左側のお姉さん♥
レース終了後に余韻に浸っていると、パドック通路から現れたのは、本田宗一郎氏!
日本経済の偉人に初めてお会い出来た。周囲のファンが口々に「おめでとうございます!」と声をかけていた。
ドルフィンも「チャンピオンおめでとうございます!」と言って手を差し出すと、握手して下さった。柔らかくも力強い手だった。
本田宗一郎氏の目が潤んでいた。
気が付くと二重の虹が鈴鹿の空にかかっていた。
地元優勝・地元チャンピオン決定を祝うかのようだ。
’98JGTC富士テスト以降から強くなったホンダNSX勢
飯田選手にサインを入れて頂いた
1998年のJGTC第4戦に向けたFISCOテスト。
いつも撮影している場所と違う❝サーキットらしない❞写真が撮れるところを探して車で1コーナーへ。フェンスギリギリのところで撮ったので、あまり左右に❝振り幅❞が無かったと思う。
ガードレールやゼブラゾーンが写り込んでしまうが、背景に緑が多いので違った感じに撮れたので気に入っている。
旧FISCOなので現在もここで撮れるかどうかはわからない。
高橋国光/飯田章 組/チーム国光 RAYBRIG NSX
土屋圭市選手が抜けてもチーム国光は応援していた。
第6戦美祢で優勝した。
1コーナーで飯田選手がスピン!
決勝には行っていないので、前年に貰ったのかな?
この年のNSXは強かった。
序盤に記録したペンズオイルGTRの2勝以外は全てNSX勢の優勝だった。しかし、ポイント取りこぼしがありチャンピオンの獲得には至らなかった。
中子修/道上龍 組/Castrol無限NSX
道上選手サインを入れて頂いた。現在よりずっと丁寧なサインだ。
ペンズオイルGTR同様、シーズン2勝しているもののリタイアでポイント取りこぼしがあったためシーズン4位に終わった。
山西康司/トム・コロネル組/Mobil 1 NSX
テストの甲斐あって第4戦富士で優勝。
2度の2位もありシーズンランク2位。オールスター戦でも優勝。
コンビニで発売されたデルプラド1/43ミニカーのMobil1NSX
8耐の元気はモリワキ&ヨシムラから! '89年鈴鹿8耐 / 鈴鹿4耐
バイクブーム全盛期の1989年鈴鹿8耐。
鈴鹿8耐にはヨシムラとモリワキの参戦は欠かせない。今年、ヨシムラは全日本フル参戦は行わなず、モリワキがレース活動を止めてしまったのは残念でたまらない。企業としての利益を出すための方針もあるだろうが…。
6位:グレーム・クロスビー/マルコム・キャンベル組/モリワキZERO VX7
モリワキのショップに来てグッズ購入者にサインするクロスビー選手とキャンベル選手
この年代の8耐やF1ではトンネルに続く通路の横広場に大きなテントを設置してそこに公式グッズショップが何十店舗も入っていて、一大マーケット化していた。
種岡一吉選手/モリワキZER ZX7
今井伸一郎選手/モリワキZER ZX7
生活創庫のお姉さん♥
8位:ケビン・シュワンツ/ダグ・ポーレン組/ヨシムラGSX-R750R
ケビン・シュワンツ選手
ポーレン選手は前年、ヨシムラのマシンでAMA600cc、750ccスーパーバイクでダブルタイトルを、’89年の全日本でもTT-F1とTT-F3のダブルタイトルを獲得している。
後にワールドスーパーバイクやEWCでもタイトルを獲得する。
5位:大島行弥/高吉克郎 組/ヨシムラGSX-R750R
ampmのお姉さん♥
世界耐久チーム
スズキGSX-750R
デザイナーの日比野克彦さんがカラーリングを担当
日々野氏本人も来場していた。
加藤/阿部 組/カップヌードルYMタイチ/RVF750
ロブ・マッケルニ/リチャード・アーネイツ組/カップヌードルYMタイチ/RVF750
TERRAのお姉さん♥
鈴鹿4時間耐久オートバイレース
TT-F3規定で行われていた鈴鹿4時間耐久。’87年に2ストマシンが上位に食い込んだことから、’89年には4スト400ccメインから2スト250ccマシンが主流になっていた。
木村智成/高田尚美 組/チームスーパーモンキー/NSR250R
タイムを出したのは木村選手だが、高田選手はポールポジションからスタートする初の女性ライダーとなった。
序盤トップを走っていたが、木村選手が転倒。カウルを破損しながらも走行を続けた。
今井/高木 組/101CLUB RC甲子園&SP忠男/ヤマハYZF400R
やりました! 佐藤琢磨選手、インディ500 V2 ~希望の光
みなさん喜びの声を上げていますが、やはりこの話に尽きます。
佐藤琢磨選手、インディ500優勝・V2
2017年の優勝でさえ、今思い出してもゾクゾクするほどの感激でしたが、さらに2勝目。
日本人でインディ500で2勝するドライバーが現れるとは思いもしませんでした。
偉業中の偉業でしょう。
新型コロナのまん延で世界が-日本が沈んでいる時に、モータースポーツファンがサーキットに行けず沈んでいる時に、希望の光とも言うべき嬉しいニュースを生み出して下さった。
このニュースで気持ちが晴れてウキウキと生活できます。感謝。
琢磨選手は「ここで勝ちが欲しい」時に勝って来たドライバーですね。
結果を先に知りたくなくて月曜日の朝、早起きしてBS日テレ放送のMotoGPを観終わると、友人から「琢磨選手」「優勝!」のラインが!
え~⁉ BS観るからって言ったじゃないの…。
と思いつつも「マジ⁉」「今?」と返信。
そこから歓喜の1日が始まったのでした。MotoGPとW優勝できていたらなぁ。
しかし、仕事から帰宅してBS NHK放送番組を見ようとすると、レコーダーに入っていた録画番組のタイトルが「祝優勝! 佐藤琢磨」だった…。どのみち観る前にネタバレしていたか…。
スポーツ番組を放送するにあたり、その点はどうなの? NHK!
V2マシンも日本で多くのファンの前でデモランお披露目して下さることを願っています。
グランプリライダー大挙参戦 ’89鈴鹿8耐 ヤマハ&カワサキ勢
1989年の鈴鹿8耐はメーカー対決が年々過激になりWGPライダーがこぞって参戦してきた。
多くのファンが「鈴鹿詣り」をし、決勝日だけでも十数万人の観客が来場した。今よりもスタンド設備が整っていないので、コース脇の至る所に人があふれていて❝熱気❞は凄まじいものだった。
そんな中、友人3人と観戦に行ったドルフィン一行は、はぐれても連絡が取れるように❝トランシーバー❞を装備する事にした。8チャンネル有り広域性の高いものを選んだ。
今ならスマホの電話やラインで事足りる事だが、当時はトランシーバーが一般的だった。8チャンネルあっても使用している方が多かったので混線したしイタズラもされた。仲間内で取り決め暗号を作ったりした。
やや不便な方が面白味があった。
’89年は予選日の雨天も影響し、あまり良いマシン写真が撮れていないのでご勘弁を―
SHISEIDO TECH21 YAMAHA/YZF750
平忠彦選手
テック21カラー一色から白・青・濃紺のカラーリングに変更。
平選手のヘルメットもそれに合わせたカラーリングになった。
8耐後、新TECH21カラーのスクーター・jogも発売された。
ジョン・コシンスキー選手
同年のWGP開幕戦・鈴鹿で250ccクラスで優勝。全日本500ccにもスポット参戦・優勝しノリにのっていた頃。
監督として来場していたケニー・ロバーツ氏がチームを超えてコシンスキー選手にアドバイスをしていたらしい。
TECH21のお姉さん❤ ワイルドなイメージになった
こんな可愛らしい方々が超ハイレグを着ていたのだから嬉しい時代だった…。
TEAM LUCKY STRIKE ROBERTS/YZF750
前年・1988年の優勝チーム&コンビ。
ウエイン・レイニー選手
ドルフィンが持っている唯一の❝ある程度の大きさ❞で撮影できたレイニー選手。
それでもブレブレなので、2019年のサウンド・オブ・エンジンにゲストで来場した時に持って行かなかった。
’89年はWGP500ccクラス参戦2年目にしてチャンピオン争いを展開真っ只中での8耐参戦だった。スター選手の参戦で、コースに出るやロードレースファンは悶絶。
前年は観戦していないので「絶対に写真を撮る」という気負いから逆にブレブレ写真しか撮れなかった…。
ケビン・マギー選手
’87-’88年と8耐を連覇。
WGP500ccクラスにもチーム・ロバーツから参戦していた。
#9 NESCAFE RT YAMAHA/YZF750
マイケル・ドーソン/町井那生組
ヤマハのファクトリー勢3台ともマシントラブルによるリタイアという不本意な結果に終わった。
NHK VOOKのお姉さん♥
この年からNHK BSが完全生中継を行った関係だろうか。
ダンロップイメージガール望月知子さん 人気だった
接触して転倒。転倒した選手は❝正座❞した状態になっている
’80年代の観戦した鈴鹿8耐の特集誌(当時は8耐・4耐で一冊刊行されていた)は残しているつもりでいたが、’89年は手違いで引っ越しの際に処分してしまったようだ。
資料が少ないので、写真だけで選手名やマシン名が分からない掲載もあるのでご勘弁を…。
ロブ・フィリス/アーロン・スライト組/カワサキZXR-7
KAZE JCBのお姉さん♥
宗和孝宏/多田喜代一 組/カワサキZXR-7
前年に日本人ペア最高の5位を獲得し、’89年ル・マン24時間に招待参戦し3位を得た。
全日本でもカワサキを引っ張るコンビ。
アメリカンなカラーリングのGTR ’98JGTC富士テスト 日産GTR&シルビア勢
1998年8月の富士戦に向けたJGTC公式テストをFISCOに観に行った。
この頃は平日休みだったので本戦は行けないが、逆にテストは行く事が出来た。行くのはFISCOメインだが。
走行時間も長いので車を使って❝なるべくサーキットらしくない❞撮影ポイントを探して回った。
ドライバーの方は❝外❞から見た状態も分かるようで、写真を見たらサーキットのどこかすぐに分かるようだ。
しかし、トップに↑掲載した写真は、影山正美選手にサインを頂く時に「え? これどこ?」と言われたくらいだった。嬉しかった~。
エリック・コマス/影山正美 組/ペンズオイルNISMO GTR
今までの国内レースに無かったアメリカンなカラーリングが衝撃的だった。珍しくて何枚も写真を撮ってしまった。
この年のシリーズチャンピオンを獲得。
エリック・コマス選手は翌年もチャンピオンを獲得した。
鈴木亜久里/影山正彦 組/NISMO ZEXELスカイライン
星野一義/黒澤琢弥 組/カルソニック・スカイライン
長谷見昌弘/田中哲也 組/ユニシアジェックス・スカイライン
木下みつひろ/藤村満男 組/エンドレス アドバンGTR
木下選手は小柄だがファイターで好きだった。
木下みつひろ選手
GT300
近藤真彦/青木孝行 組/NISMO Jr. ザナヴィ・シルビア
翌年にマッチさんにサインを入れて頂いた。
近藤真彦選手がGT300に乗ったのはこの年限り。最高位は2位表彰台。
福山英朗/大八木信行 組/ダイシン・シルビア
福山選手にサインを入れて頂いた。
8月22日は「やあ!にゃんにゃん」の日 愛猫ねるたん10歳になりました
8月22日は「やあ!(8) にゃんにゃん(22)」の日。我が家の愛猫ねるたんの誕生日にしている。
ねるたんは生後1か月弱くらいでルンペンしているところを保護したので、正確な誕生日や種類が分からない。そこで我が家に来た今日を誕生日にしている。
避妊手術しているし室内飼いなので、10歳でも子猫ようなしぐさを見せる。
顔こそ黒くはなっていても、子猫の頃の表情そのまま。
階段は元気に上り下りしているし、秘密基地にしている天袋(押入れの上の部分)にも上っている様子。
それでも寝ている時間が長くなっています。
我が家に来た頃―警戒心が無くなり我々がいても寝落ちするようになった
来た頃はほぼ白だったので、こんなに顔が黒くなるとは思いませんでした。
夏場はベッドの足元部分で1日寝ています。
夜寝ていてたまに蹴ってしまうと噛みついてきます(泣)。ねるたんにしてみたら「あたちの寝床にねかせてやってるんでちよ」といった感じなのかも。
ねるたんのおかげで我が家は笑顔を頂いているのデス。
昨晩、TV『どうぶつ投稿ランド』を見ていて、ねるたんがやってきた日の事や脱走した日の事などをしみじみ思っていました(「思い出す」というほど忘れていた事はいないので)。
まぁ、昔のことでちよ
袋があったら入って確認するでち
ごはんはアダルトターキー食べてます。チキンよりアレルギーが出にくいらしいので。
我々の食事時になると匂いか気配で気付くのか、やってきておかかをねだります。
「ちょーだい、ちょーだい」と❝招き猫❞するので、かわいくてついあげてしまうのです。
手から食べるのが好きなようで、カリカリ用の器に入れてあげても反応はいま一つ。
おかかちょ~だいッ!
ねるたん、いつまでも元気でいてね。
寒くなったら一緒に寝ようね。
スーパーカー目当てで8年ぶりに観戦 2007鈴鹿1000㌔土曜日予選
1999年のF1日本GPを最後にモータースポーツ観戦から足を洗っていた。
ミハエル・シューマッハ選手の引退&鈴鹿サーキットでのF1開催が最後になる2006年。大阪に転居していたこともあり「近鉄で行けるから」と、7年ぶりに鈴鹿サーキットに足を運んだ(詳しくはまた別の機会に)。
一緒にレース観戦していた友人の勧めもあり、翌2007年の鈴鹿1000㌔・土曜日予選に行くことにした。土曜日だけだと観戦チケットが安いからだ。
真の目的は併催される『スーパーカー・スーパーカー』だった。
当時はコレクションしたミニカーと実車写真を掲載したミニカーブログを始めており❝スーパーカーの写真が欲しかった❞のだ。
鈴鹿8耐の『8耐BASE』のように教習所のスペースを使って『スーパーカー・スーパーカー』『スカイライン・ミーティング』『フェアレディ・ミーティング』が行われるとの情報を得ていた。
デジタルで写真を撮る絶好の機会だった。
フェアレディ・ミーティング
スーパーGT予選もそこそこに、教習所エリアを満喫した。
ショップが出ていたり、ステージが作られていてイベントも行っていて楽しかった。
鈴鹿1000㌔は毎年こんな感じかと思っていたら、翌年は無かった…。この年だけ特別だったようだ。
スカイラインミーティング
スーパーカー・スーパーカー
決勝日にはもっと多くの車両が集まったらしい。
スーパーGTの午前中フリー走行は堪能。
鈴鹿1000㌔を含め国内レースは8年ぶりなので世代交代が進んで❝全然知らない選手❞がメインで走っていた(笑)。ドルフィンが知っていた❝若手❞が大御所になっていたり引退していたりと浦島太郎状態だ。
スカイラインGT-Rは走っておらず、日産勢はフェアレディZを使用していた。
カメラは当時使っていたコンパクトデジカメのみ持って行った。画素数も小さく、ズームも利かせていたので画像が粗い。
お弁当とドリンクも持って行ったので、チケット代以外は全くお金を落とさない不良客だった。
チーム国光は応援だ!
GT500よりも❝近代スーパーカー❞が走るGT300の方に興味あり。
ピットウォークにも入った
カルソニックZ
宝山トムスSC430
「吉兆宝山って何?」と調べて初めて日本酒と知った。「日本酒がスポンサードしていて珍しいな」と思った。
紫電
かつて富士GCで走っていた「紫電」の名を継いだGT300。市販車ってあったのかな?
ハイレグ水着風キャンギャルのお姉さんが絶滅していた…。
みんな若くて可愛い。
グランドスタンドの様子
この鈴鹿1000㌔観戦を期に、翌年もまた鈴鹿1000㌔を観戦。年々サーキット通いが増えて行ったのだった。


























































































































