温もりのメッセージ -3ページ目

温もりのメッセージ

人と動物との心の繋がりを大切に、主に犬猫の絵を通して、
彼らの心の純粋さ、愛情の深さを伝えていきたい

 

「ねぇ、私やっぱり、ヒナタを連れて佐伯さんに会いに行って来ようと思うの。」

私はそう夫に切り出しました。

「何だよ、唐突に。でも佐伯さんはヒナタには、もう会わないって言ってたじゃないか。」

突然の私の言葉に、夫は困惑を隠せないようでした。

「それが佐伯さんの本心じゃないことぐらいわかるでしょ?

今頃はきっと気弱になってると思うの。

ヒナタだって佐伯さんに会いたいはずよ。だってヒナタにはわからないもの。

どうしてここに来たのか、もしかしたら捨てられたって思ってるかもしれない。」

「だからって…。
会ってくれるかな、佐伯さん。
返ってご迷惑にならなければいいけど。」

「大丈夫。佐伯さんは絶対ヒナタに会いたいはずよ。

ただ新しい生活を始めたヒナタを混乱させたくなかったんだと思うの。

そういう思いやりのある人だからこそ、最後にもう一度会わせてあげたいの。」

ヒナタの元の飼い主である佐伯さんは、今、この町のはずれにある病院の緩和ケア病棟に入院しています。
まだ30代の若さで末期の胃癌だそうです。
わかった時には手遅れで、余命3ヶ月と宣告されたとか。
佐伯さんはビーグルの女の子のヒナタと二人暮らしでした。
自分の余命を知り、彼はヒナタを託す里親を探し始めました。
そんな時、たまたま彼の友人が夫の職場の後輩というご縁から、私たち夫婦が里親になることになったのです。
初めてお会いした時、佐伯さんのヒナタへの愛情が痛いほど伝わってきて、涙を堪えるのに必死でした。
本当に辛いことですが、私たち夫婦は佐伯さんに代わり、ヒナタを大切に育てていくことを約束しました。
私は佐伯さんが入院後に、ヒナタを連れて面会に行くことを提案しましたが、彼はそれだけは頑なに応じませんでした。

それから1週間後、ヒナタは我が家にやってきました。
ヒナタは私たち夫婦にも、すぐに懐いてくれました。
それでも時々ふと寂しげにしている姿を見ることもあり、きっと佐伯さんのことを思っているんだろうと、胸が痛むときもありました。
私はヒナタと佐伯さんをもう一度会わせてあげたい、その思いが日増しに膨らんでいったのです。

そして、間も無くその日はやってきました。
私は事前に看護師さんにお願いをし、佐伯さんに散歩だと言って病院の駐車場に連れ出してもらうことにしたのです。
駐車場で待っていると、看護師さんに車椅子を押してもらい、すっかり痩せてしまった佐伯さんがやってきました。
佐伯さんは私を見ると、ちょっと驚いたような表情をみせました。

「どうしたんですか?ヒナタに何かありましたか?」

そう言う佐伯さんに私は、

「佐伯さん、お久しぶりです。
私、今日は佐伯さんに余計なお世話をしに来ましたよ。」

そう言って私は車のドアを開けました。

すると、中からヒナタが勢いよく飛び出し、真っ直ぐに佐伯さん目掛けて駆け出したのです。
そして、車椅子に乗った佐伯さんの膝の上にビョンと飛び乗り、佐伯さんの顔をペロペロと舐め始めました。尻尾をちぎれんばかりに振りながら。

「ヒナタ、わかった、わかった。もういいよ。」

佐伯さんはそう言いながらも本当に嬉しそうにしていました。
ヒナタの目もキラキラと輝いて、私はやっぱり2人を会わせてよかったと思いました。

佐伯さんは細くなった手でヒナタの背中を撫でながら言いました。

「こんなサプライズ、びっくりしたけど、本当に嬉しいです。

もう何日も笑っていませんでした。

ただただ死を待つだけの自分の身を呪うだけの毎日でした。
もうヒナタとも会わないと決めながら、日に日にヒナタに会いたい自分もいました。

ヒナタは今、どうしているだろう。そればかり考えるようになっていました。
まさか、もう一度ヒナタに会えるなんて夢のようです。
本当にありがとうございます。
最後にヒナタに会えて、もう思い残すことはありません。
ヒナタのこと、改めてよろしくお願いします。
僕はもう何も心配していません。

こんなにヒナタのことを思ってくれる人が一緒にいてくれるんですから。」

佐伯さんの顔には安堵の笑みがこぼれ、それはそれは優しい表情でした。
そして、私はただ頷くことしかできませんでした。
何か言葉にすれば、涙が溢れそうだったのです。

その日から2週間程経って、佐伯さんは天国に召されました。
生命力みなぎる桜の木に青々とした葉が茂る6月の始めのことです。
本当に若すぎる死でした…。

佐伯さん、あなたからお預かりしたヒナタは、私たちが必ず幸せにします。
いつの日かヒナタがあなたのもとに旅立つその日まで…。

 

 





 

 

僕がヒナタと出会ったのは、桜の花びらが散り始めた4月の下旬のことだった。
僕は犬はもともと好きでずっと飼いたいと思っていたものの、一人暮らしだったのでそれは叶わないことと諦めていた。
それが、たまたま通りかかったペットショップで半額という値札が貼られたケースに入れられた一匹のビーグルを見かけたのだ。
なんだかすごく気になって、店員さんに話を聞くと、すでに生後半年を過ぎて、いわゆる売れ残りのようだった。
その時の犬の目があまりにも悲しそうで、僕はその子を飼うことにした。
そして我が家に連れて帰ったその子にヒナタと名前を付けた。

僕は実家でも犬を飼っていたので、躾にもさほど困ることはなかった。
仕事で留守がちではあったけど、その分一緒にいる時は、ありったけの愛情を注いだ。
ヒナタは散歩が大好きだった。
特に春には散った桜の花びらの絨毯の上を桜の香りを嗅ぎながら歩くのが好きだった。
僕らは春になると決まって、いちばん大きな桜の木の下まで行き、僕はヒナタと桜の写真を撮るのが、恒例になっていた。
ヒナタは笑顔で決めポーズをとり、それがまたとても愛らしかった。
そんなヒナタとの暮らしは、もう5年になる。

そして今、僕らの暮らしに終わりが告げられようとしている。

それは僕が末期癌に侵されているからだ。
僕は当たり前のように先に逝くてあろうヒナタのことを最後まで責任を持ち看取る覚悟でいた。
なのに僕の方が先に逝かなくてはならないなんて。
余命宣告を受けた時のショックは、それはとても言葉には言い表せないほどだった。
まだ30代の僕にとっては青天の霹靂だった。
何も考えられない日々が続いた。
そんな時でもヒナタは、いつもと変わらず僕に甘え、そして寄り添ってくれた。
僕は我に返った。
そうだ、僕はこれから入院しなければならなくなる。
ヒナタのことを誰かに託さないとならない。
それから、僕のヒナタの里親探しが始まった。
友人、知人、いろいろ探したけれどなかなか見つからない。
入院も先延ばしにして、方々手をつくし、やっと見つかった。
友人の紹介で、うちからもそう遠くない場所に住む優しそうなご夫婦だ。
奥さんは専業主婦で、ヒナタももう長時間の留守番もしなくてよくなる。
僕は少しホッとした。
今まで留守番ばかりで、それだけは罪悪感を持っていたから。

ついに明日、ヒナタを里親さんに引き渡すという日になった。
僕はヒナタを連れてあの桜の木の下まで歩いた。
僕の体もそろそろキツくなっていたので、ゆっくりゆっくり歩き、普段の倍ぐらい時間がかかった。
僕はヒナタと桜の木の下に座った。
ヒナタは僕にぴったり寄り添った。
今はまだ桜は蕾すらつけていない。
まだ風が冷たいせいか、ヒナタは僕のコートの中に潜り込んできた。
ヒナタの体温が伝わり、僕の体も温まった。
僕はヒナタにこう話しかけた。

「ヒナタ、よく聞いて欲しいんだ。
パパね、ヒナタとはお別れしなきゃならなくなった。

パパじゃ、もうヒナタを幸せにはしてあげられなくなっちゃったんだよ。

ごめんな、ヒナタ。

だからパパの代わりにヒナタを幸せにしてくれる人を、一生懸命探したんだ。

ヒナタのこと大切にしてくれる人をね。それでね、ヒナタは明日、そのお家に引っ越すんだよ。
パパとは今日が最後。パパはヒナタのこと、絶対に忘れない。

ありがとな、今まで一緒にいてくれて。

パパを幸せにしてくれて。そして、こんなパパでごめん、許してくれ、ヒナタ…。」

ヒナタはじっと僕の話を聞いていた。
その表情は少し不安げにも見えた。

僕はもうヒナタとは会わないと決めていた。
実は里親さんご夫婦は、僕の事情を知って、病院までヒナタを連れて面会に来ると言ってくれた。
でも、僕はその申し出を断わった。
弱っていく僕の姿をヒナタには見せたくなかったし、何より新しい生活を始めたヒナタにとっては僕のことは早く忘れた方がいいと考えたからだ。

だけど今、ヒナタの表情を見ているうち、僕の決心は揺らぎはじめた。
それでもヒナタのためには、もう会わない方がいいんだと、自分に言い聞かせるしかなかった。
ただ、生きてるうちには会えなくても、この世を去った後なら会えるかもしれない。

そう思って、僕は続けた。

「ヒナタ、もしパパに会いたくなったら、この桜の木を思い出して。

この桜の木の下でこうして一緒に過ごしたことを思い出して。

そしたら、パパはヒナタに会いに来るよ、必ず会いに来る…。」

僕はヒナタと約束した。

僕は先に逝ってしまうけど、僕の魂はいつだってヒナタのことを見守っていく。
それが僕の飼い主としての責任だと思うから。

ヒナタ、僕は最後にこの桜の木の下で約束したこと、絶対に忘れない。
僕はヒナタの幸せを願い続けるよ。

 

 




 

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今回は、絵のみのお話です。
何か感じてくださると嬉しいです。

 

『ボクの幸福への扉を開けてくれたのは

 あなたです。』

君はそう思ってくれるのかい?
確かに扉を開けたのは私。
でも、そこから一歩踏み出したのは

君自身だよ。
君が私を信じてくれたから…。
そう、幸福への第一歩を君はしっかりと

踏みしめ、そして歩き出したんだ。
それは紛れもなく、君自身の意志なんだ。
幸せになりたい、そういう君の強い意志が

私にも伝わってきたんだよ。
だから、私は扉を開けた。
私が君を選んだんじゃなくて、本当は君が

私を選んだのかもしれないね。
それが運命の出会いと言うのかな。
これからどんな困難が待ち受けても、

一緒に乗り越えていくよ。
ずっとそばにいるよ。

君が踏み出した第一歩、二歩目からは

私も一緒に歩いていこう、

幸福の扉の向こうへ…。

*************************

人と共生してきた犬猫は、信頼できる人と

出会うことが、幸福への第一歩です。
愛護センターや保護施設にいる子たちは、

幸福への扉を開けてくれる人との出会いを

待っています。
どうか、一度幸せから遠ざかってしまった

子たちに、もう一度幸福への道を歩ませて

あげてはいただけないでしょうか。
そして、保護犬猫を家族に迎えることは、

あなたにとっても幸福への第一歩になるはずです。



 

自由気ままに生きている….
でも、
ひっそり生きてもいるんだよ
そして、
助け合って生きてもいるんだよ
みんな、みんな、
必死に生きているんだよ…

だから、

僕らをそっとしておいて
僕らの居場所は言わにゃいで…

***********************

#僕らの居場所は言わにゃいで
このハッシュタグについて、すでに

御存知の方も多いと思います。
例えば、近所や旅行先などで偶然

遭遇した可愛らしい野良猫を写真に

撮るなんてこともあるでしょう。
そして、それをSNSに投稿するなんて

ことも…。
ただその際、気をつけて欲しいのは、

野良猫の居場所が特定されないよう

配慮すること。
場所について書かないことはもちろん

写真の中にも場所がわかるような物が

写り込まないように、そして写真を撮る

際は位置情報をオフにすることも忘れ

ないようにしましょう。
SNSを利用する人の中には、その場所を

特定し猫へ危害を加えようとする人間も

います。
そんな人間から猫を守るために、絶対に

居場所がわかるような投稿はしないで

ください。
#僕らの居場所は言わにゃいで
このハッシュタグには、そういう思いが

込められています。

 

 

 

 

暖かい日差しの中、微睡んだり
青空の下、花の香りを嗅いだり
緑の草原を思い切り走ったり
大好きなあの人の温もりに
包まれて眠ったり…

それって今のボクにとって
当たり前の日常

でも、ボクは知ってる…

当たり前に生きられる、
そんな願いすら叶わない仲間が
どれほどたくさんいるのかを

ボクは知ってる、
そしてボクは伝えたい
当たり前だと思っている日常
それはボクらにとって
奇跡なんだということを…

**********************

当たり前に過ごす日常。
それが実は奇跡の連続だということ

に気づいている人はどれくらいいる

でしょうか。
例えば、病気や障害があったり、

戦争地域、貧困や飢餓に苦しむ地域

に住んでいたり…。
そんな人たちにとっては、私たちが

当たり前に過ごす日常は、奇跡の連続

なのです。
動物だって同じです。
特に古くから人間社会で生きてきた

犬猫は、優しい飼い主がいれば、

幸せに暮らしていける。
でも、飼い主がいないだけで、明日の

命の保証もない生活です。
彼らにとって、優しい飼い主との出会い

は奇跡、その後の幸せな生活もまた

奇跡です。
そんな当たり前の奇跡を待っている

犬猫たちが世界中にはたくさんいるのです。

 

 

 

 

 

今日でお別れ
淋しくなるね…

でも、
それ以上に嬉しいよ

だって君の旅立ちだから
君が掴んだ幸せだから
笑って送り出さなきゃね

私のことは忘れていいよ
それくらい幸せになって、
それが私の願い…

だけど、私は忘れない、
忘れたくないんだ
幸せな未来を映した
そのまっすぐな君の瞳を…

************************

犬や猫の保護団体や個人、また預かり
ボランティアの方々(以下、保護主様)が、
精一杯の愛情を傾け、お世話をした子が
里親さんに譲渡されていく日。
喜んで送り出さなければならない反面、
手放したくないと思ってしまうこともあるで
しょう。
そんな気持ちを抑え、笑って送り出して
くれる保護主様たち。
日々の世話に加え、病院に連れて行ったり
躾をしたり、何より人を好きになってくれる
ようにたっぷりと愛情を注いで、新しい家族
になってくれる里親さんを探す。
本当に頭が下がります。
保護犬猫の里親になるということは、そういう
保護主様たちからの愛情のバトンを受け取る
ことでもあるのではないでしょうか。
そして、その愛情のバトンは絶対に離さない、
それが里親になるということです。
 
 

 

「ワタシを呼んだ?」

やっばり気のせいか…
ワタシを呼ぶ者なんて
いるはずもない

だってワタシは
いつもひとりだから
ずっとひとりで生きてきた
あの人に捨てられてから

この同じ空の下
どこかで暮らしているだろう
あの人…

道ですれ違ったとしても
気づくはずもない、
ワタシは忘れられた存在

でも、
ふと呼ばれたような気がして
もう一度振り返ってみた

「ワタシを呼んだ?」

そこには誰もいないのに…


**********************

遠くで見かけた野良猫。
道ですれ違った野良猫。
あなたは、もう忘れたかもしれない、
気にも留めないかもしれない。
でも、その野良猫はあなたが捨てた
あの子かも知れません。
猫を捨てないでください。
これ以上、不幸な命を増やさないでください。




 

 

いよいよ明日は保護者との話し合いだ。
明日、アラシの運命が決定する。
私は今夜は宿直、もしかしたらアラシと

過ごす最後の夜になるかもしれない。
そして、アラシの夕飯を持って宿直室に

入ろうとした時、中に人の気配を感じ、

ふと足を止めた。

どうやら中にいるのは児童のようだ。
誰だろう、こんな時間に…。
児童はアラシに何か話しかけていた。
そっとドアの外で耳を澄ませた。

「アラシ、ごめん。本当にごめん。
アラシは悪くない。
アラシは僕を助けてくれただけなんだよね。
アラシが保健所に送られることになったら、
僕どうしたらいいんだろう。
アラシ、本当のことを僕が話していたら、
こんなことにはならなかったのに…。
アラシ、ごめん、ごめんね。」

私はドアを開けた。

そこにいたのは、アラシが襲ったとされる

児童数名の中のひとり、コウイチくんだった。
コウイチくんはびっくりした顔で、その場に

立ち尽くしていた。

それから、はっと我に帰ると、そそくさと

宿直室から出て行こうとした。
私はコウイチくんの背中に向かって声をかけた。

「コウイチくん、今の君を変えられるのは

君自身だ。君の勇気だよ。
アラシはそれを君に伝えたかったんじゃないのか。」

その言葉にコウイチくんは一瞬立ち止まった

けれど、そのまま振り返ることなく走り去った。

保護者との話し合い当日。

アラシを保健所へという彼らの主張は変わらない。
アラシが学校犬として、どんなに優秀か、
そしてどんなに児童から慕われているかと

いうことを説明しても、全く聞き入れる気配はなかった。
話し合いはこう着状態だった。
このままでは、アラシはやはり保健所へ送る

しかないか、と半ば諦めかけていた時、

コウイチくんが現れた。
コウイチくんはアラシを連れていた。

コウイチくんは少し緊張した面持ちで、

フーッと一息吐くと、保護者たちに向かって

語り始めた。

「アラシを保健所に送るのはやめてください。
お願いします。
僕はタカシくんたちに虐められていました。
あの日も叩かれたり蹴られたりしてた。
そんな僕の姿を見てアラシは、
僕を助けようとしてくれたんです。
僕は虐められていることを誰にも言えなかった、
親にも先生にも。
でもアラシにだけは話してた。
アラシは僕のほっぺを舐めていつも慰めてくれた。
アラシは僕の親友なんです。
僕のせいでアラシが保健所に送られる

なんて絶えられません!」

そう言うとアラシをしっかりと、抱きしめた。
コウイチくんの頬には涙が流れ、
そして、アラシはその頬をつたう涙を
ペロペロと優しく舐めていた。

コウイチくんはやっと勇気を出して、
真実を語ることができた。

保護者たちも、さすがにもう何も言えなく

なってしまい、結局、アラシの保健所送り

の話はなくなった。

コウイチくんを助けようとしたアラシの

勇気が、コウイチくんを変えた。
虐められていた自分から、やっと抜け出す

ことができたのだ。

            ※        ※        ※        ※

1年後、コウイチくんはアラシに見守られ

ながら、小学校を卒業していった。
その後もアラシは学校犬として、

多くの卒業生を見送り、12歳で安らかに

天国へと旅立った。

アラシの葬儀は学校で卒業式として、
在校生も卒業生も多数参列した中で執り行われた。
みんなアラシとの別れを惜しみ涙にくれた。
その中には、もちろんコウイチくんの姿もあった。

コウイチくんはのちに、獣医師となり、
動物たちの命と日々懸命に向き合っている。
あの日、アラシにもらった勇気を今でも
大切に胸に秘めながら…。

 


 

私はこの3月で定年を迎える。
小学校教師として約40年間勤め上げることが

できて、感慨もひとしおだ。
振り返ればいろいろなことがあった。
その中でも、とりわけ忘れられないのは、

私がまだ新米教師だった頃に一緒に過ごした

一匹の犬のことだ。
学校犬アラシ、今日はそのアラシのことをお話しよう。

          ※          ※          ※          ※

アラシは私が勤める小学校の校庭の隅に

捨てられていた子犬だった。
児童が見つけ、学校で飼えないかと

私のところに連れてきたのだ。
私は当時、教師になって2年目で、まだまだ

新米の域で、自分ひとりで判断できるはずも

なく、教頭と校長に相談した。

昼間は私が児童と共に世話をし、夜は宿直の

教師が世話をすることで許可がおり、

その子犬は学校で飼うことになった。
名前をアラシと名付けられたその子犬は、

赤茶色の短毛で、どこにでもいそうな雑種の

雄犬だった。

私はアラシの飼育責任者となり、日常の世話は

主に5、6年生の有志が担当した。
アラシは名前とは間逆の大人しい犬で、

頭も良く躾にもさほど苦労することはなかった。
朝の登校時、帰りの下校時は必ず児童を校門で

送り迎えする律儀な犬だった。

アラシは学校犬として、すっかり児童の

人気者になっていた。
学校行事にも参加し、運動会ではパン食い競争

に飛び入り参加して、大ジャンプでパンを

一口でパクリ、会場は大いに盛り上がったものだ。

そんなアラシが学校で暮らし始めて5年が

過ぎた頃だった。
それまで何事もなく平穏に暮らしてきた

アラシを巡り、ある事件が起きた。

本当にそれは突然の出来事だった。
当時5年生の児童の保護者が数名で学校に

やってきた。
そして、こう言い放った。

「ここで飼っている犬を処分してください。」

あまりにも唐突過ぎて、私も校長もポカンと

口を開けたまま、言葉が出なかった。

別の保護者が続けた。

「うちの息子は、あの犬に唸られ、噛みつかれ

そうになったんですよ。しかも、逃げる途中で

転んで足に怪我をしたんです。

あんな犬が学校にいたら、危険じゃないですか!
すぐに保健所に連れていくべきです。」

前日の放課後、校舎の裏で遊んでいた

5年生の男子児童数名に、アラシがいきなり

襲いかかったと言うのだ。
私は俄かには信じ難く、動揺していた。

「まさか、アラシに限って、そんなことをする

はずはありません。
何かの間違いでは?
仮に本当だったとして、きっと何か事情が

あったとしか思えません。
もしかしたら息子さんたちが、アラシに

イタズラでもしたんじゃないですか?」

私がつい、そんなことを言ってしまったもの

だから、保護者たちの神経を逆なでしてしまった。

保護者たちはさらに憤り、

「先生はうちの息子たちの方が悪いって

言うんですか?
そんなことあり得ませんよ!
とにかく、あんな凶暴な犬は処分です、

いいですね!」

保護者たちの一方的な言い分だけで、

アラシを保健所に送るなどということは、

到底決められる訳もなく、結局、

日を改めてまた話し合いの場をもつこと

になった。

私はアラシが何故そんなことをしたのか

わからず、もやもやした気分のまま数日を過ごした。
アラシは普段と何も変わらない。
大人しく毎日を送っていた。
アラシが人間の言葉を話せたら、あの日

何があったのか、聞かせてもらえるのに…。
そんな思いが頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
アラシはそんな私の気持ちを知ってか

知らずか、ちょっと不安げな表情を浮かべて、

ク〜ンと一声鳴いて私の膝に頭を乗せてきたのだった。

                                        後編へつづく