学校犬アラシ(後編) | 温もりのメッセージ

温もりのメッセージ

人と動物との心の繋がりを大切に、主に犬猫の絵を通して、
彼らの心の純粋さ、愛情の深さを伝えていきたい

 

いよいよ明日は保護者との話し合いだ。
明日、アラシの運命が決定する。
私は今夜は宿直、もしかしたらアラシと

過ごす最後の夜になるかもしれない。
そして、アラシの夕飯を持って宿直室に

入ろうとした時、中に人の気配を感じ、

ふと足を止めた。

どうやら中にいるのは児童のようだ。
誰だろう、こんな時間に…。
児童はアラシに何か話しかけていた。
そっとドアの外で耳を澄ませた。

「アラシ、ごめん。本当にごめん。
アラシは悪くない。
アラシは僕を助けてくれただけなんだよね。
アラシが保健所に送られることになったら、
僕どうしたらいいんだろう。
アラシ、本当のことを僕が話していたら、
こんなことにはならなかったのに…。
アラシ、ごめん、ごめんね。」

私はドアを開けた。

そこにいたのは、アラシが襲ったとされる

児童数名の中のひとり、コウイチくんだった。
コウイチくんはびっくりした顔で、その場に

立ち尽くしていた。

それから、はっと我に帰ると、そそくさと

宿直室から出て行こうとした。
私はコウイチくんの背中に向かって声をかけた。

「コウイチくん、今の君を変えられるのは

君自身だ。君の勇気だよ。
アラシはそれを君に伝えたかったんじゃないのか。」

その言葉にコウイチくんは一瞬立ち止まった

けれど、そのまま振り返ることなく走り去った。

保護者との話し合い当日。

アラシを保健所へという彼らの主張は変わらない。
アラシが学校犬として、どんなに優秀か、
そしてどんなに児童から慕われているかと

いうことを説明しても、全く聞き入れる気配はなかった。
話し合いはこう着状態だった。
このままでは、アラシはやはり保健所へ送る

しかないか、と半ば諦めかけていた時、

コウイチくんが現れた。
コウイチくんはアラシを連れていた。

コウイチくんは少し緊張した面持ちで、

フーッと一息吐くと、保護者たちに向かって

語り始めた。

「アラシを保健所に送るのはやめてください。
お願いします。
僕はタカシくんたちに虐められていました。
あの日も叩かれたり蹴られたりしてた。
そんな僕の姿を見てアラシは、
僕を助けようとしてくれたんです。
僕は虐められていることを誰にも言えなかった、
親にも先生にも。
でもアラシにだけは話してた。
アラシは僕のほっぺを舐めていつも慰めてくれた。
アラシは僕の親友なんです。
僕のせいでアラシが保健所に送られる

なんて絶えられません!」

そう言うとアラシをしっかりと、抱きしめた。
コウイチくんの頬には涙が流れ、
そして、アラシはその頬をつたう涙を
ペロペロと優しく舐めていた。

コウイチくんはやっと勇気を出して、
真実を語ることができた。

保護者たちも、さすがにもう何も言えなく

なってしまい、結局、アラシの保健所送り

の話はなくなった。

コウイチくんを助けようとしたアラシの

勇気が、コウイチくんを変えた。
虐められていた自分から、やっと抜け出す

ことができたのだ。

            ※        ※        ※        ※

1年後、コウイチくんはアラシに見守られ

ながら、小学校を卒業していった。
その後もアラシは学校犬として、

多くの卒業生を見送り、12歳で安らかに

天国へと旅立った。

アラシの葬儀は学校で卒業式として、
在校生も卒業生も多数参列した中で執り行われた。
みんなアラシとの別れを惜しみ涙にくれた。
その中には、もちろんコウイチくんの姿もあった。

コウイチくんはのちに、獣医師となり、
動物たちの命と日々懸命に向き合っている。
あの日、アラシにもらった勇気を今でも
大切に胸に秘めながら…。