学校犬アラシ(前編) | 温もりのメッセージ

温もりのメッセージ

人と動物との心の繋がりを大切に、主に犬猫の絵を通して、
彼らの心の純粋さ、愛情の深さを伝えていきたい

 

私はこの3月で定年を迎える。
小学校教師として約40年間勤め上げることが

できて、感慨もひとしおだ。
振り返ればいろいろなことがあった。
その中でも、とりわけ忘れられないのは、

私がまだ新米教師だった頃に一緒に過ごした

一匹の犬のことだ。
学校犬アラシ、今日はそのアラシのことをお話しよう。

          ※          ※          ※          ※

アラシは私が勤める小学校の校庭の隅に

捨てられていた子犬だった。
児童が見つけ、学校で飼えないかと

私のところに連れてきたのだ。
私は当時、教師になって2年目で、まだまだ

新米の域で、自分ひとりで判断できるはずも

なく、教頭と校長に相談した。

昼間は私が児童と共に世話をし、夜は宿直の

教師が世話をすることで許可がおり、

その子犬は学校で飼うことになった。
名前をアラシと名付けられたその子犬は、

赤茶色の短毛で、どこにでもいそうな雑種の

雄犬だった。

私はアラシの飼育責任者となり、日常の世話は

主に5、6年生の有志が担当した。
アラシは名前とは間逆の大人しい犬で、

頭も良く躾にもさほど苦労することはなかった。
朝の登校時、帰りの下校時は必ず児童を校門で

送り迎えする律儀な犬だった。

アラシは学校犬として、すっかり児童の

人気者になっていた。
学校行事にも参加し、運動会ではパン食い競争

に飛び入り参加して、大ジャンプでパンを

一口でパクリ、会場は大いに盛り上がったものだ。

そんなアラシが学校で暮らし始めて5年が

過ぎた頃だった。
それまで何事もなく平穏に暮らしてきた

アラシを巡り、ある事件が起きた。

本当にそれは突然の出来事だった。
当時5年生の児童の保護者が数名で学校に

やってきた。
そして、こう言い放った。

「ここで飼っている犬を処分してください。」

あまりにも唐突過ぎて、私も校長もポカンと

口を開けたまま、言葉が出なかった。

別の保護者が続けた。

「うちの息子は、あの犬に唸られ、噛みつかれ

そうになったんですよ。しかも、逃げる途中で

転んで足に怪我をしたんです。

あんな犬が学校にいたら、危険じゃないですか!
すぐに保健所に連れていくべきです。」

前日の放課後、校舎の裏で遊んでいた

5年生の男子児童数名に、アラシがいきなり

襲いかかったと言うのだ。
私は俄かには信じ難く、動揺していた。

「まさか、アラシに限って、そんなことをする

はずはありません。
何かの間違いでは?
仮に本当だったとして、きっと何か事情が

あったとしか思えません。
もしかしたら息子さんたちが、アラシに

イタズラでもしたんじゃないですか?」

私がつい、そんなことを言ってしまったもの

だから、保護者たちの神経を逆なでしてしまった。

保護者たちはさらに憤り、

「先生はうちの息子たちの方が悪いって

言うんですか?
そんなことあり得ませんよ!
とにかく、あんな凶暴な犬は処分です、

いいですね!」

保護者たちの一方的な言い分だけで、

アラシを保健所に送るなどということは、

到底決められる訳もなく、結局、

日を改めてまた話し合いの場をもつこと

になった。

私はアラシが何故そんなことをしたのか

わからず、もやもやした気分のまま数日を過ごした。
アラシは普段と何も変わらない。
大人しく毎日を送っていた。
アラシが人間の言葉を話せたら、あの日

何があったのか、聞かせてもらえるのに…。
そんな思いが頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
アラシはそんな私の気持ちを知ってか

知らずか、ちょっと不安げな表情を浮かべて、

ク〜ンと一声鳴いて私の膝に頭を乗せてきたのだった。

                                        後編へつづく