BossaとコーギーときどきSophiaな生き方。 -5ページ目

スピって、本当に能力あるの?だまされないでね!!

結論・・・ないです。以上。


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まず・・・おかしかったのが、スピでお金とってる人が、ほかのスピでお金とってる人に

相談してることです(人生のことについてです)



これって変じゃない?


だって、本当にサイキック能力があるなら、自分でわかるはずですよね?


また、たとえば、そういう人たちが、パートナーを得たあと・・離婚率高いです。


ソウルメイトなんじゃないんですかね・・・?


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いろいろ言い訳はあります。


たとえば、学びが終わったからとか(傲慢じゃない?)

波動が違ってきたから(ソウルメイトなのに?一緒に成長するんじゃなかったっけ?)


それから病気になった・・・サイキック能力があるなら、これをしたら病気になるからやめようとか

わからないんですかね?


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要はですね、彼らはわからないんですよ、本当は。

ただの人なんです。


だからそれで商売しちゃいけないんです。

いや商売にするから、見えなくなるんです。


これが理解できたから、一切離れました。


たとえば一時TVに出ていた、おじさんがいましたが

よく独身の人に結婚を予言してましたが・・・


はずれっばっかりですよね・・・


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占いなんかでもあるけれども、当たったと思うことは、

もしかしたら、自己成就予言やら違う原因かもしれません。

それを検証することはできません。

検証できないものを当たったというのは、おかしい・・・。





チャンスと見る人は・・・?だまされないでね!スピ編

2007年ごろだったか、まだスピってたころ

経営者が「これから、ますます景気が悪くなるから、うちはチャンスだわ!」って言ってたらしい。

SやらVは大変だ~って言ってるのに・・・

わたしは、ここに違いを見た。


SやVは自分たちは企業としており、経済に左右される存在だと思っている

つまりどうするか、という対策をたてることができ、

チャンスだと思ってる人は、人の不幸を肴にするただの悪魔だと(一瞬でも手先だったのかと思うと泣けてくる)。


この辺まで書いたら、IEが強制終了しやがった。悪魔の抵抗はすごい。

でも、頑張って再作成。


神様に愛されている人(多くのスピ関連人はこう公言して憚らないが)は、

社会で成功する。そしてスピなんかで飯を食ったりしないのだ。


キリストやブッダやモハメッドは、金とって個人セッションやセミナーなんてしないだろう・・・

そしてかのダスカロス翁も、絶対にお金を受けとらなかった。

これは、神界の掟で、約束だからと・・・。


直感的に言って、どうでしょう?

私はぜったいスピちゃんたちより、ダスカロス翁が正しい神界とつながっていると思います。


アセンデッドマスターやら天使やらが個人の欲に加担するだろうか?

彼らは、慈悲の存在なんだから、慈悲より欲の皮が厚い人には近づけないのではないだろうか?


昔から日本では、キツネやタヌキは「化ける」っていうことが言われています。

もし、なにかが、アセンデッドマスターや天使に化けているっていうことも考えられませんかね・・


(以下ちょっとオカルト)

なんでかっていうと、スピってる人って、審神(さにわ)の技術がありません。

何か変わったことがあったとき、それを奇跡といって片付けますが

それは、本当に神がやったのか、なにかの憑依なのか、先祖なのか・・・を区別できないということです。


もしかしたら、タヌキが化けてるだけ、いたずらしてるだけかもしれません。

それに考えも及びません(だって神様に愛されてるって思ってるから)


それに神は特定の人を特に愛するってことはありません。


皆を愛しているからです。


だから「私は神様に愛された人生を送っています、いろいろ叶っています」って言ってるのは、

「自分は普通です」


と言ってるだけなんです。




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そういや、こういう人たちで外国からヒーラーとか呼ぶとき

D社のぼったくりようは、ひどかった。


たとえばアメリカで300ドルでやっていた個人セッション。

日本で5万円・・・ざっと倍。

1000ドルのセミナー・・・18万円みたいな。


いくらなんでもひどい。


で、本当にいいものなら何年何十年と続くはずなのに、大体同じ人は3年と持たない。

ころころヒーラーが入れ替わる。(それを変容が速いと言っている・・・トホホ)


リピーターがつかない粗悪品ってことじゃない?


私が居た2007-2008にやっていたヒーラーは、いま、ほんの一握りだけ残ってるのみ。


不思議なんですが(実は知っていますが、オカルトちっくなのでここでは控えます)、

スピをやってる方は、どんどんある特定の病気で、年若くでなくなっています。


脅しでもなんでもなく、興味がある方は、スピでなくなった方をネットで調べてみてください。


何が言いたいかというと、スピやっても新興宗教みたいに(宗教じゃないって謳ってるけど、構造は同じ)、

お金巻きあげられ、主催者が肥え(なんだあの腹は!見た目だけじゃなく)、通う人は貧乏になるだけです。


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いろいろ規約を見ますと、いったん振り込んだお金はいかなる理由があろうと返金しないとか

人生の選択には責任取らないとか

(つまり、お金だけ頂戴ね、後は知らなーい)



これ・・・ぜんぜん、神と繋がってません・・・。

規約って本のあとがきみたいだな

本音がポロっとでてる・・・

願い事はするな!

昨日は七夕で、ハッピーロードにもたくさん短冊がかかっていました。

いつの間にか、「自分の願いを書く」行事になっていますね・・・

もう一つは、神社もともと絵馬などで、勝負事や大きなことをお願いすることが江戸時代から始まったようです。

でも、最近は間違ったスピブームで、「自分の願いを叶える」欲求がすごいですね。

神社はとくにこの欲が気持ち悪くて吐きそうになります。。。


もともと神社は、成立にいろいろ由来があり、種類もいろいろですが、

本来は感謝だけを捧げるところだといわれています。


これはある意味あたりまえです。

なぜかというと、神社には必ず鏡があります(三種の神器のコピー)。


これは、自分を写すものですよね?


・・・・ということは、お願いごとを写せば、自分に「お願いしなければならない状況」を現実に映し出します。

これを知らない人が多すぎます。


昨日も書きましたが、お願いばかりの人に神なんて寄りません。

「こころだにまことの道にかなひなば、いのらずとても神やまもらん」(菅原道真)です。

そして、

「神仏は尊し、神仏は頼まず」(宮本武蔵)


「ちょうだいちょうだいちょうだいちょうだい」って言われて、あげる人っていますか?

人間だったら、現実には、根負けしてあげちゃう人いますけど(でも、すごいいやじゃないですか?)、

神は厳格なので、そういうことはしません。


それに、個人の願いに加担はしません。

なぜか・・・?

それはできないからです。なぜできないの・・・?


それは、我欲は、神の波動と合わないから、引き寄せないのです。


これが本当に引き寄せの法則です。

これには、スピにも関連するので、次回はスピのこと書きます。


もっと深く考えようね

地球の歴史は、46億年、現人類の誕生は15万年前と言われています。

その間、地球は変化し、人類も変化してきています。

両方とも生き物ですからね。


地球変化をちょっとだけ見ても、地軸の逆転が何度もあったり、地殻変動やら氷河期や温暖期の繰り返しがあったりと今の状態からは想像もできないことがたくさんあります。


人間の社会もそうで、世の中の仕組みがいつ変わるかはわかりませんが、必ず変わります。

社会や経済の仕組みがガランと変わり、人の価値観も全く違うようになる時が来ます。

今回の震災もそのきっかけだと思います。


だから、今の仕組みの枠組みの中の考え方で、動いても、徒労になると思います。

資本主義とくにアメリカ型の資本主義は崩壊していますから、その考え方で動くと逆効果です。

でも、成功法則をいまセミナってる方たちは、この資本主義の枠組みで語っているので、自滅すると思います。

H田Kさんも、資本主義は崩壊すると言いながら、思考の枠組みは思いっきり資本主義です。


つまり、根本が間違っているんです。

考え方が狭くて中途半端です。


いたずらに不安を煽り、セミナーに囲い込む・・・今やることだろうか?

行く人たちも今やるべきことだろうか・・?と思います。

ここへ来れば救われるととき、ここへ来れば自分は救われると思う・・・新興宗教と同じです。


これは、逆にみると、「ここへ来なければ救われない。ここへ来ない人は救わなくていい」という

排除と差別を孕んでいます。


それが、いまやること???


その分寄付したり、自分が何かを買ったり・どこかへ行ったりして、世の中に廻るようにする方が、世のため人のためなんじゃないかい?

主催者に差し出しても、世の中よくなるの?


これだけ世の中の便利のために犠牲になってる人・動物・自然・地球が存在しているのに、

自分たちの成功が大事ですか?


私には理解できません。


お金というのは、共同幻想なので(簡単に言うとゲームのルール)、その共同幻想の解体が簡単に行われる可能性が高い。(現実的には当事者が多すぎて簡単ではないと思うが)

でも人間の営みは、人類がなくなるまで、続けられる。

大事にしなければいけないのは、「自分の成功」ではなく人の営みなんじゃないの?


人間は、生まれて育って、泣いて笑って怒って喜んで、そして死んでいくんだ。

そのQualityが大事であって、成功なんて、チンケなどうでもいい話だと思いますね、私は。


つまり


アメリカ型の経済はもはや虫の息ほど、その国がよしとする成功法則を見習ったら

日本も虫の息ほどになる(やがては・・・)ということです。


そして、そんなもので成功なんかしないんです。

(一時的に金持ちになることはあるかもね)


偉人たちはもちろんそんな法則に則ってはいないし、

彼らが成功者といわれるようになったのも、時代の要請や周りの環境など

変えられない部分や、「こんな偶然あるの?」というような運としか言いようのないことが要因であることの方が大きい。


まぁ最近はその運を自分に「引き寄せ」ようとしている方たちもいますが(一時ウォッチしてましたが)、

「自我」が引き寄せようとしたものは最終的には、うまくいかないし、

「自分に運を」と乞う人は、神は愛さないと思われる。


同じ波動が引き合うなら、「自分に運を」と願う人には、同じように願う人や願う状態しか、引き寄せられない。

神の波動は、「人に慈悲を」だからね。

(でもだからといって先回りで、徳を積んで運をよくしよう!っていうのもだめだからね!

その裏に自分が得したいという気持ちがあるから、同じような人やモノと仲間になるだけ)


よく考えればわかるはずなのに・・・

残念だなって思う。


メンターという名の商取引・・

私は、本のはじめにとかあとがきとか好きです。

その人の本質がぽろっと見えるからね。


で、成功本のも面白いです。

最近よくあるのが、「あとがき」で

「最近、読者から『自分のメンター』になってくださいと言われますが、そういう人に限って自分から何かを差し出してこない」というたぐいのことを書いている人が多い。


言い方は悪いけど、趣旨は一緒「教えてほしけりゃ、なんかもってこい」です。

(これ、もうやめちゃったけど某大臣と似てません?)


でもこれは???ですよ・・・


だってメンターって要は師匠ってことですよね?

弟子候補になるには、最初から何かを持っている人じゃないといけない(何かは多くはお金)。

何も持っていないから、師匠がほしいわけでして・・・・

師弟関係に交換条件なんかないでしょ?

授業料必須は、メンターとメンティの関係じゃない。


これは、メンターという名を付けた商取引だって思う。


おかしいと思わないのは、資本主義経済が染み付いちゃってる人。


人間の活動にはいろいろな分類の方法があるけど、

「贈与経済」と「交換経済」があって、

資本主義っていうのは、交換経済だけれど

社会には贈与経済っていうのもしっかり残っている。

最近では、勘違いしてる親もいるが、子育てや介護、医療なんかは贈与経済。

そして教育も贈与経済なんだよね。

政治っていうのもそうだよね。


「大切なものを誰かに渡していく。

でもどっからか見返りは来るかもしれないし、来ないかもしれないけど、」っていうもの


師弟関係も教育ですから、これやるからこれくれっていうのは変なのね。

贈与経済と交換経済をごっちゃまぜしてるの

(そういう人は多いだけどね・・でも少なからず世に名前が出る人がこの認識じゃぁ、恥ずかしいよね・・・

役人もそう。だから子育て医療教育が崩壊してるんだよ。)


で、交換経済であれば教育の発動はしないってことだ。

交換した・・・以上・・・だから。


まぁ本音は自分が金儲けだから、ある意味では間違っていないんだけど。


それにもし本当にこの人たちにメンターがいるとしたら、そういう人たちは、彼らに「なんか持ってこい」って言ってないと思うんだよね。

でだ、メンターになるにはある意味彼らのメンター以上のメンタリティにならないといけなのに、

メンティ候補に何かを要求する時点で自分たちのメンター以下のメンタリティになっていると気付かないのか?って思う。


吉田松陰や緒方洪庵は、弟子たちに何か要求しただろうか?

かれらは、塾生たちの将来に期待する(だれかに知識を伝え世の中をよくする) という要求だったのではないだろうか?

(授業料はあったようだが、今よりはるかに安く、現物を受け付けたり、心意気があったようだ)


無意識でやってると思うけれど、「自分たちの提供するものは、メンターや師匠の提供するような教育ではなく

ただのコンテンツで商品だから、次世代に譲渡したい類のものではないよ」って言ってるんだよね。

その人たちに自分の子どもたちに自分がやってるセミナーを金払って受けさせるか?

って言ったら彼らの答えはNOだと思う(聞いたことないけど)。


無意識って本当に可視的だ!!

疑り深くたっていいじゃない!

よくね、「素直になりなさい」とか

「素直が一番」

「素直な子に育ってほしい」(女のこに対してが圧倒的に多いらしい、しかもそんなの日本人だけ)etc

って言われますが・・・


でも、この素直っていろんなレベルがあるんだと思っています。

多くの日本人が、素直=鵜呑みにする っていう風に

もしくは逆らうのはよくない という風に思っているんだと思います。

辞書でも素直の類語は従順だったりします。

正直とか無邪気との重なりも大きい。


これが、無知につながる(人がいいとも言えるけどね)。

とくに、権威や活字になったものには弱い。


本から学ぶことが多かった私は、ずっと書かれてあることをいろいろ試してみてました。

若いころはそれこそ、いまの「モテ」本のようなものを参考にして、彼氏に使ってみたり

もしてました(遠い目)


でも、当てはまらないことの方が多かったんです。


だから、マニュアル的な本に関しては話半分以下で読んでました。

それから後、ある本たちに出合います。

「知的複眼思考法」刈谷剛彦著や社会学系の本です。


若いころは文学系が多かったので、これはガビーンでした。


疑うということは、自分を大事にすることなんだと気付いたからです。

これって???って思うことから学問も始まります。

こどもの好奇心も「どうして?」です。


よく知れば、おのずとカラクリも見えてくるので、だまされることも少なくなり

自分の幸せを自分で創り出す方向を見ることができます。


でもその手の知識は、「成功本」やら「ビジネス本」にはありません。

間違いやデマもいいです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その一例ですが・・・

Jとかいう日本でぼろもうけして、信者も多いアメリカ人もはっきりした嘘書いてます。

(「お楽しみ様」とかわけわからん挨拶する人たちです。挨拶の意味・意義も分からない人たちです)


一例ですが、朝は果物だけにしろと言っています。

果物はその90%程度が水分です、あとは果糖・カリュウム・ビタミンが少々です。


果物の問題は、農薬です。

果物は野菜に比べ、農薬使用が多く、そして農薬は水溶性なので、

果物の水分に多く吸収されています。


つまり、農薬を食べてるのと同じなんです、残念ながら。


きっとどうやってできているかをちゃんと見ていないのでしょう。


果物だけというのもいただけないです。

というのも、人間のカロリー消費の大御所は、脳です。

70%程度は脳が消費します。そして脳のエネルギーはブドウ糖が99%です。

果物だけでは圧倒的に足りないんです。


これを実践した人は、「頭がすっきりした」とか言ってますが、

それは今までの朝食がタンパク質・脂質中心で消化に負担が多く

それらをとらなくなった分、楽になっただけです。

もしくは夜食べ過ぎ。


完全菜食をすすめるのもいかがかと思います。

個人的にやるのは構わないけれどね、普通の日本食にすればいい話だと思います。



それから、Jは白人ですが、私たちは日本人なので、消化構造が違いますから

白人の真似をしたら体を壊します。


「お前がいうな!」というくらい、彼の体はでかいですのに真似するの?

(顔は最近病気したの?というくらい細いですが、身体は相変わらずです。なんだあの腹は?ただのオヤジじゃないかって思う。実際本当は糖尿なのではとのうわさが絶えません)


本当は合わないのにそれを日本人に勧めてる・・・

本人がそれでいいならいいんですよ、ぜんぜん。でも勧めるのって・・・どうなの?


(大体、なんで肥満体国の人に、食事法を教わる必要があるんだろうか?受けてる人は冷静に考えたらどうでしょうか?恋愛下手に恋愛方法を聞くようなもんじゃない!)


彼とその仲間たちはエネルギーとやたらほざきますが、その定義がありません。

まぁカロリーとか食べ物と仮定する。

「朝食を消化するのにもエネルギーを使うので、果物だけにするとそのエネルギーを頭に使うことができる」みたいなことを言いますが、この朝の頭の回転用のエネルギーはどこからくるのでしょうか?

夜の食べ過ぎから?

それにノーカロリーのものでさえ人間はカロリーを使用します。

まして農薬を消化するのにどれほど体に負担がかかるか・・・


もう全く有機体としての体をご存じないとしか言いようがないです。


いい子は真似しないでね。


若いときは影響出ないけど、中年以降となると、病気を抱えると思います。この食事法。


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個人的に気に食わないのは、この手の人は日本人から巻き上げておいて、日本に住んでない。

シンガポールに40部屋の豪邸をおもちだそうです。

(無駄に広いだけ)


所得税・住民税を納税していないってことです。

少しは還元しろよ!


4日で最低15万で本人の近くの席に座ってお食事も一緒にできる(食事代は自腹?)コースは

30万円のセミナーってどう?

行ってる人も、なんか内輪で盛り上がってるだけだし

本当に財をこれ以外で成したんだったら、もっと良心的でいいじゃないですか?

ぼったくりだよね。


30万あったら旅行に行くよあたしゃ。

それに家だって3LDKで100平米くらいがMAXで十分だね。

(フランスかイタリアに別荘はほしいが、部屋3つ+庭で十分)

こういうことを好きな人たちは「足るを知る」をご存じないね。

日本人として恥ずかしいとさえ思う。





補足

そうそう、いま成功法則を売ってる人はみんな繋がってますよ。

内輪でぐるぐる回ってる。


大体「シークレット」に出てくる、成功者たちってみんな

成功セミナーやってる人たちですよ。


最近こういう成功セミナーやってる人についてる人はセミナー講師になりますね。

あとは、ネットで稼ぐとかで集客してる。

ヒーラーについてるとみんなヒーラーになるの。

内輪のマスターベーション。


隠れてやってくださいな。


もう少し恥らってくださいな。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

最初にアメリカにいったときの「文化と平和の絆」云々の学生派遣って

S学会っぽいよね。もしくはK教か。

H田さんて学会関係者?

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


この手の人の見分け方。

・アマゾンキャンペーン

・特典プレゼントつき


こういうの気持ち悪かったな、スピ会社ってこんな人たちいっぱいくっついてたから。


前者はもちろん部数伸ばして、○万部突破とか、数を競うため。

本は、中身じゃなく部数だと思ってる人だからね。

「みんなで応援する」とか言ってるんだけど、

私は面白くないと本は買いたくないし、部数伸ばしは本の価値と関係ないと思っているので

協力したことは、2度しかない。

こういうやり方が通用するからこの手の人たちってマルチと親和性が高いんだなって思う。


後者は言わずと知れた、セミナーへの釣り。それだけでは満足にならないようにしてある。



今更げーじんに聞かなくてもいいんじゃねぇ?

明治維新以降、日本でいわゆる成功した人はたくさんいます。

渋沢栄一、岩崎弥太郎あたりが大御所でしょうか。


戦後でも、本田総一郎、松下幸之助なんかですね。


彼らも、起業し、大きく育てていきました。

そんな時代に、成功法則なんて言ってましたかね?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


成功事例とかベストプラクティスとかMBA系の言い方がありますが

こんなものを検証して踏襲しても、成功できません。


当の本人たちは、いろいろ試行錯誤の結果そうなったのであって

最初から成功事例なんかは意識していないです。


だから、分析したものや法則化したものではなく

成功を導き出した生き方に「ヒント」を得るというのが

私たちが取るべき態度なのでは?と思います。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


もし万が一、法則があったとして、高額なセミナーなど開いて

特別な方々に、説教たれたりしましたか?


むしろ、惜しげもなく公開したんじゃないですかね。。

成功法則を売りさばいて成功するなんて、チンケなことは考えもしなかったんじゃないでしょうか?


これに関連して、本多静六という林学博士がいます。

明治神宮の森を作ったドイツに学んだ東大教授です。

本多先生の「私の財産告白」なんぞ、すごいですよ。

自分の術を全部公開しています。

しかも、1000円で。

セミナーも必要ないです。

なにも、わざわざユダヤ人やら何とか法則とかに聞く必要もない。


私はこういう、本業が別にあり、財を成した人のコツは聞くけど

本業が成功法則を売る人や、アフィリエイトやら情報商材やら海外の何チャラとかで

金を転がすことで小金もちになった人の話は聞かない。


尊敬できないし、そんな人を「スゲー」と思いメンターとかにしてしまうメンタリティの持ち主の

仲間にはなりたくないから。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


困らないほど金があるなら、持ち出し無料でセミナーやれよ(釣りじゃなく)って思う。

経費も自分の報酬もとってなお余りあるほどの料金とってやるのは、良心がないと思う。

良心がない人は尊敬できない。

主催者の金儲けのための、成功セミナーなんてアホくさい。



全部読んでからアマゾンで売りました。


一応買うのは、私の流儀。

自腹は切った上でないと、文句は言えないと思うので。


日本人のリテラシーって低いんだな・・・とつくづく思った。



閑話休題facebookに救われるの巻

facebookに救われました。

劣等感を持つ相手がいたんです


実際に私が劣っているというのではないけれど

自尊心が傷ついた経験(今となっては、バカだな~って思うだけなんだけど)に

かかわってた人です。

感情はそのままになっていたみたいです。


私の容姿にかかわることだったのですが・・・

Facebook に自分の出身校っていれますよね?

それで、だれか知り合いいるかなって、なんとなく見てたら

その人の名前を発見しました。


あれから20年(きみまろ風に)・・・

ものすごい変わっていたんです(中年ですから当たり前なんですが)。

私はというと、実はあんまり変わっていない。多少大きくなってますが

女性に全然変わらないといわれるので、多分本当だと思います。


で、一瞬でその残っていた感情が癒されてしまいました。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「心理療法ーその基礎なるもの」 という本で

人が癒されるときにどのような共通要因があるのかと解説しています。

それによると、

クライエントとセラピストの信頼関係以上に

偶然の出来事がクライエントに大きく影響することが書かれています。


これに全く同感です。


人が本当に癒されるのは、人生の中でいろんな出来事があり、

いろんなことがいろんな糸でつながっていることが

「あれってあれじゃない?」というようなことが

「あーーーーーわかった!」とかが起こったり

時の流れと共に状況が変わったことが理解できて初めて起こる気がします。


本を読んで、理解したり、ワークショップにいくのも一つのきっかけにはなり得ますが、

そこだけでの気づきは浅いものでしかない。

もっと、気づきの重なりが積み重なって、まるでオーケストラのそれぞれの音が

合わさった時のように、ウワーっとくるのが本当の気づきと癒しだと思う。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


今回の体験は、ただ20年後の写真ですとみせられるだけでは起こり得なかった。

やっぱり自分でいろいろ体験して、劣等感を認識したりした後で

起こったことだと思う。






人物設定無理すぎる

ナチの迫害から命からがら逃げてきた記憶があるということは、

この時代設定(1990年代だろうと思われる)だと、ハリーっていうこのご老人は

遅くとも1930年代生まれだと思われる。


ということはヒッピーよりも若干年長で

古今東西の教えを学んで、自分の理論を打ち立てた(それにしちゃぁ薄っぺらくないか?4つのマトリックスって・・もう少し格調高いものを期待します)。

でどうもワークショップでの雰囲気もなんだか、福音派のテレビ伝道みたいなんだよね

すごくアメリカ的なの。

でもナチから逃れてきたユダヤ人は、ユダヤ教である可能性が高く、福音派とは全く縁がないはず・・・


ちょっと違う気がする。



もう少し年長の亡命ユダヤ人だと、ドラッカーとかエリクソン、フロム、アドラー、マズロー、アインシュタイン

あたりが有名どころだけれども

彼らの一世代後がこの内容を言うだろうか?


ユダヤ人でヒッピーっているけれど、もう一世代後なんだよね。

だからヒューマンポテンシャルムーブメントの影響も薄いような気がする年代。


あとがきでクリストファーに教わったと書いてるなら

それを書けばいいのに、「ナチから逃げてきたユダヤ人」にするところに無理がある。


ユダヤ人でアメリカに移住してきた人はいろいろいるのに、

ユダヤ人=ナチでの迫害 っていうレッテルも歴史の知識がなさげでだめぽです。


フィクションでもいいけど時代考証や歴史をちゃんとして本を作ってほしい。


まぁ歴史をしらない無知な人から儲けるだけのため広告だからいいって思ってるのかなぁ?