隣人の「ただいま」という声をどうとらえるか
101号室 の男のほうが帰ってきて「ただいま」を言ったとたん、横でテレビを見ていた旦那が「おかえり~♪」だって。
食ってたティラミス吹き出しそうになって笑ったわ。
101号室の人たちや、旦那には、玄関のドアを開けて「ただいま」を言う習慣があるらしい。
まるで玄関の空間に挨拶してるようにすら見える。
私にはそういった習慣がない。
なんでかな。
鍵っ子だったわけでもないんだけど。ただ、小さい頃からそういう躾をされてなかっただけかも。
愛し合う家族って感じじゃなく、無関心でいる人たちって感じだったからなー。
親戚や友達の親などに会ったときの挨拶を教わったこともなく、そうなると私はしゃべれなかったので、無口な子供だと思われていた。
自分が社会に出るようになって、なんでかがわかった、親も知らないから教えられなかったんだってこと。
うちの親は電話口でも相手の前でも、相変わらず変な挨拶をしてる。気づいてショックだったけど、気がつかないよりよかった。
客先に行って「ご苦労様」って言い回ってるのってどんだけーって、ねぇ。ふぅ。
同僚にかける声もやっぱり「ご苦労様」だった。ヒヤヒヤしましたわ。
たまたま窓を開けていたから聞こえてきた隣人の「ただいま」にすら返事しちゃう旦那は、とってもラブリーじゃないかと。
私は内心、「なんだよ、帰ってきたのかよ、ウゼー」だったんだけど、旦那のせいで自分の卑しさを思い知らされた。
旦那は良家の出(本人談)だからかどうか、挨拶や電話での対応は完璧だ。ちゃんと親から教わったんだと思う。もしくは、親の姿を見て学んだのか。商売やってる家だったってのもあるんだろうけど。
私は誰も居ないとわかってると部屋に入るときに「ただいま」は言わないけど、今回の件で、なんか言ってみたくなった。
もしかしたら顔も知らない隣人さんたちが「ウゼー」じゃなくて「おかえり」って思ってくれているかもしれないと知って。
夢日記7/18
一軒家に集まってる感じ。一階の玄関近くで3つの穴が特徴的な金属製の四角い金物で米を炊いている。中身は私が持ってきた米らしい。
外に出て、左側へ向かう。少し上り坂になっているところで、父が誰かになにかを教えているという立場だった。
父は「うちの米はおいしいだろ」と自慢気に言う。
戻って、米をかき混ぜると、ヘビが厚さ半分に切られたものがふんだんに米の中に入っていて、私は入りすぎだと感じる。
ヘビは色がなかった。米の白に紛れていて、うっすらとした茶色い模様くらい。
これがみんなに気に入られるとはとうてい思えなかった。おかずは、ヘビの煮たものらしい。
窓から子供が「白い食べ物がほしい」と言う。
誰かが指先につまんだ米粒少しを子供にあげる。器であげればいいのに、と思ってる。
ゆっこ(最近彼女はよく夢に出る)がそこで仕切ってて、「そんなのマニュアルにない」みたいなこと言って怒ってる。
「そもそもメニューに米はないんだし、マニュアルに白い食べ物はないよ」と私は言い、彼女は黙るしかなくなった。
うげげ。ヘビは食ったことがないんだが・・・。
どう考えても 良い夢じゃなさそ。
105号室の学生
3月か4月になって引っ越してきた105号室の学生くんは、玄関のドアの外にスニーカーを置いている。
最初に見たときは、友達がわんさか来ちゃって玄関の靴も部屋の中も大変な状態になってるのかな、と思った。
でも、早い時間や遅い時間は確実に外に同じスニーカーが鎮座してる。
勝手に想像させてもらうならば、玄関は靴だらけなんじゃないかと。そんで、靴の上に靴を重ねるのは嫌なので、余り余った外という空間を有効利用しようという魂胆。んでなきゃ、玄関というものがその部屋には存在しないのか、玄関という空間の使い方を間違っているのか。
実は私、彼の靴がいつ盗まれちゃうか、すっごい楽しみに待ってる。
もしかして学生くんの靴がそれしかないとしたら、どうやって靴を買いに行くのか、とっても知りたい。
靴を買いに行く靴がない状態。
ぜひ、陥ってもらいたいものだ。
102号室の人
102号室の人は、頭がぼうぼうな30代もしくは40代の男性。
ぼうぼうなヘアスタイルは、こだわりらしい。茶色く染めていて、いつも無造作。この無造作加減がいつ見ても同じなのは、やっぱりこだわりなんだと思う。見かけがスヌーピーに出ていそうなキャラ。
彼の生活音は、101号室 と違って向かい合っているという位置までいかないのであまり聞こえてこない。
彼はよく居留守をする。速達相手に居留守をするんだから、こうなると居留守状態を愛しちゃってるんだとしか思えない。
ひとり暮らしで居留守をする心理ってなんだろう。「見かけによらず忙しいんです、てへ」を演じたいのか、土曜に家にいる寂しい人を演じたくないのか。もしくは、居留守ではなくトイレで気張っててホントに出られない場合ばかりピンポン鳴らされちゃうタイミングのごっつ悪い人なのか。
102号室さんの生活音はほとんど気にならないが、唯一、鍵の開け閉めが気に障る。
彼は部屋から出てきてダブルロックの鍵、両方をかけ、そのあと必ず閉まっているかどうか確かめる。
開けるときは、玄関に立ち、鍵を手にしてまず閉まってるかどうか確かめてから、鍵を開けるという動作にかかる。
・・・。102号室さんは、神経症じゃないの?
そんでんきゃ、過去に泥棒に入られたことでもあるのか。それならまあわからなくもないが。
大丈夫、確かめなくても閉まってるよーって言ってみたい。
静かな住宅街で、鍵の閉まってるドアをガタガタやられるのは不快な騒音。
まあ、その「大丈夫だよ」を言ってくれる人が居ないからこそなんだろうけど。はやいこと幸せになってちょうだい。そしてドアをガチャガチャやるの、卒業してね。
音楽と薬
あまりにもさっきの文章が音楽らしい話題から逸れたので、らしき考察を。
小室サウンド(巷でめっきり聴かなくなったねぇ)には、メジャートランキライザーらしさを強く感じる。
私がもともと聴かないトランス的要素なんだと思うけど、激しく強制ダウン的な、それでもかそれでもか!っぽい繰り返しのマンネリ感。あれが好きな人、わりと多いよねー。安心するのはわかるんだけど。
小室サウンド求めるのって、安心感ゆえの時代背景だったの?
(確かに聞き込んでない音楽、ジャンルは一緒くたに聴こえるけど、にしたって!)
パラパラは、抗うつ剤的音楽。SSRIかな、抗うつ剤の中でも。
見事に感情を消す。決められた動作で安心感を得られる。渋谷に行くといつも思う、この人たち、サラリーマンになる予行練習でもしてんじゃないのかと。ある意味感心する。
日本人的憧れが入ってるのかなと。こんだけみんなに合わせて自分も動いてます、ちゃんと完璧にやってます。でも、汗の一つも流してません的アピール。
「どう? 自分、実はスマートじゃありませんか」っぽい心の隅のニヤリを感じるのは私だけでしょうね。
マイナートランキライザーは一発屋。その場限りって言葉遊びだけかもしれないけど。
バカにしてないよ、これはとても大切なのよ。各々のプレイリストを埋めるのはこういう曲たちだもの。
唯一、覚醒剤を感じるのは、Linkin Parkのサウンドに。
なんでかって、なんでだろ、シャブ中の知り合いの知り合いさんと重なるから、かな。
彼が聴いていたからではない。彼とは音楽の話もしたことすらなかった。
一寸の乱れもない完璧な打ち込みと一見それに相容れそうもない馴染みやすいメロディの融合、まったくしてふざけてないスタンス。それってたぶん、芸術枠ではなく職人芸の域で。
・・・日本人が欲してやまない感じなんだよね、まあ、パラパラ的抗うつ剤が「ないとやってけない」に対して、こっちは理想。
私個人は全くしてLinkin Parkを聴いてて覚醒効果が得られるわけじゃないけど、シャブ中さんがこんなだった。頑張って頑張って自己の理想のために違法とわかってる薬をからだを壊しててもやってた。
ってことは、私はLinkin Parkのサウンドの随所に完璧感を抱いているのかもしれないな。
音楽っていいね、目に見えないから感覚的なこと書ける。
そして、ふだん洋楽しか聴かないので、音楽が文章として伝わることはほとんどないから、こいうお遊び感覚が生じるんだろうなぁ。
音楽を薬にたとえるなら
こないだ、どこかで読んだ、「日本にかぎってアップ系の薬が流行り、海外ではダウン系が主流である」と。
覚醒剤もマリファナもコカインもヘロインも、もっちろんやったことがありませんゆえ、ほへぇという感想しか持てませんでした。
が。
処方薬なら、かなりやってると気づくのでございます。覚醒系の薬はリタリンだけしかないけど、まあそれでもいいはずです、認可されてるアップ系の薬などほとんどないのだから。
音楽は薬です。
だったら、効果もあるだろうってわけでして。
はい、確実にあるように思われます。
少なくとも、好みじゃない音楽が流れていると不機嫌になり、まるで「拷問か!」と歯を食いしばったりしなくてはならない局面に陥るからです。
これは私だけではないことは検証済みでして、以前、集合場所にとあるクラブを指定したところ、イベントかなにかでトランスっちゅージャンルの、そこに集まるべき予定の人々がおよそ聴きもしない音楽が延々垂れ流されていたのです。それがトランスなのかすら、普段聞かないジャンルなので確定はできてないのですが。
別にその音楽を非難してるしてるわけじゃないですよ。ただ、集まる輩はHipHop/R&Bが流れるクラブにしか足を運ばないという習性がついてしまってるがゆえ、なにか違和感を覚えたってのが正しいかと。
各々グラス片手に、徐々に集うメンバを「はやく揃わねーかな」と腕時計を見る頻度や携帯をパカパカ開けてはたたむなどの行為が確実に多くなる中で、わけのわからない人間に声をかけられたりしながらも、好みの人もちょいとは見つけて楽しくおしゃべりに花が咲いたりする瞬間もあって。
最後のひとりが揃い、そして奴はドリンクすら頼まず、言ったのです。「音楽、ちがくね? 他行こうよ」と。
もちろん、わかってましたよ!!
それでも場所と予定を変えずにいたのは、高い入場料払っちゃったからじゃないの! ジレンマよジレンマ。あくまで場所に金を払ったのだと思いたくて、流れる音楽は空気なんだからただと思いたかっただけ(いや、クラブなんだから機材には相当かかってるだろーけど)。
金にこだわらない奴は、あっさりと入場料を無駄にしたという感覚を持たずに外に出ることができるらしく、貧乏人の私たちもぞろぞろと奴に続いたわけで。
そして、繁華街の騒音だけの外の空間は、冷蔵庫の独り言ですら容認できない私が、信じられないくらいの爽快感を味わいました。
端的に言えば、わかりきった愚かなことじゃんって、あーた、人ごとだから言えるのよ。
金まで払って身を投じた場所で、「これは違うなんか違う」と心ではわかっていても、「これでいいんだ、店の中はやたら盛り上がってるじゃないか」と集団の心理に紛れ込みたい一心で自我を追いやろうとするのは、普段、流れる曲というのはほとんど自分で選べる環境下(家の中しかり、移動中しかり)にどっぷり浸かりすぎたからでしょうか。
「音楽が薬うんぬん」とお題からずいぶん外れてるとお思いでしょう。私もヒヤヒヤしましたよ、途中まで。でも今やっと書けることがわかった。
これは、、、抗うつ剤の断薬の短縮バージョン!
いわば、シミュレーションかと。
・・・なにを言わんとしてるのか、お前、薬やり過ぎで書いてるだろってツッコミはいらんよ。
向いてない曲って、効いてない薬と同じなんすよ。
「わざわざドクターが選んでくれた薬だしー、1日やそこらでとたんに効くわけでもないしー、高いお金も払っちゃったしー」
と、ほぼ自分に言い聞かせ状態で抗うつ剤を服用し続ける。
最初に出てくるのは、効果ではなく副作用。これが、効いてくる実感のような錯覚をまず引き起こす。なので、続けられる。
副作用が治まる頃、なんとなく本作用が効いてくるような出来事でもあったら、さあ大変。薬が抜群に効いてきたとか思い込むには最高でございましょ。で、ドクターに嬉しげに報告したら、良かったねこれからもちゃんと飲んでねと言われて服用し続けるしかなくて。
そしてしばらくして、また自殺したくなったり2週間くらい生きてる記憶(証拠?)がポッとなくなっていることに気付き、薬に疑問が向けられる。白(が多いね、薬は)い錠剤をながめながら「あんたさん、ほんまに効いとくれやして?」などと使えない方言でもむりくり出てくるようになったらおしまい。そこからもう、薬への信頼関係は一気に崩落。
で、ドクターに相談したりなんだりで、断薬作業が始まる。たとえドクターが続けて飲めとおっしゃっても、私は、信頼関係の崩れた薬とは別れた男と同じであると考え拒絶反応が出るので、ドクターもそこまでならと、本当かどうか知らんが苦い顔で納得してくださる。
そこで。
この断薬が終わって抜けたときと、トランスイベントのクラブから足を引っこ抜けたときの感覚が見事に一致しくさった。
そこではじめてなにかに気づく、「おお! これか、これ」。しかしそれがなにであるのかは当の本人にも謎である。
そして。結局この文章はまとまらなかったわけだけれども。ま、いいか。いい暇つぶしにはなったので。
最低な心療内科の個人クリニック
昼寝をしようと思ってマイスリーとエリミンを飲んでみたが、ウンともスンとも効いてこない。
夜にきちんとアモバンとロヒプノールで満足のいく睡眠を得ているのだから当たり前だろうと言われてしまえばそれで納得だし、そもそも昼寝用にもらってる薬じゃないのにそんなの飲むなと怒られても仕方ないのだが。
先ほど去年の交通事故を思い出したら、ついでに去年の最低な心療内科の個人クリニックを思い出して、沸々と怒りが再発してしまった。
結局耐えられなくて数えるほどしか行かなかった、兄弟でやってる(んでしょ? 顔似てるし)蒲田の○○クリニック。
某掲示板でもぼろくそ書かれていたいただけはあった。
偉そうに座りやすそうな椅子にふんぞり返って「それで?」ってこっちも向かずに聞くだけ。
医者になってるくらいだから頭いいんだろうけどさ、言葉の使い方忘れたんかね、このタヌキは。
あれはどう見ても人間を相手してる態度と思えなかったから、こっちもその扱いで。
「そんで?」って聞かれて、一応医者の相手に失礼じゃない返答って、どのくらいあるよ?
その前に、諦めを感じちゃったんだよね、返事しようとする以前に。
前の医者と同じ処方で薬くれればいいや、それ以上なにも望まない、って、割り切るしかなかった。
なんで病院行って悔しくなって泣き寝入りするのか、あのとき不条理しか抱けなかった。
金儲けに徹したクリニックなんだろうな。
診察1分。一日何人診るのかのかしらんけど、それなら相当数こなせるだろうし。
院内処方のやたらジェネリックにこだわるところも、なにか利益がらみなのかもしれない。
こっそりそこのカルテを盗み見ることに成功したことがあったが、病名に「気分障害」と書かれていたのは笑ったなぁ。
その病名が正しいんだとしたら、確実にあなたの存在に気分を害したんです、私は。
前の先生の紹介状くらい読んでね。
どんだけ怠慢でもやっていけるものなのか、精神科の個人クリニックって。だから肥満ドクターが多いんだなー。
総合病院の先生がただのサラリーマンに思えた。かれらは表情にいつもギリギリ感漂ってる。
ま、十数件くらいの病院通った見地だけど。
尊敬できる医者は、待合い席の患者に挨拶する、ちゃんと名前を覚えてて。
マシな医者は、患者の話を聞いた上で薬の増減でとりあえずなんとかしようとする姿勢をみせる。
だれか告発してくれよ、○○クリニックを。あそこは病院じゃない。免許は持ってるかもしれないけど、あんなの医者じゃない。人間以下が医者になっていいはずがない。じじい先生に握手を求められ、その手をいつもの診察より長く握られてるなんてそんなの絶対に診察内容と説明されてもありえねえよ、宗教じゃないんだから。おめーの手が私のなにを治すってんだ、正しい虫酸の走り方のおさらいくらいだろ、私の感情が正しく機能するのか確かめるなら他の方法にしやがれってんだ。
それ以来、私はドクターショッピングが怖くなった。
足の小指をぶつけたら病院行くものなの?
死ぬ死ぬ言うやつがいちばん死なないんだけど、どうでも良い関係の人たちにまで今までありがとうメールを送りまくっていた昨日には、さすがに末期感が漂ってた。
・・・。あれはなんだったんだろうね?
一日経つとわからないわ。
昨日の朝にぶつけた足の小指がまだ痛い。
いつもなら数時間で痛みは消えるのに、こりゃぁマジでなんかヤバいことになってるのかぁ?
「一日経ってもイタイって、どー思う?」
なんでも不安なときは人に意見を仰ぐ。
「折れてんじゃない?」
さらりと言ってくれるよ、他人様は。
「でも、曲がるんだよー」
足の指を伸ばしたり曲げてみたりして見せる。動かすことについては痛みはない。
「ホントだね。明日になっても痛かったら、病院行ってみたら?」
「そだね。でも、小指折れてたりして、添え木とかするわけでもないだろうし、病院行く意味あるの?」
「少なくともスッキリするじゃん」
「あー、たしかに。って、その2、3千円で美味しいモノ食べたほうが良くない? どうせ小指痛いのには変わりない」
好きにしやがれ的な返事が返ってきたかな。
ってことで、痛む小指ちゃんは自然治癒決定。
どこぞの車が靴の小指部分(中身スレスレ)だけ轢いていってくれたなら、ナンバー控えて警察へ電話して、病院行っちゃうんだけどねー。喜び勇んでくらいの勢いで。
たしか、去年の夏、青信号で車に轢かれそうになって青タンこしらえたけど。
もうあのおばちゃんは運転マシになったかな・・・。
小指の爪にこめた願い
可愛らしいタイトルにしたって、内容はエグい。
爪がとても弱い。親指の爪は唯一例外だが、それでも人様に比べるとペラいだろう。
がんばって伸ばしていても、すぐに割れてしまう。折れてしまう。
お風呂に入ると爪はクニャクニャになるし。
幼少の頃、爪を伸ばすことに憧れた。
まあ、できないもんには憧れるのが常で。
なんとか小指の爪だけを死守し、白い部分が7㎜まで伸びることに成功した。
切るときに、ここまでなんとかなったんだから「あ、願かけよう」ってその時点で思いついた。
当時はなんてお願いしてたのか覚えていないけど、それからも何度かそういう機会はあった。
最近、ふと気がついたら7㎜どころじゃなく伸びてたときがあって、「おお、これはなにか願わなければ」と都合のいいほうへ考えはシフト。
「金か・・・
いや、愛か?
しかし愛より金だろ、やっぱ。
漠然と幸せなんてどーだろ?」
本当に叶いもしないのに、そんなくだらないことが決められなくて、爪をながめながら小一時間が過ぎた。
いい考えが浮かんだわけじゃないけど、伸びているのは片方の小指だけじゃないことに気づく。
両方の小指、片方の薬指の爪までべらぼうに伸びてくださってるじゃあーりませんか。
・・・。いーんじゃないの?
次の瞬間、爪切りを持ちながら、ゴミ箱の上ですたんばって。
左手の小指。「愛! 愛をくれ~!!」
右手の小指。「金! 金をくれ~!!」
そのあと薬指。「幸せじゃー! 幸せってなんだかわかんないけど幸せになりたい!!」
ばっさり。
まあ、そのあとから、なんで夢が叶うとか考えなかったんだろうとかちょっと後悔したけど、本気度は全くないので自己消化。
子供の頃も同じこと考えてたとしても(我ながら嫌な子供だ・・・)、全然叶った実感ないのにね、またやるんだね。
ある意味、幸せなんじゃねーかと。少なくとも、こんなことしてるの人様に見られたら、脳内ハッピーそうには見えるだろう。ちょいと紙一重なのがなんだが。
最近なぜ爪が伸びるかというと、寝込むことが多いのと、風呂に入らないからと、コラーゲンとヒアルロン酸入りもろみ酢が効いてるらしいと踏んでいる。
とっても不健康極まりない生活してて健康食品は効くのかという疑問は、すべて気力のなせるわざなのである。ちゃんちゃん。
香ばしい文学
親友とメッセしてて、最近どんな本を読んでるかって話題になった。
彼は私には覚えのない日本の作家の名前を挙げて見せた。
・・・。ジャンルは?
中学くらいの時に読まなかったぁ? リアだと小学だけど
うわ、もしかしてw
もしかしなくてもコバルト文庫とか はぁと
なにゆえ香ばしいシロモノを今更・・・
なんか揃えてみちゃったりしてる 懐かしいでしょ
どん引きしましたわ、正直。
生涯に読める本の数なんてたかがしれてるんだよ!
まだまだ出会ってない本はたくさんあるんだよ!
がんがん漁りに行かなくちゃ逃しちゃうよ!!
その後、本を読むと頭の中で画になるという話をしたときも、、、
あーなるね
あれ快感じゃない?
何度も読んだ本だといっそうクリアに
いや、初読みの本でなるから感動モノなんじゃ?
そなの?
何度も読んでたら、次がわかってるんだから意味ないじゃん
なんともいえない相違。
奴との感覚の違いに戸惑いを感じなくもない。
性格の差だな、やっぱ。
どっちもウジウジした性格だけど、彼はマンネリを怖がらない。慣れ親しんだものに安堵を感じ、そこから動こうとはしない。
私も同じっていったら同じなんだけど、図書館はタダなんだよ、責任は伴うけど。自由度高いなら冒険しようよ。
と言ってる私自身、日本の作家の本にはめったなことでは手を出さなかったりして。
やっぱ、奴とは似てるんだよな、嫌なくらい。