音楽を薬にたとえるなら | デフォルト-デフォルメ

音楽を薬にたとえるなら

こないだ、どこかで読んだ、「日本にかぎってアップ系の薬が流行り、海外ではダウン系が主流である」と。

覚醒剤もマリファナもコカインもヘロインも、もっちろんやったことがありませんゆえ、ほへぇという感想しか持てませんでした。

が。

処方薬なら、かなりやってると気づくのでございます。覚醒系の薬はリタリンだけしかないけど、まあそれでもいいはずです、認可されてるアップ系の薬などほとんどないのだから。


音楽は薬です。

だったら、効果もあるだろうってわけでして。

はい、確実にあるように思われます。

少なくとも、好みじゃない音楽が流れていると不機嫌になり、まるで「拷問か!」と歯を食いしばったりしなくてはならない局面に陥るからです。

これは私だけではないことは検証済みでして、以前、集合場所にとあるクラブを指定したところ、イベントかなにかでトランスっちゅージャンルの、そこに集まるべき予定の人々がおよそ聴きもしない音楽が延々垂れ流されていたのです。それがトランスなのかすら、普段聞かないジャンルなので確定はできてないのですが。

別にその音楽を非難してるしてるわけじゃないですよ。ただ、集まる輩はHipHop/R&Bが流れるクラブにしか足を運ばないという習性がついてしまってるがゆえ、なにか違和感を覚えたってのが正しいかと。

各々グラス片手に、徐々に集うメンバを「はやく揃わねーかな」と腕時計を見る頻度や携帯をパカパカ開けてはたたむなどの行為が確実に多くなる中で、わけのわからない人間に声をかけられたりしながらも、好みの人もちょいとは見つけて楽しくおしゃべりに花が咲いたりする瞬間もあって。

最後のひとりが揃い、そして奴はドリンクすら頼まず、言ったのです。「音楽、ちがくね? 他行こうよ」と。

もちろん、わかってましたよ!!

それでも場所と予定を変えずにいたのは、高い入場料払っちゃったからじゃないの! ジレンマよジレンマ。あくまで場所に金を払ったのだと思いたくて、流れる音楽は空気なんだからただと思いたかっただけ(いや、クラブなんだから機材には相当かかってるだろーけど)。

金にこだわらない奴は、あっさりと入場料を無駄にしたという感覚を持たずに外に出ることができるらしく、貧乏人の私たちもぞろぞろと奴に続いたわけで。

そして、繁華街の騒音だけの外の空間は、冷蔵庫の独り言ですら容認できない私が、信じられないくらいの爽快感を味わいました。

端的に言えば、わかりきった愚かなことじゃんって、あーた、人ごとだから言えるのよ。


金まで払って身を投じた場所で、「これは違うなんか違う」と心ではわかっていても、「これでいいんだ、店の中はやたら盛り上がってるじゃないか」と集団の心理に紛れ込みたい一心で自我を追いやろうとするのは、普段、流れる曲というのはほとんど自分で選べる環境下(家の中しかり、移動中しかり)にどっぷり浸かりすぎたからでしょうか。

「音楽が薬うんぬん」とお題からずいぶん外れてるとお思いでしょう。私もヒヤヒヤしましたよ、途中まで。でも今やっと書けることがわかった。


これは、、、抗うつ剤の断薬の短縮バージョン!

いわば、シミュレーションかと。

・・・なにを言わんとしてるのか、お前、薬やり過ぎで書いてるだろってツッコミはいらんよ。

向いてない曲って、効いてない薬と同じなんすよ。

「わざわざドクターが選んでくれた薬だしー、1日やそこらでとたんに効くわけでもないしー、高いお金も払っちゃったしー」

と、ほぼ自分に言い聞かせ状態で抗うつ剤を服用し続ける。

最初に出てくるのは、効果ではなく副作用。これが、効いてくる実感のような錯覚をまず引き起こす。なので、続けられる。

副作用が治まる頃、なんとなく本作用が効いてくるような出来事でもあったら、さあ大変。薬が抜群に効いてきたとか思い込むには最高でございましょ。で、ドクターに嬉しげに報告したら、良かったねこれからもちゃんと飲んでねと言われて服用し続けるしかなくて。

そしてしばらくして、また自殺したくなったり2週間くらい生きてる記憶(証拠?)がポッとなくなっていることに気付き、薬に疑問が向けられる。白(が多いね、薬は)い錠剤をながめながら「あんたさん、ほんまに効いとくれやして?」などと使えない方言でもむりくり出てくるようになったらおしまい。そこからもう、薬への信頼関係は一気に崩落。

で、ドクターに相談したりなんだりで、断薬作業が始まる。たとえドクターが続けて飲めとおっしゃっても、私は、信頼関係の崩れた薬とは別れた男と同じであると考え拒絶反応が出るので、ドクターもそこまでならと、本当かどうか知らんが苦い顔で納得してくださる。

そこで。

この断薬が終わって抜けたときと、トランスイベントのクラブから足を引っこ抜けたときの感覚が見事に一致しくさった。

そこではじめてなにかに気づく、「おお! これか、これ」。しかしそれがなにであるのかは当の本人にも謎である。


そして。結局この文章はまとまらなかったわけだけれども。ま、いいか。いい暇つぶしにはなったので。