君のためなら千回でも/ジョン・レノン
- この本の訳者あとがきより
- 『君のためなら千回でも』全体にも随所にアイロニーがちりばめられ、
- それらが緊迫感とともなってたがいに響きあいながら、時代や運命に
- 翻弄される人々の姿をくっきりと鮮明に浮かぶあがらせているのだ
しかし、この作品は確かに”皮肉”が効いています。
その中でも一番は下記の部分ではないでしょうか。
マウンドに上がった野球のピッチャーのようにばかげて
見える背の高いタリバンは、その石を、穴の中の目隠し
した男に投げつけた。
・・・
穴の中の男は、血とぼろ切れのぐちゃぐちゃになった塊だった。
頭はがっくりと前に落ち、顎が胸についている。
ジョン・レノン風のサングラスをかけたタリバンは、手に持った石を
ポンポンと放りあげながら、穴の隣にしゃがみこんでいる
別のタリバンを見下ろした。
・・・
ジョン・レノンはマウンドに戻った。
終わったとき、二つの血塗れの死体は、別々の赤いピックアップ
の荷台に無造作に放り込まれた。
欧米の「戦争のない世界」の象徴でもある、ジョンレノンノをタリバンによる惨殺シーンに
登場させ、その死体は赤いピックアップ の荷台にですから。
「軍事用語でいう、付随被害ってやつだよ」軍事行動によって生じる、民間人の財的及び
人的被害のことだ。
という台詞もでてきていますが、アフガニスタンの付随被害を受けた民間人からしたら、タリバンも
アメリカも同じ、殺人犯かもしれません。 そして、それを忠実に支援する日本 。
こんな「 米、“枯れ葉剤作戦”を検討 アフガンのケシ対策で 」 ことを検討するのですから
ヒットラーとくらべられても文句はいえないですね。
「おれはダウド・ハーンにな、
男と男としてちょっとばかりおしゃべりするんだ
お袋にいったことをいうんだよ。
ヒットラーのことさ。
彼は偉大な指導者です、
未来に展望を持っていました、
ヒットラーにやりかけたことを最後までやらせてやっていれば、
いまごろはもっとまともな場所になったはずです、
それを忘れちゃいけませんと、
ダウド・ハーンに進言するのさ」
君のためなら千回でも/「七人の侍」
アフガにス タン人と日本人はどこか似たようなところがあるように感じます
と書きましたが、
を読み返していて、この本の著者は以下のように表現していました。アフガニスタンは、日本人にはなじみの薄い「イスラム教」の国で、しかも「テロリストをかくまう国」
「狂信的なイスラム原理主義の国」というイメージをもたれているが、実際にいってみると、
彼らなりの価値観に基づいた正義感があり、黒澤明の「七人の侍」にでてくるような人々が
いることがわかった。
また、この著者は実際にアフガニスタンで取材を行っていますが、同じモンゴル系であるので
「日本人が地元の人と同じ格好をするとハザラ人と間違われるので、危険だ」と指摘しています。
パシュトゥーン人を中心とするタリバンがハザラ人を虐殺したことは「君のためなら千回でも」
でも触れられていますが、 タリバンに破壊された大仏があるバーミヤン とともに
シャリゴルゴラ という廃墟があります。 ここには13世紀にチンギス・ハーンが住民を一人残らず
虐殺した過去があり、ハザラ人はそのチンギス・ハーンらモンゴル系の末裔とされています。
「君のためなら千回でも」でも少しだけチンギス・ハーンが登場していました。
学校にイスラムのことを教える先生(ムッラー)がいた。名前はファトラー・ハーン。
・・・ ある日、先生は、イスラム教では飲酒は恐ろしい罪とみなしている...
当時カブールでは、飲酒はありふれた習慣だった。
・・・
「あいつらのは祈りの数珠を親指で操って、わかりもしない言葉で書いてある本を
朗唱するしか能がない」
ババはウィスキーをひとくち啜った。
「アフガニスタンがやつらの手に落ちるようなことがあったら、神が救ってくれるさ」
「でもファトラー・ハーン先生はいい人みたいだよ」
わたしはくすくす笑いながらそういった。
「ジンギス・ハーンも最初はそうだった」 ババはいった。
[ 関連 ]
* 破壊前の大仏とチンギス・ハーンが徹底的に破壊したシャリ・ゴルゴーラの映像は
NHK 制作の「未来への遺産」が Gyao でみることができます。
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0031349/
* 背景がわかっていないと問題です。
アフガニスタンが舞台の問題作で、少年たちが国外避難(シネマトゥデイ)
「異邦人たちのパリ」とレオナール・フジタ
日経新聞の藤田嗣治展の記事でコシノ・ジュンコさんが魅惑の1点として、「朝の買い物」について書かれている
のをみたのが、フジタ作品が気になりだしたはじめだった
と思います。
そのうちにと思っているうち、みのがしてしまいました。
去年、新国立美術館でマネ展と一緒に開催されていた
「異邦人たちのパリ」でようやく、「カフェ」をみることが
できました。
弐代目・青い日記帳 さんが雑誌「サライ」の内容を紹介さ
れていて、その中に「朝の買い物」をみつけたので、早速
「サライ」を買ってきたました。
「女の子の口元が可愛いでしょ」とありますが、確かに雑誌
だとよくわかります。
ただ、雑誌の紙質は少し気になります。
そうえば「カフェ」の絵葉書は迷った末、和紙と普通の紙の
とを両方買いました。
上野の西洋美術館の常設展でも、女性を描いた大きな
作品をみて、先日、ムンク展のときにまたみようと思って
いたのですが、改装工事のためか、展示されていないよ
うでした。
「タピスリーの裸婦」だった?と思うのですが、
「サライ」でも http://search.artmuseums.go.jp/ の検索
でも、京都国立近代美術館蔵となっています。
それとも「五人の裸婦」を東京国立近代美術館でみた
のか?? でも色の印象が ....
http://search.artmuseums.go.jp/ の検索でも明らか
ですが、戦争記録画はすべて靖国神社にも近い、
東京国立近代美術館に集められていて、イメージ画像は
戦争画を含め、ひとつも登録されていません。
戦争画のことは「サライ」でも少し触れられていますが、
こちらが が参考になりました。
下記のエッセイの中でも「聖戦従軍三十三日」という一文もあり
ますが、 以下、 アトリエ漫語 / 日本人 より。
私は正直にいってフランスの女が一番すきだ。
・・・
日本人はなんといっても子供だ。
・・・
よかれ悪しかれ、もう少し貫禄が備わらなくては、もっとこくのあるものを持たなくては
話し相手にできないではないか。外国人の接待に芸者を侍らさなくてはならないのは
日本婦人の恥である。
日本人が小成しやすい原因は、排他的な気質と行届き過ぎた劃一教育にあるのでは
ないかと思う。
# 当時の藤田氏からみても、芸者さんの接待の技術は西欧レベルだったのかと。
君のためなら千回でも/映画
- カーレド・ホッセイニ, 佐藤耕士
- 君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫 ホ 1-1)
という題名が映画化にあたり、変更されています。確かに、カイト・ランナーでは地味すぎます。
映画は各賞にもノミネートされ評判はいいようですが、アフガニスタンでは「作品中に描写される民族紛争や少年強姦のシーン」のため上映禁止となっているようです。
本ではかなり厳しい内容も全体として抑えたトーンで(少なくとも日本語訳では)書かれていますが、やはり映像となると...
公式サイト
http://eiga.com/official/kimisen/ にて予告編の映像をみることができます。
「君のためなら千回でも!」のシーンはいいですね。
* アメリカでの上映も”主役の少年たちを演じたアフガニスタン人の子役の家族の訴え” により特別編集。
** タリバンというよりは、
「部族間の緊張を呼び、出演した少年たちの身に危険が及ぶと考えられている。」
http://sports.nifty.com/cs/headline/details/et-ct-N0012210/1.htm
君のためなら千回でも/カブールへの帰還
下巻はペシャワール ( Peshawar アフガン国境に近いパキスタンの町) での
ババのかつてのビジネスパートナー、ラヒム・ハーンとの再会からはじまります。
「タリバンが入ってきてカブールから北部同盟を追い出したとき、
私はあの通りで踊ったものさ」ラヒム・ハーンは続けた。
アメリカは楽観主義のおかげで偉大な国になったが、
おまえにも楽観主義を植えつけたようだな。
じつにいい。
それにくらべて、私たちアフガン人は憂鬱な国民だ。
悲観や自己憐憫の泥沼でのたうちまわってばかりいる。
この小説を読んでいてもアフガにスタン人と日本人はどこか似たようなところがあるように感じます。
滅びの美学 という言葉が思い浮かびましたが、ちょっと違うような気がします。
しかし、両者ともアメリカのもつ底抜けの明るさ のようなものはないですね。
日本人はアフガニスタン支援は特に熱心なような気がしますが、気のせいでしょうか。
1996年、タリバンが攻め入ってきて、日常的に行われていた
戦闘を終結させた日を、私たちはどれだけ喜んだことか。
だが、その夜帰宅したときの、キッチンでラジオを聞いていた
ハッサンの様子をいまでも覚えている。
ちっともうれしそうな目をしていないんだ。どうしたんだと訊くと、
ハッサンはただ首を振って、こういった。
「レヒム・ハーン・サヒブ、神がハザラ人を救ってくれますように」
・・・
その数週間後、タリバンは凧合戦を禁止した。
そして2年後の1998年、タリバン軍はマザリシャリフで、
大勢のハザラ人を虐殺した。
タリバンの登場です。
ハザラ人からすれば、タリバンが自分達にどのような影響を及ぼすのか、わかっていたようで
すが、パシュトゥーン人 はまさか、後のタリバンの暴走は予想していなかったはずです。
「わたし」はペシャワール経由でカブールに帰還し、はじめてタリバンを目にします。
一台の車がわたしたちの方に近づいてくる。
「”顎ひげパトロール隊”のお出ましだ」ファリドが小声でいった。
実際にタリバンを見たのはこれがはじめてだった。
・・・
赤いトヨタのピックアップトラックが、わたしたちの横をゆっくりと通りすぎた。
このシーンは印象的でした、なぜなら。
「ビンラディンは、私たちタリバンの部隊が大きな損害を出し、苦境に陥ったようなときに、4WD車を
まとめて4,50台買って送ってくれたんです。そういうことが私の知る限り3回ありました。その援助
は戦況に決定的な変化をもたらしました」
タリバンの戦闘シーンの映像資料を ・・・ 多くの場合、その車体後部には TOYOTA か NISSAN
の文字が書かれていた。ビンラディンがその財力にものを言わせ ・・・・
「大仏破壊」 第6章 ビンラディンの贈り物 より
「君のためなら千回でも」で「トヨタの」の形容詞付のトラックが登場した
のはこの1ヵ所だけだったのではないかと思いますが、著者は何気なく
この作品にいろいろなものを織り込んでいるようにも思えます。
この小説は映画化されましたが、映画の中ではどのようなシーンが製作
されているのが興味深いものがあります。
[ 関連図書 ]
去年(2007年)の4月に文庫版がでたときに読んだものですが
この本でどのようにして救いの神であった、タリバン が
テロ集団のようになっていってしまったのかが、はじめて
わかりました。
大宅壮一ノンフェクション賞受賞作品
しられざる「9・11」の真実
「君のためなら千回でも」では戦闘を終結させたタリバンが虐殺行為を行うに至る経緯は描かれていませんが、この「大仏破壊」ではタリバンが、その最高指導者ムハンマド・オマル 師がオサマ・ビンラディン に取り込まれていく様子が描かれいます。
- タリバン (光文社新書 (003))/田中 宇
- この本は 911 (2001年9月11日)の発生まもない10月にいくつか
- 出版されたタリバン関連の本ですから、もうこれを読んだのは
- 随分前のことになります。
- 久しぶりに読み返してみると
- 「 タリバンが首都カブールを攻め落とし政権の座についた裏には、
- パキスタンのブット首相が地元軍指揮者と二人と会い、交通ルート
- の確保の要請をしていた 」
- 第1章 タリバンとオサマ・ビンラディンとアメリカ
- などの記述がみられます。 そう、先日、暗殺された元首相です。
- (2007/12/27 ブット元首相暗殺 パキスタン情勢は混迷 )
君のためなら千回でも/カルフォルニアン州フリーモント
ババはアメリカという思想自体は気に入っていた。
・・・
「アミール、この世界に本当の男たちの国は三つしかない」
ババはそういって指を折りながら名前を挙げはじめた。
がむしゃらな救世主であるアメリカ、イギリス、そしてイスラエル。
・・・
三つの国のなかにイスラエルを入れることでババはフリーモント
に住むアフガニスタン人たちの反感を買い、それでは親ユダヤ
であって実質的に反イスラムではないかと、責められた。
以下のような指摘もありますが、
---
イスラエル政府は、スンニ派アラブ諸国とシーア派のイランという対立を「穏健なアラブ諸国と過激なイラン」という対立で表現することで「民主と自由を愛する世界中の穏健な人々が、イランなどのテロを好む過激な勢力の脅威に立ち向かう」という世界的な構図に拡大しようとしている。 ▼世界を巻き込むイスラエルの「穏健派対過激派」
---
・・・
「彼らがわかっていないのは---」ババはあとで決まってわたしに
こういった
・・・
「宗教などなんの関係もないことだ」ババの頭のなかでは、過分な
量の石油で自国民を肥え太らせるのに余念のないアラブの海の中
で、イスラエルだけは”本物の男たちの島”だった。
本物の男。 最近の日本ではあまり耳にすることがなくなった言葉です。
ババはガソリンスタンドでデイマネージャーにもなりますが、やはり
本物の男 にとってサンフランシスコは住みやすいところではなかったようです。
ビザが発行されるまでの間、二人はパキスタンのペシャワールに住んでいました。
「向こうの方が幸せだったよ、父さん。故郷みたいだったもの」
わたしはいった。
「たしかに私にはペシャワールの方が住みやすい。
しかし、おまえのためにはならない」
アフガン戦争 後、イギリスの線引きでパシュトゥーン人はアフガニスタンと
現在のパキスタン北西部に分断されたので、ペシャワールにはパシュトゥーン人
が多いはずで、実際、旅行ガイドのサイト には
ペシャワールは「パシュトゥー」という民族の町で、町の様子も他のパキスタンの都市とは異なります。
とあります。
イギリスが民族の分布を考慮せずに線引きした、と日本語のWikipedia
にありましたが、秀一な記事マーク付の英語版には単にDurand Line による
と書かれているだけのよう(?) でもあり、計算されたラインのようにも思えてきます。
=>
君のためなら千回でも/カブールへの帰還 に続く
[ 参考 ]
* ちなみにババと「わたし」(=アミール)が移住した先のサンフランシスコの街に
まるでスキー場のゲレンデのような急な坂が多いのは、高低差を無視して道路の
図面を引いてしまったからだと、聞いたことがあります。
* ペシャワール (Peshawar)というキーワードで検索してみ
ると、中村哲医師のペシャワール会 が目にとまります。
**
ペシャワール会がパキスタンから撤退、
そして小沢民主党とのパイプ (週刊オブイェクト)
というような記事もあります。
ただ大新聞各紙のリンク先の記事はいづれも現在は参照できなくなっていましたが、高知新聞の記事を参照することができました。
http://203.139.202.230/index.htm?&nwSrl=31301&nwVt=npd
| パキスタンから撤退決定 / 日本のNGO、11月にも |
| 2007年10月04日21時52分 |
| パキスタンやアフガニスタンで医療活動などを行っている非政府組織(NGO)の「ペシャワール会」(事務局・福岡市)は4日までに、パキスタンから11月にも撤退し、診療拠点をアフガニスタンのジャララバードに移すことを決めた。 国境地帯で双方の部隊の銃撃戦が起きるなど両国の関係は悪化しており、同会はアフガン難民を支援するNGOに対するパキスタン政府からの圧力が強まっていることなどを理由に挙げている。 同会はパキスタン・ペシャワルの「ペシャワール会医療サービス(PMS)病院」(70床)を拠点に活動。現地代表の中村哲医師(61)が「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞するなど国際的にも高い評価を得ている。 |
君のためなら千回でも/アメリカへ
「君のためなら千回でも(上巻) 」でカブール生まれの著者の作品の
パシュトゥーン人がハザラ人を弾圧したのは、パシュトゥーン人が スンニ派の
モスレムで、ハザラ人がシーア派であることも理由のひとつだと書いてあった。
などの記述から、新聞などで何度も読んではいる、スンニ派 とシーア派 の
対立という図式がようやく頭に入ってきたように思います。
物語の主人公である「わたし」はパシュトゥーン人 であり、「わたし」の父、ババの
の使用人、アリ とその息子、ハッサンはハザラ人。
とはいえ、わたしハッサンがともに這い這いを覚えた幼馴染みであることには
変わりはなかったし、歴史だろうと、民族だろうと、社会だろうと地域だろうと、
その事実を変えることはできない。
---
アフガニスタンの歴史概観 http://www.jica.go.jp/afghanistan/about_afghan/rekishi.html
1880年に即位したアブドゥル=ラフマン国王は国家の統一を進めた。その 例としては、ハザラジャードと呼ばれるバーミャンを中心とするモンゴル系でシーア派のハザラ人の居住地の制圧を行ない彼らの土地の大部分をパシュトゥーン に配分し、ハザラ人を奴隷として売った。その結果、ハザラ人はアフガン社会の最下層に置かれることともなった。
海外情報資料室 http://www2.starcat.ne.jp/~delphyne/guerre174.htm
パシュトゥン族とハザラ族との関係は、正確なところどうなのでしょう?
ザハブ: ハザラ族はイラン人同様シーア派です。アフガニスタンは彼らを除けば全部スンニ派なんです。ハザラは社会の最下層の人々です。アブドゥル・ラーマンはハザ ラを相手に聖戦を発向して、スンニ派に改宗させようとしました。ラーマンの治下にはおおぜいのハザラが奴隷に落とされ、カーブルに連れていかれたのです。 そこで、伝統的に、ハザラ族はきつい仕事についています。たいへん貧困な土地で暮らしています。けれども1979年、イラン革命の時ですが、イランがハザ ラジャードに多額の出資をしました。ハザラたちは豊かになったのです。移動民の道筋に沿ってハザラ族の市場がありますが、大いに繁盛をしました。伝統的 に、パシュトゥン族の移動民はハザラジャード盆地に来て、家畜に草を食べさせます。そしてハザラ族相手に「銀行家」の役をしていました。アフガニスタンで は移動民のことを「マルダル」と呼ぶことがありますが、「資産家」というような意味です。ハザラ族の人たちは皆、パシュトゥンから借金をしていました。さ て、ソヴィエトとの戦争の時期の話になりますが、パシュトゥン族たちはソ連が侵入してくる前に既に、移住を余儀なくされていました。彼らが棄てて主のなく なった土地をハザラ族が自由に使うようになりましたが、借金ももう返さなくなったのです。タリバンが権力につくと、このパシュトゥン族たちが戻ってきて、 返済を要求しました。これが民族間の激しい争いのもとになっています。
---
この「わたし」の幼いころの、使用人の息子のハッサンとの思い出のあたりを
読んでいて、なにかを思い出しました。
中学生の頃に読んだ「次郎物語
平和な日々のなか、ソ連のアフガ二スタン侵攻 がはじまります。
カブール北部にある裕福な新興住宅地から、「わたし」とババはパキスタン
へと脱出します。 脱出途上。
「カリムの言葉は尻すぼみになったが、その顔はソ連兵に目をつけられ
た若い女性を指し示していた。
・・・
白髪まじりで恰幅のいい二人めのソ連兵は、たどたどしいペルシャ語で
わたしたちに話しかけ、部下の誤った行動を謝罪した。
・・・
「・・・ ここにくるとすぐにドラッグの味を覚えてしまう」
シルベスタ・スタローンの「ランボー怒りのアフガン」より、この
この「君のためなら千回でも 」の方が、ソ連兵の不作法に対する、
怒りを読者の記憶に残すように感じます。
⇒ 君のためなら千回でも/カルフォルニアン州フリーモント につづく
---
一方、侵攻後のソ連兵の麻薬中毒の後遺症も深刻で、このあたりは
いろいろと事情が入り組んでいます。
[ 関連 ]
* アフガニスタン再建の躓きの石-麻薬取引のグローバル化
対ソ戦に導入されたアフガニスタンのアヘン
黄金の三日月地域におけるアヘン取引は,ソ連のアフガニスタン侵攻,及び,ソ連と戦うCIA
の行動と密接な関係にある。ソ連のアフガニスタン進駐は1979 年から1989 年まで続いた。
1979 年時点では黄金の三日月地帯のアヘン生産は大きなものではなかった。せいぜい,局地的
な取引が行われていたに止まる。高度な化学的処理を必要とするヘロインなどは,パキスタン
やアフガニスタンではまったく生産されていなかったのである(McCoy[1997])。
麻薬の汚染地帯でなかった黄金の三日月地域でアヘン生産が増加した背景には,ソ連に対抗
すべく,反ソ・ゲリラ組織のムジャヒディン(Mujahideen)にCIA が梃入れしたことがある。
http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/435_03.pdf より
* 米、“枯れ葉剤作戦”を検討 アフガンのケシ対策で
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/99309/
* はてな キーワード 君のためなら千回でも
プラド美術館 II
プラド美術館II Museo del Prado はプラド美術館の
スペイン絵画以外のコレクションが収録されています。
フェリペ4世 (1605-1665 右 べラスケスによる作品 )
は政治家としてはおいておいても、
芸術のパトロンとしては傑出しており、プラド美術館のもと
は、このスペイン王のコレクションですね。
当時の画家は以下。すごい。
ベラスケス 、 スルバラン 、
カーノ 、 ムリーリョ 、
リベーラ 、 スペイン領ネーデルラント の宮廷のルーベンス
以下、DVDの収録作品リストです。
- 十字架降下/ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデン
初期フランドル派 祭壇画
- 聖バルバラ/ロベルト・カンピン
ウェイデン の師? - 聖アントニウスの誘惑/ヒエロニムス・ボス
スペイン 王のフェリペ2世 はボスの絵の愛好者 - 快楽の園/ヒエロニムス・ボス
- 乾草車/ヒエロニムス・ボス
- 死の勝利/ピーテル・ブリューゲル (父)
- エジプト逃避途上の休息/ヨアヒム・パティニール
- 聖アントニウスの誘惑/ヨアヒム・パティニール&クエンティン・マセイス
- エッケ・ホモ(この人を見よ)/クエンティン・マセイス
- 降誕、東方三博士の礼拝、神殿における浄め/ハンス・メムリンク
- 聴覚の寓意/ヤン・ブリューゲル(父)
- パリスの審判/ピーテル・パウル・ルーベンス フェリペ4世 のオーダー
- 三美神/ピーテル・パウル・ルーベンス ルーベンス後期の代表作
- プロセルピナ の掠奪/ピーテル・パウル・ルーベンス
- 愛の園/ピーテル・パウル・ルーベンス
- 家族の肖像/ヤコブ・ヨルダーンス 初期の傑作
- ポーター卿と画家/アンソニー・ヴァン・ダイク
- 三人の遊楽師/ヤコブ・ヨルダーンス
- 村の奏楽/アドリアーン・ファン・オスターデ
- アルテミシア/レンブラント・ファン・レイン
- イギリス女王メアリー・テューダー/アントニス・モル
- 自画像/アルブレヒト・デューラー ドイツ ルネッサンスの巨匠
- 三美神/ハンス・バルドゥング・グリーン
- アダム/アルブレヒト・デューラー
- エバ/アルブレヒト・デューラー
- パルナッソス山 /ニコラ・プーサン
- バッカナリア/ニコラ・プーサン 17世紀フランスを代表する画家
- ローマの聖女パウラの乗船とオスティア港風景/クロード・ロラン
- 庭園の宴/アントワーヌ・ヴァトー フランス ロココ
- アストゥーリアス皇太妃マリア・ルイサ・デ・パルマ/アントン・ラファエル・メングス
- ルイ十四世/イアサント・リゴー32.アイザック・ヘンリック・セケイラ医師/トマス・ゲーンズバラ
- 第十代ウエストモーランド伯爵ジョン・フェイン/トマス・ローレンス
- 金銀細工の工房の聖エリギウス/タッデオ・ガッディ派 イタリア絵画コレクション
- 受胎告知/フラ・アンジェリコ
- 聖母子と二聖人/ジョヴァンニ・ベルリーニ
- 聖母の死/アンドレーア・マンテーニャ
- ナスタジオ・デリ・オネスティの物語、第三の挿話/サンドロ・ボッティチェルリ
- 羊飼の礼拝/パルマ・イル・ヴェッキオ
- キリストの降誕/フェデリーゴ・バロッチ
- ノアの方舟に乗り込む動物たち/ヤーコポ・バッサーノ
- 仔羊のいる聖家族/ラファエルロ・サンティ ペルジーノの影響からはなれだした頃の作品
- 聖会話(魚の聖母)/ラファエルロ・サンティ ローマ時代の作品
- ある枢機卿の肖像/ラファエルロ・サンティ
- 妻ルクレツィアの肖像/アンドレーア・デル・サルト
- 聖バルバラ/パルミジャニーノ
- 胸を見せる婦人/ティントレット
- ヒッポメネスとアタランタ/グィード・レーニ
- ヴィーナスとアドニスとキューピッド/アニーバレ・カルラッチ
- 聖母子とパドヴァの聖アントニウスと聖ロクス/ジョルジョーネ
- ノリ・メ・タンゲレ(われに触れるな)/コルレッジオ
- バッカスの祭/ティツィアーノ・ヴェチェルリオ
- ダナエと黄金の雨/ティツィアーノ・ヴェチェルリオ
- ヴィーナスとオルガン奏者と小犬/ティツィアーノ・ヴェチェルリオ
- ヴィーナス礼賛/ティツィアーノ・ヴェチェルリオ
- 赤児モーゼの発見/パオロ・ヴェロネーゼ
- 弟子の足を洗うキリスト/ティントレット
- 神殿で議論する十二歳のキリスト/パオロ・ヴェロネーゼ
- ソロモン王の夢/ルーカ・ジョルダーノ
- 無原罪のお宿り/ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエーポロ
プラド美術館のゴヤ、ナポレオン、ゲルニカ、ナチス
プラド美術館のゴヤ
の
「マドリード、1808年5月3日」(右)は
ピカソの 「ゲルニカ
」 らとで戦争絵画として名高い
作品ですが、そうしたことを知らないでみても、この
作品には足止めさせ、見入らせる力がありました。
いつかももう一度、この作品とそして「ゲルニカ」は
実物をみてみたいと思います。
当時、ゴヤというと 暗い、怖い絵という程度の認識でしたので、
『わが子を食うサトゥルヌス
』 をみて、これが
知っていた、ゴヤだと、思ったものです。
しかし、宮廷画家でありながら「カルロス4世の家族」(左)
のような作品を描くとは。
描かれた方もよく文句をいわなかったとういか、
懐が深いというか。
ゴヤに関連した作品はいくつかありますが ペネロペ・クルス に惹かれて「裸のマハ
」をみました。
「カルロス4世の家族」や「裸のマハ」を描かせるような時の背景の雰囲気が感じられた憶えがあります。
裸のマハ
ゴヤ
ゴヤの生涯
* スペイン内戦
はわかりにくですが、内戦(フラッシュ)
がよくできていると思いました。
* 『ゲルニカ』 と 『1808年5月3日、マドリード』 を向かい合わせた展示があったようです。
http://yaplog.jp/nakais/archive/50
http://www.picassotradicionyvanguardia.com/RS_06_2000.php
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070122/gyakusatu
プットーとキューピッドとエンジェル
| プットー 綴りは putto 複数形が putti | 一般的には「裸体小天使」のこと 智天使 Cherub (ケルブ、ケルビム(複))と混同されることが多い | ||||
| クピド cupido 英語読みで キューピッド | ローマ神話 の愛の神 "desire"。 アモール Amor "love" とも呼ばれる。 ギリシャ神話のエロス(エロース)(恋心と性愛)と対応 近世以降愛らしい幼児の姿で描かれることが多い。 | ||||
| エンジェル angel | 天使 。 主に二つに分かれる。
|
第二の天使の一部? が、15世紀くらいから愛らしいキューピッドのように描かれるようになったものがプットー
であると考えればだいたいよいようです。
キューピットは天使
( = アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)の聖典や伝承に登場する神の使い )
ではない。

キューピッド

プットー

* 堕天使ルシファー 、グリゴリ などいろいろと知らなかったこもみつけることができました。




