君のためなら千回でも/ジョン・レノン | 旅行、美術館、書評

君のためなら千回でも/ジョン・レノン


 この本の訳者あとがきより
   『君のためなら千回でも』全体にも随所にアイロニーがちりばめられ、
   それらが緊迫感とともなってたがいに響きあいながら、時代や運命に
   翻弄される人々の姿をくっきりと鮮明に浮かぶあがらせているのだ
  さすがに、きれいな文章ですね。

  しかし、この作品は確かに”皮肉”が効いています。 
  その中でも一番は下記の部分ではないでしょうか。



                  マウンドに上がった野球のピッチャーのようにばかげて
                  見える背の高いタリバンは、その石を、穴の中の目隠し
                  した男に投げつけた。
                          ・・・
                  穴の中の男は、血とぼろ切れのぐちゃぐちゃになった塊だった。
                  頭はがっくりと前に落ち、顎が胸についている。 
                  ジョン・レノン風のサングラスをかけたタリバンは、手に持った石を
                  ポンポンと放りあげながら、穴の隣にしゃがみこんでいる
                  別のタリバンを見下ろした。
                     ・・・
                  ジョン・レノンはマウンドに戻った。
                  終わったとき、二つの血塗れの死体は、別々の赤いピックアップ
                  の荷台に無造作に放り込まれた。


欧米の「戦争のない世界」の象徴でもある、ジョンレノンノをタリバンによる惨殺シーンに
登場させ、その死体は赤いピックアップ の荷台にですから。

      「軍事用語でいう、付随被害ってやつだよ」軍事行動によって生じる、民間人の財的及び
      人的被害のことだ。 

という台詞もでてきていますが、アフガニスタンの付随被害を受けた民間人からしたら、タリバンも
アメリカも同じ、殺人犯かもしれません。 そして、それを忠実に支援する日本

こんな「 米、“枯れ葉剤作戦”を検討 アフガンのケシ対策で  」 ことを検討するのですから
ヒットラーとくらべられても文句はいえないですね。

   「おれはダウド・ハーンにな、
    男と男としてちょっとばかりおしゃべりするんだ
    お袋にいったことをいうんだよ。

      ヒットラーのことさ。

      彼は偉大な指導者です、
      未来に展望を持っていました、
      ヒットラーにやりかけたことを最後までやらせてやっていれば、
      いまごろはもっとまともな場所になったはずです、
    それを忘れちゃいけませんと、
   ダウド・ハーンに進言するのさ」