窓からみえる細くしなやかな枝をつけた木
冬はじっと耐えて冷たい風に身をまかせていたが
今ではぷっくりとした葉を身にまとい
気持ち良さそうにたたずんでいる
目を移せばたおやかなピンクの花をつけた木が
春が来たよと歌っている
ああ、生きているのだねと話しかける

楽しいこと、うれしいことに遠慮したり、罪悪感を感じたりしない
つらいということ、きついということ、さみしいということも
ただ認め、抱きしめるだけでなく、素直にだせる自分になりたい

情熱をすべて開放する
ただ感動する
それが生きることの喜びにつながるはず

昨日のEdgeProjectの稽古はとても実りがありました。 受け入れられてない感情、身体的な課題にはっきりと
気付かされました。 本当に、メンバーに、そして主宰の渡部さんに感謝します。 ていうか、ぼくより後に参加してきた人たちが ものすごい成長していることに驚いています。 また、みんなから謙虚に学ぼうとする気持ちが強くなり、 以前より、実際得るものが多くなっています。

4回の公演を通じて、自分自身も大きく成長したと思う。 僕は俳優として生きていくという志が強くなっていることに 驚いている。

しかし、一方、結果がなかなか手に入らないことに正直あせりも 感じている。嫉妬もある。これらは俳優的エゴといわれるかも しれない。 でも、このエゴを愛して、受け入れるだけだ。 可愛い奴だぜ。ベイビー・・・
また成果は急に現れることがあることも昨日わかった。 人をねたましいとおもうなら、その人のいい部分を学び、
吸収することだ。

そう、あせり、ねたみは、神なんだぜ。 先輩方の勧めもあり、また、このあせり、ねたみに乗じて、今日からEdgeProjectで10日間の集中クラスを体験した人 のみが参加できる「中級クラス」に参戦する。

人生常に修業といえる要素はありますが、 はい、今日から修業強化期間です。 世田谷に移ってから、自分の欲求に超正直に生きてきたが、 ともすればそれは楽なところに振れすぎるきらいもあり、心が乱れ、 狂気もみた。
その心の乱れ、狂気と呼ぶものを直視し、自分を深く掘っていく ことになる。 そんな時間があることが何より幸せだ。 一皮向いて、さらにいい男になるぜ。 待ってろ!女性たち!!そして合コン!! はい、調子に乗りました、ごめんなさい笑

早くEdgeProjectのみんなで芝居したいなあ。
とりあえず、新作「桜の園」稽古、昨日で一段落です。

といっても、まだ全幕通せていないので、今月追加稽古を することになりました。助かります。

今回いただいた役は、自分の本質かどうかはおいといて、 自分が持っているキャラクターに近く、割と素でできて しまうので、演じていて、かなり楽なのですが、それだけに 楽に押し流さすぎず、細かい役作りが大切になりそうです。

昨日、恒例の反省会で、仲間と話したのですが、 他の人物との関係性、シーン以外の行動について具体的に設定していくと、キャラに幅が出てきて、 セリフがなくて、ただ立っているだけのシーンでも 味が出てくるんだと思います。 まあ究極、楽しければいいんですけどね。

さあ、4月です。とりあえずバイトも決まって、仕事 する時間が入るので、生活も変わるかな。 幅を広げていくか、深く掘っていくか。 自分をみつめながら、ともかくわくわくする方へ進め~ まあ今週、来週は、桜と酒に酔わんかな。

この土日は、ひさびさにゆっくりとひとりで家で休みをとりました。しかし、さみしさからですかね、ひとりでいると、どうしてもこれでいいのだろうかとか、不安に襲われたり、昔のことを後悔したりすることもあるのですが、今新作で取り組んでいる、チェーホフの「桜の園」のエピホードフのセリフにもありますが、「結局のところ、結局なんだが」って話で、先のことも今考えたところで、先に起こることは、今考えることと違うだろう。また前のことは、今どうしようと取り返しがつくわけでもない。
(しかし、それがわかっていながら、ピストルを持ち歩くエピホードフの心境たるやいかに。。。)

だからぜんぶ受け入れましょう。うん。その方が心が豊かになるから。
迷ったら心が豊かになる方に進む。そう、今きめよう。

人との会話が本当に貴重なものに思えます。「人間が神である」という言葉の意味が最近よくわかるようになりました。この休みも、公演も近いので、友人に公演案内したり、いろいろアドバイスしたり、されたり、わいわい話したりする時間がありましたが、内容ももちろん、相手との間に流れる、情緒を含んだ空気を感じていると、いろいろな発見があるのです。もちろん、その場では、ただ流れていくだけなのですが、自分の中に受け入れたくないものがあることに気づかされるのです。相手が怒ってそうだと思ったらすぐ身をひく。落ち込んでいる自分にたじたじとする。相手を傷つけるかもしれないと思って、なんていったらわからなくなる。ついつい余計なことをいってしまう。

うん、これもぜんぶ受け入れましょう。そしてありがとう。

きっとお芝居も同じことがいえて、むしろ普段よりシビアで、繊細でなくてはならないのだけれど、正直まだまだだなあ。

昨日、芸術監督のアニシモフさんと、稽古後、伊勢参りの報告がてら、お話をした。

いわく、「演劇は祈りである」と。

昨日の稽古で、その感覚を少しつかんだ気がする。

稽古中、アニシモフさんに、デリケートに、優しく(最近の劇団ではやりの言葉だが)と注意されるのだけど、頭ではわかっていても、なかなかうまく表現できなかった。その時、「伊勢にお参りした時のことを思い出して下さい」と、言われて、あ、その感覚なのかと、セリフを話す相手に祈るような気持ちで話しかけてみたら、自分の心というか、からだの内側で何かが動き始めるような気がした。それに気づいてからは、自然とセリフが出てきて、行動もできた。

神様の前では、自分をあけぴろっげにして、心もこめて感謝と願いを捧げる。演劇が祈りであれば、舞台の上でも同じ。そして、舞台空間を信じ、仲間を信じ、観客を信じ、そして僕たちを見守ってくれる存在がある事を信じる、という気持ちが必要なんだ。今までなんとなくぼやけていたものが、一本の線でつながった気がする。もう難しく考えない。迷わない。ただそれだけのために舞台に立つということだ。

そして4月4日、とりあえず今シーズンの総決算。


チェーホフ「イワーノフ」公演
http://www.tokyo-novyi.com/japanese/repertory/iwanohu.html

4月4日(日) 13:00~ 下北沢劇場 
南口から歩いてすぐです
http://www.tokyo-novyi.com/japanese/access.html
携帯の方はこちら
http://www.tokyo-novyi.com/mobile/mobmap.htm

前売3000円

新橋のオーラカフェ2012で、「サイキックカウンセリング」なるものを受けました。

オーラカフェ2012

http://ameblo.jp/auracafe/

サイキックカウンセラーのHanielさんとは、新橋のオーラカフェ2012を初めて訪れた時にお会いしたご縁。事前にカウンセリングをお願いしていて、日程を打診中だったのですが、僕がたまたまカフェを訪れた日に、お会いするのを約束していたわけではなかったのに、必然のようにカフェにいらして、カウンセリングが始まったのでした。

嘘だと思いますか??世の中、不思議ですよね。


サイキックカウンセラーのHanielさんのページはこちら↓

http://profile.ameba.jp/haniel3/


最初にエネルギーについての話をいただいてから、カウンセリングへ。俳優の道を進む前後から、自分は、人より感じやすいのでないかと気付いて、エネルギーについて考えてきました。お話を伺っていて、やっぱりと思える部分と、新たな発見もあって参考になりました。俳優は、エネルギーを観る人に届ける仕事。もっと具体的に勉強するべきだと思うわけです。


カウンセリングは、Hanielさんとはじめてお会いした時も思ったのですが、やはりいろいろ見える方なのでしょうか、お話をきいていくたびにどんどん腑に落ちていって、からだのしこりも取れていく気がしました。このあたりが「サイキックカウンセリング」なのでしょうか。かといって、全然あやしい感じはなく、心理療法のように、理にかなった形でセッションがすすんでいきます。女性の話と演劇に関する話が中心でしたが、いずれにしても自分がエネルギーを注ぎ込む所、関わる所をはっきりさせようと思いました。すべてに公平になんて無理なんだなあと。セッション後もこのテーマについて考えているのですが、次々と自分の癖や、考えが頭に浮かんできて、感覚が広がったように感じています。


最後に、タロットカードを引くと、でてきたのが「Illumination」というカード。情熱をもって人生をアートする錬金術師とのこと。何かかっこいい~。ただし燃やしきれないと「sorrow」になる。これ本当にわかる気がする。確信を持って生きていこうと思いました。自分が主役になっていいんだと認める。かといって人をぞんざいにするというわけではなく、同じように認める。


ご本人もブログでおっしゃているように、目標・夢をもつかたや失敗のパターンをもつひとが運命を転換させるためには、判断、行動のパターンを知り、変えていく必要があるのですね。サイキックカウンセリングは、その助けになると思います。このあたり、芝居とも通じるなあ。芝居も、人生を見せることで、自分を知り、また癒されて、受け入れて、行動や判断を変えていくためのツールだと思うから。勉強の意味もこめて、今後Hanielさんのカウンセリングを利用してみたいです。Hanielさん、ありがとうございました。




昨日の夜、酔いに任せて、ウィスキーをやりながら、クシシュトフ・キェシロフスキの「愛に関する短いフィルム」を観た。先日からポーランドという国を、今年から追いかけ続ける事に決めたのだが、そのポーランドの映画監督がつくった作品。


・・・・


なぜか泣けた

酒が入ってたから感傷的になっていたのか

でも単純によかった

女視点だとまた違うかもしれないけど

19歳の男の純粋な気持ちがよく出てて

感動した

自分がこの年にもし年上の女性に恋を

したらどうだっただろうかと想像しながら

観ていた

笑えるシーンもあった

19歳の男と一緒にすんでいるおばあちゃんの

男に対する溺愛ぶりとか

カメラ割りも面白いのがあったなあ

音楽はいらねえと思ったシーンもあったけど


今日返却日なんだけど

もう一回観たいな

次々見るより

監督や役者の意図を感じながら

じっくり研究したい感じ


ああ

何か俺もこっち側の人になったんだなあ


ポーランド映画の傾向が見えてきたら

また詳しく書きます

ひらめきの言葉をたくさんくれる、巫女のような夫婦と下北沢で出会ったこと。

友人から、書く事をもっとやった方がいいとアドバイスをもらった。

芸術監督から「私がありがとうっていってるのに、あなたはいつもありがとうって

言わないね」って、冗談混じりながら指摘されたこと。

「ロシア女性は愛の言葉に弱い」という広告を観たこと。

ひらめいたこと。

あなたは子供の時のように無邪気に言葉を信じ、愛しなさい、

ということだった。


昔から言葉は好きだった。幼稚園に入る前から、新聞や英語の文字を読み、

小学生の時には、シナリオを書いていたらしい。

吉川英治の小説に夢中になって、文学館を訪ねた。


時はたった。ほとんど本を読まなかった高校、大学。

学生時代の反省から、当初、ビジネス本が中心だったが、20代後半から、

突如哲学や文学の書籍を乱読した社会人。

今は俳優という立ち位置にいて、読むことはもはや日々の習慣。

書くこともインターネットを通じて発信する。たまに個人的な日記も記す。

今も、書くことも読むことも好きであるとはいえる。

しかし、いつからだろうか、手放しで、言葉を愛せなくなっていたのだ。


それは


言葉でいくら言っても、人に伝わらず、さみしい思いをした自分があった

言葉でうまく表せなくて、もどかしくて苦しんでいた自分があった

書いた言葉に苦言を呈されて、落ち込んでいた自分があった

氾濫する、心ない言葉、言葉、言葉・・・傷つき、怒りに震えた自分があった


言葉で何が伝わるだろうか

それでも一人ノートにわめきちらした日々

自分を救う言葉はないか

答えを求めて必死で本にかじりついた日々

言葉の中に自分はあるのだろうか

言葉への疑いが日々増すばかりの日々


今ふと思うこと

僕の言葉が未熟であることも知っている

言葉が万能ではないことも知っている

それでも僕は言葉で伝えなくてはならない


他人がくれる言葉から僕はどれだけ助けられていることか

そして自分の言葉で癒される人がいることも知った


テキストだけでだめなら歌や芝居にのせてみよう

そんな仲間たちと今僕はつながっている


すべて表せなくてもかまわない

僕が言葉を求められて、僕が言葉を求め続ける限り

僕は言葉を愛する



えーとそれでは・・・まずは女性を口説く文句からと・・・・うん???


おあとがよろしいようで・・

飯田史彦氏の「松下幸之助に学ぶ人生論」という書籍を、たまたま図書館で見つけました。あるカフェで出会った大学の後輩が松下幸之助さんのことについて話していたのを耳にしていたのですが、こんな形で出会うわけですね。天命とか運命について、松下幸之助さんがどう考えていたのか、興味があったので借りてきて、さきほど読み終えたところです。「成功とは、心から逆境を楽しみ、笑いうること」昨日、芸術監督がやはり成功ということについて「自分の先生に対して成功することだ」と話していましたが、ほんとうに今日の自分に笑えるかどうかは、自分の先生=自分に人生を教えてくれる存在に対して誠実であるかどうかにかかっているといっても過言ではない。名誉、肩書、人気、お金を得ることは成功に見えますが、はたして本当にそうなのかを常に自分に問うことが誠実な生き方だと思います。

「やらないといかんときに命が惜しいとか損やと言うたら、武士道に反する」心が熱くなりました。今まさに僕はそんな心境です。今を措いて時はない、利害を考えず、道に迷わず、まい進していいのだと。「たとえ失敗しても、命が滅ぼうとも必ず道を継いでくれる人がいる」と松下幸之助氏も言っています。

松下幸之助氏は「まことに人間は、崇高で偉大な存在である」と、新しい人間観を提唱された経営者です。経営と芸術と、道は違えども、あまりにも腑に落ちて、やっぱりこれでいいんだなと決意を新たにしています。スプリチュアルとか宗教的だとかいう人もいるかもしれませんが、僕には、天命に従い、運命を信じることが、ほんとうの人間の人生だと思えてなりません。

僕にとって文字通り先生である、芹沢光治良先生から教わったこともまさにこれに同じです。「人間の運命」をもう一回読みたくなりました。そして、女性を考える上で、ルソーを読みたいと今朝ひらめきました。アカシックレコードという言葉があることを知りましたが、様々な知恵が開き始めていることを感じています。さあ、読書の春、出会いの春です。

昨日の続き。


日曜日は、EdgeProjectで気合いを注入されました。演劇は自己暴露の芸術。そして、まだまだ高みがあることを自覚する。自己を表現しながらも、自意識から解放して、人との間で何事かを起こしていく、いや自然に起こることについていくという言い方の方がいいかな。まだ人との間で何かを起こることを確かめることにビビっていたんだなあ。最近いろいろなことに関わっているけど、なんやかんやで、やっぱりここがホームグラウンドだなと思う。渡部さんが稽古中にこんなことを言った。自と他の間で、善の方向へ高め合おうとする結果、行きつく、自も他もない世界を創る。渡部さんを含め、ここにいる仲間が、必要なタイミングで、僕が演劇を始めた原点を思い起こさせてくれる。そして、ここの仲間で、実際に舞台にたってすごい芝居を見せる機会も間もなく訪れる、そんな予感がする。とにかくどんどん前進したい。ものすごい、美しく、崇高なビジョンがかなりはっきりと見えてきたぞ!!


昨日から、劇団のスタジオでは、チェーホフの「桜の園」の稽古が始まりました。チェーホフ最後の作品で内容はシンプルですが、謎に満ちた作品のようで、芸術監督のアニさんも、日本でもアメリカでもいまだに満足のいく舞台は創れていない、と嘆いていました。ならばこの機会に、みんなでいいもの作って、アニさんを喜ばせようではないか!!とメンバー一同燃えてきました。まずは読み合わせからということで、僕は、アニさんから指名されて、エピホードフのテキストを読みました。できればやりたい役だなと思ってたのでびっくりしましたが、読んでみてやっぱり面白く、メンバーからも好意的な評価をいただきました。まあ、まだやるかわからんけどね。

この週末のことについて振り返っておこうかな。

金曜日は、初のエキストラ仕事で、午後から、現場へ移動、映像現場ってやつを堪能した。映像現場を経験しているねえさんに、「今度エキストラの仕事します」って伝えたら、少し懸念されていたが、改めて、その理由がわかった気がした。「ここが一番感情が乗るところですよ」「はい、ここで怒ってくださいね」うーん、エキストラはもちろん、大変難しい要求だと思います~笑僕も含めて、顔芸のオンパレード。中には、ありえないリアクションをとる人がいて、申し訳ないけど、わらけたり、驚いたりして、仕事を忘れる瞬間もあり・・・また、ディレクターは、いつもやっている舞台稽古とは全く逆で、立ち位置やしぐさに関する指示がとても多かった。これはこれでとても大切なことですが、ああ、これが映像業界か~って妙な感銘を受ける笑。

瞬間的に感情を作るのは、今の僕にとってはかなりきつい仕事で、僕みたいなきまじめな人間が長く続けると、いろんな意味で壊れるかもなあと思ったから、今後仕事するとしても、無理なことは絶対しないでやると決めた。映像の仕事をもしやるなら、許容しなくてならないラインだけど、まあ台本入っていれば、少しは違うのかな。エキストラとはいえ、役の人の設定を自分で作ってやったらよかったなあ。役の人でもあり、しかも生きた自分であること、スタニスラフスキーがいっていることは、舞台だろうが映像だろうが、本当に役者として大切なことだ。舞台経験があることを知って、少しは演技ができると思われたのか、主要キャストの後ろで参加できたので、ばっちり役者の演技が見れたのはラッキーでした。さすがだな~と思える役者さんもいて、そういう役者さんからは、シーンの中で、たくさんエネルギーをもらえるんですね。自分ももらうだけじゃなくて、相手にエネルギーを渡す存在でありたい。ついでに言うと、たぶん、テレビにも映ると思う。別に、小さいころの夢ではなかったけど、人生初めてかな、たぶん。映像の僕に興味ある人は声かけてください。

土曜日は、前日のエキストラ仕事が遅かったので、朝だるくて、今日はなんもしたくねえ~と思ったが、ボイストレーニング行かなくてはだ~と一念発起して何とか起きて、劇団の先輩からのゲリラ呼び出しにもめげず、移動~。1月から月1回、知り合いの歌手さんからご紹介いただいた、俳優であり、歌手でもある、巻上公一さんの声のワークショップを受けていて、声というものの面白さを体感しています。呼吸とか、声帯の震わせ方とか、声を出すテクニックも大切なのですが、やはり身体を知り、いたわり、声が自然と出る状態にもっていくことが、ものすごく大切なことなんですね。巻上先生とは、僕が現在とりくんでいるスタニスラフスキーともご縁の深い、ロシアのメイエルホリドが編み出した俳優の身体トレーニング、ビオメハニカワークショップを通じて、思わぬ形でご縁が広がり、大変驚いており、今後ものすごいお世話になる方のような気がしています。また、スタニスラフスキーに取り組む役者がついつい見過ごしがちになる、役者という仕事が身体表現である、という本質に、ゆくゆくは、がっつりとりくむ予感が、最近しています。

今は、日々できる限りメンテナンス。


http://www.mothership.info/makigami.html


長くなったので一回切ります。