「生命科学的思考」(高橋祥子)
多様性があった方がいいとか、たくさん試してたくさん失敗した方がいいとか、広い視野に立った方がいいとか、現状に満足せず日々よりよい状況に向かって努力すべきだとか、結局のところ一般的に良いと言われていることが結論。
また、生命科学についても特段目新しい知識や発見は個人的にはあまりなかった。
しかしながら、人生やビジネスで起きる現象と生命の原理原則(遺伝子の仕組み)とを比較してみることで、すべて自然の摂理(さらには宇宙の真理)に基づいているのかな、と改めて考えさせられた。
本書の重要テーマである「生命原則を客観的に理解した上で主観を活かす思考法」について、言いたいこと(意志を持つこと、課題に向き合うことが、人類の発展・成長につながる、ということ)は分かるし賛同できるのだが、生命原則と関係づける意味が、どうしても腑に落ちなかった。
以下、備忘
私たちが生活する中で行うすべての活動の根底には「個体として生き残り、種が繫栄するために行動する」という共通する生命原則が存在。
■なぜ、非効率な「感情」を抱えて生きるのか?
その理由は、感情を持つことが生命として生存戦略上有利だから。
怒りは敵に対応するため。孤独感は、集団で生活することで生き延びてきた人類が一人で生きることを避けるための機能。
ネガティブな感情は、生きていく上での危険を察知し、その危険から逃れようとするために必要な機能。
「自分が感じている」のではなく「遺伝子に搭載された機能が正常にはたらいている」と客観視することで、ネガティブ感情と向き合いやすくなる。そして、何に対して不安や怒りを覚えているのか客観的に分析することができれば、解決策を見出せる。
「楽しい」「面白そう」などのポジティブ感情についても、生存戦略上有利。友達と何かを達成したとき「楽しい」と感じるのは、集団での活動を促進し、生存確率を上がるから。
「辛事は理、幸事は情を以て処す」。ネガティブ感情(不安、悲しみ、怒り)に対しては冷静に何を対処すればよいのか論理的に考え、ポジティブ感情(楽しい、嬉しい)については、心の底から感情を味わう。
■狭い視野、広い視野
生命原則「個体として生き残り、種が繫栄するために行動する」のうち、優先順位は「個体が生き残る」こと。個体としての生存可能性が担保されてくると「種が繁栄する」ために行動する。
人々の視野が狭い(目先の欲望や利益に影響されやすい)のは、まず「個体として生き残る」ために必要な機能。
子どもがわがままなのは、視野を狭くし自分に集中することで「個体として生き残る」ため。大人になり家庭を持ったり組織に属したりすると、パートナーなど他者のことも考える必要が出てきて視野が広くなる(長期的目線、他人優先、など)。
わがままな人がいたら、「自分の生存の可能性に安心できていないのだな」と捉えてあげる。
生命原則を理解することで、広い視野で判断し行動することがしやすくなる。
■なぜ、がんは進化の過程でなくならないのか?
がんはDNAのコピーミスによって生じる。この現象は進化の目的の結果、生まれている。つまり、常に変化し続ける環境の中で生き延びるための方法。コピーミスを含む変異が起こり続けた結果、地球上のあらゆる場所に生物が存在する。
遺伝子のコピーミスは、がん細胞になることもあれば新しい進化のきっかけともなり得る。
■LGBTは進化の過程かもしれない
DNAのコピーミスを含む遺伝子の変化は、さまざまな遺伝情報を持つ生物を生み出す。つまり、多様性の誕生。
生命は最初、単純な分裂によって増える無性植物だったが、その後遺伝子の組み合わせを変えて多様性を増すために、オスとメスに分かれて有性生殖を行うようになった。
スエヒロタケというキノコは、性別が2万3000種類以上ある。2種類の性別しかないことが人類進化の最終形態であることは証明できない。また、魚類では集団内の環境によって頻繁に性転換が起きる。
LGBTなどを含む性の多様性というのは、その「途上」にあるのかもしれない。
■多様性、失敗許容主義
多様性は進化に不可欠。どのように環境が変化するのか予測困難なため、対応策として生命が採用したのが多様性。とにかく、あらゆる可能性を試すしかない。ある種の生存の失敗を寛大に許容し続ける「失敗許容主義」。
多様性に「最強」も「最弱」もない。「こういう生物を目指している」という明確な方向性もない。結果としてうまく生き延びるものが現れればいい。多くの生命種が絶滅したが、絶滅したら無意味だったというわけではない。
長期研究は、成功が保証されていなくてもよいし、経済的利益に直結するかどうかという視点も必要ない。環境変化が予測できない以上、長期研究のどれが役に立つかは予測できない。重要なのは、長期研究に取り組むことそのもの。
Googleの20%ルールからGmailやGoogle Docsなど多くのサービスが生まれた。
■新規事業は進化
生命が変化する方法には「個体としての成長」と「個体としての進化」の2種類ある。これは、企業における「既存事業の成長」と「新規事業の立ち上げ」の関係に似ている。
生命の仕組みにおいて、無限に成長する個体は存在しない。(成長が横ばいになる)S字カーブ現象は、生物、無生物、人間、どの領域でも見られるが、それは偶然ではない自然界における普遍性。
■生命原則を客観的に理解した上で主観を活かす思考法
人は基本的に遺伝子に従った生命活動を無意識に実行している。
意志を持つこと、思考すること、は脳に余計なエネルギー負荷がかかるため、本来なら生命活動に効率的ではない。主観的な意志を持つことは「生命原則へ歯向かう力」である。
しかしながら、主観的な意志は、よりよい未来に向かって行動を起こす原動力であり、希望である。
課題は客観的に設定されるものではなく、それが解決された状態を主観的に望むことで初めて課題が存在する。
現状に満足していれば課題は存在しない。課題が存在するということは、現状よりもいい状態が頭の中にあるということ。理想に向けて行動を起こす理由が「課題」。
思考停止に陥って生物的な本能のままに生きるのではなく、「生命原則を客観的に理解した上で主観を活かす思考法」で思考し、行動し、情熱を注ぎ続けるものとして、これからも人類が存在し続けてほしいと私は切に願っています。