「デカルトからベイトソンへー世界の再魔術化」(モリス・バーマン)の抜き書き書評記事を投稿します。




先の投稿の写真家の北桂樹さんの積読本リストにあったのがきっかけで手に取ったのですが、コロナウィルス騒ぎで本を読む時間が出来たので、ひさびさに骨のある本を読んでみようということになりました。


近代の物質主義や科学主義ということを近代主義(デカルト)の世界観として否定することに前半延々と紙面が割かれています。


それらを生み出したニュートンを実は錬金術に傾倒していた最後の魔術師だというように表現して、錬金術やニュートンを批判したウィリアムブレイクなど、近代主義の批判を繰り返すのが前半部分。


後半では、作者が世界のこれからのあるべき意識論として、支持するベイトソンの哲学について、生物学者だったベイトソンの父親の研究のことから語り始めていくという構成です。


この主な論旨である後段にたどり着けるまでが長いことが、この本の読破を困難にさせているような気がするのですが、良い映画は前置きが結構長かったりもします。


私は作者の術中にはまり、ようやく本編来ましたかというところに入っては、待ってましたという感じで、読みふけることが出来ました。


どうしても結論だけ知りたいということであれば、後半最終章の「明日の形而上学」をいきなり読んでしまうということも可能です。


本書評でも、以下、最終章の「明日の形而上学」の記述について詳述します。


はじめは、グレゴリーベイトソンの父親の遺伝生物学者だったウィリアムベイトソンの研究についての説明から始まります。


ここでは、例外から全体を探るという方法論だとか、生命に限らずモノも含めて循環性の法則があるのではというような漠とした神秘主義を吸収したというような表現で書かれています。


そして、ナヴェンというニューギニアのある民族で行われているという、事あるごとに性を逆転させた役割を演じる儀式が行われる祭りに対しての研究について話は進みます。


そのお祭りをグレゴリーベイトソンは、男性性女性性が極端に色分けされた日常生活を補うための相補的な儀式だと分析します。


同じ相補的な現象として考えるという思考様式で、ダブルバインドという精神病を起こさせる条件の分析と、それを乗り越える際に、学習の認知の次元を一つあげるための取り組みがあると解説を続けます。


それが更に教えてもらった芸をしてもエサがもらえなくなったイルカが思考と行動の次元を一つあげて、オリジナルの技を出来るようになったことをメタ認知獲得の学習の次元をを一つあげた事例として説明されています。


ここまでで言うと、最近ではよく言われる、認知バイアスを取ろうとか、メンタルモデルを認識してその枠の外にある視点を獲得しようというような話になり、そう言ったような様式を学習Ⅲと呼んでいます。


そして近代論と比較してベイトソンの全体論を並べて比較した上で、一気に未来の社会のあり方論が展開されていきます。


この最終章の未来予測論の記述が非常に面白かったので、以下抜き書きです。


 


◾️サイバネティクス的説明の核心


関係こそ現実の本質である


◾️伝統的文化は


トーテミズムや自然崇拝などの慣習を通して、循環性とサイバネティクスの概念を直観的に把握していた


それによって環境を維持することができた


◾️どんな連鎖反応が生じるか


関係の網に心を集中することができる


全面的に一体化(ミメーシス)に回帰せずとも、全体論に基づく正気の行動が可能になるだろう


◾️〈精神〉をめぐる知が


美的認識という形でよみがえり、技巧的(アートフル)な芸術的(アーティスティック)科学(世界についての知)を我々は手にすることができる


◾️補強しあう


一体化(ミメーシス)と分析の両方を手に入れ、それらが「ふたつの文化」の分裂を生むのではなく


たがいに補強しあうようにならないだろうか


◾️真の洞察


人間は関係(環境だけでなく、人間がかかわりあうすでてのものと)一体的(ミメティック)な関係をもってはじめて、現実に対する真の洞察が得られる


そうやって得た洞察が分析的理解の中心となる


こうして事実と価値が合体する


◾️学習Ⅲとは


「壮大な生態系」への心が一気に飛躍すること


◾️回心


キリスト教神秘主義、禅の悟り、錬金術の変容の最終段階などと類似している


◾️学習Ⅲもそれらの回心も


人格が根本的に変容するということが、最も重要なポイント


◾️視座


どちらの場合も、人は新しいレベルへと飛躍し、自分の性格と世界観を外から眺める視座を得る


◾️ベイトソンのいう学習Ⅲとは


単に個人レベルの忘我的ヴィジョンを得ることだけではない


人と人がつながった共同体的生き方を追求する上での必要不可欠の部分


◾️〈精神〉はつねに


「部分同士が内部で結び合わさった、社会システム全体、この惑星のエコロジー全体に内在している」


◾️未来の「地球大の文化」を思い描くとすれば


夢、ボディランゲージ、美術、ダンス、空想、神話などから成る内的〈精神〉風土が、世界を理解し世界のなかで生きようとする試みにおいて、大きな役割を果たすことになる


ESP(超感覚的知覚)、神秘力(サイコメトリー)、念力(サイコキネシス)、霊気(オーラ)の読解とそれによる治癒といった、さまざまな心霊能力を高める試みもなされるだろう


生態学と心理学がほぼ一体になるだろう。病というものはその大半が肉体的・情感的環境が乱されたことへの反応であることが、広く認識されるようになるはずだからだ


身体は抑圧されるべき危険なリビドーとしてではなく、文化の一部分として捉えられるようになり、そうした認識の結果の一部として、性の抑圧は大幅に減少し、人間もまた動物であるという自覚が深まるだろう


拡大家族が見直され、今日において精神病の発生源となっている、たがいに競争しあう孤立した核家族は減少するだろう


「非生産的」な人間を収容するための老人ホームに年寄りを捨てることもなくなり、子供たちとともに暮らす老人の叡智が文化的生活の欠かせない一部分となることだろう


◾️人格の理念も大きく変わる


自我(エゴ)から〈自己(セルフ)〉へ重点が移行


ひとりの人間の自己と他人の自己とがたがいに反応しあうことが奨励されるだろう


競争ではなく協働、個人主義ではなく個体化


「にせの自己のシステム」や役割演技などは消滅するだろう


◾️力という概念


他人の意志に反して他人に自分の望むことをやらせる能力というふうには捉えられなくなって


力とはすなわち中心の安定(centeredness)であり内的な権威である


他人に圧力や強制を加えることなしに他人に影響を与える能力、それこそが「力」


さらに、未来の文化は、人格の内においても外においても、異形のもの、非人間的なものをはじめ、あらゆる種類の多様性をより広く受け入れるようになるだろう


そのように包容力が高まる結果、「正気」の捉え方も、フロイト=プラトン的発想から錬金術的発想になるだろう


すなわち、理想的な人間とは、万華鏡のごとく、「多面的」な人間であるということになる


人生の関心事、仕事や生活のスタイル、性的・社会的役割などにおいて、柔軟なしなやかさを持つ人間こそが理想とされる


いかなる行動にも、「影」と呼ぶべき相補的な対応物がかならずひとつはあり、それがしかるべき表現を与えられるのを待ち受けているのである、と考えられるようになるどろう


非分裂生成的な思考・関係のさまざまな方法をめぐって、実験的試みがなされることなもなろう--累積的にひだいするのではないパターン、満足を将来に引き延ばすのではなくそのままで満足をもたらしてくれるようなパターンを創り出そうとするのだ


◾️人間の文化


自然のなかに人間が調和することこそが大事だと誰もが考えるだろ


そうした社会がめざすのは


「ある領域を支配するのではなく、解放すること」


テクノロジーが我々の意識の隅々にまで浸透することはもはやなくなるだろう


テクノロジーが人間をコントロールするいう転倒した関係は消滅するのだ


医学、農業、その他いかなる分野であれ、人間はもはやテクノロジーの「薬」に頼ったりせず、長期的な見通しに立った解決策--症状ではなく病因にじかに取り組むような解決策--を選択することだろう


◾️政治について


大規模な脱中央集権化があらゆるレベルでの公共機関にわたって行われ、それこそが地球大の文化の絶対条件だという認識が生まれるだろう


地域に根ざした自律的な政治構造になるということ


こうして生まれる社会では、市民病院、食品生協などがかならずあり、地域の有効意識と自律が育まれ、テレビ、自動車、高速道路など、共同体を破壊するものは抹殺されるだろう


マスプロ教育に変わって、弟子が師に教わる徒弟制が生涯教育の形で行われ、それぞれの人間の関心の変化に適応できるようになるだろう


そのような社会では、人は職業(キャリア)ではなく、人生(ライフ)を持つのだ


都市はふたたび生と喜びの中心となるだろう


人は自分の仕事に密接して生き、仕事、人生、娯楽という区別がほとんど意味をなさなくなるだろう


◾️経済は


定常状態の経済がめざされ、小規模の社会主義、小規模の資本主義、直接の物々交換とが混じりあった経済になるだろう


資源の浪費は極力避けられ、可能な限り地域の自己充足がめざされるだろう


利益をそれ自体目的として考えることはほとんどなくなるだろう


他人や天然資源に対しても、搾取や儲けではなく、調和を念頭に置いて接するようになるだろう


経済学は生態学の一分野としての「生態経済学」となるだろう


◾️このヴィジョンに向かう変化を引き起こしつつあるもっとも強力な要素は


先進工業社会の衰退そのものである


工業経済は縮小し続けている


好むと好まざるとにかかわらず、定常経済への回帰は避けられない


◾️このような変化を引き起こす上で大きな要因になっているのが


社会に背を向けている何百万もの人々である


◾️労働者たちは


ブルーカラーもホワイトカラーも自分の仕事に何ら本来的な価値を見出せなくなっており、いまや仕事以外の場所に人生の意味を求め、仕事に対する忠誠心を失いつつある


現代の我々の生き方の精神的支柱であるプロテスタント的労働倫理は、経済がその倫理をもっとも痛切に必要とするときにはおそらく姿を消してしまっているだろう


◾️全体論的社会


右翼/左翼といった従来の政治的二分法を超えたさまざまな立場から、全体論的社会が我々に近づいてきている


フェミニズム、エコロジー、民族主義、超越主義(宗教的復興)


それらはみな、同じひとつの目標に向かって収束しつつあるのかもしれない


こうした運動は、工業文明によって抑圧されたけど「影」たちを代表していると考えるべきだろう


◾️周縁的な存在


「対抗文化(カウンターカルチャー)」のさまざまな要素を結び合わせる共通の絆はあるのだろうか?


おそらくそれは「回復」という概念である


◾️「回復」(recovery)という概念


本来我々のものであるはずの、身体、健康、性、自然環境、原初的伝統、無意識の〈精神〉、土地への帰属、共同体、人間同士の結びつきの感覚、そうしたものを回復することである


◾️『易経』の言葉


めざすべきは、人類全体が満足できる政治的あるいは社会的組織である。我々は、人生のもっとも根本的なところへ降りて行かねばならない。生のもっとも深い必要が満たされないような、表面的な生の秩序化などまったく無益であり、何ら秩序をめざさないのと同じことである


これこそが、あらゆる全体論的政治学の目標となっている


それは、今日我々が知る意味での「政治」の終焉をもたらす政治学なのだ


 


抜き書き以上です。


学習Ⅲという発想とベイトソンの全体論という世界観からここまで未来予想図が描けるというのが、これが30年前という平成始まってすぐ位のバブル崩壊前に書かれていたということに正直びっくりという感じです。


筆者はここの一群の文章で、ベイトソンの思想から導き出せる未来について、言いたいことを言いまくった後に、改めてベイトソンの考え方について、終焉に向かうべくして反証的に論陣を敷いているのですが、ここも面白い記述があり興味が惹かれる部分がありました。


著者は、抜き書きしたような未来の変化の兆しをベイトソンに触れたことで見出したのですが、生物学的見地からのベイトソンの立ち位置では、「恒常性」や内的一貫性の維持という法則があるから、生命や組織は、最初のナヴェンという性を入れ替える儀式のように、「対称的分裂生成がエスカレートすると、逆に相補的分裂生成が引き起こされ、それによってシステムの崩壊が回避されるという事実」があると言っています。


この恒常性という処を強調して考えると、筆者の考える未来と同様の可能性を工業主義社会の蔓延という形で迎えてしまうというようにも予測できてしまうとのこと。


そして、現実に我々が30年経った今経験しているのは、目下筆者の記述した未来へ挑戦中の我々がいながらも、工業からは脱して、別の道での錬金術的お金を生み出す資本主義の仕組みは今のところ恒常性を保って続いており、言うところの折衷案で進んでいますよという、言えて妙な面白い状態になっていますねというところでしょうか。


進んでいるとも言えますが、一方で、30年前から見えていた人には見えていた未来の枠の範囲から、僕らは抜け出られていないとも言えるわけで、寂しい気もします。


どこかで、恒常性という性質なのかどこかの誰かの意図なのかは分かりませんが、ある意味、新しい未来が見えなくなってしまっているのではないかという気分にもさせられます。


そしてそこから導き出したい希望的観測としては、ベイトソン的に言えば、この30年間の中で巧妙に裏に隠されてきたものが、もう一歩進めて、相補的にもうそろそろ表出してきて良いのではないでしょうかという意味で捉えたいと思っています。


この文章を書いているのは、コロナウィルスの騒動の真っ只中という感じなのですが、戦争や大災害で無数の人が被害にあいながら徐々に変わってきたことと比較すると、外的要因に言い訳できる状態で経済と生活のあり方が変わっていけるきっかけとして、この危機を上手く使えていけたのなら、また新しい全体性への一歩となるのではという希望を持ちたいということで、投稿させてもらいたいと思います。



 


元というのも気がひける位、通勤ラッシュの皆無な在宅勤務&ノロウィルスで寝たきりになり久々の読書三昧で遊んでいる多読書評ブロガー石井拝

■現代アート鑑賞対話会 感想記■
~ワタリウム美術館 フィリップ・パレーノ『アートが語り始めると』展にて~

SONY出身のジャズピアニストでもある山原すすむさんのコーディネートで、アーティスティックマインドセットというワークショップを行っていただいたご縁で、写真芸術家の北桂樹さんと、北さんの友人の写真家の浦川和也さんという二人のプロの写真芸術家の方と現代アート鑑賞対話会にご一緒させていただきました。

本投稿は、ただの美術館レビューではなく、きっかけのアーティスティックマインドセットのワークショップでも行われているのですが、現代アートを鑑賞して対話することで、誰でもアーティスティックマインドは手に入れられるという活動の感想記になります。(一部作品の仕掛けのネタバレ的な表現を含みます。)

北桂樹さんは、「Mani」という写真シリーズで国内外で個展を開いている写真芸術家さんで、浦川和也さんも、2020年4月に、ギャラリー冬青という、写真業界では有名な出版社でもある有名なギャラリーで個展を開く予定の一級建築士の肩書も持つ写真芸術家の方で、当方は、私と同僚で同志のWEBデザイナーの林さんという2名というなんとも贅沢なシチュエーション。

お二人は、アメリカのフィラデルフィアで行われた写真コンクールでお互い表彰されて招かれたという場で出会ったご縁らしく、お二人で相当な数の美術展を回っているということもあり、対話の質がはんぱなく、現代アート鑑賞対話の醍醐味を十二分に味合わせていただきました。

今回訪問したのは、外苑前のワタリウム美術館。展示アーティストは、フィリップ・パレーノさんという展覧会を一貫した一つのメディアとして捉えた哲学的な表現に定評があるフランスを代表する現代アートの芸術家の方の歴代の代表作を並べたという『オブジェが語り始めると』という個展です。

タイトルからして、哲学的なイメージがしますが、この展覧会、実際に石のオブジェがしゃべります!下の写真のこいつです。展示会タイトルそのまんまです^^

 



入口で私は同行してくれたリクリエーション倶楽部運営同志でWEBデザイナーでもある林さんと男二人でペアチケットを購入すると、入口でこの石のオブジェが朗読している文章の全文が書いてある紙を渡してくれます。

そこには、HPにも乗っている各作品の解説に加えて、渡された紙の裏面全体に、「しゃべる石」というフィリップ・パレーノが2018年に書いたという散文詩のような文章が、12個もの丁寧な脚注付きで入っています。

HPでも公開されている対話動画の全文書下ろし文章が会場の中においてあったりして、フィリップ・パレーノ自身の作品や展示会の意図は、そのしゃべる石や解説集で、存分に語られているという状態になっています。

 



『オートマンはフィクションです。フィクションはリアルなことに先行します』

(以下『』の文章の引用は、この「しゃべる石」2018フィリップ・パレーノからの引用です)

この美術展で、鑑賞対話した結果、すごいと思わされたのは、上述のように、ひたすら作家の意図や考えていることが多く語られているにも関わらず、その場での体験の中で感じさせられ、考えたり対話で行き着いたコトの方が、その何百倍も鑑賞者の心の中に刻まれるという体験をさせられるというところです。

出てくる感覚や内容は、実は、「しゃべる石」の中に書かれていることだったとしても、それが、自ら鑑賞し、対話した中からの気づきというだけで自分の中に入ってくるものが全然違ってくる感覚です。

このご時世の平日の夜の時間なので、鑑賞者はまばらでしたが、ひたすら考えては対話を繰り返す4人の男衆の風景は、通常私も描いていた「美術館なるものの中では静かに鑑賞するべきだ」というような感覚の対角に位置するものでした。(注:決してギャースカ騒いではいません)

 

この鑑賞対話を体験してしまった後には、いや現代アートの鑑賞ってこうやって対話しながらの鑑賞以外ありえないでしょうと思わされます。

私自身、学生時代、夏休みの短期語学留学もどきのついでに、サンフランシスコとニューヨークの現代アート巡りをしたときに、この対話鑑賞というアートとの向き合い方という概念を知っていたら、一人旅で静かに鑑賞するだけでなく、その場でいた外国人に話しかけてみたりして新しい人生の地平が開けていたかもと思うことしきりです。

 

『現実を待ちましょう』

個々の作品には個体としても語られる言葉を多く持ちながらも、展示している場所には、作品タイトルや解説などの言葉による表示は一切ありません。体験をして感じてもらいたいという意図でしょうか?

 

あえてこれ見よがしに太い配線が各作品から出ていたり、光の連動の演出は、作品本体だけではなく、会場の天井照明までプログラミングされて連動して動くとか、オブジェクトが語る言葉は、抑揚のないオブジェクト的な語り口調で、よく聞くと言いこと言っているよねというような無機質な感じだったり、ああでもないこうでもないという構造を探りたくなるおじさんには、一つ一つ意図をもった細部の演出の積み重ねがあっての作品なのだなと捉えてしまったりもします。

と、ここまで書いても、私が体験した結果得られた感覚しか記述できていない気がしてしょうがないですのですが、結果としてそうなることは、後述しますが、現代アート鑑賞対話会として訪れる当然の帰結かとも思いつつ、続けます。

『アートは歩く死体であり、しゃべる石なのです』

フィリップ・パレーノ展では、しゃべる作品は、しゃべる石ひとつだけ、作品や各作品の解説についてさんざん行いながら、各作品の関連づけの部分については、多くを語ってはいません。

例えば、この展示は一体どういう作品だと思いますか?

 





マンホールのようなものがあり、その周りに石が散らばっている状態です。



もし可能ならこの作品は一体何なのか少し考えてみてください・・・



ちなみにマンホールの中からは、水滴がしたたる音が流れてきていたりします。



実際の展示でも、作品解説の紙は渡してもらえますが、実際の展示では、作品のタイトル表示すらされていません。


(答え) 作品名「リアリティー・パークの雪だるま」(白い文字にしているので要選択反転)です。


本体は溶けてなくなってしまっている状態というわけです・・・


帰りに知ったのですが、入り口前の柱に雪だるまカレンダーというものが貼ってあるのですが、雪だるまが、雪だるまらしい格好で留まっている時間は、ほんのわずかな日数しかありません。


もとい、しゃべる石以外の作品は、しゃべらず、反応は、光と音だったり、雪だるまの作品は、溶けた後の台座だけという状態だったりするというシュールな状態です。

最初に雪だるまという作品があるのが分かっていても、HPや解説書には色々語られていても、各作品の展示には、タイトルを置くような野暮なことをしていない展示なので、一瞬雪だるまという作品があることを知っていても、私は気づけなくて、一体何なのだろうと思ってしまうという感じでした。

北さんと話していて、ここ雪だるまがあったはずのところですと言われてようやくああなるほどと分かりました。

この点に関しては、人に教えてもらってしまうより、このマンホールのようなところから来る水滴音と石ころから連想して、あっ!これは例の雪だるまの場所だね!と自ら気づく方が、アハ体験できる気がします。

この点は、今回2度目の鑑賞だった北さんは、もちろん心得ていて、最初は僕はしゃべらない方がいいと思います、まず皆さんで作品みてくださいとガイドしてくれていました。

『祝いの儀によって特徴づけられるときにだけ、連続性が存在します』

2回目の鑑賞の北さんは、前にはなかったパターンで動いているとおっしゃっていて、来るたび変わるような部分があるようでした。

 

同時に、しゃべる石とそれを上下左右取り囲む作品群のライトの点滅の連動には、一定の法則もあります。

 

しゃべりはじめたら、最初は、石のすぐ近くにあるライト以外は、消灯してだんだんと相槌を打つように点滅し始めて、石がしゃべり終わると、周りの作品群がだんだんと、光や音のトーンが騒がしくなっていくというようなパターンがだんだんと分かってきます。コミュニケーションを取っている風の演出です。これをどう解釈していくかは鑑賞者次第となります。

 



これらの観察と見解をなんとなくぼそぼそ時に触れて話し合っていくというような感じです。

「動きの変数に解説を見る限り、鑑賞者である人間は、入っていないですね。」

「人間は、蚊帳の外ですね。疎外感を感じるかもですね。」

「AIで機械だけで動いていく世界があったらこんな感じなんですかね?」

「機械のコミュニケーションって、別に言語である必要もないですよね」

「こういう風に言葉を使ってコミュニケーションをしているのなんて、数ある動物の中でも人間位なものですよね」

「人だって、言葉を使ってコミュニケーションしあっているように表面的には見えるけど、実際は言外のコミュニケーションをいっぱいしていて、言葉なんてその表象の一部でしかないですよね」

 

とか、言葉に書き起こしてみるとまあそれなりの内容なのですが、その場では、ワクワクしたプリミティブな会話が重なり合う感覚で、おそらく、一人で悶々と鑑賞しているだけでは突き当たってしまう壁で思考が止まってしまったり、一つの結論を得て分かったつもりになって終わりになってしまうことなく、見方が広がっていく感覚です。

 

対話という言葉を置いていくというスペースがあるということ自体が、非常にクリエイティブなものなのではないかと思います。

『パスされていくうちに、エネルギーを得て生気を帯びる』

例えば、最上階にあった吹き出し(白)という吹き出しの形を風船にして天井に並べた1997年の作品と、壁紙マリリンと名付けられた2018年作品とがコラボレーションされた部屋では、照明がついたり消えたりすると、壁紙の蛍光塗料の光と直接光の移り変わりの瞬間に、奇妙な感覚を覚えるのですが、怖いという感覚や、ただ子供ははしゃげるかもしれないとか、吹き出しの意味について考えてみるとか、作品の経緯を語ってみたり、壁の素材と構成と、外部の気温や風力によって動いていることを知ったりということを、色々と話していました。
 

こう書くと、終始しゃべっているようでもありますが、そんなことはもちろんなく、自分の中で感覚をじっくり味わってみる時間ももちろんありつつ、しゃべりたくなったり、その感覚を言葉にしてみたり、ふと思ったことや気になったことを口にしても良いし、しなくても良いという中で、作品と自分の中の感覚を味わいながら、他の人のフィルターを通して同じ場をどう感じているかということを交流しあう自由さが非常に心地よい時間でした。

『驚きと恒常的好奇心』

何か今まで美術館って黙ってお行儀よく「しなければいけない」場だと思っていて、子供たちをそういう場所に連れて行っても基本走り回ったりはしゃいだりするもので、それをどう鑑賞する方向に結び付けていくかというのも、浦川さん曰く、「どれが一番好き?なんでそう思うの?」という風に持っていくと良いとか、個人のモチベーションをどこにコントロールするかというのは非常にマネジメントの勉強にもなるとのこと。

そういう場に頻繁に連れて行っていたという浦川さんの娘さんは、全米のチア選手権で優勝してしまったりする活躍をされていたりするとのこと。知育にもやはり美術鑑賞は良いのかもしれないです。

ただ、おそらく対話というのは、言葉を自分の中で完結させずに、人の言葉と自分の言葉をつなぎ合わせていくプロセスなんでしょうという、分かったような分からない言い訳を一端置いておきます。



 

『中に中にと作る。中に中にと作る。中に中にと作る。中に中にと作る・・・』

一方で、言われて気づくというのはなく、あくまで気づきというのは、個々人の体験の解釈にしかないのではというようにも思います。

 

鑑賞対話というのは、人の言うこと聞いて、そうだよね!というものももちろんあるのですが、一緒に対話している人と歩むプロセスの中で、自分の中でこれかな?と思う気づきを拾っていくという作業を繰り返していくものである気がしています。

その自分の中の気づきの連鎖が、他の人と対話していく中でのほうが、連鎖的に色々出てくるという感覚です。

美術館を出た後のアフター鑑賞対話会という名の飲み会でも、オラファー・エリクソンの作品を2日間体験してきた話など興味深い話が続きました。

作品は緻密に設計されていながら、しかけはシンプルで、考えたり行動する余白があるという、描いたり受け入れたりするスペースをつくるという部分が大切なのかと思いました。最近個人的に関わっているいくつかのコミュニティで行われている取り組みの中で行っていることにも通じるなあと思い、それを現代アートの鑑賞対話という取り組みを通じて行う新鮮な感覚でした。

 

現代アート鑑賞対話感想記ということで、久々の長文投稿をしてしまうほど、凄く面白かったです。どんどん拡がってもらいたい取り組みです。

最後までお読みいただける方には大変感謝です。

最後に、しゃべる石からの引用として、アニメーションをつくる際に非常に有名なソフトの解説書に出てくる一説だという形で引用されていた文相の引用で終わっておきます。

ぼやけた物体の定義

『「これから貴方はぼやけた物体を作ります。ぼやけた物体と称するものは、ゼロパーセントしかない不透明な特徴を除いた、他の層のほとんどを含む目に見えない層です。ぼやけた物体により、目に見えることなく他の層の動きをコントロールさせるのです。」貴方の現実はぼやけた物体で作られているようです』

2020年春に行われるオラファーの現代美術館の展示が見に行きたくてたまらなくなってきました。

 

(参考)「展覧会」を疑え。フィリップ・パレーノと島袋道浩が語るアートのありかた

https://bijutsutecho.com/magazine/interview/20887

パレーノ展の中に、3冊もこの対談書き起こしを印刷したファイルが置いてありました。

今回の展示会の創作プロセスや、パレーノ氏の芸術論(Grammer)がとても分かりやすく解説されています。

 

(参考)これに行きたい!オラファー・エリクソン「ときに川は橋となる」東京都現代美術館 2020.3.14-6.14

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/

 

 

MI理論について8つの能力それぞれの特徴と、自分の強みがどこにあるのかを調べるためのチェックリストを作ってみました。

このMI理論のことを知ったきっかけは、令和元年の始まる10連休中に、コーチングの世界で有名で、NHKビジネス英語の本間正人さんによる英語学習コーチ養成講座なるものに出席した中で、紹介されていたことがきっかけでした。

MI理論とは、ハーバード大学のハワードガードナー氏により提唱されているモノであり、人の能力はIQテストみたいな一律に点数化できるわけはなくて、もっと多様だよねというところから、人間の学習能力を8つに分類してみたというものです。

英語力を考えていくにも、この観点で考えてみると面白いということで、関連書籍を2冊読みまして、内容を自分なりに整理してみました。

今回参考にさせてもらったのは、以下の2冊です。

「マルチ能力が育む子どもの生きる力」トーマス・アームストロング著

https://amzn.to/2VAhBEj
MI理論を活用した学習法を、教師側の視点を中心にかなり具体的に解説されている本です。

英語に特化していませんが、このMI理論について、教師側と子供側の両面からの視点から具体的な取り組みの方法が分かりやすく解説されている本です。



 

「MI理論を応用した新英語指導法」林桂子
https://amzn.to/2HbOtsU

MI理論を活用した英語指導法に特化して学術的に書かれている結構固めの本です。

 

 

これらの本を元に能力の訳語も微妙に違っていたりしましたが、自分なりに8つの能力の特徴と、自分がどの能力が強いのかというところについてチェックリスト形式のものも2著3か所位あったものをアレンジしています。

本記事は他の抜き書きまとめ記事と違い、そのまま純粋に文章抜き出しではない編集が入っている点にご留意ください。

■MI理論の8つの能力

諸本により、日本語の訳出は微妙に違っていたりしますが、本投稿では、それら複数あった
呼び名を掛け合わせてしまってみました^^

1.言語能力 Verval/Linguistic Intelligence
2.論理的・数学的能力 Logical/Mathmatical Intelligence
3.視覚・空間能力 Visual/Spatial Intelligence
4.身体・運動能力 Bodily Kinesthetic Intelligence
5.音感能力 Musical Intelligence
6.人間関係形成能力 Interparsonal Intelligence
7.内省(自己観察・管理)能力 Intrapersonal Intelligence
8.自然との共生能力(博物的知能) Naturistic Intelligence

■MI理論の8つの各能力の特徴

それぞれの能力の特徴とそれが大きく発達した場合に突出して発現してくる特徴を紹介します。

1.言語能力
  ことばや言語の音、構造、機能に対する感覚の鋭さ
 言葉を学習し効果的に使いこなす力
 心にあるものを話し言葉、書き言葉を問わず、言語で表現できる

2.論理的・数学的能力
 論理的に分析する抽象思考が出来る
 物事の因果関係を究明する能力
 論理的-数学的パターンに対する感覚の鋭さと認識能力、長い議論を理路整然と行える

3.視覚・空間能力
 2D3Dのパターンの認識、視覚・色彩感覚、方向感覚が高い
 建築、絵画、彫刻や配置など、空間的世界を心の中に再現できる
   視覚的-空間的な世界を正確に把握することができ、自分の思い描いた通りに何かをつくり替えられる

4.身体・運動能力
 自分のからだの動きをコントロールできる力
 スポーツ以外にも、身振り手振りなど身体を使って表現する能力
 ものを巧みに使いこなせる力
 手仕事など身体を使ってモノをつくることが得意

5.音感能力
 リズムや音の高低、音質を識別したり、作り出したりする力
 多様な音楽のスタイルを味わえる
 音楽のパターンを捉え、覚えて再現する能力が高い

6.対人(人間関係形成)能力
 他人の気分や気性、動機や欲求などを的確に読み取り、反応できる力
 コミュニケーション能力と関連し、政治、社会制度、教育などが得意分野

7.内省(自己観察・管理)能力
 内省により自己認識、自己分析ができる能力
 自分自身の感情を識別でき、また自分自身の長所や短所を把握できる
 自分の強み弱みや特性を理解し、自分を管理することに活かす

8.自然との共生能力(博物的知能)
 無生物も含めて分類認識する能力
 自然、農業、動植物に対する感度と知見が高い
 種の存在を認知したり、種類を見分けたり、種相互の関係やつながりを認識できる

■MI理論8つの能力のチェックリスト

どの能力をより持っているのかというところをチェックしていくためのリストです。
片方では、4つの文章で表現していたり、10項目を教師側と生徒側とのパターンで分けて
いたりしたものを、独断と偏見で各7項目の要素にまとめてみたものになります。

1.言語能力
□本が好きだ、本は私にとって大切である
□読んだり話したり書いたりするときに言葉が頭の中に聞こえてくる
□クロスワードパズルやことば遊びなど言葉を使ったゲームが好き
□英語や社会や歴史の方が、数学や理科よりも優しいと思った
□自分で書いた文章に満足出来たり、人から褒められたことがある
□会話に、それ以前に読んだことや聞いたことがしばしば登場する
□スペルが正確に書ける、外国語を学ぶことは簡単だった、得意である

2.論理的・数学的能力
□数学、理科は好きな科目だった
□暗算が得意だ
□もし?ならと仮定でモノを考えるのが好き
□パターンや規則性や構造を理解するのが好き。
□物事が測定、分類、分析されていると安心する
□抽象的な概念を考えたり、捉えたりすることが出来る、好きだ
□殆どの事柄には合理的な説明ができると思う

3.視覚・空間能力
□色に敏感、色彩が豊富な絵や本に興味を持つ
□目を閉じて明確な視覚イメージを持つことが出来る
□積木やパズルや迷路が好きだった
□夜見る夢のイメージは鮮明だ
□絵を描いたり、いたずら書きするのが好き
□地図や図表を読むのは、簡単で、得意だ
□芸術的な活動に興味がある、イメージで空想にふけるのが好き

4.身体・運動能力
□スポーツや何かの運動に日常的に取り組んでいる
□長い時間座っているのは苦手
□手を使って何かを作ったり分解するのが好き
□身体を動かしているときにアイデアが浮かぶ
□何か新しいスキルを得ると実践したくなる
□他の人のしぐさや身振りを真似する、ジェスチャーが大きめと言われたことがある
□運動神経が良い、又は手先が器用だ

5.音感能力
□音楽を良く聴く
□何か楽器を演奏できる
□カラオケや合唱など、歌うのが好き
□聞いたことがあるだけの曲でも大体歌える
□音程がズレているときにはすぐ分かる
□音楽は私の人生に欠くべからざる要素だ
□鼻歌やリズムを取ったりすることが好き

6.人間関係形成能力
□よく人の相談に乗ったり、アドバイスを求められる
□個人競技より団体競技の方に興味が惹かれる
□自分が知っていることを人に教えるのが好き
□3人以上、親友と呼べる人がいる
□仕事以外のコミュニティに常時所属している
□問題は一人で解決するより人に相談したい
□私はリーダー的存在だと思う、又は人にそう言われる

7.自己観察・管理能力
□内省したり、何かを一人で考える時間は大切だ
□自分の強みと弱みをある程度以上理解している
□自分のことを知るためにお金を使ったことがある
□自分を高められるような趣味や興味を持っている
□独立することについて真剣に考えたことがある
□日記や自分の人生についての考えを書き記すモノを持っている
□仕事や学びや生活について、マイルールや独自のスタイルを持っている

8.自然との共生能力
□キャンピング、登山ハイキング等、自然の中にいることが好き
□自然がこれ以上破壊されることを防ぎたいと思う
□自然に関する本や雑誌を読んだり、テレビを見たりするのが好き
□動物館や水族館など、自然の世界を学ぶことが出来る場所に行くのが好き
□家庭菜園、ガーデニング、キャンプ等、自然に関連する趣味を持っている
□人間と動植物の生態系との関連性ついて興味がある
□自然現象についての分類や構造に興味があり説明出来る

■具体的な学び方のパターン例

自分や相手の特性を理解した上で学習計画を立てていくという考えもありますが、
それぞれ相互に関連しているものでもあり、各要素のバランスを取っていく
という考え方も一つあります。

1.言語能力   ことばを使って
  本や物語を読む、音声や自分の声を録音し聞く
  日記を書く、自分の考えを英語で表現してみる
  ブレストなど語り合う機会を持つ
  文法や語源など言葉の意味内容を学ぶ

2.論理的・数学的能力    論理的に
  時間をカウントするなど数値化してみる
  パズル、ゲームを活用する、ゲーム化する
  状況を分析し、学習計画をつくる
  問いを通じて考える機会をつくる
  文章の因果関係を考えながら、英文を読む

3.視覚・空間能力     イメージや図で
  学ぶ内容を視覚化する、色や絵や図を活用する
  ベン図やチャートを描いて整理する
  映画を見る、絵本を読む
  具体的なイメージを浮かべながら英文を読む

4.身体・運動能力     身体的な感覚を使って
  身振手振りや身体を使って表現する工夫をする
  踊る、走る、跳ぶ、触る等、五感で感じる
  スポーツ、劇、触る、つくる、体験学習
  台詞や文章を読む際に身体も動かして表現する

5.音感能力  リズムやメロディーで
  歌を歌う、拍子を取る、替え歌で覚える
  音の強弱やリズムを感じながら聴く
  音の強弱やリズムを意識して音読する
  記憶力を高める音楽などをかける

6.人間関係形成能力    やり取りを通じて
  歓談、チャット等の話し合いなどの機会を持つ
  他の人の取り組み方を聞いてアイデアを活かす
  コーチをつける、徒弟関係を結んで取り組む
  ロールプレイイングで様々な役割を演じてみる
  学びの場に参加してみる、自ら機会をつくる

7.内省(自己観察・管理)能力  自己理解を生かして
  目的や自分の関心応じたカリキュラムを考える
  振り返りの時間を持つようにする
  日記を書く、感情を表す機会を持つ
  学習の動機や恐れとなっているものを理解する
  出来たことを認め、自尊感情を高める

8.自然との共生能力  自然や自然の中にあるものを通じて
  庭の手入れ、自然観察、動物を育てる
  屋外での活動、自然の中で感じる機会を持つ
  生物学的観点から、学びの対象を分析分類する
  動植物に触れたり博物館で感じたことを作文する

■どう取り組みたいかを考えるための質問

1.言語能力
どうしたら、話したり、書いたりする活動を取り込むことができますか?
2.論理的・数学的能力
どうしたら、数字や計算、論理、表や時間で分類したり、何故?を考えたり、問題解決を検討する活動を取り込むことができますか?
3.視覚・空間能力
どうしたら、視覚的な道具や絵やイラストなどを使って、多彩な色や芸術的な要素を取り込むことができますか?
4.身体・運動能力
どうしたら、身体の感覚を使ったり、身体で表現したり、触ったり、つくったりということができますか?
5.音感能力
どうしたら、自然界の音を取り込んだり、リズムやイントネーションやメロディに乗せて、学習に取り組むことができますか?
6.人間関係形成能力
どうしたら、話し合いやチャットのやりとりや、グループでの取り組み、想定したシュミレーションなどを活用してゆくことができますか?
7.自己観察・管理能力
どうしたら、感情を振り返りをしたり、感情を認識し表明したり、自分の生活とのつながりを言葉にすることができますか?
8.自然との共生能力
どのようにしたら、生き物や自然現象などの気づきやつながりを認識できる活動を取り込むことができますか?

(参考)MI理論以外の学習の切り口のご紹介

■指導法の7つの入り口
1.語りによる入口   ストーリーを語る
2.量的・数的入口  数量的観点から意味を見出す
3.論理的入口  演繹的に思考する、三段論法により概念化
4.根本的・実存的入口  根本的な部分に疑問を投げかける
5.美的入口  バランスや調和、構図に着目
6.体験的入口  何かを体験、操作、実験したりする
7.社会的入口  他者を観察してやり取りする

■外国語学習の言語適正
1.音声識別・符号化能力  言語を記憶する
2.文法的感受性  文法の規則を認識する
3.帰納的・言語分析能力  意味 文法の分析等

■学び方のスタイル
1.見たり、聞いたり、読んだりして学ぶタイプ
2.じっくり考えることによって学ぶタイプ
3.動いたり、実際に試してみることによって学ぶタイプ
4.フィーリングや感情、直感などを大切にする形で学ぶタイプ

以上、自分備忘録及び誰かの役に立てばと思い、投稿させていただきます。

【本投稿の参照書籍】
 

「マルチ能力が育む子どもの生きる力」トーマス・アームストロング著

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MI理論を活用した学習法を、教師側の視点を中心にかなり具体的に解説されている本です。

英語に特化していませんが、このMI理論について、教師側と子供側の両面からの視点から具体的な取り組みの方法が分かりやすく解説されている本です。



「MI理論を応用した新英語指導法」林桂子
https://amzn.to/2HbOtsU

MI理論を活用した英語指導法に特化して学術的に書かれている結構固めの本です。


以下、本ブログ投稿時点ではまだ未読なのですが、本間正人先生の最新刊の関連書籍と、
MI理論について書かれた関連書籍を紹介しておきます。

学習学に基づくコミュニケーション豊かな『外国活動授業のつくり方』
著者:本間正人、関戸冬彦、柳瀬真紀、中國達彬
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本間正人先生の令和元年時点の最新書籍であり、大学授業の最前線で活躍しているという関戸さんと柳瀬さんのお2人もEMSの場でも大変お世話になた人なのですが、文学と英語学習というテーマで論博(大学院に通わず論文の内容だけで博士号を取得)になった関戸冬彦さんと、学生が英語勉強好きになってしまう魔法がかけられる柳瀬真紀さんという、小学校以外の英語授業だけでなく大学の授業の話も書いてあるそうで、とても興味があります。

「自分の強みを見つけよう~「8つの知能」で未来を切り拓く」有賀三夏著 2018.8
https://amzn.to/2vUevvL

この本も読んでおきたいです。

 

以上また宜しくお願い申し上げます。