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1988年7月11日ールソーが説く国家とはー

国、あるいは国家とは、いったい、何だろうか。

紀元前400年ごろのギリシャの哲学者プラトン

(大きくなると、この人名はしばしばでてくる)以来、

多くの賢人たちが取り組んできたテーマである。


その一つ―

「土地に囲いをし〝これはオレのものだ"と宣言することを思いつき、

またそれを、そのまま信ずる、ごく単純な人がいることを

最初に見出したものが〝国家”の真の建設者」

18世紀のフランスの思想家が「人間不平等起源論」に出てくる言葉だ。

その思想家の名はルソー。


彼の書いた「民約論」は人間の自由と平等を論じた最初の本。

フランス革命の理論的根拠となり、明治時代の日本の若者の

心をひきつけた。

1778年7月2日に死す。66歳。



1988年7月9日ー加賀騒動ー

きょうから金沢へ行ってくる。帰りは、あすの夕方。

お母様をよろしく頼むよ。


金沢といえば加賀百万石。

江戸時代、もっとも、お金持ちの藩主、

前田家の居城のあるところとして有名だ。

いまの東京大学は前田家の江戸屋敷跡に建てられた。

赤門は、その門。三四郎池は、その庭園だった。

「加賀騒動」でも知られる。

六代目藩主吉徳の側室、真如院が自分の子を

百万石の殿様にしたいばかりに、

腹心を使って、まず吉徳を事故死に見せかけて殺し、

ついで七代目藩主を毒殺、八代目の毒殺に失敗して、

つかまり、死に追いやられる物語。

特に腹心の一人、女中の浅尾が「蛇責め」の刑にあう。

閉じ込められた穴に何千匹もの蛇が投げ込まれ、浅尾は口、鼻、肛門から

入りこんだ蛇に内蔵を食いちぎられるという残酷なもの。

歌舞伎にもなった。


1988年7月8日ー七夕ー

きのうは、七月七日にちなんで「不思議の国のアリス」のことを書いたが、

きょうは「七日」についてー。

なぜ「七夕」を「たなばた」と読むのだろう。

「たなばた祭り」は、中国に古くから伝わる織女(おりひめ)牽牛(けんぎゅう)の

悲恋の話と、日本の「織女祭り」とが結びついたもの。

その「織女祭り」は織女が衣を織って、それを供え、神様を迎えるお祭りだ。

ところが、大昔、はた織り機は、水上に突き出た棚の上に設けられていた。

だから、織女のことをこういう。

「棚機津女」(たなばたつめ)

棚で機を織る水上(津)の女という意味だろう。

そして、祭りが七月七日夕に行われることから「七夕」と書いて、「たなばた」と読む。

1988年7月7日ー不思議な国のアリスー

7日(たなばた)。

イングランドでも、そろそろ夏が始まろうとする1862年のこの日、

オックスフォード大学の数学の先生、ルイス・キャロルは、

先輩の娘三人を連れて、ピクニックに出かけた。

ここまで書くとわかるだろう。

このとき、次女アリスに即興に話して聞かせた物語が、

あの有名な童話のもとになった。

「不思議な国のアリス」


土手で眠ってしまったアリスが、夢の中でチョッキを着た

白ウサギを追ううちに、穴に落ち、地下の国でさまざまな不思議な経験をする。

児童文学や童話というのは、ともすれば教訓的になりがちだ。

そんなことを、いっさい抜きにして、子供が本当に望んでいることを

自由に書いたところに、この本が真の童話といわれる理由だ。

お父様も少し、口うるさすぎるかな。



2009年7月

偶然にもこの記事を書いた前日、私は息子にいつか見せようと

「不思議な国のアリス」のDVDを購入した。

幼い頃に、図書館で上映されていた

「不思議な国のアリス」は夢中になって見たことは今でも覚えている。

1988年7月6日ージュネーブ協約ー

人と人が殺しあう戦争に、ルールもくそもあるものかと思うだろうが、それがある。降伏した敵や捕虜(スパイは除く)は殺さない。病院船(負傷者を乗せた船)は攻撃しない。そして毒ガスなど化学兵器の使用も禁じられている。この法律をジュネーブ協約という。

でも実際は、しばしば、この約束はやぶられ、前の戦争では日本軍は毒ガスも使い、捕虜も殺した。アメリカも日本の病院船を撃沈した。ギリシャ・ローマ時代には敵軍の井戸に動物の死体を投げ込んで飲めなくし、アメリカも西部開拓時代には天然痘病院で使った毛布をインデアンに贈り物として私、病気を広げた。

いまもイラン・イラク戦争ではイラク側が堂々と毒ガスを使っている。もしイラクが負けたら、ジュネーブ協約違反で戦争犯罪人となるだろう。

しかし民間機撃墜を犯罪にする法律はない。今度の事件※をきっかけに作る必要がある。

※1988年7月3日の「イラン航空撃墜事件」 のこと

1988年7月5日ー冷戦時代ー

58年9月にソ連機が韓国の旅客機をサハリン(樺太からふと)の上空でアメリカの偵察機(ていさつき)と間違って打ち落としたと思ったら、今度はきのう(4月)、アメリカの軍艦がイランの旅客機をミサイルで誤って撃墜してしまった。

 アメリカがスペイスシャトルの打ち上げ失敗するとソ連では原子力発電所(チェルノブイリ)の大事故。世界の二大超大国は、敵対しながら、同じような、しかも、取り返しのつかない大失敗ばかりしている。

 どうなっているんだろう。二つの大国のヘマに他の国が巻きこまれるのはごめんだ。

 最近になって、アメリカとソ連は、ようやく、お互いに話し合うようになった。

 どちらも、余り大きすぎて、「大男、総身にチエはまわりかね」(大男に頭のいいのはいない)になってしまっている。

 二つの国が世界を支配する時代でなくなりつつあるのは確かのようだ。


※ソ連は1991年に崩壊し解体している。二つの国が世界を支配する時代は終わったが、2009年現在は、アメリカの金融危機が全世界に影響している。

1988年7月4日ー闇取引ー

いまは、洋服やその生地は、おカネさえあれば、いくらでも買える。

 けれども、戦争中は、そんなことできなかった。

 外国から輸入することができない(中国に同情して、日本には売ってくれなかった)ので、物は減る一方。

 昭和十三年六月二十九日、まず、綿製品が配給切符制になった。一人に、どれだけの生地と量が割り当てられ、しかも、政府がくれる切符がないと、布地も買えないのだ。

 しかし、欲しいのは人間の心理。切符なしに、問屋などから、高いカネを払って買うものが相ついだ。

 これを「闇取引(やみとりひき)」という。それ以来、「ヤミ」といえば、不正な方法で物を買ったり、売ったりすることをいうようになった。一番ひどかったのは「ヤミ米」。お父様が物を大事にするのは、そんな経験があるからだよ。

1988年7月3日ー金閣寺ー

 昭和二十五年七月二日午前三時、応永四年(一三九七年)に建設されて以来、応仁の乱(一四六七年~一四七七年)の兵火にも焼けず、黄金の輝きを、池に映しつづけてきた金閣寺は、二十二歳になる寺の徒弟(僧になるため修業している男)の放火で、ついに焼け落ちた。

 これを題材にして「金閣寺」という小説を書いたのが三島由紀夫だ。

 小説では、どもりのため、世間から除け者にされたと信じこみ、金閣寺に入った少年を犯人と設定。大人になるに従い金閣寺の美しさにつかれて、女をも愛せなくなったあげく、その金閣から逃れようと、ついに放火するというのが筋立てだ。

 芸術家、つまり三島の中にある狂気を見事に描いた傑作といわれている。三島自身も昭和四十五年、市ヶ谷の自衛隊で、放火ならぬ割腹(切腹)して自殺した。それが彼の「美」だった。


1988年7月2日ー半夏生と砂時計ー

きょうは半夏生(はんげしょう)。半夏といわれるドクダミの一種が生えるころ。この日に田植えもおわる。一年も半分が過ぎてしまった。

 ある新聞に面白いことが書いてあった。

 一年用の砂時計があれば、きのう一日が上下を入れ替える日だ。

 ところが、この一年用の砂時計を作ろうと懸命になっている人がいるそうだ。

仙台に住む三十八歳の印刷会社経営者。

いま日本で売られている、もっとも大きい砂時計は「1時間計」(一万七千円)だ。この人が、これまでに作った最大の砂時計は、「八時間計」だという。高さは九十㌢以上もある。

 すでに、「二十四時間計」も試作品ができ、つぎは「一年計」。これだと砂を入れるところが直径一㍍以上になる。西独のガラスメーカーに相談したら「一つの工場がいる」と、あきれられた。できたら、中にゴビ砂漠の砂を入れるつもりだ。


◎現在は「仁摩サンドミュージアム 」に一年計がある。

1988年7月1日ー神風ー

ヨーロッパのほとんどを侵略した元(蒙古)は、目を東に向け、日本に押し寄せた。だが文永十一年十月二十日、台風が襲い、元の大軍は船もろとも九州沖に沈んだ。

7年後、再び来襲。このときも台風のため全滅する。

弘安四年(一二八一年)七月一日のことだった。

以来、日本は神の国、敵が攻めてきても、神風が吹いてくれると人々は信じた。

先の大戦。残念ながら、ついに神風は吹かなかった。

そのかわり、神風特攻隊が飛行機に爆弾を積み、アメリカの軍艦に体当たりした。そして何千という若者が死んだ。

「カミカゼ」は「ハラキリ」とともに英語にもなった。しかし、その言葉には野蛮、無謀といった意味がこめられている。だから、乱暴な運転をするタクシーを「神風タクシー」と彼らはいう。