1988年6月30日ー条件反射「パブロフの犬」-
条件反射という言葉を知っているだろうか。
ソ連のパブロフという有名な学者が、犬の唾液(ツバのこと)の研究をしていたとき、
人の足音が近づくだけで、唾液が、たくさん出るのに気がついた。
足音は、飼い主が、エサを持ってくるためのものだと、習慣でわかっているので、
無意識のうちに、唾液が出るのだ。
そこでパブロフが、エサをやる前に必ずメトロノームを鳴らしたら、今度はメトロノームの音だけで
犬は唾液を出すようになった。
このように別の刺激でも、もとの刺激と同じ反応をすることを無条件反射という。
動物園のおサル電車は笛が鳴ると、無条件反射でハンドルを動かすようにサルを訓練したものだ。
けれども上野動物園のおサル電車は昭和46年6月30日打ち切られ、26年の歴史を閉じた。
理由は「クサリで長時間つなぎ、同じ動作をさせるのは動物虐待」。
わかる気がする。
1988年6月29日ー福井地震ー
昭和23年6月28日早朝・福井県で大地震があった。
死者3895人。翌日の新聞には、倒れた映画館の入り口付近で、下敷きになった人々が折り重なって
死んでいる写真が掲載され、人々はショックをうけた。
そのころ、お父様が住んでいた大阪でも、大きな余震が続き、何度も外に逃げ出した。
ところが、昼過ぎになっても、壁の土が、さらさらと落ち続けている。
最初は地震のためだと気にもとめなかった。
すると、2階から、弟(○おじさん、当時中学生)がどなる声が聞こえた
「ドロボーだ!」
急いであがってみると、押入れの天井から人の手がニョキリとでて、ものをとりかけていたそうだ。
壁の土の落ちる音は、隣から侵入するため壁をくり抜いている音だった。
ドロボーは地震のドサクサを利用したのだ。
1988年6月28日ー失われた大陸ー
「失われた大陸」といえば「アトランティス」を思い出す。地中海の入 り口の近い大西洋にあり、
非常に栄えていたが、紀元前1万年以上も前に、こつ然として、海の下に消えた。
このほかに、太平洋には「ムー」、インド洋には「レムリア」という「失われた大陸」があると
いわれる。
最近、南極近くのアフリカ側の南インド洋で、また新しい「失われた大陸」らしいものが発見された。
アルゼンチンと同じほどの面積があり、165万年に海中に沈んだものらしい。
恐竜の化石や石灰の採取に成功。ほぼ、その大陸に間違いないという。
大陸移動時代にインドとアフリカが離れていったとき、2つの大陸が取り残され、
そしてついに海に没したというのが学者の説だ。
日本もいつかは、「失われた島」になるだろう。
1988年6月27日ー大阪城の最初の天守閣発見ー
大阪城のある場所には、昔、石山本願寺があった。のち織田信長のものとなり、
その後、豊臣秀吉が、本格的な城を建てた。
夏の陣で落城、天守閣も焼け落ちたが、徳川秀忠が直ちに再建、その後、度々、火事で焼け、
現在の天守閣は昭和6年に、つくられた鉄筋コンクリート建築だ。
このほど、豊臣秀吉の建てた、最初の天守閣の一部がみつかったそうだ。
いまの天守閣の北東百㍍のところ。
当時は高さ43㍍しかなかった。現在の58㍍より、15㍍も低い。ビルの高さにして4・5階分だ。
けれども、当時としては、日本一の大きさだったことはいうまでもない。
「幻の名城」ともいわれる。
城を設計したのは、そのころの法隆寺の宮大工だった中井正吉。
きっとすばらしいものだったにちがいない。
1988年6月26日ーUFOー
「UFO」
Unidetified Flying Object(アンアイデンテファイド・フライング・オブジェクト)の略。
難しくいうと「未確認飛行物体」。つまり、はっきりしない空飛ぶ物体ということだ。
普通、「空飛ぶ円盤」といわれる。
アメリカの実業家、ケニス・アーノルドが自家用機でカスケード山脈(アメリカの太平洋岸のカナダ
に近いところにある)の上を飛んでいると、コーヒー・カップの受け皿のような不思議なものが
飛んでいるのをみつけた。
1947年6月24日のことだった。
人間が初めて「見た」円盤だ。
まだ、人工衛星も、人間は打ち上げていなかった。
当然、人々は宇宙人のつくった宇宙船だと思った。
その後、数え切れないほどのUFOが世界中で「目撃」されているけれども、いずれも
確認されていない。そのころは、こう呼ばれた。ー“空飛ぶ皿”。
1988年6月25日ーカスター将軍ー
西部劇の中で、お父様が、一番感動し、胸がすく思いをするのは、
カスター将軍にひきいられたアメリカ騎兵隊の全滅の場面だ。
カスター将軍は南北戦争でも猛将で知られていた。戦争が終わって、西部のインディアン討伐の
指揮官になってからも、インディアンを情容赦なく殺していた。
だが、1876年6月25日。リトル・ビッグ・ホーンで、4000人のインディアンに囲まれ、
将軍の指揮する第7騎兵隊とともに皆殺しされてしまった。
インディアンが団結して、敵討ちしたのだ。
アメリカでは、いまも、カスターを英雄として奉る人は少なくない。
しかし、野蛮で向こう見ずで、作戦を知らない最低の指揮官としてみるアメリカ人も多い。
あの戦いも、無謀だといって、多くの部下が止めたといわれる。こういう軍人のために
日本でもたくさんの人が死んでいった。
1988年6月23日ー壬申の乱ー
「関が原」といえば、頭に浮かぶのは、豊臣側と徳川側とが争った、あの天下分け目の戦いだろう。
ところが、その928年前にも、ここで、天下分け目の戦いが行われている。
天智天皇の晩年、弟の大海人皇子(おおあまおうじ)と天皇の子の大友皇子とが、だれが天皇になるかで、
はげしく争った。オジとオイとの戦いだ。
結局、天皇にきらわれていた大海人皇子は身を引き、大友皇子が弘文天皇になった。
しかし、その後も、こぜり合いが続き、ついに672年の6月22日、大海人皇子は立ち上がり、関が原で合戦、
大友皇子軍を一方的に破ってしまったんだ。
大友皇子、つまり弘文天皇は自殺、大海人皇子が天武天皇になる。
これを、壬申の乱(じんしんのらん)という。関ヶ原を流れる小川は「黒血川」と呼ばれる。壬申の乱で
川の水が血でそまったからだ。天皇もいつも骨肉の争いをしていたんだね。
1988年6月22日ー梅雨ー
梅雨に入ったのに、晴れたり降ったり。
だれかが、これを、「梅雨のずる休み」といっていた。
「タヌキ顔とキツネ顔」「ショーユ顔とソース顔」というように、人間は、物事を対照的に2つに分けてみるのが好きだ。
「梅雨」にも二種類ある。
ドカッと降って、カラリと晴れるのが「陽性梅雨」。
シトシトと降りつづくのが「陰性梅雨」。
これを「男梅雨」「女梅雨」ともいう。
男梅雨は西日本と東日本でも梅雨のおわりごろに多い。
どうも、いまでは、○○○ちゃんらを見ていると、逆じゃないかと思う。
「女梅雨」の方が、はげしいのではないだろうか。
そして、最近のように、はっきりしない梅雨の方が「男梅雨」にふさわしい。
1988年6月21日ー西岡由恵ー
ソウル。オリンピックの日本の水泳選手のなかに、中学2年生の女の子がいる。
西岡由恵(にしおか・よしえ)、13歳。
大阪の樟蔭中学 生。
百㍍、二百㍍平泳ぎで、これまで負け知らずだった長崎宏子を破り、
二百㍍の個人メドレーでは日本新記録をつくった。
水泳を始めたのは二歳半から。
持病のぜん息を治すためだったという。
身長171センチ、57キロというから、ちょうどお父様と同じ体格だ。
この1年間で、身長で10センチ、体重で8キロふえた。
中学2年といえば、○○○ちゃんとたった一年違い。
もうオリンピックに出られる年ごろになったんだね。
○○○ちゃんは、水泳は資質があると思う。
夏の練習は、がんばるんだね。

