住吉大社北側の道を探る 2024年12月5日(木)

 

 今日は、車の定期点検です。娘がトヨタへ持っていってくれました。朝のブログアップと昨日の悠遊探路を仕上げてから、英語の本読みを30分ほどしました。英語の本読みは、アメリカの5年生の理科教科書を読んでいます。日本の教科書と違って、分厚く、文字でしっかり説明がされています。内容もとても詳しいので、読み応えのある教科書です。日本の理科教育と比べて高度なので、小学校でこの教科書の内容を全て理解させながら学習を進めるのは大変だなと思います。自分も早く、5年理科を終えて、6年に進みたいと思っています。5年生の教科書は、あと90頁ほどです。一日5頁ずつ読み進めると、18日分です。うまくいくと、年末までに5年教科書を読み終える事ができそうです。目標を持って、頑張ろうと思います。

 

 探路295 中百舌鳥駅~長居~住吉大社~北畠駅 今日は、住吉大社へと歩きました。長居までは北へと歩き、長居からは西へと進み、住吉街道を通りました。住吉大社では、七五三の神事の受付と、お参りの後、家族で写真を撮る場所が設置されていました。

 住吉大社からは北へと歩きました。住吉大社は、上町台地の下側にあります。閻魔地蔵尊がお祭りされている7つ辻の中から、一番細くて坂を上がっている道へと入りました。これで上町台地の上に上がりました。上町台地の上側の住吉区第738号線と言われる道を北へと歩きました。昔からの古道の雰囲気のある道です。南港通と交差してさらに北へと進んだのですが、また、上町台地を下ってしまいました。そこで、再び坂を上がって、上町台地上の神社通に出て阿部野神社へと北上しました。この道も、古代からの道のようです。阿部野神社は、以前にお参りしているので、手前で東へと曲がり、阪堺線の北畠駅へと出て、電車に乗りました。

 今日は、住吉大社の北側の、古くからの歴史ある道に出会って収穫のある探路となりました。上町台地の崖を数度登り降りして、大阪の町の中に、かなりの坂があることを再確認できました。天王寺七坂、阿倍野七坂とあり、住吉七坂?もあってもいいなあと思いました。

今日のルートは、中百舌鳥➔長居➔住吉大社➔閻魔地蔵尊➔阿部野神社➔北畠駅

植物は、ヤマボウシ、ハギ、の写真を撮りました。

 

 仮想研762 小中理数の学力国際調査 TIMSS2023調査の世界順位が新聞に出ていました。

 理科小学4年は、①シンガポール、②韓国、③台湾、④トルコ、⑤イングランド、⑥日本、

 理科中学2年は、①シンガポール、②台湾、③日本、④韓国、⑤イングランド

 算数小学4年は、①シンガポール、②台湾、③韓国、④香港、⑤日本、

 数学中学2年は、①シンガポール、②台湾、③韓国、④日本、⑤香港、

と言うような結果でした。ネットで、考察を調べてみました。

 「2023年に実施された国際教育到達度評価学会(IEA)のTIMSS2023の結果が、2024年12月4日発表された。算数・数学の成績は前回調査(2019年)と比較して有意な変化はなく、高水準を維持している。一方で、理科の成績は小中学生ともに前回と比べ有意に低下していることが明らかになった。また、調査結果からは、算数・数学、理科への興味・関心が男子の方が女子より高いことがうかがえる。また、児童生徒がICTを活用する自信があるほど平均得点が高い傾向が見られ、日本の児童生徒の自信は国際平均と同程度であることがわかった。なお、文部科学省は、GIGAスクール構想の推進を通じ、1人1台端末の整備を進めているが、ICTを活用した学習の改善に取り組む教師の指導を受けている児童生徒の割合は国際平均より低い点も浮き彫りとなった。」(リセマム)

 小学校算数4年では、①シンガポール、②台湾、③韓国、④香港、⑤日本、とあり、特殊な国、地域が、上位を占めているなと思いました。日本は、理数学力の国際調査では上位であるけれど、国際的な経済発展、科学力、AI関連の企業などは、全く世界から遅れをとってしまっています。さらに、大学の国際比較は、世界上位100校に入る大学が殆どないということなので、高校、大学教育が、うまく出来ていないということなのでしょう。最近、インド、中国、アメリカ、そして、ヨーロッパ諸国、すごい勢いで大学での研究が進んでいるらしく、このTIMSS2023の子ども達の学力の国際比較で一喜一憂している場合ではないのでしょう。

 

 

 

  紅葉の綺麗な二上山に登る 2024年12月4日(水)

 

 今日は水曜日。道の駅しらとりへ行く日です。道の駅しらとりへ行く前に、二上山を歩きに行きました。

 朝から、ブログアップをして、昨日の悠遊探路を仕上げて、その後、公園の掃除と、こぎつね研究室のメダカ鉢の水替えをしました。メダカは、玄関内に二つの水槽、庭ではメダカ鉢と火鉢で飼っています。火鉢の方のメダカの水は殆ど緑色にならないのですが、メダカ鉢の水は、緑色になっていきます。今日は、メダカ鉢のメダカの水を替えました。朝からバケツに水を取り置きして、午後から、メダカを移動させて、メダカ鉢の水を捨ててブラシで綺麗に洗って、すっきり綺麗にしました。メダカは、喜んでいるのか嫌がっているのか分からないのですが、見ている側は、水が綺麗な方がいいです。町の中を歩いている時、焼き鳥屋のお店の前でメダカを飼っているのを見かけるのですが、やはり水は綺麗な方が気持ちいいです。

 

 探路294 二上山に登る 今日は、道の駅しらとりへ行く前に、竹内峠の駐車場に車を停めて、1時間ほど山歩きをしました。駐車場も直ぐに停めることができました。山を歩いている人も、それほど多くありませんでした。山は、今が一番綺麗な紅葉の時期なのですが、少し寒くなってきているので歩いている人が減ってきています。前回、二上山を歩いたのが11月13日なので、20日ぶりでした。毎週1回は、山歩きをしなければと思うのですが、なかなか実行できていません。この二上山ぐらいの山歩きは、家でちまちまスクワット運動をしているよりずっと筋トレになります。これから寒くなり、さらに人が減ってくるので、しばらくの間、週一で歩きに行こうと思います。車のタイヤは、スタッドレスタイヤではないので、雪が降ったりする前までしか行く事ができません。

 同じ山に続けていくと、前回歩いた時よりも、しんどくなる度合いが軽減していくのが感じられます。前回到着した場所よりも、もう少し上まで登ることができます。トレーニングは必要だなと思います。二上山は、適度に人が歩いているので、女性の一人登山の人もよく見かけます。また、高齢者の人も、多く歩いています。少しハードなお散歩感覚で歩けるので、いいなと思います。

鳥は、エナガ、の写真を撮ることができました。

植物は、サザンカ、ツバキ、タンキリマメ、フユイチゴ、などの写真を撮りました。

 

 仮想研761 二上山について かつて大学生の頃、二上山周辺の火山岩の調査をして卒論を書いています。最近は、トレーニング歩きで二上山に登っているのですが、その地質について、今一度、ネットで情報を調べてみました。

 「二上山は,昔は火山でした.二上山及びその周辺には,中新統の火山岩類が分布していることから,二上山は昔の火山であったと考えられています.その活動は,中新世後期にまず流紋岩などの酸性岩の活動に始まり,黒雲母安山岩・角閃石安山岩を引き続いて噴出し,特異な讃岐岩(サヌカイト)の噴出で終わっています.雌岳およびその東部には流紋岩溶岩や流紋岩質岩脈が存在していることから,当時の火口 に近いと思われますが,現在では表面がどんどん削剥されて、芯の部分だけが残っているということになります.二上山の活動時期は放射年代測定から約1400万年前と推定されています.火山の寿命はせいぜい100万年くらいと見なされますので,二上火山は死火山で,将来噴火する可能性は全くありません.二上山西方の屯鶴峯公園には二上山から噴出したと考えられる火砕流堆積物が公園一帯に広く露出しています.1991年~95年の雲仙普賢岳と同じような火砕流がかつて発生したことになります.」(日本火山学会)

 懐かしい言葉、岩石名ばかりです。

 

  健康生活を続けるようにしている 2024年12月3日(火)

 

 昨日は紀ノ川沿いを10㎞歩いたのですが、体調はとてもいいです。やはり10㎞程度で終えているのがよいようです。20㎞、25㎞と、一日で歩けないこともないのですが、無理をすると、数日間歩けなくなります。腰や膝にも良くありません。年をとってくると、一度痛めてしまうと元に戻らなくなるので、気を付けなければいけません。

 家では、筋トレを毎日少しずつしています。無理のない回数の、腕立てや腹筋運動やスクワットです。ボディービルダーを目指しているわけでもなく、ウォーキングの時、膝や腰を痛めてしまわないために、少し筋肉を付けることを目指しています。例えば、腕立ては、15回を2セットします。一ヶ月間続けてきて、次第に、楽にこなせるようになってきています。前日、できていない日があると、翌日に前日分も腕立てをして、頑張り表に○を付けることもできます。まだ、回数を15回から20回に増やすことはしていません。あと一ヶ月このまま続けて、余裕が出てくると、20回を2セットしようと思います。

 半年程前、背筋、腹筋力が全く無いことに気づき、背筋腹筋を鍛える運動を取り入れています。寝ている体勢から起き上がる時、サッと難なく起き上がることが出来るようになってきました。座っている姿勢も、背筋を伸ばして座っている時間が長くなりました。寝たきりになるというのは、寝床から起き上がれない、座っていられなくなることだと思うので、常に運動は大切です。テニスなどの、全身運動をしていないので、歩く運動だけでなく、毎日少しずつの筋トレは大切だと考えます。

 

 探路293 中百舌鳥駅~天王寺駅 昨日紀ノ川沿いを10㎞歩いたのですが、今日も10㎞歩こうと、天王寺駅までのトレーニングコース(歩き慣れた道)を歩きました。昨日と同じように気温が18度ぐらいまで上がっているので、上の服は1枚で歩くことができました。いつもの道なので、あまり植物などの写真も撮らないで、歩くことに集中して進みました。

植物は、タネツケバナ、ユキヤナギ、ヒイラギ、ヤブガラシ、ハナカタバミ、トウカエデ、アベリア、ヤマボウシ、コムラサキ、などの写真を撮りました。

虫は、キチョウ、を撮りました。

 

 仮想研760 今日も筆文字の練習 筆文字の練習が続いています。週に3~4日、筆を持つことができるといいなと思っています。本棚に、かつて書を習っていた頃の会誌がたくさん(おそらく100冊程度)あります。そこから1年分12冊を取り出していて、1月号から順番に、使っていくようにしています。一冊の会誌は、①筆ペンで小筆書きの練習、②大筆で画仙紙に練習、③小筆で仮名・手紙手本の練習と、3回使います。仮名のくずし文字は、手本の中に楷書文字を横にペン書きして、どんな文字を書いているのかが分かるようにしています。

 筆文字練習も続けていると、少し筆使いに慣れてきました。かつて、学生の頃に習っていた腕前までには、戻ってきているように思います。これから10年続けていくと、確実にうまくなっていくと思います。何よりも、今は、自分で考えて、工夫して、練習をしています。お手本を先生から頂いて、ひたすら書き写すだけの練習ではないので、楽しいです。

 

  大谷駅~学文路駅の10㎞を歩く 2024年12月2日(月)

 

 今日は月曜日。手帳のウイークリー頁の始まりの日です。あと見開き4枚で、今年は終わります。充実した年末の生活を過ごして、そのまま、新年の生活へと繋ぎたいと思います。そこで、月曜日の今日は、少し遠出をすることにします。家から歩き始める場合や、大阪市内の場合は、前日の準備をしなくても、歩きながらコースを考えることができます。かなり歩き尽くしているので、どこを歩いてもほぼ迷うことはありません。しかし、電車に乗って、遠くへと歩きに行く場合は、かなり気合いと準備が必要です。出かけるためには、前日から準備をします。地図を印刷する、地図を何度も見て道を覚える、行きの電車の最適の乗り継ぎを調べる、帰りに乗る駅の時刻表(1時間に2本しかない)を印刷する、などに手間をかけます。登山に行くわけではないのですが、全く初めての駅から歩き始めて、初めての道を歩く場合は、準備が大切です。準備をしっかりしていると、計画通り歩くことができます。殆ど人と出会わない10㎞、2時間30分のコースに、安心して出かけることができます。本当は、もう少し長い距離も歩くこともできるのですが、毎日歩きに出かけるためには、10㎞程度にしておくことが大切だなと考えています。

 今日は、電車の乗り継ぎも完璧だったので、9時20分に家を出発して、2時30分には家に帰ってきました。そうすると、家に帰ってから、写真の整理をしたり、いつも家でしている、筆文字の練習をしたり、英語の本読みもできます。家の毎日担当している用事も、こなすことができます。日常の生活を大事にしながら、歩き続けるように、そしてたまには遠出をするようにしようと考えています。

 

 探路292 大谷駅(和歌山線)~学文路駅(南海高野線)(10㎞) 今日は、中百舌鳥駅(9時39分)から橋本駅まで南海高野線で行き、橋本でJR和歌山線に乗り換えて大谷駅(11時)まで行きました。大谷駅は、無人駅です。単線なので、線路の横に乗り降りするプラットフォームがあるだけで、他には駅らしい設備は何もありません。乗り降りの手続きはバスのように、車内で行います。乗っている人は少しいたのですが、大谷駅で降りる人は、自分以外だれもいませんでした。電車が行ってしまった後、さて、どうしようかと少し不安になりましたが、太陽が輝いている南へ向かって、細い道を歩き始めました。地図は夕べしっかり覚えていたのですが、スマホのグーグルマップで現在地を確認しながら歩きます。暫く歩くと紀ノ川に出ました。かつらぎ橋を渡り、そこから紀ノ川の南側堤防沿いの道を東へと進みました。堤防沿いの道は、場所によっては草が茂って歩けない場合もあるのですが、このかつらぎ橋から東へと続く道は、草刈りも終わっていて、最高に歩きやすい道でした。途中から堤防の道がなくなり、かつての街道のような道を通り、さらにかき畑、みかん畑の間の道を通り、できるだけ車道を歩かないようにして、九度山駅へと進みました。九度山駅近くで時刻表を確かめると、電車を40分も待たなければいけないことが分かり、あと一駅、学文路駅まで歩きました。学文路駅では、ちょうど1時19分発の電車の、5分前に到着し、待ち時間無しで、乗り込むことができました。今日は、大谷駅から学文路駅まで、ほぼ人と出会うことがありませんでした。比叡山の千日回峰行のようだなと、少し思いました。

今日の歩いたコースは、大谷駅➔大谷神社➔かつらぎ橋(紀ノ川を渡る)➔三谷橋(見ただけで渡らない)➔かき畑➔慈尊院➔九度山道の駅➔真田ミュージアム➔学文路駅の10㎞でした。

植物は、カタバミ、ハルノノゲシ、カラスウリ、ネリネなどの写真です。

鳥は、ケリの写真を撮りました。トンビが、ピーヒョロヒョロ、と鳴いていました。

虫は、アキアカネ?、の写真を撮りました。

 

 仮想研759 和歌山線について 最近、吉野川・紀ノ川沿いを歩いています。和歌山線を時々使っているので、和歌山線について、ネットで情報を調べてみました。

 「和歌山線は、関西本線の王寺駅を起点にして、紀の川(吉野川)沿いに和歌山駅に至る87.5kmの路線である。この内、和歌山県下の隅田駅~和歌山駅間の沿革は次のとおりである。 隅田駅~紀和駅(開業当時の駅名は和歌山駅)間46.4kmの鉄道は、当時の紀和鉄道により明治31年~33年にかけて順次開通した。 開通当初は、田井ノ瀬駅~和歌山駅(当時の駅名は東和歌山駅)を連絡するルートはなく、昭和38年に貨物支線として開通したが、多くの列車が東和歌山駅発着となったため、和歌山駅の機能が失われ、昭和43年には、当時の東和歌山駅が和歌山駅に、和歌山駅は紀和駅に改称された。その後、田井ノ瀬駅~和歌山駅間4.6kmは、昭和47年3月15日より旅客営業を開始し、昭和49年に田井ノ瀬駅~紀和駅間4.5kmが廃止され、現在に至っている。 また、急行列車の「しらはま」、「紀ノ川」等が運行された時代もあったが、現在は全ての優等列車は廃止された。」

 土地勘がないので、地名がよく分からないのですが、今後、和歌山周辺を歩き始めると、少し分かってくるかもしれないなと思います。電車の本数が少ないので、しっかり時刻表を調べておかないと、待ち時間が1時間になってしまいます。

 

  毎日1万歩は鹿児島~稚内を歩くことになる 2024年12月1日(日)

 

 今日から12月です。あと30日で今年は終わります。一年間で300回フィールドワークに出かける目標は、残り10回で探路300が達成出来るのが見えてきました。以前の年間のフィールドワークに出かけた日数は、2021年度は199回(55%)、2022年度は241回(66%)、2023年度は280回(77%)でした。目標を持つと、確実によく歩けていることが分かります。今年2024年は、320回ぐらいまで歩けそうなので、頑張ろうと思います。

 今日は、北区一斉清掃の日です。この地域の前会長だったので、サボることはできません。9時に連合自治会館の前庭に集まって、分担された地域の掃除をしました。今回は、自分の地域から少し離れた公道沿いが分担されていて、そこは公園沿いの道です。その公園の周辺は大きなマンション街で、公園掃除を、マンションの自治会や子ども会でしていません。歩道沿いにも草が生えていて、今回は、歩道沿いの草を出来る範囲で抜くことにしました。草が生えていると、落ち葉が集まり、さらにゴミも集まっています。こんな所から、町が汚くなっていくのだなと思いました。30分ぐらいで終えるつもりが、結局1時間ほどかけてしまいました。

 

 探路291 中百舌鳥駅~大仙公園~百舌鳥駅 今日は良い天気なので、少し前から歩き始めている吉野~和歌山の、吉野川・紀ノ川沿い歩きに出かけたかったのですが、地域の一斉清掃で1時間も草取りをして疲れてしまったので、いつもの古墳沿いのカモ達を見に行くことにしました。大仙公園では、日本庭園に立ち寄って、モミジの紅葉を見ました。多くの人が来ていました。 

 大仙公園の真ん中にある池は、どら池と言うようです。今日はそこで、ヨットの模型を持ち寄って、なにか大会をしているようです。風も適当にあり、ヨットの模型は帆を使って(?)、コースを走っているようでした。少し前は、大泉緑地で1000人ロックの人達の集まりがあり、今日は模型のヨットです。人は、いろいろな趣味で繋がっているのだなと思いました。

鳥は、ヨシガモ、ハシビロガモ、ヒドリガモ、カルガモ、オオバン、ダイサギ、アオサギ、の写真を撮りました。

植物は、イロハモミジ、ケヤキ、サザンカ、コウテイダリア、アリストロキアギガンティア、ゴクラクチョウカ、イタドリ、フヨウカタバミ、の写真です。

虫は、ウラナミシジミの写真を撮りました。

 こぎつね研究室では、アゲハが羽化しました。橿原昆虫館の放蝶室に連れて行くことにしました。

 

 仮想研758 毎月の歩数の平均 昨日で、11月が終わりました。いつものように、一ヶ月の平均歩数の計算をしました。2024年の6月10310歩、7月8244歩、8月10047歩、9月9241歩、10月11458歩、11月11257歩、でした。平均すると、だいたい1万歩前後、毎日歩いていると言えます。また、11月の最近3年間は、2022年は9124歩、2023年は11725歩、2024年は11257歩、でした。極端に増えているわけではなく、毎日平均1万歩を歩いています。10年日記への記録を始めて3年目ですが、毎年の手帳ではなく、10年日記一冊に記録を書いていると、いろいろなことが分かります。10年日記はすごいです。

 毎日平均一万歩を歩いているとすると、一万歩は7㎞ほどなので、一ヶ月で213㎞、年間では2555㎞を歩きます。グーグルマップ調べると、鹿児島駅~稚内駅間を歩くと2433㎞なので、毎年日本縦断をしていることになります。あともう一冊、10年日記を書くことができて、毎日歩き続けると、地球一周4万㎞を歩くことになるのではないかと考えます。元気に歩き続けているかなあ。

 

  眼鏡レンズが出来たので入れてもらった 2024年11月30日(土)

 

 2週間程前に眼鏡のフレームが壊れて、眼鏡を作り直すために堺市駅近くの眼鏡店に行きました。レンズは割れたわけではないのですが、10年以上使っているレンズなので、傷が付いていたり、表面のコーティングも部分的に剥がれたりしています。視力も少し悪くなっているので、フレームを交換するついでに、レンズも作り直しました。昨日、眼鏡店から、レンズが出来たのでご来店下さいと電話が入ったので、今日は、出かけて行くことにします。

 

 探路290 家~眼鏡店~三国ヶ丘駅(4㎞) 今日は堺市駅近くの眼鏡店に行き、眼鏡フレームにレンズを入れてもらいます。お店でしばらく時間がかかりそうです。朝からのウォーキングとして行くことにします。家から歩いて長曽根新池でカモを見ました。望遠レンズを付けたカメラを持たないで歩いたので、遠くからの写真になったのですが、多分、キンクロハジロが数羽いることが分かりました。餌をもらっているのか、岸に立っていると少しずつ近づいてくれるので、写真を撮ることができました。

 眼鏡店で新しい眼鏡のレンズを入れてもらうと、少し地面が傾いて見えます。家でも、机の上のお皿が傾いているように見えました。明日になると、違和感はなくなると思います。

鳥は、キンクロハジロ、の写真です。

植物は、サザンカ、ナンテン、ヒイラギ、の写真を撮りました。

 

 仮想研757 ヒイラギモクセイについて 今日は、ヒイラギモクセイについて、ネットで情報を調べてみました。ヒイラギ、ギンモクセイ、ヒイラギモクセイと、よく似ているので、その違いを調べます。

 「香りは弱いけれどキンモクセイやギンモクセイに似ています。そもそも『ヒイラギ、ギンモクセイ、ヒイラギモクセイの違いって何?』園内のスタッフの間でも意見が分かれてしまいました。どれもモクセイ科モクセイ属。雌雄異株。秋に白い花を咲かせるし、本当によく似ています。

花の時期が若干違うようです。そして、葉の形状に特徴があるようです。

 【ヒイラギ】・・・・・・尖った葉と丸みのある全縁の葉が半分半分くらい。

 【ギンモクセイ】・・・・葉のギザギザはノコギリ状でトゲが小さめです。触っても多少チクチク感があるくらい。

 【ヒイラギモクセイ】・・・葉の縁は鋭く尖った(荒々しい)トゲがあり、まるでノコギリ歯です。トゲトゲで触ると痛い。」(長浜公園)

 「ヒイラギとヒイラギモクセイは、葉や花、果実などに違いがあります。

 葉:ヒイラギの葉は厚く硬く、鋸歯の数は少ないですが先端は鋭く尖っています。ヒイラギモクセイの葉は厚くて硬く、縁に粗い鋸歯があり先端はとげになっています。

 花:ヒイラギモクセイの花はギンモクセイの性質が強く出ているようで、花弁は反り返りません。

果実:ヒイラギの果実は翌年の夏に熟し、長さ15mmほどの楕円体で黒紫色になります。ヒイラギモクセイには果実はできません。

 開花期:ヒイラギモクセイは10月から11月のはじめに咲き、ヒイラギの開花期よりも数週間早いです。

 ヒイラギモクセイはギンモクセイとヒイラギの雑種で、葉の形や大きさはキンモクセイに似ていますが、葉の周辺が棘になっている性質はヒイラギから受け継いでいます」(グーグルAIによるまとめ)

 

  探路(ウォーキング)の記録について 2024年11月29日(金)

 

 今日は大阪市立中央図書館へ行く日です。朝から雨が降り、雷も鳴っていました。9時頃になり、雨も上がってきたので、今日は地下鉄で西長堀駅まで行くことにして、図書館で本を借りてから大阪市内を歩きました。

 最近、1月からのこの悠遊探路の記録で変更する点について考えています。今日は、探路の記録の書き方について、一つ思いつきました。これまでは、「家~○○」のような記録をしていたのですが、家は中百舌鳥駅に近いので、例えば、「家~上野芝駅」と書くよりも、「中百舌鳥駅~上野芝駅」と書き、全ての記録を「駅~駅の記録」にしようと考えました。そして、歩いたルートの距離をグーグルマップで調べて、距離数も書きます。そうすると、後々、一覧表にまとめてみると、駅~駅のウォーキング用のガイドブックができるかも、と思いました。

 

 探路289 西長堀駅~玉造駅(4.2㎞) 今日は、朝から雨が降っていたので、地下鉄で大阪市立中央図書館へ行きました。図書館で本を借りてから、西長堀駅から真っ直ぐ東へと歩きました。西長堀駅、心斎橋大丸百貨店、空堀商店街、三光神社、JR玉造駅です。この4㎞ほどの道を歩きながら、人生の栄枯盛衰を感じました。今は丁度、紅葉が綺麗な時期です。街路樹や公園の落葉樹は、黄色や赤色に紅葉しています。

 今日は、春に咲くキュウリグサがたくさん咲いているのに驚きました。

植物は、ソヨゴ、イチョウ、イヌビワ、トベラ、キュウリグサ、などの写真を撮りました。

図書館では、次の4冊を借りました。

①堤未果『デジタル・ファシズム』NHK出版新書2021

②ひろゆき(西村博之)『ひろゆきのシン・未来予測』マガジンハウス2021

③鎌田紀子『カルタに書く小倉百人一首』木耳社2010

④芸術新聞社編『書家130人の年賀状』芸術新聞社2007

 

 仮想研756 大阪七福神めぐり 三光神社には、「大阪七福神めぐり」の案内がありました。

 ①三光神社(寿老神)➔1.5㎞、②長久寺(福禄寿)➔1㎞、③法案寺(辨財天)➔1㎞、④宝満寺(毘沙門天)➔1㎞、⑤大國主神社(日出大黒神)➔0.7㎞、⑥今宮戎神社(えびす大神)➔1㎞、⑦四天王寺布袋堂(布袋尊)、です。

 この順番に行ったわけではないのですが、「大阪七福神めぐり」の全ての場所は訪問できています。ここでは、七福神について、ネットで情報を調べてみました。 

 「七福神めぐりは、江戸時代に江戸っ子達のあいだで正月行事として流行りはじめたといいます。それが全国に広がり、現在では七福神めぐりが全国で300ヵ所以上あるといわれています。たとえば七福神めぐりの発祥の地とされる東京の有名どころをあげてみると、都内最古の谷中七福神をはじめ、由緒ある寺社の元祖山手七福神、今に残る江戸の風情がうかがえる浅草名所七福神をはじめ深川、柴又、亀戸、日本橋と多数の七福神めぐりがあります。これだけ多くの地方や地域で七福神めぐりがあるのは、それだけ多くの人達からの人気を集めていたといえるでしょう。

 さて、これだけ多くの支持を集める七福神とはどういう神様達で、どういうご利益があるのでしょうか。また七福神とはそもそもどういう神様達なのか、簡単におさらいしていきましょう。七福神への信仰は室町時代から生まれたと考えられています。当時人気のあった福徳の神様を集めたもので、古代中国の竹林の七賢に倣ったとも、仏典にある七難即滅、七福即生(7つの災難がすぐに消滅して、7つの福がすぐに生まれるという意味)が由来になったともいわれています。神様の数が多かったりするなど最初から今あるような七福神の形ではなかったようですが、七福神めぐりの始まる江戸時代には現在の七福神の形に落ち着いていたようです。

 それでは次に、七福神のそれぞれの名前と由来やご利益をあげていきましょう。まず恵比寿天は、蛭子尊もしくは事代主(ことしろぬし)とされています。漁業や商売繁盛の神様で、福財を授けてくれるとされています。大黒天はヒンドゥー教のシヴァ神の別名のマハーカーラです。台所の神、五穀豊穣の神様で豊作、商売繁盛、出世開運がご利益です。毘沙門天も同じくインドのヒンドゥー教のヴァイシュラバナという神様で金運UPがご利益といわれています。弁才天も同じくサラスヴァティーという元はインドの水の女神です。ご利益は金運が主なようです。七福神の残りの神様は中国からです。寿老人と福禄寿は道教に出てくる神様で、長寿などがご利益です。最後の布袋尊は中国に実際にいた禅宗のお坊さんで家運などがご利益です。

 まだ近代化していない古い時代の日本にとっては、世界とは唐・天竺(現在の中国とインドの領域)でした。三国一の〜という優れたさまを形容する言葉がありましたが、これは日本と唐、天竺で一番ということを意味しています。七福神には日本と唐・天竺の神様が一堂に会しているわけで、世界の神様のオールスターといえなくもないかもしれません。」(シャディーJP)

 <このホームページから学んだこと>

①七福神めぐりは、江戸時代に江戸っ子達のあいだで正月行事として流行りはじめた。

②現在では七福神めぐりが全国で300ヵ所以上ある。

③七福神には日本と唐・天竺の神様

  恵比寿天は、蛭子尊もしくは事代主(ことしろぬし) 日本

  大黒天は、ヒンドゥー教のシヴァ神の別名のマハーカーラ インド

  毘沙門天も、同じくインドのヒンドゥー教のヴァイシュラバナ インド 

  弁才天も、同じくサラスヴァティーという元はインドの水の女神 インド

  寿老人と福禄寿は、道教に出てくる神様 中国

  布袋尊は、中国に実際にいた禅宗のお坊さん 中国 

 

  天王寺駅までトレーニング歩き 2024年11月28日(木)

 

 昨日から学級閉鎖(インフルエンザ?の為)になっている孫が、今日も来ます。朝から我が家にいて、夕方クモンに送って行きます。孫は、インフルエンザにかかっていなくて元気です。

 歩く時、姿勢が良くないと、片方の足の小指が痛くなったり、膝や腰が痛くなったりします。真っ直ぐに足を出して歩かないと、せっかく歩いているのに、体を痛めることになります。一番調子の良いときは、腰から歩くようにして、歩幅も広くなっているのですが、ちょっと姿勢が良くない時や、トレーニング歩きが出来ていない時は、気を付けないとトボトボ歩きになっています。スマホを見ながらさっさと歩いているお姉さんに、追い抜かれてしまうような場合は、歩き方がよくありません。

 一番調子の良いときは、中百舌鳥駅から長居駅まで6㎞を1時間で歩いていたのですが、最近は、早くても1時間10分か、15分ぐらいかかっています。さらに天王寺駅まで10㎞も、最速の時は、1時間40分という記録があるのですが、最近は2時間を切ることはほぼありません。これから寒くなってくるので、途中で写真を撮らずに歩くことに専念して、2時間を切るトレーニング歩きを時々しなければいけないなと思います。

 

 探路288 中百舌鳥駅~天王寺駅(10㎞) 今日の午後からは、雨が時々降るような天気予報です。午前中は曇り空でした。昼前に少し晴れ間が出ていたので歩きに出かけたのですが、途中、大和川を渡るあたりでは雨が降っていて、道には水たまりもできていました。せっかく歩き始めたので、雨の区域は傘をさしながら通り抜けて、天王寺駅まで歩きました。長居駅から北側は雨がふっていませんでした。

植物は、ケヤキ、モッコク、イチョウの写真を撮りました。

 

 仮想研755 ケヤキについて 今ちょうど、あちこちの街路樹や公園のケヤキが綺麗に紅葉をしています。ケヤキの紅葉は、黄色から赤までいろいろなグラデーションがあるので、とても華やかです。ケヤキについて、ネットで情報を調べてみました。

 「ケヤキはみなさんの身近にある日本を代表する木材です。ケヤキは、広葉樹の1つでニレ科ケヤキ属の落葉高木、日本では昔「ツキ(槻)」という名でも呼ばれていたそうです。雌雄同株・雌雄異花で、花は4~5月頃に開花します。ケヤキの木と聞くと”紅葉”の木というイメージが多いと思いますが、各木によって紅葉の色は赤や黄色など異なります。ケヤキの木の主な原産地は日本、中国、朝鮮半島などの東アジアで、日本の国内においては、北海道以外の本州、四国、九州のほぼ全域に生育しているため、どの地域でもケヤキの木を見ることができるような状況です。山や道沿い、神社、お寺の境内など様々な場面でご覧になった事がある方も多いでしょう。関東近郊に立派なケヤキが多い理由としては、昔徳川幕府がケヤキの木の植栽を奨励し、立派なケヤキのある家は格式が高いとされたことが要因と言われております。

 樹皮は特徴的です。人間の皮膚と同様に木も皮が剥がれ落ちていきます。新陳代謝で新しくなるのですが、うろこの様に浮き上がり、触るとぽろっと落ちることから他の木にないユニークな点も持ち合わせていると言えます。様々な場所で使用されているケヤキですが、木材としてもとても優秀です。耐水性・耐久性に優れ、使用期間も長期で、かつ木目も美しいため重宝されています。建築・家具・彫刻・和太鼓・木臼(餅つきなどで使う)・仏像彫刻・お盆、お椀などの漆器などに利用されていることからもケヤキの木の価値がお分かりいただけるかもしれません。家具の中でも和の家具によく使われており、和箪笥、和机、ちゃぶ台などが昔よく作られておりましたが、近年は西洋文化の流入により、家具の材料としてケヤキ材が使用されることが減ってきております。」(静岡市の木工所|成澤木工株式会社)

<以上の解説から次のようなことを学びました>

 ①落葉高木、雌雄同株・雌雄異花で、花は4~5月頃に開花。

 ②各木によって紅葉の色は赤や黄色など異なる。

 ③ケヤキは日本、中国、朝鮮半島などの東アジアに分布。日本の国内においては、北海道以外の本州、四国、九州のほぼ全域に生育している。

 ④ケヤキの樹皮は、人間の皮膚と同様に、木の皮が剥がれ落ちる。うろこの様に浮き上がり、触るとぽろっと落ちる、他の木にないユニークな点を持ち合わせている。

 ⑤木材としてとても優秀。耐水性・耐久性に優れ、使用期間も長期で、かつ木目も美しいため重宝されている。建築・家具・彫刻・和太鼓・木臼(餅つきなどで使う)・仏像彫刻・お盆、お椀などの漆器などに利用されている。

  カワセミの綺麗な写真を撮る 2024年11月27日(水)

 

 昨日の午前中に2階裏のバルコニーの掃除をして、その後、夜に強い雨が降りました。朝にはすっかり雨が上がっていたので、バルコニーが綺麗になっているか、確かめました。昨日は、掃除の後、水道にホースをつないで水を流さないで、洗面器で数杯水を流しただけだったので、ブラシでこすった汚れや、洗剤も少し残ったままでした。今朝見ると、すっかり流されていたので、これからも、雨の予定を気にしながらバルコニー掃除をするといいなと思いました。また、昨日は午後から、家のプランターに花の苗を植えたのですが、それらも雨のおかげでしっかり根付いていて、葉を大きく広げていました。

 今日は、広島県で、たくさんオシドリが渡ってきたとニュースで知ったので、昼前から、履中天皇陵古墳にもオシドリが来ているかを見に行くことにします。

 

 探路287 家~大仙公園~三国ヶ丘駅 今日も朝から英語の本読みをしてから、歩きに出かけました。朝から英語の本読みをすると、眠くならないので進みます。歩いて帰ってから読むと、途中で眠くなるので、これからも、できるだけ朝から読むようにしようと思います。

 今日は、大仙公園に向けて歩き始めました。まず芦ヶ池で、少し前からいるヒドリガモ、カルガモの他に、新顔のヨシガモ、ハシビロガモがやってきているのを見ました。次の御廟山古墳では、タヌキを見ました。毎年オシドリがやってくる履中天皇陵古墳では、ミコアイサ、カンムリカイツブリ、ホシハジロなどを見ました。オシドリはまだいませんでした。昨年の記録を調べると、12月20日に履中天皇陵古墳でオシドリを見ています。12月~1月頃が狙い目です。これから何度か、見に行くことにします。

 大仙公園から仁徳天皇陵古墳の堀に沿って歩きました。仁徳天皇陵古墳のお堀では、カワセミの綺麗な写真を撮ることができました。

鳥、その他生き物は、カワセミ、ミコアイサ、ヨシガモ、ハシビロガモ、ヒドリガモ、カルガモ、アオサギ、オオバン、カイツブリ、ダイサキ、ハクセキレイ、タヌキ、などの写真を撮りました。

植物は、タラヨウ、エキノプス、アフリカハマユウ、ローゼル、アラカシ、コウテイダリア、ジュウガツザクラ、ソメイヨシノ、イソギク、ツワブキ、キバナコスモス、オシロイバナ、ノボタン、ナンキンハゼ、ナンテン、ニシキギ、ケヤキ、モミジバフウ、モミジ、タンポポ、ハゼノキ、リュウキュウハゼ、ハナナス、ヒイラギ、ピラカンサ、ムラサキゴテン、メランポジウム、などの写真を撮りました。

 

 仮想研754 ミコアイサについて ミコアイサがやってきていました。今日は、ネットでミコアイサについて調べてみました。

 「ミコアイサ Mergellus albellus は、カモ目カモ科ミコアイサ属の鳥です。ミコアイサ属に属する種はミコアイサだけです。特徴的なパンダ模様は、繁殖期のオスにだけ表れる柄です。ユーラシア大陸の高緯度地域で繁殖し、冬季にヨーロッパ、カスピ海、インド、中国、日本(九州以北)などに渡ります。漢字では、巫女秋沙と書き、オスの白い姿を巫女の白装束に見立てたという説があります。また、秋沙は秋早くにやってくるという意味で秋早(アキサ)、もしくは、アイサがやってくる頃に秋が去る(アキサ)と言われていたのが転じたと言われています。他にアイサと名のつく日本でよく見られる鳥に、カワアイサ とウミアイサがありますが、ミコアイサを含めて、「アイサ」と名につく鳥がカモの仲間の中でとりわけ秋の早い時期にやってくる傾向は無く、そう考えると後者の語源の方がしっくりきます。ミコアイサは動く魚を水中で捕らえて食べます。そのためか、動きも他のカモ類に比べ俊敏に見えます。餌を取るべく水の中に頻繁に潜るのですが、少し離れたところから出てくることが多いため、どこにいったのかすぐ分からなくなります。水面をプカプカ浮いていることが多いカモの仲間よりも、どちらかというと同じように水中生物を捕らえて食べるカイツブリに動きは似ています。しかし、カイツブリと異なるのは、ミコアイサは群れを作ることが多く、潜水が他の個体と同調することです。」(BIOME)

<気になる所を書き出してみました>

 ①カモ目カモ科ミコアイサ属の鳥です。ミコアイサ属に属する種はミコアイサだけ。

 ②ユーラシア大陸の高緯度地域で繁殖し、冬季にヨーロッパ、カスピ海、インド、中国、日本(九州以北)などに渡る。

 ③巫女秋沙と書く。

 ④動く魚を水中で捕らえて食べる。

  筋トレと英語の本読みが続いている 2024年11月26日(火)

 

 午後から雨が降るようです。そこで、ブログアップと、昨日の悠遊探路を仕上げてから、今日は2階裏のバルコニーの掃除をしました。少し前に、半分は掃除をしています。今日は、残り半分の掃除です。何故か点々と黒い汚れがついているので、今回も、洗剤(今はもうない食器洗い機用の古い洗剤)を使ってデッキブラシでゴシゴシこすりました。かなりこすっても、すっかり黒い汚れが全て取れてしまうことはないのですが、掃除をする前よりは、随分綺麗になっています。もっと強い洗剤を使うとすっかり綺麗になるかもしれないのですが、バルコニーの塗装(防水)が傷んでしまうと困るので、だいたいの掃除で我慢することにしています。洗剤は、粉の洗剤なので、前回掃除した後、永く粉の洗剤がバルコニーの床面に残っていました。今日は、強い雨が降るようなので、汚れと一緒に、洗剤もすっかり綺麗に流し去ってくれると思います。明日が楽しみです。

 残すところ、大がかりな掃除は、玄関の窓4箇所だけとなりました。今週中に、これら4つの窓掃除をしてしまうと、全ての窓、ガラス戸、バルコニーの掃除を終えることができます。年末の大掃除までに、全て綺麗に終えることが出来そうです。

 バルコニーの掃除の後、英語の本読みを午前中にしてから、道の駅しらとりへ野菜を買いに行きました。ついでに、庭に植える花の苗、ビオラ、パンジー、ハボタンを買いました。道の駅しらとりから帰って来た時、まだ雨が降り始めていなかったので、早速、花の苗を全て植えてしまいました。最近、公園のプランターの花の植え替えをすっかり終えているので、家の花の植え替えも手際よくできました。これからお正月まで一ヶ月程あります。お正月には、綺麗に咲き揃うと考えています。

 

 探路286 しらとり公園 昼頃になると、空が暗くなり、雨が降りそうになってきました。週1回の、道の駅しらとりへ買い物に行き、しらとり公園をフィールドワークしました。それほど寒くはないのですが、今日はしらとり公園に家族連れがいませんでした。紅葉が静かに進む公園を一周歩きました。虫達の姿は全くないので寂しいのですが、ケヤキ、エノキ、コナラ、ソメイヨシノ、ウメ、モミジバフウ、ナンキンハゼ、モミジ、イチョウ、ドウダンツツジなど、木々の紅葉が進んでいました。

植物は、モミジ、ドウダンツツジ、イチョウ、ウメ、コナラ、ソメイヨシノ、エノキ、カエデ、クスノキ、などの写真を撮りました。

 

 仮想研753 筋トレの記録について 毎日寝る前に、腕立て伏せと、スクワットと、腹筋背筋運動などを、少しずつの回数ですが続けています。11月の最初から、手帳のガットチャートのページに記録をしていると、続ける事ができています。二日ほど、出来なかった日があったのですが、ほぼ一ヶ月間続きました。最近、もし出来ない日があると、翌日に前日分の回数を余分に運動して、前日の欄に○を付けるようにすると、連続してやり続けたことにしています。

 また、英語の本読みは、手帳のガットチャートに一日最高5ページの記録ですが、それ以上読んだ日は、翌日の欄に、ページ数の記録を回すようにしています。筋トレも、英語の本読みも、少しの記録の工夫で、楽しく続けることができています。

 寝る前に、少しの筋トレをすると、体が温まり、寝付きやすくなります。また、一ヶ月間続けてきたので、腕周り、胸周り、腰回りに、少し筋肉が付いてきているように感じます。一日1万歩ほど歩いているだけでは、体の筋肉は細ってきます。また、足だけ鍛えると、膝や腰を痛めるようにも思います。やはり、あちこちの筋トレが少し必要だなと、一ヶ月続けてきて手応えを感じています。