【きぼう堂鍼灸治療院ブログ】 まぁ、飄々といきましょう。  -3ページ目

【きぼう堂鍼灸治療院ブログ】 まぁ、飄々といきましょう。 

「病は気から」 病気は心の状態が身体に現れたもの。

健康を回復するには心の癒しが何よりも大切!

このように考える鍼灸師が、日常や治療の中で感じたことを拙い文章で書いています。

とは言っても、難しいことは考えず、まぁ、飄々といきましょう。(^O^)/

◎この会話は全てフィクションです。

 

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。   しかし反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが・・・・、 暫く・・・・?ずーっと?  まぁ兎に角、お暇な方は、軽い気持ちでお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 
 
前回(1/3)の続きじゃ
 
 
 

さる仙人さん、こういったことを知ることが、

コントロールされない自分でいられることはわかります。

 

でも、逆にこれを知って自分の利益になるようにする人もいるんじゃないですか?

 

 

そうじゃな、おるじゃろうな。

 

まぁ、頭のいい者は既に使ってコントロールしておるがな。

 

でもKさん、お前さんは意図して使わない方がいいぞ。

 

 

しませんよ、そんなこと。

 

そもそも私は頭も良くないから、

初めから無理ですけどね。

 

まぁ、顔は、ちょっといいけどネ。

 

 

そうじゃな、異論はないぞ。

賢明じゃ。

 

 

いやいや、そこは突っ込んでもらわないと。

なんか、顔が自慢のイヤな女みたいじゃないですか!

 

 

いや、大丈夫じゃ。

お前さんの顔なんて誰も気にしとらんから心配はいらんぞ。

 

 

失礼な!

 

おおお、スマン、スマン。

 

ワシが、「異論はない、賢明じゃ」と言ったのは、

お前さんが「意図して使わん」ということにじゃよ。

 

 

でも、私の場合は、頭が良くないから、

使いたくても使えないからなんですけどね。

 

 

うん、よかったな、Kさん。

お前さんの「使いたくても使えない」ということは素晴らしいな。

もし、お前さんに使える頭脳があったら不幸になっておったぞ。

 

 

えええ、頭脳があったら不幸に?

アホな私は、褒められてんの?貶されてんの?

 

ワシは褒めておるんじゃぞ!

 

なんで?

 

それはな、気の概念を知っていると分かることじゃぞ。

 

気の概念?

 

そう、いつも言っている「気が合う」「類は友を呼ぶ」という性質のことじゃ。

まぁ、簡単に説明しよう。

 

はい。

 

 

 

不安を煽って支配する者、される者も、実はその中身は同じなんじゃよ。

 

両者とも、ずーっと説明してきた「ねばならない」に心が縛られているからな。

 

立場が変わってもそれは外れてはいないんじゃ。

じゃから、必ず支配する側の心に不安は存在するんじゃ。

 

じゃから意図して不安を煽ってコントロールしていても、

それがいつまで上手くいくか不安なんじゃよ。

 

いつバレるかドキドキものじゃよ。

ちっとも安心できんのじゃ。

 

 

 

でも、すごく頭のいい人なら大丈夫じゃないですか?

並みの人なら無理でも。

 

 

 

そうじゃな、確かに頭脳の優れた者なら巧妙にできるじゃろうな。

でも、それだからこそ不安がつき纏うんじゃよ。

 

なぜなら、いろいろなパターンを考慮するが、

ありとあらゆるケースを想定なんてできんじゃろ。

 

そして自分が煽っておるという自覚があるはずじゃから

必ず後ろめたさや罪悪感が心に生じてるんじゃよ。

 

 

それらは消せんよ。自分には嘘がつけないからな。

じゃから、上手くいけばいくほど心は重くなるな。

 

なぁ、Kさん、心が重い、って幸せかい?

 

いや~、私はゴメンですね。

気分が悪いのは勘弁してほしいですね。

 

 

そうじゃろ。

 

じゃから、人をコントロールして利益を得ようとする者は、

それを自分から隠すために自分の行為を正当化しようとするんじゃよ。

 

自分は優れている。

その自分が、弱く不安な者が安心できるように導いているんだ、ってな。

 

テレビや新聞の報道なんてその典型的なものじゃろ。

 

 

確かに、マスコミは、

「自分たちは正しいんだ!弱者の味方だ!」って感じがしますものね。

 

そうじゃな。

 

しかし、Kさん、

ワシらは「いろいろな価値観があっていい」を大切にするから、

マスコミの批判はこの辺にしておいた方がいいな。

 

 

そうですね。

裁かない、あるがままですものね。

 

その通りじゃ。

素晴らしいぞ、Kさん。

 

当たり前です。

私だって成長していますからね。

 

ワシは嬉しいぞ!

お前さんに沢山話してきてよかったわい。

 

 

おおお、話が逸れたので戻すぞ。

 

はい。

 

そもそも、自分が優れている、正しいという自覚があるのなら、

わざわざ不安を煽る必要なんてないんじゃよ。

 

正しさは必ず伝わる!と思い

ドンと揺るぎない気持ちで構えていることこそが自然な姿じゃぞ。

小手先の策を使うことはせんよ。

 

ワシから言えば

支配する側が、策を弄する時点で自分自身を信じてはおらんことになるな。

 

だから、支配する側、される側は、中身が同じと言うんじゃよ。

 

 

なるほど。

 

 

今は、支配する側からの考察じゃが、次は支配される側から見てみよう。

 

はい。

 

 

支配される側は、不安な気持ちでいっぱいじゃ。

じゃから安心を与えてくれる者に頼るんじゃ。

 

そもそも彼らは自分を信じてはおらんから

安心を与えてくれる者に依存する傾向にあるな。

 

それと同時に自分の人生の責任を負うという自覚にも欠けているな。

 

 

 

その状態じゃと上手く行っているときは勿論いいが、

何かのアクシデントで安心が揺れるとたちまち不安が生じるんじゃよ。

 

これを支配者が上手くコントロールできた場合はいいが、

できなかった場合、支配される側は、する側の責任を問うぞ!

 

依存する者は、自分の不幸を他人の責任にするからな。

 

 

そうなったら何も上手くはいかんぞ。

 

結局は、支配する側も、される側も、混乱することになるな。

 

 

じゃから不安を煽っても幸せなんてなれやせんぞ、と言うんじゃよ。

 

 

 

う~ん。

そう言われれば、そうですけど。

 

でも、いろいろなところに

不安を煽ってコントロールする仕組みがあるって

仙人さん仰っていたじゃないですか?

 

そういった人たちは上手くいっていないんですか?

 

 

そうじゃ、確かに言ったな。

 

おおお、今回も随分長くなった。

この続きは次回じゃな。

 

 

 

つづく

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんので、その点を十分ご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです

 

 

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。   しかし反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが・・・・、 暫く・・・・?ずーっと?  まぁ兎に角、お暇な方は、軽い気持ちでお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 
 
 

 

前回(1/2)の続きじゃ。

 

Kさん、前回はどこまで書いたかのう?

 

え・・・確か、やっと今回のテーマ

「人は不安を煽って他者をコントロールする」

になったところまででしたよ。

 

 

おお、そうかそうか。

 

ワシが、

この仕組み(自己不信からの不安)を知っておる者が、

自分の考えを基準にして今も人々をコントロールしておるのじゃよ。

と言ったんじゃな。

 

 

はい、そして私が、

 

どのようにコントロールしているのですか?

と尋ねたところまでです。

 

 

よし、分かった。

 

そんじゃ、再開じゃ。

 

大まかに言うとな、手口としては、

はじめに不安を煽って人々の心の視野を狭くさせ思考の方向を狭めるんじゃ。

 

次に自分たちにとって都合の良い考えや価値観を

肩書がある者に言わせて信頼できる正しいものとして人々に示し、

それに人々が自ずと従わせるという方法を使ってじゃよ。

 

 

アメとムチ、摩って殴る、じゃな。

いや、ムチとアメ、殴って摩るの順じゃな。

 

 

例えば、人に良いことと悪いことを両方を伝えるとき、

はじめに良いことを言って、それから悪いことを言ううよりも、

悪いことを言ってから良いことを言った方が、聞いた人は安心し易いんじゃよ。

これと似ておるな。

 

 

なるほど。

 

悪そうな人が子猫に餌を与えるところを偶然見たら、

その人がとても優しく思えますものね。

それと同じですよね。

 

まぁ・・・、似ておるな。

 

 

具体的にどんなことに使われているんですか?

 

こんなんことは日常的に行われておるぞ。

 

毎日流されているCMなんてその代表的なもんじゃろ。

保険会社のCMや薬や健康関連のCM、フャッションに関わること全般がそうじゃろ。

 

商売なんてこういったことを使って儲けるんじゃよ。

 

 

ちなみに、学校、会社、行政、あらゆる組織の中にこの仕組みは入っておるぞ。

医療も政治も経済もそうじゃよ。

 

みんな知らないでその仕組みの中におるんじゃよ。

 

そんでもってな、身近な人間関係にも使われておるんじゃ。

但し、この場合はな、支配する側、される側、お互いが無自覚で「不安」を使っておるがな。

 

 

えええ・・・、なんか怖いですね。


これって気づけませんかね。

 

 

これは分からんよ。

「ねばならない」に縛られた心では気づけんよ。


むしろ、そういった不安を払拭し自分に安心を与えてくれる者として

支配する側をありがたく思えるものじゃよ。

 

 

どうしてありがたく思えるんですか?

 

 

そもそも自分がコントロールされていると露も知らんからな。

自分だけは大丈夫じゃと思っておるからな。

 

しかし、人は万能じゃない。

特に自分の知らないこと、不得意なことになると自ずと不安を覚えるからな。

 

そして、まじめに正解を探し始める。

今ならネットじゃろな。

 

それでやっと自分は探していた正解を見つけたと思うから、

その正解を教えてくれた者に自ずと服従する気持ちになるよ。

 

 

気づく方法はあるんですか?

 

 

ワシのような心が自由な者なら大丈夫じゃ。

 

「ねばならない」が無い者は、他人の価値観を鵜吞みにはせんよ。

あくまでも自分の意志で価値観を選び決めるからな。

 

 

もし示された答えや、自分が探して見つけた答えが

自分にとって本当に納得のいく答えであった場合、

 

その人を信じるのではなく、

その人の示した価値観・考え方に自分の意志で

同意したという自覚じゃからな。

 

 

自分の意志で同意したという自覚、ですか?

 

 

そう、人ではなく、あくまでも考え方のみに同意したということじゃからな。

 

その人が有名だからとか、権威があるとか、自分と親しいからとか、

そういった価値観・考え方とは異なるレベルの要因では同意しないということじゃよ。

 

つまり、純粋に考え方のみを対象に同意するんじゃよ。

だからその人に自分がコントロールされないんじゃよ。

 

こういう人は全てが自分次第という自覚があるんじゃから、

例え間違っても直ぐに修正や訂正し、

いつでも別の価値観・考え方を選ぶ自由と力が自分にあることを知っているから大丈夫なんじゃ。

 

そして、自分の得意でない分野のことでも、

すべて自分の意志で同意した以上、

その人に自分がコントロールされ不利益が自分に起こったとしても、

その人を責める考えを持つことはないのじゃよ。

 

あくまでも自分の人生は、全て自分に責任があるという覚悟があるからじゃ。

 

 

なるほど!潔いですね。

 

 

そうじゃ。

じゃから真剣に考えるんじゃよ。

自分に無責任になり、簡単に他人からの評価や価値観で生きようとは思わんのじゃよ。

 

 

じゃ、コントロールされ易い人はどんな人になるんですか?

 

 

決まり決まった価値観があると思い込んでいる人じゃな。

 

善悪、正誤、優劣、美醜、成否、勝ち負けといったことを大切にし過ぎる人じゃな。

 

物事に拘りが強い人、執着が強い人じゃな。

 

こういった人は、

心が固定観念でカチカチじゃから余裕がない。

心の視野が狭く、かつ近視眼、全体を俯瞰して見えなくなておる。

じゃから心が直ぐに揺れ動かされるてしまうからコントロールされ易いな。

 

 

現に見た目や肩書、立場に弱いじゃろ。

そして他人から自分がどう見られるかを気にするじゃろ。

 

じゃから、自分が褒められること、認められることを望み、

逆に非難されたりすることを一生懸命に避けるな。
 

そしてその反面、

世間とか常識とかを使い他人を評価し裁きたがるじゃろ。

 

しかし、

その世間も常識も自分が勝手に作ったものとは全く気づいておらんのじゃ。

ワシがいつも言う、独善にどっぷり嵌っているんじゃよ。

だから人とよくぶつかるんじゃ。

 

まぁ、こういったところで分かるはずじゃ。

 

 

う~ん、でもこんなのが無い人なんていませんよね。

私だって気になりますもん。

 

 

そうじゃ、現実には殆どおらんよ。

みんな似たり寄ったりじゃ。

 

悟った設定であるワシのような者だけが大丈夫じゃよ。

 

当然、アヤツ(管理人)もまだまだ無理じゃからな。

特にアヤツは女性にめっぽう弱いからな。

簡単に心が揺れ動かされるぞ。まだまだ全然ダメじゃ。

 

はぁ~、女性に弱いなんて・・・、

管理人さんは典型的な煩悩に囚われていますね。

 

 

まぁ、アヤツをイジルとすぐに凹むから、これぐらいでほっといて、

大切なことは、こういった事を知っておることじゃよ。

 

知っておれば深みに嵌らなくて済むからの。

 

そして日々実践じゃ、

一つ一つ「ねばならない」を手放して自分の心を自由にすることじゃよ。

 

 

なんやかんや言っても、結局、そこなんですね。

 

 

そうじゃ。

 

自由な心でないと物事を冷静に見ることはできんぞ。

知らず知らずに誰かの意図に飲み込まれるぞ。

 

 

はい、分かりました。

 

私の場合はイケメンのハニートラップに掛からないように煩悩を手放します。

 

 

そうじゃ、人間にとって異性問題は厄介じゃからの。

くれぐれも注意するようにな。

 

 

あれ?なんか、今話がズレましたよね。

 

 

いつものことじゃ、気にせんでいい。

 

 

つづく

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんので、その点を十分ご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです

 
 
 
 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫く・・・・?ずーっと?兎に角、お暇な方は、お付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 
 
 

 

前回(1/1)の続きじゃ。

 

 

前回は、自分を超越した存在に従っちゃうということでしたよね。

それを利用して他者が作った価値観を信じ込まされて、

今も自分よりも上と思える者に、つい従っちゃうということでしたよね。

 

 

そうじゃな。

じゃ、そこからの続きじゃ。

 

今、述べたように、人は心の中にそういった生き方が刷り込まれておるんじゃ。

 

じゃから、今も自分ではなく他人からの評価を大切に生きることが正しい生き方だ、

という風潮が残っておるんじゃな。

 

現に今でも、

場の空気を読め、みんなに合わせろ、とよく言われるじゃろ。

俗にいう「KY」ということじゃよ。

 

あれなんて自分を犠牲にすることや

自分の意志を出さないことが

あたかも美徳であるかのような雰囲気を日常的に作っておるからな。

 

 

確かにKYを気にしますもん。

だって人から嫌われたくないですからね。

 

そうじゃろ。

その「人から嫌われたくない」という心理は、

「他者から評価されるまでは自分を信じることが出来ない」

という不安から生じているからな。

 

でも、どんな基準に照らして空気を乱さないようにしているんじゃ。

 

 

その場の雰囲気ですね。

なんか具体的なものはないんですけど、

なんとなく全体に感じるものですね。

 

 

そう、その当てのない不確かな基準に合わせているだけじゃ。

 

決してそれは自分の意志や気持ちではなく、

経験的に自分が想像するその場の人々の総意と思える不確かなものじゃよ。

 

これは、自分らしくないから、人々の心に鬱憤が溜まるんじゃな。

 

 

ストレスなんですね。

 

そうじゃ、ストレスじゃな。

 

そして人は、その鬱憤が溜まると心が苦しくなるから、

そのガス抜きをするんじゃよ。

 

それが人々が日常的によく使う言葉「ストレス発散」じゃ。

 

 

確かに、皆さん、よく使いますものね。

運動するのも、買い物も、旅行なんかする理由にも

ちょくちょくその言葉を使いますね。

 

 

そして、人は、ガス抜きとして

陰でいろいろと禁じられたことをするんじゃよ。

 

表立ってすれば人から批判される恐れがあるからな。


それも他人に対して行うんじゃ。

 

 

なぜなら自分は我慢している被害者であり、

この自分の苦しさの原因は自分以外の他人からきている

と思っているからな。

 

始まりは、ちょっとした復讐心じゃが、

ほっておくと時とともにガスは大きくなるぞ。

 

いじめ、過度な他者批判、暴力、汚職、詐欺、

ゴミの不法投棄、タバコのポイ捨てなど、

不倫もそうじゃな、それらの行為はすべて溜まった鬱憤の発散じゃよ。

 

 

でも、このような犯罪じゃなかったらいいですよね。

スポーツとか旅行なんていいですよね。

 

そうじゃな。

少なくとも他者に迷惑が掛かることはせんことじゃな。

結局は自分を不幸にするだけじゃからな。

 

しかし、他人の基準で生きると鬱憤は必ず溜まってしまうよ。

これは避けられんな。

 

 

じゃから、好きなことをする趣味などのストレス発散の行為が

徐々にエスカレートしてゆくことが起こるな。

 

場合によっては、

その過度なストレス発散で体を壊したり生活が破綻することもあるな。

 

 

例えれば、

お酒で発散する人、賭け事で発散する人、自分へのご褒美を買う人などは、

アルコール依存やギャンブル依存、買い物依存などになるな。

 

趣味に没頭しすぎ家族や他人に迷惑をかけていることが気づけない人も同じじゃな。

 

 

ええ、じゃ、この鬱憤はずーっと無くならないし、

その解消もできない可能性もあるんですね。

 

 

うん、そうじゃ、他人からの評価や他人基準で生きる内はな。

 

そうじゃから、中にはこの苛立ちを解決するために

自分が支配される側から支配する側に立場を180度変えることだ、

と考える者も出てくるわな。

 

 

つまり、弱者の立場から強者の立場になろうとするんじゃよ。

そして積年の鬱憤を吐き出そうとするんじゃよ。

 

あらゆる分野、あらゆるレベルで人はそのようにするな。

 

 

そしてな、この仕組み(自己不信からの不安を利用する)を知っておる者が、

自分の考えを正しい基準と謳い今も人々をコントロールしておるのじゃよ。

 

 

仙人さん、やっと今回のテーマになりましたね。

 

 

おお、前説が長かったな。

 

どのようにコントロールしているのですか?

 

 

Kさん、スマンがその話は次回じゃ、

長くなりすぎた。

 

 

またですか・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです

 

皆様、新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。m(_ _ )m
 
 
そして、さる仙人さん、
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
 
おおお、Kさん、
こちらこそよろしくお願いいたしますじゃ。
 
 
今年はいい年にしたいですね。
 
まったくじゃ。
昨年は世界中が愚かな騒ぎに巻き込まれた年じゃったからの。
少しでも多くの人が平穏な心でいられるといいな。
 
とは言っても、すべて自分次第じゃからな。
ただ自分の役割と責任を果たすだけでいいんじゃよ。
 
はい。
 
そんじゃ、ここからは前回の続きじゃ。
 
これって、本当は昨年中にアップする予定でしたよね。
 
そうじゃ。下書きはできておったが、
アヤツ(管理人)の仕事が急に忙しくなったので見直しができんかったんじゃよ。
そうじゃから年明けの今日(1/1)になってしまったんじゃ。
 
まぁ、いつものことじゃ。いいじゃろ。
 
 
 
 

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫く・・・・?ずーっと?兎に角、お暇な方は、お付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。


 
 
前回(12/27)の続きじゃ
 
 

 

仙人さん、

私は仙人さんの言っていることは理解しているつもりですが、

でも本当に世界は平和になりますかね?

 

なんだか信じられないです。

もっと悪くなる様な気がするんです。

 

だからなんか焦るというか、

じっとしてられないというか、そんな気分です。

 

 

 

う~ん、そうじゃな。

きっと多くの人が、そんな気分でいると思うぞ。

 

でも仕方がないんじゃ。

多くの人が自分の人生は自分が作っていると自覚してないからの。

 

このことを信じれないと「自分の心次第で何とでもなる」とは思えないからな。

 

そやから、溢れる情報に飲み込まれて右往左往するんじゃよ。

 

 

何とかなりませんかね。

 

うん、難しいな。

何度も言うように人の心を変えることはできんからな。

 

一番いい方法は、Kさんが平和に生きるお手本になることだけじゃよ。

それしかない。

 

言葉よりもどんな情報よりも実際に平和に生きることを見せることで

自分の周りの人々を不安から平和に感化することじゃよ。

 

 

仙人さん曰く、それしかないんですね。

 

 

そうじゃ。

 

類は友を呼ぶ、気が合う者は集う、じゃよ。

 

自分を信じて自分の周りにいる人々を信じて日常を平和に生きなさい。

それだけで十分じゃよ。

 

はい。

 

 

話がちょっと変わるんですが、

なぜ不安を煽る人がいるんですかね?

 

今の世の中、怯える人がいる、安心を与えようとする人がいる、

でも不安ばかりを煽る人がいる。

 

私は、不安を煽った方が人々の関心を集めることができるからかも?

と思うんです。

テレビも新聞も雑誌もネットだって不安を煽りますもの。

 

確かにそうじゃな。

お前さんの言う通りじゃ。

 

そうでしょ。

みんなそこからの情報に振り回され踊らされていますものね。

 

なんでこんなことになるんですかね。

 

 

 

それは、多くの人の心が固定観念に

カチカチに固まっているからじゃよ。

 

心の無意識の領域において「ねばならない」に心が縛られているから

いつも「正しい価値に合わせて生きなければ!」と思っているからじゃよ。

 

このことは、「06:心の中にいる厳しい自分が見張っている」

に書いてあるから省略するが、

要は、自分を心から信じることができていないからじゃ。

 

だから不安が慢性的に存在し、

少しでも安心したくて様々な情報を探すんじゃよ。

 

それもな、肩書がある人の意見や多くの人が賛成する意見に

自分も合わせようとするんじゃよ。

 

寄らば大樹の陰、ということじゃよ。

 

 

どうしてそんな思考回路になったんですかね。

 

真の原因である「ねばならない」は、

心の奥深いところから来ているから

その説明はとても長くなるし難しい話なので今は言わないが、

 

真の原因ではないけど、

二次的な原因として学校教育があるとワシは思っておるんじゃ。

 

 

それは大人が作った正解を早く見つけることを目的とした教育方針じゃよ。

 

今、大人と言ったが、

自分以外の者が作った正解を早く見つけること」と言った方がいいな。

 

 

学校ではそれを早く得ることができる者が頭の良い人、

でいない人が頭の悪い人というレッテルを着けられることになっているな。

 

 

 

こういった教育を我々は子供の頃から受けてきているから

多くの者が社会に出て戸惑うんじゃよ。

 

だって、教科書がないから正解がわからない。

そもそも正解なんてないから探しても見つからない。

 

その不安からの脱出として

誰かが作った既知の価値観に自分を合わせようとして生きているんじゃよ。

 

その情報を得るアイテムとしてテレビや新聞、雑誌、今ではネット、SNSを使うんじゃよ。

 

 

そもそも人生なんて正解はないじゃろ。

 

はい。

 

社会に出てそのことは嫌というほどわかると思うんじゃが、

それでも心のどこかで正解があると思い込み、

他人が作った価値観を大切にして日々を生きているんじゃよ。

 

このことが慢性的に心に不安を生じさせ、

心が徐々に病んでいくことになり、

その結果、

身体的な病気や人生の問題を作る要因の一つになっているんじゃよ。

 

 

なぜ気づかないんですかね。

 

 

うん、気づくのは難しいぞ。

ずーっと説明している通り、人生はその人が作っているからの。

 

 

その人にとって自分の人生に起こったことは全て真実じゃからな。

その人にとっては決して嘘、偽りはないんじゃ。

 

そうじゃから、そのリアルさに心は奪われっぱなしの状態の人に対し、

心が自由な人が別の生き方ができることを教えても

中々伝わるものじゃないんじゃ。

 

所詮、「あんたには私の苦しみは分からないよ」と言われるのがオチじゃ。

 

だから他人を変えることはできないんじゃよ。

 

 

でも、そういう人たちは、

マスコミやネットなどの情報に振り回されますよね。

 

人の心を意図して変えられないのに

どうして振り回されるんですか?

 

 

Kさん、誰もマスコミに心を変えられている訳ではないぞ。

むしろ同じままじゃ。

 

彼らはいつも自分のに正解を求めておるだけじゃからな。

 

自分以外の誰かが正しい答えを持っていると思っているから

それを探してそれに従っているだけじゃよ。


 

言い換えれば、

自分の意志で他人の価値観に従おうとしているんじゃよ。

 

物事に対し自分で考えて自分の責任で生きようとは思ってないんじゃな。

 

ただ、そのことに多くの人は全く気付いてはおらんがな。

 

 

なぜ、自分の責任で考えたり生きようとしないのですかね?

 

 

その答えは一人一人に尋ねないと分らんが、

ただ言えるのは、

何かあってもすべて他人のせいにできるからな。

 

私は悪くない、悪いのは嘘を教えた相手だ!とな。

 

因みにこの場合の相手とは、個人とは限らないぞ。

マスコミや政府なども含む社会全体のことでもあるぞ。

 

それともう一つ、

日常的に深く考えなくて済むから、その方が楽チンなんじゃよ。

言われる通りに生きればいいだけじゃからな。

 

 

これは日本だけのことですか?

 

さぁ? 

ワシはアヤツ(管理人)の中の者じゃから、

アヤツの知識にないことは知らんから外国のことは分からんよ。

 

ただ、大衆のコントロール、これは昔から行われておる

十年、二十年ではなく、百年、いや千年、もっと昔からな。

 

自分で考えるな、先に生まれた人に聞け、

兄に聞け、親に聞け、先生に聞け、君主に聞け、

そして神様に聞け(従え)とな。

 

じゃから神の声が聞こえるとされる者(神官や教祖)に従いコントロールされてきたんじゃろ。

 

歴史的に見ても君主など支配者の後ろ盾として

必ず人間を超越した存在(神)を置き、

支配者の意思をその存在からの意思であるかのようにして人々を支配してきたじゃろ。

 

 

今もこれは変わっておらんのじゃよ。

 

 

でも、今は「神様に従え」は、みんな思わないでしょ?

外国は分かりませんが、

日本でも宗教熱心な人を除けばそれはないんじゃないですか?

 

確かにそうじゃな。

 

特に日本においては、

宗教と政治の分離が大切だといわれる所以じゃからな。

 

 

しかしじゃ、

自分よりも上と思える者(親、先生、その分野の専門家)には、

簡単に従ってしまうぞ。

 

なぜなら学校で教えられるのは教科書の内容は勿論じゃが、

それよりも集団生活の中で共益性、協調性、

利己より利他を優先させる思考の仕方を教えるからじゃよ。

 

 

 

その建前は、

集団(国家)の秩序の維持と利益を目的とするからじゃが、

 

その裏には、集団を支配する者、統治する者にとって

不利益なことが起こらんようにするためじゃ。

 

つまり

個人とは、集団(国家)の利益のための個人でいることじゃから、

それが壊されることを未然に防ぐために

集団の総意から外れる個人の考えを極力持たせないようにするんじゃよ。

 

個人の尊重は二の次じゃな。

 

 

そうじゃから先に書いたように

つい、肩書がある人の意見や多くの人が賛成する意見に

自分も合わせようとしてしまうんじゃよ。

 

 

う~ん、確かに。

そういった考え方に慣れているせいか、

他者の考え方に従った方が安心しますしね。

 

そうじゃろ。

 

 

ここで注意しておくが、

ワシは今の学校や先生を批判している訳ではないんじゃぞ。

 

彼らもそうじゃが、長年にわたり全ての大人が

そのように育てられてきたんじゃから仕方がないんじゃ。

 

そして、人は、古からそのようにして集団を作ってきて、

それが今の教育のあり方にも未だに残っておるんじゃよ、

というワシの個人的な見解を説明しているだけじゃからな。

 

くれぐれもその点を勘違いせんようにな。

 

はい。

 

ところでKさん、ちょっと長くなったので今回はここまでじゃ。

 

 

了解です。

 

 

 

つづく

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫く・・・・?ずーっと?兎に角、お暇な方は、お付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 

 

 

前回(12/25)のつづきじゃ。

 
 

う~ん・・・・。

 

 

おお、悩んでおるようじゃの。

 

やればやっただけKさんの人生が平和になることも事実じゃぞ。

 

 

でも、一般ピープルの私には、やっぱり難しいですよ。

自分が正しいと思っていることでしょ。

「分かってほしい」や「伝えなきゃ」って思いますもん。

 

特に親しい人、大切な人にはそう思うもんでしょ。

 

例え親しくなくても多くの人に知ってもらいたいと思うものでしょ。

 

 

そうか。

うん、確かにそうじゃな。それが人間じゃな。

 

しかし、その努力は虚しく殆どが届かないんじゃ。

特に正反対の価値観の人には届かない。

 

なぜなら、Kさんから

「あんたが間違っている」と言われているようなものだから,

相手は素直に「はい、分かりました」っていうようにはならんな。

 

大体は相手から反論され、

言い合いになり、その結果、お互いの状況は益々悪化するじゃろうな。

 

 

う~ん・・・・。

 

 

Kさん、お前さんがしっかり理解しておいた方がいいことがある。

 

一つは、

心は自由、誰もが好きな価値観や考えを持っても構わんということ。

 

もう一つは、

「誰も他人の心を意図して変えることは出来ん」

ということじゃ。

 

その相手が家族でも友人でもそうなんじゃ。

ましてや赤の他人ならなお更じゃよ。

 

これをつい忘れると

お前さんの中から独善が出てきて

自分が信じている価値観に他人を変えたくなるもんじゃよ。

 

 

 

心を変えることができるのは、自分の心だけじゃよ。

 

自分だけが自分の意志

ある価値観から別の価値観に選び直すことが出来るんじゃよ。

 

 

だから自分の人生は自分次第なんじゃ。

他人は関係ないんじゃよ。
 

 

はい。

仙人さんに言われなくても分かってます。

何回も聞きましたから。

ただ、今は素直に納得できないだけです。

 

そうか、スマン、スマン。

ワシとしたことが、いらんお世話じゃったな。

 

 

 

 

ところで、

今、世界中に72億人の人間がいるらしいが、

その人たちの心を変えることなんて

とてもとても出来はせんのじゃよ。


でもな、

もし、Kさんが自分の心の中の「ねばならない」を

ひとつひとつ外して心の自由を取り戻し、

この騒ぎの中、平和に生きたならどうなると思う?

 

さぁ?

 

 

多分、お前さん周りは平和な雰囲気が漂うじゃろうな。

 

そうなれば、

お前さんに関わる人たちに

平和な雰囲気を与えることになるじゃろな。

 

 

ということは、

そんな僅かな関りでも世界に禍ではなく

平和を与えたことになるとワシは思うんじゃ。

 

ひょっとしたら、

お前さんの影響を受け、どこかの誰かも平和に生き始めるかもしれんぞ。

 

そうなれば、その人からも平和な雰囲気が放たれはじめ、

別の人たちにもその平和が伝わるかもしれんぞ。

 

これが繰り返されれば、もっともっと平和な雰囲気が伝わるぞ。

 

まぁ、こういう草の根運動が

確実にこの世界に平和な雰囲気を伝えるとワシは思うんじゃよ。

 

 

う~ん、そうですけど。

とっても気の長い話ですよね。

 

 

確かに気の長い話じゃ。

現実的じゃないように思えるのは無理はないな。

 

 

でも、よく考えてごらん。

 

この世界は多くの人間の集まりで出来ておるんじゃよ。

 

別の言い方をすれば、世界は72億の人間の人生の集合体ともいえる。

 

 

そしてKさん、

 

お前さんは世界の中では、たった72億分の1の存在じゃ。

 

そのお前さんが平和になれば、

世界の禍が72億分の1だけ少なくなるんじゃよ。

 

はい。

 

ならば、この役割と責任はどの人間も同じじゃぞ。

 

金も権力も性別も年齢も頭脳も体力も

ありとあらゆる個人の性質に関係なく同じじゃ。

 

ならば、

一人一人の心が平和になることが、

真に世界を平和にすることだとワシは思う。

 

 

・・・・。

 

 

他人はそのままでいい。世界もそのままでいい。

誰の心も変えなくていい。

全てがあるがまま、ありのままでいいんじゃ。

 

ただ、自分の心が平和になることだけじゃな。

自分の役割と責任を果たすことだけじゃよ。

 

 

Kさん、お前さんが平和な人生を望むなら、

毎日を健康に生きたいのなら、

この騒がしさから「いち抜けた」じゃ。

 

それが出来たら、

そこから自分の周りの他人が変わり始め、

そして自分の関わる世界が変わり始める。

 

最終的にはこの世界全体が変わり始めるとワシは思っとるぞ。

 

じゃから、Kさん次第なんじゃよ。

 

 

う~ん・・・・・・。

 


 

 

つづく

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
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従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです

 

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫く・・・・?ずーっと?兎に角、お暇な方は、お付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 

 

 

間が空いたが前回のつづきじゃぞ。

 

はい。

 

 

アヤツ(管理人)が、

12/2の記事「体と人生は心の投影、自分次第です

でも書いたとおり、自分の人生は自分の心で決まるのじゃよ。

 

つまり、自分の人生は自分が創っとるということじゃ。

 

 

 

ちなみに本家のHPのブログ記事

人生は虚構、自分しか存在していない。(外部リンク)にも

これらに関連して書いてあるぞ。


まぁ、ただ、こういったことを

素直に受け入れ理解する人は少ないな。

 

多くの人には、馬鹿げた話に聞こえ拒否反応を示すな。

 

確かに一般的な話ではないから

にわかには理解できるものではないが、

少なくともアヤツとワシはそう考えておるんじゃ。

 

 

だから、仙人さんは

いつも自分の心を大切にすることを勧めているんですね。

 

 

そうじゃ。

 

前回の記事の最後に

「常に自分の感情に敏感になれ!」って書いたじゃろ?

 

はい

 

 

あれは、今の自分の心の状態により、

その時点から未来へ

自分の人生の展開の仕方に影響をあたえるから

お前さんに注意するために書いたんじゃ。

 

要は、自分の感情に無頓着過ぎて

ボケ~っとしておってはイカンのじゃ!と言いたかったんじゃよ。

 

 

なるほど!

お気遣いありがとうございます。

 

 

そうじゃ、自分の感情に鈍感になることは危ないことじゃよ。

アヤツを見てみればそれはよく分かるぞ。

 

 

アヤツのように自分の正しい価値観を発信しても

それを主張し過ぎると単なる独善になってしまう。

 

すると、

アヤツとは異なる意見の大多数の人々から見れば

危ない価値観として受け取られ反感を買うだけになるな。

 

そうなると未熟なアヤツの心は、

その影響でネガティブな感情に汚染されてしまうな。


 

アヤツは、あー見えても敏感じゃからな。

いい意味でも悪い意味でも敏感に反応するんじゃよ。

 

じゃから、すぐにアヤツの健康や人生に

負の影響が出てしまうんじゃよ。

 

例のHPの件も

ワシから言わせればアヤツ自身があのような状況を作ったことになるな。

 

 

そうなんですね。

 

そうなんじゃ。

 

このことはアヤツだけではないんじゃよ。

 

ワシの目から見ると

多くの人はこのことを知らず、

日常的に無自覚にネガティブな感情に浸っておるな。

 

じゃから、その人たちの人生は、

本人も全く自覚のないまま

ネガティブな方向に進んでしまっているのじゃよ。

もちろん健康状態もじゃ。

 

ええ・・・、なんだか怖いですね。

 

 

そうじゃ。

実際、世の中はそうなっておるじゃろ。

 

例えば、

今、世間はコ●●禍、コ●●禍と言うが、

ワシから言わせれば

誰もが禍の「か」じゃなく、「渦(うず)」のコ●●渦じゃよ。

 

 

少数じゃが、アヤツのように

「コ●●を必要以上に恐れるな!」

「不安を煽るな!」と訴える人達はいる。

 

そういった人達は、

彼らの正義感から人々に正しいことを発信しているが、

 

しかし、

その多くは、アヤツのように、

このバカバカしい現状に怒りや憤りを覚え、

そのネガティブな感情を動機として人々に訴えているんじゃよ。

 

じゃから、

何を意図しているか分からないが不安を煽る人たち、

それを無闇に信じて怯える多くの人たち、

そして、冷静な状況分析でそれを止めようと訴える人たちも

みんながネガティブな感情に囚われていることになってしまってるな。

 

こう考えると、結局のところ、みんながみんな

このコ●●禍という禍(わざわい)の渦(うず)に飲み込まれているんじゃよ。

 

つまり負のスパイラルに3者が入っておるんじゃよ。

 

 

うわ~、ますます怖いわ!

 

 

 

 

Kさん、お前さんが、

本気で健康で幸せな人生を過ごしたいのなら、

世の中のネガティブな状況に

自分の心が奪われたままではイカンのじゃよ。

 

はい、そうですよね。

 

でも、どうすればいいんですか?

 

 

 

「いち抜けた」をするといいんじゃよ。

 

えっ!いち抜けた、ですか?

 

 

 

そう、いち抜けた!じゃ。

 

子供のころ、鬼ごっこやかくれんぼなどして、

その遊びを辞めるとき一緒に遊んでいた友達なんかに言わんかったかい?

 

そのいち抜けたじゃよ。

 

つまり、この状況を自分だけは無視することじゃ。

 

騒ぎたい人は、そのまま騒がせておけばいいということじゃ。

 

いつもワシが言う、あるがままということじゃよ。

 

あるがまま、ですか!?

 

 

 

そう、あるがままじゃ。

全てに〇じゃ。裁かないでみんなに等しく〇を点けることじゃ

 

そして、

我関せずで自分の平和な心で

自分の考えに素直に正直に生きればいいんじゃ。

 

世間に自分の価値観を理解してもらう必要はないということじゃ。

 

決して特別なことをする分けじゃないぞ。

日常を平和な心で普通に生活するということじゃぞ。

 

 

 

えええ・・・、何だか難しですよ。

無視なんてできませんよ。

 

自分が正しいと思っているんでしょ。

やっぱりみんなに言いたくなりますよ。

分かってほしいって思いますよ。

 

それを我慢して普通に生きろなんて難しです。

 

 

 

そうじゃな、

確かに「伝えたい」「分かってほしい」というそういった誘惑はあるわな。

確かに大変なことじゃ。

 

まぁ、「ねばならない」という固定観念が一切ない

ワシのような悟った者でないと

今の世の中を心を平和に生きることは難しいわな。

 

 
仙人さんは、「悟っている」という設定だからできることなんでしょ。
私を含めて普通の人はできないじゃないですか?
 
 
うん、そうじゃな。
心にある執着がなくならないと
自分の中の独善が必ず平和な生活を邪魔をするじゃろうな。
 
だから一つ一つ気づいた毎に
自分の中の「ねばならない」を手放す
心の作業をコツコツするしかないんじゃ。
 
こればっかりは誰も近道はないな。
 
 

えええ・・・・、

何だか救われないですね。

 

 

そうじゃな。

現実にこの世界で生きる者にとっては難しいな。

 

じゃが、

「やる」か「やらない」かはKさん次第じゃぞ。


う~ん・・・。

 

 

 

「ねばならない」を外した自由な心、

つまり、裁かない心でいないと

どんな人間も世の中の状況に飲み込まれてゆくことになるんじゃよ。

 

 

ワシの意見も無数にある価値観の内の一つじゃ。

決して正しいわけじゃない。

 

じゃから、Kさんがワシの意見に納得しなくてもいいし、同意もしなくてもいいが、

ワシから言ってあげられることはこれじゃな。

 
 
 

 

つづく

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫く・・・・?ずーっと?兎に角、お暇な方は、お付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 
 

 

前回も長くなりすぎたので、今回はその続きじゃ。

 

はい。

 

 

儂はな、アヤツにいつも言うんじゃよ。

 

「意見を持ってもいいが、それを主張し過ぎないこと。

 

健康で平和に生きたいのなら、

世間の人々の考え方を尊重しそのままにしておくこと。

誰に対しても、あるがまま、ありのままじゃ。

 

類は友を呼ぶ、

気(考え方)が合う者同士は必ず引き寄せ合うから、

伝わる人には必ず伝わるから心配は要らん。」とな。

 

 

なるほど。

 

ということは、

自分の意見が正しいと主張し過ぎる人は、

自ら平和を遠ざけているということなんですね。

 

そういうことじゃな。

 

誰だって自分の信じている価値観は正しいと思っているからな。

相手から異なる意見を強く主張されれば、いい気分はせんものじゃ。

ゆえに両者に不和が生じるのは必然じゃな。

 

寛容でない心には平和は訪れんよ、ということじゃ。

 

そして自分の心が乱れれば、

その影響はその人の体や人生に現れることも必然じゃわな。

 

 

へぇ~、だから管理人さんは、

あの時、望まない結果になったんですね。

そして今回もそれを繰り返しそうになったんですね。

 

 

そうじゃよ。

 

まぁ、アヤツはまだまだ儂のように悟ってないからの。

こういった失敗は仕方がないいんじゃ。

 

誰だってこういったことを繰り返すことで

一つ一つ自分の中にある独善の元、

固定観念になってる「ねばならない」を

手放していくしかないんじゃよ。

 

アヤツのように未熟の内は、トラブらないと気づけないんじゃよ。

 
 

今回もアヤツ的には

正しいことを言ったつもりでいたんじゃが、

その動機が前回と同様に

自分の独善的な価値観に囚われたことからなんじゃ。

 

その証拠に文章からイライラやモヤモヤといった

不快な気持ちが生じてるんじゃ。

 

 

もし、イライラやモヤモヤじゃなく、

拘りのない清々しい気持ちならよかったんですか?

 

そうじゃな。

そういった気持ちなら独善は含まれんな。

嫌味や批判的な表現はせんじゃろうな。

 

意見を言うにしても偏りなく公平な表現をすることになるな。


なるほど、そういったことに現れるんですね。

 

 

 

Kさん、ちょっと考えてごらん。

 

アヤツと似た意見の人があれを読めば、

うん、そうそう!となって同意を得られるだろう。

 

しかし、もし、アヤツと正反対の意見の人が読んだら、

自分のことを批判されたように感じてしまうじゃろ。

 

そうなれば、相手にネガティブな感情が生じ、

こちらの意見を伝えようとしても壁ができて上手くは伝わらんよ。

むしろ拒否される可能性が大きくなるわな。

 

 

 
アヤツが自分の意見が正しいと信じるなら、
焦らないことじゃ。
 
心の平穏、冷静さを持って
相手を尊重し受け入れる心の余裕を保った上で
自分の意見を伝えることじゃ。
 
そうすれば、こちらの意見が伝わる可能性が高くなるからな。
 
う~ん、そうか!
私には批判的には感じなかったのは、
管理人さんと私の価値観が似てたからなのですね。
 
もし私が違う意見だったら、
あれに嫌な気分を感じているかもしれませんね。
 
そうなるとあれに反論や攻撃したくなるかもしれませんね。
 
 
そうじゃよ。
だからお互いに平和な人生から遠のいてしまうんじゃ。
 
 
 
このことは、意見を言うことだけでなく、
行動全般に言えることなんじゃよ。
 

 

つまり、「何をしたのか!」ではなく、

 

どんな気持ちでそのことをしたのか!」

が大切なんじゃよ。

 

 

だから、常に自分の感情に敏感になれ!と言うんじゃよ。

 

 

 

 

 

続く

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

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従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
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尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 
 

 

さぁ、前回の続きじゃ。

 

ところでKさん、

今回の件で儂にちょっとアヤツ(管理人)のことを説明させてもらえんかのう。

 

ええ、いいですよ。

 

Kさん、アヤツのHPが●oogl●からペナルティを受けて

3か月間消された件を知っておるじゃろ。

 

はい。

問題と思われる記事をHPから削除して、

このアメブロに転載したんですよね。

 

そうじゃ。

 

 

あのことも今回と同じことなんですか?

 

そうじゃよ、アヤツの中の「ねばならない」という固定観念で

相手を裁いた結果、あの様なことになったんじゃよ。

 

アヤツのHPのブログにもちょくちょく出てきたことじゃが、

自分の心の状態が、

自分の身体と自分の人生に現れると言うじゃろ。

 

あの件は正にその通りのことじゃよ。

 

 

アヤツが独善に囚われたままだからあーなったんじゃよ。

 

物事は必然じゃ、偶然はない。

すべて自分が蒔いた種、

決して●oogl●が悪いわけじゃないよ。

 

 

 

そうなんですね。

 

そうじゃ。

 

さる仙人さん、心は自由なんでしょ。

だったら、

管理人さんがあの様な記事を書いても

決して悪いわけじゃないですよね?

 

そうじゃ、この世はいろいろな価値観があるだけで善も悪もないからな。

だから、なーんも悪くないぞ!

 

 

 

だったら何で管理人さんにとって良くない結果になったんですか?

 

そうか、そういった疑問なんじゃな。

 

はい、今回はこのテーマでお願いします。

 

 

よし、では、簡単に説明しよう。

 

アヤツは平和な人生を望んじょる。

ならば、アヤツ自身の心が平和でなければならんのじゃ。

だって、人生は心の投影じゃからな。

 

でもあの時のアヤツは平和な心ではなかったんじゃ。

自分の意見の正しさを武器に相手を責めたからな。

 

まぁ、相手といっても政治やマスコミといった

不特定の者に対してなんじゃが。

 

でもこの責める心では平和な人生にはならんな。

アヤツの望みとは逆のことになるのは必然じゃな。

 

 

いつも儂がいうように価値観に善悪はない。

自分にとっての善は自分にしか通用はしないんじゃ。

自分以外の人には通用はしないんじゃよ。

 

 

なぜなら、

人はな、自分の価値観で世界を見ているんじゃ。

同じ世界を見ているつもりでも違うんじゃよ。

 

でもそのことに多くの人は気づいておらずに

皆が自分と同じよう見えている(聞こえている)と思い込んでいるんじゃよ。

 

だから、自分の見えていることで意見を言っても

それを聞く人の価値観がその人と大きく異なれば

全然違って聞こえてしまうんじゃ。

 

但し、似たような価値観ならば、

共通している部分については同じようになるがな。

 


だから、同じ出来事を見たとしても

人によって真実が異なってくるんじゃ。

 

(真実とは真の事実のことじゃから一つしかないはずじゃ。

でも、それが異なるということは何か可笑しな話じゃが、

これについてはどこかで説明するから、今はスルーしてくれ。)

 

要は、同じ映画を見ても、

見た人全員が同じ感想にはならんじゃろ。

あれと同じじゃ。


 

 

だったら、今のコ■◆騒ぎの世の中は、

人の数だけ違って見えているということですね。

 

そうじゃ、Kさんのいう通りじゃ。

 

この世は、みな同じではない。

人の数だけ異なる世界があるんじゃよ。

 

今、世界中に72億の人間が生きているらしいから、

72億通りの世界が存在するということになるんじゃよ。

 

ということは72億通りの善悪も存在するんじゃよ。

 

 


おおお・・・、今回も長くなってしまった。

途中じゃが、とりあえずここでおしまいじゃ。

 

 

はい、了解しました。

 

 

 

続く

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫く・・・・?ずーっと?兎に角お暇な方は、お付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 

 

 

さる仙人さん、お久しぶりです。

私たち久しぶりの登場ですね。

 

おお、Kさん、久しぶりじゃのう。

元気しとったかの?儂はいつの通り元気じゃたよ。

 

私も元気でしたよ。

 

そうかそうかよかったわい。

 

 

 

ところで、さる仙人さん、

管理人さんがまた、突然、記事を書き始めましたね。

 

そうじゃな。

でもまたいつもの悪い癖が出とるがな。

 

えっ、そう仰いますと。

 

いやな、アヤツ(管理人)は、

自分の中のモヤモヤやイライラすることが溜まったときに

あんな風に書とるんじゃよ。

 

まぁ、書くこと自体は何も悪くはないんじゃがな。

 

ただ、儂がいつもアヤツにアドバイスしていることは

出来ていないいないことになるわな。

 

 

 

それってどういうことなんですか?

 

Kさん、儂は、いつも全てに〇を点けることと言うとるじゃろ。

あるがまま、ありのままでいいんじゃ、とな。

 

でも、また今回もコ■◆関係で記事を書いたアヤツは

それが出来ておらんのじゃよ。

 

そうなんですか。

 

そうじゃ。

じゃ、Kさんに説明しよう。

 

はい。

 

 

 

全てに〇は、特定の相手だけじゃないんじゃよ。

 

世間という不特定の人々に対しても

同様でないと意味がないんじゃよ。

 

だから、

政治だろうとマスコミだろうと関係はないんじゃ。

 

 

 

アヤツがイライラしたということは、

アヤツの心の中にある

未だ消えておらん「ねばならない」に

引っ掛かっただけなんじゃよ。

 

その価値観で政治やマスコミなど世間を裁いたんじゃよ。

 

 

 

でも、管理人さんは意見を書いただけじゃないのですか?

意見は誰だってあるし、

仙人さんも意見は持っていいって仰っていたと思うんですけど。

 

 

そうじゃ、確かに儂はそう言った。

 

でもな、Kさん。

意見は持ってもいいが、

それを使って相手を責めていいとは言ってないぞ。

 

それをすると戦いになってしまうからな。

 

戦ってしまえば

相手をあるがままに受け容れたことにはならんからな。

 

 

ええ、そうですね。

でも・・・・。

 

でも、何じゃ?

 

いや、管理人さんは、「私は思う」と表現していますから

自分の意見を書いているだけに私は思うんですけど・・・・。

 

そうじゃな、

でもな、ちょっと考えてごらん・・・・というより、

冷静にちょっと感じてごらん。

 

・・・・・・

 

Kさん、あれを読んで平和な気持ちになったかい?

 

う~ん、・・・・・。

 

儂には、アヤツのイライラの捌け口としての

不安定な気持ちを感じたぞ。

 

誰かを敵にして自分が正しいという

独善的な雰囲気をあの記事から感じたな。

 

まぁ、そう言われればそんな感じもしますね。

 

 

 

この世に決まり決まった価値観はない、

ただ無数の価値観があるだけじゃ。

だから善も悪もない、正誤も優劣も美醜もないと言うとるじゃろ。

 

でもあれだと裁いちょるな、

だからアヤツは自分の心の自由を失っとる。

 

 

心の自由を失えば、それにより不平不満が生じるから、

それによるイライラのガスを

ブログを書くことで吐き出しとるだけじゃよ。

 

そうやって自分では処理できない

モヤモヤやイライラを軽減しただけじゃよ。

 

決して自分の中にある自分を縛る価値観を外した訳ではないな。

 

 

特に11/27と11/28の2つの記事は、その傾向が強いな。

今年の4月にトラブったときと同じじゃな。

 

だからお前さんが言うように

自分の意見を伝えただけ、ということにはなっておらんよ。

 

 

まぁ、仙人さんにそう説明されれば

私にもちょっと分かってきました。

 

そうか、よかったわい。

 

 

だったら、12/2からの3つの記事はどうなんですか?

 

お前さんはどう思う?

 

私はちょっと違うと思います。

特に12/2の文章の後半からはそんな感じがします。

 

 

おお、流石、Kさん。

そうじゃ、正解じゃ。

 

アヤツも先の2つの記事を書いた後、

自分のイライラを吐き出しただけということに

気づいておったのでな。

 

それでな、なんか違う感じで新たに書きたいと

儂に相談してきたから、

文章を書いている途中から儂がアドバイスをしたんじゃ。

 

特に、12/2の後半からはそうなんじゃよ。

 

あそこに赤文字のかっこ書きがあるじゃろ、

あれは文章ができた後、儂が付け足すようにアヤツに言うたんじゃ。

 

へぇ~そうんですか。

 

 

そうじゃ。

 

「人は人、私は私。

これだけじゃと冷たく感じんかい?

相手と自分の間になんだか壁を感じるじゃろ。

 

だから、優しさ許容を含める意味で

「あなたはあなたのままでいい。私は私のままでいい。」

を足したんじゃよ。

 

本当言うとな、「私は私のままでいい。あなたはあなたのままでいい。」

という書き方のほうがいいんじゃが、「人は人、私は私」なので、

相手を先、自分を後という形に順序を合わせただけじゃ。

 

 

 

へぇ~、細かい気遣いですね。

仙人さんの意外な一面ですね。

もっと大雑把かと思っていました。

 

 

儂の気遣いは、儂のお肌といっしょキメ細かいぞ!

Kさん、よく覚えておくように!

 

ハイハイ。わかりました。

 

 

あ~ぁ、Kさんは相変わらず儂に冷たいの~。

 

 

雑なのはアヤツ(管理人)の方じゃよ。

 

若いころのアヤツは、

友達からスーパー短気と呼ばれ、

独善的、そして気が小さい奴じゃったからな。

 

そうなんですか?

 

 

そうじゃ、アヤツのHPの方にもちょっこと書いてあるぞ。

 

そうやから、30歳半ばに人生に頓挫して苦むことになってな。

 

それから、四苦八苦しながら

心の中の「ねばならない」という固定観念を

手放すことを続けておるんじゃよ。

 

今なお試行錯誤しながら自分の心を修正しとるところじゃよ。

 

今回もその内の一つじゃな。

 

 

へ~、そうなんだ。

 

 

 

あ~イカン。これ以上、アヤツのダメ出しを言うと

アヤツがヘソを曲げて

ブログを書かなくなるとイカンので、ここいらで止めよう。

 

そうですね。

また長期の休載になっちゃうと私達寂しいですものね。

 

そうじゃ、折角の再登場だからな。

アヤツにはもうちょっと続けてもらわんとな。

 

 

はい!そうですよね。

 

そうそう、さる仙人さん、今回のまとめは?

 

 

おお、イカン、忘れとった!

 

「全てに〇を点けるとは、

特定の相手だけではなく、

例外なくあらゆる人々に等しく〇を点けること。」

じゃ!

 

 

 

続く

 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

 

昨日(12/3)の続きです。

 

 

心を癒すとは、

自分を愛することである。

 

愛するとは、

自分を強く美しく素晴らしいと認めることである。

 

自分を愛した人だけが他人を愛することができる。

 

それは、

自分と同じように他人を強く美しく素晴らしい

と認めていることである。

 

 

 

自分と同じように他人を愛せる人の心には

恐れや不安、心配といったネガティブな気持ちはない。

 

あるのは、

清々しく、温かく、柔らかく、優しく、平和で穏やかな気持ちだけである。

 

 

 

 

 

心にある自分に制限を掛ける価値観を手放し、

心を自由にして自分や他人を裁かない。

 

あるがままの自分、あるがままの他人を受け入れること。

 

これが自分の心を癒すことであり自分や他人を愛することなのである。

 

これが出来たとき自分の中にある本当の力、

生命(いのち・魂)という偉大な力が発揮されるのである。