【きぼう堂鍼灸治療院ブログ】 まぁ、飄々といきましょう。  -4ページ目

【きぼう堂鍼灸治療院ブログ】 まぁ、飄々といきましょう。 

「病は気から」 病気は心の状態が身体に現れたもの。

健康を回復するには心の癒しが何よりも大切!

このように考える鍼灸師が、日常や治療の中で感じたことを拙い文章で書いています。

とは言っても、難しいことは考えず、まぁ、飄々といきましょう。(^O^)/

昨日の記事に追加です。

 

 

 

私は私の中にある力を信じている。

その力の偉大さ強さを確信している。

 

その力の名前は生命(いのち・魂)である。

生きとし生けるもの、全てにある力である。

 

しかし、目には見えないから、

当たり前に存在するこの素晴らしい力の

偉大さ強さを誰も信じない。

 

人は目に見える肉体だけを信じている。

目に見えない心や生命(いのち・魂)の力を信じてはない。

だからその力を有益に使うことができない。


 

肉体に騙されてはいけない。

人に中にある本当の力、

生命(いのち・魂)は肉体の状態とは全く関係がない、

肉体は魂の器、単なる着ぐるみの様なものなのだから。

 

ゆえに老いも若きも男も女も関係ない。

体の大きい小さい、体力も関係ない。

今までの病歴も関係ないのである。

 

 

 

 

心にあるカチカチの価値観を手放して

心を自由にすると

今までの自分とは違う何かを感じる。

 

言葉ではない何かが自分の心に響くことがわかる。

何かの閃き、気づきを感じることができる。

 

このとき自分の中にある本当の力を確かに感じることができる。

 

この生命(いのち・魂)という力の偉大さ強さに気づいたなら

心の中から恐れが消える。

 

 

 

 

この恐れない心を得たら、その人は変わる。

 

体も人生もその人の強さを現しはじめる。

 

なぜなら、その人は自分の心を癒したからである。

 

 

 

続く
 

心の状態が体と人生に現れると常々話していますが、

これが中々理解してもらいないのが現状ですね。

 

私は人の心には無意識の領域があると思っています。

その中にあるその人の不安や恐れなどが体に現れたのが病気です。

 

こいつを認めて自分で手放さないと病気は根本的には治りません。

 

 

 

心の奥、無意識のことですから

このことをまずは理解してもらわないと難しいです。

 

ただ、今の世の中、

こんなことを言う人は殆どいません。

 

私も出会ったことはないです。

 

実際、私もこのことに気づかずに

人生の半分以上を生きてきましたからね。

 

 

30才代半ば、自分の心も身体も人生も

どうしょうもない状態、八方塞がりになって

何年も苦しんでやっと気づいたんですから。

 

 

 

 

もちろん、本も沢山読みました。

 

そして、そこで知ったことを

何度も何度も数えきれないほど自問自答を繰り返して、

そして沢山の患者さんと話をしその人の人生の悩みを聞き、

鍼という患者さん自然治癒力を頼りにする治療をして、

そこから得た経験を通じてやっと分かってきたんですから。

 

 

 

だから、多くの方が、私の話を聞いて

 

「ハイ、そんなんですね。」

って素直に受け入れることなんてまずないんですよ。

 

私と世間の多くの人との価値観の差が大きくありますからね。

 

 

 

実際、当院に初めて来られる人は、

普通は、キョトンとされ、

?????って、「?」マークが一杯の反応になりますね。

 

えっ!なんかやべえトコに来ちゃった!!

ってなる人もいますね。(笑)

 

 

でもごく少数ですが、

私の考えに興味を持たれた方には、

価値観の差を埋められるよう色々と試行錯誤しながら

日々話をしています。

 

 

 

 

今年の2月から始まった新型コ■◆騒ぎ、

何とか収まらないかな~

と思って人に話し、ここにもいろいろ持論を書いてます。

 

 

私の話していることが、

今の世の中の多くの人々に

そう簡単に理解されないことは、

自分なりに分かっているんですが・・・、

 

でも、とてももどかしいです。

 

 

 

 

人は人、私は私。(あなたはあなたのままでいい。私は私のままでいい。)

心は自由、決まり決まった価値観はない。

ただ、いろいろな価値観があるだけ。

 

自分の信じたいことを信じればいい。

どれも正解じゃないし、どれも間違いじゃない。

 

自分の人生、代わりに生きてはくれる人はいない。

自分の人生で起こることは、

全部自分の責任であり、全てを受け入れるしかないだけ。

 

体も人生も自分の心の投影。

自分の心が変われば体も人生も変わる。

 

ということは

他人の体、人生は変えられない。

しかし、その人の心が変われば変わる。

 

 

 

 

世間は世間、

騒ごうが騒がまいが、人々の自由です。

そのままにしておくしかないです。

 

私の体、人生は、全て私次第だから、

私は私のできることするしかないですね。

 

 

 

 

 

 

きぼう堂のHPに臨床例として「【臨床例】生理不順(多嚢胞性卵巣症候群・PCOS)」を投稿しました。

 

(以下は一部抜粋です)

 

 

【臨床例】生理不順(多嚢胞性卵巣症候群・PCOS)

 

Mさん 20才代後半 女性   (治療開始日:2017/12/14)

 

【症状】

10代のころから続く生理不順、半年以上来ないこともざらにある。
最近(2017年秋)、婦人科を受診し多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断された。
現在(2017年12月)は9月から3か月間来ていない。

 

【治療】

鍼灸のみ。

 

【使用した主な経穴】

孔最、手三里、復溜、曲泉、陰谷、陰包、背部兪穴、その他
(脈診に合わせて上記の経穴から選穴しています。)

 

続きは当院のHPでお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きぼう堂のHPに臨床例として「【臨床例】示指・中指の痛みと関節のこわばり(頸肩腕症候群)」 を投稿しました。

 

よろしかったらお読みください。

 

(以下は一部抜粋です)

 

【臨床例】示指・中指の痛みと関節のこわばり(頸肩腕症候群)

 

【症状】

約1か月前から右手の指先(示指と中指の第2関節の先)に痛みが出てきた。朝起きた時、関節のこわばりもある。  

1週間前から左にも同様の症状が出てきた。

首に湿布をしたら少し楽になったが治ってはいない。

尚、整形外科は未受診、頚椎は検査していない。

 

【治療】

鍼灸のみ。

 

【使用した主な経穴】

孔最、手三里、復溜、曲泉、陰谷、その他

(脈診に合わせて上記の経穴から選穴しています。)

 

 

 

続きは当院のHPでお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きぼう堂のHPに臨床例として「【臨床例】左肘~左指先の痺れ・痛み(胸郭出口症候群)」 を投稿しました。

 

よろしかったらお読みください。

 

(以下は一部抜粋です)

 

 

【臨床例】左肘~左指先の痺れ・痛み(胸郭出口症候群)

 

Iさん 40代 男性   (初診:2020/08/26)

 

【症状】

8/19の夜、急に左手首に痺れ・痛みが出た。
その後、症状は肘(尺側)、前腕(尺側)、中・薬・小指へと転々と移動。

8/24、O市民病院の神経内科を受診、検査し「神経には異常はみられない」と診断されが、神経に効く鎮痛剤を処方された。

しかし、全く効果なし。

仕方なく市販の鎮痛剤を服用、それがかろうじて効き何とか眠れるが、切れると痺れ・痛みで再び眠れない。

尚、整形外科は未受診、頚椎は検査していない。

 

 

 

 
続きは当院のHPでお読みください。
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きぼう堂のHPに臨床例として「【臨床例】 スポーツ選手の慢性腰痛」 を投稿しました。

 

よろしかったらお読みください。

 

(以下は、一部抜粋です)

 

 

【臨床例】スポーツ選手の慢性腰痛

Sさん 20代前半 男性   (初診:2020/08/11)

 

【症状】

今年の5月、腰部から仙骨部にかけて急に痛みが出た。

整形外科ではレントゲンの検査で骨に異常なしと診断、湿布薬を処方され毎日貼り続けていたが、3か月経っても一向に痛みは無くならない。ストレッチをしても変わらない。

 

中学生の時、同様の腰痛が発症し、半年間部活が出来なかった。

今回も大学でバスケット選手としてプレイするのがキツイ。

 

 

 

 

 

続きは当院のHPでお読みください。

 

↓クリックすると当院のHPにとびます

 

 

 

 

 

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 

儂と管理人との関係(後編)「自分の心を癒すとは」

誰の中にもいる儂のような存在

 

おーい、続きじゃぞ!
Kさん、起きとるか~。

 


ハ~イ~、大丈夫ですよ~。
生きてますよ~~。


 

ほぉ、まぁ生きてりゃいいじゃろ。

そんじゃ、勝手に始めるぞい。

 

今現在も、

アヤツ(作者・このブログの管理人)自身の心の中に

無数の固定観念はある。

 

だが、前回、説明したことの繰り返しになるが、

今なお、一つ一つ外してゆく心の作業を

コツコツとしているんじゃよ。

 


ここまで聞くと、

儂という存在は、何かアヤツだけの特別な存在

に思うかもしれんが、実は、そうじゃないんじゃ。

誰の中にも居る存在じゃよ。

 

だってそうじゃろ、

何があっても「ええよ」と気前よく〇を点けるだけの事じゃからな。

誰にも何にも気にせず、遠慮せずに、

自分の心の中だけですることじゃから、

実のところ大したことじゃない。

 

前回、アヤツが儂を作ったって言ったが、

本当は作らんでもずーっと前から居るんじゃよ。

でもな、

そんなこと(心のコントロール)が出来るんだ、

と気づかないうちは分からんだろうな~。

 

心は自由じゃぞ、

 

現実世界に関係なく

さっさとKさんバージョンの儂のような存在を

認めればいいんじゃぞ。

 


もう既にいるから、

お前さんの好きな呼び名を付ければいいだけじゃぞ。

 

決して、難しくはないからな。

お前さんにその意志さえあれば、直ぐにでもできるんじゃぞ!

 

えっ!ハイ、作りま~す、呼びま~す。

ハイ、OKです。


 

おお、

だいぶ眠気でチンプンカンプンになっておるな。

まぁよい、

Kさんが眠っていようとも、儂は勝手に儂のことをもう少し説明するぞ。

 

 


 
悟ることは、人間が持つ能力とは全く関係がない
 

 

悟るとは、目覚めることと言うたな。

 

それは、この世の価値観に囚われていない状態とも言うたな。

 


だが、皆が勘違いしていることの一つに、

 

「悟った者はこの世の全てを理解した、全てを知った存在」

と思っておる者もおる。

しかし、それは間違いじゃ。

 

先にも言ったように、
この世に囚われていない状態のことだから、

この世のことを色々と知っているということとは

全く関係がないんじゃ。

 

だから、儂はこの世のことは殆ど知らん。

 

アヤツが知っている範囲でしか物事は知らん。

株式や株価のことも、経済のことも、政治のことも、

法律も、科学の知識も、その他のこと全て、

アヤツの知っている範囲のことしか知らんよ。

 

この世の情報、この世にある知識の記憶量と

悟ること(目覚めること)は、全然関係ないレベルの話じゃからな。

 


もし、この世の何かを具体的知りたかったら儂に尋ねても無駄じゃ。
ネットや何かで調べなさいよ。
いいかね、Kさん。

 


ハイ、ハイ、OKです。

 

そしてな、この世界の価値観で頭が良いといわれること、

 

例えば、学歴、偏差値、知能指数など

が高いと評価されていても、その人が悟れるとは限らないんじゃ。

 

 


え~、どうしてですか?
頭がいいなら、ササっと分かって悟れるような気がしますけど。


 

まぁな、一理はあるな。

しかしじゃ、
他人からの高い評価は、自分に甘美な喜びを与えてしまうんじゃ。

 

するとな、ついつい自分が他者より優れた人間だ、

と錯覚させてしまうことが起こり易くなるんじゃよ。

 

この世の常識(多くの者が共有する価値観)に

知らず知らず囚われてしまい、

その人の心を縛る「ねばならない」を外す足枷になるかもしれんな。

 

 

 

そしてな、この錯覚はな、本当に甘美でな。

 

一度味わうと、人によっては麻薬のようになってしまい

他人からの高い評価を益々求めたくなるんじゃよ。

 

 

 

世の中をよく見てみい。

 

優秀だと評価されている人が、心が平和に生きているとは限らんぞ。

結構、トラブルを抱えている姿を見ないかね。

 

 

そう言われれば、確かに。

 

優秀な学歴の国会議員や官僚、大企業のトップの人など

いろいろと大変そうですもんね。

 

 

 

他者から評価されるその優秀さが、

自分を特別な人間だと認識させ、

知らず知らずに人を見下すことになり、

その人の人生に起こる問題の原因になっておるんじゃよ。

 

 

 

 

これは知能だけでなく、その他の能力についても謂えるんじゃ。

 

どんなことでも他人よりも優れていること自体が

その罠に嵌る可能性があるんじゃよ。

じゃから、

「自分は特別な人間なんだ、選ばれた人間なんだ」

と自分のことを認識している人は、

既に罠に嵌っていることになるから気を付けることじゃな。

 


 
特殊な能力の有無も関係ない
 

 

はい、ちょっと質問です。

 

だったら、

気が見えるとか、感じるとか、気が出るとか、霊感があるとか、
普通の人に無い特殊な能力がある人はどうなんですか?


 

儂の意見を言うならば、

それら特殊な能力の有無も悟りとは関係がないな。

もちろん、

それらの特殊な能力を備えていても悟っている人はおるはずじゃが、

 

その能力が有るからと言って

必ずしも悟っているとは限らないんじゃよ。

 

しかし現実は、

そういった特殊な能力に憧れる人はいるし、

その能力を持った人を特別扱いし崇める傾向はあるな。

 


じゃから、

その本人も周りの人も共に

「自分達は優れた人間である」と勘違いしてしまい、

平凡な他者を見下すことで心の平穏から遠のき

自ずと不幸な状況を作ってしまうことが起こることもあるんじゃよ。

 

本当に悟っている人は、

自分を特別な人間だとは思わない人じゃよ。

 

「私もあなたも同じです、誰もが強く、美しく、素晴らしいんだよ」

って心から言える人が悟っている人じゃよ。

 

兎に角、

この世で何をやったか!何が出来るか!

そして、その評価などには全く関係なく、

 

また、この世の出来事に左右されることなく、

心が真に自由な状態、真に平穏な状態が悟った状態

ということじゃよ。

 

だから、自分の持っている能力に関係なく、

誰でもいつかは悟りに至れる可能性はある!んじゃよ。

 

 

心の中にいる全く性質の異なる二つの存在
 

 

 

ついでに、ここでもう一つ言おう。

以前、厳しい自分が見張っているという話をしたことがあるじゃろ。
あれは、儂の正反対の存在じゃ。
(「06:心の中にいる厳しい自分が見張っている」を参照)

 

儂は、完全に「ねばならない」が無い存在じゃが、

あれ(厳しい自分)は「ねばならない」ばかりで出来た存在だからな。

 

その厳しい自分は、
お前さん達が当の昔から無意識に作って

心の中に住まわし続けておるんじゃぞ。

その存在に

いつもいつも見張られ、責められておるんじゃぞ。

 


このことを自己否定の価値観と言って、

ここの管理人であるアヤツは、いつも皆に説明しておるんじゃな。

 

儂はその正反対じゃ、
あらゆることに「ええよ」と優しく受け入れるんじゃ。

儂は、常に自分や他人の中の本当の力を信頼し、

この世界の価値観に関係なく、いつも「ええよ」と言うんじゃよ。

 

でも厳しい存在はな、
お前さん達を信じられないから、
いつも「大丈夫か?いいのか?ちゃんとしろよ!」とばかり言って、
常にお前さん達を心配し見張っているんじゃな。

 

つまり、

我々人間の心にはな、

この全く性質の異なる二つの存在がいるんじゃよ。

 


心の自由を完全に覚えている儂の様な存在と、

 

心の自由を忘れた存在、

つまり「ねばならない」に囚われた存在のことじゃよ。

 

 

心を癒すとは
 

 

心を癒すとはな、
厳しい自分を止めて、

お前さんの中にもいる儂のような存在を選ぶことなんじゃよ。

 

なぁ、Kさん、儂と話していて心が楽になることがあるじゃろ。

 


はい。



あれはな、

Kさんの心の中にいる儂と同じ状態のKさんバージョンを

Kさんの表面上の意識が選び直した時に起こる現象なんじゃよ。

 

でも、普段のKさんは、

心配性で厳しい「ねばならない」に囚われた方の存在を

無自覚に選んで生活をしているから

Kさんの心の中にもおる儂のような存在に気づかないがな。

 

しかし、

ずーっと前からKさんの中に儂のような存在がおるんじゃよ。

 

そして誰の中にも儂のような存在はおるんじゃよ。

 

その存在に普段から気づけられるように、

これからも儂といろいろ話をしていこう。

その内に儂と話さなくても、

心をコントロールするコツを覚えて

Kさんの心の中に居る悟っている存在に相談できるようになるからな。

 


Kさんよ、ちょっと複雑で難しい話になったが分かったかな?

 

あっ!いや、
いや、途中から分からなくなり・・・・

少しだけ眠っちゃいました。(汗)

えへ、ゴメンナサイ。(;^_^A


 

まぁ、よいじゃろ、今回は難し過ぎる話じゃった。

 

1回聞いただけで理解できるものじゃないからのぉ。
まぁ、その内に分かるじゃろう。

 

あ~あ、余談と言ってはじめたが、4回に渡って話してしまったの~。

とりあえず、おしまいじゃ。

 

それにしてもだな、このシリーズも今回で14回目か!
まぁ、アヤツもコ■◆で暇とはいえ、いつもの如く長々とよく書いたもんじゃな。

 

はい、私も聞くのに疲れました。(≧∇≦)
さる仙人さん、ちょっと休みませんか。


 

そうじゃな、アヤツも書くネタが尽きたろう。ここでちょっと休憩じゃな。

 

◎「15:未定」につづく
 

※:きぼう堂のHPから引っ越してきた「Kさんとの会話(01~14)」シリーズはここでお終いです。

今後は未定です。

 

 

 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 

儂と管理人との関係(中編)「自分の心をコントロール」



自分の中にいる厳しい自分から責められない

 

前回の続きじゃ。

確か、
もし、無数にある価値観を全て手放せたらどうなると思う?
という儂からの問いじゃったな。

 


はい、そうです。
そして私が「分かりません」って答えたんです。


 

おお、そうじゃった。

答えは、全てを裁くことなく平和に見ることが出来ることじゃよ。

それはな、

善いも悪いも、優劣も、美醜、貴賤も、正誤も、
何も裁くことなく全てをあるがままに見えることじゃよ。

 

そうじゃろ。
裁くべき、判断すべき基準や測る物差しが無いんじゃからな。

どんな結果に対してもダメとは思わんのだからな。

 

言い換えると、

自分の中にいる”厳しい自分”から全く責められないということじゃよ。

 

そもそも陰陽の考えは、

陽が善くて、陰が悪い、

ということは言ってはいないんじゃ。

陰陽は、

相対する性質が必然的に存在する

この世の仕組みを表しておるだけのことじゃ。

 

だから、

そのどちらも”善でもなければ、悪でもない”、

ということを理解せんといかんのじゃよ。

 

でも、多くの人は、

自分が好む方が陽であり”善だ!”と思い込み、

それを得ること求め、

 

その反対に自分が好まないものは陰であり”悪だ!”

として避けようとするんじゃ。

 

その愚かな考えが人間の苦しみを生むんじゃな。

だから、

自分が勝手に作った価値観で、

自分や他人、物事を裁くこと判断することを止めた方ええよ

と儂はいつも言っている訳じゃ。
 

 

もし全ての価値観を手放せたら、この世界はどの様に見える?

 


なぁ、Kさん、

 

お前さんの中の無数にある価値観を手放せたとき、
この世界がどの様に見えるか想像できるかな?

 


さぁ?・・・分かりません。

 

あらゆるものを全く裁くことなく見ること、
それは、どれもが素晴らしく自分の目に映るんじゃな。

真の強さ、真の美しさが、

いろいろな形で表現されていることに感動を覚えるんじゃ。

 

今、目と言ったが、

心の眼のことじゃよ、その眼で感じるんじゃ。

 

 


そんなこと出来るんですか?

 

ああ、できる!。

誰もがきっとできるぞ!

 


因みに儂は出来ておる!
なんせ、理想の状態だからな、不可能はない。・・・というより設定じゃからな。

 


ハイハイ。そうですね。

 

じゃが、アヤツが実生活の中で常にそのことが出来ているか?

と言えば、

残念じゃが出来てはおらんな。

 

まぁ、当然と言えば当然じゃがな。

 

それでも、アヤツの心が平穏のときは、
いつも見ている同じ景色が普段より美しく見えているときはあるぞ。

 


そうなんだ。

 

その頻度は、まだまだ少ないが、
というより片手で数えるほどしか経験がないし、
直ぐに現実の問題に引き戻されているがな。

でも、
「あ~、本当にこの世はいろいろなものがあるんだな~、
 あらゆるものがこのままでいいんだ。」
って感心することはあるぞ。

 


へぇ~・・・・。

 

とは言ってもな、まだまだ悟っている訳ではないから、
真の強さ、真の美しさを見ることは全然出来てはおらんがな。

 

その真の強さ、美しさ、っていうのは、どんなものなんですか?

 

Kさん、それは言葉では説明できんよ。
例えできても、経験をしたことがない者には分からんよ。

そうじゃろ、
旨いラーメンをいくら言葉で説明されても、
実際に食べてみなければ本当の味は理解できんじゃろ。

それと同じじゃ、悟りに至った者だけしか分からんものじゃよ。

 

 


な~んだ、つまらないな~。

 

Kさん、お前さんもいつかはそこに至る日が来るからな。
その日まで楽しみにしておくんじゃな。

 


はぁ~・・・・。

 

もし、いつか、全てのものに対して、
その姿形を越えたその中身に

全ては等しく素晴らしい」と感じることが出来たとき、
お前さんは悟ったことになる
な。

 


だったら私は無理ですよ。
顔には出しませんけど、

いろんなことにイライラしちゃいますからね。

 

そんなことは、この世に生きる殆どの人がそうだから気にせんでいい。

今は、そのことも含め「ええよ」と裁かんことじゃな。

 

 

理想の状態についての説明
 

 

そんじゃ、ここで儂の性質をもう一度おさらいしておこう。

 

儂は、アヤツの心の中にいる存在じゃ。

 

アヤツの理想の状態で架空の存在じゃ。

 

この世、アヤツの実生活に生きている人物ではないんじゃ。

 

だから、

アヤツが実生活で影響を受ける出来事があっても

儂には全く影響は無いんじゃ。

 

どんなことに対しても「ええよ」と〇を点けることが出来るんじゃ。

 

アヤツに出来なくても儂は何の苦労もなく出来るんじゃな。

 

このことをアヤツは、

考えて考えて考えている内に気づいたんじゃな。

 

自分の心の中に理想とする状態の者が、

外(現実世界)に全く影響されずにいることを。

つまり、儂のことを気づいたんじゃ。

 

 


 

管理人がしてる心のコントロールについて
 

 

ここからは、アヤツがどう考えたのか?を説明するぞ。

Kさん、少々、分かり辛い話じゃから、そのつもりで聞いてくれよ。

 


はい。

 

アヤツは仮想したんじゃな。

もし自分がこの世から完全に離れた状態で居たのなら・・・、

 

もし心が完全にこの世のことから離れて自由な状態なら・・・、

 

自分はどんな気持ちでいられるのだろうか?と。

 


それも真剣に!
適当な気持ちだと妄想になってしまうからな。

それじゃ意味が無いからの。

 

そしてな、

きっと心は軽いだろう。
きっと清々しいだろう。
きっと穏やかで平和だろうと。

こんな風に想像したんじゃな。

 

というより、なんとなくそう感じたんじゃな。

 

そして、このことはこの現実とは異なる仮想の世界、

 

つまり、

自分が想像する心の中の世界なら、
「それが出来るんだ!!」ということを気づいた
んじゃな。

 


このことは、

自分以外の人に説明し理解してもらう必要のないことであり、
自分のみが知ってさえいればいい心の状態なんだ、


だから、

誰かに気兼ねすることなく

自分次第でいつでもできることだ、ということに気づいたんじゃよ。

 

 

心が現実世界に飲み込まれないように
 

 

このことを現実逃避と言えば、
ただそれだけのくだらない話になって終わってしまうが、

 

実は

この現実逃避こそが、心を自由にする鍵である

と考えたんじゃな。

 

例えると、こうじゃ。

何か現実の世界で問題があったとしよう。

 


そのとき現実のアヤツは、

「ねばならない」に囚われ心が縛られて悩んでいるが、

 

でも、

その心は、現実世界に意識を向けている表面上の心の部分だけであって、
アヤツの心の全てが現実世界にに囚われている訳ではないんじゃな。

 

その現実に囚われていない心、
それは儂という現実世界から完全に自由な存在がいる心のことで、

 

その儂は現実の問題に対して、
なんも悩まずにいつでも「ええよ」と簡単に答えているんじゃ。

 

現実世界に囚われているアヤツの心の一部分は、
先の気づきから自分の心の奥に居る儂の存在を知っているから、
完全に現実世界に飲み込まれず居ることが出来ているんじゃよ。

 

 

だから僅かな冷静さをアヤツは心に保つことができ、
その僅かな心の余裕の中で儂の真似をして「いいよ」と言うんじゃよ。

 

つまり、

自分を含め問題に関わる人や出来事の全てを裁かずに
「あれはあれでいい、これはこれでいい、それはそれでいい」

って〇を点けるんじゃよ。

すると、

それを切っ掛けに現実世界の問題に意識が向いている心が、

その現実世界から意識を外せることが出来るんじゃ。

 

 


つまり、

その問題から俯瞰できるんじゃな。

 

要は、心が落ち着くんじゃよ。

 

 

心の仕組み、気というものの性質を理解しているから
 

 

この俯瞰ができれば、

心は徐々に余裕と冷静さ取り戻し、

 

それと伴に心の視野も広がり、

その同じ問題を見ても恐れなくなるんじゃよ。

すると、

最終的には具体的に問題解決に向けて

少しずつ進むことが出来るんじゃ。

 

気の概念でもアヤツが喋っているじゃろ。

「気が合う」「類は友を呼ぶ」って話のことじゃ。

前向きな気持ちのときは、

同じような前向きな者を引き寄せる。

 

それと伴に、

その気は、元々いる者には良い影響を与え

前向きな気持ちに変化させる。


そして後向きな者は自ずと去ってゆく、

という話のことじゃよ。

 

この話からも分かるように、
心に余裕が出来るとやっぱり状況も好転してゆくのじゃよ。

 

もちろん、

気は高まり身体を正常に巡り

健康へと戻ってゆくことにもなるがな。

 

このように心の仕組み、

気というものの性質を理解しているから、

アヤツは自分の感情に敏感になり

自分の心を一番大切にしているんじゃよ。

 

つまり、

理想の心の状態でいる儂という架空の存在を作ることで、

自分の心を調えることの切っ掛けを常に得ているんじゃな。

 

まぁ、

こんな風にアヤツは自分の心をコントロールしておるんじゃよ。

 

ここまでイッキにいろいろと喋ったが、伝わっておるかの~?

よお、Kさん、
随分大人しいが、儂の話に付いて来てるか!

 

・・・・・ウトウト・・・、
いや、眠ってませんよ。

聞いてますよ。ハイ。・・・zzz。

 

まぁ、よいわい。続けるぞ。

といっても、今回も、ちと長くなり過ぎたのぉ。
続きは次回じゃな。

 

 

◎「14:」につづく



 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

 

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 



儂と管理人との関係(前編)「自分の心の理想の状態」

 


今回も余談じゃが真面目な話じゃぞ!

 


前回の続きじゃが、儂が悩むことがあるか?という質問じゃったな。

 


はい、そうです。
大した疑問じゃないですけど、話の流れで聞いてみたかったので。


 

そうか。分かった。
では、答えるぞ!

儂は悩まん!
なぜなら、悟っ っているからじゃ!! 凄いじゃろ!!

 

 


へぇぇぇ~、そうなんだ~。

いが~い(意外)
(仙人さん、今、ちょっと噛みましたよね。)


 

おおお、なんか不服そうな感じじゃのう。

 


はい、私はてっきり「悩みはあるぞ」と答えると思ってました。

だって、そうでしょ。
さる仙人さんの生みの親、作者の管理人さんに悩みが一杯あって、

まだまだ悟っていないんだったら、
その子である さる仙人さんが悟れている訳がないじゃないですか!?


 

ほう、確かにそうじゃのう。

 


そうでしょ。
私は間違っていませんよね。


 

そうじゃな。
でも、理由があるんじゃよ。

 


なんですか?その理由って。

まさか!
「そういうキャラ設定だから」って、

こんなくだらないオチは無しですよ。

 

・・・・・・シ~~ン。

 

えええ、そんなオチなの!
そのために新しくこの回にまで話を伸ばしたの!?
も~、信じられんわ。そのセンス。(怒)


 

いやいや、Kさん、落ち着いて!(汗)

 

あんたの言う通りじゃ、確かに設定じゃ。

しかしな、そこにはちゃんと理由があるんじゃな。
それも真面目な理由がな。

 

なんですか!その理由って!

 

まぁまぁ、そう怒らんと。

よし、今から説明しよう。
 
少々複雑で文章にしずらいから集中して話を聞くように。よいな。

 
 

理想の状態

 


ここからが本題、真面目な話じゃ。

儂はな、アヤツが作ったアヤツ自身の理想の状態なんじゃな。

 


理想の状態?

 

そう、理想の状態。

それを言い換えるとな。
「ねばならない」が無くなっている状態ということじゃよ。

アヤツの心を縛る固定観念、否定的な価値観、

それらが無くなっている状態。

 

つまりは、

心の自由を完全に取り戻した人間本来の状態じゃな。

 


へぇ~。

 

悟ったとは、目覚めたということじゃ。

何に目覚めたか?と言えば、
それは、この世の様々なしがらみからの解放のことじゃ。

 

仏教でいうと煩悩が無くなった状態のことじゃな。

今風にいうと初期化した心の状態じゃな。

 

完全なるピュアな心、無垢なる心の状態じゃな。



アヤツの以前書いたブログ
「『心は自由、広大無辺な心は真っ白な紙』(2018.11.28)」の心の状態のことじゃよ。

儂はそこに達しておるんじゃよ。

 

へぇ~、めちゃ嘘っぽい。

 

嘘じゃないわい。ヽ(`Д´)ノ
そういう設定になってるって言ったじゃろ~。

フィクション、空想、アヤツの心の中だけの話。

 

そこんところ間違えんように頼むぞ。
そうせんと儂は単なるイタイ奴になるじゃろ~。(^_^;)

 

 


ハイハイ。そうでした、そうでした。
了解で~す。


 

うわ~、完全にバカにしとるな~。

 

 

 

裁きや判断が生じるわけ
 

 

さぁ、ここから改めて真面目にいくぞ。

アヤツは言っておるじゃろ。
心には様々な価値観があるって、それも無数にあるって。

そして、その一つ一つが基準になって物事を測る物差しになるんじゃと。

 


はい。

 

例を挙げるとな。
「歯を磨く」という価値観があったとする。

Kさんが、食後にちゃん歯を磨いたら、

それはその価値観に対して合格したことになるわな。

 

でも、もしKさんが歯を磨かなかったなら、

不合格、ダメな奴という評価がされるじゃろ。

 

なんでもそうだが、一つの価値観が出来ると
それを「クリアしたか、しなかったか」と相反する判断が自ずと生じるんじゃ。

 

では何故そのように判断するのか?と言えば、

それは、この世界が相対の世界だからじゃよ。

 

 


陰と陽、つまり光があれば必ず影が出来る、

影があれば必ず光があるということじゃ。

それはあらゆる価値観に対して、
善悪、優劣、美醜、正誤などのように二元性の結果を生じさせるんじゃ。

 

そして人はな、この二元性の結果の内で、
光や善、優、美、正などと判断される方を選びたいんじゃ。

そして、その反対の影、悪、劣、醜、誤などは嫌なんじゃよ。

 

だから、この世で生きる人は、

自分が作った」価値観に照らし合わせ、

それが嫌な結果にならない様に、
「~ねばならない」

自分が好む方の結果だけを一生懸命に求めるんじゃ。



ここまでは分かるかの?

 

 


はい。OKです。大丈夫です。

 

 

好む結果を求める時点で自ずと自己否定が生じる
 

 

 

そんじゃ続けるぞ。

でも、この生き方は苦しいわな。

そりゃそうじゃろ。

 

いつも自分が信じている価値観に合格するように
自分を見張っていなければならないからな。

 


その常に自分を見張っていること、
それは裏を返すと自分を信頼していないことになるな。

 

もし、信頼していたら見張るということはせんからな。

 

つまり、自分の好む結果を求める時点で、

心の中に自ずと自己否定が生じるんじゃ。

 

そして、好む結果を求めることに強く気持ちが注がれると、
その裏では、

それに比例して得られない可能性も生じてしまうから、

益々、自分に厳しくなるわな。

本当に大丈夫か?いいのか?

って具合に心の中で不安や焦りが生じてくるわな。

 

例え、好んだ結果を得ても、

次も同じ様に上手くいくとは保証はないからな。

 

やはり心の中では「大丈夫か?油断するなよ。」って思っとるぞ。

これら全て自分を信頼していないことの現れじゃろ。

だから全部、自己否定じゃ。

 

そしてな、
これらは必ずしも「大丈夫か?」

って言葉でハッキリとは言っていないじゃよ。

心の奥で無言で言っているから、

殆どの人はこの無言の自己否定に気づかないんじゃ。

そこが厄介なんじゃな。

 

だから、この無言の責めや不信が、

心の中に漠然とした不安や焦りを生じさせ気を乱す。

 

それがいつしか身体に病気で現れたり、

人生のトラブルを起こしたりするんじゃ。

 

へぇ~、なるほど。そう説明されればそうですね。

 

どうじゃ、真面目な話じゃろ。

 


はい、意外でした。
もっと、とぼけた言い訳をしてくると思ってました。
(むしろ、そっちを期待してたんですけどね。)

 

 

 

おいおい、Kさんは儂のことを誤解しちょるぞ。
なにせ儂は、完全なるピュア、無垢なる存在なんじゃからな。

 

 


ハイハイ、にわかには信じがたいですが。

 

さて、Kさん。
もし、お前さんの心の中の
無数にある価値観を全て手放せたらどうなると思う?

 

さぁ~? いきなり言われても分かりませんよ。

 

それはな・・・・・、
おおお、随分と長くなったので次回じゃ。

 

◎「13:」につづく

 

 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

◎この会話は全てフィクションです。

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 

 

今回は余談、このHPの管理人についてじゃ。でも真面目な話じゃぞ

 

 

ところでな、Kさん。

はい。



おおお、文字の色がピンクに戻っちょるぞ。

アヤツが気を利かしたんか?

 

 


いえいえ、違うみたいですよ。

スマホで見たとき茶色だと黒色の文字と区別がしづらいみたいで。

 

それに、これはピンク色じゃなくて、マゼンダ色らしいです。

ピンクは薄くて見えないらしいです。

さる仙人さんの為に戻した訳ではないそうですよ。

 

 


ふ~ん、アヤツは老眼で見難いだけじゃろ。

 

まぁ、アヤツの言い訳は何でも好いわい。

マゼンダかピンクか何か知らんが、儂はこっちが好きじゃ。

明るくていいじゃろ!
 

さて、今回はな、

お前さんのため、というか、

これを読んじょるKさん以外の人の為にも、

 

儂を作った彼奴(アヤツ)、

そうこの会話の作者であり、このブログの管理人について
ちょこっと説明しておこうと思うんじゃ。

 


えっ、今更ですか?
私、別に興味ないですけど・・・。


 

いやいや、そう言わんと。
ちょこっとだけ聞いておくれよ。(;´▽`A``

 


ん、も~う、仕方ないですね。
少しだけですよ。忙しいんだから。


 

わかった、わかった。

簡単にするからのぉ。悪いがちょっと付き合ってな。

 

 


ゴホン、え~、では、改めて。

儂はここでKさんにいつも偉そうに話しておるが、
管理人のアヤツも普段の治療で患者さんに偉そうに喋っちょるよ。

するとな、患者さんの中には、
アヤツがまるで悟った人間であるかの様に

勘違いして見てしまう人が出てくるんじゃ。

 


きっと患者さん以外、
つまり何らかの切っ掛けで

このブログを見つけて読んでいる人の中にも、
そう言った勘違いをしている人が、

一人や二人いるかもしれんな~と思うんじゃ。

 

いやいや、居ませんって。自意識過剰ってやつですよ。

 

ハイ、おしまい。

 


えええ・・・、そう言わんと。
もちょっとだけ・・・ね。

 


ハイハイ。どうぞ。

 

そんじゃ、ササッと続きを話すぞ。

現にな、患者さんでない人から突然手紙をもらったり、
電話相談されたりすることも年に一人や二人あるからな。

 


へぇ~。

 


ネットの力は凄いんじゃな~。

 


ですね。

 


でもな、皆さんに知ってもらいたいんじゃ。
アヤツもプライベートではまだまだ周りの影響を受けとるよ。

皆さんと同じで手放せていない固定観念に
今でも頭を抱え、悩み、心が迷うことはあるぞ。

 

へぇ~、そうなんですか。
因みに、どれくらい手放せてないいんですか?


 

そうじゃな、沢山、沢山あるぞ。

 

悟りの境地に至るには、まだまだ計り知れん遠い遠い道のりがあるな。

 

正しく厚顔無恥じゃ。

 

でもな、人様に偉そうに説明するくらいじゃから、
アヤツなりに日々試行錯誤しながら何とか自力で心を調えとるな。

 

ほぉぉ~。

 

 

 

しかし、

状況によっては手こずることがあるのも事実じゃ。

もちろん何度も同じ様なことで転んで、

落ち込んだり、

自分に腹を立てていることも多々あるぞ。

 

まぁ、ただの人間ですものね。

 

 

 

そうじゃ。

 

だがな、こういったことは悪いことではないんじゃな。

実は、アヤツのこういった失敗の繰り返しが、

今のアヤツのスキルになっておるからな。

 


だから、Kさんや他の方々の失敗は、

もう既にアヤツ自身が何度も経験している失敗であることが多いんじゃ。

そうじゃから儂を通して

このブログの中でKさんや皆さんに偉そうに話ができるんじゃな。

 

 


なるほどね~。

 

とは言っても、

アヤツ自身が未解決なものはアドバイスすることはできんし、
そもそも悟っている訳ではないのだから、

間違いや勘違いしてることもきっとある。

そやから、

アヤツのことをくれぐれも過大な評価はせんことじゃな。

 

ハイ、大丈夫ですよ。
はじめから私は管理人さんを過大評価はしてませんから。
他の人もきっとそうですよ。


 

えっ、そうなの! 儂の杞憂なだけ? 

 

はぁ~・・・・

 

 


はい、そのようですね。(笑)

 

まぁ、兎に角、どんなことも無駄ではないんじゃよ。

だから、Kさんも沢山失敗していいんじゃぞ。

その分だけ自分が成長するからな。

お前さんがよく悩んで凹むからな~。

儂は、そんでいいんじゃぞ!と言いたかったんじゃ!

 

お気遣いありがとうございます。

はい、分かりました。何度も繰り返していいんですね。


 

そうじゃ、お前さんの人生じゃ、何度でも構わんぞ。
どんな経験も全てが糧になるから大丈夫じゃ。

 


はい。

ところで、さる仙人さんもあるんですか?


 

何がじゃ?

 


さる仙人さんの生みの親である作者さん、
つまり、このブログの管理人さんが悩むなら、

さる仙人さんにも悩みはあるのかな?
とちょっと思ったんで。


 

おお、そういったことか!

 

やっと儂の話に乗る気になったな!

 

今日のKさんは冷めとったからの~。

じゃが、それは次回じゃな。フォフォフォ・・・・

 


いや・・・、そこまではしなくていいですよ。(汗)

 

 


そう謂わんと~・・・・。(´□`。)

 

◎「12:」につづく



 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。