【きぼう堂鍼灸治療院ブログ】 まぁ、飄々といきましょう。  -5ページ目

【きぼう堂鍼灸治療院ブログ】 まぁ、飄々といきましょう。 

「病は気から」 病気は心の状態が身体に現れたもの。

健康を回復するには心の癒しが何よりも大切!

このように考える鍼灸師が、日常や治療の中で感じたことを拙い文章で書いています。

とは言っても、難しいことは考えず、まぁ、飄々といきましょう。(^O^)/

◎この会話は全てフィクションです。

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
茶色太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 

 

10:ここから帰るとやっぱりここで聞いたことが忘れてしまいます。なぜなんでしょうか?

 

さる仙人さん、自分が情けないです。

 

ここでいろいろと聞いたことが、

家に帰るとだんだん忘れてしまいます。

 

いつもいつも同じ様なことを聞くことになって

申し訳ないです。

でもなぜ忘れるのでしょうかね?
物忘れがひどくなったのか?記憶力が悪いのか?

 

こんなこと、

さる仙人さんに尋ねても仕方ないと思うんですが・・・。

 

ほぉ、なるほど、そういったお悩みか!
確かに今回も前回と同じようなお悩みじゃな。

 

それより、なぜ文字が茶色に戻っちょるのじゃ? 

 

ピンクはどうしたんじゃ?(  ̄っ ̄) 

 


「あんまりふざけちゃイカン」

って管理人さんが思ったみたいですよ。

 

 


ほぉ~、アヤツは気が小さいのう。

 

見た目より中身じゃろうが!まだまだ分かちょらんな。

 

 

しゃーないわ、これからも儂がアヤツを指導するしかないの。

 

そんじゃ、続きを言うぞ。

まず言うておくことは、
これもKさんだけの問題じゃないと言うことじゃな。

程度の差はあるが、
結局のところ、み~んなが、そうなんじゃよ。忘れるんじゃな。

 

その理由はな、簡単じゃ。

Kさんの周りの人達の殆どがな、
ここで話していることを

ちゃんと理解して日々生活している訳ではないからじゃ。

つまり自分の心に敏感になり、
あるがままの自分を愛することを実践して暮らしていないから
じゃよ。

 

それは、以前のKさんのような価値観の人が、
Kさんの周りに多いという状況ということじゃ。

そういう状況だとその影響力はとても強いので、
ついKさんもそちらの引力に引き込まれてしまうからじゃよ。


 

なるほど、

私自身が以前の価値観に引っ張られるんですね。

 

だから今までみたいに物事を捉えてしまから

〇が点けられないんですね。

 

 

 

そうじゃ。

Kさんの心の中にまだまだ外れていない価値観が沢山ある現状では、
こう言ったことは必ず起こってしまうのじゃ。

だから今は仕方がないのぉ。  あまり気にせんことじゃな。

 

はい、分かりました。
何度も同じ失敗を繰り返しちゃうんで心配でした。

 

特に私の記憶が悪いことではないんですね。
それだけでもホッとしました。


 

うん、そうじゃ。

いつも言う様に、
同じ様な話の繰り返しが、徐々にKさんの中の価値観を外すことになる。

その結果、いつかは分からぬが、
必ずどこかの時点で周りからの影響が受けにくくなる日が来るんじゃよ。

それまで間、暫くは耐えるしかないな。

 

はい、そうですね。今は仕方ないですね。

 

そうじゃ、今は仕方ないんじゃよ。

 

って、今回はこれだけか?いつもより短くはないか?

 

いや、さる仙人さん、いつもが長過ぎるんですよ。
これくらいが丁度いいです。私も楽ですから。


 

え~、なんか寂しいの~。 orz 

 

 

◎「11:」につづく

 

 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 
 
 
 
 
 

◎この会話は全てフィクションです。
 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる仙人という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
ピンク色の太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる仙人の言葉です。

 


Q:自分に「いいよ」とはやっぱり言い難いです。頑張っているのですがどうすればいいですか?

 


さる仙人、今までもいろいろ教えてもらっていて、
なんか本当に申し訳ないですが、
やっぱり自分に「いいよ」とは言いづらいです。
 
 
 
そうじゃな、今のKさんには、まだまだ難しいじゃろうな。

まぁ、仕方のないことじゃよ。まだ、始まったばかりじゃからな。

もし仮にお前さんが簡単にできたら儂の立場がないからな。
ちょっとは手こずってもらわんとな。(  ̄っ ̄) 
 
 
例えできても、儂に忖度するんじゃぞ。(笑)

 

いえ、忖度する余裕なんて全く無いですよ。

本当に悩んでるんですから、真面目に聞いてくださいよ。
 
 
 
おおお、悪かった、つい、ふざけてしまうからの。
儂の悪い癖じゃ。

 

はい、分かってます。
仙人のその気楽さは嫌いじゃないですから大丈夫です。
 
 
 
そうか、嫌いじゃないか!
 
 
おお、いいこと思いついた。
 
アヤツ(作者)に言って、今回のKさんは若い娘という設定にしてもらおう。
 
 
なぁ、Kさん、「むしろ好きだ」と言ってもいいんじゃぞ、遠慮はいらんぞ。
 
 
 
ハイハイ、バカな話は、もうこの辺で結構です。
話を進めますよ。
 
 
 
なんだ、もう終いか。つまらんの。
(おお、文字がピンク色になっとるぞ! (^ε^)♪ )


 
ここからが本題

 
 
ハイ、ここから本題です。

私は、ここでいい気分になって帰ってゆくんですが、
暫くするとまた自分に厳しくなっている気がします。

そうすると、ついまた焦っちゃって・・・。
なんか同じことの繰り返しで自分が情けなくなるんですよね。
 
 
 
ほう、そういった悩みか。

Kさん、そういうことで悩んでいる人はKさんだけじゃないぞ。
多くの人がKさんと同じことで悩んでおるぞ。
だから自分をそんなことで責めることはないんじゃぞ。

 

そうですか、他にも沢山いるんですね。
 
 
 
おう、そうじゃ、気にすることは無い。

そもそも、ここでの会話は、
Kさんのような人の心の中にある「ねばならない」を
少しづつ外してゆくことが目的
じゃからな。
 
 
今のこともその一つじゃよ。
 
「同じことを繰り返してはいけない」
ってなっているKさんの「ねばらない」の現れであって、
そのことがKさんをいつも情けない気持ちにさせているんじゃ。

 

そしてな、先程、お前さんは「同じことの繰り返し」と言うたが、
実はそうではないぞ!

今回は、自分が焦っていることに気づいてたじゃないか!
それはそれだけ進歩したことを表しておる。
 
良い意味で大きな変化じゃぞ。

 

ハイ、確かに今回は焦っている自分が分かりました。
 
 
 
そうじゃろ、それは本当に大きなことじゃぞ。
 
だって、そうじゃろ、
今までは、自分が焦っていることすら、
全く気づかなかったんじゃからの。
 
 
心を癒すことはな、こういったことを繰り返すことで
カチカチの心を少しずつ解いてゆくこと
なんだから、
良いことなんじゃぞ。

人間はな、必ず成長するもんじゃ、
なんも無駄なことはないから心配は要らんぞよ。
 
 
 
はい、分かりました。ちょっと安心しました。
 

 
頑張らないこと

 
 
 
Kさん、今回、覚えてもらうことは、「頑張らない」ということじゃな。

もし何かに対して頑張っていると心が感じたら、
それは、お前さんが自分に対して無理強いをしていることのサインじゃ。

だから、まずはその頑張ることを止めることじゃ。
 
そのまま続けるのでなく、
ちょっと立ち止まるということじゃな。

 

儂はな、頑張るという言葉が嫌いなじゃ。
 
なんだか強制されている感じがしてな、自由がなくて息苦しくなるからじゃな。

多分、アヤツ、つまりこの作者の中では、
「やらなければならない」イコール「頑張る!」
というイメージが強いからかもしれんな。

その影響で儂も頑張るが嫌いなんじゃろな。

 

へぇ、なるほど。
さる仙人さんは、作者(当ブログの管理人)から生まれてますものね。
 
 
 
そうじゃ。(Kさん、お前さんもじゃぞ)
 
ところでKさんよ、「やらなければならない」とはどういうことじゃ?

 

え~、急に聞かれても分かりません。
 
 
 
「やらなければならない」
これを剥がすとその下から、
「本当はやりたくないけど、いろいろな理由で仕方ないからやる」
という本音が出てくるとは思わんか?
 
 
儂的には、
なんだか義務や犠牲の気持ちが入るからな、
これが嫌なんじゃ。
 
 
本当にやりたいことなら
「やならければならない」って思わんぞ。
 
「やりたいからやる」って思うはずじゃ。
少なくとも儂はそうじゃ。
 
 
だから、儂はの。
自分に素直に正直にがモットーじゃから、
「やりたいからやる」「やりたくないからやらない」が
生き方の基本になっとるんじゃ。

どんなことでもそんな風に考えるんじゃ。
それが人として自然なことだと儂は思っちょる。

 

それじゃ、わがままじゃないですか?
自分勝手になりませんか?
 
 
 
そうじゃな、このことを言うと、よくそう指摘されるぞ。
 
でもそうはならないと儂は思っちょる。

まぁ、この話は長くなるので別の機会に話をするから、
今はお預けじゃ。
 
今回は「あるがままの自分を愛する」についてのことじゃから、
一旦そこに戻すぞ。

 
 

愛することは自然なこと

 
 
ところで、Kさん、愛するって自然なこととは思わんかの?

儂はな、愛するとは、決して頑張ってすることではないと思っちょる。
 
 
愛したいから愛するのではないのかの?

 

はい、そうですね。
 
 
そうじゃろ、
先程の「やりたいからやる」「やりたくないからやらない」と同じじゃぞ。
愛したいから愛するんじゃ。

自分を愛したいから愛する。
あるがままの自分を愛したいから愛するんじゃぞ。

だから、
頑張って自分を愛することはしなくていいんじゃぞ。
愛することは義務じゃないからな。


 

はい。
でも、つい、私は頑張っちゃうな~。
なんでだろう?
 
確かに愛することは頑張ることじゃないですよね。
自然なことですよね。
 
 
そうじゃ、至って自然なことじゃ。

これからは頑張っていると気づいたら、
そこで一旦立ち止まって「私は私を愛したいから愛するんだ」
と自分に向かって言ってみるといい。

そうすれば自分に無理強いはしなくなるじゃろう。

 

はい。
 
 
そしてな、
「愛したくないから愛さない」でもいいんじゃぞ。
 
 
 
えぇ!いいんですか?
 
 
おお、いいんじゃぞ!
「やりたくないからやならい」も自分に素直な生き方じゃろ。

「愛したくないから愛さない」、
つまり「あるがままの自分を愛せなくてもいいよ」と言うことと同じじゃからな。

この「いいよ」が言えた時点でもう既にあるがままを愛しているんじゃ。


 

はい、確かにそうですね。
これなら頑張って自分を愛さなくていいから
プレッシャーみたいなものが無いですね。
 
こういうこともあるがままなんだ。
 
 
 
そうじゃぞ、楽チンじゃろ。

 

はい、なんか心の中の気負いが取れた感じがします。
 
 
その気負いが取れると心を縛っている「ねばならない」が外れるから、
「こんな私でもいいな」って自然に自分を愛せる様になるんじゃ。


そして「ねばならない」がひとつづつ外れるにつれ、
つい頑張ってしまうことも減ってくると思うぞ。

 

そうですね。今そんな気がします。
 
 
うん、よかったの。

なんやかんや、ふざけてるようでも、儂は良いこと言うじゃろ。
なぁ、Kさん、惚れてもいいぞ!

 

シ~ン・・・・・・・。(沈黙)
 
 
 
あ~あ、無視か、寂しいの~。(T_T)

 

◎「10:」につづく

 

 

【注意】この話は、Kさんとさる仙人という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 


   

 

◎:「07:自覚はないのですが、なぜ私は焦るのでしょうか?(前編)」の続きです

 

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる先生という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
茶色の太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる先生の言葉です。

 


 
Q:先回(「05:頑張って〇を点けて自分をあるがまま愛しているつもりなんですが…」)の中で、「私が焦っている」と指摘されましたが、そこのところをちょっと教えてください。

 
 

さて、早速じゃが、

えぇ、いきなりですか?
 
 
そうじゃ、前回は随分と脱線したからの。さっさと喋って、さっさと終わらすぞ。

 

いや~、随分とキャラが変わっちゃいましたね。
なんか適当な感じが、ヒシヒシと伝わってきますよ。
本当に大丈夫かな~。心配になってきましたよ。
 
 
Kさん、お前さんは随分と心配性じゃの。
 
人は見た目、外観だけで判断しちゃ損をするぞ。
要は中身じゃ。儂の話すことで判断せい。

 

はっ、はい、わかりました!
(見た目って、文章だけだからそんなのないのに・・・)
 
 
こう言ったこともお前さんの焦りの一つじゃぞ。
それを言うたくてワザとやったんじゃ。

 

そうなんですか?
 
 
いや、なんも考えておらん。適当じゃ。

 
さぁ、余計なことはさて置き、
お前さんの言う通り、ちょっとおさらいしようかの。
 
 
お前さんは、
「なぜ自分が焦ってい自覚が無いのに「焦っている」
と指摘された理由を
この会話の前任者のさる先生に聞きたかったんじゃな。
 
 
 
そうです。
なぜ「私が焦っている」のが分かったのか?
そこが知りたかったんです。


 

これを説明するのは、難しいんじゃ。
 
だから一言で言えないから話全体で理解して欲しい、
このテーマの前編で儂は言ったんじゃな。
 
 
そうです。

 

うん、分かった。

まぁ、現時点では、端的に言うと、
Kさんは、自分を信頼していないということじゃよ。

それは当然のことながら人間の真の強さを知らんから仕方ないことじゃよ。

まぁ、Kさんだけでなく、
殆どの人が強さを勘違いをして理解しているからな。
しゃーないことじゃよ。

 

真の強さ?どういうことですか?
 
 
 
管理人の過去のブログ記事にも書いているが、
儂が言う強さは、「自分が幸せに生きる力」の強さのことじゃ。
 
 
でもな、
多くの人は、他者と比べてその結果から強さを認識しておるんじゃな。

そんなのは、儂から言えば、
強さとは全く関係のないレベルでの話であり、
勘違いも甚だしいものになるな。

 

えぇ~勘違いですか?
他人よりも優れていることは、どう考えても強いでしょ?
 
 
 
おおお、いい返しじゃ、期待通りじゃ。
 
 
あっ、ありがとうございます。

 

さて、お前さんを筆頭に皆が思っている強さは、他者に勝つことじゃろ。
 
何かで優れていると思ったときに自分は強いと感じるのじゃろ。
 
 
でもな、Kさん。
 
それを言い換えれば、
勝負して負けたときは弱いと思うし、
競わなくても周りが自分よりも優れたと思うときも自分を弱いと感じる、
ということになるな。
 
 
ならば、自分が強いと信じ続けるには、
いつも他者と比べて勝っていなければならないことになるのぉ。

 

でも、そんなことは無理じゃ。人は歳をとるからの。
いつかは負けるし、誰かに抜かれるのは必然じゃ。

生涯、勝ち続けるなんて不可能なことは、
ここで儂が言わずと誰もが知っていることじゃ。
 
 
だから、今は「自分を強い」と自信をもっていても
必ず自分が弱い者になる日が来ることを
いつだろうか?いつだろうか?
と心の中でドキドキしてるんじゃ。
 
 
Kさんもそうじゃろ? 自分を強い人間だ、とは思えんじゃろ。

 

まぁ、そうですね。
僕なんかとてもとても思えませんね。
自分で言うのもなんですが、比較的、平凡でからね。

良いところもあると思いますけど、でも、苦手もありますからね。

そもそも、人間なんて長所・短所があって当たり前ですからね。
優れたところばかりの人間なんていませんよね。


 

そうじゃ、Kさんの言う通りじゃ。
人間なんて所詮、そんなもんじゃ。

 

う~ん、確かに、さる仙人が言う様に、
他人と比べて常に勝って強いと思い続けることなんて出来ませんよね。
どんなチャンピオンだっていつかは負けますもんね。
 
 
 
そう、だから多くの人は、
自分を強いとは心の奥では思えていないんじゃよ。

例え、周りからチヤホヤされて今が絶好調で無敵のように思えても、
それが永遠に続くだろうと自惚れていても、
それでも心の奥に潜在的な不安はあるんじゃ。

 

そうですよね・・・・、

だったら、強い人間なんていないじゃないですか!?

さる仙人が言う「自分の人生を幸せに生きる強さ」がある人間なんて
いないんじゃないですか?


 

そうじゃ、居ないんじゃよ。

だから、
我々人間はな、常に心の何処かで不安を抱え、何かに恐れ、
いつもどこかで焦っているんじゃ。
それを前任者のさる先生は言ったんじゃ。

実はKさん、お前さんにだけ言った訳じゃないんじゃぞ。

 

だったら、私が焦ることも仕方ないということですね。
 
 
そうじゃ。Kさんが焦ることは仕方のないことなんじゃ。
人間である以上、Kさんも儂も焦ることは避けられないのじゃよ。

 

はぁ、
だったら焦らずにいることは、人間としては無理な話ですね。

 

残念じゃが、そうじゃな・・・・・。

 
 
 
って、それじゃ、この話は終わっちゃうじゃろ!!

実はな、視点を変えると、それがそうではなくなるんじゃな。
それが、真の強さの意味じゃ。

 

まぁ、管理人の過去のブログ記事に、
その辺りのことがいろいろと書いてあると思うから、
後から手当たりしだい探して読んでみてみい。
(スミマセン、管理人自身も余りに記事が多いので何処を読んでいいか分からなくなっています。)

 

そんでな、ここからはKさんがそれを読んだ、という前提で話をするぞ。

 

儂が言う「幸せ」とは、心のレベルのこと、つまり人間の内側のことじゃ。

平たく言うと、
うれしいな、たのしいな、気分がいいな、などを感じることじゃな。

でも、これらは内側だから自分しか分からない。
他者には分かりづらいものじゃ。

 

つまりはな、
人間の外側、形や外観のレベルではないということじゃよ。
儂のいう幸せは、比較や評価とは全く関係ないということ
じゃな。

 

はぁ、確かに個人の気持ちならば、そもそも比較なんかできませんよね。
 
 
そうじゃ、これに気づくと自分の周りの環境や状況で
心が左右されることがなくなるな。

それは世俗の価値観に振り回されないことであり、
仙人と呼ばれる儂のように心は平穏になり易くなるんじゃぞ。

 

そもそも、人生は自分のものじゃぞ!
 
他人と比べて、あーだ、こーだと思い悩むことではないのだぞ。
 
 
それにだな。
 
お前さんの人生に対して、
誰かが、あーだ、こーだ、といろいろ言ってきても、
その人達は、
お前さんの人生の全てを理解して言っている訳じゃないんじゃぞ。
 
その人達の価値観で判断した勝手な意見を言うとるだけじゃぞ。
 
そして、意見を言うても
その人達がお前さんの代わりに生きてはくれんし、
人生の責任も取ってはくれんぞ。
 
 
だからの、儂は、
「人生を他人の評価で生きることは全く意味が無いことじゃ!」
と思っとる。


これはKさんだけじゃなくて、誰にでも当て嵌まることじゃよ。

 

・・・・・・・。(Kさん無言)

 

おぉ、今回も随分と喋ったな。そんじゃ、ここらで纏めるぞ。
 
 
皆の持つ焦り、それは不安からじゃ。
その不安は、「自分は弱い人間だ」と思うことから生じちょるんじゃ。

そして、その弱さは、
何らかの基準で裁かれ評価されることによる優劣から生まれとる
 
 
 
でもな、その基準は絶対的なものか?
 
その裁き、評価は真に正しのか?
 
 
ひょっとして何の根拠のない基準に振り回されておらんか?

他者との比較には本当に意味はあるのか?

他者との比較に自分の幸せは関係するのか?
 
 
 
もし、自分のことを弱くはないと思えたら、
自分を強いと認識出来たら不安は起こるのか?

だったら何に対して焦る必要があるのか?

 


まぁ、このことをよく考えてごらん。

もし、このことが理解できれば、Kさんの焦りは消えるんじゃがのぉ。

 

はぁ~・・・・。
 
 
 
大きなため息じゃな。

 

はい、なんだか大変だな~って。トホホ・・・、と思います。
 
 
 
どういうとろころが、大変じゃ、と思ったんじゃ?

 

いや~、いろいろと考えなきゃならんな~ってね。
 
 
 
そうじゃの。
まだまだ、お前さんの頭も心も、
形や外観のレベル、他人からの評価が強さと思っておるからの。

その価値観に囚われている内は、
内面のレベルでの幸せの意味が分からんよ。

実際に自分の心でその幸せを感じなきゃな。
難しいわい。

まぁ、今も言ったように、このことも焦ることはないんじゃぞ。

 

はい、
まぁ、兎に角、いろいろ過去のブログを読んでみます。
 
 
 
うん、前任のさる先生が言うとったように、
否定的な価値観は、まだまだいっぱい心の中に残っとる。

でも、一生を掛けてやればいいんじゃからな。
時間はいっぱいある。

 

そうですね。
私のキャラの年齢設定はフリーですから、
時間は無限にありますもんね。(笑)
 
 
 
そうじゃ、お前さんのキャラは年齢不詳が良いところ、
いくらでも時間はあるな。

って、そこは一般の人には通用しない設定だから却下じゃ!!(怒)

 

大切なことは、マイペースでいいぞ!ということじゃ。

何度でも途中で止めてもいいし、何度でも再開してもいいぞ。
 
どれも自分の人生じゃ、誰にも気にすることは無いからの。
これがマイペースじゃ。


 

そうですね。
私のペースで進んでみます。
 
 
 
そうじゃ、儂のように、気楽に、のほほ~んと生きてみなさい。

「 飄々といきましょう」とは、そういうことじゃ。

 

◎「09:」につづく
 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる先生という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる先生という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
茶色の太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる先生の言葉です。

 

 
Q:先回(「05:頑張って〇を点けて自分をあるがまま愛しているつもりなんですが…」)の中で、「私が焦っている」と指摘されましたが、そこのところをちょっと教えてください。

 


う~ん、説明が難しいの~。
これを説明するとめちゃめちゃ長くなるからの。

今回、Kさんとの会話でいろいろと話する予定じゃが、
その中身がこの真の強さについても関わるんじゃ。

会話全体で理解してもらえたらいいんじゃがな。

 

 

はい、分かりました。

あの~、先生。

 

 

なんじゃ?

 

なんか喋りが今までと違ってるんですが・・・・?

 

 

 

おぉ、気づいたか!

 

はぁ、そりぁ、気づきますよ。変ですもん。

 

 

 

いや、実はな、キャラを変えたんじゃ。

 

変えた?

 

 

 

そう、変えたんじゃ。

今までのさる先生キャラは、硬くてイカン。おもしろない。
どうせ架空の会話でやるなら、少しでも楽しい方がやる気がでるって、この作者が思ってな。
まぁ、アヤツの気まぐれで儂が出てきたんじゃ。

 

アヤツって?

 

 

作者じゃよ。このブログの管理人じゃ。

 

管理人ですか?このブログの?

 

 

 

そう、その管理人じゃ。

アヤツはな、ブログを書くのに「もうネタ切れだ」と思っててな。
同じことを書くにしても、あまりに同じ内容なんで書いている本人が飽きちゃったじゃな。

そんで、ちょっとでも面白くなるようにと、まぁ今回、会話形式にしたんじゃが・・・。

お前さんも知っての通り、例のごとく、硬い文章になってな。
アヤツはまた嫌になったんじゃ。

 

はぁ? 嫌になった?

 

 

 

 

書いてても硬い文章じゃぁ、おもしろないいんじゃよ。

 

そりゃ、何事も楽しくないことはできんよ。

アヤツもいつも言っているじゃろ、「やるなら楽しんでやること」って。
それを「自分自身が実行しなきゃ」ってやっと思ったらしぃんじゃ。

ということで、Kさんとさる先生という架空の人物ではじめたんじゃ。

でも、さっき言ったように話が硬くてな、嫌になったんじゃぁな。

 

 

 

はぁ・・・。それで?

 

 

 

おぉ、それでじゃぁ、儂が出てきたんじゃぁ。

 

はい、それは分かりました。ところであなたは誰なんですか?

 

 

 

おぉ、それを言い忘れておった。わしは「さる仙人」じゃ。

 

へぇ?仙人ですか?

 

 

 

そう、仙人じゃ!

こういったキャラの方が、振り幅が大きくていろいろ遊べるじゃろ。
先生じゃ、キャラ的にどうしても硬くなる。

そして、架空と言っても、作者、つまり管理人とどこか被るからな。

 

アヤツ的にはなんか自由に書けんらしい。

 

だから辞めてもらったんじゃ。

 

へぇーそうなんだ。随分と思いきったことをしましたね。

 

 

 

いつまで続くか分からんがの。でも、今はアヤツは面白がっておるぞ。

そもそもアヤツは真面目なことは嫌いなんじゃな。
どこかふざけていたんじゃな。

 

そうなんだ。

それは良かったですね。

ところで私は「Kさん」のままですか?

 

 

 

今のところはそうみたいじゃの。

 

えぇ!変わらないんですか?

 

 

おぉ、そうじゃよ。

因みに、お前さんは、男でも女でもないぞ! 若くもないし年寄りでもないぞ!

 

それはつまり決まってない!ということですか?

 

 

 

いや、きっとそうじゃないと思うぞ!

アヤツ的には、Kさんは、フリーなキャラでいて欲しいらしいぞ!
いいな、自由で。羨ましいぞ!

 

いやいや、それはなんも考えていないということでしょ。
まぁ、仕方ないですね。

作者には逆らえませんもんね。はぁ~。

 

 

 

まぁ、そう落ち込むな。

所詮、ド素人が気まぐれで書き始めたもんじゃ。

 

その辺は、気長に待つこと、それも人生、人として大切なことじゃよ。

 

はい、分かりました。

 

ところで、随分と話が脱線してますが、いいんでしょうかね?

 

 

 

さぁ、儂にはわからん。

・・・・・・ちょっと待ってみ・・・・・・

 

うん、うん、ほぉ~。

今、上、つまり、作者に聞いたんじゃが、今回はここで終わるそうじゃ。

 

えぇ!終わるの?

私の質問に何にも答えていないのに・・・・。
めちゃくちゃだな。

これ、本当に大丈夫かな?

 

 

 

Kさんよ、何事も気楽にじゃ。儂は気にせんぞよ。

 

◎「08:自覚はないのですが、なぜ私は焦るのでしょうか?(後編)」につづく

 

 

 

【注意】この話は、Kさんとさる先生という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

きぼう堂のHPに臨床例として「【臨床例】 過敏性腸症候群」 を投稿しました。

 

よろしかったらお読みください。

 

(以下は一部抜粋です)

 

 

【臨床例】過敏性腸症候群

Kさん 10代後半 男性 (初診:2020/06/27)

 

【症状】

  • 緊張することがあるとお腹が痛くなりトイレに行くことが増える。
  • 下痢、便秘もする。
  • オナラがよく出る。人前でもガマンできない。
  • 学生生活に支障あり。

高校1年の後半ごろから徐々に出て約3年間続いている。

子供のころから便秘気味でトイレが長かった。

半年前から漢方薬を服用したが変化なし。鍼灸は初めて。

 

 

 

 

この続きは当院のHPでお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎これは「05:頑張って〇を点けて自分をあるがまま愛しているつもりなんですが…」の続きです。

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる先生という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
茶色の太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる先生の言葉です。

 

 

Q:素直に「いいよ」とは言えません。なんで難しく感じるんですかね。

 
前回、Kさんは、ご自分に対して言ってくださいね。
という私の言葉を聞いても、
あの場面では言いませんでしたね。

 

ええ、そうですね。
自分に対して言うのが、なんか難しいんですよね。
恥ずかしい?ってのもあるんですが・・・。


 

実際にKさんのようにご自分には言わない人は多くいますよ。

その理由は
「人前で恥ずかしいから」というものが多いですが、
そうではないこともあります。

 

どういったことですか?

 

それは、
まだその人の心の中に「~ねばならない」が沢山残っていて、
「出来なくてもいいよ」と自分に言っていいかどうかが、
はっきりと自信を持って判断できないということです。

 

はぁ、確かに。
なんか「本当に言っていいのかな?」ってところがありますね。
自分は何も出来ていないのに、って感じですかね。


 

Kさん、まだ始まったばかりですので、こういったことは仕方ないことです。

もしKさんが直ぐに出来たら、体調が悪いなんて無かったでしょうからね。

 

まぁ、出来てたらそうですよね。苦労しませんよね。

 

そうですね。Kさんのように、
  • 自分を自分で評価したことのない人、
  • 他者からの評価でしか自分を認めて来なかった人、
  • 褒められたい願望が強い人は、
自分に「いいよ」とは素直に言えない傾向が強いと思います。
 
 
それはまるで心の無意識の領域で、
その人の厳しい一面が
「自分以外の人から認められるまではダメだ!」
と見張っているかのようです。

 

見張り? 
う~ん、そうなのかな~。
自分ではよく分かりません。

 

まぁ、見張りという例えが分からなくてもいいですよ。

ただ言えるのは、
「自分を信じて生きていいよ」とは、
周りの大人から言われて育っていないことが多いからだと思います。

 

確かに、
「自分を信じていい」なんて言われていない気がしますね。

 

そうでしょ。実は私もそうでしたから。

個人的な感想ですが、
「自分を信じていい」と言われて育てられた人は少ないんじゃないか?
と私は思っています。
 
 
むしろ「親や先生、周りの大人の言う通りにしなさい」
とばかり言われ、
その大人たちが考える正解を早く探すことが大切だ!
と教えられてきたと感じています。
 
 
 
そして、大人の指示に従って答えを出し、
それが正解だと認められたときにのみ褒められ、
やっと自分を認めることを許可する生き方をしてきたと思います。

 

う~ん、そう言われれば、そんな気がしますね。
大人はみんな正しいと子供の頃は思ってましたね。
 
分からないことは、
親や先生や大人に聞けばいいと思ってましたね。

でも今はそんなことは思っていませんよ。
変な大人、バカなことをするヤツはいっぱいいますしね。
世の中、狂っていると思いますよ。


 

まぁ、多くの人がそんな風に感じていると思いますよ。

でもね。
心の中にいるKさんの厳しい一面はいると思います
 
 
それが、
今の様に「変な大人、とかバカなヤツ、世の中狂っている」
という評価をさせているのですからね。

その一面が必ずKさんに
「お前は大丈夫か?ちゃんとしてるか?」
って無言の言葉で疑問を投げかけ見張っているのです。

 

う~ん、確かに言葉は聞こえないけど、
何となく言われている気がしますね。
 
「いいよ」と試しに心の中で言っても、
どこかスッキリしませんもん。

でも、先生に言われたときは、ホッとした感じがしました。


 

そうです。
自分以外の人、今回は私になりますが、

その私が、Kさんの出した答え、
つまり「出来なくていいよ」という答えに
「正しい」と〇を点けたことで、
Kさんはやっと自分の判断に確信が持てたのですね。

 

それを例えると、
テストが終わって自己採点して自分なりに点数が分かっていても、
ひょっとして何かの勘違いがって合格していないかも?
という不安があることに似てますよ。

後日、採点された解答用紙を受け取って、
やっと合格したことを確信して喜ぶことに似てるということです。

 

テストと同じですか?
はぁ~、大人になってもテストなんですね。


 

そうです。
我々はそういう風に教育をされて育ってきたのです。

我々の時代の偏差値至上主義、学歴主義は、
早く正解を探し出すための能力を磨くことがが勉強と思っていました。

でも今は、それを反省して個性を重視すべきと言っていますが、
やはり枠に嵌めて他者から認められることを良しとすることは、
何も変わってません。
 
 
 
学校教育だけでなく、
まだまだ社会全体が、
結果重視、成果至上主義のままでの世の中ですからね。

そして我々自身も、
今現在もそういう不特定の他人が作った
無意味な正解を探すための思考回路のままですから、
一朝一夕に変わりませんよ。

 

だから社会に出てから多くの人に不安が襲うのです。

自分は正しい判断で生きているのか?
と心の中で潜在的に疑問を感じているんです。

正しいと言われている常識(そんなものは無いんだけど)、
その幻想に自分を合わせたがるのですね。
 
「空気を読め」ということを気にするのはそう言ったことの典型例ですよ。

 

う~ん、難しい話ですね。
要は、私が正解がないのに正解を探して彷徨っているということですね。


 

まぁ、そんなとこですね。

 

だから、私は、
先程、先生に「いいじゃないですか」と言われてホッとしたんですね。
 
私が不安で彷徨うことが終わったから。安心したんだ。

 

そうです。

Kさん、ここで前もって伝えておきますね。

しばらく時間が経って、
普段の生活の中でKさんの中の自分に厳しい面が再び出てくると思います。

そして「いいよ」と言うと、
状況によっては反って心はモヤモヤしてくると思います。
 
 
 
それは、Kさんの心の中が全面解除にはなっていないからです。

Kさんが、私が言う心の仕組みを理解して、
自分で自分に許可を与えてもいいと本当に理解するまでは
この傾向は続くと思います。

 

そうですよね。
長い道のりだと、今は分かっていますので大丈夫です。

でも、あらかじめ知っていると慌てることが防げますね。
「今はしょうがねえや」って開き直れますものね。
ありがとうございます。

 

そうです。

開き直りも時には大切なことですから。
それも自分を受け入れることの一つの方法ですよ。

 

◎「07」につづく
 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる先生という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

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従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

 

 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる先生という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
茶色の太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる先生の言葉です。

 

Q:頑張って〇を点けて自分をあるがまま愛しているつもりなんですが、心がスッキリしません。なぜでしょうか?

 


Kさん、まず、伝えたいことは、
今、Kさんは「自分を愛さなけらばならない」と思い込んでいることですよ。

これも一つの「~ねばならない」なんです。

愛することが義務になってKさん自身を責めてしまっているのです。

 

あっ、そっか!言われてみれば、愛さなきゃ、愛さなきゃと思ってました。

 

だからKさんの心は苦しく余裕ができません。

このような心の状態では他のことを受け入れることなんてできません。

 

そうですね。 でっ!どうすればいいんですか?

 

こういう場合は、「あるがまま愛せない自分」を愛することです。

 

あるがまま愛せない自分を愛するのですか?

 

はい、そうです。

 

でも、自分を愛さないとダメじゃないですか?
心を癒し病気を治すには必要なことでしょ。


 

いや、そこがよくある落し穴なんです。

あるがままを愛するとは、

文字通り「あるがまま」なので、

「どうしても愛すことができない今の自分」も、その中に入るのです。

具体的には、「どうしても愛せない自分でもいいよ」と言ってあげること、
これも自分を愛したことになる、ということです。


 

それじゃ、なんか、自分に甘いだけの気がしますが、いいんですか?

 

はい、これは甘さではありません。
これは優しさです。人間の持つ真の強さです。

 

強さですか? 弱さじゃなくて。

 

はい、強さです。

私の意見を言わしてもらうと、多くの人は、強さを勘違いしています。

 

 

特に強さを何かしらの力だと認識している人、
例えば、肉体に関わる力、つまり知力や体力、
あとは、権力、経済力なども力だと思っている人のことですけど。

 

 

 

こういうタイプの人は、

目標や目的に向かって真直ぐ進むことが自分の強さだと思っています。

その為に

気持ちに対しても力ずくで強引に曲げようとします。

自分に対しても他人に対しても同じですが、

気持ち、心を力ずくで変えることはできませんからね。

 

今回の様な場合でも、

強引に〇を点けて気持ちを癒そうとしてますが、
それは自分の心に無理強いをしているだけで、

癒しとは正反対のことをしているだけです。

表向きは〇を点けても、その中身では全く〇を点けていない状態です。
むしろ✕印を点けて自分を責めているだけになっていますね。


 

うん、確かに表向きだけのような気がします。
でも〇を点けないと癒せないじゃないですか?


 

はい、そうです。
ただ、Kさん、あなたの中に焦りがあるので、それが怖くて早く〇を点けたくなっているのです。

 

確かに焦っている気がします。
「やる」と決めたからには「やらなきゃ」と思いますからね。

でも前回、さる先生が仰ったじゃないですか、「やるか、やらないか」の問題だって。


 

確かにそうです。
やるか、やらないかの問題です。しかし、大切なことはその中身です。

あるがままの自分を愛することは、心を癒すことが目的です。

表面上の形だけで行っても中身が間違ってたら意味はないのです。
今回のことなら、口先だけで〇と言ってもダメということですね。

 

Kさん、始まったばかりです。
今までやってこなかったので急には出来ません。

でも、こういった失敗こそが、Kさんのスキルになって段々上手になるのですからね。

私的に言えば、Kさんは良い経験をしていることになるのですよ。

 

まぁ、そう言われると嬉しいですけど。

ところで、先程、先生は「私が焦っている」と仰いましたが、
自分では焦っている気がしていないんですが・・・・、

なんで私が焦っていると思われるのですか?


 

それは次回、説明します。
(「う~ん、嫌だな~、説明が難しいから」・・・さる先生の心のつぶやき)

とりあえず、今回のテーマを纏めましょう。

あるがままの自分を愛せない自分にも、

「それでもいいよ」と言ってあげること、
これも「あるがままの自分を愛したことになる」のです。


 強さとは、

良いも悪いも自分の全てを受け入れる心の器のことです。

 

その優しさが愛することであり強さです。

 

 

 

 

はい、確かに先生にそう言ってもらえるとちょっと気が楽になります。

 

あの~、Kさん、これはご自分に言わないと意味が無いですからね。

あくまでも、今は私がKさんに言っただけですからね。

私がKさんをあるがまま愛したたけですから。

Kさんはまだご自分を受け入れていませんよ。ちゃんと言ってあげてくださいね。

 

はい、分かりました。後からします。

 

はぁ…、そうですか。必ずしてくださいね。
声に出さなくてもいいですから。心の中で言ってもいいですからね。

 

はい、分かりました。でも難しいな~。

 

◎「06:」につづく

 
 

【注意】この話は、Kさんとさる先生という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

<お願い>
私のブログの一部には「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始めたものがあります。
従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

 

 

◎「03:一度に沢山の否定的な価値観が襲っている様な気がしますが…」の続きです


 ※:この記事は、きぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる先生という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
尚、
茶色の太字は、Kさんの言葉、普通の文字は、さる先生の言葉です。

 

Q:さる先生が仰る「価値観を手放す、外す」ですが、イマイチ分かりません。具体的にはどうすることですか?

 

それは、気づくことです。

何に気づくのか?と言うと、
Kさんが信じている価値観がバカバカしいと気づくことです。

 

バカバカしい価値観ですか?

 

はい、バカバカしい価値観です。

私はいつも
「決まり決まった価値観はない」と言っていますね。

 

はい、確かにさる先生は言ってますね。

 

もし、Kさんもそう思えるのなら、
今、Kさんをネガティブな感情にしている原因は、
Kさんが信じ込んでいる否定的な価値観のせいだと言えます。

 

「決まり決まった価値観はない」ということを、
他に言い換えるとどうなると思いますか?

それは、
「~でなければならない。」、~ねばならない。」
ということはない!ということです。

 

必ず、嫌な気持ちにさせるのは、
人の心の中にある、この「~ねばならない」という価値観です。

その「~」に照らし合わせて、自分や他人が合格していればホッとするし、
もし不合格なら何らかの嫌な気分になるのですからね。

 

うん、そうですね。

 

ということは、Kさん。
あなたが、あることに対して「べつに・・・・でなければならないことはないよな。」
と気づいたらどうですか?
そのことについて嫌な気分は減るとは思いませんか?

 

う~ん。

 

「あ~あ、バカバカしいことに拘ってたな」
と、それに対してKさんがシラケければ、それだけでいいのです。

 

でも、シラケただけで、気持ちは落ち着くものかな?

 

落ち着く場合もありますし、そうでない場合もあいます。

 

なんか、肯定的な考えを見つけないと、
ホッとしないというか、落ち着かないと思うんだけど・・・。

 

確かにそうですね。

実は、
否定的な価値観に代わる肯定的な価値観も既に決まっています。

それが、いつものアレです。「〇(まる)を点ける」です。


「これはこれでいい」「あれはあれでいい」「それはそれでいい」と、
あらゆることを裁かずに自分の心の中で答えるだけです。

 

えぇ、それだけでいいの?
何か、いい考えや前向きな捉え方を
見つけないといけないんじゃないの?

 

いや、それらは今は要りません。

あーだ、こーだと〇を点けるための理由を考えずに、
ただ〇を点けるだけです。

ただ、ただ「いいじゃないか!」と気前よく〇を点けるだけです。

 

〇(まる)だけ? 本当に! 理由はいらないの!?

 

はい、その訳は、まずは心を楽にすることが目的だからです。

心に余裕が出来なければ、
具体的な考えや捉え方なんて見つかるはずはないですよ。
 
 
多くの方は、心に余裕がない状態で探すから上手くいかないのです。
狭い苦しい心の視野では何も見えませんよ。


 

うん、まぁ、そうですね。
焦るばかりで何も出来ないですね。

 

そうです。
ということは、何か具体的な前向きな価値観を探す訳ではないので簡単だと思いますよ。

つまり、これが「あるがままを受け入れる」です。

そして、これが「あるがままの自分を愛すること」につながるのです。

 

 

さぁ、ここまで聞いて、Kさんの残りの人生の全てにおいて、
あるがままの自分を愛して生きることがそんなに大変なことでしょうか?

そんなに辛いことでしょうか?

ただ、
「いいじゃないか!」と自分に向かって言うだけですから、
簡単なことと思いませんか?

 

私は自分を愛して生きることこそが、
真の意味で人生を幸せに生きることだと思います。

 

「01:」から始まったKさんのご質問は、
「02:」で「自分を愛することが、出来るか、出来ないか」
という問いになりましたが、
それは、残りの人生、自分を責めないで幸せに生きることを
「やるか、やらないか」
というKさんの意志の問題だと私は思いますよ。

 

う~ん、そっか、
「やるか、やらないか」・・・、私の意志の問題か・・・。


 

◎「05:頑張って〇を点けて自分をあるがまま愛しているつもりなんですが…」つづく
 
 
 

【注意】この話は、Kさんとさる先生という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 

 

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従ってそれらは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の細かい質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、そのテーマについて全く私と会話をしたことが無い一般の人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。

 

 

 

 

 

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※:きぼう堂のHP内ブログに似たようなテーマのブログ記事が多々ありますが、新い試みとしてKさんとさる先生という架空の人物の会話形式で書いてあります。それにより反って今までよりも解り難くなるかもしれませんが、暫くお付き合いください。m(_ _ )m
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Q:あの~、今の私には色々なところに不調があります。人生の問題や悩み事、嫌なこともいろいろあります。一度に沢山の否定的な価値観が襲っている様な気がしますが、どうしてでしょうか?

 

それは、Kさんが今まで「心と身体、人生の関わり」について、
何も知らなかったので

一度も否定的な価値観を外して来なかったからです。

 

だから、同じ、または似たような否定的な価値観が、
長い間、Kさんを容赦なく責め続けることになり、


その結果、

今の身体的状態や人生の状況も作りつづけてしまっているのです。

 

決していろいろな否定的な価値観が

一斉に責めている訳ではありません。

 

 

 

はぁ、なるほど。

 

 

 

そして、

今からKさんが自分を責めている価値観を手放せば、
この時点から気は巡りはじめ

身体的な苦痛は徐々に軽減すると思います。

 

 

トラブルも同じですか?

 

 

 

はい、トラブルに対しても同じです。

手放せば良い方向に向かうはずです。

 

とは言っても、

今直ぐにお悩みの出来事が解決する、という具合にはいかないです。


しかし、少なくとも心に余裕は感じるはずです。

 

実はこの心の余裕が大切で、

Kさんの物事に対する捉え方は変化し、
そのトラブルが解決のために

具体的な方法に気づく可能性も高くなるはずです。

 

そしてKさんが出来る限り心を平穏に保ち続ければ、

いつかは解決すると思います。

 

 

 

まぁ、確かに私自身の心に余裕が無いと何も始まりませんからね。

 

 

 

そしてね、Kさん。


身体的であろうと人生のトラブルであろうと、
Kさんが上手く手放せたら、もうそれ似たものは責めてはきません。

 

 

なぜなら、

それに似た出来事が将来に起こっても、

今までの様に裁く価値観がKさんの中にないはずです。

 

ということは、

そのことでネガティブな感情にKさんの心が支配されないでしょ。


だったら、

Kさんは冷静に対処できるでしょうし、解決にもつながるはずです。

 

 

つまり、

Kさん、あなたにとって、

それはもう悩むべき出来事の類ではないということになってますよ。

 

 

 

うん、気にならないのなら、そういうことですね。

 

 

Kさん、私が言っている、
心の中の否定的な価値観を手放す、または外すとは、
言い換えれば、心の中にある無意識の制限を外すことです。

 

それは心の成長と呼んでもいいことだと思います。

 

 

Kさん、
あなたが悩み事に対して悩まなくなったら、

それは、Kさんの成長以外の何ものでもないのですからね。

 

 

そうか、心の成長とは制限を外すこと、そして自分の成長。

うん、確かに言われればそう思えますね。

私は単純だから何だかいい気分ですね。

 

 

◎「04」につづく

 

 

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◎:これは「01:私は自分を嫌っていないと思います。むしろ好きです。しかし病気が…?」の続きです
 

※:この記事はきぼう堂のHP内ブログ「Kさんとの会話」シリーズから引越ししたものを加筆編集したものです。

 

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Q:もし先生が言うように「あるがままの自分を愛していないこと」が病気の原因なら、私にはめちゃくちゃ大変なことですね。「自分を愛すること」そんなこと私に出来るでしょうか?



Kさんのこの「出来るか?出来ないか?」という問いには、
「出来る!」と私は答えますよ。

ただ、簡単ではないですね。

始めは難しいです。
だってKさんは一度もやったことが無いからです。

どんなこともそうですが、
一度もやったことがないことをやる、ということは、
初めから上手くいくことはまずないものです。

下手で当り前です。失敗が当たり前です。

 

料理だってそうでしょう。誰だってはじめは下手くそです。

でも繰り返す内に段々上手になっていくじゃないですか。
そして、やればやるだけ成長してゆくものでしょう。

これも同じで、やればやるだけ上手くなるものです。

 

そして、あらゆる失敗も全て糧となり必ず上手になるものですから、
なんも問題はありません。

そして、Kさんからご要望があれば私がアドバイスもします。
私なりのコツも教えますので大丈夫ですよ。

 

とは言っても、当然のことながら一朝一夕にはできません。

私自身は残りの人生の全てを掛けて行うことと思っています。

何故ならば心の中の自分を責める価値観は無数にあるからです。

 

えぇ!一生なの!う~ん、私に出来るかな~。

 

いや、そんなに驚くことではないですよ、
別にKさんだけが一生掛かる訳じゃないですから。
私を含め誰もがそうなのですから心配はいりません。

誰もが出来ることであって、決して辛いこと、大変なことではないですよ。

因みに、一生掛けるとは、
「ご自分のペースでいいよ」という意味です。

 

そうなら最初から言ってください。びっくりしたじゃないですか。

 

いやいや、ごめんなさい。

Kさんの人生、Kさんの身体なのですから誰にも迷惑は掛かりません。
Kさんが行えるペースで充分です。頑張る必要は全くありません。

そう思えば気が楽でしょ。
これだけでも気は高まりますからね。(o^-‘)b

 

まぁ、確かにそうですね。

 

そして、先程、Kさんを責めている価値観は心の中に無数あると言いましたが、
それらは、通常一つ一つ順番にしか現れてきません。

一つが手放せたら次のものが現れるという感じです。

一度にドバッ!と、
多くの否定的な価値観が押し寄せて責めてくることは、
まずありませんから安心してください。

 

はぁ・・・、そうだといいですがね。

 

◎:「03:一度に沢山の否定的な価値観が襲っている様な気がしますが…」つづく

 


【注意】この話は、Kさんとさる先生という架空の人物の会話です。全てフィクションですので実在する人物や出来事等とは一切関係ありません。又、書かれている内容の真偽に関しても当方は一切責任を負いませんのでその点をご理解の上お読みください。

 


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