花巻探訪・賢治先生の家(羅須地人協会) | ゆるゆるな毎日

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水曜どうでしょうやマンホール、キリスト看板などの趣味に走りすぎた日々を綴っています。

早池峰と賢治の展示館を見学した後、

 

羅須地人協会の建物も見に行きました。

 

3年前にも行ったのですが、

 

入口が固く閉ざされていて、断念した苦い思い出がある場所です。

 

 

羅須地人協会は賢治先生の家とも呼ばれています。

羅須地人協会とは、宮沢賢治が設立した私塾です。

 

羅須(らす)という変わった名前の由来は、分かっていないそうです。

 

 

羅須地人協会の建物は花巻市桜町にあった宮沢家の別邸でした。

 

人手に渡った後、昭和44年(1969年)に現在の場所へ移築され、

 

その土地が花巻農業高校の用地として買い取れたため、

 

現在は花巻農業高校の敷地内で大切に保存されています。

入口には「賢治先生の家 見学者の皆様へ」という

 

注意書きが貼ってあります。

 

3年前はここのフェンスが固く閉ざされていて、

 

どこから入って良いのか分からず断念したのでした。

 

私達以外の他県ナンバーの車も何台かウロウロしていて、

 

皆さん諦めて駐車場から出て行ったのを覚えています。

 

あの頃は、ここから入場ができなかったということが後で分かりました。

 

 

フェンスの先は学校の敷地。

注意書き通り静かに見学させて頂きます。

 

 

この道の右手が羅須地人協会の建物です。

見たかった黒板がチラリと見えています。

 

 

はやる心を制するように、赤とんぼが竹の柵に止まりました。

そして大粒の雨が降ってきました。

 

3年前も土砂降りでした。ここに来る時は雨が付き物なのかな雨

 

 

ここにも帽子とコートのオブジェ付きの案内板がありました。

説明によると、羅須地人協会の建物は賢治の祖父の宮沢喜助が

 

明治45年(1912年)に隠居所として建てた建物だそうです。

 

 

こちらが羅須地人協会の建物です。

和風のレトロモダンな建物です。

 

 

前庭にある石碑。

 「われらに要るものは 銀河を包む 透明な意志

 

      巨きな力と 熱である  宮澤賢治」

 

と刻まれていました。

 

 

入口は裏側になるので回り込むと、あの黒板がありました。

 「下ノ畑ニ居リマス 賢治」

 

これは復元される際、

 

賢治の弟の宮沢清六が賢治の筆跡を模して書いたもので、

 

現在は花巻農業高校の生徒さんによって

 

消えないように上書きされ続けているそうです。

 

 

黒板の左手の木製のドアから建物の中も見学させて頂きました。

隠居所の別宅だったというだけあって、こじんまりした建物です。

 

 

廊下の横に風の又三郎のマントが展示されていました。

このマントは大正12年(1923年)の冬、

 

寒さで震えていた生徒の肩に「このマントを着て行きなさい」と

 

賢治が優しく着せかけたものだそうです。

 

着せかけられた生徒の簡悟さんは、その後、賢治の世話で

 

盛岡高等農林学校の助手として勤務することになったそうで、

 

終生、このマントを大切にし、賢治の温情に感謝していたそうです。

 

 

2階の書斎は残念ながら立入禁止でした。

資料によると、床の間付きの8畳の和室だそうです。

 

 

1階は2部屋。

玄関前の廊下の左手は床の間付きの和室でした。

 

花巻農学校を辞めた賢治は、

 

この家で農耕自炊の独居生活をしていました。

 

 

建物の南側は通し廊下になっています。

優しい日差しが差す中、ポツポツという雨音が聞こえてきました。

 

 

玄関の廊下を挟んで右手は洋室。

火鉢の周りに8脚の椅子が置かれていました。

 

この部屋で農業指導をしたり、レコードコンサートをしたのでしょうか。

 

若い農業従事者を集めて農業に関する知識を教え、相談に乗り、

 

時にはみんなで楽しんだ羅須地人協会。

 

今の時代でしたら町おこしとして賞賛されるのでしょうけれど、

 

賢治の時代は保守的な年長者達には受け入れられず、

 

また社会教育を行っているという噂によって

 

警察から事情聴取を受けたそうです。

 

そのため羅須地人協会は

 

大正15年(1926年)8月に設立されたものの

 

大正16年(1927年)3月で活動を停止してしまいました。

 

活動期間は僅か7ヵ月。

 

農閑期に工芸品や被服の製作をする計画や、

 

農民たちで楽団を作る計画などもあったそうです。

 

今では割とよく聞くような話です。

 

賢治が現代にいたら、人々の先頭に立って町おこしをして、

 

地元農家の独自ブランドなどを展開していったのではないでしょうか。

 

なんとも残念なことです。

 

 

建物の横には、手洗い場の東屋も復元されています。

農作業を終えた賢治が使用した手洗い場です。

 

実際もこんな位置関係だったのかなと思いつつ見学しました。

 

 

賢治の銅像。

生誕100年を記念して建立された像だそうです。

 

 

賢治先生が絶賛したと書かれている桜。

花巻市若葉町にあった花巻農学校の校舎の正面に植えられていた

 

ケワイザクラを接木して植えられた二世の木だそうです。

 

 

羅須地人協会の門。

奥に羅須地人協会の建物が見えています。

 

 

門から再び建物の方へ歩き出したら雨が上がりました晴れ

宮沢賢治像と羅須地人協会の建物。

 

爽やかな秋晴れの下、絶景ショットが撮れましたカメラ

 

 

 

今回のおでかけ

★賢治先生の家(羅須地人協会)

  住所:岩手県花巻市葛第1地割68番地

       岩手県立花巻農業高等学校敷地内

  電話:0198-26-3131

  開館日:4月1日~11月30日

  見学時間:9:00~16:00

  休館日:12月1日~3月31日

  入館料:無料

  駐車場:A 乗用車10台、大型車3~4台(無料)

        B 乗用車3台、大型車1台(無料)

  公式ウェブサイト:賢治先生の家(岩手県立花巻農業高等学校)

 

 

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