＊神名＊栲幡千千姫神 (萬幡豊秋津師比売命)(改定)

[参河国] 伊良湖神社

■表記

紀 … 栲幡千千姫命(タクハタチヂヒメノミコト)、栲幡千千媛萬媛命、天萬栲幡媛命など

記 … 萬幡豊秋津師比売命

＊天八千千比売や天乃棚機姫などと同神とされることがある(別神の場合もある)

■概要

日本神話に登場する機織りの女神。

◎｢栲幡千千姫命｣の神名を分解すると、｢栲｣は白膠木(ぬるで、ウルシ科の低灌木のこと)、｢幡｣は機織り、｢千千｣は縮むという意味、またはたくさんあるという意味。

また記に於いての｢萬幡豊秋津師比売命｣は、｢萬幡｣はたくさんの機織り、｢豊秋津｣は良質の布という意味、若しくは稲が豊かに実るという意味。｢秋津｣はトンボの意味ですが、良質な薄い布をトンボの羽に喩えたと考えられています。｢師｣は専門の技術を持った者、ここでは織女を指すと考えられます。

◎機織りという業は神衣(かむみそ)を織るという神聖な儀式で、乙女(処女)が行っていたようです。神との交信を図る女性であったと考えられ、｢巫女｣をイメージさせられます。

美しい衣を織る美しい女神として祀られていることが多いようです。

◎紀には数ヶ所に登場します。以下すべてを掲載しておきます。

＊第九段本書

━━天照大神の子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳尊が高皇産霊尊の娘、栲幡千千姫を娶り生まれたのが天津彦彦火瓊瓊杵尊━━

＊第九段一書一

━━天照大神は思兼神の妹の萬幡豊秋津媛命を正勝吾勝勝速日天忍穂耳尊の妃とし、葦原中国に降ろした━━

＊第九段一書二

━━(高皇産霊尊が天忍穂耳尊を葦原中国に降ろそうとする時、天照大神は寳鏡や斎庭の稲穂を授けた) そして高皇産霊尊の娘、萬幡姫を嫁がせ妃とし葦原中国に降ろした━━

＊第九段一書六

━━一書に曰く、天忍穂根尊が高皇産霊尊の娘である栲幡千千姫萬幡姫命、別名高皇産霊尊の児、火之戸幡姫の児、千千姫命を娶り天火明命と天津彦根火瓊瓊杵根尊を生んだ━━

＊第九段一書七

━━一書に曰く、高皇産霊尊の娘は天萬幡栲幡千幡姫。一に云う、高皇産霊尊の児である萬幡姫の児が玉依姫命で、この神は天忍骨命の妃となり、天之杵火火置瀬尊(アメノギホホオキセノミコト)を生んだ。一に云う、勝速日命の児の天大耳尊が丹舄姫(ニクツヒメ)を娶り火瓊瓊杵尊を生んだ。一に云う、高皇産霊尊の娘である栲幡千幡姫が火瓊瓊杵尊を生んだ━━

＊第九段一書八

━━一書に曰く、正勝吾勝勝速日天忍穂耳尊は高皇産霊尊の娘、天萬栲幡千幡姫を娶り生んだ児を天照国照彦火明命と名付けた。尾張連等の遠祖である━━

◎記には天孫降臨の段に登場します。

━━(天照大御神と高木神が正勝吾勝勝速日天忍穂耳命を降ろそうとしたが、日子番能邇邇芸命が生まれたのでそちらを勧めた) この神は高木神の娘、萬幡豊秋津師比売命と結ばれて生まれた神。子に天火明命と日子番能邇邇芸命がいる━━

◎記紀のいずれも専ら系譜上の記載に留まり、事蹟や神格等に関わる記載はありません。これは｢先代旧事本紀｣や｢古語拾遺｣も同様。紀の一例を除きすべてに｢幡｣が共通に見られます。
あくまでも神名や祀られる神社の伝承等から機織神とみなされています。

◎神名に異伝が多いのは、高皇産霊尊系と天照大神系の別神が習合されてしまったからではないかという考えも。高皇産霊尊系が｢栲幡｣であり、天照大神系が｢萬幡｣であったのではないかと。

天照大神系は中国江南省辺りから先に渡来してきた南方系種族、高皇産霊尊系は後に渡来してきた北方系種族。両族は幾度と婚姻関係を繰り返し古代日本が形成されたと思われます(→ 谷川健一｢青銅の神の足跡｣より)。

◎なお｢皇太神宮儀式帳｣(延暦二十三年・804年)には、萬幡豊秋津姫が天手力男神と同殿にて並び祀られている(相殿神右方)との記述があります。これは天照大神の信仰と結び付いた機織の女神であったとも考えられています。

■系譜

父 … 高皇産霊尊(高木神)

母 … (文献等に見られず不明)

兄 … 思兼命