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受験コーチ池田潤が教える参考書学習法

‐志望校に合格する勉強法と思考法‐

今日もカフェからブログをお届けです。


今日は大阪セミナーなので、このブログ書いたら会場に向かいます。


ブログやメルマガ読者さんにお会いできるのがかなり楽しみです。


懇親会でも色々と話を聞いて、ズバズバ本質を突いていこうかと思っています。


今回のセミナーのテーマは「自分」なのですが、これってかなり今の時代に必要なことだと思っています。


というのは「確かなもの」がもう今の時代、なくなってきているからです。


「こうしておけばいい」「こう生きるものだ」という指標みたいなものがない。


もちろん、本来はないのが普通なのですが、これまではあったわけですよね。


高学歴とか、大企業とか、公務員、資格、男らしさ、女らしさ……。


その他様々な「シンボル」みたいなものがあった。


そういうものを目指しさえすればいい、と思っていた。


でも、どうも雲行きが怪しくなってきたわけですよね。


本屋に行けば、資格を取っても食えないとか、高学歴ワーキングプアという言葉があったりとか、公務員の給料が下がって、天下り批判があって。


女も働くべきという声が大きくなって。


男も育児をしろという話になって。こういった点について言えば、良い悪いではなく、「こうあるべき」が崩れてきているという話。


もう、どうしたらいいか分かりません、みたいな。


さらに、個人メディアの発達によって今まで見えなかったものも見えるようになり、


ステルスマーケティングに代表されるデマも増えた。今や、口コミさえも信用できない。


第三者を装って、意図的に悪評を流す人たちも大量に出て来たわけです。


どんどん「確かなもの」がなくなってきているのが分かると思います。


自由ではあるのだけれど、その自由に耐えられない人も出て来ている。


このあたり、より詳しいことはエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」にも書かれています。


で、ここで大事になってくるのが「自分」なんですよね。


あなたはどう思うんですか。あなたは何をしたいんですか。


自分の判断、自分の感覚。そういったものが問われてくる。


それがない人は、情報に踊らされ続け、騙され続け、自分の人生を失っていかざるを得ない。


情報は洪水レベルで日々押し寄せてきています。


その情報の渦に飲まれるか、華麗にサーフィンするか。


それは、「自分」という名のサーフボードを持っているかどうかなわけで。


誰が何と言おうが「オレは」こう思う。私はこう感じる。


これが良いと思う。これは良くないと思う。


自分の感覚で選んでいけるか。自分軸を持てるかどうか。


自分の目で見て、肌で感じようとしているかどうか。


その姿勢が大事。


で、そんなことも含めて、今回のセミナーは「自分」というものをテーマに、ゲームをしたりワークをしたり対話をしながら、進めていく予定。


あー、楽しみ。


では、今からセミナー会場に向かいたいと思います。


では!

最近すごく感じることがあります。


それは、人間の喜びには色々とあるのですが、人生の方向性を大きく変えてしまう喜びがあるなということ。


どちらに比重があるかで、全然違う人生になる。


それは、「創造すること」を喜びとするのか、「安楽」を喜びとするのか、です。


もちろん、根本的にはどちらも喜びではあるのですが、どちらに比重があるのか。


世の中で結果を残す人、自己実現している人というのは「創造する人」なわけです。


もっと言えば、安楽の喜びを否定して、創造する喜びに生きる人。


誰だって安楽は喜びだったりするわけですが、そこに留まっていてはダメだと思う人。


作家、アーティスト、起業家、芸術家、ミュージシャン、映画監督…


こういった人たちは自分の力で何かを生み出し、その生み出すという行為に喜びを感じ生きています。


彼彼女らにとっては「生み出す」ことこそが「生きる」ことであって。


間違っても「眠る」ことが生きることではないわけです。笑


「○○をしないとよく眠れない。だから○○をして生きなさい」と言った賢者に対して、


「お前はアホだ」とニーチェは言いました。


この賢者は眠るために生きているからです。


それは生きることなどではないのだと。


上記の職業だけでなく、全ての人は生み出すことに喜びを感じるわけですが、それをしようとしない。


しかし、生み出すことに生き甲斐はある。


自分の人生を「創りあげる」ことに心震える喜びがある。


創りあげるっていうのは、好き勝手生きるってことです。


今は、「なぞる」だけの人が多いわけですね。用意されたものをなぞる。人の価値観をなぞる。


人と違うことはできない。したくない。


だって、安楽こそが最高価値だから。


そんなに無理してどうするの。私はよく眠りたいの。


といったような。


誰が何と言おうと、自分の人生は自分の人生なのだから、好き勝手創りあげたらいいんですよ。


そして、そこにこそ生き甲斐がある。面白いぞ、人生は。と思える。


なぞるだけ、真似するだけ。


だから、生き甲斐がないんです。自分の人生を生きている感触がないんです。


そうでしょう?


だから、何となく自信がないんです。自分を失ってしまっているから。


私自身は、それだけではないですが、作家として生きていきたいなーと思っているし、生きていくんだろうなとも思っています。


第二作の発売時期もようやく決まってきました。第二作出るので、楽しみにお待ちください。もうちょっと先ですが。


で、どんどん本を出していきたいなと思っています。それは、自分にとっての「創造」の喜びだから。


作家だけでなく、トレーナーとしての自分もいるし、受験指導する自分もいる。


一つにくくれるわけではなく、色んな顔があるわけで。


でも、結局は「池田潤」なわけで。


ホントは肩書きなんかいらなくて、私は「池田潤」として生きていきたいだけ。


どの顔だって、自分でしかないわけだから。便宜上、肩書きを用意しますが、ホントはいらないし、それだけじゃないぜと思っています。


だって、今回のセミナーなんて、受験生ほとんど来てませんからね。笑


受験生は来ないでねって言ったし。


それでも、大学生とか社会人の方がたくさん来てくれて。


ブログを見ていたら、受験のことだけ語りたいわけではないというのはビシバシ伝わっていると思います。


この間なんか、読者さんに「もっと受験について書いてください」と言われてしまいました。笑


まあ、それも私なんです。それが池田潤。


なのです。


人間、安楽にも喜びを感じるもので、それがないと疲れてバタンキューでしょう。


ただ、創造の喜びというものにもう少し目を向けていくことで、生き甲斐や充実というものを取り戻せるかもしれません。

今日は国公立二次試験ですね。


明日もまだ続くという方も多いと思いますが、試験が終わってこの記事を読んでいる場合には、何も考えず、休むのが一番です。


終わった試験のことは考えず、明日のことを思い煩わず、ただ休む。


そして、明日の試験で自分の力を出せるようにする。ただ、それだけに集中する。


昨日も言った通り、試験本番はやってきたことを出せばいいだけですからね。


本当に、それ以外の何物でもない。ある意味今までの勉強こそが本番であって、試験当日はその身につけてきた力を披露する場。


そして、身につけてきたことは出せるものです。勉強してきたことは嘘をつかないから。


なので、難しく考えず、思い悩まず、深く考え込まず。


ただ、休み明日に備える。そして力を出す。やって来たことを出す。


ただ、それだけでOKです。


私がやったことと言えば、


消化に良いものや、野菜などを食べ、お風呂にもゆっくりと入り、温かい布団で寝る。


それだけ。笑


試験のことを家族や友達と話したりもせず、ただ淡々と過ごす、みたいな感じ。


で、やっぱりそれが一番良いと思うんですよね。


当然、試験本番はできない問題だってあるし、あれで良かったのかなという不安があっても当然。


そういったものがない人の方が少ないわけで、私自身、合格した年の試験でもそういう思いはありました。


でも、考えても仕方ないんですよね。当たり前ですが、終わったものは終わったのだから。


気持ちが揺れてきたら好きな音楽でも聴いたり、家族と話せばいい。他愛もない話を。


試験以外の話題でいいから。


こういうとき、家族の存在というのは大きかったりするわけですね。


一人では不安でも、家族がいるだけで安心したりとか。


人生において「人」というものがどれだけ大事か、ということを実感するときでもあります。


試験本番は、一人で戦わないといけない。


でも、実際一人でいるのだけど、応援してくれる人がいると思うだけで頑張れたりとか。


自分を心配したり、自分の合否を気にしてくれる人がいるというだけで、嬉しかったりとか。


キレイごとではなく、本当にそういうことってあると思うんですよね。


そういう気持ちも感じればいいし、そういう人がいるということに感謝すればいい。


感謝は最高の感情ですから。


感謝しているときに恐怖の感情が共存できません。


不安になったら家族とありがとうと思えばいい。


受験できる環境に感謝すればいい。


それだけで、強くなれるはずです。


まだ試験がある方。


明日の力を発揮してきましょうね。

一昨日は自分のセミナー、昨日はフィリピンチャリティセミナーでした。


そこで多くの人に会って、多くの人と対話しました。


自分のセミナーの懇親会では、やたらその人の本質を突いてみたりとか、「好きなことを仕事にする」ということについて議論してみたりとか、勉強法のコンサルが始まったりとか、人生相談会が開かれたりとか、親と子の問題について話したりとか、色々ありました。


で、その中で本当に強く強く感じることがあって。


それは、みんな本当に心根が優しいってこと。


ただ、そのせいで自分自身の良さが分かっていなかったり、自信を持って会話ができなかったり、堂々と行動できずにいる人が多いということ。


もっと言えば、自分を守っている人が多いってことなんです。


本質はそこにあるかな、と思います。


自分自身にヨロイをまとい、弱さを隠し、ありのままの自分を隠し、いつも他人を優先する。


他人を優先するというのは、他人の思い、考え方を優先するということでもあるので、なかなか「自分の哲学」みたいなものも生まれません。


自分の軸がなく、軸がいつも他人や社会の方になる。結果、自分に自信が持てない。


だから、何だかビクビクした印象を与えてしまったり。


例えばその状態だと、男が女を口説くみたいなこともできないわけですよね。自分の世界に引き込むことができないから。


結果、いつまでも彼女ができないとか。


これを何とかしなきゃなー!というのが今の率直な思いです。


頭では色んなことが分かっている。知識はある。しかし、それが行動や自信に結びついていない。


オーラが出ていない。自信に溢れたオーラ、自分は自分でいいというオーラ。


だから、人が惹き付けられて来ない。


そして、そんな自分に不満。そんな自分が嫌い。結果、余計自分の殻に閉じこもるようになる。


かと思えば、自分より「下」だと判断した人だけには強気の態度。とか。


ネット上で何か書き込んだり、発信している情報だけを見たらすごそうなのに、直接会ってみたらさっぱり、とか。何か惹き付けられない。魅力がない。


それは、頭で分かっているだけで体感していないからだし、直接会ったときの印象こそがその人の本当の姿なんですよね。


ネット上にくだらない書き込みをしている人にいざ直接会ってみたら、「え?こんな人が書いていたのか…」となりますよ。暗くて、陰湿な感じで、とても尊敬できないような感じだったり。


ちょっとリアルに想像してみてくださいね。


少なくとも、全く生産性のないことに必死になれるような人なわけです。


で、もしそういった情報に思考が左右されているなら、その人に人生を左右されているわけ。


その人によってあなたの人生は決められているわけ。


それでいいの?判断の基準をその人に委ねるの?ということ。


それはちょっとヤバイんじゃないかな、ということなんですよね。


ネット上だったらすごそうに見せる事なんていくらでもできるわけですから。


で、話を戻して、大事なのはやはり「自分を持つ」こと。「自分を取り戻す」こと。「自分を創る」こと。


それができるからこそ、自分だけの人生を創っていくことができるし、自信を持って行動できる。


でも、多くの人はそれができない。


なぜなら、自分を奪われてしまったから。


自分をなくさせる教育を受けてきたからです。


自分をなくし、自分のやりたいことを我慢し、自分の意見を言うことを押えつけられてきたからです。


だから、私たちは自分を取り戻すことから始めなくてはならない。


そこからスタートしていかないといけない。


逆に言えば、それができればどんどん人生は前に進むし、人が寄ってくるようになるし、チャンスにも恵まれます。


だから、人生が変わっていくわけですね。


今週の土曜日は大阪でセミナー。


今回のこの話をもっともっと深めていき、体感を通じて行動につながる自信を取り戻していく、ということをしていきます。

明日から、国公立大学の二次試験が始まりますね。


いつも試験前には言うことですが、自分がやれること、やってきたことをやればいいだけ。


不安とか緊張があったとしても、それは当たり前のことだからとやかく考えない。


不安や緊張があったところで特に問題はないですし、それは正常な感覚でしょう。


問題があるとすれば、その不安や緊張に自分からどんどんとらわれていって、考えすぎてしまうこと。


考え込んでしまうこと。


考え込んでしまう必要はありません。考えてもどうせ明日は来るし、普通に力も発揮できるから。


不安で力を発揮できないのでは、とか考えたところでそんなのは本番になってみないと分からないし、そう思うからこそそうなってしまってたり。


「不安や緊張なんてあるもんさ」くらいに割り切っていればいいんですよね。当然だよね、と。


あんまり考え込みすぎないことです。


試験のときが来たら試験を受けて、問題を解いてくればいいんです。ただ、それだけのこと。


ずぶとく構えていればいい。結果のことを考えるより、自分の力を発揮すること、今までやってきたことを出すことを考えればいい。


私が言うことはいつも同じです。


自分のベストを発揮するから、結果もベストになる。


だから、自分のベストを発揮することを考えてればいい。


自分のベストを発揮するとは、やってきたことを出すこと。


だから、やってきたことを出すことを考えていればいいんです。


それだったら、楽じゃないですか??


あとは、今まで受験勉強に打ち込めたことに感謝する。


感謝の感情があると、不安が薄れていきます。


明日受験できることそれ自体に感謝する。自分の力を試せる機会があることに感謝する。


本当に、この1年よく頑張ってきたと思います。


その自分の努力も認めてあげ、自分を肯定してあげてください。


そして、明日はその自分がやってきたことを出してきましょう。


今日は、特に何かをする必要もないですし、やるとすれば今までやってきた参考書などを眺め、今自分がやれること、やってきたことを確認していく。


できることを数えることによって自信を蓄えていく。


ここまで来たら重要なのは、自分が持っているものをいかに出せるか、ですからね。


今自分が持っているものを確認していくことで、自信も湧いてくるでしょう。


明日受験される方、応援していますね。

今日は東京セミナーです。当日到着で、今新幹線で東京に向かっているところです。


今回はなんやかんやあって、4日間くらい滞在する予定。上手いこと予定が重なりました。


全日程何かしらあってかなり楽しみです。色んな人に会える。


今日のセミナーも、面白いワークを取り入れたり、話したいことがありすぎて今からかなり高揚感が高い状態です。


やっぱりセミナーすることが好きなんだなーと毎回思います。がっつり価値を提供してきます。


今回、セミナー前に参加者の悩みを募ったんですね。


あなたが何で悩んでいるのか、どういう壁にぶつかっているのか、をメールで送ってください、と言ったんです。


そうしたらたくさんメールが来て、それも相当な長文が多くて、それぞれの方がそれぞれの場で戦っているんだなあと実感しました。


この記事を今読んでくれているあなたも、そうでしょう。


私大受験を終えた子も出て来て、進路が決定してきた人もいます。


国公立受験を控え、最後の追い込みをかけている人もいます。


それぞれが、それぞれの場で戦っている。


ただ、誰にも言えることは、「自分を信じようよ」ってこと。未来を創っていける自分を信じること。


受験勉強していたら、誰もが壁にぶつかります。解けない、理解できない、時間が間に合わない。


その度に挫けそうになって、諦めそうになって、やめようかと思ったり。


この1年間で、ホントに色んなことがあったと思います。


ただ、大事なことは、私たちは私たちがどう生きるか、どう在るかということを自分で選択することができるということ。


壁にぶつかっても、挑戦することを「選ぶ」ことができる。


自分の選択なんです。


自分を信じることだってそう。信じるも信じないも、やるもやらないも、自分の選択。


最後、受験で問われるのは自分の在り方。


どういう態度で勉強に挑んでいくのか、どういう姿勢で問題と向き合っていくのか。


適当に手を抜いてこなすことだってできます。


やれることをやろう、と思って自分なりのベストを尽くすこともできます。


自分はどうしたいのか。後悔のない受験にするために、何ができるのか。


他でもない自分のために、最後まで「真摯な在り方」を貫く。


できること、できないことはあります。


ただ、そういうこととは関係なく、自分がどう受験と向き合ったか。どういう姿勢で勉強したか。


この残り数日、自分の在り方を見つめ、真摯に勉強と向きっていくその在り方が、本番を乗り越える自信を育んでくれるでしょう。


勉強に向かう姿勢が、最後は大事になってきます。


残り期間も少なくなってきましたが、やれることをやっていきましょう。


私も、今できる最高のセミナーをしてきたいと思います。

私たちが絶望し、勇気が湧かなくなってしまうときというのは、未来を信じることができなくなったとき。


自分は未来を創ることができる、と信じられなくなったとき。


自分への疑い、自己否定、自信の欠如…


そういったものが重なると、私たちは未来を描こうとする力を失い、現状をいかに維持するかという「生存」を優先する生き方になってしまいます。


結果、何も変わらない現状が続いて行くのです。


今、現代社会を「自信を奪う」社会だと思っています。


自由な情報発信ができるようになり、誰もがどんな内容でも発信できます。


しかし、それによって劣悪な情報、ネガティブで、自信を失わせるような情報も本当に増えました。


私ですら、よく分からない情報をたまたま頭に入れてしまうと、自信が弱まっていくことを感じます。


情報の洪水の流れに身を任せていると、どんどん悪い方向に流れていってしまうのです。


人間は本来、純粋な自分の気持ちにアクセスし、その思いに従って生きていくと上手くいくようになっています。実は。


でも、今はその純粋な自分の気持ちにアクセスができなくなっているわけです。


「Self Revived」することができていないわけ。


結果、常識や他人の価値観、主義主張などに惑わされ、自分をどんどん失っていきます。


当然、やる気は出ないし、憂鬱になってしまったり、自分への愛を失うことによって他人への愛も失ってしまいます。


自分への愛を失えば他人への愛、つまり他人への興味関心も失われていき、人々はどんどん孤立化していきます。


逆に、自分の純粋な気持ちにアクセスし、自分に従って生きていくことでどんどん道は開けていく。


本来、私たち人間にはすごい潜在能力が秘められていて、それは今この記事を読んでいるあなたも同じです。


それに自分が気づいていないだけ。


社会や他人、常識によって見えなくさせられているだけです。


その力を何に使うか、何に発揮できるかは人それぞれ。


そして、それでいいんです。


人生に唯一絶対の正解はなく、「こう生きるべき」というものもありません。


あなたがあなたの純粋な思いに従って生きていくのであれば、それは全て正解なのです。


例えば、ローズマリー・ケネディという女性をご存知でしょうか?


彼女は、ジェン・F・ケネディの母親です。


彼女にとってのミッション、やりたいこと、使命は、「立派な家庭、家族を創ること」でした。


そこに自分の才能を発揮し、全力を注いだのです。


そんな生き方も、当然立派なものです。


家族を大事にしたいなら、全力で大事にすればいい。何でもいいわけです。


しかし、どこかで「女性も働かねばならない」という風潮、社会的圧力みたいなものに身を任せてしまって、実は本当にやりたい「家族を大事にする」ということができないでいる人もいるでしょう。


自らの純粋な気持ちとして働きたいのならいいです。それは本当に素晴らしいことです。性別に関係なく、ガンガン世に出て活躍して欲しいと心から思います。


しかし、そうでない場合に働くことを選んでいると、どこかで心が疲れ切ってしまうかもしれません。


経済的な問題で働く必要があるということであれば、それが「家族を守るため」と考えることでその仕事にも全力で打ち込もうとするでしょう。


大事なのは、自分の純粋な気持ちを忘れるな、ということなんです。


社会が何と言おうが、周りがどうだろうが、関係ありません。


そういったものに左右されてしまうから、人生は変わらないし、いつまで経っても悶々としてしまうのです。


そろそろ本当の自分に目覚めたら?


「Self Revived」したら?


という話なんですね。


いい加減、自由に生きたらいいんです。


それができないから、苦しんでいるだけなんだから。

プログラム生から、こんな報告が届きました。


『発表がすべて終わったので報告をしたいと思います。


同志社大学


立命館大学


の計6つの学部に合格を頂きました(^O^)


自分でも信じられないのですが志望していた学部全てに受かりました。物凄く嬉しいです。


進学先は同志社商学部に決定しました。大好きな同志社に行けるなんてとても嬉しいです。


潤さんに出会えなかったらきっと今年も同志社には届かなかったと思います。本当に本当にありがとうございました!』


こういう報告ほど嬉しいことはないです。


他にも去年は一つの大学も合格することがなくて、受験への自信を失い、恐怖感さえもあった子が明治や法政といった大学に合格し、自信を取り戻すということがあったり。


毎年見ていて思うのですが、上手くいく子ほど「思い」が強い。


絶対に合格したいっていう気持ちが伝わってきたり、それが行動に出ていたりする。


結局、その思いがない人は勉強しなかったり、できなかったりするんですよね。


なあなあで受験してたり、どこかで「まあいいかな」と思っていたりする。


それは全て、日々の行動に表れる。


思いが強ければ、頭の中は毎日そのことでいっぱいで、自然に行動するようになります。


好きな女の子を必死で追いかけるように。


例えば、あなたは合格したいとか、もっと充実した人生を生きたいとか、自信を持ちたいとか、人それぞれだとは思いますが、


何らかの理由でこのブログを読んでくださっていますよね?


それは、あなたの「思い」の反映なんです。思いのないところに行動は生まれません。


ブログを読む、だって行動ですからね。


私たちはいつだって、自分の思いに従って行動しています。


だから、どこにどれだけの思いを持つかで人生は変わってくるわけです。


で、多くの人がモヤモヤしたり、何となく突き抜けることができないのは、その思いに気づいていないから。


蓋をしたり、ごまかしたり、社会的洗脳によって見えなくなっているから。


もしくは、影響力のある人に価値観を押し付けられて、もう自分の思いには気づけなくなっていたり。


親や先生、近くにいる人がそういう存在になることもありますね。


そうやって、私たちはどんどん自分の思いを感じられなくなってきたわけです。


私たちの日々の行動は、思いの反映なわけですから、思いのないところに行動は生まれません。


しかし、心の深い部分では自分の思いに気づきたいと思っていて、行動したいと思っている。


でも、それを邪魔する自分がいる。


だから、モヤモヤするんです。その葛藤によって。


スッキリしない。自分に自信が持てない。「これでいい!」と思えない。


多くの人が、「これでいい!」と思えないでいるのが現状。


それは、自分を忘れちゃったから。


だから、「Self Revived」することが必要で、自分を取り戻していかなきゃいけなくて、上手くいこうと思うならもうそれしかないわけです。


それをしない限りは、モヤモヤは消えません。自己否定したり、自信を失ったりの繰り返し。


それも、自分以外の外側の要因によって。


振り回されっぱなしになるわけですよね。自分を持てない。軸を持てない。


ホントは誰だって自分を持てるし、自信を持てるし、「これでいい」と思って生きられる。


ホントは、誰もがすごい力を持っている。


でも、それは「自分である」ときにしか発揮されない。


そうやってみんな、くすぶっているわけです。


私はそれを何とかしたいなーと思うし、人が自分を取り戻して力を発揮していく姿を見るのが大好きなんです。


それが生き甲斐だと言っても過言ではないくらいに。


そのために、日々情報を発信し、研究を深め、自己研鑽しています。


どうやったら力になれるか?を考え、そのための行動を起こしています。今回のセミナーもそうです。


深く入っていくのにちょうど良い人数の方々が集まってくれているので、かなり濃密な時間を過ごすことができると思います。


今は、セミナー参加者をどう導いていくかで頭がいっぱいです。そして、それが楽しいです。


私にとってはこれが「自分であること」なんです。


誰が何と言おうと。そんな自分を貫くし、そんな自分が好き。


だから、これからもガンガンいこうと思っています。


受験生も、自分の「思い」を忘れずに。受験を決意したときの思い。


今、目の前に壁がやってきて、もうすぐ本番という状況の中で怖いと思ったりすると思います。


しかし、大事なのは自分の思いです。未来のビジョンです。


何のために、受験したのか。どういう思いからだったのか。


その強い思いを最後まで持つこと。貫くこと。


自分を、信じること。


それができれば、前に進んでいけるはずです。


本番前だからこそ、力強く未来のビジョンを描いてください。

今現在、私立大学の入試が続々と行われているところですね。国公立の試験も近づいてきました。


今回は少し学習面について触れていきますが、「静」と「動」を繰り返しながらの学習をお勧めします。


これには二つの意味があるのですが、まずは、実際的な意味での静と動。


つまり、体が動いているかいないか、ということですね。


勉強というのは基本的には机に向かってやるものですから、体を動かすことはありません。


そうなると、筋力が衰えたり、血行が悪くなったり、脳の働きが不調になって記憶力が低下したりと、様々な悪影響が及びます。


最近の研究によって、運動しないことによる学習上デメリットが多数解明されています。


私も受験コーチングプログラムでは徹底して運動の重要性を解いてきました。


筋トレ、ウォーキング、ランニング、ストレッチなどは積極的に毎日に取り入れていってください。


それだけで感情も安定することを実感することができると思います。


勉強と運動のバランス。勉強したら、軽く肩を回す、伸びをするといった軽いところから、


外に出て走る。腕立て腹筋背筋などの筋トレをする、といった重いものまで。


自分に合った時間帯で大丈夫なので、勉強だけになって体に全く目が向いていないということのないようにしましょう。


次に、勉強内容における「静」と「動」です。


これは、「攻め」と「守り」と言った方が良いかもしれません。


新しいことを学習する、新しい問題を解く。こういったものは「攻めの学習」に分類します。


今ある知識を保持する、やってきたことを繰り返す、復習する。こういったものは「守りの学習」です。


学習においては、この二つのバランスを考えながら行っていかなくてはなりません。


このバランスを欠くと、勉強しているのになぜか成績が上がらないということが起こります。


そして、ここにはかなりその人の性格だったり、心理状態が表れます。


弱気で自信がない、という場合には「守り」の学習が増え、焦っている場合には「攻め」の学習が増えます。


性格で言えば、几帳面な人、完璧主義な人は「守り」の学習が増え、大雑把な人、気が短い人などは「攻め」の学習が増えます。


性格と心理状態が如実に現れるのが、ここです。


私は指導に当たるとき、その人の性格、心理状態まで分析して指導を行います。


人間心理についても学んできましたから、話したり質問したりすると、大体その人の学習傾向が分かります。


重要なのは攻めと守りのバランスなのですが、ただ、『あえて崩す』場合もあります。


時期や、現在の自分の実力、今やるべきことに合わせて、あえてバランスを崩すこともあり得る。


ここの判断ができることが、非常に重要です。


大体、上手くいかない人は「判断能力」が足りないことがほとんど。


私から見れば全く的外れな学習法を取っていることが多いです。


そのあたりの判断も、自分でできるようになるよう、指導に当たってきました。このブログも読み続けていただけるとその力はある程度まで身に付いてきているはずです。


ここらへんを「自分で判断できない」というのは致命的で、何から何まで誰かにやってもらってきた、指示されたことだけやってきた、そういう人の限界はそこにあります。


そういう人は自分で考える力がありませんから、適切な判断をその都度下していくことができないのです。


これが、成績が上がらない大きな原因なのですが、ここを取り上げる人はほぼいませんね。


大体、「言われたことをやればいいんですよ」とか「カリキュラムを作ってあげます」と言って、終わり。


『支援』ばかりを与えようとして、『試練』は与えません。


だから、自力がつかないのです。自分で考える力、自分で判断する力がつかない。


しかし、勉強していくのは自分であって、学習していくときは細かな判断が求められるわけですよね。


深く考えるか考えないか、飛ばすか飛ばさないか、復習するかしないか、解くか解かないか、何をするか、何をしないか、時間はどれくらいかけるか、今日何をするのか。


毎回、自分で判断しているはず。細かな無数の判断を。


『支援』ばかりを与えられた「おぼっちゃま」では、この判断ができません。


無数にミスを犯します。


自分で課題を乗り越えることができず、考えることができず、


「こうすればいいと誰かが言っていたなあ」「何かのサイトでこうしたらいいって書いていたなあ」


という感じで、「自分の状況」「自分の学力」「自分の志望校」といった『自分』に関する一切の情報を省いた勉強法を取ってしまうのです。


それでは、成績は上がりませんよ、ということを受験コーチングプログラムでは口を酸っぱくして教えてきました。


この『判断能力を磨く』というところにまで着目して教えている人はあまりおらず、大体、「何もかもやってあげるよ」というところがほとんどな気がします。


そうやって受験勉強で身につけてしまった学ぶ姿勢が、大学に入ってからの学習態度にも表れていたりするのかな、と危惧したりもしています。


…と、ここまできて、話が大分逸れていることに気づきました。ここまで深めていくつもりはなかったのですが。笑


「静」と「動」の話だけ、するつもりだったんですよね。まあ、いいです。


一気に話を戻して、大事なのは「静」と「動」のバランス。


意識してみて欲しいと思います。

「自分が大事にしているものは何だ?」


私たちが生きる上でフォーカスすべきは、ここ以外にありません。


自分が大事にしているものを大事にすればいいのです。


しかし、今は情報過多の時代。誰もが好き勝手情報発信ができる時代。


「あれはダメだ!」「今はこれだ!」そんな情報がたくさんあって、自分の声ではなく周囲の声に振り回されっぱなしになりがちです。


悩んだら最初に尋ねるべきは自分なのに、すぐに人に相談しようとしたり。


もちろん、その人が「自分の思いに気づかせてくれる存在」ならいいです。


しかし、そんな人はなかなかいない。


結局は「その人の価値観を押し付けてくるだけ」だったりするわけです。


だから、「誰に相談するのか」ってマジで重要です。


今言ったようなことを分かっていない人に相談したところで、あれこれダメ出しされて、その人の価値観を押し付けられて、終わりです。


でも、その人の価値観が自分の価値観と一致することなんてほとんどないわけですよ。


だから、いつでも人に相談するということをやっている人は、ブレて、ブレ続けて、何をしたいか分からなくなってしまう。


いつも親の言うことを聞くだけだった、という人も同じ。


自分には聞かず、周囲の声を聞くばかりだったからもはや自分が何をしたいか分からない。


今回のセミナーは、「Self Revived」つまり、「自分を取り戻す」ことがテーマ。


だって、ここしかないから。人生を変えるには。これ以外にない。


自分じゃないことをやろうとしているからやる気が出ないし、


自分が何を大事にしているか分からないから、目の前のことにやる気が出ないんです。


本当は受験勉強にやる気満々で挑むことも可能ですし、仕事に情熱を持つことも可能です。


仕事しながらの勉強にワクワクすることだってできます。


もっともっと人生は充実したものになる。


それができないのは、自分を見失ってしまっているから。


それが本質。


今の時代に必要なのは、「Self Revived」することだと確信しています。


もちろん、運動だったり人間関係も大事です。ただ、本質となる核心部分がなければ、それらも意味を成さないんですよね。


もっと心の声に耳を傾け、周りの価値観ではなく「自分だけの価値観」を創っていきましょう。

朝飯食わずに今に至るので、腹が減りました。この後、昼飯を食って、セミナーのことをあれこれ考えて、やるべきことが終わったら好き勝手に生きようと思います。

あと、昨日Facebookに書いた投稿も載せておくので良ければ読んでくださいね。


<必要だと「実感」してるか?>


『教え子たちが、センター利用で早稲田受かったり東京理科大、中央大、明治大、法政大、関西学院大、関西大など様々な大学に受かってくれてる。


嬉しいこと。思えば、彼彼女らには非常に厳しい基準を課してきた。


方法論を教えても上手くいかない子は、結局その方法論が必要だということを「実感」していない。


分かってない。


どれだけ説かれてもそれが大事だと体感レベルで感じられない。


だから、毎日のように「言われたらやるんじゃないんだよ。命令でもなければ指示でもない。『必要だから』やるんだよ」と言ってきた。


「実感してないんだったら、君は何にも分かっちゃあいない」と言ってきた。


方法論を教えるというのは楽なことではない。


楽なことだと思っているとしたら、「話せばいいんだろ」と思っているとしたら、何にも分かっちゃいない。


受験生を指導してきて得た教訓は、伝えることの難しさ。


言葉を尽くして、相手の現実に立って、手を代え品を代え、何度も何度も伝えていくことの大切さだ。


セミナーでも徹底的に「実感」を重視していく。』