石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -44ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 まだ漫画というものが、子供に悪影響だと言われていた頃。うちの両親は特に禁止もせず、好きに読ませてくれていた。

 

 本も読んだが、漫画の方が圧倒的に多い。忌み嫌っていた当時の大人の方に言いたい。漫画って、とっても勉強になる。

歴史とか理科などの勉強の解説のために描かれた漫画も最近多いが、そういうのではなく、純粋にストーリー漫画の話である。

 

まず、言葉。自分の場合、学校で習わなかったのにいつのまにか知っている言葉は、大抵漫画から来ている。

 

「ハコ」=少年院、「マッポ」=警察(巡査)、「銀しゃり」=米、などの隠語は中学の時にハマった「スケバン刑事」で覚えた――知らなくていいっちゃー知らなくてもいいとゆーレベルかも知れないが。

    でも「お目付け役」「世のしがらみ」とかも、実はこの漫画で覚えた。たぶん誰でも普通に使うこういう常識的な言葉も、もしこの漫画を読んでいなかったら今でも知らないままだったかもしれない。

 

「ブラック・ジャック」も自分にとってはバイブルだ。メス、鉗子、ドレーン、人工心肺等々の道具類から、気胸、嚢腫、水頭症、腹膜炎、無頭児などの病名も小学生で記憶してしまった。まあこのくらいは今医療ドラマ全盛なので、ドラマ好きなら普通に入っているものなのかもしれないが。

 

ギャグマンガの「うる星やつら」にしても、表面張力とかインプリンティングとか、教室で習ったときにはすぐに忘れてしまった言葉が笑いに昇華されている場面があり、ここでしっかりインプットされた。

 

 言葉以外にも、社会問題を知れるという利点がある。自分、恥ずかしながら新聞はあまり読まない方だった。身の回りのことだけで精一杯で、他の世界、例えば外国のこととか政治とか教育とか、触ったことのないスポーツとか。身近でないものには興味も意欲も湧く余裕がなかった。

 

 けれど、漫画にはそういう背景が色濃く出ているものがある。

「ベルばら」のフランス革命は言うまでもないし、先の「ブラック・ジャック」でも公害やら細菌兵器やら水爆実験やらの被害者の叫びを描いている部分がある。ブラックジャック自身、不発弾でああいう見てくれになった。

    また、「ワン・モア・ジャンプ」というスケート漫画では、チェルノブイリで被爆した天才少女が倒れる衝撃的な場面もあった。


    他にもまだまだたくさん挙げたい漫画はあるのだが。

 とにかくこれらがすごいのは、ストーリーに惹きつけられて読み進むうちに、自然とそうした背景も頭に入るところである。

 

 子供の頃は、入口が小難しそうだとそこでほっぽり出す。下手をすると食わず嫌いで一生近寄らないなんてことにもなりかねない。良質な漫画は、そういうところをするりとくぐらせてくれる素晴らしいツールだと思う。

……漫画ばかり読んでいた子供時代を言い訳しています。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

 

 

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 物語を書きたい、という思いは子供の頃から持っていた。だから、書いている途中に邪魔が入るのが不満で、早く「書くだけ」の生活を送りたいなあと願っていたものだった。

 

 それはちょっと違うのかも、と思ったのは、コミック原作のコンクールに入賞後、しばらくの間持ち込みをしていた頃。

 

 それまで掛け持ちしていたバイトを全て辞めた。原作の仕事で頑張るんだ、と浮き浮きしていた。朝から晩までそのことだけに時間を費やせる幸せ。書くことに邪魔が入らない幸せ。

 

 ところがである。

    詰まったり進まなかったりすると他にやることがない。家以外に行く場所もない。せいぜい買い物か、本屋をグルグルするくらいである。

    メールもあまり発達していない時代で、しゃべる相手もろくにいない。そんな狭い世界で生きていると、ネタに詰まるのに時間もかからない。


    どっか遠出して気分転換とかネタ拾いとか、と思っても、バイト代も入らなければ原作収入は出来高制。浪費は大敵。

    人に会っても身分をどう紹介していいのかわからないので、外に出るのも億劫になる……。

 

 一行も書けない日々が日常化してくる。あまりにもヒマ過ぎて、結局はまたバイトを探した。その頃にはいい年齢になっていてかなり苦労した。こちらが大した仕事でもないのに、と思っていても返事すらもらえない買い手市場。

    あまりに断られ続け、就活での若い子の悲観がよくわかってしまった。そういう気持ちならリアルに物語にできる、と思ったくらい。

 

 これなんだろうな。

    直接書いてはいなくても、こういう世の中の感覚を生で知ることが、書くことに生きる。一日中家に引きこもってパソコンに向き合うだけが創作ではないのだ、と今更気付かされた。

 

 で、ようやくバイトが決まると、書く時間がなくなる、という悩みに戻る。乗りに乗って、あと丸一日あればエンドマークまで辿り着きそうなのに、というところで、バイト先の繁忙期がやってきたりするのだ。

 

 けれど、書くだけに専念しようと全ての仕事を辞めてしまった頃に比べ、気持ちが安定して、書く作業も進む。たぶん、定収入のある安心感と、書けない時間があることによる効率化? が、両輪で走るのだと思う。


    食い詰めるくらいな方が必死になってモノになったろう、という意見もある。それも正しいと思う。が、自分の場合はそうじゃなかった

 

 2年程前に、ちょっとしたブックレビューを書かせてもらったことがある。「おばちゃん街道」というエッセイ集についてのものだった。

    著者の山口恵以子さんは、「物語を作りたい」という夢を長年追い続け、ついには松本清張賞を取られた作家さん。

    山口さんは「食堂のおばちゃん」をやりながら書いてきた。その肩書きこそポイント。「恒産なき者は恒心なし」と受賞の言葉でおっしゃっている――安定した仕事があってこそ精神が安定するという意味。それがそのときストンと自分の腑に落ちた。

 

 創作とは言ってもその世界に出てくるのは普通の人達なわけで。だから人と自然とふれあう「仕事」というつながりを断ってしまっては、書けなくなるのは当たり前だったんだなあ、と最近思うのである。


(了)

 

  

 

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 「カーネーション」の再々放送にハマっている。


 本放送は2011年後半、そのときもその後の再放送も今回も、毎回正座(!)に近い状態で視聴。


 主人公糸子の、ミシンに対する思い、洋服への思いに心打たれる。元来のブルドーザー的な押しの強さでどんどん道を拓いていく小気味よさ。スカーレット・オハラよろしく家族を支える逞しさ。


    それだけでも見応えがあるのだが、家族や周りの人達一人一人もとても素敵で、誰とのエピソードでも「それでどうなるの?」と乗り出す展開。毎回実に短く思える15分なのだ。


 本放送、再放送、そして今回3度目視聴だというのに、結構忘れていて、いちいち新鮮に驚いたり感心したり。覚えていても、もう一度確認して嬉しくなる。良作とはそういうものだろうと思う。


 自分も物を書くからには、そんな風に、オチがわかっていても何度でも見たくなるような話を目指したい……。


    とにかくこの「カーネーション」、ストーリーの面白さはもちろんだが、セリフといい、話の運び方といい、キャラ設定といい、もうお手本だらけの秀作なのである。


 先日見た回では、キャラクターとセリフについてとても勉強になるなあというシーンがあったので、メモです、メモ。


 戦争が終わり、糸子の洋裁店経営が新展開を迎える。繊維商店会という経営者達の集会を紹介され会合に出かけるのだが、紅一点ということでバカにして酒を飲ませにかかってきた輩がいた。糸子は負けん気全開で受け、結局酔いつぶれて、誰かにおぶわれて帰宅する。


 その前に、会合で隣に座った周防さんという人と話すシーンがある。彼は長崎出身で訛りが強く、糸子は何を言われたのかサッパリわからず、何度も首を傾げたり聞き返したり。周防さんはいちいち親切にゆっくり一生懸命言い直してくれる。

    この1,2分の会話だけで、周防さんの出身、経歴、人柄が視聴者にくっきり伝わる。


 で、酔い潰れた翌朝、自宅で目を覚ました糸子は、誰に送られてきたのか覚えていない。お母さんに聞くと「男の人。とても親切に一生懸命説明してくれたけど、何言っているかよくわからなかったわ」との答え。


 これですよ、これ!


 シナリオを書く際、必ず言われるのが、「説明ゼリフはダメ」。この回は、周防さんが初登場だっただけに、説明しなくてはならないことがたくさんある。

    周防さんが一人語りで「僕は長崎出身で家族はこうで経歴はこう、今はこういう仕事をしていて」と説明してしまってはベタ。でも、長崎弁を糸子が聞き返すというやりとりで、全く説明ゼリフにならずに進む。


    更に「誰が送ってくれたの?」と聞いて「周防さんて人」では説明ゼリフ。「『親切』で『一生懸命』でしかも『何言っているかわからない』人」。これで全視聴者が「周防さんだ!」と叫ぶ。そして糸子をおぶった男の顔がアップになる回想が映る。


ああ、すごいな。こういうシナリオを書きたいな。と思う。でもそれ以前に純粋に面白くて面白くて、一視聴者としてのめり込んでいる。


 ちなみに、周防さんを演じているのは綾野剛さん。この役で女性のハートをわしづかみ、大ブレイクしたのはご存じのとおり。

    それまでの自分の印象は、異常者とか異星人とか不気味なクセのある俳優さんだったのだが、こんな風な優しげな包容力のある役がハマるとは意外だった。


    で、もはや自分ももれなく周防さんを見たいクチ。明日も出番を楽しみに、また正座視聴します。


(了)

  

 

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 先日、小田和正コンサートに行ってきた。

 

震えた。泣けた。

 

 自分はそれほど熱烈なファンというわけではなかったのだが、その楽曲は物心ついた頃から当たり前にその辺を流れていて、大半が耳に馴染んでいる。

 

 中学の学園祭には生徒のバンドがオフコースをコピーしていたし、ファンだった友達からダビングテープももらった。その後もハマッたドラマの主題歌だったり、逆に主題歌が聴きたくて内容はイマイチなドラマを見続けたり。

 現在も人気ドラマにCMにと、やっぱり当たり前に隣にある。40年以上もずっと最前線。すごいことだと思う。

 

 コンサートに行くにあたって、その歌詞をおさらいした。いつもそこに普通にありすぎて、実はそのストーリー性を実感していなかったことに気付く。あの切ないメロディと澄んだ歌声だけで、もう浸ってしまえていたというか。

 

 歌詞、切ない。

 男側からの、彼女とのすれ違いとか別れとか、その気持ちに対する戸惑いとか。いや、今更何言ってんの、と同世代やファンの方々に怒られそう。だけど自分の揺さぶられポイントは、メロディ→歌声→歌詞、という順番で来るので……って、2番目と3番目の間、何十年開いてんだか。

 

 今、ちょっといろいろズレてしまう人間関係のストーリーを考えていて、それがまとまりきらず、中途半端なモヤモヤを抱えてこのコンサートに行った。

 そしたら、……え。

 これです、これ!  このすれ違い感、ズレてく感。こういう感じの話にしたいの! どれもこれもテーマ曲にしていいですかっ!?

 

 と、欠けていたピースがはまった感じがしたのである。さ、さすが長年ドラマ主題歌のヒットを飛ばし続けてきたアーティストである。こんな風に後押しされるとは思わなかった。

 ビバ! 小田さん!

 

 今年71歳になられる。とてもとても信じられない。だって、コンサートは18:30開始でアンコールまで終わったのが21:30頃。その間、1回10分程の休憩を挟んだだけで、歌いっぱなし、走りっぱなし。手を伸ばせば届くくらいの自分の近くも駆け抜けてくれた。なのに歌声が上ずることも息が上がることもなく。

 

 ……どういうトレーニングをするとこんな体力を手に入れられるのだろう。

    合間に小田さんとツアー先の地元の方とのふれあいの映像が流れ、足下が映った。生ふくらはぎが若すぎる。ちらちらと入れてくる雑談も全然オジサン臭くなく、温かく笑わせてくれる。その語り方も表情も、いたずらっ子みたいで、本当に魔性の男子。

 

 その世界にどっぷりつかった3時間であり、自分もまだまだやれる、と前向きになれた一時でもあった。

 繰り返します。ビバ! 小田さん!

 

(了)

 

 

 

 

 

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  昔々のその昔……会社のデスクというのは、物を書くために存在していた。10個くらいずつが「島」と呼ばれる塊になっていて、電話は誰でも取れるよう個々のデスクの境目に置かれていた。稟議書だの議事録だの業務日誌だのを書くのに、ファイルやマニュアル等をどれだけ広げてもまだまだ広々と使えたものだった。

 

やがてパソコンなる物が登場し、けれど最初はフロアの端っこに「パソコンコーナー」として集められていた。当時はデスクトップ型で、重くてでかくて動かせず、だから使う時はデスクを離れて作業するという形。

 

それが、ラップトップ型が出ると、電話と同じように数人に1台の割り当てでデスクの島に置かれるようになる。当然、それは書類作業の邪魔になるわけで、それぞれが自分のデスク上からじりじりと押し出し、隣や前と押しつけ合いっこになったりした――小学生かっ。

 

やがて、1人1台のノートパソコンが与えられ、作業は全てその中に移行。データも業務連絡もちょっとしたメモ書きも。

 

けれど、やっぱり書類がなくなるわけでなかった。稟議書や業務日誌をメールなどでやりとりするとしても、それを作るための根拠資料や下書きは普通に紙だった。データ入力だって、アンケートとか請求書とかの書類の束を見ながらやるものである。とすると、その作業時、書類とパソコンをどう配置するのか。

 

未だに自分、「正しいパソコンの置き方」がわからない。パソコンの手前に書類を置くと、キーボードを打つとき邪魔である。右側はマウスがあるのでやはり邪魔。とすると左しかない。

けれど、テンキーを死ぬほど使う身としては、マウスをクリックしてテンキーに手を移して、というのが面倒で、左側にテンキーを外付けしている。とすると左に書類というのも邪魔なのだ……。

 

また、書類の位置をどうにか妥協したとしても、一枚、また一枚と終わった分をどこに置く? 下に重ねていけばいいじゃん、という話だが、それも大量になるとかったるい。

 

たまに紙に何かを書く作業をするとして、そのときにはパソコン自体がとてつもなく邪魔なのだ。使わないので蓋を閉めても、場所だけは1/4を優に取る。そのせいでデスクからはみ出した紙の部分に走らせたボールペンがブスッと突き抜ける。あ~もう鬱陶しい!

 

なんて思っているのは自分だけなのだろうか。この悩み、勤め先だけでなく家でも同じ。もちろん様々な便利遣いはしているのでパソコン無しの生活なんて考えられないのだが、そんな大事な相棒のくせして、未だにデスク上の配置に困る。

 

上の方に棚があるといいなあ……使わない時はそこにパソコン乗っけちゃって、デスク広々使いたいなあ、と日々夢に見る。


……ま、デスクが狭いのはパソコンのせいだけでなく、小物とか本立てとかあれもこれもがデッドスペースを作っているせい。だからきっとその素敵な棚、実現したとしても、いずれ物置と化す。いざというときにパソコン乗っけることはできなくなっているような予感は、充分にある。

 

(了)

 

 

 

 

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 長いこと物にならない文章を書き続けてきて思ったことがある。たとえ物書きとして日の目を見ずに終わったとしても(いやまだ諦めてないけどね)、そのおかげでいっぱい恩恵をもらってるなあ、という。

 

 例えば、自分の場合、入口はシナリオ学校だった。そこでは書き方はもちろん教わったが、「映画をたくさん観なさい」と何度も言われた。シナリオ学校に入るきっかけとなった内館牧子さんのエッセイにも毎日1本以上は観たとあった。

 

 右も左もわからなかった自分は、とにかく言われる通りやろうと思った。それまで年に1本くらいしか観なかった映画だが、取り敢えず週に5本とノルマを決めた。映画館でなくビデオでも良しとした。

 本当は内館さんと同じだけ観たかったけれど、自分の生活サイクル的にはそれが限界だと思ったので……結局はそれでも追いつかず、年200本ほどにとどまってしまったが。

 

 これが本当に栄養になった。物語を書くための構成とかセリフの勉強というだけではなく。

 世の中にはこんな問題があるなんて知らなかった、こんな些細なことでもドラマになるんだ、海外ではこんなにも日本と習慣が違うのか……等々。

 自分がどんな傾向の作品が好きなのか敬遠したくなるのかも浮き上がった。

 更に、ひいきの俳優さんもできて、その出演作を優先して選んでは更にお気に入りの出演者を見つけたり。今では勉強を飛び越えて、嫌なことがあったときにはこれを観る! みたいな心のオアシスになっている映画もある。

 

 それから、自分は人見知りである。昔からの仲良しならともかく、特にどうという理由もないのに感覚的に何となく、というよくわからない壁を作ってしまうことがある。このせいで知り合い以上友達未満、といった方は実に多い。

 

 それが、物を書くために、確かあの人こんな趣味あったよなとか、あんな経験あると言ってたっけ、とかの記憶から、勇気を出して聞いてみる。するとめちゃくちゃ親身になってくれたり、実はすごく話が合うことがわかったり。

 青い鳥ってゴロゴロ転がってるんじゃないか。今まで自分は自分で世界を縮めてたんだなあ、と感じられたのも恩恵だと思った。

 

 その延長とも言えるが、知らない方への取材。初対面の第一印象に自信無さすぎの自分としては、失礼があったらどうしようとガチガチに緊張はするし、こんなこと聞くなんてバカかと思われるかも、と憂鬱にもなる。あまり踏み込まれたくない防波堤バリバリの方もいらっしゃるし。

 

 けれど、こちらの拙い話術から意図を汲み取ってくれて、ご自身の経験や知識を惜しみ無く話して下さる方がほとんどだ。ラッキーだったのかもしれないが。大抵の方は、ご自分を平凡だから面白い話はできない、とおっしゃり、逆に聞いてもらって嬉しい、と喜んでくださったりするのだ。

 

 そういうものなのか。そう思えたことは、物を書くことにだけでなく、新しい出会いを怖がらなくなったという風に役立ってきたように思う。これも大きな恩恵だと思っている。

 

 また、何度も何度も何度も読み直し書き直しをする習性がついたので、このメール全盛時代、誤爆をあまりせずにすんでいる……はず。いや自分がそう思ってるだけかもしれないが。いやいや酷いメール受け取ったことあるし、と苦笑いしている方、うぬぼれを笑ってやって下さい。

 

 とまあ、物事には無駄なことなんてないよね、と思いながら毎日を送っている。

 しかしこれは目的を諦めた達観ではない。まだまだこれから。作った物語をいろいろな人に読んでもらいたいという夢は続く。

 

(了)

 

 

 

 

 

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 ドラマの中のこと。

    作家が、万年筆で原稿用紙にタイトルを記す。そして本文をサクサク書き進め、直しもなくそのまま最後まで行って完をつける。

 

 あり得ない。


    自分がダメ出しを山ほど食らっては直しばっかりしているひがみから言っているのではない。

 

 どこかの博物館で、夏目漱石だったか宮沢賢治だったかの直筆原稿を見たことがある。たくさんの赤が入っていて、付け加えようとする文言がはみ出ていたり、二重線で削除された文章があったりと、直しに直した跡があった。その原稿用紙は感動するほど汚れていた。名文学はそうやって生まれているのだ。(どちらの文豪だったのかという大事な記憶が欠落しているところが大反省点である……)

 

 ともあれ、それは現代の人気作家さん達だって変わらないと思う。伝えたいことをより強く、より簡潔に、あるいはより流暢に伝えようと試行錯誤を繰り返すわけである。


 なのに、はびこっている原稿用紙への万年筆一発書きOKドラマ。それを書いている脚本家の方だって、一度だけ書きなぐりっぱなしの後、さっぱり直さないなんてことはないと思うのだが、なぜそこにリアリティを出さないのか不思議である。

 

 他にもあるあるステレオタイプなシーン。

    雨なのに傘を差さないで外に飛び出すとか、水道捻るの間違えてシャワー出しちゃったのに止めないとか、ずぶ濡れにしたい意図はわかるが、フツーやらねーだろ(怒)!    と突っ込まれること必至。も少し視聴者を納得させるようなひねりがほしいと思う。


    帰宅してそのまますぐ食卓につくお父さん。え?    手洗いは?    うがいは?    てゆーか、ネクタイ外して背広着替えて部屋着でくつろぎたくない?


    冷蔵庫開けたまま、あるいは牛乳を注いでる最中に、何かを思い出してボーッとしてしまう主人公。いや、とりあえず冷蔵庫閉めて!    牛乳こぼすのすぐに止めて!   叫びそうになる。

 

 お仕事ドラマで転勤とか左遷になった登場人物が、段ボールで私物を運んでいく。

 自分、結構異動や席替えはあったけど、段ボール経験は一度もないんですが。それ、普通なんですか?

 

 別にバリバリにリアルな必要もないと、結構好き勝手な空想が折り混ざった話を書く物書きモドキとしては思うわけで。

 ただ、視聴者側に立って見ることの方が多いものだから、そういうつまらないことに引っ掛かかるとのめり込めなくなる、というのは凄くよくわかる。

 

 ドラマとは、ノンフィクションは別として、嘘を見せて笑いなり涙なり何かしらの感情を起こすものである。だから、一番つきたい嘘にたどり着くまでは、つまらないことで挫折させないよう気を付けなくてはならない。そういうシーンに出くわす度、胸に刻む。

 

(了)

 

 

 

 

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    学生の頃からよく捻挫した。スポーツだったり、階段踏み外したり、ただ歩いてるだけのときでも。


 捻挫までいかなくても、グキッとくじくことはしょっちゅうで、慣れっこになっていた。手当ては氷でがんがん冷やす。その後、湿布&固定。腫れと痛みが引いたらおしまい。と、ひどくても1ヶ月位でどうにかなっていた。

 

しかし3年前のこと。どうにもそんなもんじゃすまなかった。

 

そもそもはテニスで左足が地面に引っ掛かって捻った。足首はみるみる倍々に。歩行もままならぬ。何とか医者へたどり着くと、冷やして固定して、といつものパターン。けれどそれだけでは終わらなかった。

 

病気ではないので、いろいろマスト事項があり、出歩く。足首を固定した状態で妙な歩き方をする。それがたたってか、ふくらはぎの肉離れを引き起こした。これは初体験だった。

それ、一生知らないままでいたかったくらい痛い。毎朝ベッドから立ち上がるときに、ワニに噛みつかれたかと思うほど。松葉杖必須。足首自体はほとんど治ったのに、このやっかいな肉離れがおさまるまでに3ヶ月ほどを要した。

 

ようやく歩くのが苦にならなくなったので、飲みに出た。その飲み屋を一生恨みたい。洗面所までの廊下途中にあり得ない段差があって。足も治りかけ、気分も上々、ほどよく酔っていた自分、そこを見事に踏み外したのだった。

 

せっかく左足が治ったというのに、今度は右足。華やかにぐんぐん膨らんだ。再び医者にかかり、一からやり直しである。だけど今度は肉離れはないだろう、と高をくくっていたら、またもワニである。そんな初体験、二度も要らないから!

 

どちらかというとこの右足の方が重傷で、4ヶ月。その後も治ったんだか治ってないんだか、歩き方がわからなくなってしまい、何かがおかしい状態がしばらく続いた。

1年ほどかかってようやく気にならなくなり、おずおずとジョギングなどを始め、こわごわテニスを再開。現在に至る。

 

ところが、ここ今にいたって右の腰がおかしい。どうもあまりに長いこと変な歩き方をしていたのが飛び火したらしく、骨盤が歪んでしまったようで……2年経って発症。歩くと何かがひっかかり唐突に膝まで突き抜ける痛みパンチがやってくる。またもお医者通いである。

 

若い頃は、慣れすぎて捻挫を甘く見ていたが、この3年で見直した。躓く、滑る、踏み外す。捻挫様を招くこれらには要注意。

 

 これからの季節、星空とか花火とか上を見なくてはならない行事が目白押し。しかし心してかかるべし。足下には危険がいっぱいだ。今の自分、座右の銘は「下を向いて歩こう」となっている。

 

(了)

 

 

 

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 毎朝読んでいるお気に入りのブログがある。「なんでもいい」という、高校生のたろうくん、小学生のじろうくんの二人のお子さんを持つurashimaさんの、楽しい毎日を綴ったものだ。

 

 大笑いしたりクスッと笑えたり、ときにじーんとしたりする。ところが、こればかりは笑い話じゃない、と前のめりになった記事があった。

 今年4/27の「記憶力衰え系」という記事である。urashimaさんの悲しい行動のお話である。

 ↓こちら

 

 urashimaさんは、とあるスーパーでお買い物をしていたという。レシート合計2500円で500円のキャッシュバックがあると聞いて、ドラッグストアの方が安いシャンプーなどをそのスーパーで購入。後日また何か買い足してキャッシュバックを完成させようと思ったということで……

なのに、何を血迷ったか、サッカー台にてたまたま財布の中に溢れていたレシートを捨てる気になった。で、対象期間の物も捨てて帰ってしまった、と。

 

 魔が差したというか。どうしてこういう時に限って財布を整理したのか、と、とても切なかっただろうと想像する。

 

 で、これを読んで私も悲しい出来事を思い出したのである。「記憶力衰え系」というより、「思考回路迷走系」という感じだが。

 

 車で出かけようと、家から5分ほど離れた駐車場に向かい、ちょうど半分くらい来た時。キーを忘れたことに気が付いた。めんどくさがりの私、もう一度道を引き返すのがとてつもなく億劫だった。そして名案がひらめいたのだった。

「このまま駐車場まで行っちゃって、車で家の前に乗り付けて取りに行けばいいじゃん!」と。

 

 何を勘違いしたんだか。

 車の前まで行ってドアが開かない、という事態になって初めてようやく自分のおバカさに気付いた……。

 

 この思考回路。メビウスというかクラインというか、迷走……どっか故障している。もともとあちこち不具合がある不良品ではあったが、最近とみにオンボロになったと感じる。

 そして、それは確実に「記憶力衰え系」にも通じている。

 

何年か前のこと。出かける時に家の鍵がない。いつも同じ場所に置いているはずなのに……と真っ青になって家中探し回った。それでもない。クタクタになって座り込み、鼻をかんでゴミ箱に捨てた。と、そこに入ってるではないですか、鍵!

 

ええええー? 一歩間違えたらゴミに出してたよ。いつなんどきどうして捨てたんだ自分! 全く記憶にない~危険極まりないじゃないか、バカバカバカ。といった経験。

 

他にも、最近届いた謎の郵便物。映画の試写会招待券だった。「当選」とのことだが応募した覚えが全くない。全くないが、しなきゃ来ない。……したんだろう。たぶん、した。したような気がする。

 

 ま、これについてはちょっと嬉しかったからいいか。

 

(了)

 

 

 

 

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  物書きというと、一般的には小説を書く人のことを思い浮かべると思う。

 

 でも自分の場合、最初に勉強したのがテレビドラマのシナリオ講座。それまではシナリオというものを読んだことがなかった。その講座で紹介された「月刊シナリオ」「月刊ドラマ」等の雑誌で初読。正直な感想としては、「読みにくい」だった……。

 

 小説に慣れていると、シナリオというのは形式も表現も違う。その違和感が読みにくいと感じさせるのだろう。

 

シナリオというのは設計図であって、俳優さんが演じて、スタッフさんの演出や編集を経て、ドラマ(または漫画)になって初めて完成形。だから、俳優さんの表情や表現、構図やテンポや音楽。そういうのが揃っていないので、読み手にはまだまだ不親切な状態なのである。

 

 具体的には、ト書きとセリフで構成されているのがシナリオ。シーンは柱と呼ばれる○で始まる場所を記す行から始まる。

例としてはこんな感じ。

 

○学校(夜)

   はるかと旬、恐る恐る一歩を踏み出す。

   木造の廊下がミシリと音を立てる。

はるか「しっ、静かに」

旬「えっ、オレ?」

 

 ト書きには、「はるかは、ドキドキしていた。旬は、怖がっていると思われたくなかった」みたいに絵で表せないことは書かない。ト書きは、景色とか人物の動きとか、客観的事実を書くものなのである。気持ちを表したければこんな感じ。

 

床が音を立てるたびに小さく悲鳴を上げるはるか。

旬「な、何怖がってんだよ、お前」

声が裏返っている旬。

 

のように、セリフとアクションでその心情を読み手に伝えるような書き方をする。

 

初心者の頃は、ここに結構躓いたのだが、慣れてくるとこれが面白い。

 「怖い」「寒い」「嬉しい」を、「ビクビク歩く」「腕を何度もさする」「両手を挙げて雄叫びを上げる」などと書いて読み手に人物の感情を想像させる。この間接的な感じがクセになる。


 もちろん、きっと書き手により様々で、自分が漫画原作をやっていた頃は、とにかく漫画家さんに意図が伝わる書き方ならよいとされた。

 ただ、コンクールなら、これを守らないと「こいつシナリオってものを知らない、基礎知識がない」とか判断される可能性が高く、損になるだろうと思われる。

 

 でも、その間接的な感じが、読みにくさに繋がっている気がする。それで気後れしてしまうことがある。

 コンクール応募作を書き上げるたび、自分以外の誰かに読んでもらいたい。視野が狭くなって気付かなかったことを第三者の目で指摘してもらいたい。そう思うのに「シナリオって読みにくいからなあ……」と申し訳ない気持ちがあるので躊躇する。ただでさえ忙しい皆さんに時間を取ってもらうのに、小説ならまだしも、と思ってしまうのだ。

 

J、おずおずと分厚い紙の束をAに差し出す。が、すぐにひっこめる。

Aさん「なあに? どうしたの?」

J「あ、いや何でもない……」

 

 なんて……思わせぶりに読んで欲しいオーラを発するJの1シーンでした。

 

(注)スミマセン、ト書きは三文字空けで書くと習っています。このblog、ちょっとうまく書式がハマらなくてずれてしまっていることをご了承ください……。


(了)

 

 

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