石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -43ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 宝クジを買っていた頃がある。しかし、300円より多く当たったことはない。

日用品などを買ったとき、ポイントを集めて応募すると抽選でテレビとかがもらえるキャンペーンがある。何度となく応募したが、一度足りとて当たった試しはない。

年賀状のお年玉。何十枚もハガキをいただきながら、切手以外の賞品は当選しない。

 

これはもう、主催者側が当たりクジを入れていないのでは、と疑念の塊になったりした。が、ちゃんと当たる人もいるらしい。

 

商店街のイベントでがらがらを回したうちのオット。一万円の松阪牛をゲットした。

デパートの食堂街の○○円以上お買上げの方に抽選でご招待券プレゼント、を見事当てたイモウト。

こうしてみると、人によってクジ運の偏りがあるとしか思えない。

 

あるときから、自分で応募するのをやめて、オットの名前で出すことにした。すると、ついこの前カタログギフトが当たり、しゃぶしゃぶ肉をいただけた。

イモウトは、運動会の最後などに催されるジェンカ=じゃんけんで負けた方が勝った方の後ろについてどんどん長い列になる、というゲームで、最後の最後まで先頭にいた。以来、じゃんけんやクジに関しては家族は必ず彼女にお願いするようになった。

 

テレビで宝クジの高額当選者の末路、みたいな番組を見たことがある。自分なら十万円当たっただけでも奇跡かと思うのに、あろうことか、そういう人は一億とかを二度三度経験するのだとか。

ふうん、そうですか、てな感じに冷めた笑いしか出ない……。

 

で、宝クジは買うのをやめた。クイズやキャンペーンの応募もだ。もう全員プレゼントものしかコンタクトしない。じゃんけんにしてもアミダにしても最初から全く期待しない。それが自分の現実的な結論となっている。うん、人生堅実が一番だ。

 

ところで、これだけ運がないのに、というか、運がないからゆえに、確信できることがある。

絶対に当たりたくないクジになると、相当な確率で当たるということ。

最も印象的なのは小学生の時。クラスで隠し芸大会をやることになり、班で1名代表を選ばなくてはならなくなった。心の底からハズレを願った。しかし、1/10くらいの確率だったかと思うが、見事に当たりを引き当てた。パパパパーン!

 

思えばあのとき悟るべきだったのだろう。薄々感じてはいたが、そういう星の下に生まれてるんだ、自分。ということ。

ま、そんなこんなで、クジは嫌いである。大嫌いである。

 

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 ふと、うちには一体いくつの時計があるのだろう、と思い、数えてみた。

 

寝室に壁掛け1つ、置時計1つ(⬅寿命全う済み)。書斎に置時計とパソコン1つ、ファックス1つ(⬅液晶がもう限界で見えづらい)。トイレに置時計1つ、お風呂に給湯器デジタル1つ、脱衣所に置時計1つ。台所の給湯器デジタルと置時計1つ、居間に掛け時計2つ、床暖房用モニターに1つ。エアコンリモコン×3に、ブルーレイとCS用機器に1つずつ。他、スマホ2、腕時計6で、計24個もある。

 

これ、一般的なのだろうか? 単純に考えれば、1戸に2ダースって、……時計屋敷である。

 驚きの事実だ。しかし、もっと驚きなのは、これらほとんどが時刻が合っていないという点である。

 

 時計によってそれぞれ癖があるのだ。少しずつ進むもの、電池がなくなりかけていて遅れ始めているもの、もう昇天しているけどお気に入りアイテムとして捨てられずにいるもの。

 

 正確な時刻だと信用できるのはパソコンかスマホだが、これらは電源を入れるかカバーを開くかしないと見られないので、急いでいるときや両手が塞がってるとき、濡れている時には不向き。

 点けっぱなしのテレビ画面左上に出ている時刻も正確だが、いかんせん文字が小さい。台所からだと遠くて見えにくいし、朝以外は出ていないこともある。

 

 で、大きくて分かりやすい壁時計や、近くの置時計を見て確認することが多くなる訳だが、さて、今の本当の時刻は何時何分?

 

 そのとき見る時計が、何分くらい進んでいるか遅れているかを、即座に思い起こし、計算する。それで急がねば、とか、まだ○○をする余裕はあるな、とか判断するのである。

 

 はっきり言って、超めんどくさい。なので全ての時計を正確な時刻に合わせ直す、ということもトライした。

 ところがこれが家族に不評。進みや遅れが前提になって行動しているので、急に元に戻ると逆に時間を見誤るのである。

 何ヵ月か過ぎるとまた時計ごとに狂ってくるので、合わせ直すこと自体も嫌になる。結局、放置してしまうようになった。

 

 それでも毎日は回っている。あっちこっちのざっくりしたいい加減な時刻を見ながら、電車にも間に合っているし、待ち合わせに遅刻もしない。

 

 これはこれで、頭の体操になっているのかも? と、衰え坂道一直線の脳に役立っていると強引に思い込む……超前向き思考な今日この頃。

 

 

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 以前観て気に入った映画だからまた観よう。そう浮き浮きして観たのに、「あれ?」と思ったことが何度かある。

 

「ミセス・ダウト」もその1つだ。故ロビン・ウィリアムズ主演。離婚した男が、愛する子供達と離れることが耐えられず、女装して家政婦として潜り込むという話である。

 

 最初にこれを観たのは、映画館だったと思うので、1993年。25年も前のこと。とにかくロビンの女装っぷりが見事で、コメディアンのセンスを目一杯堪能し、心の底から大笑いした覚えがある。だから大好きな映画のうちの1本だった。

 

 ところがである。10年ほど前だったか、テレビ放送で久し振りに観たら……笑えなかった。というより腹が立ってきたのだった。

 もちろん、ロビンの女装もコメディアンぶりも、何の文句もない。再度観ても感心した。だけど全く感情移入できなかったのだ。

 

 この主人公、大人になっても「童心」を持ち合わせている。というより童心120%。それは子供と同じ心で遊べるという特技でもあるが、仕事を感情的に辞めたり、はた迷惑を考えないなど大人げのなさに直結。

 奥さんの留守に子供達と大騒ぎをして、家はぐちゃぐちゃ、近所から苦情。仕事で疲れて帰ってくるのにそういうのの後始末は全部奥さん。こんなん、離婚を突きつけられて当然じゃないの。


と、二度目観た時は思ってしまったのだ。一度目にはまったく引っかからなかったこういうシーン。最初観たときは他人事だったということか。普通にロビンの視点で、または子供の視点で、「別れて暮らすの可哀想だな」とか「そこまでしても側にいたいのね」とか素直に共感したのだから。

 

二度めは自分がサリー・フィールド演じるこの奥さんくらいの歳になり、だからもしこういう男が旦那だったら、と、そういう視点になっていたのだろう。大人なのに子供と同じ精神レベルでよしとするこの男を、叩き出す気持ちの方に共感してしまった。

むしろ、演じているミセス・ダウトのような節度と思慮深さを、どうして夫として見せないのだろうと、不思議に思った。

 

こういう現象、映画だけでなく本でも漫画でも同じ。あの頃「いい」と思った物が、視点が変わってそう思えなくなったりする。悲しいような、寂しいような。


でも、何度読んでも面白い、と思えるものもある。例えば「ベルばら」(最近文庫を揃えてしまった)。

ただ、やっぱり視点は変わっている。昔は華やかなドレスや恋愛模様に夢中になった。でも今は、オスカルの心理の変化とか、時代に翻弄される市井の人々の悲しさとか、そういうのにすごく感じ入る。

名作だ。一粒で二度どころか、無限の種類の美味しさを今後も感じさせてくれる作品ではないだろうか。


ターゲットが男か女か、ティーンなのかアラフォーなのか、泣きたい人向けかスッキリしたい人へなのか。物語はそれを定めて書くべき、と教わった。それがスコンと腑に落ちた。同じ物なのに、自分自身といえども年齢や状況によってこんなに受け取り方が変わってくるんだから、と。

 

(了)

 

 

 

 

 

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 作家さんは、アイデアが浮かぶと必ずメモを取るとのこと。自分のような「もどき」でも、それは同じだ。小説でもエッセイでも、書くときにそのメモを見れば、テーマ、キャラ、セリフ、面白エピソード等々、よりどりみどりというわけである。

 

ただ、自分の場合、この整理管理が最近までうまくできなかった。思い付いたすぐその場でメモしないと忘れてしまう。だけどその瞬間に筆記具を持っていなかったり、満員電車などなかなかメモを取りにくい状況だったり。で、ガラケーに打ち込んだりもしてみた。


が、手書きでもガラケーでも、アイデア専用ノートに書き写してまとめる、というもうひと手間がなかなかできずにいた。

で、メモを付箋に替え、貼り付けるだけでいいようにしてみたのだが、それらはあちこちのバッグやら引き出しやらにバラけてしまって、どこに何かをメモしたこと自体忘れたりした。

……結局よっぽど印象的で頭に残ってることしか使えない。メモしてないのと同じである。

 

それが、スマホに代えてから解消した。付箋のようにどっかに置きっ放しにすることもない。ガラケーの時にはうまくいかなかったパソコンと共有できる場所への直接メモが手軽。だから全てそこに集約、一元管理できるようになった。見直しては「ああこんなこと見ていつか使えるって思ったんだっけ」とネタとして拾い直し、ちゃんと物語とかエッセイに生かせる機会も増えた。何かとっても嬉しい。

 

ところで、いつでもどこでもメモできる、というのがスマホの利点だけど、一カ所だけダメな場所がある。お風呂だ。やっかいなことに自分の場合、一番ひらめくのがお風呂の中なのである。

 

大体がテーマや大筋のようなまっさらなアイデアではなく、今書いている最中のものの細かいこと。あのセリフはああじゃなくてこうが正解かも、とか、あそこはケンカじゃなくて笑う方が面白い、とか。

 

で、一つ思いつくと、芋づる式に広がっていく。あれもこれも。なのに焦る。お風呂を出るまで覚えていられる自信がないのだ。急いで出ても習慣的なことをこなしているうちに、つまり体を拭いたり、寝間着を着て化粧水などの作業をしているうちに、メモすること自体を忘れたりする。そうなるとポンと飛び出してくるまで待つしかない。多分一生出てこない。

 

それが悔しいので、自分の中でルールができた。「お風呂ではアイデア五つまで」。それ以上浮かびそうになっても考えない。

が、たとえ二つでも三つでも、まばたきひとつでどれか飛んで消えてしまうことが多い。だから体を拭いている間中、その数何個とだけつぶやき続ける。つぶやき続けていれば化粧水に入る前に確実にメモすることになる。「いいこと思いついちゃった!」というお宝を逃さずにすむ。

 

それにしても何でよりによってお風呂が一番なんだろう。最もリラックスしていて、リラックスすると発想が発展する、ということなのだろうか。中にホワイトボードでも取り付けようかな。


(了)

 

 

 

 

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 お正月、見ていた方は多かったろう、箱根駅伝。

 青学のブッちぎりトップ。シード争いも割とあっさり決まった。つまり、勝敗がどうなるかのハラハラドキドキは殆ど無かった。

 

 そうなると、見せ場を作りたい放映側としてはあれしかない。タスキを繋げられるかどうかのドラマ。今年はそれが、はかったように起きた鶴見中継所だった。

 ギリギリでどうにかタスキを渡すことができた中央大。ところが、あと20メートル、あと5秒。目の前に渡す相手が見えているのに、……渡すことができず、繰り上げスタートになった国学院。明暗クッキリ。


 もうホントにねえ。実況が残念無念200%の絶叫をしていたけれど、同じように叫んだ人は数限りないだろう。自分も涙出ましたよ。あまりに切ない。

 

 歳を取ると涙もろくなると言う。確かに日々年々その色をハッキリ感じている。

 

 自分、以前はほとんど泣かない人間だった。痛いとか悔しいとかなら簡単に涙が出たが、こと感動となると全然泣けなかったのだ。映画にしろドラマにしろ、あざとく泣かせにかかるのが見え見えだと、しらけるばかりで。ま、可愛いげは全くない。

 

もっと遡れば、卒業式なども周りが号泣している中でもらい泣きもせず、笑っているような子供だった。小中高とそうだったが、特に小学校。周りはみんな同じ中学へ進むのに、自分だけ違う学校へ行くという状況だったにもかかわらず。ホント、可愛いげがない。

 

言い訳だが、思うに、どこか感情線みたいな部分が、固くてなかなか作動しなかったのではないか。ほら、運動でもしばらく準備体操して温まらないと体が思うように動かないような感じ。


それがこの年になって、……たぶんアラフォー辺りからだっただろうか。あざとく泣かせにきている、とわかっていても、ちっちゃな子がけなげだったり、犬が必死だったりするとボロボロ泣けてくる。特に近しい人でないとしても、もう二度と会えないのだな、というお別れに、涙が止まらなくなる。全く自分とは関係ないこと、人に関することでも、間接的に、いわゆるもらい泣きも普通にある。

 

そんな状態で、タスキである。5秒20メートルである。繰り上げスタートである。もうボロッボロであった。

 

あのルール、何とかならないものでしょうか。20分までしかタスキ繋いじゃダメ、ってやつ。自分、昔だったらルールはルール、絶対である。そっちを動かそうとする奴はろくなもんじゃない、とか切り捨てていたものだが。でも、不憫で不憫で見ちゃいられなくて。

 

 泣きの神経の動き出しが遅かった分、発達が急激すぎて、もはやお婆ちゃんみたくなってるな、と思わなくもないが。 

 

(了)

 

 

 

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 年末の大掃除、お済みでしょうか?

 そもそもこの時期、皆さんはどこをお掃除されるんでしょうか。

 

 換気扇。ガスコンロ。キッチンシンク。冷蔵庫。炊飯ジャーややかんもできれば磨きたい。

 しかし、わたくし、全く手をつけていない。唯一、謎の物体が焦げて調理に差し障りが出たため、強制的にやらざるを得なかった電子レンジのみが掃除終了。

 

 お風呂。日常的に掃除してはいるが、ついおろそかになっている目地とかシャンプーなどを置く棚とか、……未済。何とか目地のカビ退治くらいはしたい。

 

 トイレ。これはいつもより念入りにする予定。

 

 洋服。整理するつもりが気候不順で、夏物冬物半袖長袖セーター入り繰ってぐっちゃぐちゃに部屋にぶら下がっていたのを、どうにか箪笥に押し込んだだけ。

 

 原稿などの書類。……デスクに出しっぱなしのまま。しまってしまうといざ使う時に探すハメになりそうなので。

 

 布団関連。敷き布団、掛け布団、毛布、全部干してカバーも洗いたい。……未済。

 

 全部屋のカーテン。洗濯したい。……未済。

 

 窓ガラス、ベランダ、玄関の掃き掃除、拭き掃除。……未済。

 

 他、使い勝手の悪い、妙な取り出し方をしなくちゃならない日用品とか、やたらに動線を使わないと揃わないアクセサリーとか、わずかなスペースしか機能していない食器棚とかを整理したかった……当然未済。

 

 とまあ、我が家の場合、こんな感じである(汗)。

 

 本当は、例年はもう少しマシで、今の時点、シンクやお風呂やカーテンくらいは徐々に終わらせているレベルだった。

 が、今年は、秋口に身内の不幸や、休暇の都合が重なって、日常業務が先へ先へとずれて追い込まれた。ようやくどうにか形がつくかな、と思った矢先に、しつこい風邪に見舞われて寝込み、二週間を棒に振った。

 はい、言い訳です、すみません。

 

 というわけで、もうどうにも間に合わない。間に合うはずがない。間に合わせようという気にもならない。

 だって、お正月用に多少おせちめいた物を作ったりしなくちゃだし、それは遅らせるってわけにもいかないし。お正月休み、我が家はあまり長くないし。

 

 しかたない、狙いは1月3連休。そこで張り切って残ったお掃除をしよう。……の予定。

 ま、毎年のことだからわかるけど、絶対しないな。「もっと暖かくなったら」「花粉の時期が終わってから」「暑さがおさまってから」「秋の連休で」……「大晦日にまとめてやればいいや」となるのである。

 

 来年こそはこうならないよう、予定をなるべく繰り延べないよう気を付けたいと思います。いや、自信はないけど……。


 皆様、どうぞよいお年を。

 

(了)

 

 

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 人にお話を訊きに行くときがある。自分ではわからない、経験のないことを物語に登場させたい場合である。


 これが緊張する。ブログを読んでお話ししたい、と思ったり、知り合いの知り合いの知り合い……と辿った方だったりするが、要は全くの初対面、ということが殆どだからだ。

 人見知りの自分にはとても高い壁であり、何か失礼なことを言ったらどうしよう、と、とても怖い。

 

 まずアポを取るところからしてクライマックス級の緊迫感。

 メールでも電話でも、下書きメモを作っては直しを繰り返した後、決死の思いで敢行。

 断られるとかえってホッとしたりする自分の弱さにまたメゲたり。けど、意外なことにおおらかに受け入れて下さる方が多いから、感謝を次のステップへの追い風にする。


 で、何を訊きたいかを具体的にレジメにまとめる。これが割と難航する。

 元々自分、質問が下手。だから相手の方のお答えごとにうまく話を広げていける自信がない。よっていくつもいくつも質問点を箇条書きしてしまうのだが、逆に話が広がってしまったらそれら全部を訊くことはできない。相手がこうきたらこれ、ああきたらそれ、とか想定問答を繰り返しているうちにぐちゃぐちゃになっていく。まとまるのに偉く時間がかかるのである。

 

 それが一応どうにかなると、今度は一人芝居である。

 レジメを見ながら、目の前に相手がいるものとして、声を出して質問してみる。で、相づちを打ったり笑い声を上げてみたり。

 頭の中ではお話ししているという設定なので、本人的には全然普通なのだが、第三者が見たら独り言の危ないオバサンである。

 

 そして前一週間は毎日暇を見つけては発声練習。「あえいうえおあお……」とかのあれである。今更腹式呼吸を意識したりして。

 自分の声が通りにくく聞き取りにくいと自覚がある。だからなるべく相手に不快な要素を与えたくないが為の、付け焼き刃な努力である。

 

 そして、お菓子探し。お話を聞かせて頂くお礼の手土産だ。

 相手の方が仕事場を指定してくるときはお仲間と食べられるような詰め合わせ、男性既婚者なら奥さんの喜びそうな流行のもの、複数の方に訊く時は個別に細かく分けて。

 

 更に場所の下調べ。大抵はあちらのお勤め先か住んでいる場所の近くに伺うことになるが、そこに都合のいい喫茶店とかファミレスがあるかどうか。

あまり周囲に聞かれたくはないから、席がゆったり離れているのが好ましい。録音させて頂くことになるし、また相手の方の声が小さいこともあるので、できるだけ静かなところ。そして長居できる場所。

いろいろと物色した結果、ホテルのロビーがあればそこが一番いいな、と思っている。ないときは、いっそお相手に「近くにゆっくりお話しできるお店などないですか?」と聞いてみることにした。

 

そんなこんなで緊張のその日を迎えるのだが、大抵その夜はハッピーな気分でいる。お会いした方はとても親切に答えて下さり、楽しく座談を終えるのが殆どだから。もちろん知らなかったことを知れたという満足感も大。事前の怖さなど杞憂に終わるのだ。


ただ、自分がその成果を物語に生かし切れなかったせいで、日の目を見なかった原稿が山とある。本当に残念で、申し訳なさ過ぎて、、、こんな自分がそういった親切な方に甘えてお時間をいただいていいのだろうか、と、取材がまた怖くなるのである。

 

了)

 

 

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 マメだね、と言われることがたまにある。

ものすごくビックリする。自慢じゃないが、自分ほどのめんどくさがりは他にいないのではないかと思っているからである。

 

例えば疲れて帰宅した後に皿洗いが丸ごと山盛り残ってる、なんて想像するだけでめんどくさい。だから食事が終わったらすぐ皿を片付ける。明日の朝食の準備もめんどうだな、と思うとついでにやる。ずるずると弁当の下ごしらえ、何なら晩ご飯のメインまで作ってしまい、鍋まできれいに片付ける。これ、すべて何回にも分けてやるのがめんどくさいと思うが故。

 

 例えば爪切りとかセロテープとか。毎日じゃないけど時々は必ず使う物。それらは使ったらすぐに元にキッチリ片付ける。

 でないと必要な時に見つからず、あちこち探す手間がメンドー。それにかかる想定外の時間がメンドー。見つかればまだしも、結局見つからないとなると、無駄に使った労力と時間への未練たらたら。そしてそもそもそれを使うという最初の目的が達せられず次の機会に、となるのが最高にメンドー。

 だから、使ったら必ず定位置に戻す。我が家はきれいではないが、自分的には整頓はされている、と思っている。

 

 また、ハウスダスト持ちなので、部屋に埃をためたくない。くしゃみ鼻水の度に鼻をかむのが面倒だから。悪化して医者に行くのが面倒だから。よって掃除も割にするし、扇風機の羽根を磨くのもよくやる。

 

 出かける時は、前日から着る物、バッグ、靴、ハンカチちり紙までびっちり準備。朝になってワタワタするのがめんどくさいのである。

 けれど、翌朝の天気がいきなり変わることがある。著しく気温が下がったり、急な大雨だったり。そうなると前日の準備は全て無にかえり、ワタワタの朝になってしまう。

 それを可能な限り避けようとするめんどくさがりの本能が、天気予報チェックに走る。かなりの頻度で見ている。

 

 あれ、こーゆーのが「マメ」と言われる理由かもしれない――そう思ったのは最近だ。

 

 よく考えれば、食後すぐに皿を片付け、翌朝昼晩の準備までするって、それだけ聞けばマメかも。使った小道具をすぐに定位置に戻すのも、お掃除も、前日からお出かけ準備をするのも、一般的にはマメに見えるのかも。


 面倒が後回しになるのが嫌で、先に先に済ます。そうして後は安心してだらけるのが好きなのだ。


 が、すべての気掛かりを済ませ、ようやくダラダラぼーっ、とくつろいでると。

「暇そうじゃない。ちょっとあれやって。これもそれも」と声がかかることがある。

 そりゃ暇です。暇ですよ。暇な時間を作りたいがために全部済ませておいたんですから。

 けれど何だか腑に落ちないながらも腰を上げる。何故なら断ると後がめんどくさいから。


(了)


 

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 どうしてこのピンポイント? という件に、立て続けに出くわした。

 

温泉に行った時のこと。自分の他に、一人だけが入っていた。

泊まりの時は大体夜一回、翌朝一回入る。夜に髪を洗って朝はシャワーキャップ。髪を乾かすのは結構手間なので、朝のこののんびり感が嬉しい。が、その旅館にシャワーキャップの備えはなく、自前のゴムで留めていただけだった。

 

そんなときに限って。

 

自分が湯船に入るのと入れ替わりに出たそのおばちゃんが、シャワーで体を流そうとしたその時。

ノズルが手から滑り落ち、うねっと反り返ったかと思うと、もののみごとにこちらにまっすぐ噴水直撃。

髪、ずぶぬれ。おばちゃん、大恐縮。

「ホントすいません……」て何度も謝られて、「いえいえ気にしないで下さい」と返す以外何ができようか。自分もめっちゃやりそうな失敗だけに、心では「ざけんなよ、バカヤロー」と叫んでも、口には出せん……。

 

ていうか、なぜにちょうど自分の位置に飛んでくる? なぜ朝なの? ちょっとそっちにずれていれば。昨日の夜ならば。何てことはなかった。

 

別の日。コンビニでSDカードの写真を大量にプリントしていた。時間がかかるので、1メートルほど離れた棚に目をやったりしたその瞬間。どこかのクソガキ様がぴゅっとやってきて、プリント機械のメディアボックスの蓋をガチャっと開けやがったのでした。

 

何で? 印刷しているまさにそのときに、それだけはやっちゃダメ、っていう「それ」をやってくれちゃうの? しかも誰なの、君? 

機械は満面のエラー表示、大量の写真やり直し。そりゃ目を離したのは悪かったよ。けど次にプリント待ってるわけでもないあなたが、一体なぜ。

 

そしてまた別の日。疲れて乗った電車がラッキーにも空いていて座れた。徐々に混んでくる間にうとうとしていたら、何やらわめき声が聞こえた。

 

同じ列の5人くらい向こうだろうか、顔は見えない。「何で譲ってやんねえんだ! お前等それでも人間かっ、足怪我してる人見て見ぬフリかっ!」とか何とかそんな主旨だった。

何の騒ぎ? と薄目を開けると、そいつの側から離れたかったのであろう、その当事者らしき30代くらいの女性。杖をつきながらこちらの方へきて……一息ついたのが自分の目の前だった。

 

その男、自身はちゃっかり座ったまままだわめき続け、車内がどんどん険悪になる。で、ワタクシ、潔く席を譲りましたとさ。

断っておくが、自分は決して優しくも親切でもない、むしろ自己チューである。疲れてるから座っていたい、という以上に、こんないたたまれなさに身を置いていたら具合悪くなると思ったからそうした。で、とっとと別の車両へ移った。


こんな理由でごめんなさい、杖の方。自分もつい最近、足トラブルにめっちゃ悩まされたから、しんどさはよくわかる。譲るならもっと純粋に譲りたかったさ……。


で、ふと思う。なぜに同じ車両のそこにアホ男が乗り合わせる? なぜに今? 次の電車じゃなく?

 

やたらに続いたピンポイント攻撃に、もう怒りも愚痴も沸いてこず、笑いさえ出てきた。

まあバイオリズムってあるからね。ついてないときって続くんだよね。

それは短くない年月を生きてきた中で得た確信。で、あとは上がっていくだけなんだよね。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 うちのカーナビには、音楽用と地図用の二つのSDカードが使われている。この音楽用が不調になったので、とりあえずその時そばにあったデジカメに入っていたものと取り替えた。


その後デジカメを使う際に、また元に戻した。で、写真をプリントしようとコンビニへ。

エラーが出た。


あれ、これ音楽しか入ってない方のカードだっけ? と、車のSDカードを引っこ抜いてきてプリント機械に突っ込む。

エラー。


あれれ? 

二枚のSDカードを交互に入れたり出したり。結局最初のカードにちゃんと写真はあった。コンビニ機械が一瞬読み取れなかっただけらしい。


が、車に戻ると、カーナビの地図が表示されなくなっていた! 

ええっ!? 

方向音痴の自分にとっては命取りの現象である。もしや音楽SDードではなく、地図SDカードの方を引っこ抜いたのか、自分?


 地図用の挿入口へカードを突っ込もうとしたら、ロックされていて入らない。

 ひえ~、どうすんの? 


 ってか、そんな大変なことになるくらいなら、抜く時に「これは地図SDです、抜いてもいいですか?」みたいな確認メッセージ出してよ。

 と焦ってる間にも誰かのせいにすることを忘れず……結局、どうにもならずにディーラーに乗り付けた。


迎えてくれた店員さんに、挨拶もそこそこ怒濤のごとく事件を訴えた。

すると、「見てみましょう……あ、でもやはり僕じゃよくわかりませんね」とな。


何だとー!? 店の者にわからなかったら誰がわかるってんだ! と、泣きそうにキレかけたら、「これうちの製品じゃないので……」と申し訳なさそうに言われた。「お隣のディーラーの物ですから……」と。


ここはズラッと車メーカーのディーラーが並ぶ通り。一つ入口を間違えたライバル会社のお店だった……。

親切に見てくれた上、お土産にティッシュボックスまで下さったこちらの方々に平謝りに謝って、お隣へ向かった。


が、またまた「う~ん」と悩まれる。

「地図SD抜いちゃったんですか?」とイタイ過ちを突かれ「すみません」とここでも平謝り。しかしその後「カード、入ってますけど」と意外なお言葉が。


やはり大切な地図データ。そうそう簡単にはカードは抜けないようになっていた。そして自分が抜いたのは、まごうかたなき音楽用SDだった。


 つ、ま、り。


カーナビの地図が表示されなくなったのは、ただのカーナビの不調。店員さんがピピッと一瞬で直してくれた。慌てたせいで、音楽用と地図用とどちらを抜いたのか自信がなくなっていたが、その点は全く問題なかったのだった。


 ……じゃ、このSDカード騒ぎ、何だったの?


ていうか、このタイミングで不調になるなよ、カーナビ! あのタイミングで不調になるなよ、コンビニ写真プリント! そのせいで、自分は変なカードを抜いちゃったかと反省し、どのカードを抜いたかさえも覚えていない記憶力に怯え、あちこちにご迷惑をおかけし……。


 機械というのは、ふだん機械的なくせに、時にこんな風に不機嫌で人を振り回すのである(怒)。


(了


 


 


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