石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -43ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

マイメロディはフラットくんとイチゴ狩りをしてるみたいmymelody
あなたはイチゴ狩りしたことある?ニコニコ



ありますよ。

がめついので元を取るべくガンガン摘んでは食べました。


……けど、イチゴって水分なんですね。その後、トイレの近さがハンパなかった……がめつすぎ注意⚠️

食べ過ぎ注意⚠️





 

 その昔、家庭教師をしていた頃、教えていた小学生は、きっちり1時間で集中力が切れた。


 親としては勉強してほしいから、1回につき2時間とか3時間とか、受験直前は4時間とかを依頼してくる。けれど、明らかに1時間を過ぎると頭が働かなくなるので、意味がないかも、とは思っていた。

    でも親御さんに対してこちらは大分年下なので言いにくかったし、時給も良かったので、休憩や雑談を適当に挟み、とにかく一生懸命教えていた。

 

 ということを、最近よく思い出す。

 

 というのは、物語を作るにあたり、集中力持続時間が年々短くなっているなあ、と切に思うからである。

 

 アイディアが出たとして、それをストーリーにして、プロットまたは起承転結という形でざっくりまとめる。登場人物のキャラを作り込む。その辺までは思いついたらどんどん詰め込む、という感じなので持続時間はそうは要らない。どうにかなる。まあここでしっかり固めておかないと、後々集中力が切れやすくなる原因になるのだけれども。

 

 その後資料を読み込んだりするときに、まず感じる。その資料が自分にとって読みやすい形で書かれていないと、もうホンットに進まない。一行一行がちっとも頭に入らなくて、だからそれをどう生かしていくのかとかどの登場人物の動きに反映するのとか、全然具体的にならない。それでべんべんと時間だけが過ぎる。焦る。

 

 で、「ま、いっか」と、いい加減に飛ばしてベタ書きに入ってしまうともう大変。書きやすいところから入ったとしても、当時のあの小学生レベルで、きっちり1時間で集中力が切れるのだ。気付くとトランプゲームをしていたり、お気に入りブログをチェックしたり。気分転換と称してやたらにコーヒーやおやつを食したり。また時間だけがどんどん過ぎて焦る。


 でもここで無理くりどうにか進めても、後で見直すと酷すぎて書き直したくなること保証付き。集中力散漫というのは、恐ろしい。

 

 逆に、めったにないことなんだけれども、乗りに乗って気付いたら夕方だった、5時間も続けて書いていた、腰が痛くて立ち上がれない、ってほど集中できる時がある。

    それは、よく言われる「人物が動いてくれる」というやつで、実に滑らかに筆が進むのだ。ページ数も行くし、物語も動くし、続きも何だか見えてくる。楽しくて仕方ない。

 

ただし、そのまま書き続けたくてもそういう日はもう体力的に不可能。集中力の限界も年々早くなっているが、体力の限界もそうなのだ。だからどうにか短期集中型でいきたいのだけど。

 

今? まさに気分転換にコーヒーを淹れよっかな、とよろよろ散漫なところである……。

 

(了)

 

 

 

  

 

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けろっぴはころっぴ、ぴっきと、3つ子の兄弟なんだってkeroppi
あなたには兄弟いる?ニコニコ



きょうだい?

いますいます。4人姉妹です。


服の貸し借りできていいね、と言われることが多かったですが、好みも体型も違ったりして、そんなにメリットはなかったですね。


若い頃は、ケータイとかなかったので、電話は取り合い。お風呂も長い方ではなかったけど、順番待ちが結構しんどかった。


ケンカなんてしょっちゅう。1対1、1対2、1対3、2対2と、いろんな組み合わせがありました……


母が全員の服をまとめて作って4人おそろいというのはよくあって。あの頃、それをいろんな人に「かわいい」と言われるのが不思議でしたね。今なら双子ちゃんのおそろいなんか見るとすっごくかわいく思えるので、よくわかりますけど。


まあ、3人おそろいのときでも、自転車で縦に並んで走っていたら、すれ違った人、2人目にビックリ、3人目で爆笑してました。もうひとり現れたらどんな反応だったかな(^o^)


子供の頃は何でもシェアで、部屋も一緒。リカちゃんセットなんて1人ひとつ。部屋を模様替えするとかリカちゃんの町つくってるような一人っ子の友達が羨ましかった。まあ、親はそれでも頑張ってくれたんだと今なら思えますが。


けど、大人になると、姉妹が多いのはいいですね。いろいろ相談もおしゃべりも買い物もできるし。心強いものです。



以上、けろっぴ3兄弟に送る言葉でした。

 冷蔵庫に入っている食品で、もう絶対食べないな、というもの、ありませんか。

 

 うちにはある。

 蓋の開いた佃煮やジャム、2リットル瓶に残る気の抜けた炭酸系飲料、固くなりかけのはちみつ。

 もう悪くなってるんじゃないかとか、美味しい時期は明らかに過ぎているとか、使うのに死ぬ程力込めなくちゃいけないとか。理由は様々だが、たぶんもう食べない。きっと。おそらく。絶対。確実に。

 

 でもその時点で捨てるのは忍びない。それで、賞味期限の日付を待って捨てるのである。賞味期限とは、蓋を開ける前の期限であって、空気バシバシ浴びた使いかけの状態じゃ大幅に前倒しになっているはずだとは思う。だがそれがいつまでなのかわからない。なので賞味期限まで待つわけである。絶対に食べないとわかっているのに。

 

 もう本当にごめんなさい。食べきることに努めてはいるし、冷凍できる物はガンガン冷凍庫に放り込む。それでもときどきこうなってしまうことに罪悪感があるからなのか、どうにも即捨てることができない。

 

 と思ったのだが、もしかしたら性格なのかも知れない。

 

 例えばお得情報のDMが紙でもメールでも来るとする。アンケートに答えたら賞品○○が抽選で当たるとか。

 

 けど、このアンケートというやつ、結構時間を食う。だから暇が出来たらやってもいいかも、くらいに思う。ただし、その賞品、実はそんなに欲しくはなかったりする。アンケートにしても、全く興味のないようなあれこれを細かく答えるって、相当な余力がないとできない。

 

 だから。すぐ捨てなさいってば、自分。

 

 やっぱり回答期限の締切まで取っておいてしまうのである。最初に「もしかしたら答える気になるかも」「これもらえるならお得かも」と思った時にすぐやればまだしも、一旦保留にしたら絶対にやらない。私が保証する。

    新聞の折り込み広告にどこぞのハンバーガーなどの割引券などが入ってきた時も同様にキープ。

 

 それでメールボックスはどうでもいいDMで溢れかえり、もう二度と読まない封を切った紙封筒や割引券チラシがその辺に散らかっている。

 

 久し振りに整理する気になってその期限を見て、「おお過ぎてる過ぎてる」とザカザカ廃棄する時、快感ではあるが。


    植木鉢も。枯れちゃってるのに、鉢割れてるのに!  何となく水やリ続けてたりする。たまに一輪花を咲かせたりするのが一鉢、二鉢。他は何年経っても沈黙。誰か賞味期限つけてくれたら踏ん切りつくのに。


    だから。とっとと捨てなさい。

 

冷蔵庫は満タン、部屋はぐちゃぐちゃ、メールは埋もれて大事なやつがなかなか見つからない、ベランダは上手く歩かないと引っ掛ける。そんな面倒な生活を送っている自分、ある意味器用。

 

 いえ、こうならないよう、要らないものは、さっさと捨てましょう。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

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 夏の甲子園が終わった。

 

 今年もドラマチックな展開がたくさんあり、100回という節目もあって面白い企画目白押しだった。

 中でも楽しみだったのは、松井氏や桑田氏の始球式。甲子園を湧かせたレジェンドという意味では、松坂大輔、田中将大等々の選手達も見たかったところだが、現役プロ選手はやっぱり無理でしたかね……。

 

 ところで、決勝が終わった後の大騒ぎに違和感がある。勝ったのは大阪桐蔭なのに、ニュースは金足農業高校の話ばかり。優勝よりも準優勝の方に焦点の当たった放送ばかりなのである。

 

 そりゃあ金農の勝ち進み方は劇的で面白かった。鹿児島実業や横浜や日大三などの実力校を破った。準々決勝の対近江戦でのサヨナラ2ランスクイズは衝撃的だった。公立校で地元出身ばかりの選手層。その中でチームを引っ張る天才投手、吉田輝星。

 

 まるでサクセスマンガのよう。輝星という名前もそういうストーリーの登場キャラクターにふさわしい。加えて全員で全力で校歌を歌うえびぞりポーズが、絵になること。

 

 何を隠そう、自分だって注目していた。応援もしていた。見ていてとても清々しく、野球自体も面白かった。

 

 けれども。何だか腑に落ちないのである。

 

 優勝した大阪桐蔭も、劇的要素いっぱいだった。2度の春夏連覇は史上初だし、何と言っても昨年の悪夢がある。内野ゴロで勝ったと思った瞬間、ファーストが塁を踏めなかったためにランナーが残り、その後逆転負け。そのリベンジを果たしたという、涙の幕切れだったはずなのだ。自分、そっちの話ももっと見たかった。

 

野球エリート校ばかりの圧倒的不利の中勝ち進んだ金農も素晴らしいが、最終的に優勝した大阪桐蔭がもっと注目されても良かったんじゃないかと思う。

 

こういう現象、しばしば見る。強いとか勝ったとかが二の次になって、人気者ばかり追っかけるという。

 

スポーツの場合、やっぱり勝敗を前提に見たいなと思うのだ。もちろん、オリンピックは日本目線で見るし、高校野球は部活の延長であって勝敗が全てではないとも思う。

 

ただ、報道の偏りを感じて嫌になることがある。自分のうがちすぎかも知れないが、あなただって当然この人気者を好きでしょう、そうじゃないなら非国民でしょ、みたいに言われている気がするのだ。それと、フィーバー後の人気者が心配、というのもある。

 

まあそんな僻み根性はともかく。大阪桐蔭の皆様、優勝おめでとうございました。そして金足農業の健闘も素晴らしかったです。

 

(了)

 

 

 

 

 

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「リケジョの頭の中をのぞけ」というテーマで、自分が文系女子とどう違うと思うか、をリケジョにアンケートするラジオ番組があった。

 

 以前も書いたが、私はリケジョである。いえ、正しくは、理系の学部を卒業だけした、理系と呼ぶにはおこがましいこと甚だしいエセリケジョである。

→「エセリケジョ」、「リケジョは物書きを目指せるか」

 

 だけど時々、やっぱりどちらかと言えば理系脳なんだろうなあ、と思う。そのラジオ番組を聞いていても、著しく共感する意見があったのだ。

    その一つが、「同じことをいろんな言葉で何度も言われるのがまどろっこしい」というもの。

 

 そうなのだ。日本語とは、一つのことを様々な表現で言える素晴らしい言語。「私」という一人称ですら「ぼく」「俺」「それがし」「あたし」「うち」「自分」等の言い分けがある。

 おしなべてそんな風に言葉の種類が豊富なわけで、「彼女は綺麗、美しい、麗しい、華やか、見映えがする」とか、状況に応じて言い方を変えられるのだ。

 

文系には、そういうことを得意な方が多いのだろう。が、理系は「要は美人のことでしょ」とか「夏緒か」との一言ですんでしまうのである。

 

他にも、家に無駄なものを置きたくないとか、お金の使い道は計画的に考えるとかの意見があった。その辺は私、やっぱリケジョじゃない、と思ったけど。

 

そのラジオのパーソナリティの男性が、「リケジョというと理屈っぽくて怖そうという先入観があったけど、キッパリサバサバ格好いいイメージに変わった」と言っていた。私も、自分のことは別として、そう思う。

 

つまりは無駄が嫌いなんじゃないかな。単純明快、スッキリ飾りっ気ナシ、みたいなのを好むんじゃないかな。……私もリケジョに混ぜてもらえるのなら、その辺はわかる。

 

物書きを目指したい身としては、表現力、描写力が必要なわけで、様々な言い分けは出来た方がいい。でもいかんせん、やっぱりズバリわかりやすいのが好きなので、単純な表現になりやすい。気付くと「美しい」「美しかった」「美しすぎて」と、同じ言葉ばかりが重なっている。読み返すとそれはうるさい。言い換えができるよう語彙を増やさなくてはと思っている。

 

ただ、私の目標は「過不足なく」。読み手にわかってもらえる最小限の言葉、文章で表したいと思っている。……って、めちゃくちゃ難しくて、日々苦労してます。

 

(了)

 

 

  

 

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 このところ、伊賀市が忍者を公募して外国人の応募が殺到してるとか。嘘のようなホントの話がニュースになっている。公募は嘘だが、外国人に忍者好きが多いというのは、日本語教師の方などからもよく聞く。自分にはよくわからない感覚だけれども。

 

 自分の持っている忍者像とは、修行として麻の芽を飛び越える、というやつだ。芽は葉をつけ、少しずつ大きくなり、それを毎日飛び越えているうちに跳躍力が上がっていく、という。

 

 まあいつか麻の成長に、跳躍力の伸びがついていかなくなる。たぶん自分の場合、それはかなり早いうちにやってくる。いや、最初のうちは楽勝とか言って軽々飛んでいて、つまり跳躍力の伸びなど1ミリもないまま、そもそもの飛べる高さを越されたらおしまい。だからといって、楽勝と言ってる間も、うっかりひっかかってしまうくらい失敗ジャンプもある、という……修行する気あんのか、というレベル。

 

 とまあ、こんな忍者の修行の話を思い出したのは、自分、相手に合わせてしまうタイプだよなあ、と感じることが多いからである。この場合の「合わせる」というのは、相手の話に合わせるとか、空気に合わせるとか、そういう協調性と呼ばれる素晴らしい素質のことではない。勝負事、努力事についての情けなさのことである。

 

 例えばボウリング。一緒のレーンで投げた人が、そこそこいい成績だったとする。すると自分もそれに引きずられて、いつもよりいいスコアが出たりするのである。中学生の時水泳で、隣のレーンを泳いでいたなかなかに速い同級生についていっているうち、ナイスなタイムが出たことがある。かけっこについてもしかり。おお自分、すごくない? と、そういうときはとても達成感、満足感があった。

 

 ところがこの才能、勝負相手が調子を崩していたりした場合、それに引っ張られてダメダメになってしまう危険度も高い。ボウリングも相手が不調だと何か付き合っちゃって(いや、そうしようという意志はないのに)、ボロスコアの70点台という記録がある。水泳にしてもかけっこにしても、学校成績でもそうなのだ。

 

 つまり、忍者の麻の修行が実は自分には合っていたと思われる。ただし、芽からではなく、飛べると思う高さより少しだけ高いところから始めるのが正しかったのだと。常に自分より少し高い能力のものを追いかける。するとそれに引っ張られて能力がそこまで上がる。そういうことなのではないか?


    でも、少し高い能力? それを追うには自分の能力がどの辺かの見極めができなくてはならない。

 

 難しいんだよな、これ。イチローやショーヘイに定めても全くダンチなので意味があるはずもなく。草野球辺りだろうが、それならどのレベルだろ? となるわけで。


    今更でも成長したい分野があるなら、麻飛び修行のその前段階から見直してみるしかないな、と思う今日この頃である。

 

(了)

 

 

 

 

 

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 今年は既に2度、台風が近所をかすめた。幸い被害は殆どなく、通り過ぎてしまえば暑さが残るのみである。

 

それでもこの異常気象。台風も変なコースを辿ったり、めちゃくちゃ遅かったりするわけで、その破壊力ははかりしれない。天気予報でも事前の注意を呼びかけまくっていた。

 

天気予報に従順な我が家は、その度にベランダの植木鉢をどうしよう、と思い悩む。いや、植物好きとかガーデニングが趣味とかでは全然ない。むしろ逆。


自分、お祝いとか何かのお礼にいただいたお花を、ことごとく枯らしてしまった、ある種名人とも言える前科が多々あるのである。下さった方にはホント面目なくて、後に会った時もなるべくその話題に触れないよう気を付けていたくらいである。

 

毎日水やりはきちんとしていた。ベランダは日当たりも良く、たまに栄養剤などを加えたりもした。それでも愛がないのか、みんなしばらくするとくったりとなってしまうのだ。


そんなこんなで残っているのはわずか。ミニバラが半年に一度くらい、思い出したように一輪か二輪花をつける。もう一つ、観音竹がぐんぐんと葉っぱを増やしまくっているくらいである。

 

ただしこの観音竹、根っこも膨らみすぎて、鉢がはち切れた(ダジャレではない)。ある日、パカーンと3個に割れ、一辺6センチくらいの3角形のピースが2つ横に落ちていた。そんな欠けた鉢のまま、既に2年くらいは経過しているかと……。植物好きな方が聞いたら卒倒するくらいの暴挙かも知れんです……。

 

というわけで、取り敢えずちゃんと生きているのがその2鉢だけなのである。でも鉢は9個もある……つまり残り7つは枯れ草&雑草若しくは土のみという、どーでもいい物体と化している。

 

しかし。台風が来るとなると、やはりこいつら全員ベランダに放置しとくわけには行くまい。灼熱地獄の中、結構重さもあるその9つを部屋の一角を空けて粛々と取り込む。台風の最中は洗濯の内干しも加わって、家の中狭いわ歩きにくいわ。

 

いい加減捨てなさい。自分で自分に怒りがこみ上げる。いやいや、7つは鉢は壊れていないのでもったいないから。雑草摘み取って何か別の種を植えればいいから。そう引っ張って早数年である。

 

結局、いつかいつかと言ってるだけで不要物なまま。けれど捨てるに踏み切れない。

 

ならば台風に備えて部屋に入れたりする必要あるのか? あるのである。彼らが風に乗ってベランダ側のガラスから突っ込んだ場合、激しい損傷が予想される。そのくらい重みのある良い鉢なのだ。一体どれだけバチあたりなんだか……(くどいようだがダジャレではない)。

 

涼しくなったらちゃんと植え替えてお花を咲かせる。それがこの秋の大きな目標です。

 

(了)

 

 

 

 

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 どこかのラジオで、「中国語の勉強してますか」とのアンケートを取るという企画があった。


    観光や在日の中国の方が多い昨今。好きな中国人同僚としゃべりたいとか、行きつけのコンビニでいつも喧嘩している中国人夫婦の言い合いの内容が知りたい、とか、中国語ならわからないだろうとこちらを侮って愚痴る内容がわかっちゃうとか、アンケートの答えは様々で面白かった。時代だなあと思う。


    大学の時、必修で第二外国語があり、フランス語、ドイツ語、中国語のどれかからの選択だった。自分はドイツ語を取ったが、あのとき中国語を取っていたら、今の時代に少しは役に立てる位置にいられたかも、と思ったりした。
    しかしそれは一瞬。何を選択しようが同じだったろう、と思い直した。
    なぜなら、ドイツ語、全く身になっていない。どころかほとんどきれいさっぱり忘れている。語学は好きな方だったのだが、このときは嫌いだった。

    何せ面倒なのである。文法は英語と似ているからいいとして、何故に名詞に性別があるのか。しかもそれに応じて定冠詞が変わる。加えてまさかの、動詞も場合によって変化する、という暴挙。一体辞書でどういう綴りを引いたらいいのかわからんちん。

    無理。

    友達に手伝ってもらってどうにか単位は取ったものの、センスゼロだったのだと思う。

    でるですでむでん。定冠詞の変化を暗記した、それだけは今も念仏のように覚えている。
    文章で記憶に残っているのはたった一文。イッヒリーベディッヒ。=アイラブユーである。もちろん使ったことは一度たりともない。

    だからあのとき中国語を取っていたとしても、今何の足しにもなっていないと断言できる。もしも何か国際的に役に立ちたいならば、そう思ったときに一から勉強し直すしかないのだ。どの言語にしても。

    高い学費を払ってくれていた親に、今更ながら申し訳なく思う。今なら何か勉強を始めようとすれば自腹になる。元を取らねば、と超必死になる。

    しかしいかんせん記憶力や集中力、柔軟性などが当時と雲泥の差、半減どころか誤差分くらいしか残ってないのでは、というほど目減りしている。

    吸収力が今の何倍もあったあの時期に今の貧乏性が発揮できていたら。今の半分でも必死になれていたら。と、残念に思う。

    人生って、何かと何かの絶好調期は重ならないものなのね……。粛々とその時々に出来ることをやるしかないんだな。

(了)

 

 

 

 

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 暑い。

暑すぎる。

酷使に耐えられなかったのか、エアコンが突然沈黙、大慌てで対応しているところです。

 

大人になってよく思うのが、歳取って体力が落ちたから暑く感じるのか、それとも子供の頃に比べ、本当に気候自体が暑くなってるのか、ということ。

 

確かに体力も耐性もなくなって、ちょっと暑くなると×、ちょっと寒くなると×な近年である。

 

子供の頃はこんなにも毎日暑い暑い言っていなかったと思う。体力あったし遊びとか何かに夢中になると寒暖を感じない集中力があったんだろう。

 

と、最近の耐えられない暑さを歳のせいにすることもあるが、やはり気候自体が×なのだ。

今年の異常と断言できる危険宣言。気温が39℃なんて、生まれて初めて味わった。もう不快を通り越して脱帽である。

 

エアコンは好きじゃないので毎年緩めに、夜は切りタイマーで節電も兼ねていた。が、今年はそんなの、有無を言わさず無視である(たぶんだから壊れた)。電気代が楽しみだわ……。

 

必要最低限のマスト事項しかやらない。この季節のモットーであるが、今年は必要なこともなるべくしない。

洗濯だけはいつもの倍以上に膨れ上がるので、その分掃除炊事は出来る限り省略、不要不急でない外出は極力キャンセル、日のあるうちは外に出ない。……としたいが、なかなかそうもいかない。

 

どうしても出るときは、絶対に走らなくてすむよう時間に超余裕を見る。おかげでやたらにどこでも早く着きすぎる。到着地に冷房がない場合、最悪である。


荷物も多いし。脱水予防のための500ミリペットボトル、太陽とゲリラ豪雨に備えた晴雨兼用傘、過冷房よけの羽織り物、なるたけ外に出たくないがためのお弁当……重くて余計に汗が出るんだわ。

 

涼しいときは何のストレスもかからなかった徒歩10分ほどで大汗。洗濯干す作業だけでも大汗。ゴミ出しだけでも大汗。

 こういった日常の作業が、いかにそこそこの熱量を発する結構な運動であるかを痛感する今日この頃。

 

こんな東京で、ホントに2年後オリンピックをやるんだろうか。高々朝30分ほどの繰り上げとかでどうにかなるとはとても思えない。自分は朝から晩までぐったりしたまんまであるからして。

 

とにかく、必死でこの季節をやり過ごす。そんな1~2カ月は毎年廃人のように全く役立たずな自分です。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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