クジ運(18/2/4) | 石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 宝クジを買っていた頃がある。しかし、300円より多く当たったことはない。

日用品などを買ったとき、ポイントを集めて応募すると抽選でテレビとかがもらえるキャンペーンがある。何度となく応募したが、一度足りとて当たった試しはない。

年賀状のお年玉。何十枚もハガキをいただきながら、切手以外の賞品は当選しない。

 

これはもう、主催者側が当たりクジを入れていないのでは、と疑念の塊になったりした。が、ちゃんと当たる人もいるらしい。

 

商店街のイベントでがらがらを回したうちのオット。一万円の松阪牛をゲットした。

デパートの食堂街の○○円以上お買上げの方に抽選でご招待券プレゼント、を見事当てたイモウト。

こうしてみると、人によってクジ運の偏りがあるとしか思えない。

 

あるときから、自分で応募するのをやめて、オットの名前で出すことにした。すると、ついこの前カタログギフトが当たり、しゃぶしゃぶ肉をいただけた。

イモウトは、運動会の最後などに催されるジェンカ=じゃんけんで負けた方が勝った方の後ろについてどんどん長い列になる、というゲームで、最後の最後まで先頭にいた。以来、じゃんけんやクジに関しては家族は必ず彼女にお願いするようになった。

 

テレビで宝クジの高額当選者の末路、みたいな番組を見たことがある。自分なら十万円当たっただけでも奇跡かと思うのに、あろうことか、そういう人は一億とかを二度三度経験するのだとか。

ふうん、そうですか、てな感じに冷めた笑いしか出ない……。

 

で、宝クジは買うのをやめた。クイズやキャンペーンの応募もだ。もう全員プレゼントものしかコンタクトしない。じゃんけんにしてもアミダにしても最初から全く期待しない。それが自分の現実的な結論となっている。うん、人生堅実が一番だ。

 

ところで、これだけ運がないのに、というか、運がないからゆえに、確信できることがある。

絶対に当たりたくないクジになると、相当な確率で当たるということ。

最も印象的なのは小学生の時。クラスで隠し芸大会をやることになり、班で1名代表を選ばなくてはならなくなった。心の底からハズレを願った。しかし、1/10くらいの確率だったかと思うが、見事に当たりを引き当てた。パパパパーン!

 

思えばあのとき悟るべきだったのだろう。薄々感じてはいたが、そういう星の下に生まれてるんだ、自分。ということ。

ま、そんなこんなで、クジは嫌いである。大嫌いである。

 

()

 

 

 

 

 

 

~~以下の小説サイトに投稿しております~~

 

 

 ↓↓↓よかったらお立ち寄り下さい。

 

 

  エブリスタ

 

  アルファポリス

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~