時計屋敷(18/1/27) | 石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 ふと、うちには一体いくつの時計があるのだろう、と思い、数えてみた。

 

寝室に壁掛け1つ、置時計1つ(⬅寿命全う済み)。書斎に置時計とパソコン1つ、ファックス1つ(⬅液晶がもう限界で見えづらい)。トイレに置時計1つ、お風呂に給湯器デジタル1つ、脱衣所に置時計1つ。台所の給湯器デジタルと置時計1つ、居間に掛け時計2つ、床暖房用モニターに1つ。エアコンリモコン×3に、ブルーレイとCS用機器に1つずつ。他、スマホ2、腕時計6で、計24個もある。

 

これ、一般的なのだろうか? 単純に考えれば、1戸に2ダースって、……時計屋敷である。

 驚きの事実だ。しかし、もっと驚きなのは、これらほとんどが時刻が合っていないという点である。

 

 時計によってそれぞれ癖があるのだ。少しずつ進むもの、電池がなくなりかけていて遅れ始めているもの、もう昇天しているけどお気に入りアイテムとして捨てられずにいるもの。

 

 正確な時刻だと信用できるのはパソコンかスマホだが、これらは電源を入れるかカバーを開くかしないと見られないので、急いでいるときや両手が塞がってるとき、濡れている時には不向き。

 点けっぱなしのテレビ画面左上に出ている時刻も正確だが、いかんせん文字が小さい。台所からだと遠くて見えにくいし、朝以外は出ていないこともある。

 

 で、大きくて分かりやすい壁時計や、近くの置時計を見て確認することが多くなる訳だが、さて、今の本当の時刻は何時何分?

 

 そのとき見る時計が、何分くらい進んでいるか遅れているかを、即座に思い起こし、計算する。それで急がねば、とか、まだ○○をする余裕はあるな、とか判断するのである。

 

 はっきり言って、超めんどくさい。なので全ての時計を正確な時刻に合わせ直す、ということもトライした。

 ところがこれが家族に不評。進みや遅れが前提になって行動しているので、急に元に戻ると逆に時間を見誤るのである。

 何ヵ月か過ぎるとまた時計ごとに狂ってくるので、合わせ直すこと自体も嫌になる。結局、放置してしまうようになった。

 

 それでも毎日は回っている。あっちこっちのざっくりしたいい加減な時刻を見ながら、電車にも間に合っているし、待ち合わせに遅刻もしない。

 

 これはこれで、頭の体操になっているのかも? と、衰え坂道一直線の脳に役立っていると強引に思い込む……超前向き思考な今日この頃。

 

 

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