心のコリのほぐし方 -25ページ目

阿吽(あうん)

★★★★★★★★★
阿吽(あうん)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆


墓石などに刻まれている不思議な文字は、


梵字の中でも悉曇(しつたん)とよばれ、奥深いものです。



その文字の初めと最後に当てられた漢字が、


この二文字『阿吽』です。




この二文字で、全宇宙を表すといわれています。





五十音図も、この悉曇をもとに、空海が考えたという説もあるくらいで、


やはり、『あ』から始まり『ん』で終わります。




『阿』は、口を開いた時に出る声、『吽』は口を閉じた時に出る声。


吐く息と吸う息という意味でも使われます。




人は、息を吐いて生まれ、息を引き取って一生を終えます。


人の命も『阿吽』につきるのですね。




今この時の、その一呼吸に全宇宙があると考えると、


大切に大切に吐ききり、思い存分吸い込みたいですね。


そして、


一呼吸ごとに新しい命へと生まれ変わっているのかもしれませんね。






日頃、何気なくしている呼吸ですが、


本当に大事だなって思います。


深く息を吸うことでいっぱいの酸素を体に取り込みます。



そして、血液の流れを良くして脳へも新鮮な血液を


送り込むことができるそうです。



イライラしている時って浅い呼吸になっていませんか?


脳へも新鮮な血液が送り込まれないので


いい考えも出てこないのかもしれませんね。



イライラしたら、まずはしっかり息を吐ききって、


いっぱいの空気を吸い込み良い呼吸をしましょうね。



木霊(こだま)

★★★★★★★★★★★
木霊(こだま)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆

山で声が返ってくることを、


木の魂の仕業だと思われていたようで、木霊と呼ばれました。


山彦(やまびこ)とも言いますが、山の神のことです。


『彦』は男性の美称ですから、山の神様は男性だということですね。


ただ、

山で、木霊が返ってくると嬉しい気持ちになりませんか?




人は、実際にも自分の言ったことをそのまま返してもらうと、


相手に受け入れてもらえた気持ちになるという効果があります。



一言一句、違わずに返してほしいということではないですが、


自分が言ったことを、『~ということなのね。』と、返してもらうと、


自分の言ったことを再確認できます。



そんなことをいいたかったんじゃないと思った時は、


再度、ちゃんと伝わる言葉を工夫して伝えようとすれば


いいいって思えますものね。




合っていれば、ちゃんと伝わった安心感で満足できますし、


自分がどう感じているか、


自分が今どうしたいかを整理することができますね。





結構、何か言った時は、そ


の答えがほしいのではなくて、ただ聞いてくれて、


木霊のように返してほしいだけのことも多いのかもしれませんね。




聞いてくれるって本当に嬉しいですものね。



何か相談されると、そのことに対する答えを出してあげようと思って、


こうしたら?とかああしたら?とか、ついついアドバイスをしたくなりますね。



でも、


多くの場合は、ただ聞いてほしいだけだったりします。



私は、いつも前向きながんばり屋さんになろうとすることが多いので、


たまに愚痴を言った時にしっかり聞いてくれる


『木霊』さんがほしいなって思います。





刹那(せつな)

★★★★★★★★★★★

刹那(せつな)

☆☆☆☆☆☆☆☆



仏教の時間の単位。


指を一回はじく時間が六十五刹那だとか、


七十五分の1秒だとか、いくつかの説がありますが、


とにかく本当に短い時間のことです。




でも、この短い時間の繋がりが人の一生なのです。




時間はすべての人に平等に与えられた財産です。


年を重ねるにしたがって『時間』が貴重なものであるという思いが


ますます大きくなってきました。



あぁ~何でこんなことになったんだろうと、


落ち込んでいる時間はもったいないですね。


今後は、こんなふうにならないように何に気をつけらたいいのかなって、


考える方が気持ちが晴れやかになれますね。


貴重な時間を気分良く過ごしたいですものね。





『一期一会』…とても好きな言葉です。


私は、今この瞬間はもう二度と繰り返せない大事な時であることと、


今この瞬間にもしも命が尽きても悔いがない


生き方をしたいと思っています。




でも、時として人からどう見られるか、どう思われるか…、


自分の判断ではなく、人に影響された判断をしてしまう時があります。


自分はどうありたいか、どうなりたいか、


だから、何をやっていきたいのか…


しっかり自分を見つめ、自分の人生は自分で選びとって行くこと。




すべてを人や周りの環境のせいにしないで、


自分に責任を持って生きていくこと…


自分の足で立つことの意味を


また噛み締めている今日この頃です。

鼓舞(こぶ)

★★★★★★★★

鼓舞(こぶ)

☆☆☆☆☆☆



昔から士気を高めたり、勇気づけたりするために、


音楽や躍りが利用されてきました。



どんな言葉をつくしても、


音楽や舞が持つパワーには及ばないことがあります。


そのために、戦と音楽は切っても切り離せないものでした。




鼓舞とは、鼓を打ち、舞を舞って励ますことです。


魂に直接働きかけてくる音楽は、あるときは心を癒し、


あるときは心を奮い立たせるものになりますね。


言葉以外にも、相手の心を打つ手段はあるんですね。


言葉にならない言葉を表しているんでしょうね。







思っている気持ちを伝えるために、いろんな言葉を探します。


いっぱいたいへんなことを乗り越えてやっと、


自分なりに心の落ち着きを取り戻した友人に、


『辛かったね。よく頑張ったね!』という言葉の変わりに、


ギュッと思い切り抱いてあげたいって思います。



本当によく乗り越えたねって誉めてあげる気持ちを伝えるために…



不死鳥(ふしちょう

★★★★★★★★★★★
不死鳥(ふしちょう)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆


エジプト神話に出てくる霊鳥、フェニックスのこと。




死なない鳥と書きますが、実は死なないのではないようです。


五百年に一度、焼け死に、


その灰の中から若々しい姿でよみがえってくるそうです。


『よみがえる』の語源は『黄泉(よみ)』から帰る。


つまり、死後の世界から帰ることです。




不死鳥は、アラビアの砂漠に住むと言われていますが、


それぞれの心の奥に、その住処があるのではないでしょうか?




不死鳥のように

よみがえる思いや精神を大事にしたいですね。




人の肉体は寿命とともに途絶えてしまいます。


けれど、命ある限り、強い思いを何度でもよみがえらせたいですね。




限りある人生だからこそ、儚くもあり、


キラキラ輝きを増して美しいものでもあると思います。



人はそれぞれ何かしらのお題を持って生まれて来ていると思います。

それに気づき、そこから何かしらを学び、成長していく旅なのかもしれません。



でもその途中では、見たくないものにも出会います。


時には胸を抉られるような思いにも直面します。


そんな痛みを味わいながらも不死鳥のようにまたもよみがえり、


しっかり限りある人生を味わいたいと思います。


一つ乗り越えると必ずご褒美が待っているなって思います。




撫子(なでしこ)

★★★★★★★★
撫子(なでしこ)
☆☆☆☆☆☆☆☆

撫子の語源は、撫で撫でして、いつくしみ、可愛がる子。


それほどかわいい花ということです。


秋の七草のにも数えられ、歌に詠まれる時も、恋しい女性にたとえられることが多いようです。



日本原産の撫子を『大和撫子』といいます。


これは、日本古来の美しさを備えた女性の代名詞ですね。



最近、これぞ『大和撫子』って感じることが少なくなった気がするのですが…


撫で撫でして、慈しみたいと感じてもらえるような可愛らしさがあればいいなって思いませんか?



凛と強さの中に大和撫子はあるのかもしれませんね。




私のできることは本当に限りがあるので、


少しでもできることを増やしたいと願い、必死で頑張る日々を過ごしていたと思います。



大事なことは、できることを増やすことではなくて、


私らしく生きることなんだと…気づいたら、


本当に楽になりました。

『大和撫子』な部分があったらいいなと願っています。

丹誠(たんせい)

丹誠(たんせい)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆

丹誠の『丹』は赤い色のことです。


『赤』は『明るい』に通じ、『明らかな』とか『正真正銘の』という意味があります。


赤の他人、真っ赤な嘘などの『赤』がそういう意味です。



ですから、


赤心と丹心は、どちらも嘘偽りのない誠実な心のことです。


『赤い心』が真心という意味になるという印象はないかもしれませんが、


『赤』の語源は『夜が明ける』意味の『あく』から来ています。


夜が明けたばかりのような、まっさらな心ということなんですね。



『丹誠』をこめて


ものごとに向かっているでしょうか?


まっさらな心で、ものごとを見ていくと


今まで以上に見えてくるものがあるかもしれませんね。


……………………………

『丹誠』を込めて、嘘偽りのない心で相手に接すると、


相手にも、嘘偽りのない心で接してくれていると通じます。



人には目で見る、耳で聞く以外に、感じるという能力があります。


『なんとなく、こんな風に感じる』という時には、


自分の今までの体験や知識を総動員して判断しているんだと思います。



目で見えるものだけでなく、その奥にあるものを感じようと思った時に、


初めて見えてくるものもあるなと思います。

いいところ探し

とっても大事にしていることのひとつです。



初めてあった人に、この人は○○な人だなぁって印象を持ちますよね。


それが、なんか感じ悪いなと感じたときも


もう少し見るんです。


例えば、『高圧的な言い方の人』って、感じてすごく嫌だなって思っても


待てよ!この人のいいところはどんなことろかなって・・・


案外、高圧的な言い方する人って、誉めてほしい人だったり


一生懸命やっていることを伝えたいだけだったり・・・


すごく真剣に取り組んでいるんだ・・・と思ったら


嫌だなって思っていた気持ちが、薄らいでいくんです。


そして、本当に真剣に取り組んでいるんだから、


しっかり聴こうって思って、こちらも真剣に話を聴くんですね。


そしたら、相手の方の話し方がだんだん穏やかになってきたりします。


その人のいいところ探しは、


結局は相手とのいい人間関係を作っていくことになっているんですね。




好かれみち

ブログのタイトルを変えました。


『好かれみち』という名前にしました。



これは、今まで12年間 研修講師として仕事を続けてきて


特別な知識が十二分にあるわけではなく、


秀でた才能があるわけでもないのに、


多くの企業様からご指名を受け、お仕事をいただけてきたのは


本当にありがたく、感謝です。


でも、私の良さがあるとすればなんだろうと考えました。


もちろん、愛と情熱を持って一生懸命おこなっていること!


これはもちろん当たり前のこととして努力しています。


では、他にどんなことだろう・・・



ある時、友人からもらった言葉があります。


ジュンちゃんは本当に誰からも好かれるよね・・・


えっ・・・好かれる!



もしかして好かれるってこれって私の良さ?


好かれる人であるための努力をした結果なのかもしれないと


思いました。



私はどんなことを心がけてきただろうか・・・


もしかしたら、そのことが好かれるために必要なことだったのかもしません。


そんな思いで



好かれみちのブログを書いていきます。



謝りたいときには

毎日の生活の中で


なるべく関わる人には気持ちよく過ごしてほしいと願っています。



周りの人に、元気になってもらえるように、勇気を出して一歩前に進んでもらえるように


一生懸命に関わること・・・



良きにつけ悪しきにつけ、一生懸命は私が私である所以なんです。


でも、そのことが、時として相手を傷つけてしまうことがあります。




そんなつもりじゃなったの。


そんなふうにとってしまったの?


・・・なんて、いうことになる事はありませんか?



なぜ、そんなふうにとってしまったの?と相手を責めても事態は良くなりません。


相手に伝わる伝え方ができていなった自分を心から詫びます。



私は分かってもらうために、メールでなく、電話でなく


できれば顔を見て傷つけてしまったことを謝りたいと思います。


でも、会えないときは電話をかけます。


メールだけでは心が伝わりにくいと思うからです。



それでも、相手に気持ちが届かず、許してもらえなかったとしたら、


もちろん悲しくなりますが、きっといつか分かってくれると信じます。



私が、ただただ、一生懸命だったということは


伝わる日が来ると信じて・・・




今、多くの友人や多くの知り合いの方々から、


たくさんの優しさをいただけるのは


そんな私の一生懸命さは伝わっているのかも知れません。



本当に感謝です。