謎(なぞ)
★★★★★★★
謎(なぞ)
☆☆☆☆☆☆☆
何か不可解な出来事をさして『謎』だなといいますが、
言葉遊びで『なぞなぞ』がありますね。
これが『謎』のもとです。
『何ぞ、何ぞ?』と問いかけた言葉が縮まって
『なぞなぞ』になり、やがて『謎(なぞ)』になりました。
すごく謎めいた語源があるかと思ったら案外単純でした。
きっと本当の『謎』も案外、
単純で素朴なものなのかも知れませんね。
物事を受け止める
自分の感情や捉え方が
複雑にさせてしまっているだけかも知れませんね。
結構、すべての絡まりの原因は、
元を正せばシンブルなもののような気がします。
不可解な『謎』にしないように、
自分に素直でありたいと思っています。
翌檜(あすなろ)
★★★★★★★★★
翌檜(あすなろ)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
檜(ひのき)に似ていて『あすは檜になろう』と
思っているから翌檜。
語源に関してはいくつかありますが、
決定的なものはないようです。
『あすなろ物語』では、
“決して檜になれない悲しい木”というニュアンスで
描かれていますが、
もしかしたら、
明日を夢見て生きていく自分の姿を翌檜に重ね、
心の励みにしている人も多いはず…。
檜になれなくて、悲しいのではなくて、
檜のようになることを目指して頑張っているのでは…
と思います。
あすは檜になろうと思っているから、『翌檜』だけど、
翌檜は、たくさんの人の勇気を与えてくれる存在でもあり、
翌檜は、翌檜でよかったと思っているのではないでしょうか?
私は、檜になりたいと夢見て、
檜になるために翌檜であることを隠そうとしていたかもしれません。
『変わりたい』と願う、
その変化にもふたつあって、
自分以外の別のものになる変化ではなくて、
さまざまなことを受け入れ、手放し、
そして自分の中で成長という変化を遂げていくこと、
その変化が大事なんだと気づきました。
まずは今の自分を、ありのままの自分を、
そのまま受け入れること。
どんな自分も健気で愛らしいじゃないですか…
夕焼け(ゆうやけ)
★★★★★★★★★
夕焼け(ゆうやけ)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
日本海に沈んでいく太陽を、
その姿が見えなくなるまで
目を凝らして見守ったことがありました。
『ムイント サウダージ』という言葉がぴったりでした。
『ムイント サウダージ』ポルトガル語ですが、
『ムイント』は英語の『very』と同じく、非常にという意味です。
『サウダージ』は、ぴったり当てはまる日本語はないようです。
一番近いものは“郷愁の念”でしょうか。
キュッと胸がしめつけられるような切なさと、
甘酸っぱくほのぼのした懐かしい思い…
この世に生まれ、歩んできた人生を、ふと振り返り…
生きて来た日々であり、
生かされている日々でもあるなと感じる私がいて、
出逢い、
語らい、
別れて行ったすべての事や人に、
心から感謝をしたいと思えました。
夕日が沈んで暗くなった後に10~15分ほどすると、
もう一回赤く明るく光る「夕焼け」が
見えるのを「小焼け」というそうです。
『夕焼け小焼けで日が暮れて…』
人生を美しく最後の最後まで精一杯でありたい…
そんな願いのようにも感じますね。
大自然のあまりにも美しい情景を前にして、
何も言えなくなってしまう…
絶対服従してしまうような偉大さを感じるときがあります。
何をさしおいても、
今、生きていることを実感し、
すべてに感謝の心が湧き出る瞬間だと思います。
正念場(しょうねんば)
★★★★★★★★★★★
正念場(しょうねんば)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
歌舞伎などの役の性格や心の持ち方を
『性根(しょうね)』といいます。
性根の奥深いところまで汲み取って、
じっくり表現する場面が『性根場』。
それに、仏教用語の『正念』が結び付いてできたのが、
『正念場』だと言われています。
『正念』は、雑念を払い、
真理を求める心をいつまでも忘れないこと。
平常心と同じような意味ですね。
ここが『正念場』だからと思うと、
何が何でもがんばらなくちゃと思いますが、
無理をして、踏ん張るところではなく、ただ素直に真実を受け止め、
本来の自分を見つめて、自分らしくいることが大事なときなんでしょうね。
私はここぞ!という正念場になると、
何としてもいい評価が得たいと、ついつい力が入ってしまって、
周りには引かれてしまうということがありました…。
よく思われたいと思えば思うほど余計にカチカチになってしまって、
私らしさを出せないままになってしまうんですねぇ…。
やっぱり『正念場』は平常心で、
自分らしくいることが大事だなと思いました。
暮泥む(くれなずむ)
★★★★★★★★★★
暮泥む(くれなずむ)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『泥む(なずむ)』とは、障害があって進むことができないでいる状態です。
暮れようとしているのに、暮れることができない空…。
夏の夕方は、特にそんな感じですね。
ゆっくり降りてくる闇の中、家路につく人々が行き交う街。
少しずつ変わっていく空の色のように、
焦燥感と安らぎの入り混じった複雑な気持ちが胸をよぎります。
やり残したことがあるようで、それでいて、終わった仕事にほっとしている。
でも、夜はまだ長くて、すぐに寝てしまうのはもったいないような…
暮泥む空は、そんな胸のうちを映し出しているようですね。
スピードが求めれる現代は、
暮泥むような、まどろむ時間を楽しむ余裕がなかなかないような気がします。
忙しい時間を過ごしている時ほど、
ふと立ち止まり、暮れそうで暮れない空を見上げてみる…
そんな心の余裕がほしいですね。
白か黒か、やるかやらないか、
○か×…、
二つに一つとはっきりとした答えがでないと気がかりで仕方がない…
そんな曖昧なことが嫌いで、
グレーの状態はとても耐えられないという性格でした。
でも、グレーの状態になるのが普通なんですね。
大概の場合、事を進める時には相手や関わる人がいます。
それぞれに基準があるのですから、
それらを擦り合わせて互いが納得できる色になるまで、
何色ともいえない、グレーな状態を通るのは当然ですものね。
でも、このことに気づくまで長い間かかりました。
暮泥む状態を、楽しもうと思えるようになったのはつい最近です。
一期一会(いちごいちえ)
★★★★★★★★★★★
一期一会(いちごいちえ)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『一期』は人の一生、『一会』は唯一ただ一度の出逢い。
たびたび会う相手であっても、今日のこの時間は、
もう二度と繰り返すことは出来ないですね。
そして…
ずっと若い頃、ケーキ屋さんでアルバイトしていた時がありました。
そして、近くの高校に通う生徒たちが
よくケーキを買いに立ち寄ってくれていました。
その中に、明るくて人なつっこくて、すごく瞳の綺麗な女の子がいました。
彼女は時々お店によってくれて、
いつも『お姉さん、お姉さん聞いて~』と、大きな清んだ瞳で
今日あったことを楽しそうに話をするのでした。
いつもは『どうしたの~そうなんだぁ~』と、
話を聞いてあげることを楽しみにしていたのですが、
ある日、いつになくお客様が立て混んでいて、
いつもの調子で話しかけてきた彼女に、
『今日はごめん!』とキッパリ言ってしまったので、
少し寂しそうな顔をして帰っていきました。
ちょっとかわいそうだったけど、
また明日来たら、しっかり聞いてあげたらいいやって思っていました。
でも…
その明日は
来なかったんです。
それから、1ヶ月後くらい経って…
彼女は、もともと心臓が弱く、しばらく調子が良かったけれど、
急に状態が悪くなって寝込んでしまい、
あっけなくこの世を去ってしまったと聞かされました。
その時のことは、30年近く経った今も鮮明に思い出されます。
なぜ、あの時、
『ちょっと待ってね』って言えなかったんだろうかって…
彼女の運命を変えることはできなかったでしょうが、
少しは気持ちが楽になれていたかもしれなあ…
当たり前のように明日が来ると思っていた私には
ショックが大きすぎました。
当たり前ように明日は来ないんです。
『一期一会』今この時は、
二度と来ないかもしれないと思ったら
どんな言葉をかけますか?
どんな態度をとりますか?
少しくらい身体の調子が悪くても、
相談に乗ってほしいと言われたら、
頼ってもらっていることが嬉しいことはもちろんですが、
二度と会えないっていうこともあるかもしれないと思ったら、
少しの無理はしたいなって思います。
両忘(りょうぼう)
★★★★★★★★
両忘(りょうぼう)
☆☆☆☆☆☆☆☆
生死、苦楽など、相対的な対立を忘れ去り、
二元的な考え方から脱すること。
好きか嫌いか、
イエスかノーか、
私たちの生活の中には、
白か黒か、あれかこれかの判断を迫られる状況がたくさんあります。
この『両忘』は、そうした二元的な考え方をやめてみようということです。
どっちなのかと判断することをやめて、
両方へのこだわりから抜け出すこと。
善悪を忘れる、生死を忘れる、
分の内と外さえ忘れる…
あれかこれかの価値判断から解放されると、
気持ちはぐっと楽になります。
本来、世の中の物事すべてが白黒はっきりするわけではなく、
ことの善悪など、すぐに正しい判断が下せるものばかりではありません。
『両忘』
曖昧なことを受け入れることも大事ですね。
こうあらねば!と、頑な価値観があると、
そうできないと許せない気持ちになったりします。
他人はもちろんのこと、
自分でも自分が許さないない気持ちになったりします。
こうあらねば…ではなくて、
なるべくならこんなふうになればいいなくらいに、
少しグレーな部分があると、随分楽になったなと思います。
大事と大切
★★★★★★★★
大事と大切
☆☆☆☆☆☆☆☆
『大事』な事と『大切』な事って、
同じような使い方をしますが、少し意味あいが違いますね。
『大切』は、重要な区切りをするという意味ですから、
意を決してしっかり区切りをつけて、
どこかにそっとおいておこうっていう感じでしょうか?
思い出は『大切』にしまっておきましょう。
『大事』は、大きな事として取り扱うことですから、
その件は大事ですから、慎重に対処していきましょう。
大切に、大切に、心に秘めて思っていてほしい。
目の前の事柄を、大事にしていきながら…
私は、大切なものを守るために、
何を大事にしないといけないのかなって
…考えるとことを大事にしています。
自分にとって大切なものが、しっかり分かっていないと、
日々大事にするものを間違えてしまいますから…
どんな人生にしたいのか、
強い思いが日々の行動を変えて行くと思います。
真面目(まじめ)
★★★★★★★★
真面目(まじめ)
☆☆☆☆☆☆☆☆
もともとは、瞬ぐ(まじろぐ)目のことを『まじめ』といったそうです。
『まじろぐ』とは、まばたきをすること。
何度も目をぱちくりさせている様子は、
いかにも誠実で一生懸命に見えたんでしょうね。
実は、まばたきと心の状態はたいへん関係があるそうです。
まばたきの回数は、普通、一分間に15~20回ですが、
緊張の度合いによって3~5倍になるそうです。
たとえば、嘘をついている場合も、
その緊張感からまばたきが増えるそうですよ。
嘘が顔に出るのは、
真面目なのかどうかはわかりませんが…
まばたきで嘘を見破ることができるんですね。
嘘も方便とはいいますが、
なるべくなら嘘は無い方がいいですね。
やはり、真面目って
大事なことだと思います。
『真面目』は、大事なことだと思いますが、
過ぎることはどうかなと思います。
あまりにも、パッチリ目を見開いて、
まばたきもしないままだと、目がとっても辛くなりますよね。
極端にならないのがいいのかもしれませんね。
空蝉(うつせみ)
★★★★★★★★
空蝉(うつせみ)
☆☆☆☆☆☆☆☆
手にとるとふわっと軽くて、
少し力を入れればかさかさと潰れてしまいそうな危うさ。
そんな蝉の脱け殻のことをこんなに美しい言葉で呼びます。
この世に生きている人や、
現世のことを意味する『現身(うつしおみ)』(現人)という言葉が転じて
『うつそみ』、やがて『うつせみ』となりました。
何年も土の中で過ごし、
ようやく脱皮して鳴けるようになっても、
数日しか生きられない蝉の儚い命に重ね合わせ、
空蝉と言ったのでしょう。
儚くても、
空しくても、
精一杯生きて行こうとしているのは、
人も蝉も同じなのでしょうね。
命の儚さを感じると、何故か涙が出てしまいます。
そんな限りある人生だからこそ美しいのでしょうね…。
人は、どこから来てどこへ行くのでしょうかねぇ?
その答えは分かりませんが、
過ぎ去ったことに引きずられたり、
まだ起こっていないことに惑わされたりすることは、
とても時間の無駄だと思います。
今、この時に生があることに感謝して
精一杯生きたいですね。