手帳と聴覚障害者
耳
毎日新聞 によると北海道で起こった聴覚障害の身体障害者手帳不正取得疑惑で、北海道社会保険事務局は30日、問題の医師の診断書に基づき障害年金を受給していた137人のうち110人への年金支給を4、5月分から停止すると明らかにしたということです。また同紙の別の記事 では、札幌市は26日、虚偽診断書を大量に作成したとされる指定医で、医療法人社団愛生会「札幌駅前耳鼻咽喉(いんこう)科・アレルギー科」の医師に対し、「診断能力に大きな問題がある」として、身体障害者福祉法に基づく指定医を取り消した由です。
この問題は昨年の暮から報道され始め、今年の2月の終わりごろから様々な記事が断続的に出ていました。大きな扱いになることは余りありませんでしたが、地方の福祉行政の不祥事としては報道量は多かったように思えます。中でかなり大きな記事だったのは3月17日頃(地方により違います)の朝日新聞で、東京では朝刊で「聴力偽り?障害手帳 札幌の医師診断、300人返還」。夕刊でも「看護師・民生委員も取得 聴覚偽装最重度の「2級」 障害者手帳」と続けています。
中で問題となったのは夕刊の記事で、「最重度の「聴覚障害2級」の障害者手帳を取得した人の中に、赤平私立病院の看護師や芦別市の民生委員が含まれていることが朝日新聞の調べでわかった。「2級」は補聴器を使っても聞こえない状態とされ、看護師や民生委員の職務をこなすのは難しい。2人ともすでに手帳を返還し、民生委員は辞職している。」というものです。実を言うと最初は私も読みすごしていたのですが、あるMLでおかしいと指摘していたので気づきました。偽装の実態は別として、まず現在の看護師の資格は聴覚障害ということだけでは欠格にはなりません。民生委員にいたっては身体障害でもって欠格とされたことは過去にもありません。「職務をこなすのは難しい」というのは誰の判断なのでしょうか。たしかに楽ではありませんが、こういう文脈で「難しい」というのは、2001年に欠格条項が改正される以前の硬直した考え方です。
以上を含めた記事全体について日本ろうあ連盟が朝日新聞に抗議状 を出しています。これに対して朝日新聞は2級の聴覚障害について「『看護師や民生委員の職務をこなすのは難しい』と表現したことにつきまして御説明します。これは、自治体に取材する中で得られたコメントを踏まえたものでした。しかし、職業選択の制限の不当性、さらにはその撤廃に向けた貴連盟の長期にわたる運動にていて改めてお指摘いただき、認識を新たにした次第です。」と回答 しています。いかにも弁解調で、取材中に得られたコメントであれば無批判に引用せず、自治体の意見であることを明らかにした上で記事にすべきではないかとか、「・・・改めてご指摘いただき、認識を新た・・・」というのは抗議を受けた場合の文例集があるのではないかなどと、いくらでも突っ込みようがある回答です。要するに、障害者なら障害者について、普段からよほどしっかりした認識を持っていないと、いざというときに不勉強が露呈するものだということでしょう。
実は私がこの件で一番書きたいことは、2段目で触れた報道される期間が長かったということです。この事件が繰り返し報道されるようになったのは2月中旬のイージス艦事故のすぐ後くらいからですが、後者について今でも報道は時々ありますが断続的で、障害者手帳の事件とは問題のスケールが違うことを考えると奇妙な感じが拭えません。新聞の投書欄に、この事件の報道で聴覚障害者の肩身が狭くなったというのもありました。あるいはこの現象は社会保障費の削減とつながっているのではないかというのは考えすぎでしょうか。この手帳に報道の中で、障害者に年金があること、移動にあたって補助が出ることがあること(これには他の事件もありましたが)、税金の控除があることなどが繰り返して触れられるので、それらを知った人々の間で障害者の「優遇」に対する風当たりが強くなることを期待しているところがあるような気がするのです。この件について息永く情報を出していくのは、これは当然労働厚生省のサイドしかありませんから、少しでも支出を減らして年2200億円削減という目標に近づけようとしているのではないでしょうか? 陰謀史観にすぎると言われそうですが、社会保障予算の削減額 も誤解させたままであることも考え合わせるとどうでしょうか。
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数字で人をごまかす人
予算節減
小泉首相、竹中総務相の体制で定められた「骨太の方針2006」では、社会保障費を毎年2200億円削減することにより、5年間で総額1兆1000億円を削減しようとするものであると言われてきました。私などはそれをそのまま受け取り、道路予算の10年で59兆円というものと対比させ、現在の与党の政治は人間の生活生命より道路の方を大事にするのかなどと思っていたのですが、実際の事態はもっと悪質だったようです。
自民党の「療養病床問題を考える国会議員の会」(会長・中山太郎衆院議員)は5月23日の会合で、宮崎県のけんなん病院の藤元秀一郎理事長は、「実際は総額3兆3000億円の削減になり、10年間で11兆円の削減になる」との試算を示したというのです。これはヤフーニュースで知って元の「最新医療情報CBニュース 」で確認したものですが、指摘されてみるともっともなことで、2200億円削除された予算は、翌年にはその2200億円削除されたものがベースとなってさらに2200億円削除され、その次の年のベースは4400億円削除されたものとなるわけです。つまり、5年間の削除総額は2200×5ではなく、2200×(1+2+3+4+5)となるので、2200×15=3兆3000億円、これが正しい数値であったわけです。
これで思い出すのは曾呂利新左衛門がご褒美として豊臣秀吉にねだった「一文倍増し 」で、曾呂利は最初は一文、次の日は二文、三日目に四文と毎日倍ずつ増して、三十日分欲しいと、秀吉に願ったのですが、これは実は三十日目に、536,870貫912文となるとわかり、さすがの秀吉も降参したというものです。これほどでもありませんが、小泉内閣以来の与党と官僚は、とんち話も応用して国民をたぶらかそうとしていると言われても反論できるでしょうか? 小泉氏自身はここまでは気づかなかった可能性はあります。気がついても歯牙にもかけなかったであろうということは別としても。しかし大ブレーンの竹中氏は何しろ経済学者であることを標榜しているのですから、気がつかないとしたら経歴詐称業績詐称もので、一般に誤解させていることは百も承知で黙っていたのでしょう。現在も勝手なことを喋り散らしていますが、参議院議員を辞することによって、ちゃっかりと説明義務の履行からは逃れています。ヒトラーがいくら天才でもゲッペルスの存在がなければ、一時とは言えああは大きな権力を握れなかっただろうと、これは連想です。
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「だし」の謎
cooking
後期高齢者医療制度とか裁判員とかの難しい課題もあり、小旅行もしていたのですっかり更新を怠っていました。今回は息抜きのようなテーマですが、料理番組などでよく出る「だし」についてです。
料理のレシピによく「しょう油スプーン(大)2、だしカップ1」などとありますが、この「だし」とは何を指しているのでしょうか。だしの材料として鰹節、昆布、煮干などがあるのは知っていますが、単に「だし」と言われてもちょっと見当がつきません。専門家の作る料理であれば、「だし」についても種類の指定がないはずはないと思うからです。出来合いのだしの瓶詰めがありますが、これもかつおだし、昆布だしと明記してあるものもあり、「基本だし」というのもあるにはありますが、わざわざレシピを見て作るのに、そのような一般的なものでいいのかとも思ってしまいます。
早い話が「出汁」と書かれることがありますが、これの正しい読み方は「だし」「だしじる」「でじる」のうちのどれなのでしょうか。ヤフーの辞書でもはっきりしません。それに、今気がつきましたが、粉末状のだしの素といったものもあります。これはどの分量をどの分量の水(湯?)に溶かせば標準の「だしカップ1」に該当するものになるのでしょうか?
毎日料理を作る方には問題にもならない疑問でしょうが、たまにレシピを見てやってみようかという者としては、分量的に比重が高そうで、全体の味を左右しそうな「だし」については大いに迷うところです。「基本だし」ですませようとしかけたら、そういうときに限って「だし」の作り方も説明している、というようなことになりがちですし。
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説明責任--竹中平蔵氏の矜持のほど
huntsman
2月のこのブログで『生霊の「啓蟄」 』と題して竹中半蔵氏の露出が増えてきたことを書きましたが、その傾向に拍車がかかっているようです。ただ私は聞こえないので、テレビで発言していても内容がわからないのが残念なのですが、土曜日(25日)のTBSテレビの「報道NEXT」という番組にチャンネルを合わせると字幕がついており、竹中氏がキャスターの隣に座っていました。「あとでゆっくりお話をうかがわせていただきます」と言われていたので、いい機会だと録画の予約をわざわざ外して、そちらに切り替えました。1時間以上の番組だったので、後で早回しで竹中氏の発言あたりだけ確認しようと思ったのです。
ところが後で再生して見るとあいにくなことにと言うか、よくあることなのですが、いろいろなニュースを出してから「字幕はここまでにさせていただきます」という、お断りの字幕が入りました。私の目論みは外れたわけですが、それでもニュースの間に「ここまでのニュースをご覧になって、印象に残ったものはありますか」と水を向けられた竹中氏が、「六本木ヒルズの屋上が開放されたのはいいですね。東京が一望できます。外国の都市に行くと一番高いところに行って市内を見渡すものですが、東京にもそういうところがあるのはいい」。ただでさえ高所恐怖症の私にはそういう趣味はありませんが、上からの目線で物事を考え、地べたを這い回っている一般国民のことは眼中にないという、竹中氏のメンタリティがよくわかる発言でした。
「竹中平蔵公式ウェブサイト 」というのがあり、最近の動静やら執筆やテレビ出演の記録やら、講演依頼の書類の書式まで付いていて至れり尽くせりです。私の見たのでは最新が26日の日程ですが、どういうわけか載っていないものに『週刊文春』4月17日号の作家幸田真音氏との対談『ニッポン経済の『ここ』が危ない!』があります。全体として官僚に甘い福田首相を批判するトーンのものですが、竹中氏は半年前に「日本の経済は悪くなる」と書いているそうで、「その通りになってしまいましたね」といささか誇らしげ。も少し前には誰が権力を握っていたのかと思うと、たちの悪いマッチポンプの類で、後で大きな顔をするために何か仕込んでいたのではないかとさえ思いたくもなります。
続けて「日本経済が悪くなっている理由は三つあります。第一は、日本経済に対する期待成長率が低下したこと。これは政治の責任です」。よくも言ったりで。これもついこの間まで竹中氏本人が責任者一人だったのではないでしょうか。自民党が大敗を喫した一因となった「後期高齢者医療制度」も、小泉=竹中政権の後遺症の一つですが、そのマイナス面が明らかになりつつある現在でも、責任は取らないが大きなことは言うという教師に教えられている慶応の学生は気の毒です。責任は取らないで勝ち組になろうという志向の者にはふさわしい講義をしているのかもしれませんが。
一番噴飯ものであったのは、コンプライアンスを重視しすぎてはならないということの例として、「その象徴が建築基準法。耐震偽装を防がなくてはならないからとルールを作ったものの、厳しすぎて、それをチェックする態勢がまるでできていないことが後でわかった。結果、住宅着工件数が30%も落ち込んでしまったというのは、政策としてムチャクチャです」。建築基準法改正は2006年で、施行が07年だったので、06年の秋までは閣僚だった竹中氏は関係はないのかなどと言っても馬の耳に念仏でしょうが、しかし竹中氏が音頭を取った規制緩和で建築物の確認・検査が民営化されたことにより、構造計算書偽造問題も出来したという経緯は、竹中氏の念頭にはないのでしょうか。
また次のような個所もありました。幸田氏が「私の年金も消えていた」と言ったのに対して、竹中氏は「じつは私も消えていた(笑)。〔中略〕こんな簡単な記録さえできない人に、さらにむずかしい、消えた記録を探し出すなんて、できるはずはない」。竹中氏も国民年金の保険料を支払っていなかったが、同じ小泉内閣で保険料不払いの責任を取って現首相の福田官房長官は辞任したのに、竹中氏は居座って参議院議員に立候補したということを思いあわせると、この対談はお笑いとして読むべきかとも思わされます。
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後期高齢者医療制度と障害者(3)65歳の岐路
(2) に書いた「東京いきいきネット」から送付された小冊子ですが、正確なタイトルは「一定の障害がある方と75歳以上の方へ 平成20年4月スタート」というものです。発行は 平成20年3月となっています。「内容は、政省令及び厚生労働省資料などをもとに作成しております。今後、制度改正などにより内容が変更になる場合があります。」と最後に付記してあります。
まず気になる制度への移行(加入)と脱退(障害認定の撤回)に関係あるところを見ると、「新たな後期高齢者医療制度の始まり」という序論のようなところに、
65歳から74歳までの一定の障害がある方も含め、現在、老人保健制度に加入の方は、平成20年4月から後期高齢者医療制度に移ります。
ただし、65歳から74歳までの一定の障害がある方で、障害認定を撤回する場合は、後期高齢者医療制度に移らずに、国民健康保険又は社会保険に加入します。
次に「1.加入者」というところに以下のように書いてあります。
65歳から74歳までの障害認定を受けている方は平成20年4月から、引き続き後期高齢者医療制度の被保険者となりますが、いつでも障害認定を撤回することができます。障害認定が撤回された場合には、後期高齢者医療制度の被保険者とはならず、国民健康保険又は社会保険の加入を続けることができます。
私は目下64歳11ヶ月ですが、障害者として制度的に医療費は1割負担となっており、酸素関係の費用で月々の支払いは12000円で、これ以上は高額医療費ということで国民健保で出してもらっています。「撤回」するとその後はどうなるのか、あるいは障害認定を受けないでおいたらどうなるのかが知りたいのですが、この小冊子には出ていません。
ところが「東京いきいきネット」のQ&A を「撤回」で検索したら、次のような記述が見つかりました。
Q. 65歳~74歳の障害認定の撤回により、何が変わるのですか?
A.一部負担金の割合が、65歳以上70歳未満の方は3割負担、70歳以上75歳未満の方は原則2割負担(平成20年度は1割)となります。
Q.障害認定撤回後、自己負担はどうなりますか?
A.[1] 65~69歳の方は3割負担
[2] 70~74歳の方は原則2割負担(現役並み所得者は3割)
※ただし平成20年度については原則1割負担。
つまり一度障害認定を受けて新制度に移行すると、保険料が高くなるなどの理由で撤回しても、それ以前の1割負担がなくなって一般と同じ3割になると読めます。一部の自治体で報道されているように勝手に新制度に移行させられていたら(つまり勝手に「障害認定」をされたら)一大事なわけで、私など自分で電話に出られませんから、家人には勧められても即答するな。前向きの言い方もするなと、厳重に言っておかなければなりません。
はじめから認定を受けなければどうなるのかについて、匿名で日本共産党に質問してみました。さすがなもので二日目あたりに回答があり、
65歳以上の障害者の方は、自動的に後期高齢者医療制度に加入するのではなく、本人が申請して認められた場合に限られます。後期高齢者医療制度に移らない場合、つまり、「障害者で65歳になっても、認定を受けない場合」は、いまのままです。
ということでした。一安心ですが、しかし公的情報にはこういうものはなく、「東京いきいきネット」あたりに聞いてみるつもりですが、明快な回答は必ずしも期待できないでしょうから、今後とも不安は続くのかもしれません。
以上、杞憂もまじっているかもしれませんが、それは何よりも厚労省をはじめとする政府当局の広報努力の欠如に由来するものだということを、ここに明記しておきます。それを前提として、このシリーズはまだ続けざるを得ません。
☆小泉は 触れないで通す 新制度
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車本位制?
シーソー
ガソリンが安くなるのはたしかに福音で、値上がり続きの昨今だとなおさらのことですが、手放しで喜んでいいのかという気がしないでもありません。ガソリンが安くなると車の利用度も増し、環境によくないという福田首相の言葉はあちこちで冷笑の的になっていますが、環境問題に直結させるところはおかしくても、車利用の増加が問題でないことはないという意味ではあながち誤りでもありません。
車及びその利用が増えて、一番被害を受けているのは高齢者、なかんずく地方の高齢者でしょう。地方でなくとも都会でも道を歩くのに危険を感じさせられていますが、地方では公共交通の利用者を減らすことにより、高齢者の利用しやすいバスなどの交通機関をの採算を悪化させ、廃止に追い込んでいます。高齢者は車に乗せてもらうことによって利便を与えられてもいますが、バスの類がなくなることによって自立した行動をとりにくくさせられているのは事実です。人の車に乗せてもらえない境遇の者もいるのです。ガソリンなりマイカーなりに高率の税をかけ、公共交通を復興させるというのも一つの政治だと思います。
一方で最近よく聞くのは高齢者が運転免許を返上するという動きです。運動神経や精神上の老いから年とともに自動車運転が危険なものになることは否定できず、高速道路の逆送といった事件も起こるので、免許の返上は好ましい傾向とも言えましょう。ついでに運転しなくなった高齢者および運転しない高齢者の移動を、公共交通でサポートする体制があれば言うことはありません。
しかし運転免許を返上した者に特典を与えるというのを聞くと、いささか首を傾げてしまいます。「免許証を返上するとこんな特典がある! 」という記事によると、「警視庁は4月から高齢者の運転免許自主返納をサポートする事業を開始している」。「自主返還をすると『運転経歴証明書』が取得できる」。「この証明書にはさまざまな特典がある」。この特典というのには、「恩賜上野動物園」「多摩動物公園」「葛西臨海水族館」「井の頭自然文化園」に行くときに「証明書」を提示すると記念品がもらえるほか、ホテルのレストランが1割引になったり、デパートの配送料が無料になったりと、数多くあるそうです。
免許を持っている方々なら、別に返納する気持はなくても、この話はほほえましいものと受け取られるかもしれません。しかし始めから免許を持っていない者には、これでは踏んだり蹴ったりだなという思いを抱く者もあるのではないでしょうか。「返納」に対してインセンティブが必要なのはわかりますが、せいぜいのところ割引券のような一時的なものにして、車を利用してこれまで社会に様々な影響を与えた者に、終生特典が続くような形のものは遠慮してほしいと思います。
☆経歴で 一割引の 飯が食え
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後期高齢者医療制度と障害者(2)道遠し
old_man4月15日に保険料の年金からの天引きが始まり、「後期高齢者」に保険証も届き始めて、ようやくこの制度に関する報道が目に付くようになってきました。ブログでも「4・15ショックが広がっている 」、「コイズミの時限爆弾「後期高齢者医療制度」が炸裂した」 、「山口2区 の補欠選挙の前に野党が追及しなければならない事 」、「後期高齢者医療制度を批判してみせる塩川正十郎 」など多くの批判があり、中でも最後のものが引用している産経 に載った記事は、筆者が小泉内閣の財政相であり、経済的に恵まれている高齢者で、年金なんかいらない。手続きが面倒だ、などというような無神経な発言を繰り返している人間のものである点が興味深い。
自宅に「後期高齢者医療制度」の通知が役所から郵送されてきた。私は昭和21年の復員後から60余年、86歳の今日まで無我夢中で働き、懸命に人生を歩んできたつもりだ。しかし、その紙切れは私の人生を否定するものでしかなかった。
世間や社会の「別枠」「邪魔者」になってしまったのか…。例えようのない寂しさ、悲しさに襲われた。新制度の対象とされた75歳以上の人々のだれもがそうであろう。
ここまではまあきれいごととも言えます。しかしそれに続いて、
というのはいくらか本音でしょう。新幹線の中でというならば、相手に人も多分グリーン車の乗客。この制度は経済的に云々という前に、高齢者の心を傷つけているのです。
国家として福祉財源を稼ぐ努力をしてほしい。今回の後期高齢者医療制度は財政上の都合ばかり優先され、人間味が欠けている。国がちゃんと仕事すれば、若者も老人ももっともっと元気になる。
と結んでいるのはお約束どおり微温的ですが、これがあの産経に載ったというところがこの制度の非道なところを明らかにしていると言えるでしょう。しかし上のいずれにもこの制度の障害者に対する影響には触れていません。おそらくは知らないのでしょうが、こういうときこそマスコミに報道してほしいものです。この制度と障害者のかかわりは、制度の非人間的な面のサンプルとなるからです。
新聞記事の例ををあげると、まず「混乱する-後期高齢者医療制度- 障害者は65歳から“強制加入” 」。これには「一部の県では、同制度に加入しないと、障害者対象の医療費助成を受けられない。事実上の強制加入によって新たな保険料負担が生じたり、負担額が増えたりする人たちも。『なぜ、同世代の健常者と同じ扱いではないの』という障害のある対象者の訴えは切実だ。」とあり、いくつかの具体例が述べられています。また「後期高齢者医療、重度障害者に事実上強制加入…10道県 」によると、「4月から始まった75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度(長寿医療制度)で、例外的に加入が認められている65~74歳の重度障害者に関し、北海道、青森、山形、茨城、栃木、富山、愛知、山口、徳島、福岡の10道県が事実上の強制加入を求めていたことが16日、明らかになった。」とありますから、これらの報道で、65-74歳の障害者がこの制度に移るのは一部で言われているのとは違い、強制ではないことが逆にわかります。
ところで前報で触れた「東京いきいきネット」ですが、「 障害者向け 制度を解説した『点字版小冊子』と『案内テープ』を作成しました」 と記載しながらその原本が見当たらないので請求したらファイルを送ってくれました。ファイル名が「点字原稿・墨字確定版」なのはいいとしても、「内容としましては、被保険者証をお配りした際に同封しました『後期高齢者医療制度のしくみ』と同じになります。」と添え書きがしてありました。そういうことならば65歳に後20日ほどの私にも既に届いていてよいのではないかと思いました。選択の余地はあるらしいですから、この内容を見てどうするか決めるというのがまっとうな手順でしょうが、他の手続きをとってしまって(あるいはいくつかの自治体のように強制されて)新制度に移り、保険証を送付された時に初めて読んだのでは、改めて選択しようにも時期が遅れて不利益を被る可能性があります。手順前後で勝負を失うことが囲碁ではよくありますが、同じことにならなければ幸いです。勝負をするのは厚労省だが、勝ち負けをつけられるのは障害者・高齢者だというのでは、なおさらたまったものではありません。
☆まずは跳べ 考えるなら 後にしろ
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後期高齢者医療制度と障害者--厚労省情報を発せず
介護
しばらく更新をさぼっていました。書きかけのものはあるのですが、それがあると他のテーマが書きにくくなるので、一旦棚上げにして喫緊の問題を取り上げます。それが標題の「後期高齢者医療制度」なのです。遅まきながらマスコミも取り上げ始めましたが、私自身にとって問題である、この制度が適用されるのは75歳以降なのに、1-3級などの障害者の場合は65歳から適用されることになっているという点についての情報はないようです。これまでの国民健康保険についてはどうなるのか? 低率であった自己負担の金額は? 税金の控除などこれまで障害者手帳を持つことによって受けていた保障はどうなるのか? 何しろ目下64歳11ヶ月なのですから、情報を集めるのに焦るのは仕方がないでしょう。
検索したところまず「後期高齢者医療制度という棄民制度、厚労省の大嘘 」というのがあり、「2008年3月31日までに、身体障害者認定の撤回を市町村に自ら申し出ない限り、65~74才の身体障害者(1~3級)は、本人への説明も同意もなく、広域連合によって強制的に後期高齢者医療制度に組み込まれます。私が調べた限りでは、65~74才の身体障害者に対して後期高齢者医療制度への強制加入により現実にどうなるのかを知らせる広報活動は皆無です」。また「身体障害者認定の撤回を役所に申し入れることで、65~74才の身体障害者は後期高齢者医療制度から逃げることができますが、身体障害者手帳を返上すると、保険料を滞納することによる被保険者証取り上げ・資格証明書発行を避けられません。つまり65~74才の身体障害者には逃げ道がないのです」とのことです。以下を見るとこれらには杞憂も含まれるようですが、公的な説明があまりにも欠乏していますから責めることはできません。
一方では人に教えられたのですが、「東京いきいきネット 」というのがあり、これは東京都後期高齢者医療広域連合のオフィシャルサイトということで、制度のマイナス面にはもちろん触れていません。「障害者向け 制度を解説した「点字版小冊子」と『案内テープ』を作成しました」とあるのですが、その元本となるべき文字版は見当たりません。厚労省のサイトなどは素人にはとても読みこなせないですから、障害者用の解説があるのであればネットに掲載してほしいものです。サイトを詳しく見るとQ&Aがあり、開けてみると保険料とか手続きとかのカテゴリー別で検索ができるようになっています。そこでカテゴリーを特定せずに「障害」で検索すると25項目が示されました。
これらを見ると65-74歳の障害者はまず障害者手帳等で障害認定を受け、その上で後期高齢者の保険証を受け取ることができます。強制的に「後期高齢者」にされることはないようですが、障害認定を撤回した場合は受診のときの本人負担額が健常者並にされるということです。ただし、65歳以上の障害者が障害認定を受けないままにしているとどうなるかには触れていません。いずれにしても障害者手帳はそのまま保持できるようです。私の名前で国民健康保険に加入している家内が、私が「後期高齢者・・・」の方に移るとどうなるかが気になるのですが、これにも触れていません。
テレビを見ていると、どこかの市の窓口に届いたこの制度のマニュアルが映し出されました。いつ届いたかというと3月31日だそうで、施行は4月1日です。マニュアルの厚さは5センチくらいありましたから、当面はどこに問い合わせてもまともな回答はかえって来ないということなのでしょう。多くの省庁の中でも、厚労省がもっとも個人の生活にかかわる省だと思うのですが、その省が情報を早く伝えるということに興味がないかのようだということは、「骨太の政策」で毎年福祉予算を2千億円削減しなければならないところから、あるいは不安を与えて、そのことで高齢者や障害者が淘汰される一因を作ろうとしているのかとさえ邪推したくなります。国家公務員制度の改革で、政治家に政策を説明する官僚を「政務専門官」に原則制限するとか言われていますが、それより先に各省庁に「広報専門官」を置いて、当該省庁の施策を早くわかりやすく国民に伝えることに専念させてはどうでしょうか。
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政治より政治的なオリンピック--北京東京枢軸(2)
古代オリンピック
このタイトルでの(1)は1月11日 に書きました。これまでことあるごとに中国を誹謗し、中国はその石原知事を非難していたのに、1月になって中国がオリンピック期間中に北京を訪問するよう石原知事に招待状を出し、知事も「オリンピック開催中に北京に行きます」と語っていたというのに呆れて書いたのですが、最近のチベット情勢や新銀行東京をめぐる石原都知事の無責任な言動を見ると、多少の先見性はあったかなと思います。
チベット情勢について石原知事が記者会見 で述べていますが、杉並区長がオリンピック開会式の出席を再考すべきとの声明を出したがと聞かれて、「まあ、いろんな意見があるでしょうね」と受けて、ダライラマとは個人的に親交があるとか、以前からチベットに対しては同情的であったとか、あまり内容のないことを答え、中国に対する批判がましい言葉は、「ああいう共産党の軍事政権の独裁国家ですから、情報ってものも制限があって、私たちが直に見聞することができない情報ってのが隠されていると思いますね」くらいで、これがあの石原氏かと驚くほどです。そして、「で、オリンピックに出るか出ないかはこれから先の情勢を見ないと。中国の政府も今みたいに情報を閉鎖することだけでは世界の理解はなかなか得られにくいと思いますよ」。
中国の支持でもって2016年のオリンピックを東京に招聘しようという下心が、石原氏には似合わぬ抑制された反応となっているのは確実ですが、一人の扇動政治家の態度を変化させるほどにオリンピックは政治的な力があるのです。ヨーロッパ等の首脳がチベット情勢への抗議のために開会式を欠席するという動きの中で、石原氏と、もう一人福田首相の及び腰の姿勢は注目すべきでしょう。
何もオリンピックを中止せよというのではありません。ここで言いたいのはオリンピックは政治的に無垢であるという信仰は誤りであるということで、政治なりマスコミなりがオリンピックを至上のものと扱うのは、それなりの魂胆があるからだということです。ロンドンまでの開催地は決まっていますが、オリンピックの政治的な中立性を守りたいのであれば、それ以後はいわゆる「大国」は開催国となることを辞退するべきだと思います。それがオリンピックが消滅しないための方法です。大国が開催するとなると、政治的事件があってもそれを押し切ってオリンピックを開く力がある。モスクワおよびロスの2大会がいい例ですが、「オリンピックの間は戦争は中止」的な「伝統」は大国なら無視してしまえる。そのことによって様々な軋轢が出来しても、そんなものは押しつぶしてしまえる。中小国ならそうはいかないでしょう。オリンピックを行ないたいなら何かの紛争があっても必至にそれを解決しようとするに違いありません。ここで古来からのオリンピックらしさが生き返る可能性はあります。「大国」というのは国連の常任理事国とインド、日本、ドイツあたりですが、これらの国々は他の国際競技会をいくらでも開催できる。ことオリンピックに関しては裏方専任となってほしいものです。
☆大国の 驕り高ぶり 五輪消す
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視覚障害者が知事に--アメリカの話
ニューヨーク州旗
買春事件で辞任したニューヨーク州のスピッツァー知事の辞任を受け、同州のデービッド・パターソン副知事が17日に後任の知事に就任しましたが、産経新聞 の記事では「ニューヨーク州では初めての黒人知事。パターソン氏は盲人認定を受けており、米史上2人目の目の不自由な州知事となる。」とあります。「盲人認定を受けており」というのが意味不明ですが、おそらくはこのことを報じているいくつかの米のウェブサイトに、"legally blind"とあるのを訳したものと思われます。その内容については知人にも聞いてみたところ、正常視力の者が200フィートの距離から見えるのと同等に見るために、矯正した上で20フィートにまで近寄らねばならないのがlegally blindである者であり、また視力は正常でも、視野が20度以下の者もlegally blindであるとされている、という情報を教えていただきました。「米史上2人目の・・・」という点については検索の仕方が悪いせいか不明です。障害をもっていた知事となると、F.D.ルーズベルトなどが思い出されますが。
パターソン氏の経歴はニューヨーク州知事のウェブサイト によれば、1985年に31歳で同州の上院議員となり、2003年にそこで少数派の代表議員に非白人として初めてなっています。04年に民主党の全国集会で演説した最初のlegally blindである者となり、07年にニューヨーク州の初めてのアフリカ系副知事、そして08年にlegally blindである者としてまたアフリカ系の者として、ニューヨークで最初に知事の宣誓を行なった、とあります。クリントン氏とオバマ氏が、女性として、あるいは非白人として、それぞれに最初の大統領となろうと激戦を続けている現在にふさわしいニュースと言えるでしょう。検索中に2006年のメリーランド州の知事選で、知事候補と組んだ副知事候補はやはりlegally blindの女性という記事がありましたから、非白人ないしアフリカ系、障害者、そして女性といった代表的マイノリティが、トップの地位につくということには対してアメリカ人は、我々が思うよりは慣れてきているのかなと思わされました。
それにしてもこのパターソン氏のキャリアは堂々たるものです。よくわかりませんが、必ずしもマイノリティを売り物にしてのし上がったというものではないようです。最初に州上院に当選した1985年といえばADA(アメリカ障害者法)成立の5年前で、ADA以前から障害をもっているということで足を引っ張られることが、すでに少なくなっていたのでしょうか? もっとも、障害者の中でも視覚障害者は昔から社会的に進出する者が多いということはあります。もともとアメリカは日本にくらべて弁舌の巧みさとか演説のうまさが評価される社会ですから、視覚障害に限らず才能のある障害者が頭角を現しやすい社会と言えるでしょう。日本ではその点弁舌についてはマイナスになりかねない傾向があり、全人格的な何かが求められることが多く、企業や官庁などの組織ではスペシャリストよりゼネラリストの方が上に行くので、障害者には厳しい社会と言えるでしょう。
アメリカではADA成立時の教育省かどこかの次官が聴覚障害者だったと覚えているのですが、聴覚障害者が各方面で活躍しているというのはそれほど聞かないので、やはり「弁舌」の点で損をしているのかなと思います。日本の場合は大勢の前でしゃべるという能力はそれほど求められなくても、「電話番からはじめる」という第一歩で大きなハンディがあります。メールが普及してもそれで聞こえないことが相当代替されるとまでは気がつかない人も多いので、パソコンや携帯によるメールを使うことが天性のようになっている世代が多数を占めるようになれば、少しは変わってくるでしょうか?
☆日本では 知事の話題は 別のこと
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