回廊を行く――重複障害者の生活と意見 -7ページ目

どんだけ盗聴?

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ニューヨーク州のエリオット・スピッツァー知事(48)による買春疑惑が表面化したと10日に報道されたそうです。読売新聞 によると「疑惑は、連邦捜査当局による高級売春組織摘発の中で浮かび上がったもので、同紙によると、同知事は先月中旬、訪問先のワシントンのホテルにニューヨークから高級売春婦を呼んだ。売春組織への電話が当局に盗聴され、同知事と特定された」ということです。

同氏は知事であるだけでなく民主党の大統領候補であるヒラリー・クリントン氏の有力支持者で、大統領候補決定に一票を持つ代議員でもあったと言うのですから、その後知事を辞任したのはやむを得ないでしょう。その後の報道ではこの知事の買春行為は一過的なものではなく、売春組織の「お得意」であったそうですから、それが後になって脅迫行為につながって州政がゆがめられる恐れもあったわけで、公職から退くのは当然です。買春ではありませんが、公職にある者が愛人を囲うといったことは日本でも少なくないのですが、これが失脚につながらないのは外国人にはどう受け取られているでしょうか?

閑話休題。引用した記事を読んで何か引っかかるところはなかったでしょうか? それは「
売春組織への電話が当局に盗聴され、同知事と特定された」というところです。ブッシュ政権が同時テロを奇貨として、市民生活に対して人権侵害につながるさまざまな手段を増やしているのは承知していますし、盗聴にしても規制のあるのは表向きのことで、実際にはやり放題だということも容易に想像できますが、それにしても買春行為発覚のきっかけが盗聴だと、堂々と報道されるのを見ると、世も末の感じです。

もっともアメリカの盗聴に関する法規がどんなものかはよく知りませんし、買春行為が犯罪であるかもわかりません。日本の場合で言えば、盗聴法、正式には「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」が、その付則で盗聴が可能なものとしているのは麻薬・大麻、密航・不法入国、武器製造・保持、組織的殺人及び未遂等に関する9項目です。実際はもっと広範囲に盗聴が行なわれていることは考えられますが、法廷で盗聴を公言できるのは当然これらの犯罪の場合に限られます。アメリカでも盗聴はおそらく国際テロと麻薬犯罪、それに組織犯罪が中心でしょう。仮にテロや組織犯罪捜査の過程で盗聴して売春の顧客に関する情報が得られてとしても、それが実名で公になるというのには考えさせられます。大統領選がからんでのリークとも思われますが、それが可能であることは恐ろしいと言っていいことです。

日本では盗聴法の時もそうでしたが、反対する者は常に拡大解釈の危険を強調します。いわゆる共謀罪でも同じです。政府側は法律で枠をはめてあるから懸念はいらないと主張しますが、このアメリカの例は、ニュースと法制度についての正確な知識はないことを強調しておきますが、それでもやはり楽観してはいられないことを教えているような気がします。

☆民主主義 教えた国の 便宜主義


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天唾症候群-2-自民党の伝統(?)

唾 唾吐くべからず

「天唾症候群」というのは2006年9月6日 に書いたもののタイトルで、当時は自民党の総裁に安倍氏が有力という段階でした。この総裁選で当時の小泉首相が後継総裁をめぐる各候補の政策について、靖国神社のことは取り上げないほうがよいと言い出したけれど、この数年で最初に取り上げたのは小泉氏自身であるので、小泉氏のこの発言は天に唾するものとしか思えない、といったものでした。当時の自民党幹事長などの言動も取り上げていますが、歴史は繰り返すというか、今日8日に伊吹幹事長が民主党が新日銀総裁の候補に反対していることについて、読売新聞 によれば「政局で思う通りにならなかったから(日銀総裁人事を)認めないのは、権力の乱用だ。粛々と総裁を選び、国民のために正しく参院の多数という権力を使ってもらいたい」と批判したということです。

伊吹氏の発言には二つ問題があって、まず日銀総裁人事については民主党等が反対すれば参議院で承認されず、今回提示された候補には民主党が否定的なのにわかっていたのにかかわらず、時間的な制限ギリギリの時点で候補名を明らかにし、おまけにその前の段階で衆議院で強行採決を行い、話し合いの雰囲気を壊したのは政府自民党であるのに、自分たちの思うようにならないと批判する資格があるのかというのが一つ。もう一つは「権力」という言葉の使用です。

この「権力」については朝日新聞 によると「
民主党は昨年夏の参院選で多数という権力を手に入れた。」という前提となる発言があるようですが、ここで「権力」という言葉は果たして妥当でしょうか。議会の多数を得たことにより法案等を否定できることは、選挙の結果であり、せいぜいが「権限」とでも言うべきものです。もし伊吹氏の言葉遣いが正しければ、自民党は過去において議会の多数によって権力を壟断していたことを認めるのでしょうか? それは認めないでしょう。それが議会政治というものだというでしょう。政権を持つ者が行なえば議会政治であり、持たない者が行なえば権力の乱用だというのは、まさしく天に唾するものではないでしょうか?

このような状況を作ったのは直接には2月29日夜の平成20年度予算の強行可決ですが、これによって野党の審議拒否となった現状をマスコミ等は批判する傾向が強いようです。貴重な審議時間を空費しているのは、たしかに見た限りでは批判の対象になりやすいのですが、実は似たようなことを与党も行なっていることはほとんど報道されていません。この
通常国会で民主党は介護人材確保法案障害者自立支援法「応益負担廃止」法案 などを議員提案として提出しているのですが、与党が審議に応じていません。他にも医師不足解消法案、派遣法改正法案、肝炎医療費助成法案なども予定されているそうですが、すべての法案審議を与党は拒否する姿勢といわれます。 いざ、厚生労働委員会で審議をすれば、なかなか反対できない法案なので、与党は審議を拒否していると思われても仕方がありません。悪い法案だと思うならば、正々堂々と審議して反対すればよいことです。「審議拒否」といって批判するのならば、与党も同様に批判されてしかるべきですが、どういうわけかマスコミは取り上げません。もっとも民主党側のやり方もうまくはないので、ガソリンと日銀総裁に集中せず、テレビ中継のあるときなどに、もっと粘り強く提案済みの議案の審議促進を訴えるべきでしょう。

「権力」という言葉を幹事長が使ったことで思い当たるのですが、今の与党は政治を行なうことと権力の行使を同義と見なしているのではないでしょうか。
障害者自立促進法における「応益負担」、つまり支援を受けることの多い障害者ほど多額の費用を負担しなければならないというシステムなど、対象となる人々に益となる政治を行うのではなく、それらの人々に対して「権力」を行使するという発想から来たものであることがよくわかります。もちろん民主党といえども天唾症候群的な言動はありますし、権力奪取を意識しすぎるところもありますが、それらはまず与党について総括をした後で批判すべきものだと思います。

☆権力を 乱用するなと 権力者


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米大統領選挙と障害者

ADA
ADAにサインするG.ブッシュ大統領 (1990)

(ADA=Americans with disabilities Act: 障害をもつアメリカ人のための法律)



米大統領選挙のオバマ候補のサイトでは字幕入りの動画が見られます。
http://www.barackobama.com/closedcaptioning/



一方ヒラリー・クリントン候補の方では字幕はないようで、このためにオバマを支持するという聴覚障害者もいるようだという情報があり、確認のために検索してみましたら、STONE DEAF PILOTSという聴覚障害者と技術を扱う米のブログに、大統領選挙の各候補の障害者及び情報保障の政策に関する態度を総括した記事がありました。「候補者とアクセシビリティを評定する」という2月10日のものです。以下その概略を紹介します。
http://www.stonedeafpilots.com/?p=88


まず民主党のオバマ候補については「A+」に評定されています。そのウェブサイトでは主要政策の中に障害者をあげ、「障害をもつアメリカ人をエンパワーするオバマの政策」という長文のpdf文書を掲載しています。 http://www.barackobama.com/pdf/DisabilityPlanFactSheet.pdf
またウェブサイト中のすべてのビデオがクローズド・キャプション付で提供されていることも記しています。障害をもつアメリカ人協会(American Association for People with Disabilities:AAPDと略)が各候補に障害者政策に関する質問紙を送った結果のうち、オバマ候補の回答がリンクされています。

同じく民主党のクリントン候補の評点は「C」で、そのウェブサイトでは障害者はキャンペーンの主要項目としてはあげられず、きわめて探しにくいページにおいてADAに関連する彼女の政策の大略が述べられているとされています。ビデオページはリストによるとCCというしるしがついたものはクローズド・キャプションとなっているのですが、その数は多くないとしています。 
http://hillaryclinton.com/video/
実際に見てみると約110のうちCCのついたのは3割くらいで、その字幕も別画面に出る、どちらかというと日本で言うキャプションに近いものです。オバマ候補のものは画面の下に出て字数も多く、読みきれないこともあるのですが、こちらの方はそういうことはありません。AAPDの質問紙への回答がリンクされています。

共和党のマケイン候補の評点は「D」。氏は1990年にADAを推進した一人であり、また聴覚障害者のための大学であるギャローデット大の理事であった時期もあるとあります。しかし1995-96年の聴覚障害者に対してより多くのアクセシビリティをもたらすテレコミュニケーション法に反対投票をしており、彼のウェブサイトには障害者の項目はなく、ADAに関連する政策のようなものも見られず、またビデオにはクローズド・キャプションはありません。AAPDの質問紙に対してマケイン候補は回答していないとのことです。

共和党の他の候補であるハッカビー氏およびポール氏の評点は共に「F」で、ウェブサイトで障害者政策に触れていないこと、ビデオにクローズド・キャプションがないこと、AAPDの質問紙に回答していないこと、いずれも同じです。

以上が記事の大まかな紹介ですが、日本でもいずれは選挙の際に障害者団体が各党、各候補者についてこのように総括し、評定もするようになり、「差別化」を図れるといいのですが、そのためにはホームページの選挙での利用が認められ、すべての政見放送に字幕と手話がつくことが前提でしょう。もっとも、そうなっても障害者について触れる党・候補者の数が少なく、データがなかなか得られないことは、アメリカでさえ上記の通りですから、十分にありえることかもしれませんね。


☆関心と 配慮で元首の 資格あり


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無期が死刑に--ミスタイトルとその後

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以下は2月27日にyahooニュースにアップされた産経配信の記事です。27日の夜にダウンロードしておいたものですが、残念ながらその時のURLは控えておきませんでした。またその時点の産経のサイトもこの通りであったかも確認しておかなかったのは慙愧のいたりです。28日の朝にもyahooニュースにはこのまま残っておりましたが、産経のサイトにこの見出しはなかったようです。

死刑「確定」の守被告弁護団、異議申し立てへ 筋弛緩剤事件

2272229分配信 産経新聞

 

 患者5人に筋弛緩(しかん)剤を投与し、1人を死亡させるなどしたとして、殺人と殺人未遂の罪に問われた元准看護師、守大助被告(36)の上告審で、弁護団は上告棄却決定を受けて守被告と接見後に会見。28日にも最高裁に異議を申し立てる考えを示した。決定が確定すれば再審請求する方針。
 守被告は接見で「僕がやってない事実が変わるわけではない。これからも無罪を信じてくれる人たちと一緒に戦います」と涙を見せたという。
 弁護団の阿部泰雄弁護士は「再審無罪となった松山事件にもかかわったが、同じことになってしまった。守君と全力で戦い続けたい」と話した。

 

現時点(29日22時37分)のyahooニュースには「無期懲役『確定』の守被告弁護団、異議申し立てへ 筋弛緩剤事件」 というタイトルでまったく同内容の記事が掲載されています。またgoogleで「死刑 筋弛緩剤」で検索すると冒頭の記事がトップとその次に出ますが、それをクリックすると「無期懲役・・・」のタイトルの記事が出ますから、同一のURLであると思われます。2番目の方にはキャッシュがついており、これには「死刑・・・」の方が残っています。産経のサイトでは現時点で「筋弛緩剤事件 守被告弁護団が異議申し立てへ」と いうタイトルで内容は以上と同一のものとなっています。この方の配信は27日22時14分。

ミスといえばそれまででしょうが、yahooニュースにも産経のサイトにも訂正のようなものが見当たらないのは気になります。この事件にはいろいろ疑問点があるのを別にしても、一審段階から求刑にも「死刑」はなかった筈ですから、どこからこのようなタイトルが生じたのか、産経新聞もマスコミであるならばまず配信した媒体に訂正を申し入れ、そしてミスの生じた所以をきちんと調査して、その結果を公表すべきでしょう。あの誤った見出しが被告の関係者の目に触れた場合、どのような影響を与えたかを想像してみるべきで、この辺のマスコミの責務については、同紙の「正論」欄で論じるだけの意味があると思います。

☆一犬が 虚に吠えた後 察すべし


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生霊の「啓蟄」--竹中平蔵氏という妖怪

ブラフブラフ

竹中平蔵氏が衛星放送でレギュラー番組を持つ ということです。「くりぃむしちゅー上田晋也(37)とタッグを組んでニュースキャスターになる。4月6日にBS朝日がCS朝日ニュースターと共同でスタートさせる新番組『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』だ」そうです。無責任な言動とバランス感を忘れた「改革」で、日本の世相を底抜けに悪化させた張本人は小泉前首相と竹中氏のコンビだと私などは思っているのですが、一般にはそうでもないのですね。朝日と言えばこのコンビの政策には批判的と思っていたら、案外そうでもないそうで、今回の放送局も朝日系なのはとくに驚くことでもないようです。

竹中氏は朝日の本紙にも最近登場しましたし、小泉氏もこのところ発言が多くなってきました。この二人は小泉内閣が潰れて野に下ったというわけではなかったので、亡霊とは言えないでしょう。特に竹中氏の方はまだまだ役に立つつもりだったようですから、「生霊」というのがふさわしいかも。しかしせっかく比例区トップで当選した参議院議員を辞職しているのが不思議ですが、これは公職にあると何かとうるさい「説明義務」の履行から逃げたのだと解釈できます。

小泉・竹中の政策の結果と言えば「格差」ですが、これについて竹中氏の言い分は微妙に変わっています。08年2月8日の『朝鮮日報』に長いインタビューが載っていますが、その結論部で竹中氏は次のように語っています。

 「確かに、日本では格差が広がっています。世界的に見ても同じです。韓国も日本も、グローバリゼーション(世界化)という名のもと、経済のフロンティア時代に直面しています。フロンティア時代で格差が広がるのはやむを得ません。改革したから格差が広がったのではなく、改革をしても、しなくても格差が広がる時代なのです。格差はないほうがもちろんいいです。ですが“改革したから格差が広がった”と言って改革をしなければ、日本経済全体が活力を失ってしまいます。“格差”というのは、改革に反対する人々の政治的な言い訳、政治キャンペーンに過ぎません」

一方07年2月の『アサヒ芸能』誌では経済記者のフルフォード氏に格差について問われて、次のように語っています。

「日本で格差が広がったかどうか、答えはよくわからないんです。05年の国勢調査の発表を待たないことには。ただ、格差が拡大した可能性はある。グローバリゼーションやIT化が進むフロンティアの時代ですから、勇ましく所得を得る人と、取り残される人が出るのは当然です。」

これは引用 ですが、この1年で日本における格差の広がりは否定できないことをやっと悟ったということでしょう。慎重さを要求される学者であればともかく、現実の政策をリアルタイムで取り扱わねばならない政治家でもあった竹中氏が、2006年9月に総務大臣を辞して以来、格差の存在を認識するのに1年半近くを要したということは、国民にとって心寒いものです。これに続いて、

「むしろ問題視すべきは、日本の格差批判の異常な部分です。今の状況は『金持ちはけしからん』という社会主義的格差感ですね。でも、サッチャー元英国首相はかつてこう言いました、『金持ちを貧乏人にしたからといって貧乏人が金持ちになるわけではない』と。お金を稼いで税金をたくさん払ってくれる人はほうっておけばいいじゃないですか。社会としてけしからんのは、本当に貧しい人を作ってしまうことです。格差論ではなく『貧困論』と言えばいいんです。それでは日本の貧困層はどの程度いるのか。答えは、よくわからない。貧困調査を実施して、そこから議論すべきです。

やはり「格差」でもって責められるのは竹中氏も忸怩たるものがあることがうかがえま寸。格差批判の論議には感情的なものがあると言いたいのでしょうが、見方を変えるとそう反論する竹中氏の方がよほど感情的です。サッチャーの言葉ですが、これは車の乱用を批判する論に対して、「では駕籠でも使えというのか」というのと同類というべきでしょう。何も金持ちを貧乏人にせよというのではない。金持ちの取り分を少し貧乏人に回せと言っているのです。それに、アジア等の富裕者の日本での消費行動を報じたテレビを見ていて思ったのですが、発展途上国では金持ち階級が出現しても、それ以外の国民が前より貧困化したわけではない(相対的にではなく絶対的に)。日本やアメリカではそれがあるわけで、この辺の事情から目をそらして、「格差が大きくなったのは世界共通」などとあっさり片付けてほしくないものです。ともあれ竹中氏は所得のフラット化に対して異常な敵意を抱いているらしく、06年4月の「『構造改革』読み書き練習ブログ」 に次のような問答が引用されています。

竹中 いきなり理想の税は何かと聞かれるとすごく難しいんですけど、この話の出発点として、あえて話をややこしくさせるために答えるなら、私は人頭税というのが理想の税だと思うんですね。
佐藤 人頭税?
竹中 そうです。佐藤さんにも、私にも、皆同じ金額をかけるんです。国民一人ひとりの頭数にかけるわけですから、これほど簡単なものはないですね。(後略)
(佐藤雅彦・竹中平蔵『経済ってそういうことだったのか会議』(日本経済新聞社、2002より引用)

要するに年間所得が1億円の者と300万円の者とに同額の税金を課するということで、学者の理論としてはともかくとして、こういう思考の持ち主に現実の政治をいじられたくはありません。現実にはいじられて、現状の「格差」が出来したわけですが。小泉氏はとんでもない人物を起用したことになりますが、これは小泉氏が政治家としての洞察力は持たない、ただの政略家ないし政治屋だったことを示しているのでしょう。

最後に、これは杞憂であって欲しいのですが、朝日等が竹中氏を起用し始めたのは、こう着状態の日銀総裁の後継者として、竹中氏を想定し始めたからではないかとも思うようになりました。少し以前には候補の中にいたことは事実のようで、民主党が元財務次官をあくまで忌避し、一方では時間切れの責任を負わされる危惧から、竹中氏で手を打つのではないかと心配です。もしそうなれば住民税の件での疑惑 があることなどから現総裁より高い倫理観は望めませんし、一方で金融取引への政府高官の参入も、「規制解除」で可能になるのではないかというのが、真冬の夜の悪夢です。

☆世の中に かほどうるさき ものはなし 
   痒い(カイ)の掻く(カク)のと 又しゃしゃり出る。


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三浦氏逮捕・「共謀罪」・裁判員

jury 陪審員

「ロス疑惑」の三浦氏がサイパンで逮捕されたのには驚きましたが、これを聞いてとっさに考えたのはこれでイージス艦事件の報道が減ってしまうなということでした。現に逮捕事件は24日の朝刊では朝日と読売が一面トップ。読売は25日の朝刊でも一面トップ。「あたらにす」 によるのですが、朝日が25、26日に扱った以外、読売も日経も24~26日と続いてイージス艦関連の報道は一面トップにはありません。いいきっかけだったと言うべきなのか、それともさらに裏があると憶測すべきでしょうか。私個人としては最近の諸事件が公になるタイミングは、疑えばきりのないことが多いと思うのですが。

この逮捕事件にはいろいろわからないことがあって、まず時効ですが、これは三浦氏の居住地がおおむね日本であったことから、アメリカでは時効が進行していないという理屈もあるなと最初は考えました。しかしこれはカリフォルニア州法では殺人などの重大犯罪には事項はないそうで、それなりに理解できます。日本では殺人事件は15年で、これは有期懲役の最長年限にあわせたとか聞いていますが、最近では15年を越す判決もあり、時効ももっと長期化すべきでしょう。

もうひとつは最高裁で無罪になった三浦氏を、同一の犯罪について逮捕することは一事不再理の原則に触れないかという疑問です。このことを解説したものはまだ見つけていないのですが、戦犯裁判などでは同一事犯について複数の国で刑罰を受けるということはあったようですから、一事不再理は一国限定と解すべきなのでしょうか。捜査官が「
米検察当局との検討の結果、同じ事件で再び罪に問われることがない『一事不再理』には抵触しないと判断したとの見解を示した。」という報道 もありますが、これだけではその論拠がわかりません。アメリカで日本人がアメリカ人に殺されたというケースを考えると、犯人は本国で逮捕され起訴されたが、陪審員は無罪としたというような場合、その犯人が後年来日したのを日本警察が逮捕するというようなことがありうるでしょうか? 可能ですが日本政府はためらうのでは? アメリカは世界の警察官であることを標榜しているようですが、その国力でもって事実上世界の検察官であり裁判官であるという事実を直視しなければならないのでしょう。

一番注目したいのは、三浦氏の逮捕容疑が殺人と共謀罪 であるとされていることです。「共謀罪」はまだ日本には存在しませんが、日弁連によれば
「予備よりもはるかに以前の段階の行為を共謀罪として処罰しようと」 とするものとされています。しかし政府は 国連越境組織犯罪防止条約を批准するために必要であるとして、再三の廃案にもかかわらず議会に提出し、目下は継続審議になっているはずです。カリフォルニアの共謀罪の内容は不明ですし、それが三浦氏の逮捕にどう役立ったかもわかりませんが、三浦氏の逮捕をめぐる多くの報道の中で、「共謀罪を使うと立件しやすい」とあったのは見逃せません。「予備よりもはるかに以前の段階の行為」が容疑となるのでしたら、なるほど物証はなくてもすむことが多そうなのは想像できます。この逮捕事件を契機に、「共謀罪」についての認識が深まり、最終的に廃案となることを願いたいと思います。

三浦氏の今後は予測できません。アメリカでは起訴前に大陪審があって、そこで陪審員によって起訴か不起訴が決められ、さらに起訴後には有罪無罪が陪審員によって決定されるわけですが、これには対象とする事件の「騒がれ方」がどうしても影響するでしょう。もちろん建て前としては陪審員は法廷で得た以外の情報に影響されることがあってはならないのですが、そう理屈どおりいくものでしょうか。ここで考えられるのは実施を控えている日本の裁判員制度です。アメリカの陪審員の場合は12人(とは決まってないかもしれませんが)のメンバーが皆素人で、対等の立場で論議するわけですが、日本では裁判官3人と素人の裁判員4人。単純な事件ならいいのですが、三浦氏の事件のように有罪無罪だけではなく、法制度の異なる二国にまたがる事件で、逮捕自体の可否も問題になる場合だと、どうしてもプロの裁判官の意見に引きずられて、独立した判断は出にくくなるのではないかと懸念されます。そういう意味でも今回の逮捕事件の顛末は注視しなければならないと思います。

☆報道と 裁きを糺す 怪事件


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基地問題の座標

岩国基地の米兵行進
岩国基地の米兵行進(2006.11.9)
<海兵隊の創立記念日を祝したもの>

12日の朝刊は休刊だったので、夕刊の社会面トップの見出しを例の「あらたにす 」で見ると、朝日は「『また米兵か』憤る沖縄 少女、携帯でSOS」、日経は「米兵暴行、『またか』怒りの沖縄・県民『これも基地被害』」となっています。読売は「東京・足立区で母と妻殺し夫自殺、二男は重傷…現場にナタ」と全然別の事件です。三社の色合いを明らかにするという、「あらたにす」の新機軸の思わざる効用でした。

事件の内容は日経に従えば、「沖縄県警によると、中学3年の少女(14)に対する強姦容疑で逮捕された米海兵隊所属のタイロン・ハドナット容疑者(38)は10日夜、同県北谷町の公園前路上に止めた車の中で少女に暴行した疑いが持たれている。 」というものです。在日米軍人の犯罪では裁判権が問題になりますが、この容疑者の場合は明らかに公務外、基地外の犯罪であり、被害者は日本人なので裁判権は日本にあります。逮捕したのが米軍当局であれば、身柄は起訴後に日本に引き渡すとなっているのですが、今回は日本側警察が身柄を確保していますから果たしてどうなりますか。法的にはまだ米軍側に引き渡す余地があると思いますが、それをすれば福田内閣は絶対もたないから、あらゆる手段でそうはならないようにするでしょう。その過程でまた国益を損じるような約束をしないように祈るだけです。

この辺の問題については当ブログ1月30日の「
特派員は何故特派されているのか 」でも触れましたが、報道がまだ不十分です。ただその後発見した【「日米地位協定」とはどういうものか】 によりますと、イギリスやイタリア等との地位協定ではやはり「起訴後に引渡し」、ドイツとは「刑確定後に引渡し」となっているそうです。ただし他の面で日本より条件のいい面もあるとのことです。また韓国との協定では、ようやく昨年末に「重大犯罪についてのみ、起訴前」に引き渡し可能と改正されることが決まったということです。こういう情報を新聞で見た記憶はないのですが、私が見落としているのでしょうか。

なお13日朝日の夕刊(東京4版)の第2社会面に「基地の街不信あらわ 『住民の声聞いてない』」という記事が掲載されており、横須賀、佐世保、岩国の3都市からの声が集められています。これはWEBでは見つからないのですが、このような取捨選択はどのようにして行われるのか明らかにしてほしいものです。その岩国の住民の声に「もし1日早く事件が起きて投票日に報道されれば、選挙の結果も変わっていたのではないか」というのが紹介されています。これは私が事件を知ってとっさに頭に浮かんだことと同じですが、さっきその夕刊が来た時に今朝は休刊日だったということに気がつくと、改めて考えさせられました。岩国市長選投票日の10日の午後8時半頃に少女が容疑者に声をかけられ、10時半ごろ車内で乱暴されたということですが、この辺の時間関係について、マスコミはしっかりとして裏づけを取っておくべきでしょう。選挙を考えて、政府が情報とその公表時点を操作したとは邪推が過ぎるというものですが、そういう日本政府を疑うような邪推の存在する余地がないように、警察発表のみに頼らぬ取材をしっかり行なっておいて欲しいものです。

☆マスコミは 画竜点睛 いつもなり


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『あらたにす』の降臨

we three kingsWe three kings

1月31日から『あらたにす』というニュース・サイトが店開きしました。「日経・朝日・読売インターネット事業組合」が母体となった共同事業だそうです。この『あらたにす』という名称は、「新しくする」の古語から取ったそうで、ロゴマークの「新’s」は「NEW(新)S」とかけているとのことです。ドメインのallatanysには、「All at A(朝日)・N(日経)・Y(読売)」の意を込めているというのは公式見解かどうか未確認ですが、『アエラ』のオヤジギャグのコピーに何やらセンスが似ているような気もします。

それにしてもこの3社が顔を並べるのを見ると、マイクロソフトとヤフーが一足先に合併したような感じもします。合併ではなく共同事業に過ぎないので、左右の言論を並べるのには意味もあるなどと言われていますが、これはどうでしょうか。「左」が果たして含まれているかも問題ですし、昨年あたりから読売の独裁者のナベツネ氏が「天敵」の朝日の雑誌に登場したりしていますから、強者の野合という印象は否めません。自民党と民主党の「大連合」と通じるものがあると言う人もいるでしょう。私に言わせるとジャイアンツ・タイガース・ホークスの3チームが新リーグを作ったというところです。ファンの数を合わせれば圧倒的でも、そのリーグ戦を見に行く人はそう多くないでしょう。なによりもこの『あらたにす』というネーミングが、上からの視線のようで、『えらいでしょ』というイメージなのです。

このサイトの売り物は「くらべる一面」「くらべる社会面」「くらべる社説」と三社の記事を並べることで、これについては私も歓迎です。ヤフーのニュースでは各記事バラバラですし、各社のサイトを見ても各記事の掲載面や場所はわかりませんから、もう一つ各社のトップ見出しを、それだけでいいから並べたウェブページがあってもいいなと思っていました。それが実現したわけですが、一つ引っかかったことがあり、5日に次のようなメールで問い合わせてみました。

 こういうものがWEBにあればいいと思っていました。ただ、各新聞は版によって一面の記事、あるいはその見出しや用語を変更することがあると思います。「くらべる一面」はどの版を採録しているのですか。その朝刊ないし夕刊の初版ですか? 最終版ですか? 御教示ください。いずれにせよそれは今後も一貫すべきものと思います。

ぼつぼつ一週間になりますが、返事はありません。別に回答して差しさわりがあることとは思えず、むしろ新工夫に反応があったと喜ぶべきことと思うのですが、邪推するに、万一「伊藤律架空会見記」のような「特ダネ」が飛び出して、後から見出しをいじらねばならなくなるような場面を考え、言質を残さぬようにしているのでしょうか? 新聞の縮刷版に採録するのは最終版だそうですが、今の朝日のそれには伊藤律会見記のところはブランクになっているとか言われています。この対応はともかく、どの版を「くらべる見出し」に採用するかどうか、またそれを取り替えることがあるのかどうか、こういうことを明確にするのはジャーナリストの責務だと思うのですが。

新しいサイトについてはまだ書きたいこともありますが、一応ここまでとします。

☆新サイト 格調高いが 理念謎


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スポーツと社会--二重基準?

スポーツ・ジム スポーツ・ジム

中国・昆明の高地トレで死亡 両親、日体大を提訴へ 」という記事が今日3日の朝日新聞社会面に出ています。ただしこれはWEBではasahi.com関西とあり、3日の東京版ではタイトルに「安全管理怠る」という言葉も入っていました。3日と4日にはこのニュース自体がWEBでは見当たらなかったので、何か事情があるのかもしれません。昆明で日本体育大学水泳部2年の男子学生が高地トレーニング中に死亡したのに関し、平地より選手の体に負担がかかるのに、「体調管理や救助体制が不十分で、安全管理を怠った」と大学とコーチを相手に両親が訴えるというのです。「高地トレは水泳や陸上などで取り入れられているが、一部の有名選手を除き、安全管理は選手や各指導者にまかされているのが現状だ。訴訟がスポーツ界の対策に影響を与える可能性もある。 」とのことです。

しかしそもそもが外地で高地トレーニングを行なって身体を改造するということは、スポーツにふさわしいことでしょうか。今やアマチュアとプロの違いなどほとんどないし、一流選手なら実質的に皆プロで、プロなら何でもやっていいだろうという人も少なくないでしょうが、この事件ではせいぜいが大学の体育部で上位の選手のようですから、それには当てはまらないでしょう。私の言いたいのは、ドーピングは厳しく取り締まられるのに、高地トレによる身体改造には問題はないかということです。ちょっと次元が違うようですが、両足が義足の南アフリカ出身の陸上選手(400m)が国際陸上連盟によって実験が行なわれ、そのカーボン繊維性の義足が障害のない選手に比べて有利だから規則違反とされ、五輪出場を断念せざるを得なくなったというニュース もあります。個人的な感想を言えば、日本のスポーツ・ファンのガンバリズムや、パラリンピックの報道ぶりからして、この選手こそ五輪の華なのではないかとも思いますが。いずれにせよ高地トレの影響がドーピングとどう違うかについての検討はなされるべきでしょう。

高地トレについては疑問がもう一つあります。高地トレというのは日本人ならアメリカのコロラド州や中国の昆明に行くのが普通です。しかし五輪の場合、選手は国や地域を代表して出場するのですが、そのトレーニングの主要な部分を外地で行うということは、今風に言えば「産地偽装」なのではないでしょうか。高地トレというのは元々が高原国家のエチオピアの選手の心肺機能が強靭であることから始まったもので、人それぞれの環境で育った能力を披露して競うのがオリンピックではないかと思うのです。外地での競技会に挑戦するのはいいでしょう。そのコースの下見のために走ってみるのもいいでしょう。しかしずっと外地でトレーニングというのは、オリンピックの理念を閑却しているように思われます。国内で効果のありそうな場所を選んでトレーニングをするのが真っ当だと思いますが、最近では初めの例のように、言葉は悪いですが猫も杓子も高地トレというのには首を傾げたくなります。

スポーツと言えば先日の大阪国際女子マラソンで、期待された選手が30km以降で調子をくずし、何回も崩れたように転びながらもゴールまで走ったということがありました。ほとんど失神していたそうですが、例によって多くの人がその頑張りを、「ド根性」などと言って称えています。監督はリタイアを勧告したそうですが、選手は受け入れなかった。これは精神的に朦朧としていたせいもあったと思われますが、ボクシングでは選手が危険な状態となると、KO以前でもレフェリーが強制的に止めさせてTKOを宣告します。このようなルールはマラソンにはないのでしょうか。この選手はその後きちんとインタビューに答えて、後遺症は報じられていませんが、仮にそれがあったとしてもマスコミには出ないのではないかと思ってしまいます。

さらに、また毛色の違ったことを書きますが、ニュースでサッカーの国際試合を見ていると、応援団が日の丸だけでなく海上自衛隊旗、つまり軍艦旗を振って応援していました。この旗は二次大戦中は外国では「タコ」などと呼ばれ、あまりよいイメージは残していないことは知られていないのでしょうか。十六条の縞がありますが、自衛隊以前の警備隊ではそれを遠慮して7本にしていたということです。古いことは関係ないと言われそうですが、軍艦旗が各地に翻って時代のことがまだ忘れられていない事例もまだまだ聞かれます。外国の応援団が国旗の他に振る旗には地域の旗はあるでしょうが、軍旗そのものがあるのかどうか。よくわかりませんが、現実問題として何かの催しで日の丸の他にあの軍艦旗があるとしたら、ちょっと引いてしまうのが普通ではないでしょうか。

以上、高地トレ、マラソンの「頑張り」、応援に軍旗など、何か一般社会ではそのままでは通らないような論理がスポーツでは通用しているという気がしてなりません。外国のスポーツ界やそれを取り巻く社会の反応などには、全然通じていないのですが、スポーツであるとされている登山で遭難し、救援隊が危険を冒しているなどのニュースを聞いても、この国ではスポーツは現実以上の存在なのだと思ってしまいます。

☆スポーツに 民のうっぷん 捨てさせる


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ホテルのコンプライアンス

ホテルホテルルーム  

日教組が教研全体集会中止 会場拒否のプリンスホテル提訴も 」。この記事を読んですぐ思ったのは、これこそよく言われるコンプライアンスの問題じゃないのかということでした。コンプライアンスというのは法律だけを守ればよいのか、それともそれに社会的要請に応えることも加えるべきなのか、といった論議のはるか以前の問題です。

日教組は昨年5月、プリンス側と使用申込契約を締結。しかし、プリンス側は11月、右翼団体が昨年、会場周辺で大規模な街宣行動を展開したことを踏まえ、『利用者や周辺住民に迷惑がかかる』と契約解除を通告した」ので、日教組側は使用を求めて仮処分を申請し、東京地裁、高裁ともプリンス側の言い分を退けたということなのに裁判所、それも高等裁判所の決定に従わないというのですから、我々の常識から言えば社長が逮捕されるようなことになっても不思議ではありません。それが決定を強行する手段はなく、せいぜいが事後に損害賠償を請求できるだけというのですから、他のもろもろも考え合わせると、日本の法体系は会社性善論が基本なのかとも言いたくなります。

日教組の政治的姿勢に対する評価はともかくとして、その教研集会は教育に対してこれまでも数多くの報告や提案で存在意義のあるものです。その日教組が戦後の日本の教育に大きく関わっていたことは、自民党が日本の政治を支配していたことと同列の事実であり、その存在を頭から否定するような行動は近代的企業としてはとるべきではないでしょう。もっとも、プリンスホテル・グループは西武鉄道の傘下にあり、西武鉄道は長く経営に当たった堤一族の特異な税務感覚で指弾されていたような企業ですから、経営者が変わってもその反社会的性格はまだ消えていないと言うべきでしょうか。

一方でコンプライアンスは日本の企業の総本山ともいうべき経団連でも重視されているのは、そのウェブサイトのトップページにコンプライアンスに触れた「企業倫理徹底のお願い 」というバナーを付していることでもわかります。これは会長の
御手洗冨士夫氏が昨年の9月25日に出したもので、コンプライアンスについて「体制の整備と見直し」「浸透と徹底」「不祥事が起きた場合の対応」と三つに分けて指針を示しています。またそれ以前に経団連の信条であろう「企業行動憲章」でその7番目の項目として「市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力および団体とは断固として対決する」としています。こういう状況から、プリンスホテルの経営者には遠からず経団連から警告がなされ、会員権などは停止されると思われますが、もしそのような展開がないとすると、それは経団連側にコンプライアンスについて何か後ろ暗いことがあるからと憶測されてもやむをえないでしょう。

他の方のブログで教えられましたが、プリンスホテル自身のウェブサイトにもコンプライアンスについて触れたページが三つもあります。その中の「コンプライアンス体制 」によると、プリンスホテルは「企業倫理ヘルプライン」なるものを設置し、これは
「コンプライアンスに関して問題となる事項を従業員が発見したとき、それを会社として速やかに把握することで、より大きな問題に発展することを防ぐ目的で設置しています。」ということです。今回の行動は「より大きな問題に発展することを防ぐ目的」で敢えて高裁の決定にそむいたと解すべきなのでしょうか。あるいはプリンスホテル側の行動は右翼団体の脅しよりも、はるかに大きな圧力によるものかもしれませんが、今回それは別の問題です。この問題についてマスコミは経営者団体の見解を糺すべきです。

☆街宣車 非理法権天の 上をいき


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