生霊の「啓蟄」--竹中平蔵氏という妖怪 | 回廊を行く――重複障害者の生活と意見

生霊の「啓蟄」--竹中平蔵氏という妖怪

ブラフブラフ

竹中平蔵氏が衛星放送でレギュラー番組を持つ ということです。「くりぃむしちゅー上田晋也(37)とタッグを組んでニュースキャスターになる。4月6日にBS朝日がCS朝日ニュースターと共同でスタートさせる新番組『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』だ」そうです。無責任な言動とバランス感を忘れた「改革」で、日本の世相を底抜けに悪化させた張本人は小泉前首相と竹中氏のコンビだと私などは思っているのですが、一般にはそうでもないのですね。朝日と言えばこのコンビの政策には批判的と思っていたら、案外そうでもないそうで、今回の放送局も朝日系なのはとくに驚くことでもないようです。

竹中氏は朝日の本紙にも最近登場しましたし、小泉氏もこのところ発言が多くなってきました。この二人は小泉内閣が潰れて野に下ったというわけではなかったので、亡霊とは言えないでしょう。特に竹中氏の方はまだまだ役に立つつもりだったようですから、「生霊」というのがふさわしいかも。しかしせっかく比例区トップで当選した参議院議員を辞職しているのが不思議ですが、これは公職にあると何かとうるさい「説明義務」の履行から逃げたのだと解釈できます。

小泉・竹中の政策の結果と言えば「格差」ですが、これについて竹中氏の言い分は微妙に変わっています。08年2月8日の『朝鮮日報』に長いインタビューが載っていますが、その結論部で竹中氏は次のように語っています。

 「確かに、日本では格差が広がっています。世界的に見ても同じです。韓国も日本も、グローバリゼーション(世界化)という名のもと、経済のフロンティア時代に直面しています。フロンティア時代で格差が広がるのはやむを得ません。改革したから格差が広がったのではなく、改革をしても、しなくても格差が広がる時代なのです。格差はないほうがもちろんいいです。ですが“改革したから格差が広がった”と言って改革をしなければ、日本経済全体が活力を失ってしまいます。“格差”というのは、改革に反対する人々の政治的な言い訳、政治キャンペーンに過ぎません」

一方07年2月の『アサヒ芸能』誌では経済記者のフルフォード氏に格差について問われて、次のように語っています。

「日本で格差が広がったかどうか、答えはよくわからないんです。05年の国勢調査の発表を待たないことには。ただ、格差が拡大した可能性はある。グローバリゼーションやIT化が進むフロンティアの時代ですから、勇ましく所得を得る人と、取り残される人が出るのは当然です。」

これは引用 ですが、この1年で日本における格差の広がりは否定できないことをやっと悟ったということでしょう。慎重さを要求される学者であればともかく、現実の政策をリアルタイムで取り扱わねばならない政治家でもあった竹中氏が、2006年9月に総務大臣を辞して以来、格差の存在を認識するのに1年半近くを要したということは、国民にとって心寒いものです。これに続いて、

「むしろ問題視すべきは、日本の格差批判の異常な部分です。今の状況は『金持ちはけしからん』という社会主義的格差感ですね。でも、サッチャー元英国首相はかつてこう言いました、『金持ちを貧乏人にしたからといって貧乏人が金持ちになるわけではない』と。お金を稼いで税金をたくさん払ってくれる人はほうっておけばいいじゃないですか。社会としてけしからんのは、本当に貧しい人を作ってしまうことです。格差論ではなく『貧困論』と言えばいいんです。それでは日本の貧困層はどの程度いるのか。答えは、よくわからない。貧困調査を実施して、そこから議論すべきです。

やはり「格差」でもって責められるのは竹中氏も忸怩たるものがあることがうかがえま寸。格差批判の論議には感情的なものがあると言いたいのでしょうが、見方を変えるとそう反論する竹中氏の方がよほど感情的です。サッチャーの言葉ですが、これは車の乱用を批判する論に対して、「では駕籠でも使えというのか」というのと同類というべきでしょう。何も金持ちを貧乏人にせよというのではない。金持ちの取り分を少し貧乏人に回せと言っているのです。それに、アジア等の富裕者の日本での消費行動を報じたテレビを見ていて思ったのですが、発展途上国では金持ち階級が出現しても、それ以外の国民が前より貧困化したわけではない(相対的にではなく絶対的に)。日本やアメリカではそれがあるわけで、この辺の事情から目をそらして、「格差が大きくなったのは世界共通」などとあっさり片付けてほしくないものです。ともあれ竹中氏は所得のフラット化に対して異常な敵意を抱いているらしく、06年4月の「『構造改革』読み書き練習ブログ」 に次のような問答が引用されています。

竹中 いきなり理想の税は何かと聞かれるとすごく難しいんですけど、この話の出発点として、あえて話をややこしくさせるために答えるなら、私は人頭税というのが理想の税だと思うんですね。
佐藤 人頭税?
竹中 そうです。佐藤さんにも、私にも、皆同じ金額をかけるんです。国民一人ひとりの頭数にかけるわけですから、これほど簡単なものはないですね。(後略)
(佐藤雅彦・竹中平蔵『経済ってそういうことだったのか会議』(日本経済新聞社、2002より引用)

要するに年間所得が1億円の者と300万円の者とに同額の税金を課するということで、学者の理論としてはともかくとして、こういう思考の持ち主に現実の政治をいじられたくはありません。現実にはいじられて、現状の「格差」が出来したわけですが。小泉氏はとんでもない人物を起用したことになりますが、これは小泉氏が政治家としての洞察力は持たない、ただの政略家ないし政治屋だったことを示しているのでしょう。

最後に、これは杞憂であって欲しいのですが、朝日等が竹中氏を起用し始めたのは、こう着状態の日銀総裁の後継者として、竹中氏を想定し始めたからではないかとも思うようになりました。少し以前には候補の中にいたことは事実のようで、民主党が元財務次官をあくまで忌避し、一方では時間切れの責任を負わされる危惧から、竹中氏で手を打つのではないかと心配です。もしそうなれば住民税の件での疑惑 があることなどから現総裁より高い倫理観は望めませんし、一方で金融取引への政府高官の参入も、「規制解除」で可能になるのではないかというのが、真冬の夜の悪夢です。

☆世の中に かほどうるさき ものはなし 
   痒い(カイ)の掻く(カク)のと 又しゃしゃり出る。


人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑